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細見谷渓畔林と十方山林道

細見谷リンク集そのほか

リンク集(細見谷渓畔林と十方山林道)

2015年12月6日(日)7:45~7:59
NHK総合テレビ
さわやか自然百景「西中国山地 細見谷」
www.nhk.or.jp/sawayaka/contents/program/2015/12/2015_1206_hosomi.html

用語集
生物多様性
石けん(石鹸)作り
立ち木トラスト
21世紀は環境の世紀
農薬空中散布

-[[ぼくらの川のブナの森>http://ohtariver.s140.xrea.com/bokubuna/]] 2002.05.28
(細見谷・広島県十方山Jipposanのブナよ永遠に)
十方山林道の大規模林道化中止を求める活動をしています
最新情報は、新掲示板”交流掲示板”にて

-[[広島フィールドミュージアム>http://www8.ocn.ne.jp/~miyajima/index.html]]/金井塚務さん
宮島に加えて、西中国山地にも活動の場を広げています。特に、細見谷渓畔林は太田川上流域の生物多様性を保証する湿地として、ラムサール条約登録地とするための運動に取り組んでいます。
–[[細見谷渓畔林保全活動記録>http://www8.ocn.ne.jp/~miyajima/rindo-mondai.htm]]
金井塚会長の環境保全調査検討委員会傍聴記および各組織による公開質問状のやりとり経過など、資料庫(下記各項目)としての価値が高い。
–[[調査不足は決定的>http://www8.ocn.ne.jp/~miyajima/rindoikensyo.htm]]-環境保全調査報告書に異例の付帯意見
–[[検討委員会(最終第9回)傍聴記>http://www8.ocn.ne.jp/~miyajima/9boutyou.htm]](2005年11月28日)
–[[検討委員会(第8回)傍聴記>http://www8.ocn.ne.jp/~miyajima/botyo8.htm]](2005年10月07日)
–[[検討委員会(第7回)傍聴記>http://www8.ocn.ne.jp/~miyajima/botyo8.htm]](2005年07月10日)
–[[ツキノワグマについての公開要望書>http://www8.ocn.ne.jp/~miyajima/kuma-situmon.htm]](2005年06月04日)
–[[公開質問状―2月5日意見聴取の目的と扱いについて>http://www8.ocn.ne.jp/~miyajima/sitsumonnjou2.htm]]
(初回2005年03月06日)
機構側からの回答が納得できないとして三度のやりとりあり。また、森と水と土を考える会会長、原戸祥次郎さんから「要望書」(2005年05月13日)が提出されている。
–[[2月5日意見聴取の議事録公開等を求めて>http://www8.ocn.ne.jp/~miyajima/hatsukaitchiyoubou.htm]](2005年02月22日)
–日本生態学会細見谷要望書アフターケア委員会意見書提出
(2005年01月28日)、リンクなし
細見谷渓畔林保全に関する意見書として、1)植生、植物相保護との関連、2)動物生態学的観点からの見解、3)工事中および工事後の林道沿いの伏流水及び生物相への影響など、多岐にわたってまとめてある
–[[環境保全調査検討委員各位に対する公開質問状>http://www8.ocn.ne.jp/~miyajima/shitumonn.htm]](2004年11月28日)
検討委員会からの回答および市民の反応を含む
–[[2003年度要望書提出に関わる経過報告>http://www8.ocn.ne.jp/~miyajima/keika.htm]](細見谷アフターケア委員会)
-[[細見谷に大規模林道はいらない>http://hosomidani.no-blog.jp/]]/金井塚務さんのブログ
–緑資源機構が進めていた大規模林道、大朝鹿野線・戸河内吉和区間における廿日市市吉和の西山林業組合に課せられた受益者賦課金の公的助成が違法であるとして、現市長は、平成19年度の支出分を前市長の山下三郎氏に対して返還命令(措置命令)を出すよう求めた裁判を闘っている。

-[[日本の天然林を救う全国連絡会議>http://www.geocities.co.jp/tennenrin461/]]
-林野行政の継続は、日本の森を壊滅に導く-

-[[日本生態学会>http://www.esj.ne.jp/esj/]] 2003.06.23
日本生態学会では、「細見谷渓畔林(西中国山地国定公園)を縦貫する大規模林道事業の中止および同渓畔林の保全措置を求める要望書」(日本生態学会第50回大会総会-2003年3月23日-決議文)を関係各機関に提出している。
-[[WWFジャパン>http://www.wwf.or.jp/index.htm]](財団法人・世界自然保護基金ジャパン)
/活動情報/ウェットランド/ラムサール条約の取り組み
WWF(世界自然保護基金)は、約100ヶ国で活動する世界最大の自然保護NGO(非政府組織)です。人と自然との共存をめざして、生態系の保全から地球温暖化防止まで幅広く、世界の自然を守る活動に取り組んでいます。 なお、WWFの活動はすべて、一般の方々からの会費やご寄付によって支えられています。

-[[日本自然保護協会>http://www.nacsj.or.jp/]]
現場の知識と実行力で、日本の自然を守るNGO
それが日本自然保護協会(NACS-J)です
-[[EICネット>http://www.eic.or.jp/]](国立環境研究所の環境情報案内・交流サイト)
環境用語による検索窓あり(大規模林道ヒット)
-[[十勝自然保護協会>http://city.hokkai.or.jp/~kagami/home/Home_1.html]]/[[北海道の大規模林道問題>http://city.hokkai.or.jp/~kagami/Daikibo/Daikibo_menu.html]]
-[[グリーンピース・ジャパン>http://www.greenpeace.or.jp/]]
検索窓あり(大規模林道ヒット)
-[[林道評論センター>http://www8.plala.or.jp/forestroad/index.html]]
-[[環境goo>http://eco.goo.ne.jp/]]/見て知って実践するエコ情報
-大規模林道問題全国ネットワーク

-[[TONARI の色撮り撮り>http://plaza14.mbn.or.jp/~tonari/]]/TONARIさん
活動経過等をまとめた下記リンク集あり、多少リンク切れが目立つ
–[[細見谷・十方山林道に関するイベント>http://plaza14.mbn.or.jp/~tonari/hosomi_event.html]]
–[[細見谷・十方山林道、緑資源幹線林道(大規模林道)をめぐる動き>http://plaza14.mbn.or.jp/~tonari/hosomi_rireki.html]]

-[[十方山林道(細見谷林道)問題とは>http://www.akimasa21.net/hyakuzan/view/hosomidani_view.htm]](その概略について)
カシミール展望図付き(当Web管理人資料)
2006/08/18ころまでの文章です
-十方山(私の踏み跡)Akimasa.Net
十方山の純粋山行記(当Web管理人資料)です

手持ちの資料を時系列で並べたもの

-[[2007/10/03>http://hosomidani.akimasa21.net/jippoway/20071021senkyo.pdf]](水)
-廿日市市長選挙および市議補選の立候補予定者への公開質問状
アンケート実施者:廿日市・自然を考える会(代表・高木恭代)
対象者全員から回答がよせられています。

-[[2006年12月05日>http://www.geocities.co.jp/tennenrin461/]]
日本の天然林を救う全国連絡会議、署名活動開始
「国有天然林を環境省へ移管し保全する改革に関する請願書」
(代表世話人・河野昭一先生)

-2006年06月14日(水)中国新聞記事
細見谷林道、廿日市市に早期整備要請
促進協「環境破壊の恐れない」

-2006年06月13日(火)中国新聞記事
山に暮らせば、紺野昇
危険な”隣人”、ヒヤリ人里に空腹クマ

-2006年06月13日(火)
細見谷林道の住民投票
条例制定の直接請求に必要な署名数を確保
2000人を突破

-2006年06月10日(土)
細見谷林道大詰め、林野庁が事業再評価
反対派あす全国集会

-2006年06月10日(土)~11日(日)
第14回大規模林道問題全国ネットワークの集い in 広島
止めよう!緑資源幹線林道
残そう!細見谷渓畔林

-2006年05月09日(火)
署名を無事提出いたしました(総数42,894筆)
広島県環境部自然環境保全室宛
ありがとうございます

-2005年12月18日(日)中国新聞社説
細見谷林道、再調査は欠かせない
議論の前提となる調査(が不足している)
例えばツキノワグマ、水生昆虫について
あるいは、道路建設による伏流水の遮断、
車の排気ガスが生態系に及ぼす影響等
既存の砂利道の補修にとどめる方法も考えたい

-[[2005年12月05日>http://hosomidani.akimasa21.net/jippoway/syomei1.pdf]](月)
新たな署名活動が始まりました
渓畔林を含む細見谷地域全域を
”西中国山地国定公園 特別保護地区”へ
指定することを求める署名のお願い
[[署名用紙(一般用)>http://hosomidani.akimasa21.net/jippoway/general1.pdf]]、[[署名用紙(研究者用)>http://hosomidani.akimasa21.net/jippoway/researcher.pdf]]
2006年05月09日(火)広島県環境部自然環境保全室に提出予定

-2005年11月28日(月)
環境保全調査検討委員会(第9回)開催
緑資源機構の報告書(案)承認される
幹線林道の工事着手に事実上のゴーサイン

-2005年10月07日(金)
第8回検討委員会開催(10時30分~15時30分予定)
委員会(午後7時まで紛糾)、最終結論を出すに至らず
「環境への影響が予測される」という委員の意見あり
年内にもう一度、委員会(最終)開催予定

—<既設>の十方山林道(二軒小屋~吉和西間-”未舗装”)を、拡幅”舗装化”(一部新設)する必然性はあるのか。新たな工事によって、林道沿いの細見谷渓畔林は致命的なダメージを受けるのではないだろうか。(注:細見谷林道ともいう)

—林道工事の影響を検討するため、事業主体の緑資源機構は、2004年6月4日、動植物研究者5名による「環境保全調査検討委員会」を発足させている。しかし、この検討委員会において、「林道工事の実施に伴う影響の予測・評価及び保全措置を、専門的・学術的な見地から」果たして真剣に検討しているのであろうか。

—疑問を正すべく、広島フィールドミュージアム会長・金井塚務さんを始めとした5名の研究者が、環境保全調査検討委員各位に対して、連名で公開質問状を送付している。(HP参照)

-[[2005年08月04日>http://hosomidani.akimasa21.net/jippoway/tinjyo20050804.htm]]
林野庁、環境省に対して申し入れを行う
(翌日の中国新聞にて報道)

-[[2006年04月24日>http://hosomidani.akimasa21.net/jippoway/situmon20060424.htm]](月)
廿日市市、大規模林道の受け取り拒否か?
(緑資源機構に対する公開質問状)

-2005年12月18日(日)中国新聞社説
細見谷林道、再調査は欠かせない
議論の前提となる調査(が不足している)
例えばツキノワグマ、水生昆虫について
あるいは、道路建設による伏流水の遮断、
車の排気ガスが生態系に及ぼす影響等
既存の砂利道の補修にとどめる方法も考えたい

-2005年11月28日(月)
第9回検討委員会は、緑資源機構の報告書(案)を承認した。これによって、十方山林道(細見谷林道)の拡幅舗装化工事着手に事実上のゴーサインが出たことになる。

—しかし、これは全員一致による結審ではなかった。座長を含む委員5名の内2名が意見書を添付している。細見谷の自然を正しく評価するためには、まだまだ調査データが不足している、というのだ。2005年12月18日(日)中国新聞社説でも、この結論に対して厳しい批評を加えている。まだ最終結論を出すべき段階ではなかったと言わざるを得ない。

—これに対して、市民団体では新たな署名活動を開始した。渓畔林を含む細見谷地域全域を”西中国山地国定公園 特別保護地区”へ指定することを求めて!!(最終集約日、2006年03月31日)。特別保護地区で林道工事はできない。

—さらに、環境保護団体・広島フィールドミュージアム(金井塚務会長)による巡回写真展が2006年01月09日からスタートする。ツキノワグマなど細見谷渓畔林の動植物を紹介するためである。”林道計画に揺れる生き物たちの今を知ってほしい”から(中国新聞2006年01月07日付)

-2003年12月25日
細見谷の保全と大規模林道事業の中止を求める署名活動
<署名>のご協力ありがとうございます
2003年12月25日、林野庁および環境省へ書類を無事提出しました
「ぼくらの川のブナの森」掲示板12月28日投稿記事(No.221)参照
細見谷・広島県十方山jipposanのブナよ永遠に!
39,032筆(直前追加261人分を含む)総重量16kg

-2003年06月23日
日本生態学会では、「細見谷渓畔林(西中国山地国定公園)を縦貫する大規模林道事業の中止および同渓畔林の保全措置を求める要望書」(日本生態学会第50回大会総会-2003年3月23日-決議文)を関係各機関に提出している。

—–

西中国山地の十方山(じっぽうさん)と恐羅漢山~五里山で出来る谷間を、瀬戸内海(広島市)に注ぐ太田川源流の一つである細見谷川が流れている。両岸には、ブナ、イヌブナ、サワグルミ、トチノキ、ミズナラ、オヒョウ、ミズメ、ナツツバキ、ミズキ、コハウチワカエデ、ハリギリ、イタヤカエデなどで構成される自然豊かな渓畔林(水辺林)が発達しており、これを細見谷渓畔林という。なおこの渓畔林部分が属するのは、広島県廿日市市(はつかいち~し)吉和地区(旧吉和村)である。

十方山林道は、細見谷渓畔林を貫いて(細見谷川に沿って)走る林道で、既に50年以上も前(昭和28年、1953年)に完成している。未舗装で幅員3~4mながら4トントラック走行可能であり、細見谷川両岸の植林事業に大きく貢献するものであった。この未舗装林道を拡幅舗装化(一部新設、一部舗装化のみ)する大規模林道化工事が始まろうとしている。そこに何の意味があるのか。問題意識の高まりの中で、この林道は細見谷林道とも呼ばれるようになっている。

林道工事の影響を検討するため、事業主体の緑資源機構は、2004年6月4日、動植物研究者5名による「環境保全調査検討委員会」を発足させた。「林道工事の実施に伴う影響の予測・評価及び保全措置を、専門的・学術的な見地から」検討するためである。委員会は合計9回開かれ、最終的には緑資源機構の報告書(案)を承認した。

雑(新聞記事その他)

中国新聞天風録2003年02月04日
中国新聞社説2002年08月04日
責任者の方よりメール2002/08/02記
2002年7月8日、吉和村長宛て署名 13,322筆を提出
2002年7月17日、広島県知事宛て署名 15,605筆を提出
2002年7月24日、東京の環境省・林野庁に赴き意見書を提出
なお、第二筆目標は5万筆だそうです。

中国新聞2002/05/28(火)24面
戸河内-吉和、専門家招き調査
国際自然保護連合委員・河野昭一京大名誉教授(植物学)
林道予定地は希少林、ブナだけでなく渓畔林にも評価
中国新聞2002/09/10(火)
守れ ブナの森、広島県吉和村
大規模林道計画で市民が環境調査
サンショウウオや豊かな植生確認、生態系破壊を心配
中国新聞2004/03/05(金)35面
細見谷渓畔林 クマの楽園、金井塚務さん
林道計画の廿日市市吉和で調査、冬眠の樹洞10ヵ所

中国新聞2003/12/27(土)
大規模林道工事計画の中止求め署名提出(25日)、市民団体など
西日本タイムズ2004/01/19(月)
住民団体ら署名収集
林道中止求め陳情、農水大臣らに提出(12月25日)
中国新聞2004/06/05(土)
吉和林道工事、環境委が発足、動植物研究者5人
中国新聞2004/06/26(土)
吉和林道計画、クマタカなど18種影響
緑資源機構調査報告案、市民団体強く批判
中国新聞2004/08/24(火)
緑資源機構の林道舗装計画、廿日市・細見谷
環境委で異論続出、来年度着工は微妙に
中国新聞2004/09/08(水)
廿日市の林道環境検討委
次回から傍聴席設置、緑資源機構 会議公開へ
中国新聞2004/09/12(日)
廿日市の林道環境検討委(11日開催)
再調査求める声相次ぐ、年内結論微妙に
会議初公開 13人参加
中国新聞2004/11/10
報告書案公表し意見募る
吉和林道問題、緑資源機構

その他:

細見谷をラムサール条約登録地に、講演録No.1
(連続学習会・第1回分)発行元、廿日市・自然を考える会
特集・ブナ原生林に野生動物・・・県北西の細見谷を国際条約で守りたい
NHKテレビお好みワイド2003年5月6日午後6時05分からの一部

「けいこの花だより」 堀啓子さん

恐羅漢山に”ひえばた小屋”を所有する広島山稜会所属。「森と水と土を考える会」会員などとして現地調査を続け、情報提供・質問・要望を繰り返している(下記掲載項目以降も積極的な活動を継続している)。ただし、現在は「田舎暮らし」にて当該Web閉鎖。
-けいこの里だより(閉鎖)、2013年2月27日ご逝去、合掌。

/検討委員会に対する疑問・要望
・植物調査報告についての疑問(2005年07月09日)
・第5回・第6回傍聴に於ける疑問点と再検討の要望(2005月06月19日)

/環境保全調査検討委員会
・検討委員会に対する、公開質問状、抗議文、要望書など
・環境保全調査報告書(素案)に関する意見(Web管理人他数名分)

/森と水と土を考える会2005年、月報抜粋
・十方山林道問題の陳情に行きました(2005年08月04日)
・森と水と土を考える会2005年7月号抜粋
第7回緑資源機構幹線林道「十方山林道」環境保全検討委員会を傍聴
その他
・第7回検討委員会開催
・森と水と土を考える会2005年6月号抜粋
要望書提出、細見谷はいま
・森と水と土を考える会2005年5月号抜粋
これが大規模林道の実体です!!
「細見谷と十方山林道2002」編集をされた原哲之様の追悼の記
細見谷渓畔林と十方山林道の植物調査(2005年04月29~30日)
第6回環境保全検討委員会を傍聴(2005年05月16日)

/十方山林道植物調査2005
・十方山林道ウオーキング(2005年11月06日)、未記載
・十方山林道新設部分、吉和側拡幅部分調査(2005年07月31日、08月31日)
「細見谷周辺森林生態系保護地域」指定のお願い
・十方山林道新設部分の調査(2005年06月05日、6月12日)
・十方山林道ウオーキング(2005年05月29日)
・十方山林道を自動車で走る(2005年05月15日)
・十方山林道植物調査(2005年04月29~30日)
・雪解けの十方山林道植物調査(4月17日)

/十方山林道植物調査2004
・小型サンショウウオ(2004年06月20日)
・十方山林道植物調査(2004年06月05~06日)
河野昭一京大名誉教授、米澤信道先生、京大研究生の清水さん
・十方山林道植物調査(2004年05月03~05日)
米澤信道先生
・ひろしまの「命の森」・細見谷渓畔林-その未来を問う-(2004年03月06日)
演題、講師紹介およびアピール

/十方山林道植物調査2002~2003
・松本大輔衆議院議員(広島二区)十方山林道視察(2003年12月06日)
・十方山林道植物調査(2003年09月28日)
松村雅文先生(シダ類)
・シンポジウム「廿日市市の宝ー細見谷」(2003年08月16日)
講師紹介、プログラム等
・細見谷渓畔林植物調査(2003年08月17~18日)
河野昭一京大名誉教授、米澤信道先生
・十方山林道植物調査(2003年05月24~25日)
米沢信道・桑田健吾先生
・雪解けの十方山林道植物調査(2003年04月27日)
桑田健吾先生ご夫妻
・「細見谷と十方山林道」発行記念シンポジウム(2003年02月02日)
プログラム、「細見谷と十方山林道」 -目次-など
・十方山林道予定地は希有の渓畔林(2002年09月29日)
桑田健吾先生ご夫妻
・十方山林道植物調査(2002年08月17~19日)
米沢信道さん(「日本生物多様性ネットワーク」 事務局長)
中国新聞朝刊(9月10日付)”守れブナの森”-当日同行記者による-
・河野昭一京大名誉教授講演会(2002年05月26日)
・十方山林道植物調査(2002年05月27日)
河野昭一京大名誉教授、田中幾太郎さん

/細見谷遡行8月(例会山行)
/十方林道を歩く2002年05月

*[[投稿原稿素案]]

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細見谷渓畔林と十方山林道

書籍「細見谷と十方山林道」(2002年版)もくじ

はじめに

– 巻頭言 細見谷の自然-特異な渓畔林植生とその価値 河野昭一 P.1
– 口絵写真 
– 細見谷渓畔林 pp.3-4
– 十方山林道を彩る植物 2002年夏 pp.5-6

第一部 細見谷学術調査報告書(2002年)

– 広島県・細見谷南西部地域の地質 古川耕三・宮本隆實 pp.8-10
– 調査報告 細見谷渓谷の渓畔林植物相と群落 河野昭一・米澤信道 pp.11-27
1.広島県十方山林道(戸河内町二軒小屋~吉和村吉和西間)の植物相
附表、広島県十方山林道(二軒小屋~吉和西間)植物目録
2.細見谷の渓畔林群落
附表、細見谷上流部・渓畔林群落調査結果(細見谷渓畔林の組成表1~5)
– 大地はまもられるのか-特定植物群落の「選定」問題 原哲之 pp.28-29
– 十方山林道の伏流水の水位及び細見谷に流入する伏流水・湧水の水温測定
―十方山林道の舗装化が渓畔林に及ぼす影響評価―
中根周歩・田上公一郎 pp.30-32
– 十方山林道と小型サンショウウオ 原哲之 pp.33-40
– 十方山林道とその周辺の昆虫について 齋藤譲一・原哲之 pp.40-43
– 十方山林道沿線で確認されたレッドリスト登載種について 原哲之 pp.44-45

第二部 細見谷の未来へ

– 「環境の世紀」の十方山林道 谷田二三・原哲之 pp.47-48
ついこなあだまで、わしらの川の源は、ふかあーふかあーブナの深山(みやま)じゃったんで
田中幾太郎さんにきく(「環・太田川」2001年9・10月号より抜粋) pp.49-52
– 「大規模林道」とは何か 藤原信 pp.53-54
– 大規模林道計画の凍結を求める 金井塚務 pp.55
– 自然を本当に活かした地域振興を―
十方山林道の未来への提言 中根周歩 pp.56-59
– 細見谷の未来へ 原戸祥次郎 pp.60
– 細見谷の未来へ 谷田二三 pp.61

第三部 細見谷は世界の宝

– 21世紀の地球はどこへ行くか
北半球における生物多様性の宝庫―ブナの森の行く末を占う― 河野昭一 pp.63-76
(2002年5月26日の吉和村福祉センターにおける講演記録に加筆。なお翌5月27日は、十方山林道にて現地観察会に参加)

– 口絵写真、その他
— 2002年細見谷学術調査報告関連写真 pp.77-80
— 2002年細見谷学術調査(小型サンショウウオ調査・植物調査)参加者名簿

執筆者一覧(掲載順・プロフィールは2002年12月現在)

河野 昭一
1936年生まれ。カナダ・モントリオール大学Ph.D。京都大学名誉教授。国際自然保護連合(IUCN)生態系保全委員会委員、日本生物多様性防衛ネットワーク代表委員、大規模林道問題全国ネットワーク代表委員。

米澤 信道
1948年生まれ。京都成安高等学校教諭。日本生物多様性防衛ネットワーク事務局長。京都御苑タシロラン保護監視員。京都府片波川源流域、福井県敦賀市中池見湿地の学術調査に参加。

原  哲之
1964年生まれ。農学修士。森と水と土を考える会・会員。

中根 周歩
1947年生まれ。理学博士。広島大学大学院生物圏科学研究科環境循環予測論講座教授。日本生態学会幹事長。

田上公一郎
1935年生まれ。広島大学大学院生物圏科学研究科博士後期課程に所属。

古川 耕三
1947年生まれ。崇徳高等学校教諭。

宮本 隆實
1947年生まれ。理学博士。広島大学大学院理学研究科地球惑星システム学講座助教授。

斎藤 譲一
1949年生まれ。

谷田 二三
1947年生まれ。吉和の自然を考える会・代表。

藤原 信
1931年生まれ。農学博士。宇都宮大学名誉教授。大規模林道問題全国ネットワーク代表委員。

金井塚 務
1951年生まれ。宮島自然史研究会会長。広島県第二次RDB検討委員会委員(哺乳類)。ツキノワグマ保護管理計画策定事業検討委員。

原戸祥次郎
1950年生まれ。森と水と土を考える会・代表。環瀬戸内海会議・副代表。

奥付

– 発行日 2002年12月25日
– 森と水と土を考える会(原戸祥次郎代表)
– 日本生物多様性防衛ネットワーク(BIDEN)(河野昭一代表委員)
– 吉和の自然を考える会(谷田二三代表)

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細見谷渓畔林と十方山林道

書籍「細見谷と十方山林道」(2006年・Web版)

「細見谷渓畔林と十方山林道」(細見谷林道)2006年版
十方山林道(細見谷林道)すなわち緑資源幹線林道 大朝・鹿野線 戸河内・吉和区間(二軒小屋・吉和西工事区間)環境保全に関する意見書・要望書集

- 環境保全調査検討委員会の目的は何だったのか -

学者・一般市民はこう考える

はじめに

2005年11月28日(月)第9回検討委員会は、緑資源機構の報告書(案)を承認した。これによって、十方山林道(細見谷林道)の拡幅舗装化工事着手に事実上のゴーサインが出たことになる。

ところで、委員会は全員一致で結審したわけではなかった。座長を含む委員5名の内2名が付帯意見を提出している。細見谷の自然を正しく評価するためには、まだまだ調査データが不足している、というのだ。2005年12月18日(日)中国新聞社説でも、この最終結論に対して厳しい批評を加えている。まだ結論を出すべき段階ではなかったと言わざるを得ない。

これに対して、市民団体では新たな署名活動を開始した。渓畔林を含む細見谷地域全域を”西中国山地国定公園 特別保護地区”へ指定することを求めて!!(最終集約日、2006年03月31日)。特別保護地区で林道工事はできない。

さらに、環境保護団体・広島フィールドミュージアム(金井塚務会長)による巡回写真展が2006年01月09日からスタートする。ツキノワグマなど細見谷渓畔林の動植物を紹介するためである。”林道計画に揺れる生き物たちの今を知ってほしい”から(中国新聞2006年01月07日付)

<十方山>と恐羅漢山~五里山で出来る谷間を、太田川源流の一つである細見谷川が流れている。両岸には、ブナ、トチ、ミズナラなどで構成される自然豊かな渓畔林(水辺林)が発達しており、これを細見谷渓畔林という。

その渓畔林を貫いて走る<十方山林道、jipposan>(既設・未舗装)を拡幅舗装化する工事が始まろうとしている。工事をすることに何の意味があるのか。問題意識の高まりの中で、この林道は<細見谷林道>とも呼ばれるようになっている。

大規模林道化工事の是非を検討するため、独立行政法人”緑資源機構”による「環境保全調査検討委員会」が設置された。その目的は、いわゆる<十方山林道(細見谷林道)>すなわち<緑資源幹線林道大朝・鹿野線戸河内・吉和区間(二軒小屋・吉和西工事区間)>14.4kmを、拡幅舗装化(一部新設、一部舗装化のみ)する「(工事に)伴う影響の予測・評価及び保全措置を専門的、学術的な見地から検討する」ことにあった。

第一回目の委員会は、2004年06月04日(金)に開かれ、座長に中村慎吾・比婆科学教育振興会事務局長を選んでいる。そして、事務局(緑資源機構側)の提出した環境保全調査報告書(素案)について検討を開始した。

当初は、2004年8月末までに3回程度の委員会を開き、結論(2005年度工事着工のGOサイン)を出す予定であったようだ。しかし、環境委で異論が続出し、第2回目以降の開催は遅れ気味となった。結局、第3回目の委員会は、2004年11月に開催された。しかし、最終結論を出すまでには至らなかった。

なお、初回委員会は非公開であったが、第2回以降公開となっている。そして、第3回委員会終了後、一般から意見書提出(提出期間2004年12月02日~12月22日)を求める措置が取られ、合計32件の意見書が提出された。

2005年02月05日(土)には、意見聴取会が開かれ、一般市民にも陳述の機会が与えられた。これに対して市民の側から、意見書(32件)の公開や意見聴取会の議事録公開等を求める要望、あるいは、中村慎吾座長の議事運営方法等に対して抗議がなされた。

さらに、第4回検討委員会(2005年02月28日)傍聴者から、同委員会議題に意見聴取(2月5日開催)が入っていないことに疑問を呈する公開質問状が提出された(2月5日意見聴取の目的と扱いについて)。この件に関しては、機構側の回答を不服として合計3度のやり取りが行われた。

第6回検討委員会傍聴人有志によって、「ツキノワグマについての公開要望書」(2005年06月04日付)が提出されている。その中で、要望2として「金井塚務先生を、ツキノワグマの問題の参考人として、次回検討委員会に招聘されるよう要望します」としている。しかし、第7回委員会以降、最終回(第9回)まで「西中国山地のツキノワグマ研究の第一人者」が委員会に招聘されることは遂になかった。

「森と水と土を考える会」は、十方山林道問題に初期のころから一貫して取り組んでいる。そして<(自前で)現地調査を続け、情報提供・質問・要望を繰り返し行っている。2005年には、特に<林道新設部分>について調査を行った。

そこには豊富な樹種の巨樹が林立しており、林床では貴重種(絶滅危惧種)が数多く見られた。林道の新設によって、これらの植物が大きなダメージを受けることは確実であろう。林道新設部分の問題点は、地盤が脆弱なことによる崩落の危険性ばかりではなかったのだ。

林道新設部分においても、植生に与える影響が注目されるようになってきた。しかしながら、大規模林道化のもう一つの大きな問題点が”地盤の脆弱さ”にある、ということは間違いない。それにもかかわらず、緑資源機構ではきちんとした地質調査は行っておらず、また、環境保全検討委員会に地質の専門家は一人も加わっていない。

宮本・古川の両名は、自らの調査結果「細見谷地域十方山林道周辺の地質」(日本地質学会発表および林野庁提出済)を踏まえて、道路改変への評価を行い、また後日、検討委員会に地質の専門家を加えること等の要望も行った。

両名の出した結論は、”現林道に新設、拡幅、舗装を行わず、地滑りなどの危険箇所に安全対策を施して利用することが、道路の安定性の確保及びコスト面から考えて最善である。” というものであった。しかし、機構側は、“地表地質調査については、本委員会の検討対象とはしていません。”という。

そして遂に、2005年11月28日(月)第9回委員会において、緑資源機構の報告書(案)が承認された。すなわち、幹線林道の工事着手に事実上のゴーサインが出たことになる。委員会ははたしてその職責を果たしたといえるのか。

ところで、委員会は全員一致で結審した訳ではなかった。座長を含む委員5名の内2名が意見書を添付している。細見谷の自然を正しく評価するためには、まだまだ調査データが不足している、 というのだ。

その最終検討委員会に臨んで、委員の一人が委員会の調査精度やモニタリング等に関する見解を示した文書を各委員および事務局に配布し、声明を出そうとしたところ座長による発言の許可が得られなかったそうだ。そこで、資料を回収した上でやむなく口頭で発言をしたという。

2005年12月18日(日)中国新聞社説でも、この最終結論に対して厳しい批評を加えている。 まだ結論を出すべき段階ではなかったと言わざるを得ない。

環境保全調査検討委員会や行政に対して、学者、一般市民からこれまでに様々な意見書、要望書あるいは質問状が提出されている(下記リスト参照)。責任者の方から、それらの書類をまとめて公開閲覧できる方法の模索と、場所の提供を求められたので、 少しばかり工夫をしてみた。(PDFファイル形式)

2005年12月14日現在

資料1

資料1-原本リンク先

2003.03.23、細見谷渓畔林(西中国山地国定公園)を縦貫する大規模林道事業の中止および同渓畔林の保全措置を求める要望書(日本生態学会 第50回大会決議)
要望書提出先(提出日):廿日市市(5/8)、環境大臣・農林水産大臣(5/12)、広島県・緑資源公団(5/28)

なお、本要望書提出等に関する経過報告(2003年分)については
広島フィールドミュージアム>>細見谷渓畔林保全活動記録の中にくわしい
http://www8.ocn.ne.jp/~miyajima/keika.htm#nolink

2004.11.28、環境保全調査検討委員各位に対する公開質問状
 (金井塚務・安渓遊地・河野昭一・中根周歩・福田宏)
2004.12.07、上記に対する回答
 (環境保全調査検討委員一同)

この公開質問状は、第3回検討委員会(2004年11月09日)傍聴、あるいは議事録閲覧によって生じた疑問を受けて、学者グループから提出されたものである。検討委員会の回答に対する提出者からのコメントおよび一般市民の声については
広島フィールドミュージアム>>細見谷渓畔林保全活動記録の中にくわしい
http://www8.ocn.ne.jp/~miyajima/shitumonn.htm

2005.08.04、農林水産大臣・環境大臣宛陳情書(および補足説明)
 (原戸・高木・安渓・金井塚)

資料2

資料2-原本リンク先

2004.12.12、環境保全調査報告書(素案)に関する意見書(原戸祥次郎)
特定植物群落調査書添付
2004.12.12、環境保全調査報告書(素案)に関する意見書(金井塚務)
2004.12.12、環境保全調査報告書(素案)に関する意見書(網本えり子)
2004.12.12、環境保全調査報告書(素案)に関する意見書(Ku氏)
2004.12.12、環境保全調査報告書(素案)に関する意見書(Su氏)
2004.12.20、環境保全調査報告書(素案)に関する意見書(U氏)
2004.12.21、環境保全調査報告書(素案)に関する意見書(Na氏)
2004.12.21、環境保全調査報告書(素案)に関する意見書(堀啓子)
2004.12.12、環境保全調査報告書(素案)に関する意見書(Ya氏)
2005.01.28、環境保全調査報告書(素案)に関する意見書
 (日本生態学会細見谷アフターケアー委員長豊原源太郎)

初回委員会は非公開であったが、第2回以降公開となっている。そして、第3回委員会終了後、一般から意見書提出(提出期間2004年12月02日~12月22日)を求める措置が取られ、合計32件の意見書が提出された。

資料未入手分:
2004.12.12、意見書(Su氏)

資料3

資料3-原本リンク先

2005.02.05、意見聴取会における意見陳述(原戸祥次郎)
2005.02.05、意見聴取会における意見陳述(網本えり子)
2005.02.05、意見聴取会における意見陳述(堀啓子)

2005.02.22、意見書の公開、意見聴取会の議事録公開等を求めて(要望書)
 緑資源機構理事長伴次雄・検討委員会座長中村慎吾宛
 (高木・網本・木村幸子・路子)
2005.02.27、中村慎吾座長の議事運営方法等に対して(抗議書)
 林野庁長官・緑資源機構理事長・座長中村慎吾宛
 (加藤彰紀・原戸祥次郎)

2005年02月05日(土)には、意見聴取会が開かれ、一般市民にも陳述の機会が与えられた。これに対して市民の側から、意見書(32件)の公開や意見聴取会の議事録公開等を求める要望、あるいは、中村慎吾座長の議事運営方法等に対して抗議がなされた。 なお、2月22日要望書については、6月11日文書(5/30付けのお礼と要望)で、改めて具体的な回答を求める要望が再度行われた(資料4)。

資料4

資料4-原本リンク先

2005.03.06、2月5日意見聴取の目的と扱いについて(公開質問状1)
 (宛先:緑資源機構理事長伴次雄・委員会座長中村慎吾・同委員)
2005.04.14、質問状1に対する回答
 (回答者:環境保全検討委員会委員・緑資源機構森林業務部長安藤伸博)
2005.04.21、同・公開質問状2
 (宛先:委員会座長中村慎吾、緑資源機構理事長伴次雄)
2005.05.02、質問状2に対する回答
 (回答者:委員会座長中村慎吾・緑資源機構森林業務部長安藤伸博)
2005.05.11、同・公開質問状3
 (宛先:緑資源機構理事長伴次雄、委員会座長中村慎吾)
2005.05.30、質問状3に対する回答
 (回答者:委員会座長中村慎吾・緑資源機構森林業務部長安藤伸博)

公開質問状1、2、3提出者は、高木・網本・木村幸子・路子・原戸・堀の6名連記

2005.06.11、緑資源機構理事長伴次雄宛(5/30付けのお礼と要望)
 (高木・網本・木村幸子・路子)
2005.07.01、上記に対する回答
 (回答者:委員会座長中村慎吾・緑資源機構森林業務部長安藤伸博)

第4回検討委員会(2005年02月28日)傍聴者から、同委員会議題に意見聴取(2月5日開催)が入っていないことに疑問を呈する公開質問状が提出された(2月5日意見聴取の目的と扱いについて)。この件に関しては、機構側の回答を不服として合計3度のやり取りが行われた。さらにその後改めて、2月22日要望書について具体的な回答を求める要望が再度行われた。

資料5

資料5-原本リンク先

2005.06.04、緑資源機構理事長伴次雄宛(ツキノワグマ公開要望書)
 (高木・網本・木村路子・原戸・松本・水島・宮本・山住)
2005.07.01、上記に対する回答
 (委員会座長中村慎吾・緑資源機構森林業務部長安藤伸博)

第6回検討委員会傍聴人有志によって、「ツキノワグマについての公開要望書」(2005年06月04日付)が提出されている。その中で、要望2として「金井塚務先生を、ツキノワグマの問題の参考人として、次回検討委員会に招聘されるよう要望します」としている。しかし、第7回委員会以降、最終回(第9回)まで「西中国山地のツキノワグマ研究の第一人者」が委員会に招聘されることは遂になかった。

資料6

資料6-原本リンク先

2005.05.13、林野庁長官・緑資源機構・座長中村慎吾(要望書)(原戸祥次郎)2005.06.13、緑資源機構・座長中村慎吾・各委員(再検討)(堀啓子)
2005.06.30、林野庁長官・緑資源機構・座長中村慎吾(要望書)(原戸祥次郎)
2005.07.29、6月30日要望書への回答
 (回答者:委員会座長中村慎吾・緑資源機構森林業務部長安藤伸博)
2005.07.09、緑資源機構・座長中村慎吾・各委員(植物調査への疑問)(堀啓子)
2005.10.03、緑資源機構・座長中村慎吾・各委員(再検討の要望)
 添付資料:十方山林道の植物・台風14号の影響の写真
 (原戸祥次郎・堀啓子)
2005.11.21、緑資源機構・座長中村慎吾・各委員(参考資料提出)(堀啓子)

「森と水と土を考える会」は、十方山林道問題に初期の頃から一貫して取り組んでいる。そして(自前で)現地調査を続け、情報提供・質問・要望を繰り返し行っている。2005年には、特に<林道新設部分>について調査を行った。

そこには豊富な樹種の巨樹が林立しており、林床では貴重種(絶滅危惧種)が数多く見られた。林道の新設によって、これらの植物が大きなダメージを受けることは確実であろう。林道新設部分の問題点は、地盤が脆弱なことによる崩落の危険性ばかりではなかったのだ。

資料7

資料7-原本リンク先

2004.12.20、緑資源機構の地質調査報告書に対する意見書
及び、上記意見書の添付資料「細見谷地域十方山林道周辺の地質」
(宮本隆実・古川耕三)
2005.07.05、林野庁長官・緑資源機構・座長中村慎吾宛(地質調査意見書)
(宮本隆実・古川耕三)
2005.07.29、上記に対する回答
(回答者:委員会座長中村慎吾・緑資源機構森林業務部長安藤伸博)

林道新設部分においても、植生に与える影響が注目されるようになってきた。しかしながら、大規模林道化のもう一つの大きな問題点が”地盤の脆弱さ”にある、ということは間違いない。それにもかかわらず、緑資源機構ではきちんとした地質調査は行っておらず、また、環境保全検討委員会に地質の専門家は一人も加わっていない。

宮本・古川の両名は、自らの調査結果「細見谷地域十方山林道周辺の地質」(日本地質学会発表および林野庁提出済)を踏まえて、道路改変への評価を行い、また後日、検討委員会に地質の専門家を加えること等の要望も行った。

両名の出した結論は、”現林道に新設、拡幅、舗装を行わず、地滑りなどの危険箇所に安全対策を施して利用することが、道路の安定性の確保及びコスト面から考えて最善である。” というものであった。しかし、機構側は、“地表地質調査については、本委員会の検討対象とはしていません。”という。

なお、意見書添付資料中の図表等は下記のとおりである。
(PDFファイルからのリンク不調のため、ここで別記及びリンクする)

No.0001
:図-1-1、細見谷地域とその周辺に発達するNE-SW系断層群
No.0002
:図-2-1、細見谷地域の地質図
No.0003
:図-2-2、谷を埋める土石流堆積物、図-2-3、F1断層の露頭
No.0004
:図-2-4、NE-SW系断層の露頭
No.0005
:図-3-1、空中写真判読による細見谷地域における地すべり分布
No.0006
:図-4-1、①の初期的変形地形の下底部の地すべり粘土層
:図-4-2、①の初期的変形地形直下のチャートの弛み、低角度断層が発達
:図-4-3、②の初期的変形地形の下底部の地すべり粘土層
No.0007
:図-4-4、2号橋より南側約800m区間において空中写真判読と地表調査によって明らかにされた地すべり地形と初期的変形地形
No.0008
:図-4-5、③-Bの地すべり側壁の凹地形と側壁の変状
:図-4-6、③-Bの地すべり内部の二次地すべりの滑落崖
No.0009
:図-4-7、③-Bの地すべり内の道路擁壁に見られる開口亀裂
:図-4-8、③-Bの地すべり内の道路擁壁に見られる亀裂
:図-4-9、④の初期的変形地形内の道路擁壁に見られる亀裂
No.0010
:図-4-10、⑤の地すべり内の道路擁壁に見られる亀裂
:図-4-11、⑤の地すべりの側壁に沿った変状部に見られる亀裂
No.0011
:図-4-12、⑥の地すべり内の道路擁壁に見られる亀裂
:図-4-13、⑥の地すべりの全体の地形区分
No.0012
:図-4-14、⑥の地すべりの全体の露頭写真
:図-4-15、⑥の地すべりのBの領域の前面の滑落崖
No.0013
:図-4-16、⑥の地すべりのCの領域に見られる滑り面
:図-4-17、⑥の地すべりのAの領域内の道路擁壁に見られる亀裂
No.0014
:図-4-18、⑥の地すべりのCの領域の側壁に沿った変状部に見られる亀裂
:図-4-19、⑥の地すべりのAの領域の側壁に沿った変状部に見られる亀裂
No.0015
:図-4-20、⑦の地すべりの基盤と下底粘土層:粘土層の上から湧水あり
:図-4-21、⑦の地すべり土塊中の粘土層と道路面上の水溜り
No.0016
:図-4-22、⑧の地すべりの基盤と下底粘土層
:図-4-23、⑧の地すべりの道路面上の水溜り
No.0017
:図-5-1、地形の変状が見られる地点
(緑資源公団調査結果と本調査結果による)

添付資料1.「細見谷と十方山林道2002」
添付資料2.十方山林道の植物一覧表・工事予定区間植生地図
 (調査:森と水と土を考える会 調査期間:2002.6.1~2005.11.30)
添付資料3.2004年度イオン環境財団助成による
 「細見谷渓畔林周辺におけるツキノワグマ生態調査報告書」
 (調査者:金井塚務、杉島洋)

資料8

資料8-原本リンク先

添付資料4.2005.11.28、委員会特別資料(波田善夫)
添付資料5.2005.11.28、委員会特別資料(竹門康弘、森生枝)

そして遂に、2005年11月28日(月)第9回委員会において、緑資源機構の報告書(案)が承認された。すなわち、幹線林道の工事着手に事実上のゴーサインが出たことになる。委員会ははたしてその職責を果たしたといえるのか。

ところで、委員会は全員一致で結審した訳ではなかった。座長を含む委員5名の内2名が意見書を添付している。細見谷の自然を正しく評価するためには、まだまだ調査データが不足している、というのだ。2005年12月18日(日)中国新聞社説でも、この 最終結論に対して厳しい批評を加えている。まだ結論を出すべき段階ではなかったと言わざるを得ない。

さて上記添付資料4は、その最終検討委員会に臨んで、波田善夫委員が用意していた文書である。波田委員は、この文書を各委員および事務局に配布し声明を出そうとしたところ、座長による発言の許可が得られなかったそうだ。そこで、資料を回収した上でやむなく口頭で発言をしたという。(添付資料5は、添付資料4に添付された資料である)

広島フィールドミュージアム>>細見谷渓畔林保全活動記録では、その全文を掲載した上で、当日の委員会傍聴者としてそのやり取りを詳しく記載している。
http://www8.ocn.ne.jp/~miyajima/9boutyou.htm
また全文掲載にあたっては“(この配布資料は)波田委員から個人資料となったので配布は自由ですとの許可を得ています”と断り書きをしている。

本「意見書・要望書集」においても、その趣旨に沿って<資料8>として利用させていただくことにします。

以上

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細見谷渓畔林と十方山林道

2007年(平成19)の活動記録

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 細見谷渓畔林と十方山林道 >>「創立20周年記念誌(草稿)

細見谷林道工事中も植物調査継続
- 「緑資源機構」に官製談合の疑い -

21世紀は環境の世紀(Point of No Return)

ノーベル平和賞(地球温暖化問題の取り組みを評価)

ノルウェーのノーベル賞委員会は、2007年のノーベル平和賞を、地球温暖化問題に取り組んでいる「アル・ゴア前米副大統領(59歳)」と「国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」に授与すると発表(10/12)しました。

21世紀は環境の世紀です。もしも地球温暖化がこのまま進んで、地球の気温が産業革命時代以前よりも2度C上昇(気候変動 +2℃)したならば、地球の生態系はもう元には戻れないとされています。そして、WHOはその時期を2028年(Point of No Return)と想定しています。

日本の天然林を救おう(林野庁から環境省へ移管して保全する改革)

「日本の天然林を救う全国連絡会議」(代表世話人・河野昭一京都大学名誉教授)による「国有林内の天然林を環境省に移管し保全する改革に関する請願書」の署名活動が昨年末(12/5)に開始されました。朝日新聞記事(2006年12月5日付け)

地球の豊かな生態系を保持していくためには、豊かな森林が欠かせません。しかしながら、日本国内の各地で、大切な国有天然林の乱伐、違法伐採が今も続けられています。国有林野を所管する林野庁でも、現場の実態を「すべては把握しきれない」と自らの限界について述べています。(同上新聞記事)

国有林野事業は、1998年に抜本的な改革を行ない、3兆8千億円の累積赤字のうち2兆8千億円を一般会計など(税金)で補填しました。それでも残った1兆円という膨大な債務の穴埋めをするために、国有天然林を伐採するというのであれば、それは誠に愚かなことです。

伐採によって得られる利益は、ほんのわずかばかりの現金であるのに対して、それと引き換えに、二度と取り戻すことのできない豊かな生態系を破壊してしまうことになるからです。

「もう林野庁には任せておけない」というのが今回の請願書提出の趣旨でしょう。森水の会でも署名活動に協力をしました。集めた署名は随時送付しており、2008年1月現在で合計3,397筆となっています。なお、全国では約8万筆集まったそうです。

「緑資源機構」の解体に向けて

「緑資源機構」に官製談合の疑い

独立行政法人「緑資源機構」(農林水産省所管)をめぐる官製談合の疑いが浮上してきました。昨年10月30日に、公正取引委員会による同機構の立ち入り検査が行なわれ、今年に入って、同機構の理事ら6名が東京地検特捜部によって逮捕(5/24)されました。

容疑は「緑資源機構」が発注した林道整備のコンサルタント業務(天下り先)をめぐる談合事件に関する独禁法違反(不当な取引制限)です。

事件はさらに、現職の農林水産大臣が議員宿舎内で自殺(5/28)するという事態に発展して行きました。こうして「緑資源機構」は、2008年3月31日付けをもって廃止されることになりました。ところが、その業務の大部分は「森林農地整備センター」と名称変更して継承されることになります。同センターは、林野庁所管の独立行政法人「森林総合研究所」の一部門として存続することになるのです。

なお、林野庁は農林水産省の外局であり、三公社五現業の現業の一つです。そして、現在でも唯一国家公務員としての地位を保っています。

大規模林道問題全国ネットワーク活躍する

今年、福島県会津若松市で開催(7/28~29)された「大規模林道問題全国ネットワークの集い」(第15回)のスローガンは、「天然林の保全と大規模林道の中止・緑資源機構の解体!」です。

「日本の天然林を救う全国連絡会議」の代表世話人・河野昭一さんは、「大規模林道問題全国ネットワーク」の代表でもあります。今年は、全国ネットワークのメンバーが中心となり、今年のスローガンに沿った種々の要望書の提出や声明の発表(4/26付け、5/18付け、6/22付け)を行ない、また各種の話し合い(5/18、6/22など)に臨みました。

細見谷林道工事中も植物調査を実施

細見谷林道工事(十方山林道の大規模林道化工事)は、昨年末(11/21)に林道の両端(吉和西、二軒小屋)から着手されました。斜面の木々の伐採から始まり、道路を掘り返しての舗装作業というように、今年も工事は「順調」に進んで行きました。

工事中、歩行者は通行止めにされることもなく林道に入ることができました。そこで、植物調査を3回実施(5/6、/24、7/22)しました。

2007年年表

-2月4日(日)、森と水と土を考える会、総会
(カトリック観音町教会・ヨゼフ館2階、広島市西区観音町)
-2月15~27日(木~火)、田島征三 生命と自然の造形展
-絵本原画とタブロー作品による展示から-
(ガレリア・レイノ(株)、広島市中区大手町)
-3月20日(日)、日本生態学会第54回大会、公開シンポジウム
大規模林道につける薬(3)-生態学は政治・司法に発言できるか
(愛媛大学、愛媛県松山市文京町)
-4月8日(日)、広島県議会議員選挙
金井塚はるか氏、1万票獲得するも惜敗(廿日市市選挙区、定数2)
-4月26日(木)、細見谷大規模林道工事の即時中止を求める要望書
(緑資源機構宛て、森水の会ほか)
-5月6日(日)、細見谷 春の植物調査、##指導者は??##
-5月18日(金)、独立行政法人「緑資源機構」の解体を求める声明
林野庁に届けて、話し合い
(大規模林道問題全国ネットワーク、森水の会・会長ほか)
-5月18日(金)、緑資源機構談合等の再発防止のための第三者委員会(第1回委員会)
-6月3日(日)、春の十方山林道ウォーキング
(吉和西~祠(山の神)~下山橋~水越峠~二軒小屋)約14.4km
-6月16~17日(土・日)、環瀬戸内海会議第18回総会
「リサイクルを騙(かた)る廃棄物 ~ 狙われる塩田跡地」
(岡山県瀬戸内市牛窓町)
-6月22日(金)、緑資源幹線林道事業の再検討に関する要望書
林野庁長官宛て文書を届けて、農林水産副大臣などとの話し合い
(大規模林道問題全国ネットワーク、森水の会・会長含む)
-6月24日(日)、細見谷 夏の植物調査、指導/松村雅文さん(シダ植物)
-7月10日(火)、林野庁と林道工事の即時中止を求めて話し合い
林野庁森林整備部長ほか対応
(大規模林道問題全国ネットワーク、森水の会・会長含む)
-7月22日(日)、細見谷植物調査
指導/米澤信道さん(京都から環境大学の細見谷現地見学で来広)、##河野先生も参加?##
-7月28~29日(土・日)、大規模林道問題全国ネットワークの集い(第15回)
(福島県会津若松市、原戸さん参加)
「天然林の保全と大規模林道の中止・緑資源機構の解体を!」
-8月26日(日)、植林地の下草刈り
-10月20日(土)、猪山神楽見物
-10月21日(日)、廿日市市長選挙(広島県)、井上さちこ氏惜敗
-10月25日(木)、山本明正著「細見谷渓畔林と十方山林道」(自費出版)
-11月3日(土)、シンポジウム「どうする!日本の森 - 文化の源流・人と自然を考える」、パネラー/市川守弘さん(弁護士)、河野昭一、金井塚務の各氏、##くわしいパンフは?##
(アステールプラザ、広島市中区加古町)
-11月4日(日)、秋の十方山林道ウォーキング
-12月9日(日)、定例会&忘年会

そのほかの資料など

-朝日新聞記事(2007年3月3日付け)
私の視点、ウィークエンド、C・W・ニコル(作家、「日本の天然林を救う全国連絡会議」呼びかけ人の一人)
-日本生態学会第54回大会(松山)3月20日
井上栄壮さん(信州大学・繊維学部)
「水生昆虫の生息状況からみた細見谷の特徴とその貴重性」
-毎日新聞記事(2007年4月3日付け)
緑資源機構理事、談合認める
-中国新聞記事(2007年6月2日付け)
緑資源談合、政府、林道整備中止を示唆
「しわ寄せだ」「英断を」、細見谷 地元は困惑
-読売新聞記事(2007年5月30日付け)
「緑資源」林道整備廃止を
規制改革会議第1次答申案、談合再発防止求める
-中国新聞記事(2007年8月26日付け)
岡山理科大学副学長・波田善夫さん
廿日市市の細見谷 宙に浮く幹線林道計画
負担膨大 事業再考を、活用や採算 説得力欠く
-那須圭子「中電さん、さようなら」2007年11月11日
山口県祝島、原発とたたかう島人の記録(八月書館)
-読売新聞記事(2007年11月2日付け)
「緑資源」元理事ら有罪、東京地裁判決「典型的な官製談合」
-朝日新聞社説(2007年12月8日付け)
独立行政法人 改革を頓挫させるのか
-中国新聞記事(2007年12月23日付け)
山本明正著「細見谷渓畔林と十方山林道」(自費出版)
広島の環境団体会員の山本さんが手引書

-堀啓子「十方山林道周辺の植物」
『峠』No.43:89-96、広島山稜会(2007.3.31)収載

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細見谷渓畔林と十方山林道

2006年(平成18)の活動記録

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ひろしま百山(私の踏み跡)>> 細見谷渓畔林と十方山林道 >>「創立20周年記念誌(草稿)

細見谷大規模林道工事、本年末ついに着工
- 資料集『細見谷と十方山林道(2006年版)』発行 -

調査検討委員会と期中評価委員会、大規模林道問題全国ネットワーク(広島大会)そして、ついに工事着手

緑資源幹線林道事業期中評価委員会

期中評価委員会(再評価委員会)とは

緑資源幹線林道事業「期中評価委員会」の役割は、幹線林道事業を社会情勢の変化に合わせて見直すことにあります。「時のアセスメント」(公共事業の再評価システム)制度の導入を受けて設置されたものであり、委員会での検討の結果「計画当時に比べ必要性が小さくなったりした路線(あるいは区間)は中止や一時凍結することもあり得る」ということになります。

2006年度期中評価委員会(意見陳述を行う)

大朝・鹿野線(細見谷渓畔林を含んでいる路線)は、以前(2000年)に一度再評価を受けています。その内容は、広島県廿日市市のホームページ(緑資源幹線林道事業 戸河内・吉和区間)で確認することができます。(2000年まとめ参照)

2006年に開かれた期中評価委員会では、大朝・鹿野線も再びその対象となりました。座長以下数名の委員による現地視察(6/28)に引き続いて、意見聴取の会で地元の賛成派7人と反対派3人が意見陳述(6/29)を行いました。中国新聞記事(2006年6月30日付け)

なお、工事反対の意見陳述を行ったのは、原戸祥次郎さん、金井塚務(広島フィールドミュージアム会長)、豊原源太郎(日本生態学会細見谷要望書アフターケア委員長)の3人です。

委員会は今年夏(8/18、東京)に結審しました。その内容について、同じく廿日市市のホームページをみると、「林野庁による平成18年度緑資源幹線林道事業期中評価委員会の意見」(平成18年8月、2006年)としてまとめられています。

なお、廿日市市ホームページでは、対象路線・区間の表現(下記かっこ内)に一部不明確な点があり、本書編者として以下のようにまとめました。(参考:期中評価委員会議事概要、ただし、その他の用字用語は廿日市市ホームページのまま)

「(大朝・鹿野線全体については)森林の有する多面的機能の発揮、林業、林産業の活動の見通し、地域振興への貢献度等を総合的に検討した結果、次のとおり、条件を付して、事業を継続することが適当と考える。

(戸河内・吉和区間については)林道整備の必要性は認められ、地元の要請も強い一方で、特に渓畔林部分及び新設部分については、自然環境の保全の観点から、さらに慎重な対応が求められる。このため、吉和側、二軒小屋側の拡幅部分については、環境保全に配慮しつつ工事を進めることとする。

また、渓畔林部分及び新設部分については、地元の学識経験者等の意見を聴取しつつ引き続き環境調査等を実施して環境保全対策を検討した後、改めて当該部分の取扱を緑資源幹線林道事業期中評価委員会において審議する」

『中国新聞』社説「細見谷林道、宝の活用法再考したい」

全般的には、確かに事業継続(環境保全に配慮しつつ工事を進める)という結論になっています。しかしながら、渓畔林部分および新設部分については、引き続き調査検討の上、改めて審議するとなっていることを決して見逃してはならないでしょう。

中国新聞社説(2006年8月20日付け)でも、「細見谷林道、宝の活用法再考したい」と題して、次のように厳しく指摘しています。

「一昨日の林野庁の『期中評価委員会』は、細見谷を通る幹線林道の整備計画(十三・二キロ)で、渓畔林部分(四・六キロ)と道路新設部分(一・一キロ)について、さらなる環境調査を求め、着工の是非についての結論を来年度以降に持ち越した。現在の計画の不十分さを委員会として認めたのである」

そして次のように締めくくっています。「西日本でもここでしか見られない『宝』を、生かす方法はいくらでもありそうだ。歩いて癒され、楽しく学習できる自然。従来の観光と違う独自の観光開発も考えられる。それに応じたワサビなどの特産品の生かし方もあろう。初めに道ありき、ではない。最初に自然ありき、で再考したい」

費用対効果(B/C)、1.02

上記廿日市市のホームページをみると、「平成18年度林野公共事業の評価結果及び実施方針」(平成18年8月、2006年)が示されています。もちろん、「戸河内・吉和区間」についての話です。その中から、ここでは特に「効率性」に注目してみましょう。

効率性:コスト縮減に努めているほか、現在着手中の区間について費用対効果分析を試行した結果、費用以上の効果が見込まれることから、事業の効率性が認められる。

総便益(B) 13,918,000,000円
総費用(C) 13,640,000,000円
分析結果(B/C) 1.02

つまり、136億4,000万円の費用をかけて、139億1,800万円の効果が得られるとしています。費用対効果の分析結果(B/C)は、「1.02」です。これをもって、費用に対して得られる効果がごくわずかながらも上回っているので、工事をする意味があるというのでしょうか。

しかしながら、この便益の中には、例えば、通行安全確保便益という項目があり、ガードレールやカーブミラーなどの安全施設の設置にかかる投資分を、走行安全が確保できる便益として認めたりしているのです(「公共事業における事前評価マニュアル」平成12年度)。

このようなことから、通常は少なくとも(B/C)は1.5とか2.0以上なければ、費用に対して便益の方が上回る(投資する価値がある)とは判断されないようです。なお、3年後の2009年に、北海道と林野庁との会議の席上において、以下の林野庁見解が示されました。

-交通安全確保便益は便益として算入しない
-環境保全確保のための調査等についても便益に算入しない

この考え方を当てはめるならば、戸河内・吉和区間の(B/C)は、「1.00」を割り込んでしまう可能性すらあり得ます。

すべては税金から支払われる

幹線林道事業(戸河内・吉和区間)では、事業費の2/3は国からの補助金で、残り1/3が道県(広島県)の負担となっています。そして、林道完成後の維持費は地元自治体(大部分が廿日市市)の負担になります。いずれにしても、100%私たちの税金で賄われます。

当初計画の総事業費は96億円、現在の進捗率4割に対して予算はすでに77億円を消化しています(消化率8割)。このままいけば、全体で180億円近い事業になってしまいます。
(参考:松本大輔のホームページ、細見谷に関する主張、2005年11月28日付け)

地元廿日市市の動き

住民投票を実現する会(署名活動)

2006年8月18日(金)、奇しくも第4回期中評価委員会結審の日に、「細見谷林道工事の是非を問う住民投票条例案」について審議するための臨時市議会が開かれました。これは「廿日市市における細見谷林道工事の是非を問う住民投票条例制定請求」(直接請求)の署名活動(代表/金井塚務、事務局長/高木恭代)を受けて開かれたものです。

その結果、住民投票条例案は7対24で否決されたため、住民投票条例は設置されないことになりました。つまり、最終的に市民の意思を直接示す機会は失われてしまいました。

しかしながら、物理的な限界(署名期間わずか一か月)や署名押印という高いハードルがあるにもかかわらず、有効署名7,867人分(署名総数8,053、無効186)が集まったことの意義は非常に大きいと言わざるを得ません。地方自治法第74条で必要とされる署名数は、有権者総数(94,776人、2006年6月2日現在)の2.0%(1,896人)であり、今回はそれをはるかに上回る8.30%の有効署名が集まったのです。

中国新聞記事(2006年5月24日付け)では、「細見谷大規模林道建設の是非を問う住民投票を実現する会」が発足(5/23)して、住民投票条例の制定を目指して手続きを開始したことを伝えています。

中国新聞記事(2006年6月13日付け)では、「細見谷林道の住民投票、条例請求へ署名数確保」として、署名数が必要数「約二千人分」を突破したことを伝えています。

中国新聞記事(2006年6月14日付け)をみると、「林業関係者や地元住民でつくる廿日市市吉和地区緑資源幹線林道整備促進協議会の安田孝会長」が「廿日市市に早期整備要請」とあります。安田会長は、「渓畔林を通る部分の大半は現在ある道路を改良する計画で、環境破壊の恐れはない」と説明したということです。

中国新聞記事(2006年7月1日付け)では、「(6月30日に)住民投票条例制定の直接請求に必要な署名数の四倍を上回る八千四十八人分を同市選管に提出した」となっています(後に5人分追加となり、上記にあるように署名総数8,053となったのかもしれません)。

中国新聞記事(2006年8月19日付け)では、住民投票条例案が否決(8/18)されたことを伝えています。採決に先立って、請求者を代表して金井塚務さんが意見陳述を行いました。

広島県廿日市市当局

「緑資源」幹線林道は、完成部分をその都度地元自治体に管理移管していくことになっています。したがって、十方山林道の大部分(渓畔林部分を含む)は、将来は廿日市市が管理することになります。

その廿日市市当局の説明によると、幹線林道事業計画は「旧・佐伯郡吉和村」からの引き継ぎ事項(2003年3月1日、吉和村は廿日市市と合併、廿日市市吉和となる)であり、その早期完成は住民の意思であるとしています。

しかしながら、市当局自らが何らかの判断を示したことは今まで一度もなく、緑資源機構のうたい文句である「環境保全に配慮しつつ工事を進める」という文言を繰り返すのみです。

広島県廿日市市のホームページ(緑資源幹線林道事業 戸河内・吉和区間)では、上記でみたように、細見谷大規模林道工事について時間の流れに沿ってコンパクトにまとめてくれています。

ところが、本年末(11/21)に細見谷大規模林道工事がついに着手され、林道の両端(二軒小屋、吉和西)から工事が始まったことについては、何ら記載がありません(2010年5月5日現在確認)。そして、トップページからリンクされていた「緑資源幹線林道事業 戸河内・吉和区間」のリンクがいつの間にか外されてしまっています。そのため、トップページに設置された検索窓で検索する以外に、該当ページを探し当てる手段がなくなってしまいました。

細見谷の特別保護地区指定を求める要望書

署名活動を行う

昨年末(12/1)に、科学者グループによる新たな署名活動、すなわち「渓畔林を含む細見谷地域全域を西中国山地国定公園特別保護地区に指定することを求める署名のお願い」が始まりました。

森水の会でもそれに協力して、広島市中心部の中区本通(本通電停東詰)で街頭署名活動を繰り返し(1/29、2/26、3/26)行いました。そして、その他の署名を合わせて添付した要望書が広島県に提出(5/9)されました。署名総数は、合計42,894筆(そのうち一般42,699、科学者195)となっています。

特別保護地区に格上げすることの意義

細見谷渓畔林一帯は、現在は特別地域(第2種特別地域)に指定されています。上記署名のお願いでは、これを、特別保護地区に格上げするよう広島県に働きかけてゆく、としています。

特別保護地区は自然保護法で最も規制が厳しい地区です。要望書(署名)提出を伝える中国新聞記事(2006年5月10日付け)のいうように、「林道の建設が原則不可能」となるのでしょうか。金井塚さんは、朝日新聞記事(2006年5月10日付け)で「特別保護地区になっても着工は阻止できないが・・・」とも語っています。

いずれにしても、細見谷地域はそれにふさわしい取り扱いを受けるべきです。ちなみに、国の特別名勝「三段峡」では特別保護地区となっている区域もあります。

広島県は、特定植物群落の一部を除外してしまった

広島県が、大規模林道のルート(十方山林道の拡幅を含む)を決定したのは1972年です。そして、1977年3月には大規模林道大朝・鹿野線の実施計画が農林大臣認可となりました。その直後に広島県は、自然環境保全基礎調査(環境庁、現・環境省)において、「特定植物群落」の選定(1978年度)を行っています。

その結果、大規模林道のルート沿いでは、「三段峡の渓谷植生」(柴木から樽床ダムまでの渓谷斜面)と「細見谷の渓谷植生」(水越峠から吉和川合流点まで)の二か所が選定されました。いずれも、選定基準は「A自然林」となっています。屋久島や白神山地と同等の扱いです。

しかしながら、この時に広島県は、専門家の調査結果を無視して「細見谷渓畔林や三段峡の一部(餅ノ木よりも上流部)」を群落の指定範囲から除外してしまいました。いずれも大規模林道の予定ルートに当たる区域であり、大規模林道工事の是非をめぐる判断に影響を与えると考えられます。

日本生態学会(2003年3月23日付け)では、「「環境影響評価の基礎資料」と位置付けられる特定植物群落の選定において、結果的に細見谷の自然の重要性が過小評価された」として遺憾の意を表しています。

そのほかの動き

細見谷林道の植物調査継続

今年も十方山林道(細見谷林道)沿いや新設部分で植物調査を継続実施しました。新設予定地では、杭の範囲内の立ち木に番号札が付けられています。昨年秋には見なかったものです。これらの木々がそのうち切り倒されてしまうのでしょうか。その周辺では、広島県RDB記載種を数種も見ることができます。

米澤信道さんは、今年は体調不良で参加いただけませんでした。しかし、桑田健吾、松村雅文の両氏をはじめ数名の方にご指導いただき、今年も大きな成果をあげることができました。

朝日新聞の記者さんが一日同行したこともあります。朝日新聞記事(2006年5月10日付け)では、「動植物への影響大きい」という小見出しで「事業の是非はもっとじっくり検討してもよいのではないか」と署名入りで書いています。

「緑資源機構」に官製談合の疑い浮上

中国新聞記事(2006年11月1日付け)によると、独立行政法人「緑資源機構」(農林水産省所管)が発注するコンサルタント業務の入札で官製談合が繰り返されていた疑いが強まり、公正取引委員会は、機構本部のほか広島など計八地方建設部で立ち入り検査を実施しました。(2007年度末で緑資源機構は廃止になります)

2006年年表

-1月9日(祝)、巡回写真展「細見谷渓畔林と生き物たち」(&座談会)始まる
金井塚務(広島フィールドミュージアム会長)
-1月29日(日)、街頭署名活動(第1回)、広島市中区本通(579筆)
-2月5日(日)、森と水と土を考える会、総会
(カトリック観音町教会・ヨゼフ館2階、広島市西区観音町)
-2月26日(日)、街頭署名活動(第2回)、広島市中区本通(393筆)
-3月26日(日)、街頭署名活動(第3回)、広島市中区本通(325筆)
-4月29~30(日)、細見谷渓畔林春の植物調査、指導/桑田健吾、松村雅文、その他の各氏
-4月30日(日)、「細見谷と十方山林道(2006年版)」発行(実際の完成は、5/7)
-5月9日(火)、広島県(環境保全室)へ申し入れ
渓畔林を含む細見谷地域全域を西中国山地国定公園特別保護地区に指定することを求める要望書提出/細見谷渓畔林保全を求める科学者グループ
-5月13日(土)、細見谷大規模林道建設の是非を問う住民投票を実現する会(廿日市市)、発足
-5月18日(木)、細見谷渓畔林春の植物追加調査
-6月10~11日(土・日)、大規模林道問題ネットワークの集い in 広島(第14回)
「止めよう!緑資源幹線林道、残そう!細見谷渓畔林」
10日現地観察会、11日集会(広島県立生涯学習センター、広島市東区光町)
-6月21日(水)、細見谷渓畔林初夏の植物調査1
-6月28日(水)、細見谷渓畔林初夏の植物調査2(期中評価委員会現地調査隊と遭遇)
-6月29日(木)、平成18年度緑資源幹線林道事業期中評価委員会地元等意見聴取等の実施意見陳述者/金井塚務、豊原源太郎、原戸祥次郎の各氏
(いこいの村ひろしま、広島県安芸太田町)
-7月30日(日)、細見谷渓畔林夏の植物調査
-8月18日(金)、平成18年度期中評価委員会(林野庁)、第4回委員会にて結審
-8月18日(金)、「廿日市市における細見谷林道工事の是非を問う住民投票条例制定」について審議するための臨時市議会(廿日市市)
-8月26~27日(土・日)、26日猪山、27日吉和で植林地草刈り
-9月20日(水)、細見谷保全ネットワーク新事務局長就任
(金井塚務・広島フィールドミュージアム会長)
-10月14日(土)、猪山神楽見物
-10月29日(日)、細見谷を守る会、発足
-10月30日(月)、緑資源機構、官製談合の疑いで公正取引委員会が立ち入り検査
-11月5日(日)、秋の十方山林道ウォーキング
(吉和西~祠~下山橋~水越峠~二軒小屋)
-11月21日(火)、細見谷大規模林道工事着手、林道の両端(二軒小屋、吉和西)から
-12月3日(日)、定例会、忘年会
-12月5日(火)、日本の天然林を救う全国連絡会議(代表世話人・河野昭一京都大学名誉教授)、国有林内の天然林を環境省に移管し保全する改革に関する請願書、署名活動開始

そのほかの資料など

-中国新聞記事(2006年1月7日付け)
細見谷発、命のフォト展、1月9日から始まる
巡回写真展「細見谷渓畔林と生き物たち」(&座談会)
広島フィールドミュージアム(金井塚務会長)
-毎日新聞記事(2006年2月27日付け)
林道予定地の廿日市・細見谷地区
環境保護求め署名活動
-中国新聞・広場(2006年3月28日付け)
細見谷林道は必要か、中佐知子(森水会員)
-中国新聞記事(2006年6月10日付け)
林野庁が事業再評価、「細見谷林道」大詰め
反対派あす全国集会
-朝日新聞・私の視点(2006年7月28日付け)
河野昭一京都大学名誉教授(植物生態学)
天然林伐採、国民の共有財産を切るな
-朝日新聞記事(2006年11月22日付け)
細見谷林道、渓畔林区間外で着工
市民団体「アリバイ的」と批判

新聞記事抜け???

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細見谷渓畔林と十方山林道

2005年(平成17)の活動記録

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検討委員会で明け、検討委員会に暮れる
- 検討委員会、着工に伴う環境保全措置を承認(11/28) -

はじめに

十方山林道(細見谷林道)の大規模林道化の是非をめぐる検討のため「環境保全調査検討委員会」(緑資源機構)が昨年から開かれています。今年はその検討委員会(意見聴取会)で明け、検討委員会(細見谷林道着工容認)で暮れた一年となりました。なお、それらをめぐる動きについては、資料集「細見谷と十方山林道」(2006年)にまとめられています。

意見聴取会をめぐる動き

意見聴取会開かれる(2/5)

環境保全調査検討委員会(緑資源機構)の意見聴取会(2/5)があり、賛成派反対派がそれぞれ3人づつ意見陳述を行いました。森水の会からは、原戸祥次郎会長、堀啓子会員の二人が意見を述べました。

大規模林道建設に賛成派3人(関太郎・広島大学名誉教授、川崎康司・廿日市市吉和支所長、安田孝・安田林業社長)に対して、反対派3人(原戸祥次郎・森と水と土を考える会会長、堀啓子・日本山岳協会自然保護指導員・森水の会会員、網本えり子・「廿日市・自然を考える会」事務局長)という構成になっています。

その人選については、「昨年十二月の意見公募に応じた三十二件の中から機構側が選んだ」ものです。中国新聞記事(2005年2月6日付け)

意見聴取会の様子について、同記事は「賛成・反対の双方から現計画に疑問や注文が相次ぎ、予定していた年度内の結論は微妙な状況になってきた」としています。

なお、意見聴取会に先立って、日本生態学会細見谷要望書アフターケア委員会(豊原源太郎・委員長)から、科学的データに基づく合理的な議論を求める「意見書」が提出(1/28付け)されました。

原戸会長の意見陳述および抗議書

原戸会長の意見陳述の内容は、原戸会長自身の報告「森と水と土を考える会」会報2005年2月号P.4-5に詳しく書かれています。

その末尾で会長は「(中村慎吾座長は)なぜ反対意見を抑え込もうとしたのか。松本議員の言うように「利害関係から一歩退いて、学究的立場から環境への影響を検証して欲しい。データーが不十分な場合には資料を出せとむしろ緑資源機構につき返して欲しい」と思いました」と結んでいます。

ここで松本議員とは、松本大輔衆議院議員(広島二区)のことで、意見聴取会の後半における会場でのやり取りで発言をしています。

中村慎吾座長は、第2回委員会(昨年9/11)でも「この委員会は林道建設を前提としたものである」という発言をしています。それらを含めて、「中村慎吾座長の議事運営方法等に対して」疑問を呈する抗議書(2/27付け)が、原戸会長他から中村慎吾座長などに対して提出されました。特に回答はなく、引き続いて要望書(5/13付け)を提出しました。

意見書32件、意見聴取会の議事録公開等を求めて

原戸会長の抗議書と同様の趣旨に加えて、「意見書32件の公開、意見聴取会の議事録公開等」を求める要望書(2/22付け)が、中村慎吾座長などに対して提出されました。これは、廿日市・自然を考える会の会員2名と広島フィールドミュージアムの会員2名の連名となっています。

環境保全調査検討委員会をめぐる動き

第4回検討委員会(2/28)

環境保全調査報告書案(緑資源機構)の中に、細見谷渓畔林を通る区間(約4.6km)の一部(約370m)を、舗装ではなくて敷砂利にする計画があります。理由は、オタカラコウ群落などへの影響を避けるためとされています。

この砂利道に対して、中国新聞記事(2005年2月19日付け)によれば、廿日市市が難色を示しています。なぜならば、緑資源幹線林道は、完成部分をその都度地元自治体に管理移管していくことになっているからです。廿日市市としては「(敷砂利区間は)厳しい財政事情で維持管理費の確保が難しい」(同記事)と見直しを求めているのです。

しかし、中国新聞記事(2005年3月1日付け)によれば、「機構側は見直しに応じない方針を示した」としています。また、同記事は、第4回検討委員会(2/28)では「敷砂利の見直しを求める意見」は出なかった、とも書いています。

一方で、「委員側から道路の専門家を招いて議論を求める声や、着工した後に自然保護についてチェック体制づくりを望む意見」(同記事)が出ました。

ところで、前記の「意見書32件の公開、意見聴取会の議事録公開等」を求める要望書(2/22付け)に対する回答は特になく、第4回委員会(2/28)でも意見聴取(2/5)は議題として取り上げられませんでした。

「意見聴取とは、ご意見は確かに承りました」と聞き流すだけのパフォーマンスに過ぎないのではないか。そうした疑問を持った当日の傍聴者から、公開質問状(3/6付け)が中村慎吾座長他に提出されました。

この件に関しては、機構側の回答を不服として合計三度のやり取り(5月末まで)がありました。なお質問状の提出者(6名連記)は、いずれも細見谷保全ネットワークを構成する団体のそれぞれの会員であり、意見聴取会(2/5)で反対意見を陳述した3名とその他の3名です。

なお、要望書(2/22付け)については、公開質問状に対する機構側の最終回答(5/30付け)を受けて、改めて具体的な回答を求める要望が行われました(6/11要望、7/1回答)。

第5回検討委員会(3/9)

##会報?、翌日の新聞##

第6回検討委員会(5/16)

第6回委員会(5/16)が広島市内で開かれました。

中国新聞記事(2005年5月17日付け)によれば、「当初、機構は三月末までの決着を期待したが、議論が白熱し本年度に持ち越し。年度内着工を目指し、延長した委員の任期は七月末までとした」のです。

一度延期した委員の任期は3月末までであったものを、はからずも今期まで再延長したけれども、ともかく7月中には決着をつけてくれということでしょう。

個別には、県絶滅危惧種のニホンヒキガエルが取り上げられました。機構側は「確認した産卵場所二十七カ所のうち、既存の林道上にある十四カ所が工事で消失するが、「生息には甚大な影響はない」と説明」(同記事)しました。

しかし、これを単純に計算すれば、半数以上の産卵場所が消滅するということです。それでも「環境への影響は軽微」なのでしょうか。はたしてどの段階に至れば「影響は軽微」ではないといえるのでしょうか。まさか、もしかして、それが絶滅した時?そうすれば「影響は軽微」かどうか検討することさえ必要なくなりますからね。

植物調査の結果を踏まえた要望などを繰り返し行う

森と水と土を考える会では、2002年5月以来数多くの現地調査を実施してきました。そのうち特に植物調査は毎年継続して行っています。今年の調査は、林道新設部分を特に重点的に調査しました。その結果、この区域には豊富な樹種の巨樹が林立しており、林床に貴重種(絶滅危惧種)があることを発見しました。既設の林道沿いだけでなく、ここもまた重要なポイントだったのです。

今年に入ってから、調査対象の十方山林道周辺では、工事用の赤杭や青杭が打ち込まれました。測量はすでに終わり1/1000工事図ができあがっています。私たちの調査でも4月末からは機構側から入手したこの工事図を使っています。そして、各植物の位置を図面に落とし込んでいます。

工事図と赤杭や青杭の位置を突き合わせて確認するわけですから、各植物の位置は実に正確に分かります。林道の建設によって、これらの植物が大きなダメージを受けることは確実と思われます。

植物調査の推進役の一人である堀啓子さん(森水の会会員)は、これらすべての調査に参加しています。そしてその成果を踏まえて、毎回の委員会ごとに事前に疑問点を提示した上で傍聴を重ねてきました。なお、堀さんは意見公募(昨年12月)に応じ、さらに意見陳述(2/5)も行っています。

要望書としてきちんと形が整っている資料(堀さん単独あるいは原戸会長との連名)としては、6/13付け、7/9付け、10/3付け(11/21付け添付資料あり)があります。その中で「私たちの調査と機構側の調査を突き合わせたとき、双方に調査不足、確認不足が目立っている。相互に標本で確認すべき種があるのではないか」としている点は重要な指摘です。
日本生態学会の要望書(2003年3月23日付け)でも「細見谷地域における地質・生物の公開調査を行うこと。その際、住民・専門家・環境NGO等との合同調査とすること」を求めています。

西山林業組合長の村上弘さん、大規模林道反対を表明

西山林業組合(廿日市市吉和)の組合長である村上弘さんが、ミニコミ誌『環・太田川』五月号の誌上で、十方山林道の大規模林道化工事は「地元の林業にとって必要のない工事だと思う」として、緑資源幹線林道計画を明確に否定しました。そして、「環・太田川」の総会(5/22)でも同様の発言をしました。##「環・太田川」書誌が必要##

ところが、5月29日夜になって、突然「西山林業組合のホームページ」(村上組合長名)が全くの新規で立ち上がりました。トップページを見ると、そこからたった1枚のページがリンクされており、その末尾は「地元住民のため、また地域の活性化のためにも一日も早い林道の開通をお願いいたします」という言葉で締めくくられています。

西山林業組合長の村上弘さんは、(有)村上造林の社長さんです。私たちの植林地を貸してくださっており(もみの木森林公園東隣り1996年植林、中津谷川沿い1997年植林)、広葉樹の植林に理解を示してくださっています。「森と水と土を考える会」では、総会(1996年1/28)や10周年記念トーク(2000年11/19)で、林業にかける熱い思いを語っていただいたことがあります。

ところで、件のホームページを改めて確認(5年後の2010年5月5日現在)すると、「これからコンテンツも増やしていきます」となっているものの、依然として最初からの一枚だけしかありません。また、当初から一字一句も追加訂正はなされていないようです。

原戸祥次郎会長は、村上弘さんの意見表明や各種調査の進展状況を踏まえて、要望書(6/30付け)を中村慎吾座長他に提出しました。回答(7/29付け)はありましたが、特にみるべき内容ではありません。

第7回検討委員会(7/10)

第7回委員会(7/10)が広島市内で開かれました。

中国新聞記事(2005年7月12日付け)を見ると、「環境保全委、クマ調査に不満」、「細見谷林道7月承認断念」、「年内着工困難」といった見出しが目に飛び込んできます。なお、各委員は三度目の任期延長となるようです。

同記事によれば、機構側が「(ツキノワグマの)細見谷での越冬について「不明」としたため、委員が「越冬していれば影響はあまりにも大きい」として追加データの提出」を求めました。

これに対して、毎週のように細見谷に入って調査している金井塚務(広島フィールドミュージアム会長)によれば、「この冬も、クマ越冬を二カ所で確認している」(同記事)とのことです。

一年を通して現場に通い続け、データを集めている研究者にはかないません。すでに、第6回委員会(5/16)傍聴人有志によって、金井塚務会長の委員会招聘を含む「ツキノワグマについての公開要望書」(6/4日付け)が提出されていました。しかし結局は、最終回(第9回)まで、この要望書については聞き入れられませんでした。

中国新聞記事(2005年10月27日付け)によれば、広島フィールドミュージアム(金井塚務会長)では、「今春誕生したツキノワグマの幼獣の姿」を定点観測カメラ(自動撮影)でとらえた(9/29)ということです。繁殖の確実な証拠であり、同渓畔林の豊かさを示すものといえるでしょう。

なお、細見谷保全ネットワークから、農林水産大臣と環境大臣の各大臣宛てに個別で「、現地をよく知る研究者、NGOの参加を求める」などとした「陳情書」(8/4付け)が提出されました。それぞれに補足説明(8/4付け)がついています。

第8回検討委員会(10/7)

##中国新聞記事?##
環境保全 結論見送り
緑資源機構調査検討委 注文が相次ぐ
会報には見出し部分のみ?
本分が切れている?

シンポジウ:本音で話そう「細見谷渓畔林と緑資源幹線林道(十方山林道)

今年もシンポジウムを開催(11/2)しました。今回のシンポジウムで私たち主催者(細見谷保全ネットワーク)が当初計画していたのは、緑資源機構をはじめ賛成派も含めた「本音で話そう」会でした。しかし、当日関係者の出席を得ることはできませんでした。

中国新聞・天風録(2005年11月4日付け)では、「同機構の環境保全調査検討委員会がただ今、検討中―というのが理由だった」としています。「動植物への影響と引き換えに建設する価値があるのかどうか。広く論議する場に出てきて説明してほしかった」(同記事)というのが、私たちの率直な感想です。

第9回検討委員会(11/28)

第9回委員会(11/28)が広島市内で開かれ、着工に伴う環境保全措置を承認しました。当初予定の3倍、昨年の6月から9回に及んだ環境保全調査検討委員会とはいったい何だったのでしょうか。中国新聞(2005年11月29日付け)各記事(複数)の見出しを見ると、「検討委も評価割れる」、「懸案棚上げ「見切り発車」」などとなっています。

検討委員会は全員一致で結審したわけではありません。座長を含む委員5名のうち2名が付帯意見を提出しています(波田、鳥居の両委員)。

その中の一人である波田善夫さん(岡山理科大学教授)は、「貴重な生態系への影響と引き換えに建設する林道の公益性に疑問を示した(同新聞記事)」文書を各委員および事務局に配布しようとしたところ、座長による配布の許可が得られず、資料を回収した上でやむなく口頭で発言をしました。

道路幅員を、大規模林道の通常規格(幅員7m)から5mに縮小したり、あるいは渓畔林では現状(3~4m)のままとするなど、もはや大規模林道を造るのが目的ではなく、道路工事そのものが目的となっている、としか言いようがありません。

また、「林道の是非を判断する以前の基礎データが足りないとの指摘は最後まで相次いだ(同新聞記事)」委員会でした。そして、最終委員会では「夜間の通行禁止を必要とする」という新たな内容を追加しています。なお最終的には、波田資料も意見書として報告書に添付されることになりました。

環境保全フォローアップ調査計画

環境保全フォローアップ調査計画(緑資源機構広島地方建設部発)というものが発表(10/5)されています。第7回委員会(7/10)で提唱されたものを具体化したものでしょう。その時の説明では「工事を行いながら、それと並行して工事の施工中、施工後の環境への影響調査を行う」ということでした。

しかしながら、環境保全調査検討委員会(付帯意見)では、事前の調査不足をきびしく指摘しています。工事前の基礎となるデータが不足しているならば、工事が環境に与える影響を計ろうにも正しい評価ができるはずはありません。つまり、さらなる事前調査データの蓄積が求められているのであり、合計9回の委員会だけで「議論は尽くした」と言えるレベルでは決してありません。

大規模林道沿いの地質はもろい

細見谷上部(渓畔林のある部分)は、広島県内に多く見られる北東―南西系の断層に沿って発達した谷の一つです。この断層に対して、通称「七曲り」付近では、北西―南東系の断層(下部の細見谷渓谷)がほぼ直角に交差しています。二つの断層が交差する「七曲り」付近は、地盤が著しい「ゆるみ」状態に達しており脆弱化しています。

それにもかかわらず、緑資源機構ではきちんとした地質調査は行っておらず、また、環境保全調査検討委員会に地質の専門家は一人も加わっていません。

宮本隆實(広島大学大学院准教授)と古川耕三(地質学会会員)の両氏は、「細見谷と十方山林道」(2002年)に引き続いて2003年も調査を行い、その結果は林野庁への申し入れ(2003年12/25)で提出されています。さらには、環境保全調査検討委員会での意見書の提出(2004年12/20付け)に重ねて今年も意見書を提出(7/5付け)しました。

上記意見書における両氏の結論は、「現林道に新設、拡幅、舗装は行わず、地滑りなどの危険箇所に安全対策を施して利用することが、道路の安全性の確保およびコスト面から考えて最善である」というものです。

同意見書(7/5付け)では、検討委員会に地質の専門家を加えることも要望されましたが、機構側の回答(7/29付け)は「(機構側が過去に実施した)地表地質調査については、本委員会の検討対象とはしていません」とするにどどまっています。

結局、地質の専門家は誰一人として同委員会に加わることはありませんでした。

2005年年表

-1月30日(日)、森と水と土を考える会、総会
(カトリック観音町教会・ヨゼフ館2階、広島市西区観音町)
-2月5日(土)、環境保全調査検討委員会(意見聴取会)
原戸祥次郎会長、堀啓子会員が意見陳述を行う(全部で6人のうちの二人)
(ホテルJALシティ広島、広島市中区上幟町)
-2月19日(土)、デポジット法制定ネットワーク広島
(広島市まちづくり市民交流プラザ2階、広島市中区袋町)
-2月26~27日(土・日)、世界のこどもたちが103 原画展
平和を作ろう絵本作家たちのアクション/問い合わせ・宝来書店
(佐伯区民文化センター、広島市佐伯区五日市中央)
-2月28日(月)、環境保全調査検討委員会(第4回)
-3月9日(水)、環境保全調査検討委員会(第5回)
##会報紛失?絶対見つけて・・・##
-3月25日~4月3日、「すばらしき西中国山地・細見谷~市民の撮った写真展」
(日本銀行旧広島支店、広島市中区袋町)、来場者数1,816人
-3月26日(土)、田中幾太郎さん講演会(写真展会場)、##金井塚さんも?##
-4月17日(日)、雪解けの十方山林道植物調査
-4月24日(日)、新たな植林(広島市水道局水源の森、吉和「魅惑の里」上流)
##実施したのか?##
-4月29~30日(祝・土)、十方山林道植物調査
指導/米澤信道さん、これ以降は1/1000工事図に基づき調査
-5月15日(日)、十方山林道ラン科植物確認(堀啓子さん単独)
-5月16日(月)、環境保全調査検討委員会(第6回)
-5月29日(日)、十方林道ウォーキング
吉和西~祠~下山橋~水越峠~二軒小屋
-6月5日(日)、十方山林道新設部分の植物調査
指導/桑田健吾さん
-6月12日(日)、十方山林道新設部分の植物調査
-6月25~26日(土・日)、大規模林道問題全国集会北海道(金井塚務さん出席)
-7月10日(日)、環境保全調査検討委員会(第7回)
(ホテルJALシティ広島、広島市中区上幟町)
-7月30日(土)、猪山一泊交流会
-7月31日(日)、十方山林道新設部分の植物調査
-8月4日(木)、林野庁および環境省へ申し入れ/細見谷保全ネットワーク
(衆議院第一議員会館)原戸会長、堀さん出席
-8月31日(日)、十方山林道新設部分(吉和川拡幅部分)の植物調査
-8月28日(日)、猪山・植林地手入れ
-9月25日(日)、十方山林道全般の要確認種調査
-10月2日(日)、シンポジウム:本音で話そう「細見谷渓畔林と緑資源幹線林道」
基調講演/河野昭一、金井塚務、堀啓子の各氏
フリーディスカッション
主催/細見谷保全ネットワーク
(YMCAコンベンションホール、広島市中区八丁堀)
-10月4日(火)、大規模林道植物調査および小板~二軒小屋間の台風14号被害状況調査
-10月7日(金)、環境保全調査検討委員会(第8回)
-11月6日(日)、秋の十方山林道ウォーキング
二軒小屋からブナ原生林まで、#どんなコースをとった?#
-11月28日(月)、環境保全調査検討委員会(第9回、最終回)
-12月1日(木)、新規署名活動開始「渓畔林を含む細見谷地域全域を”西中国山地国定公園特別保護地区”へ指定することを求める署名のお願い」
-12月25日(日)、忘年会(のら屋)
-12月28日(水)、環境保全調査報告書公開(後日、報告書閲覧)

島本和成「公聴会はガス抜きの場か」森水会報2005年3月号P.3
中国新聞天風録、4月29日の一か月前、「既存林道を拡幅せず環境に配慮する」
WWF(世界自然保護基金ジャパン)から、今年も50万円の助成金
中国新聞・広場「細見谷林道再検討を」田上公一郎(大学客員研究員、71歳)

カテゴリー
細見谷渓畔林と十方山林道

2004年(平成16)の活動記録

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 細見谷渓畔林と十方山林道 >>「創立20周年記念誌(草稿)

環境保全調査検討委員会始まる
- 林道工事の実施に伴う影響の予測・評価及び保全措置を専門的、学術的な見地から検討するために開催 -

西中国山地ブナの森づくり

(有)村上造林さんの借地

「もみの木森林公園」東隣り(1996年植林)と中津谷川沿い(1997年植林)は、そろそろ下草刈りは必要ないだろうということです。昨年植えた「もみの木森林公園」隣りの分は村上さんのところで下草刈りを行っていただきました。

猪山の借地

今年の管理は猪山のみに集中することができました。全体的には、猪山の植林地が一番成長がよく、背丈ほどに育ったトチノキもたくさんあります。しかし、道路に一番近いところは、ほとんど枯れてしまいました。今後も手を入れていく必要がありそうです。

環境保全調査検討委員会(第1回~3回)

環境保全調査検討委員会とは

環境保全調査検討委員会は、十方山林道(細見谷林道)の大規模林道化の是非をめぐる検討のため、緑資源機構によって今年春設置されました。つまり、「既設の十方山林道(未舗装)を、緑資源幹線林道事業(いわゆる大規模林道事業)に組み込んで拡幅舗装化すること」のメリット・ディメリットを検討するための委員会です。

同機構では、その目的を「(細見谷における)林道工事の実施に伴う影響の予測・評価及び保全措置を専門的、学術的な見地から検討するため」としています。

検討委員会設置のきっかけとして、昨春の日本生態学会による要望書をはじめ、さまざまな組織・団体から工事中止の要望を受けたことが影響しているのは間違いありません。

ところで、委員会の正式名称は「緑資源幹線林道大朝・鹿野線戸河内・吉和区間(二軒小屋・吉和西工事区間)環境保全調査検討委員会」です。

つまり、「緑資源幹線林道」(全国7林業圏域、32路線)の中の一つとして、「中国山地、山陽ルートの一部」の「大朝・鹿野線」があり、「戸河内・吉和区間」はそのうちの一部区間です。さらに「二軒小屋・吉和西工事区間」というのは、「戸河内・吉和区間」を2つに分けた後半部分で、ちょうど十方山林道に相当する部分のことです。(計画延長約13.2㎞)巻末資料参照。。

なお、委員会の構成委員(中村慎吾・座長)は、石橋昇(広島大学名誉教授)、鳥居春己(奈良教育大学自然環境教育センター助教授)、中村慎吾(比婆科学教育振興会事務局長)、波田善夫(岡山理科大学総合情報学部教授)、日比野政彦(日本鳥類保護連盟・日本鳥類標識協会会員)の5名となっています。

第1回検討委員会(6/4)

発足および第1回目の委員会(6/4)は、広島市内で非公開にて実施されました。中国新聞記事(2004年6月5日付け)によれば、「八月末までに三回程度開き、結論を出す」ことになっていたようです。「本年度に予定していた着工を遅らせて調査などにあて、来年度の本格着手を目指している」(同記事)というのです。

これに対して、中国新聞記事(2004年6月26日付け)は、「(緑資源機構の調査で)ルート沿いに確認した動植物の重要種六十種のうち、環境省の絶滅危ぐ種クマタカをはじめ十八種について生息環境への影響があると予測していることが、公開された環境保全調査報告書案で分かった」としています。こうした事実を踏まえて、科学的な議論が展開されることが望まれます。

ところで、この報告書案自体は、6月4日の第1回検討委員会(非公開)でもすでに示されていたものです。その時に、委員からは注文が相次いだようです。中国新聞記事(2004年8月24日付け)の見出しの一部は、「環境委で異論続出、来年度着工は微妙に」となっています。

複数の委員が「機構側の環境保全調査の不十分さ」(同記事)を指摘、さらに「環境への影響はおおむね「軽微と予測される」」(同)という機構側の判断根拠を具体的に示すことを求めた、としています。

機構側で改めて資料の準備をするなどしたため、2回目の委員会開催は9月にずれ込むことになりました。

第2回検討委員会(9/11)

第2回目の委員会(9/11)は、”いこいの村ひろしま”(山県郡安芸太田町)で開かれ、一般市民の傍聴が可能でした。しかしながら、話を聴くことができたのは、資料の説明とそれに対する委員の質問の合わせて1時間のみでした。その後引き続いて行われた肝心の審議(2時間程度)では、「希少生物に関する情報がある」という理由で退席させられてしまいました。

なお、中村慎吾座長はこの時に「この委員会では林道の是非についての審議は任されていない」、あるいは「林道建設を前提とした検討委員会である」という発言をしています。これは非常に問題のある発言です。

なぜならば、環境保全調査検討委員会の目的は「(細見谷)林道工事の実施に伴う影響の予測・評価及び保全措置を専門的、学術的な見地から検討する」ことにあるからです。したがって、科学的な検討を行った結果「環境保全は困難と検討委員会が結論を出せば計画は中止する」(廿日市市議団に対する林野庁説明1/11)のが当然です。

さて、中国新聞記事(2004年9月12日付け)によれば、「機構側は十月にも報告書案を公表し、意見募集やヒアリングを経て年内決着の予定だった」ようです。しかし、同記事では「来年度着工を前提とした報告書案に対して、委員からは再調査などを求めるなど厳しい声が相次いだ。同機構は、さらに修正を迫られることになり、目指していた年内の結論は微妙になってきた」としています。

ところで、第2回委員会から「委員会は原則公開」として傍聴席を設けることが決まりました。その背景には、日本生態学会のアフターケア委員会(豊原源太郎委員長)が5月に提出した要望書があったようです。中国新聞記事(2004年9月8日付け)

第3回検討委員会(11/9)

第3回目の委員会(11/9)は、広島市内で開かれました。中国新聞記事(2004年11月10日付け)によれば、「委員から生態系全体への配慮をさらに求める意見や、林道が必要な理由をあらためて問う声」(同記事)が出ています。ところで同日機構側から、「報告書案を公表し意見を募る」ことが明らかにされました。「来年度着工を前提とした手続きの一つ」(同)だそうです。

同委員会を傍聴あるいは議事録閲覧によって生じた疑問を受けて、研究者グループから環境保全調査検討委員各位に対して、公開質問状が提出(11/28付け)されました。委員会委員一同として回答はありました(12/7付け)が、内容には特に見るべき点はありません。

上記の意見書提出(提出期間2004年12月2日~22日)を求める措置に対しては、合計32件の意見書(森水の会会員多数を含む)が提出されました。なお、第3回委員会開催のことを私たちは直前まで知りませんでした。だれに対しても事前の通知は全く行われなかったようです(第2回のときは案内がありました)。

林野庁検討委員会の報告書

林野庁では、全国7林業圏域全体の見直しを行っており、その報告書の一部が中国新聞記事(2004年2月13日付け)に載りました。「大規模林道、未着工区間4割を中止」という小さな見出しの内容を読んでみると、大朝・鹿野線の吉和区間(2.3km)が含まれているではありませんか。

ついにやったか?と思ったのですが、よく聞くと、「吉和から六日市に抜ける区間」の話だということでした。発表の仕方(あるいは新聞の書き方)が悪かったのでしょうか。いずれにしても、大朝・鹿野線の全線をつなぐ路線はもうできなくなったわけですが。

なお、今回中止の対象となった区間は、当初の計画延長2,488kmからみれば、わずか4.6%にすぎない距離に相当します。

今年の植物調査はどうだった?

遺伝子調査を行う

今年の植物調査は、5月(3~5日)と6月(5~6日)の2回行いました。6月の植物調査では、林道沿いに100m×20mの区間を区切り、主要な樹種(ブナ、イヌブナ、トチノキ、サワグルミ)すべての位置を地図に落とし込んで行きました。

そして、樹種名、幹径(胸高直径)を記録した上で、各樹木の芽を一つか二つ採取します。これを遺伝子解析することによって、樹種同士の親子関係や森の成り立ちを調べることができるのだそうです。

巨樹にびっくりする

十方山林道沿いの植物の種類は400種を超えてきました。中でも特筆すべきは、サルナシ、ヤマブドウなどで記録的な大きさのものがあることです。今年2回ともご指導いただいた米澤信道さんによれば「ギネス級のつる性植物」とのことです。

なお、2回の植物調査ともに、宿泊には広島山稜会(堀啓子・森水会員所属)の「ひえばた小屋」を利用させていただきました。ランプの光が何とも言えない雰囲気を醸し出し、翌日の調査に差しさわりが出ない程度で会話を打ち切るのにひと苦労しました。

2004年年表

-2月15日(日)、森と水と土を考える会、総会
話題提供/細見谷に通い続けて見えてきたこと(金井塚務・広島フィールドミュージアム会長)
(カトリック観音町教会・ヨゼフ館2階、広島市西区観音町)
-3月6日(日)、ひろしまの「生命(いのち)の森」・細見谷渓畔林 その未来を問う
2003年度WWF自然保護助成事業「西中国山地・細見谷上流部の渓畔自然林の生態学的評価と十方山林道の大規模林道化による影響について」-成果報告会、WWFJ(財団法人・世界自然保護基金ジャパン)
主催/森と水と土を考える会
–自然保護助成事業実施への経緯/森と水と土を考える会
–かけがえのない水源の森・細見谷渓畔林
河野昭一/明らかになり始めた渓畔林の重要性と、それを破壊しかねないこの国の林野行政
米澤信道/生物多様性の宝庫・細見谷渓畔林
–細見谷に通い続けて見えてきたこと
金井塚務/ケモノたちの暮らし・「大規模林道化」の危険性
–細見谷の地質について
古川耕三/現地は地滑りの巣、林道建設には不適当
–ディスカッション・メッセージ採択/森と水と土を考える会
この森を子々孫々へ-私たちは何をすべきか-
(広島平和記念資料館、東館地下1Fメモリアルホール、広島市中区中島町)
-3月28日(日)、シイタケのコマ打ち、山口さん宅(広島市東区福田)
-4月4日(日)、春の植林(戸河内町猪山)
-4月11日(日)、デポジット法勉強会
拡大生産者責任(EPR)とデポジット制度、容器包装リサイクル標の改正に向けて、講師/井口博さん(弁護士、東京ゆまにて法律事務所)
主催/デポジット法制定ネットワーク広島
(WEプラザ(広島市女性教育センター)、広島市中区大手町)
-5月3~5日(祝)、十方山林道植物調査
指導/米澤信道さん
-6月4日(金)、第1回環境保全調査検討委員会(非公開)広島市内
-6月5~6日(土・日)、十方山林道植物調査
指導/河野昭一、米澤信道の各氏
-6月5日(土)、環瀬戸内海会議
フォーラム/よみがえれ「瀬戸内海」瀬戸内法改正運動の前線から
(香川県民ホール、高松市玉藻町)
-6月6日(日)、アースデイかがわin豊島
主催/アースデイかがわin豊島実行委員会
-6月12~13日(土・日)、大規模林道問題全国集会(第12回)
主催/大規模林道問題全国ネットワーク
(日本教育会館、千代田区一ツ橋)
-7月31~8月1日(土・日)、猪山一泊交流会
31日:地元の方々と交流会
1日:猪山植林地の草刈り
-8月29日(日)、吉和の苗畑手入れ
-9月11日(土)、環境保全調査検討委員会(第2回)
(いこいの村ひろしま、安芸太田町)
-10月14日(木)、瀬戸内法改正キャラバン、交流会
主催/環瀬戸内海会議
(西区民文化センター、広島市西区横川新町)
-10月16日(土)、猪山の神楽観賞
-11月7日(日)、秋の十方林道ウォーキング
吉和西~祠~下山橋~水越峠~二軒小屋
-11月9日(火)、環境保全調査検討委員会(第3回)広島市内
##忘年会等、最終号不明?##
-11月28日(日)、シンポジウム「細見谷渓畔林の保全に向けて」
主催/廿日市・自然を考える会
共催/広島フィールドミュージアム
協力/森と水と土を考える会、細見谷流域研究者グループ
–大規模林道中止要請の署名提出その後
報告/廿日市・自然を考える会
–最新の細見谷調査報告
講師/金井塚務さん
–パネルディスカッション「細見谷の保全に向けて」
司会/安渓貴子、パネリスト/河野昭一、安渓遊地、金井塚務の各氏
(廿日市市商工保健会館 交流プラザ、廿日市市本町)

2000年に「原則7mで2車線」の同林道の規格を外し、現地を通る未舗装の十方山林道を原則的に拡幅せず舗装する計画に変更した。

富士ゼロックス端数倶楽部、20万円の助成金(今年2004年度)
2002年11月にも同額をもらっている

〇〇新聞記事・時想、2004年7月25日(日)
京都大学名誉教授・河野昭一
細見谷の森、西南本州一の命の宝庫

自然植生、日本列島の20%を割っている
「十方山林道沿線の多様な生き物たちの世界は、西南本州随一といっても過言ではない」
毎日新聞記事、2004年8月23日付け
朝日連峰・大規模林道
「朝日連峰(山形、新潟)の山形県部分に建設が計画され、98年に建設中止が決まった旧大規模林道・朝日-小国区間(64.2km)で、昨秋までに整備が完了し供用されていた計14㎞が7月の集中豪雨の影響で大規模な路面崩落などが相次ぎ、全線不通になっていることが分かった」。

原啓一代表
「建設中から雪解けや大雨のたびに崩壊し、数億円もかけた補修工事を繰り返している。災害の多い危険な道路ということが改めて裏付けられた」

広島フィールドミュージアム
リーフレット「細見谷渓畔林」作成

河野昭一監修
「植物生活史図鑑〈1〉春の植物No.1 」北海道大学図書刊行会(2004年)

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細見谷渓畔林と十方山林道

2003年(平成15)の活動記録

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 細見谷渓畔林と十方山林道 >>「創立20周年記念誌(草稿)

『細見谷と十方山林道(2002年版)』出版の意義
- 日本生態学会要望書(事業中止および渓畔林保全を求める)提出など -

西中国山地ブナの森づくり

久しぶりに新たな植林を行う

(有)村上造林(村上弘社長)の社有林で、村上さんの意向により、スギを伐採した跡地に広葉樹を植えることになりました。

久しぶりの新たな植林(4/20)です。トチやミズナラなど240~50本の苗木を用意しましたが、折からの雨で、昼すぎに苗木を100本ほど残して作業を終了しました。今回の植林は、崇徳高校(広島市西区楠木町)の生徒さん数名と森水の会8名程度で行いました。

猪山では今年も地元の方々と交流会を実施しました。当日夜はバーベキュー大会で盛り上がり、翌日は植林地の下草刈りで汗を流しました。

吉和の苗畑では、最後の手入れの日に”いも煮会”を催しました。

学術調査報告書「細見谷と十方山林道(2002年版)」出版の意義

林野庁、環境省に直接出かける

「細見谷と十方山林道(2002年版)」は実際には年が明けてから完成しました。さっそく本書を掲げて林野庁、環境省との交渉(東京にて)に臨みました(1/27)。それに対して、林野庁整備課から「森と水と土を考える会」宛てに回答があったのは春先(3/31)のことです。

その回答は、「・・・これらの調査の実施に当たっては、調査予定日時等を公団があらかじめ公表したうえで実施いたしますので、現地においてご助言等いただければ幸いです。・・・公団では、何らかの調査データをいただくことができるのであれば、それを参考にしつつ調査結果を取りまとめたいとしています」とするなど、非常にていねいなものとなっています。

この学術調査報告書によって、私たち”民”が”官”と対等の立場で「細見谷と十方山林道」を考えることができるようになったのです。

シンポジウム開催と細見谷保全ネットワーク結成

今年は二つのシンポジウムが開催されました。「細見谷と十方山林道(2002年版)」発刊記念シンポジウム(2/2)と、シンポジウム「廿日市の宝 - 細見谷」(8/16)です。これらのシンポジウムには、「細見谷と十方山林道」に関わっている主な関係者が数多く登壇しました。そして、その問題点と将来の展望について改めて語り合いました。

これらのシンポジウムを機に、細見谷の保全を目指すNGOが「細見谷保全ネットワーク」を結成しました。構成メンバーは、「廿日市・自然を考える会」、「森と水と土を考える会」、「広島フィールドミュージアム」および「細見谷流域研究者グループ」の四者で、事務局長は原哲之・森水の会会員です。

日本生態学会の要望書提出

日本生態学会(第50回大会総会)から、「細見谷渓畔林(西中国山地国定公園)を縦貫する大規模林道事業の中止および同渓畔林の保全措置を求める要望書」(2003年3月23日付け)が提出されました。提出先(提出日)は、廿日市市長(5/8)、環境大臣・農林水産大臣(5/12)、広島県知事・緑資源公団(5/28)です。

同要望書は、「いかなる種類の舗装工事」にも反対する立場を取った上で、結語において「以下の3点を要望する」としています。

1.二軒小屋・吉和西工事区間の事業の中止。
2.細見谷地域における地質・生物の公開調査を行うこと。その際、住民・専門家・環境NGO等との合同調査とすること。
3.細見谷地域の国有林の厳格な保全措置を講じ、水源林・水辺林管理の新たなモデル地区とすること。

なお、学会をあげてこの様な要望書が提出されることは極めて異例のことと思われます。

署名提出と林野庁、環境省の反応

年末には「細見谷の保全と大規模林道の中止を求める署名」(39,032筆)を林野庁と環境省に提出(12/25)しました。場所は、衆議院議員会館第三会議室(東京)で、国会議員数名に立ち会っていただきました。中国新聞記事(2003年12月27日付け)、西広島タイムス(2004年1月19日付け)

引き続き行われた話し合いでの回答は、
-渓畔林部分は、原則として拡幅しない
-ただし、舗装はする(どの様な舗装方法がよいのか検討中)
となっています。

多少、その態度に変化が見えてきたようにも感じられます。

現地調査の継続と啓蒙活動

植物調査の継続

2002年から開始した植物調査は、その後、私たちの会のシンボル的行事となっていきます。私たちは、雪解け早春から春・夏・秋と季節ごとに十方山林道に通い続けました。

このように、年間を通して観察を続けることには大きな意義があります。例えば、花や葉を見ないと同定のむつかしい植物があったりするからです。

こうして私たちは、10m×10mのロープを張る群落調査からはじめて、数多くの種を同定してきました。なかにはいくつもの絶滅危惧種が含まれており、広島県初、西日本初あるいは分布の日本西南限と考えられる種、さらには、新種の可能性が示唆される種もあります。

私たちの調査は、間違いなく旧・公団(のち独立行政法人緑資源機構)側の不足部分を補完するものとなっています。

なお、今年の調査は、4/27、5/24,25、8/17,18の3回実施しており、いずれも専門家の指導のもとに行っています。

なお初年度(2002年)の調査成果は、「細見谷と十方山林道(2002年版)」におさめられています。さらに、その後の調査を踏まえて、後に堀啓子「十方山林道周辺の植物」(『峠』No.43:89-96、広島山稜会(2007.3.31))が公表されることになります。
(注:峠は、”たお”と読みます)

WWFジャパンの助成(100万円)決定

十方山林道植物調査のため、昨年WWFJ(世界自然保護基金ジャパン)へ助成を申請しましたが却下されました。今年11月、同じ内容(200万円)で再度提出したところ、100万円で決定されました。

現地観察会(エコツーリズム)の開催など

「細見谷をラムサール条約登録地に」をテーマとした一般向けの学習会が、連続3回シリーズ(3/1、4/26、6/29)で行われました。最後の1回は、現地学習会(主として地質関連)として行われました。同様の現地学習会は、(11/2,3)にも行われています。また、細見谷現地観察会(エコツーリズム)も実施されました(5/3~5、1日コースを3日間実施)。

このような学習会や観察会は、「大規模林道化が阻止された後に、地道(未舗装)として残った十方山林道を使って何をどうするのか」を考えるときの一つの回答を示すものといえるでしょう。

なお年末(12/6)には、松本大輔衆議院議員(広島二区)が十方山林道を視察しました。
参照:細見谷渓畔林をラムサール条約登録地に
山本明正著「細見谷渓畔林と十方山林道」P.101-5

2003年年表

-1月26日(日)、森と水と土を考える会、総会
午前中「森水の12年を語ろう」、昼食(お弁当)後、総会行事
(広島市西区地域福祉センター、広島市西区福島町)
-1月27日(月)、林野庁、環境省との交渉(東京にて)
原戸祥次郎会長、原哲之会員、谷田二三(吉和の自然を考える会・代表)/中村敦夫参議院議員、河野昭一(京大名誉教授)、加藤彰紀(大規模林道問題全国ネットワーク事務局長)ほかの各氏
-2月2日(日)、学術調査報告書「細見谷と十方山林道(2002年版)」発行記念シンポジウム、「水源の森・細見谷を次の世代へ - 自然とは祖先から譲り受けたものではなく、子孫からの預かりものである -」
基調講演/田中幾太郎さん「生命の森 - 西中国山地」
報告/森と水と土を考える会、古川耕三さん(日本地質学会会員、森水の会会員)、中根周歩さん(広島大学大学院教授)、金井塚務さん(宮島自然史研究会会長)、パネルディスカッション「細見谷を次の世代へ」/金井塚務、田中幾太郎、中根周歩の各氏(司会、森と水と土を考える会)
主催/森と水と土を考える会、後援/吉和の自然を考える会
(広島市まちづくり市民交流プラザ、広島市中区袋町)
-3月1日(土)、細見谷をラムサール条約登録地に(連続学習会、第1回)
プログラム/金井塚務(宮島自然史研究会)「細見谷の自然(哺乳類を中心に)」、花輪伸一(WWFジャパン)「ラムサール条約から見た細見谷の渓流と渓畔林」
主催/廿日市・自然を考える会、協力/宮島自然史研究会
(廿日市市中央公民館、広島県廿日市市天神)
-3月1日(土)、広島県吉和村、広島県廿日市市と合併(廿日市市吉和となる)
-3月23日(日)、細見谷渓畔林(西中国山地国定公園)を縦貫する大規模林道事業の中止および同渓畔林の保全措置を求める要望書、提出/日本生態学会(第50回大会総会)
-3月31日(月)、林野庁整備課から、本年1月27日の申し入れに対する回答(31日付)
-4月20日(日)、西中国山地ブナの森づくり(広葉樹の植林)
(吉和もみの木森林公園付近)
-4月26日(土)、細見谷をラムサール条約登録地に(連続学習会、第2回)
プログラム/金井塚務(広島フィールドミュージアム会長)「細見谷におけるフィールドミュージアム構想」、中根周歩(広島大学大学院教授)「森林生態学から見た細見谷の渓畔林と林道の舗装化」
主催/廿日市・自然を考える会、協力/広島フィールドミュージアム(旧宮島自然史研究会)、吉和の自然を考える会
(廿日市市中央公民館、広島県廿日市市天神)
-4月27日(日)、植物調査(雪解け春一番の十方山林道)
指導/桑田健吾・武子ご夫妻(広島県三良坂町在住)
-5月3~5日(土~月)、細見谷現地観察会(エコツーリズム)
1日コースを3日間実施、広島フィールドミュージアム会長・金井塚務、同副会長・杉島洋の各氏
主催/廿日市・自然を考える会、協力/広島フィールドミュージアム
-5月24,25日(土・日)、春の植物群落調査(十方山林道)
指導/米澤信道(京都から)、桑田健吾の各氏
-6月8日(日)、アースデイかがわin豊島
-6月14,15日(土・日)、大規模林道問題全国集会(第11回)、山形県長井市
主催/葉山の自然を守る会、大規模林道問題全国ネットワーク
-6月21,22日(土・日)、環瀬戸内海会議総会(第14回)、兵庫県明石市
-6月29日(日)、細見谷をラムサール条約登録地に(連続学習会、第3回)、現地観察会(主として地質関連)
講師/宮本隆實(広島大学助教授、地質学)、古川耕三(地質学会会員)の各氏
主催/廿日市・自然を考える会、協力/広島フィールドミュージアム
-7月30日(水)、関太郎(広島大学名誉教授)も細見谷渓畔林部分の林道舗装化に反対(同日付回答書)
-8月2,3日(土・日)、猪山交流会
2日夜バーベキュー大会、3日植林地の下草刈り
-8月16日(土)、シンポジウム「廿日市の宝 - 細見谷」
Section1)廿日市の宝 - 細見谷
概説/金井塚務「暖温帯・瀬戸内から冷温帯・本州最西端のブナ帯へ - 世界的にも珍しいこの地域の特徴 -」
講演/河野昭一「世界の森から細見谷渓畔林を見る」
報告/米澤信道「細見谷渓畔林の特徴 -現地調査から-」
Section2)大規模林道を造るとどうなる?
問題提起/原哲之「細見谷に大規模林道は必要だろうか?」
講演/原敬一「山形県・葉山 -現地からの報告-」
Section3)自然を壊さずに地域が生きる方法
報告/安渓遊地「「流域の思想」を生きる -各地の事例から」
Section4)パネルディスカッション・細見谷の未来へ
パネラー/河野昭一、原敬一、金井塚務、中根周歩、豊原源太郎、高木恭代、コーディネーター/安渓遊地、その他/ノーディン・ハッサン国際自然保護連合生態系保全副委員長(マレーシアの動物学者)
最後に、提言(メッセージ)採択 
主催/廿日市・自然を考える会、吉和の自然を考える会
協力/広島フィールドミュージアム、森と水と土を考える会
(はつかいち文化ホールさくらぴあ、広島県廿日市市下平良)
-8月17,18日(日・月)、夏の植物調査(十方山林道)
指導/河野昭一、米澤信道の各氏
-8月24日(日)、広島県佐伯郡沖美町(現・江田島市沖美町)で立ち木トラスト開始(大きな産廃処分場)
-8月31日(日)、吉和の苗畑管理、中津谷上流の植林地下草刈り
-9月28日(日)、植物調査(十方山林道のシダ類を中心として)
指導/松村雅文さん
-11月2,3日(土・日)、十方山林道・生き物・地質、現地学習会
渓畔林/金井塚務(広島フィールドミュージアム会長)、杉島洋(同副会長)、大規模林道と細見谷の地質/宮本隆實(広島大学大学院理学研究科、2日のみ)
主催/広島フィールドミュージアム、森と水と土を考える会、細見谷保全ネットワーク
-11月23日(日)、いも煮会(本格・山形流)、吉和苗畑にて
今年最後の苗畑手入れ
-12月6日(土)、松本大輔衆議院議員(広島二区)、十方山林道視察
衆議院議員選挙(11月9日投票日)前に立候補予定者5名(広島二区)への公開質問状提出、同議員はそれに回答、当選後現地視察を行う
主催/細見谷保全ネットワーク
-12月22日(月)、豊島の石井亨さん(香川県議)の話を聞く会
森水会員10名程度(中国新聞記者1名参加)、##場所は?##
-12月25日(木)、林野庁および環境省へ申し入れ
細見谷の保全と大規模林道の中止を求める署名(39,032筆)提出
主催/細見谷保全ネットワーク

そのほかの資料など

-中国新聞記事(2003年5月9日付け)
大規模林道の中止を要望、廿日市市に研究者ら(日本生態学会)
注:5月12日には林野庁にも行き、中止を求める
-中国新聞記事(2003年5月12日付け)
田上公一郎さん、林道整備 時代に逆行
-中国新聞記事(2003年9月8日付け)
堀啓子さん、山で出会った植物のHPを作っている
地球と人間 共生願う
-中国新聞「緑地帯」(2003年12月3日付け)
森田修さん、平郡島だより(1)出会い
##続いて、金井塚さんも執筆?##

-西村保夫著「山毛欅(ぶな)の森の詩」
自費出版(通信販売)2003年

手記?山根富士義、2003年7月10日号、P.3
北米ネイティブの言葉
「自然とは祖先からの授かりものではなく、子孫からの預かりものである」

カテゴリー
細見谷渓畔林と十方山林道

2002年(平成14)の活動記録

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 細見谷渓畔林と十方山林道 >>「創立20周年記念誌(草稿)

学術調査報告書「細見谷と十方山林道(2002年版)」完成
- 植物、小型サンショウウオ、そして地質や地下水調査など -

西中国山地ブナの森づくり

既存の植林地や苗畑の維持・管理を行う

「西中国山地ブナの森づくり」の植林地(現在4か所)で、引き続き、既存の植林地や苗畑の維持・管理を行っています。私たちの最後の本格的な植林(猪山地区)は1998年3月のことであり、その後は人手不足から植林地の拡大までには至っていません。(*植林回数再確認)

今年の主な作業としては、中津谷川上流では、トチ、ミズナラなどを補植(4/14)しました。猪山では、地元の方々との交流を図るとともに下草刈り(8/4)をしました。もみの木森林公園東隣りの植林地でも下草刈り(8/15)をしました。そして、吉和の苗畑では今年最後の手入れの日(12/1)まで、数回の下草刈りなどの作業を行いました。

十方山林道周辺の学術調査始まる

学術調査報告書「細見谷と十方山林道」(2002年版)

昨年の秋、私たちは「大規模林道問題全国ネットワークの集い(第9回)」を広島で開催しました。それは西日本では初めての集会でした。そしてそのことがきっかけで、今年から十方山林道沿いの本格的な学術調査を始めることになりました。

今年一年間の成果は、さっそく「細見谷と十方山林道」(2002年版)としてまとめられ、年末(12/25)に冊子を発行しました。内容は、細見谷川上流部の小型サンショウウオや植物あるいは昆虫などの生物、および十方山林道付近の地質に関する調査について報告したものです。

細見谷では、このような本格的な調査は今まで一度も行われたことがありませんでした。しかも、数少ない断片的な情報はすべて行政側がにぎっていました。したがって、今までの私たちには、十方山林道の大規模林道化反対について、科学的な根拠に基づく論理の展開ができないもどかしさがありました。

しかし、これからは違います。行政側を上回るほどの良質な情報を私たちは手にしています。私たち一般市民が、専門家の指導のもとに、このようなきちんとした学術調査を行うことができたことは、非常に意義深いものがあると考えます。

なお、「細見谷と十方山林道」(2002年版)作成にあたって、富士ゼロックス端数倶楽部から20万円の補助金をいただきました。

渓畔林は生物多様性の宝庫

専門家としてまず最初にお招きしたのは、国際自然保護連合委員の河野昭一・京都大学名誉教授(植物学)です。広島県吉和村で講演会を開催(5/26)して、翌27日には、実際に十方山林道を歩いていただきました。

中国新聞記事(2002年5月28日付)によれば、河野先生から「(十方山林道沿いの)細見谷一帯がイヌブナやサワグルミ、ミズナラが渓谷に密集する「渓畔林」を形成」しているとの説明があり、付近一帯は「渓谷沿いに残る希少な原生林」であると評価されました。

細見谷渓畔林という言葉を知ったのはこの時がはじめてです。そして、「ブナ林としてだけでなく、これほどの規模で第一級の渓畔林が残る例は中国地方にはない。希少な動植物も多く、環境学習の場としても現状維持が必要」との河野先生の指摘(同上新聞記事)に意を強くしたのです。

各種調査始まる

植物関係では、その後、河野先生の教え子である米澤信道さんが京都からお見えになり、本格的な学術調査(8/17~19)を実施しました。

米澤さんは、これ以降継続的に細見谷で調査を行い、私たちもその都度同行しました。そして、細見谷が私たちの想像をはるかに超えた生物多様性の宝庫であることに気付かされていくことになります。

植物調査の前に、小型サンショウウオ観察会&調査(8/10,11)も行いました。これら2件の調査については、中国新聞に解説記事(2002年9月10日付)が載りました。

秋には、桑田健吾ご夫妻(広島県三良坂町在住)による植物観察会&調査(9/29)も行いました。その少し前には、小人数での植物調査(9/16)を行っています。

中根周歩先生の地下水調査も実施(10/29,30)されました。

十方山林道ウォーキング

今年は秋の林道ウォーキング(一般公募)を実施(11/3)しました。初めての試みとして、十方山林道の端(吉和西)から端(二軒小屋)までの約15㎞を歩き通しました。

11月上旬とは思えない寒さで雪化粧している中を、あられに打たれながらひたすら歩きました。広島高教組環境教育推進委員会より16名の参加がありました。次の世代へ向けて、私たちの自然保護の願いが受け継がれることを願っています。

なお今年は、雪中林道ウォークや細見谷のビデオ撮影も行っています。

各種の団体が活動を始める

今年は、十方山林道の大規模林道化をテーマの一つとした会がいくつか立ち上がりました。そして、既存の組織・団体と共にお互いが助け合い、その時々に応じて、各種催し物の主催者となりあるいは協力者となって、活動を進めています。

環・太田川

原哲之・森水の会会員などによって設立され、昨2001年から機関紙を発行しています。「太田川」は、西中国山地(森)と瀬戸内海(海)をむすぶ広島県西部最大の川です。そして、広島市の水道水のほとんどはその太田川から得られているのです。「環・太田川」とは、水の重要性を訴え続けている「森と水と土を考える会」(広島市)にふさわしいテーマの一つとも言えます。

吉和の自然を考える会

広島県吉和村在住(同村出身)の谷田二三さんが代表を務めています。狭い社会で大規模林道反対の声をあげ続けることは大変です。

そうした中で、森水の会と共同で、大規模林道建設中止を求める署名(約1万5千筆)を広島県および吉和村に提出しました。また、大規模林道建設中止の意見書を林野庁と環境省あてに提出しました。

同会は「細見谷と十方山林道」(2002年版)にも関わっています。同書の題字は谷田さんのもので、黒々とした力強い墨は彼の性格を表しているようです。

廿日市・自然を考える会

今年は、「廿日市・自然を考える会(高木恭代・代表)」でも私たちと同様の林道ウォーキングの企画(10/27)を立てており、二つのグループが相次いで十方山林道へ入ることになりました。

さらに、中村敦夫参議院議員と細見谷(渓畔林)を歩く催し(11/23)も同会主催(後援、森水の会など)で行われました。引き続いて、その夜には中村敦夫講演会もありました。

広島フィールドミュージアム

旧・宮島自然史研究会(金井塚務会長)を改称したもので、研究の軸足を宮島(ニホンザル)から西中国山地(ツキノワグマなど)に移しています。本年末の予備調査(10/26)以来ほぼ毎週のように細見谷渓畔林に入り、ツキノワグマを中心とした哺乳類の調査を継続中です。

2002年年表

-2月3日(日)、森と水と土を考える会、総会
(カトリック観音町教会、広島市西区観音町)
-3月3日(日)、デポジット法制定ネットワーク広島、総会
-4月14日(日)、植林(トチ、ミズナラなど)中津谷川上流で補植
-5月18日(土)、瀬戸内海エコナビ2002(瀬戸内海の環境保全を考える 2daysシンポジウム)、第1日目
主催/環瀬戸内海会議瀬戸内法改正プロジェクト、森と水と土を考える会
–豊かな瀬戸内海をあしたへ引き継ぐために
講師/水口憲哉(東京水産大学助教授)&高島美登里(長島の自然を守る会)両氏による上関原発計画トークバトル、主催/環瀬戸内海会議、森と水と土を考える会
–瀬戸内法改正プロジェクト中間報告
報告/藤岡義隆さん「広島沿岸の生態系の変遷」(公害をなくす呉市民の会)、青木敬介さん「瀬戸内法改正試案」(播磨灘を守る会)、服部豊さん「リーフレット作成」(大阪湾会議)
(広島市西区民文化センター、広島市西区横川新町)
-5月19日(日)、瀬戸内海エコナビ2002(瀬戸内海の環境保全を考える 2daysシンポジウム)、第2日目
主催/「環・太田川」
–海が蘇えるために陸(オカ)は何をすべきか)
「環・太田川」創刊一周年記念イベント
(広島YMCA、広島市中区八丁堀)
-5月26日(日)、講演会:あなたが次の世代に残せる西中国山地・吉和の宝は?
–ビデオ・スライド上映、吉和の宝 ― 十方山林道沿いの自然林
–講演/河野昭一さん「なぜ温帯性落葉樹林を守らねばならないのか ―その価値と保全の重要性を探る―」(京都大学名誉教授)
–その他語り合いなど、終了後交流会
主催/吉和の自然を考える会、水と緑を育む会、森と水と土を考える会
(旧・吉和村福祉センター、広島県佐伯郡吉和村(現・廿日市市吉和))
-5月27日(月)、十方山林道植物調査、河野昭一、田中幾太郎の各氏
主催/上記26日と同じ
-7月17日(水)、大規模林道建設中止を求める署名、広島県(森林整備室)に提出(約1万5千人分)、”吉和の自然を考える会”と共同、なお吉和村にはその前に提出済み(約1万3千人分)、中国新聞記事(2002年7月18日付け)
-7月24日(水)、大規模林道建設中止の意見書提出(林野庁と環境省あて)、”吉和の自然を考える会”と共同、中国新聞記事(2002年7月25日付け)
-8月3,4日(土・日)、猪山交流会
–3日:バーベキュー、楽器演奏、など
–4日:猪山共有林(1998年3月植林地)の下草刈り
-8月10,11日(土・日)、小型サンショウウオ観察会&調査
(吉和村細見谷川上流)
-8月17~19日(土~月)、十方山林道植物調査、講師/米澤信道さん(京都、日本生物多様性防衛ネットワーク・事務局長)
中国新聞記事(2002年9月10日付)、上記8月2件分の調査について解説
-9月15日(日)、植林地の下草刈り(もみの木森林公園東隣り)
-9月16日(月・祝)、十方山林道植物調査
-9月29日(日)、十方山林道、秋の植物観察会&調査、講師/桑田健吾・武子ご夫妻(広島県三良坂町在住)
-10月26日(土)、広島フィールドミュージアム(旧・宮島自然史研究会、金井塚務会長)、細見谷渓畔林におけるツキノワグマ生態調査開始
-10月27日(日)、紅葉の十方山林道ウォーキング&渓畔学習会
主催/廿日市・自然を考える会
十方山林道を傘をさして散策、「魅惑の里」にて昼食後、田中幾太郎さんの学習会「西中国山地とそこにすむ生き物たち」(島根県益田市在住)
-10月29,30日(火・水)、十方山林道地下水位測定/中根周歩さん(広島大学大学院教授)、田上公一郎さん(広島大学大学院生)
-11月3日(日)、紅葉の十方山林道を歩こう会
主催/森と水と土を考える会
十方山林道の完全走破(吉和西~下山橋~二軒小屋)
-11月17,18日(土・日)、第10回大規模林道問題全国ネットワークの集い(愛媛)
四国西南山地大規模林道計画を考える
主催/大規模林道問題全国ネットワーク、主管/愛媛環境ネットワーク、共催/環瀬戸内海会議
-11月23日(土)、中村敦夫参議院議員と細見谷(渓畔林)を歩く。その夜、中村敦夫講演会
講師/藤原信さん「大規模林道とは何か」(宇都宮大学名誉教授、
大規模林道問題全国ネットワーク・代表委員、みどりの会議・運営委員)
講演/中村敦夫さん「環境の世紀 ― 紋次郎、大規模林道を斬る」(参議院議員、みどりの会議・代表委員)
主催/廿日市・自然を考える会、後援/吉和の自然を考える会、森と水と土を考える会
(はつかいち文化ホールさくらぴあ、廿日市市下平良)
-12月1日(日)、吉和の苗畑手入れ
-12月15日(日)、忘年会
-12月25日(水)、「細見谷と十方山林道」(2002年版)完成

資料集

-「月刊むすぶ」No.375号、大規模林道問題全国ネットワーク広島大会特集号(ロシナンテ社)
-森と水と土を考える会「ばりばり活動講座(1)十方山林道の大規模林道化の中止を求める署名にご協力ください」
『自然保護』No.469:10-11、自然保護協会(2002.9.1)
(森水会報、2002年10月16日、119号P.4-5に転載)
-中国新聞記事(2002年9月15日付け)
日中韓シンポジウム「アジアのクマ」
主催/NPO法人「日本ツキノワグマ研究所(米田一彦理事長)」
(はつかいち文化ホール、広島県廿日市市下平良)

カテゴリー
細見谷渓畔林と十方山林道

2001年(平成13)の活動記録

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 細見谷渓畔林と十方山林道 >>「創立20周年記念誌(草稿)

大規模林道問題全国ネットワークの集い
- 初めての広島大会開催(西日本初) -

西中国山地ブナの森づくり

既存の植林地や苗畑の維持・管理

「西中国山地ブナの森づくり」の植林地は現在3か所(細かく分けると4か所)あり、そこに約2,000本単位の広葉樹を植林して維持・管理をしています(詳しくは2000年参照)。しかし、これ以上手を広げるには、圧倒的に人手が足りません。(*植林回数など詳細確認)

そこで今年も昨年に引き続いて、既存の植林地や苗畑の維持・管理に力をそそぐことにしました。

苗畑では苗木が順調に育っており、大きくなった苗木で日陰ができるようになりました。そこでは雑草があまり育たないため、年々草取りが楽になってきています。しかし、この大きくなった苗木を今後どうするのか、むつかしい問題です。

植林地の中では、中津谷県境近くの育ちが悪く、広葉樹を約200本くらい補植(4/15)しました。続いて、猪山植林地の手入れ(7/22)をしました。どうも苗木の生育は今一つのようです。もみの木森林公園東隣りの植林地でも下草刈り(8/26)を行いました。ここでは苗木は大きく成長しており、今後が楽しみです。

細見谷大規模林道問題

大規模林道とは、全国7つの林業圏域(林道網)の中核となるべき林道のこと

旧・森林開発公団(2001年当時、緑資源公団)は、全国に7つの林業圏域を設定(1973年、大規模林業圏開発林道事業)して、その中における林道網の中核とすべく大規模林道の建設を押し進めてきました(計画延長約二千km)。

これは、いわゆる「スーパー林道」(1965年、特定森林地域開発林道事業)とは事業そのものが異なります。そして、スーパー林道(1990年完成、例えば南アルプススーパー林道など)が、幅員4.6m〈未舗装〉であるのに対して、大規模林道(未完)は、幅員7m(道路幅員5.5m)二車線〈舗装〉とさらに大型の規格となっています。

しかしながら、いずれにしても両者とも山間部を貫く大型の林道であり、各地で土砂災害などの自然破壊を繰り返しています。これに対して、大規模林道問題全国ネットワーク(以下ネットワークと略称、1993年結成)などが、建設阻止活動を行っています。

大規模林道問題全国ネットワークの集い(第9回、広島大会)を開催する

森水の会も、1990年発足当初から十方山林道問題(細見谷大規模林道問題)に取り組んでいます。しかし、全国ネットワークとの接点は今まで全くありませんでした。それは、このネットワークが主として東北地方を活動の中心としていたからです。

森水の会がネットワークの存在を知ったのは2000年ころです。何だ、お前たちも大規模林道問題をやっているのか。それじゃ一緒にやろうじゃないか。こうしてさっそく、西日本で初めての全国集会を広島で開催することになりました。

広島大会の要請や準備の段階で、加藤彰紀・ネットワーク事務局長が幾度となく東京から来広して力づけてくれました。また、富士ゼロックス端数倶楽部より全国集会費用にと20万円のカンパがありました。

広島大会を振り返る(良かった点あるいは反省点など)

広島大会で、今までの私たちのやり方は決して間違っていなかった、と改めて確信することができました。

つまり、私たちの活動の特徴は、ただ単なる「大規模林道建設反対」に留まることなく、私たちの側からの対案「西中国山地ブナの森づくり」(広葉樹の森再生計画)を提示し実践していることにあります。そしてそこでは、森と海をつなぐ水系(太田川)を丸ごと一つのものとしてとらえる考え方を取り入れています。

そうしたやり方、考え方に多くの参加者から賛同をいただき、自信を深めることができました。

一方で、反省点もあります。それは、今まで十方山林道周辺の生態系の豊かさについてさんざん語っておきながら、その具体的内容についてはほとんど何も知らない、ということに改めて気付かされたことです。

この点は、さっそく翌年からの活動に生かされました。専門家の指導をあおぎつつ、私たち一般市民が率先して自前のデータを集め、環境アセスメントの調査資料と突き合わせる作業を開始しました。そしてそこから、いろいろなことが分かってきたのです。

なお、大会参加者から多くの感想文をいただきました。
-井上祐治さん(岩手県、早池峰の自然を考える会)
-加藤彰紀さん(東京都、大規模林道問題全国ネットワーク)
-原敬一さん(山形県、葉山の自然を守る会)
-東瀬紘一さん(福島県、博士山ブナ林を守る会
-梶谷泉さん(神奈川県、丹沢ブナ党)
-佐藤信博さん(兵庫県、オオタカ調査研究会・ハヤブサ研究協議会)
など(順不同)、森水会報(2001年10月18日発行)に掲載しています。

路線変更から計画そのものの中止を求める(運動方針を明確にする)

今年はじめ(2/4)、加藤彰紀・ネットワーク事務局長が来広して、森水の会に対して全国大会(第9回、広島大会)開催を要請しました。その際に、ネットワークおよび森水の会は「大規模林道そのものに反対の立場を取る」ことを確認しました。

従来から、森水の会では戸河内・吉和区間の計画変更(路線変更)を求めていました。今回の運動方針変更は、それらから、さらに一歩踏み込んだものといえます。

ネットワーク広島大会に先立ち、今春の十方林道新緑ウォーキング(5/20)には、ネットワークの藤原信・代表委員、加藤彰紀・事務局長および「博士山のブナ林を守る会」代表の東瀬紘一さんが同行しました。そして翌日(5/21)、緑資源公団(広島)に対して「大規模林道即時中止」の申し入れ(藤原信さん、加藤彰紀さん同行)を行いました。

さらに、広島での全国大会(10/6~7)が無事終了した後、「緑資源公団の廃止を求める再要望書」を林野庁に提出(10/26)しました。これは、大規模林道問題全国ネットワークとして提出したもので、原戸祥次郎さんが関係者7名の内の一人として上京しました。

年末には、「大規模林道問題全国ネットワーク」の働きかけによって、写真週刊誌「FRAYDAY」2001年12月28日号や山岳雑誌「山と渓谷」2002年1月号で、緑資源公団と大規模林道事業の実態が記事になりました。

これを受けて、森水の会では、緑資源公団(広島地方建設部)に対して、申し入れ(12/27)を行い記者会見を開きました。その内容は「十方山林道の大規模林道化計画の中止を求める」もので、「吉和の自然を考える会」(谷田二三代表)との連名です。
-毎日新聞記事(2001年12月28日付け)
-中国新聞・ニュース交差点(2001年12月28日付け)

2001年年表

-2月4日(日)、加藤彰紀・大規模林道問題全国ネットワーク事務局長(来広)、今秋の全国集会を広島で開くことを森水の会に要請
-2月18日(日)、森水の会総会、大規模林道問題の全国集会(広島)受け入れを正式決定(カトリック観音町教会、広島市西区観音町)
-3月11日(日)、大規模林道問題全国集会に向けて取り組み開始
(カトリック観音町教会、広島市西区観音町)
-3月25日(日)、デポジット法制定ネットワーク広島
講師/青野健二さん(水と緑を育む会代表、森水会員)、著書「廿日市版スーパーの買い物ガイド、環境・健康いい品いい店応援隊」
(広島市ボランタリー総合支援センター2F、広島市役所北別館)
-4月7日(土)、学習会「上関原発建設をめぐる現状」
講師/高島美登里さん(長島の自然を守る会)
(フリースペース「みんなの広場」)
-4月15日(日)、中津谷県境近くの植林(補植)広葉樹約200本(一般公募あり)
-4月30日(月・祝)、チェルノブイリ15周年救援コンサート「チェルボナ・カリーナ&ナターシャ・グジー」ラスト広島コンサート
主催/チェルボナ・カリーナの会、チェルノブイリ子ども基金
(アステールプラザ大ホール、広島市中区加古町)
-5月6日(日)、吉和の苗畑手入れ
-5月10日(木)、全国集会準備(第2回実行委員会)
-5月19日(土)、加藤彰紀・大規模林道問題全国ネットワーク事務局長(来広)、交流会
-5月20日(日)、新緑ウォーキング&現地調査(一般公募あり)
大規模林道問題全国ネットワークの藤原信・代表委員、加藤彰紀・事務局長および博士山ブナを守る会の東瀬紘一さん同行
(二軒小屋~十方林道、下山橋まで往復)
終了後、全国集会の打ち合わせ(森水事務所)
-5月21日(月)、緑資源公団(広島)へ、大規模林道即時中止の申し入れ(藤原信さん、加藤彰紀さん同行)
-6月2日(土)、森水の市(バザー)
-6月19,20日(土・日)、環瀬戸内海会議総会(山口県笠戸島)
共催/環瀬戸内海会議、長島の自然を考える会
-7月22日(日)、猪山植林地手入れ(一般公募あり)
-8月26日(日)、もみの木森林公園東隣り植林地手入れ
-9月13~16日(木~日)、吉和村公民館で写真展&講演会(田中幾太郎さん)
主催/吉和の自然を考える会
-10月6~7日(土・日)、大規模林道問題全国ネットワークの集い(第9回)・広島集会
大規模林道問題を考える「西中国山地は今」
–6日:講演会/藤原信(大規模林道問題全国ネットワーク代表委員)「公共事業と大規模林道」、金井塚務(西中国山地自然史研究会・宮島自然史研究会)「西中国山地は今」/ネットワークの集い、各地からの報告/交流会
(弥生別館山陽荘、広島市東区大須賀町)
–7日:二軒小屋~十方山林道ウォーキング
-10月26日(金)、「緑資源公団の廃止を求める再要望書」提出、林野庁(東京・霞が関)にて、大規模林道問題全国ネットワークの関係者7名の内の一人として、原戸会長上京
-11月4日(日)、紅葉の十方山登山&ブナの森ミニコンサート
–一般:十方山登山口(シシガ谷コース)十方山往復~十方山林道(下山橋まで)
–のんびり:十方山登山口~十方山林道~下山林道散策
–下山橋で両コース合流、ミニコンサート(バイオリン・檜垣智子さん、ギター・小林一彦さん)帰着、二軒小屋
-11月18日(日)、今年最後の苗畑手入れ
-12月19日(日)、忘年会
-12月27日(木)、緑資源公団に対して大規模林道工事中止の申し入れ(吉和の自然を考える会と連名)

その他資料など

-朝日新聞記事(2001年4月24日付け)、上関原発に知事同意
-中国新聞・天風録(2001年4月24日付け)、上関原発の計画そのものには同意
4月5日、国(経済産業省資源エネルギー庁)から山口県知事に対して、上関原発に関する意見書の提出(期限4月25日)が突然求められました。これに対して、二井関成・同県知事は「事実上同意する」意見書を提出しました。事実上の上関原発ゴーサインであり、国内における新規の立地としては、東海村臨界事故(1999年)後初めてのことになります。
-このころ「環・太田川」創刊
10月25日(木)、第二回月例学習会(カトリック観音町教会)
11月29日(木)、第三回月例学習会
十方山林道の保全の意義と取り組みへの提案
広島大学大学院生物圏化学研究科教授・中根周歩さん(森林生態学)

カテゴリー
細見谷渓畔林と十方山林道

2000年(平成12)の活動記録

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 細見谷渓畔林と十方山林道 >>「創立20周年記念誌(草稿)

10周年記念行事を行う
- 田島征三講演会、猪山交流会、村上弘さんと語ろう -

西中国山地ブナの森づくり

過去に3年連続で植林を行う

「西中国山地ブナの森づくり」の植林地は現在3か所にあります。

最初(1996年4月、11月植林)の植林地は、(有)村上造林(村上弘社長)の社有林(もみの木森林公園東隣り)です。翌年(1997年4月植林)行った中津谷川沿い(2か所に分散)も村上造林からお借りしているものです。いずれも吉和村(現・広島県廿日市市吉和)にあります。

植林地は、さらにもう1か所あります。戸河内町猪山(現・広島県山県郡安芸太田町猪山、いのしやま)地区にある「猪山森林協同組合の共有地」のもので、1998年3月に植林をしました。

トチの苗木をいただく(広島県第二の大トチの実から自生、比和町)

さて次の植林をどうするか。場所の選定もさることながら、苗畑では植林に適した大きさまで育っている苗が不足しています。そうした中で、自生のトチの苗を提供してもよいという話しがあり、さっそく飛んで行きました。

訪問先は、比婆郡比和町(現・庄原市比和町)の高橋さん宅です。広島県下で二番目に大きいというトチの木のまわりには、落ちた種から育った苗がたくさんあります。高橋さんから、広葉樹を育てているのなら苗を提供します、という電話を森水の会宛てにいただいていたのです。

10周年記念行事

10周年記念誌を作ろう

森と水と土を考える会は、本年5月27日で設立10周年を迎えました。そこで今年の総会(1/30)では、「記念誌を作る」という年間目標を掲げていました。

原哲之さんが、準備資料として会報の1号から最新号までの分のタイトル表を作ってくれました。まずは、その中からおもしろい記事を抜粋して編集するつもりでいました。そうした記事に、立場の異なる様々な会員のコメントを加えて、森水の会らしく多様性のある紙面構成にすることを考えていました。

しかしながら、そうこうしているうちに大規模林道問題が新しい段階に入り、十年史に力を注ぐことがむつかしくなりました。さらに、編集作業の要であった原哲之さんが、2005年春に病気で亡くなってしまいました(享年41歳)。そうしたこともあって、記念誌発行は、20周年を迎える2010年5月現在中断したままとなっています。

田島征三講演会

森水の会十周年記念行事の第一弾として、講演会「田島征三が語る」(3/4)を実施しました。副題は“絵本のこと・環境のこと・生きること”です。会場内では、パネル展示や物品販売(絵本など)も行われ、大勢の人が参加しました。

猪山交流会

猪山では、お近づきになった1996年からほぼ毎年夏には、地元の方々との交流会を行ってきました。一泊のキャンプ形式で、宿舎の世話から大量の猪肉の提供、尺八や地元の五輪太鼓の催しなど、その度に破格の歓迎を受けてきました。加えて、秋祭り、地区運動会や神楽への招待などもいただきました。

こうした関係では、あまりにも地元の方々に負担をかけすぎることにならないだろうか。別のやり方は何かないものだろうか。検討課題は多いのですが、都市と山里の交流はどうあるべきか、答えはなかなか見つかりません。

それはともかく、今年の猪山交流会(7/22~23)は、森水の会設立10周年の記念すべき交流会です。田中幾太郎さんも参加してくださり、翌日(7/23)午前中の下草刈りを終わってから、昼食後お話「西中国山地の自然と野生動物のいま」をしていただきました。

村上弘さんと語ろう

森水の会設立10周年記念トーク(11/19)では、(有)村上造林の村上弘社長をお招きしてお話をうかがいました。トークの中で村上さんは、山林管理の基本的考え方について次のように述べています。

「たまたま今は私が管理していますが、子孫に残すために預かっているだけなのです。もちろん私の子や孫だけではありません。もっと大きい意味で将来ずっと残さなくてはならないと考えているのです」(森水会報2000年11月号)。

森水の会で掲げている北米先住民族の言葉、「自然とは祖先からの授かりものではなく、子孫からの預かりものである」と相通じる考え方です。

細見谷大規模林道問題 (再評価委員会開かれる)

原戸祥次郎さん、再評価委員会で意見陳述(路線変更などを求める)

今年2000年の大規模林道事業再評価委員会(林野庁)で、大朝・鹿野線(細見谷渓畔林を含んでいる路線)が対象になりました。森水の会では、原戸会長名で「路線変更等を求める」要望書を提出(7/10付け)しました。

再評価委員会の意見陳述が広島県吉和村で行なわれ(10/26)、原戸さんが出席しました。意見陳述したのは全部で5名、原戸さん以外では、吉和村長、戸河内町長、近畿中国森林管理局広島所長、広島県林業振興課長とすべて工事推進の立場の人たちです。

再評価の概要(幅員を縮小するなどした上で継続)

今年の再評価の概要は、森水の会からの質問状に対する回答書(緑資源公団)で確認することができます。(翌年、森水会報2001年7月16日号p.4に抜粋掲載)

「計画路線を一部変更のうえ継続:
本区間は、森林管理・施業への効果、森林の総合利用施設へのアクセス改善及びワサビ栽培振興等地域振興への効果が期待され、地元の要望も強いことから、環境保全への配慮等のために、幅員を縮小するなど計画路線の一部変更した上で、事業を継続することとする。この計画路線の変更は、費用等からみても妥当と考えられる。なお、渓畔林部分については、環境保全に十分配慮して事業を実施する必要がある。

(4)公団としては、この結果に基づき、以下のとおり、自然環境の保全に万全を期して規格・構造等を大幅に見直し、事業を進めていく考えである。
1)当該区間の残りの工事については、計画路線上にある既設の林道を極力活用する。
2)特に、渓畔林を通過する部分については、
1.イヌブナ等の巨樹は伐採しないこととし、幅員3~4m程度の既設林道を原則として拡幅しない。
2.既設林道が未舗装であることから降雨等による土砂流出等を防止するため、舗装及び排水施設等必要最小限の整備を行う。
3.この結果、既設林道より大規模な道路を建設するものではない。」
(引用、ここまで)

幅員を縮小するなど計画路線を一部変更する
渓畔林部分は拡幅しない
しかし全体をとおして舗装する
そして西の端では新たな道を造る
ということのようです。

広島県廿日市市のホームページ「緑資源幹線林道事業 戸河内・吉和区間」(戸河内・吉和区間の経緯)をみると、次のようにまとめられています。

「林野庁が設置した再評価委員会の意見」(平成12年12月、2000年):「「環境保全への配慮等のために、幅員を縮小するなど計画路線一部を変更した上で事業を継続することとする。なお、渓畔林部分については環境保全に十分配慮して事業を実施する必要がある。」とされた。」

具体的な幅員の縮小(通常規格の7mから5mへ)や渓畔林部分の取り扱いについては、後日(2003年)変更許可がなされています。

廿日市市ホームページによれば、「大朝・鹿野線の実施計画の変更認可」(平成15年1月、2003年):「戸河内・吉和区間の一部(二軒小屋・吉和西工事区間)については幅員5mとする。なお、渓畔林部分についてはこれによらず、原則として現道を拡幅せず必要最小限の工事を行うこととする。」となっています。

ゴルフ場建設問題

田房ダム流域の水源の森基金

田房ダム上流のゴルフ場建設問題(東広島市)では、昨年「ゴルフ場建設禁止の仮処分決定」(広島地裁、1999年2月1日)が行なわれ、建設反対協議会は、供託金1,540万円(間組分)を法務局へ提出(同3/2)しました。

そして、今年に入ってから事業者の撤退意向が示されました。建設反対協議会では、工事廃止届の受理を確認した上ですべての訴えを取り下げ(9/26)ました。事実上裁判は終結し、かけがえのない水と豊かな自然を守り抜くことができました。

元々、水道水の水源(田房ダム)のわずか数十メートル上流にゴルフ場を作ろうというのですから無謀な話だったのです。

しかし、これですべてが終わったわけではありません。今でも土地はその事業者が所有しています。これから先も何が起こるか分かりません。

建設反対協議会では、1997年4月に「田房ダム流域の水源の森基金」を設立しています。これまでの活動を無にしないために、でき得る限りの土地を買い取り、将来にわたって大切な水源と自然を守り抜きたいとの強い意志を示したものです。(田房ダム上流のゴルフ場建設反対協議会事務局長 西尾俊博さん)

2000年年表

-1月30日(日)、森と水と土を考える会総会&新年会
講演/馬場浩太会員「東海村臨界事故」
(広島県立母子福祉センター、広島市中区舟入幸町)
-3月30日(木)、民間の再生資源回収センター(東広島市)見学
-4月9日(日)、トチの苗木掘り(高橋さん宅、広島県比和町)
-4月15日(土)、勉強会「上関原発の現状について」(森水事務所)
講師/羽熊直行さん(原発いらん!山口ネットワーク)
-4月16日(日)、吉和中津谷で補樹
-4月16日(日)、アースデイかがわin豊島
主催/環瀬戸内海会議
-4月30日(日)、シイタケのコマ打ち、山口さん宅(広島市東区福田)
-5月14日(日)、苗畑草取り(吉和村)
-5月22日(月)、デポジットマシン見学(広島県世羅町役場)
-5月27日(土)、村上真平さん「農の在り方を求めて」
日本国際ボランティアセンター(JVC)タイ国派遣中
(カトリック観音町教会、広島市西区観音町)
-5月30日(火)、森水の市バザー(のら屋の横)
雨にて5/27(土)から順延
-6月11日(日)、苗畑草取り(吉和村)
-6月24~25日(土・日)、環瀬戸内海会議総会(広島県東広島市)
–24日:第11回総会、懇親会
(国民年金健康保養センター「ひがし広島」)
–25日:田房ダム上流ゴルフ場建設予定地見学
記念講演/山田国広さん(京都精華大学教授)
(正力第2集会所、広島県東広島市八本松町)
-7月10日(月)、大規模林道事業再評価検討委員会(7/11開催)宛て要望書提出(会長・原戸祥次郎)
-7月22~23日(土・日)、猪山交流会(森水の会設立10周年記念行事)
–22日:交流会/猪山五輪太鼓、琴古流尺八など、フォーク弾き語り「凪の座」(山口県光市在住)はメンバー緊急入院にて中止(代役なし)
–23日:草刈り、お話/田中幾太郎さん「西中国山地は今」
-8月27日(日)、夏の下草刈り(もみの木森林公園東隣り植林地)
-9月3日(日)、苗畑草取り(吉和村)
苗畑には毎月行っている(会報未記載の場合あり)
-10月1日(日)、苗畑草取り(吉和村)
-10月14~15日(土・日)、猪山秋祭りで地元の方々と交流
猪山神楽を見に行きませんか?
-10月26日(木)、再評価検討委員会で原戸会長意見陳述
(広島県吉和村中央公民館)
-10月28日(土)、森水の市バザー(のら屋の横)
-11月19日(日)、トークin吉和(森水の会設立10周年記念行事)
–植林地(もみの木森林公園東隣り)見学&周辺散策
–村上弘さんと語ろう

その他資料

-中国新聞記事(2000年9月27日付け)
白木のごみ処分場計画、他候補地選定を検討
経済環境委で広島市答弁
広島市安佐北区白木町大谷地区
不燃ごみ埋め立て処分場
-森水会報2000年7月通巻100号
デポジット法制定ネットワーク広島ニュース
衆議院議員に##増原義剛##さんが当選・・・
##連続講演会の最初に講師で来ていただきました##
上記事実不明
-中国新聞記事(2000年5月8日付け)
原発予定地にナメクジウオ、上関 危惧種30匹

カテゴリー
細見谷渓畔林と十方山林道

1999年(平成11)の活動記録

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 細見谷渓畔林と十方山林道 >>「創立20周年記念誌(草稿)

田房ダム上流のゴルフ場建設工事
- 全国初の本工事中止の仮処分決定 -

西中国山地ブナの森づくり

各植林地の様子(過去3年連続で植林)

森水の会では、過去三年連続で植林を行ってきました。植林地は、”もみの木森林公園東隣り”と”中津谷川上流”(いずれも佐伯郡吉和村、村上造林社有地)、そして”猪山”(山県郡戸河内町猪山、猪山森林協同組合の共有林)の3か所にあります。

もみの木森林公園東隣り(1996年4月、11月の2回に分けて植林)では、6割程度が順調に育っています。夏には下草刈りを2回(7/29、8/29)行いました。

中津谷の植林地2か所(1997年4月の同一日に植林)のうち、広島・島根県境近くの広場は一昨年の水不足で8割くらい枯れたため、今年春(4/18)に再植林を行いました。中流部分の道路残土広場の植林地は、予想以上に活着しています。

猪山共有林(1998年3月植林)では、トチ、クリなどが大きく葉を広げています。

植林の苦労話、そして苗木の管理のことなど

植林をするためには、当然のことですが、まず第一に植林地を確保しなければなりません。そして前草刈りなどの整地作業を行って、やっと植林ができるようになります。

ところで一度植林をすれば、後は放っておいてよいかというとそうではありません。

苗木を覆いつくさんばかりに伸びてくる草を刈り取らなければ、苗木が負けてしまいます。植林作業そのものはもちろんのこと、植林前も後も人手がかかります。人手不足のなかで、原哲之さん、畠中陽一さんの会員お二人は今年度の植林作業皆勤でした。

私たちは、植林用の苗木を吉和村役場近くの苗畑で種から育てています。

しかし、ブナがすべてネズミに食べられてしまうなど、苗畑の管理もなかなか大変です。今ある苗木は2年物で小さく、来年の植林には間に合いそうもありません。また、苗畑の草取りは毎月第一日曜日と決めていましたが、参加者を大幅に増やすことはできませんでした。そうした中で、塚定孝徳・セツコさんご夫妻はウィークデイに苗畑の手入れに通われました。

広報活動-他団体との交流など

ドングリ種まきと苗木の植え替え(広島県吉和村)で、NHK教育テレビの取材(昨年11/29)を受け、今年に入って「くらし発見/川にそって」と題して放映(1/4、1/8、1/11同じもの繰り返し)されました。

ひろしま緑づくりインフォメーションセンター第1回交流会(6/27)に出席しました。同センターは今年5月に発足したもので、「森水の会」も発足と同時に加盟しています。同センターの加盟団体の一つである「もりメイト倶楽部Hiroshima」には、昨年の植林地下草刈りで会長さん、事務局長さんに参加していただきご指導を受けました。

特定非営利活動法人ひろしまNPOセンター(昨年発足)が主催するNPO活動奨励賞(NPO活動団体に対する資金・物品の援助)でプレゼンテーション(11/21)を行い、パソコンの提供を受けることになりました。

細見谷大規模林道問題

春秋のウォーキング(春恒例の十方林道、秋は苅尾山に変更)

春の十方林道ウォーキング(5/16)では、田中幾太郎さんの熱のこもった軽妙な緑陰トーク「西中国山地、魅力ある山々、そしてクマたちは今」を楽しみました。

秋の”どんぐりハイキングin夏焼峠・砥石郷山”(11/7)は、ブナの種を集めることを主な目的として計画していました。ところが台風18号による通行止めで、場所を苅尾山(臥龍山)に変更せざるを得ませんでした。しかもブナの種は、もともと不作年だったのか全く採取できませんでした。

なお、大規模林道問題そのものに関しては、今年は特筆すべき活動をすることはできませんでした。

ゴルフ場建設問題

田房ダム上流のゴルフ場建設工事

東広島市の田房ダム上流ゴルフ場建設工事着工禁止仮処分事件で、広島地裁は、ゴルフ場建設禁止の仮処分事件では全国で初めてこれを認める決定(2/1)を下しました。森水の会が、地元の方々を応援し始めたのは1996年のことであり、足かけ3年の闘いでした。

ただし、この決定には条件がついており、債務者の(株)間組に対して金1千万円、債務者恋文字開発(株)に対しては、金5千万円を供託することとなっています。

全国初の本工事中止の仮処分決定ということで反響は大きく、全国からカンパや供託金が送金されてきたため、わずか一か月後に1,540万円(間組分)を無事法務局へ提出(3/2)することができました。(田房ダム上流のゴルフ場建設反対協議会事務局長 西尾俊博さん)

ゴミ問題を考える

香川県豊島の産廃現場近くの海岸で生殖異常貝(環境ホルモンの影響か)

読売新聞は、元旦の一面トップ記事(1999年1月1日付)で、環瀬戸内海会議が豊島の産廃現場近くの海岸で行った調査によって、環境ホルモン(内分泌かく乱化学物質)の影響が疑われる生殖異常貝が確認されたことを伝えています。

豊島の問題は、豊島産廃訴訟判決(高松地裁)の「産廃撤去命令」(1996年12/26)ですべてが解決したわけではありません。産廃が島にある限りその影響は残り続けます。もしかしたら、撤去が完了した後ですら、何らかの影響が出てくることがあるかもしれません。今後の継続観察が欠かせません。

広島県白木町のごみ問題

ゴミ問題は豊島だけの問題ではありません。全国各地にあります。もちろん広島市内にもあります。西川恵子さんは、地元の安佐北区白木町大谷地区(不燃ごみ埋め立て予定地)での活動を、1997年ころから「大谷だより」として会報の中で発信し続けています。

白木町では過去に、環瀬戸内海会議「立ち木トラスト4周年記念集会広島」の現地観察会(1994年11月)、生越忠さん同行の現地調査(1997年5月)が行われています。今年はあらためて、西川さんによる報告会(2/21)と現地見学会(4/25)を実施しました。

その他、この前後に現地を視察した方々は、田島征三さん(東京都日の出町在住)、小島丈児さん(地質学)、宇井純さん(沖縄大学)などです。いずれの方々も「ここは不適地であり地下水が汚染されたら大変」と述べています。

デポジット法制定ネットワーク広島

デポジット制度とは

デポジット制度とは、例えば飲料水などを販売するときに、ある一定の金額を預かり金(deposit、デポジット)として販売価格に上乗せしておき、消費者が容器を捨てずに返却した場合には、その預かり金を消費者に戻す仕組みのことです。

つまり、デポジット制度の目的は、飲料水の容器などを再利用のため回収することにあります。

デポジット法制定ネットワーク広島(設立総会開催)

デポジット法制定ネットワーク広島の設立総会を開催(2/28)しました。昨年11月から6回程度の準備会を重ねており、やっと開催にこぎつけることができました。

さっそく、広島県下の全市町村に対して、「デポジット制度(預かり金制度)の導入を求める意見書」を国に提出することに関する陳情書を送付(6/7)しました(広島市は16日に議長に手渡し)。

なお、ネットワーク広島の事務局は森水事務所に置きます。

循環型社会の実現を目指して

デポジット法が制定されればすべて解決するというものではありません。循環型社会の実現を目指して、リデュース(reduce、ごみの減量)、リユース(reuse、再使用)、リサイクル(recycle、再資源化)の3Rに加えて、リフューズ(refuse、ごみになる物の拒絶)の4R(四つの要素)が大切となります。

朝日新聞記事(1999年4月18日付け)によれば、川崎・ごみを考える市民連絡会が冊子「川崎発 ごみを出さない燃やさない市民プラン」を作成したことを紹介しています。

同連絡会は、行政にすべてを任せておくわけにはいかない、と立ち上がった組織です。この川崎発のプランは、行政と市民との関わり方について考える上でも大いに参考となりそうです。

1999年年表

やっとデポジット法制定ネットワーク広島の設立総会(2/28)を開催することができました。昨年11月から6回程度の準備会を重ねており、##中国新聞記事(日付?)や同「天風録」(日付?)##でも紹介されました。なお、事務局は森水事務所に置きます。

-1月31日(日)、森と水と土を考える会総会
(広島市西区社会福祉協議会、広島市西区福島町 )
-2月1日(月)、田房ダム上流のゴルフ場事件(広島地裁)
ゴルフ場建設禁止の仮処分事件では全国で初めてこれを認める決定
-2月21日(日)、白木町の現況をもっとよく知ろう、西川恵子会員
-2月28日(日)、デポジット法制定ネットワーク広島設立総会
講師/井口博さん(同全国ネットワーク運営委員・事務局長、弁護士)
全労災支援事業(広島県婦人教育会館、広島市中区大手町)
事務局/森と水と土を考える会事務所
-3月25日(木)、福山市加茂町の裁判傍聴
-4月11日(日)、吉和の苗畑手入れ(植替えなど)
NHK取材1名
-4月18日(日)、西中国山地ブナの森づくり(春の植林in中津谷)
吉和村中津谷植林地二か所、トチ、ミズナラ、コナラ、クリなど約250本
NHK教育テレビ取材
-4月25日(日)、白木町大谷地区の産廃処分場計画について、現地見学会
-5月2日(日)、苗畑草取り(吉和村)、シイタケのコマ打ち(山口さん宅、広島市東区福田)
-5月16日(日)、新緑の十方林道ウォーキング&緑陰トーク
ウォーキング/二軒小屋~下山橋往復、緑陰トーク/講師・田中幾太郎さん「西中国山地、魅力ある山々、そしてクマたちは今」(下山橋付近にて)
-5月22日(土)、森水の市バザー(のら屋の横)
-6月5日(土)、学習会、柏瀬より子さん「ドイツのゴミ事情」
-6月6日(日)、苗畑草取り(吉和村)
-6月6日(日)、アースディかがわin豊島
石井亨(香川県)、阿部悦子(愛媛県)両新県議を迎えて
-6月7日(月)、デポジット法制定を求める意見書採択の陳情書提出(広島県下85町村宛て)、広島市議会議長宛て陳情書提出(6/16)
-6月10日(木)、福山市加茂町の裁判傍聴および記者会見(原戸会長ほか2名)
-6月12~13日(土・日)、環瀬戸内海会議総会(第10回)
記念講演/脇山功さん(広島市在住の瀬戸内海景観写真家)
石井亨さん(香川県豊島在住)による「豊島未来の森づくり」報告
その他各地からの報告(愛媛県今治市内、12日)
記念講演/山田国広さん(「ゴルフ場亡国論」の著者)
その他瀬戸内法について各氏の報告(今治市馬島へ移動、13日)
-6月27日(日)、ひろしま緑づくりインフォメーションセンター第1回交流会(吉和・もみの木森林公園)、主催/GIC:ひろしま緑づくりインフォメーションセンター
-6月27日(日)、学習会「ゴミってなーに?」
講師/馬場浩太会員、柏瀬より子さん
-7月4日(日)、苗畑草取り(吉和村)
-7月29日(木)、植林地の下草刈り(もみの木森林公園東隣り)
-8月7~8日(土・日)、広島県戸河内町猪山交流会(第3回)
山上茂典フォーク&トーク、琴古流尺八、猪山五輪太鼓など
(戸河内町猪山集会所)
翌8日、昨年春植林分の下草刈り(猪山森林協同組合の共有林)
-8月18日(水)、学習会/柏瀬より子さん「ドイツのゴミ事情」
-8月29日(日)、植林地の下草刈り(吉和もみの木森林公園東隣り)
-9月5日(日)、苗畑草取り(吉和村)
-9月12日(日)、豊栄町で新たな立ち木トラスト開始
産廃処分場計画あり(広島県賀茂郡豊栄町別府地区)
-9月20日(月)、ゴミ問題連続講演会(第2回)
講師/早瀬光司さん「ゴミ問題あれこれ」(広島大学総合科学部助教授)
(広島市ボランタリー支援センター、広島市役所内)
-10月3日(日)、苗畑草取り(吉和村)
-10月23日(土)、森水の市バザー(のら屋の横)
-10月25日(月)、ゴミ問題連続講演会(第3回)
講師/広島市環境局の方
(広島市ボランタリー支援センター、広島市役所内)
-11月7日(日)、どんぐりハイキングin夏焼峠・砥石郷山
(台風18号による通行止めで苅尾山に変更)
-11月21日(日)、NPO活動奨励賞でプレゼンテーション
主催/特定非営利活動法人ひろしまNPOセンター
-11月23日(火・祝)、秋の豊島集会(環瀬戸内海会議)
-11月29日(月)、ゴミ問題連続講演会(第4回)
講師/柏瀬より子さん「主婦の目で見たドイツのゴミ事情」

そのほかの資料など

-中国新聞記事(1999年6月26日付け)
白木町大谷地区で計画されている不燃ごみの埋め立て処分場計画で、地元住民団体が、計画の白紙撤回を求める請願書を広島市議会議長に提出

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細見谷渓畔林と十方山林道

1998年(平成10)の活動記録

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三年連続で植林を行う
- 猪山(現・山県郡安芸太田町) -

西中国山地ブナの森づくり

第4回植林(広島県戸河内町猪山、いのしやま)

私たちは、今までに合計3回の植林(1996年4/14、11/10、1997年4/20)を行ってきました。その結果、広葉樹を全部で約1,500本植えることができました。

場所は、現・廿日市市吉和の”もみの木森林公園”東隣(1996年)と中津谷川上流(1997年)で、いずれも村上造林さんの社有地です。その中で、植林2年目の中津谷では定着率が悪く、再植林が必要となりそうです。

さて、今年はいよいよ猪山(現・山県郡安芸太田町猪山)の出番(3/29)です。ここは猪山森林協同組合の共有地で、中国新聞「西中国山地ブナの森づくり」で紹介された「植林地求む」の記事を見た地元の方から、1996年1月に貸与の申し出をいただきました。そしてこの二年間、植林の下準備のための草刈りなどを行って整備してきました。

細見谷大規模林道問題

大規模林道、幅員見直し(基本規格の7mから5mへ縮小)

今年の林野庁では、全国的に大規模林道見直しの動きがありました。そうした中で、森水の会としては、路線変更を含む見直しを林野庁、森林開発公団、広島県に文書で申し入れを行いました。そして、将来見直しの可能性があるという回答を得ることができました。以下で、その動きについてまとめておきましょう。

-1998年4月、広島営林署、林野庁から同意回答あり、「大規模林道戸河内・吉和区間の幅員を7m(大規模林道の基本規格)から5mに縮小する」
-1998年8月8日、林野庁、大規模林道見直しのための再評価委員会設置を決める
-1998年8月17日、しんぶん赤旗、林野庁の大規模林道見直し計画を報道
-1998年8月17日、広島営林署、森水の会の問い合わせに対して「戸河内・吉和区間の将来見直しの可能性」を表明
-1998年10月1日、林野庁、環境庁、国立・国定公園内での道路建設について「自然破壊工事の再発防止を約束」

森水の会による路線変更の申し入れは、その他1996年や2000年の再評価委員会の時に行われています。そして、再評価委員会の結論を踏まえて、実際に実施計画の変更(幅員5mへ縮小など)が認可されるのは2003年のことになります。森水の会では、その間(2001年)に、路線変更から林道工事の全面中止に向けて運動方針を転換させています。

環瀬戸内海会議

事務局を辞退する

環瀬戸内海会議(1990年設立)には、森水の会が立ち上げ団体の一つとして関わっています。そして当初から同会議の事務局を預かり、森水の会の船木高司さんが事務局長職についていました。現在は、原戸祥次郎さんがその職を引き継いでいます。

環瀬戸内海会議の初期のころの活動は、ゴルフ場問題の立ち木トラストが主でした。そのころは、広島県内でも11か所の立ち木トラストを行っており、環瀬戸内海会議の一員として活動する機会も多くありました。

しかしここ2~3年、ゴルフ場開発計画は激減しています。そして、環瀬戸内海会議の活動の中心は、産業廃棄物に関わる「ゴミプロジェクト」や「瀬戸内海法プロジェクト」に移ってきています。

事務局は活動の中心にあるべき、そして、できれば参加各県で持ち回りにするのがよい、との考えを私たちは以前から持っていました。そこで、このたび事務局辞退を表明し、同会議にて検討の結果、事務局は今後、愛媛事務局(瀬戸内海法プロジェクト)と岡山事務局(ゴミプロジェクト)へ分割移転することに決定しました。

電磁波問題を考える

米国公的機関が電磁波と発がん性の因果関係を認める

本年6月、「電磁波で発がんの恐れがある」という評価を米国立環境衛生科学研究所の諮問委員会が下しました。送電線などから出る電磁波と発がんとの関係を公的組織として認めたのは初めてのことです。

そうした中で、エネルギー部会の連続座学(4/25、9/19、11/21)が開かれ、電磁波問題などを勉強しました。池松綾子さん(電磁波問題を考える会所属)は、6月末、広島県内の小中学校に高圧送電線の有無とその影響についてのアンケートを発送して、実態調査を実施しました。なおその際、発送費用などは個人の経費でまかなっています。

1998年年表

-2月1日(日)、森と水と土を考える会総会&フォークソングコンサート
出演/凪の座(山口県光市出身の3人組、所用にて一人欠席)
(広島県立母子福祉センター、広島市中区舟入幸町)
-2月11日(水・祝)、環瀬戸内海代表者会議(岡山県岡山市)
森水の会、環瀬戸内海会議の事務局辞退
-2月15日(日)、シンポジウム「水道水源の現状と将来」
パネラー/中根周歩、佐々木健、藤岡義隆、南修治の各氏
コーディネーター/竹本伸さん
森水の会共催(広島県東広島市)
-2月16日(月)、海砂採取を全面禁止(広島県)
-2月23日、生越忠さん(地質学者)を囲む夕食会
東広島市の裁判のため来広、急遽開催
-3月22日(日)、広島市安佐北区狩留賀町の産業廃棄物道路見学
安佐北区狩留賀町から東広島市志和町へ抜ける産廃道路建設中
-3月29日(日)、西中国山地ブナの森づくり(猪山で第4回植林)
トチ、ヤマグリ、ブナなど約400本植林
-4月5日(日)、シイタケ菌打ち(山口会員宅、広島市東区福田)
-4月19日(日)、アースディ・かがわin豊島
-4月25日(土)、学習会「中国地方の小水力発電所」
-5月4日(月・祝)、狩留家の林道予定地・焼却場・産廃処分場見学
-5月16日(土)、森水の市バザー(のら屋の横)
-5月30~31日(土・日)、リゾート・ゴルフ場問題全国交流集会
ゴルフ場開発 -水と自然保護を訴える住民訴訟-
基調講演/リゾート・ゴルフ場問題全国連絡会代表・藤原信さん(宇都宮大学名誉教授、森林計画学)、開発差し止め訴訟を手掛ける籠橋隆明弁護士(名古屋弁護士会)/東広島市の飲料水源「田房ダム」上流ゴルフ場開発問題など
主催/リゾート・ゴルフ場問題全国連絡会など、連絡先/森水事務所
(国民年金健康保養センターひがし広島、広島県東広島市)
-6月7日(日)、恐羅漢山周辺ハイキング
–牛小屋高原~牛小屋谷~田代~砥石川山~夏焼峠~牛小屋高原
–##牛小屋高原~牛小屋谷~田代~餅の木林道~田代出会(バスで引き返す)##このコースも成立しているか
広島市の広報誌「グラフ広島」同行取材
-6月13日(土)、森水の市バザー(のら屋の横)
-6月14日(日)、JA(農協)所山小水力発電所(広島県廿日市市虫所山)見学、その他吉和で一箇所
-6月16日(火)、ゴミ収集作業員からみた「ゴミ問題」
発題者/広島市南環境事業局のゴミ収集作業員さん
-6月21日(日)、苗畑の手入れ(広島県吉和村)
中津谷川沿いの植林地(昨年4月植林)訪問
「グラフひろしま」(広島市)の取材
-6月27~28日(土・日)、環瀬戸内海会議総会(広島県福山市)
子らに伝えよう瀬戸内の山と海 -守りたい天空の郷・広瀬-
福山市加茂町(広瀬地区)の産業廃棄物処理場問題、ネットワーク芦田川と提携/現在稼働中の処理場の排出水検査と土壌のダイオキシン濃度検査
-7月3日(金)、高圧線問題全国ネットワーク98全国大会(兵庫県神戸市)
-8月2日(日)、苗畑の手入れ(広島県吉和村)
-8月30日(日)、植林地下草刈り(もみの木森林公園東隣り)、森メイトの会より参加者あり
-9月6日(日)、苗畑の手入れ(広島県吉和村)
-9月13日(日)、猪山大運動会(広島県戸河内町立猪山小学校)
-9月15日(火・祝)、森林ボランティアフォーラム
主催/県民参加の森林づくりフォーラム実行委員会(広島県、広島市、広島県森林組合連合会などが参加)、講演会/中川重年さん「市民参加型の森づくり」、森林ボランティア会議/森林ボランティア団体代表(5団体)によるリレートーク、コーディネーター/松波龍一さん、江川和禧会員が森水の会の活動などを発表
(広島県民文化センター、広島市中区大手町)
-10月25日(日)、ブナ林ハイキング&ドングリ拾い
–牛小屋高原~恐羅漢山(##または夏焼峠周辺散策##)成立しているか
–牛小屋高原~恐羅漢山~台所原~管理林道~夏焼峠~牛小屋高原
-11月22日(日)、秋の豊島集会(香川県豊島)
豊島「未来の森」植樹、豊島の現況報告、田島征三さんのお話、夢企画かたくり演奏など、主催/環瀬戸内海会議
-11月29日(日)、ドングリ種まきと苗木の植え替え(広島県吉和村)
NHK教育テレビ、”太田川に沿って”の取材
-12月13日(日)、事務所掃除&忘年会
-12月21日(月)、弁護士・梶山正三さんを囲む会
広島県福山市加茂町北山(広瀬地区)の産業廃棄物処分場の建設許可を広島県が今年出した。地元から広島県に対して情報の公開を求めて裁判が起こされている。

そのほかの資料など

-中国新聞記事(1998年2月17日付け)
海砂採取を全面禁止(広島県)、海守れ 願い届いた、市民・漁業関係者
三十数年に及ぶ採取が環境に与えた影響や対策はこれから。漁業者の間には後遺症を心配する声もあり「今後も古里の海を守る活動は続ける」と決意を新たにしている。
-中国新聞記事(1998年5月31日付け)
ゴルフ場開発反対運動、各地の取り組みを報告
-中国新聞記事(1998年7月8日付け)
住民が見た瀬戸内乱開発、自然保護団体が冊子、海砂採取による砂浜消失報告も
-環瀬戸内海会議編「住民のみた瀬戸内海 -瀬戸内法の25年をふり返る」
31の自然保護団体による35のレポート掲載、冊子形式(1,310円)
##2000年には正式の書籍として発行?##

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1997年(平成9)の活動記録

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二年連続で植林を行う
- 吉和・中津谷川上流の2か所(同一日) -

西中国山地ブナの森づくり

第3回植林(吉和村の中津谷川上流、2か所)

森水の会では、昨年初めて植林をしました。場所は、もみの木森林公園東隣り(佐伯郡吉和村)で、年に二度実施(1996年4/14、11/10)しました。したがって、今年の植林(4/20)は3回目ということになります。中津谷川上流(同じく吉和村)の2か所で、午前と午後に分けて、シバグリ600本とトチ60本を植えました。

なお、上記の場所は、すべて(有)村上造林さんからお借りしているものです。

吉和の苗畑では地道な管理作業を継続中

吉和の苗畑(吉和村役場近く)では、次の植林用苗木を管理しています。今年も、春の植替え(4/6)から始まり、草取り(5/4、7/6、10/5)そして秋の植替え(11/30)まで一連の作業を行いました。

ここで植替えとは、冬(雪)の来る前に苗木を抜いて寝かせ土をかぶせておき、春が来ると、それを普通の状態で植え直す作業のことをいいます。作業の合間に種まきも行います。昨年植林した場所の草取りもしなくてはなりません。

植林のときは多くの人が参加してくれますが、苗床の手入れや下草刈りにはなかなか人は集まりません。少ない人数で、地道な作業の繰り返しが続きます。

各メディアにて紹介される(朝日新聞、ホームテレビ、そして読売新聞)

-朝日新聞記事(1997年4月21日付け)
第3回植林(4/20)を紹介
「吉和の県境付近、ヤマグリとトチ、家族連れが植林」
-ホームテレビ(1997年4月26日放映)
吉和での苗の手入れ(4/6)と植林(4/20)を紹介
-読売新聞記事(1997年12月14日付け)
「市民団体が植林運動、ドングリ大きくなってブナになーれ」

読売新聞記事の紹介では「これまで、吉和村で計1,200本を植え、さらに、戸河内町にも約400本を植える予定」となっています。また同記事の中で、原戸祥次郎さんは「CO2対策は必要だが、森を増やし、海にも目を向けて地球環境全体を守っていくことが大切」と話しています。

猪山(来年植林予定地)では地元の方々と活発な交流を行う

上記読売新聞記事にある「さらに、戸河内町にも約400本を植える予定」というのが、旧・戸河内町猪山(いのしやま)のことです。昨年(1996年)、新たに植林地として貸与していただけることになり(猪山森林協同組合の共有地)、来年植林をする予定です。現・山県郡安芸太田町猪山

植林の準備として、昨年に引き続いて下草刈りや整地作業(7/13、8/3)を精力的にこなしています。また、地元の方との交流も活発で、キャンプ(8/2)、運動会参加(10/14)そして神楽見物(10/18~19)など温かく受け入れていただいています。

1997年年表

-1月26日(日)、森と水と土を考える会、総会&講演会&交流会
石井亨さん「豊島の現状と未来」(廃棄物対策豊島住民会議事務局長)
(広島県立母子福祉センター、広島市中区舟入幸町)
-2月11日(火)、地球派フォーラム(6つの分科会に分かれてディスカッション)
主催/ホームテレビ(グリーンアリーナ会議室、広島市中区基町)
-3月10日(月)、豊島未来の森トラスト(環瀬戸内海会議)
-3月27日(木)、田房ダム上流のゴルフ場(東広島)、広島県が林地開発許可
翌28日、地元の人たちと一緒に県庁へ抗議
-4月6日(日)、苗木の植替え作業(吉和の苗畑)
-4月13日(日)、シイタケ菌打ち(山口会員宅、広島市東区福田)
-4月19日(土)、森水の市バザー(のら屋の横)
-4月19日(土)、高レベル廃棄物セミナー(第3回)
講演会/松丸健二さん「再処理工場の恐怖」(水戸市在住)
プルトニウム・アクション・ヒロシマと合流
(広島YMCA、広島市中区八丁堀)
-4月20日(日)、西中国山地ブナの森づくり(第3回)植林
吉和の中津谷川上流にて二か所(シバグリ600本+トチ60本)
-4月20日(日)、アースディ・かがわin豊島
「未来の森・ドングリ蒔きハイキング」
主催/環瀬戸内海会議
-4月22~23日(火・水)、チェルノブイリの子どもたち
主催/チェルノブイリの子どもたちを広島に呼ぶ会
(広島YMCA、広島市中区八丁堀)
-5月4日(日)、吉和の苗畑手入れ・草取り
-5月18日(日)、十方林道新緑ウォーキング
–十方山健脚組(シシガ谷コース~十方山~下山林道東端部~十方山林道)
–十方山往復(シシガ谷コース)
–十方林道ウォーキング(森林インストラクターによる観察会も実施)
-5月23日(金)、生越忠さん講演会「地震と原発」(地質学者)
主催/原水禁、講演会終了後、交流会(プルトニウム・アクション主催)
(ワークピア広島、広島市南区金屋町)
-5月24日(土)、白木町現地調査(生越忠さん同行)、ごみ最終処分場問題
-5月25日(日)、東広島現地調査(生越忠さん同行)、八本松町の田房ダム上流のゴルフ場計画
-6月8日(日)、猪山下草刈り&整地(人数不足で中止)
-6月28~29日(土・日)、環瀬戸内海会議(香川県高松市)
記念講演/河宮信郎さん「私たちはどんな社会を求めるのか」(中京大学・エントロピー学会代表)
-7月6日(日)、吉和の苗畑手入れ・草取り
-7月13日(日)、猪山下草刈り&整地(今年はじめて)
-8月2~3日(土・日)、猪山交流会(第2回)
猪山キャンプ&地元交流会&整地(広島県山県郡戸河内町猪山集会所)
-8月24日(日)、吉和の植林地下草刈り(もみの木森林公園東隣り)
-10月5日(日)、吉和の苗畑手入れ
-10月14日(火)、猪山地区運動会で地元と交流
-10月18~19日(土・日)、猪山の神楽&秋祭り
-10月26日(日)、恐羅漢山ブナ林ハイキング&ドングリ拾い
–牛小屋高原~恐羅漢山~牛小屋高原散策
–牛小屋高原~恐羅漢山~台所原~夏焼峠~牛小屋高原
-11月8日(土)、森水の市バザー(のら屋の横)
-11月15~16日(土・日)、環瀬戸内海会議・岩国集会(山口県岩国市)
「命の海を埋め立てるのはだれのため」
岩国基地沖出しによる藻場や干潟の消失が心配される
-11月19日(水)、海砂採取禁止を求める要望書提出
宛先/広島県知事藤田雄山、提出団体/森と水と土を考える会
-11月23日(日)、シイタケのほだ木伐り
-11月30日(日)、吉和の苗畑手入れ・苗木の植替え
-12月14日(日)、広島県福山市加茂町の産廃処分場反対集会に参加
講師/石井亨さん(香川県豊島)、沖三保子さん(広島県三原市)
-12月14日(日)、愛知県安城市桜井中学校3年F組の皆さん
ドングリを段ボール箱一杯送っていただきました
-12月14日(日)、大掃除&忘年会

そのほかの資料

-電磁波レポート、原戸愛子さん
森水会報1997年3月5日号
-電磁波問題勉強会、池松綾子会員(指導/馬場浩太会員)
森水の会(エネルギー部会)、1997年前後
-我が町の水物語(シリーズ)、石井出かず子会員
森水会報1996年~1997年
-大谷だより(不定期レポート)、西川恵子会員
森水会報1997年前後

-中国新聞記事(1997年1月25日付け)
広島市安佐北区白木町大谷地区(不燃ごみ埋め立て予定地)
ゴミ輸送に芸備線活用検討(広島市)
-朝日新聞記事(1997年4月21日付け)
家族連れが植林、ヤマグリとトチ
-毎日新聞記事(1997年5月28日付け)
東広島市のゴルフ場計画「許可取り消しを」
反対住民ら、不服審査、異議申し立て
-朝日新聞記事(1997年5月27日付け)
原発反対の知恵袋、住民団体と交流も

-1997年2月号P.05
豊島の石井亨さんへの手紙
大森充・記(20周年誌採用予定)

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初めての植林を行う
- 吉和・もみの木森林公園東隣り(年2回実施) -

西中国山地ブナの森づくり

初めての植林作業(年2回実施、吉和・もみの木森林公園東隣り)

いよいよ初めての植林作業を開始しました。場所は、もみの木森林公園東隣りにある(有)村上造林さんの社有地です。今年の総会(1/28)では、社長の村上弘さんから山への想いをお聞きしました。

さて、植林用に用意した苗木は、トチの木を中心に約400本です。いずれも三度の冬を越して、森水の会自身の手で種から大切に育ててきた(1993年秋、種まき)ものばかりです。一般にも呼び掛けて、「広葉樹を植えよう」(4/14)、「西中国山地ブナの森づくり」(11/10)として2回に分けて植林しました。

11月10日の植林には、古川耕三さん(崇徳高校教諭、森水会員)の声かけに応じて、同校生徒会有志の皆さんが何人も参加してくれました。今年6月の同校文化祭では、畠山重篤さん(「森は海の恋人」の著者)の講演があったそうです。こうした試みが繰り返されることによって、一つの想いが次の若い世代に確実に受け継がれてゆくのでしょう。

なお、私たちの本格的な植林は、今年(1996年:もみの木森林公園東隣り)を含めて三年連続で行われました。(1997年:中津谷川上流、1998年:猪山)

猪山(いのしやま)、新たな植林地の貸与を受ける

中国新聞解説室の取材を昨年暮れに受け、”西中国山地ブナの森づくり”が紹介されました。そこには、植林地募集の希望も掲載されていました。その記事を見た戸河内町猪山の佐藤喜徳さんから、今年1月に「(猪山森林協同組合の)共有地ですが植林しませんか」というお話をいただきました。これまた大変ありがたいお話です。

さっそく、新しい植林地として適するかどうかの下見(4/21)を行いました。そして整地作業(6/16)さらにはキャンプ&整地(8/3~4)と話はトントン拍子に進み、こうして里山の人たちとの交流が始まったのです。

猪山での実際の植林は、整備を開始してから三年目(1998年3月)に行ないました。森水の会としては第4回目の植林ということになります。(現・山県郡安芸太田町猪山、いのしやま)

なぜ広葉樹の植林なのか(中国新聞記事、私たちの提案)

中国新聞記事(1996年6月23日付け)に、森田修さん(森水の会事務局長)と記者との一問一答が掲載されました。『論点2、上・下流 どう連携しますか』と題するもので、見出しは「地方の自立」に向けて」、「100年先を楽しみに植林」となっています。

なぜ植林かと問われて、森田さんは次のように答えています。「単純に「伐採反対」と言うのでなくて、その環境をどう取り戻せるか。自分たちで出来る「提案」が広葉樹の植林なんです」。かつて西中国山地に存在した落葉広葉樹の森を取り戻そう、そのことが山里の活性化にもつながる、そしてそれは、下流にすむ都会人の役目でもあるというのです。

細見谷大規模林道問題

路線変更を申し入れる(大規模林道問題)

今年は、「大規模林道の路線変更、環境アセスメントの公開」を求めて、森林開発公団(7/9)と広島県林務部(9/19)に対して申し入れを行いました。

森林開発公団でのやり取りは下記のとおりです。

申し入れ事項:
-1)大規模林道大朝・鹿野線建設計画のうち、戸河内町二軒小屋から吉和村中津谷に至る区間は、自然保護上大変重要な地域であるため、この間は迂回する等の路線変更を行うこと。
–公団:迂回して作る計画もないが、まだ何も決まっていない。今から考える。
-2)同区間の環境アセスメントの内容を公開すること。
–公団:1995年以後着工分は閣議決定されたとおり公開するが、以前分はしない。
-3)同区間の大規模林道建設計画の詳細を公表すること。
–公団:2)の環境アセスメント公開に含まれる。

さらに改めて、森林開発公団、県知事、林野庁に対して、「大規模林道の路線変更、環境アセスメントの公開」を文書で申し入れ(11/11)しました。

環瀬戸内海会議

豊島産廃訴訟と私たち

私たちが豊島(てしま)を初めて見たのは、1993年9月11~12日の環瀬戸内海会議直島(なおしま)大会で豊島に渡った時のことです。そして、今年(1996年)に入り、森水の会として「香川県の豊島に不法投棄された産業廃棄物の撤去に関する意見書」(原戸祥次郎会長名)を公害等調整委員会委員長宛てに提出(6/1)しました。

また環瀬戸内海会議では、豊島の見学(8/11)を皮切りに、瀬戸内法改正プロジェクト第1回集会松山(8/24~25)、豊島における現地の方々との交流会(9/15~16)、さらに豊島住民会議&環瀬戸内海会議豊島集会(11/23~24)を次々に実施しました。

高松地裁、投棄業者の責任および香川県の行政責任を認める

豊島では、今後の産廃の処理方法をめぐって、地元と業者および香川県との間で激しく意見が対立していました。本年8月4日には、菅直人厚生大臣が現地を視察しています。(「週刊現代」1996年9月7日号、日本経済の「負債」が押し付けられた海)

そうした中で、廃棄物対策豊島住民会議は、11月24日に住民大会を開催しました。そしてそこで、公害等調停委員会(公調委)が示した7つの解決案(処理方法)のうち第1案「島内で中間処理、島外撤去」を選択しました。中坊公平弁護士をはじめとする弁護団の強力な指導のもとにギリギリの選択をしたのです。

環瀬戸内海会議においても第1案の選択を支持し、「豊島未来の森」トラストを開始(11/24)しました。これは、豊島の再生を願って植林をするもので、従来の立ち木トラストとは異なり、立ち木バンクという構想に基づくものです。

そして今年末(12/26)、豊島産廃訴訟判決(高松地裁)で「産廃撤去命令」が下されました。朝日新聞記事(1996年12月27日付け)は、同判決の要旨について「島に不法に押し付けられた有害な産業廃棄物は、投棄をした業者の責任で撤去すべき」とまとめています。なお同判決では、「香川県の行政責任も、事実上明らか」と認められました。

1996年年表

-1月21日(日)、シイタケのホダ木切り出し
(広島県佐伯郡大野町)
-1月28日(日)、森と水と土を考える会総会
村上造林社長の村上弘さん「造林現場からの話」(吉和在住)、その他、営林署関係の方一名(広島市西区民文化センター、広島市西区横川新町)
##この春、豊島住民会議の石井さんが来られ、話されました・・・(欠号)?##
-4月14日(日)、植林!広葉樹を植えよう(第1回植林)
村上造林さんの土地(もみの木森林公園東隣り)トチ約150本
-4月17日(水)、「チェルボナ・カリーナ」チャリティコンサート
主催/「チェルボナ・カリーナ」を広島に呼ぶ会
(アステールプラザ 大ホール、広島市中区加古町)
-4月21日(日)、苗床作り&戸河内町猪山(新しい植林予定地)の下見
-4月28日(日)、シイタケのコマ打ち、山口さん宅(広島市東区福田)
-5月19日(日)、十方林道新緑ウォーキング
–十方山登山(シシガ谷取り付き~シシガ谷コース往復)
–十方林道散策(シシガ谷取り付き~下山橋往復)
-6月1日(土)、香川県の豊島に不法投棄された産業廃棄物の撤去に関する意見書、提出
-6月2日(日)、苗床管理&草取り(吉和村)
-6月9日(日)、どうだんツツジin恐羅漢山
-6月16日(日)、猪山森林協同組合共有林(来年植林予定地)の整地作業
-7月6~7日(土・日)、環瀬戸内海会議総会(第7回)
(勤労者いこいの家、岡山県邑久郡邑久町虫明)
-7月9日(火)、大規模林道建設に関する申し入れ
森林開発公団(広島合同庁舎近く)に提出
-8月3~4日(土・日)、猪山交流会(第1回)キャンプ&整地
-8月11日(日)、ゴミ問題プロジェクトチーム(環瀬戸内海会議)、香川県豊島を見学
-8月22日(木)、中央環境審議会企画政策部会「中国・四国ブロックヒアリング」
原戸祥次郎会長が出席(広島厚生年金会館大会議室、広島市中区加古町)
-8月24~25日(土・日)、瀬戸内法改正プロジェクト第1回集会(環瀬戸内海会議)、愛媛県松山市
瀬戸内法改正プロジェクトチームによる瀬戸内法の学習会
シンポジウム/石井亨、湯浅一郎、横山信二の各氏
-8月25日(日)、下草刈り(もみの木森林公園東隣り)
-8月27日(火)、映画上映「絵の中のぼくの村」
原作は田島征三さん(絵本作家)の自伝的エッセイ
(広島県民文化センター、広島市中区大手町)
-9月15~16日(日・月)、ゴミ問題プロジェクトチーム(環瀬戸内海会議)、香川県豊島で現地の方々と交流
-9月19日(木)、十方林道反対申し入れ(広島県林務部)
-9月24日(火)、田房ダム上流のゴルフ場建設反対のビラ配り(広島県庁)
-9月29日(日)、植林用苗畑の草取り(吉和村)
-9月30日(月)、田房ダム上流のゴルフ場建設反対
間組と広島県のそれぞれに反対の申し入れ
-10月6日(日)、自主上映映画「光りの島、風の島」
主催先の問い合わせ等、”百姓や”など
(広島市東区民文化センタースタジオ、広島市東区東蟹屋町)
-10月12日(土)、田房ダム上流のゴルフ場建設問題
緊急報告/西尾俊博(東広島市の水を考える会)、奥田真理子
(広島市青少年センター生活実習室、広島市中区基町)
-10月13日(日)山下惣一さんの話を聞く会(佐賀県唐津市在住の農民作家)
主催/山下惣一さんの話を聞く会(”百姓や”内)
(広島市中央公民館、広島市中区西白島町)
-10月20日(日)、環瀬戸内海会議代表者会議、旧ターミナルホテル
-10月26日(土)、森水の市バザー(のら屋の横)
-10月27日(日)、十方林道紅葉ウォーキング&ブナの種拾い
-11月3日(日)、田房ダム上流のゴルフ場建設反対のビラ配り、地元の人たちとの交流会(東広島市内)
-11月10日(日)、西中国山地ブナの森づくり(第2回植林)
-11月11日(月)、森林開発公団、県知事、林野庁に大規模林道の路線変更、環境アセスメントの公開を文書で申し入れ
-11月23~24日(日)、豊島住民会議、環瀬戸内海会議豊島集会(未来の森トラストなど)、香川県豊島
-12月15日(日)、事務所掃除&忘年会

その他資料

-中国新聞記事(1996年2月15日付け)、石井出かず子会員
近世たたらに巫女の残影、広島の主婦が論文
「ヒメの力 ― 古代の鉄と女」
藤原書店の下記書籍(1995年)に収録
「女と男の時空 ― 日本女性史再考」/1 ヒメとヒコの時代 原始・古代
-「チェルボナ・カリーナ」チャリティコンサート(4/17)
森水事務所を活動拠点として提供
-中国新聞記事(1996年11月27日付け)
白木のごみ処分場計画、地権者と買収協議へ、広島市が969世帯に文書
西川恵子会員いわく(1996/12/4)いまだアセスの住民縦覧も始っていないのに用地買収とは、何のためのアセスだったのか?
-中国新聞記事(1996年12月19日付け)
白木のまちづくり支援を、地元団体が市へ陳情
-中国新聞記事(1996年12月31日付け)
林野庁改革、自然保護へ縦割り脱却、赤字減らしも限界
日本自然保護協会、藤原信(宇都宮大学教授)
-毎日新聞記事(##日付?##)
田房ダム上流のゴルフ場建設反対協議会(森崎恒司事務局長)
水源の真上に造るのは非常識、世論の盛り上げに懸命
-比婆科学教育振興会編「広島県の両性・爬虫類」中国新聞社(1996年)
執筆者/宇都宮妙子、宇都宮泰明、内藤順一、大川博志、岡田純
-馬場浩太会員(広島修道大学教授)による紹介
市民エネルギー研究所著「2010年日本エネルギー計画 地球温暖化も原発もない未来への選択」ダイヤモンド社(1994年)
本書の表紙カバー見返しをみると、
「日本のエネルギー消費は、増大を続けるしかないのか。これ以上の省エネは無理なのか。炭酸ガス(CO2)の大幅排出削減は不可能なのか。問題解決のためには原子力を増やすしかないのか。本書はこれらすべてに「ノー」と答える。2010年に炭酸ガスの排出を3割削減し、原発をゼロにすることは可能だ」としている。

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細見谷渓畔林と十方山林道

自著『細見谷渓畔林と十方山林道』電子化に向けて

はじめに

私は、2007年10月(平成19)、書籍『細見谷渓畔林と十方山林道』(紙の本)を自費出版しました。その目的は、生物多様性の宝庫である細見谷渓畔林(広島県廿日市市吉和)を守ることでした。渓畔林とは、河川周辺の森林のうち、上流の狭い谷底や斜面にあるものを言います。(EICネット環境用語集)

私(当時、森と水と土を考える会所属)は、一般市民や専門家と共に、細見谷渓畔林を貫いて走る未舗装の十方山林道(細見谷林道)の大規模林道化工事(幹線林道建設工事)中止を訴え続けていました。十方山林道(細見谷林道)を拡幅舗装化する工事によって、細見谷渓畔林に取り戻すことのできないダメージを与える可能性が高いと考えたのです。

大規模林道工事は、書籍出版の前年、つまり2006年11月(平成18)には既に着工されていました。そして、2007年度中で工事は一旦中断された形となりました。

その後紆余曲折を経て、広島県(湯崎英彦知事)は、2012年1月19日(平成24)の県議会において、「緑資源」幹線林道(戸河内―吉和区間)の建設を断念したことを明らかにしました。

その結果、十方山林道(細見谷林道)は両端のわずかな部分(二軒小屋側約300m、吉和西側約100mくらい)が拡幅舗装化されたのみで、中間部分の細見谷渓畔林は手付かずのまま未舗装の状態で残されることになったのです。

ところで、自著を出版してすぐの2008年1月に出版社が倒産したため、私の本は一般書店での流通の道を絶たれてしまいました。幸いにも自著を手元に取り戻すことができたため、現在でもアマゾンを通じて古書として販売を継続しています。

また最近では、自著が他店舗の商品として断続的に出品されるようになっています。アマゾンの中で、普通に古書として流通しているのです。大変ありがたいことです。

今回の電子書籍化(アマゾン KDP)によって、流通の簡便化及び絶版回避ができるものと期待しています。なお、電子書籍化にあたっては、2017年現在の状況を踏まえた内容整理のため、項目の組替えや多少の加筆修正を行なっています。

書籍出版から大規模林道工事の中止決定まで

以下では、書籍出版当時(2007年)から、幹線林道建設が断念(2012年)されるまでの間の関連事項を、時系列でまとめておきます。

書籍出版(2007年10月)当時、既に細見谷大規模林道工事は着工(2006年11月)されていました。

しかしその一方で、独立行政法人「緑資源機構」(農林水産省所管)をめぐる官製談合の疑いが、2006年(平成18)秋に浮上していました。そして翌年5月24日(2007年)には、同機構の理事ら6名が東京地検特捜部によって逮捕されました。逮捕容疑は、「緑資源機構」が発注した林道整備のコンサルタント業務(天下り先)をめぐる談合事件に関する独禁法違反(不当な取引制限)です。

こうした天下り、官製談合、そして多額の政治献金疑惑などを踏まえて、「緑資源機構」は、2008年3月31日(平成19年度末)付けをもって廃止されました。しかしながら、その業務の大半は「森林農地整備センター」と名称変更して継承され、独立行政法人「森林総合研究所」(農林水産省の外局の一つである林野庁所管)の一部門として存続することになりました。

大規模林道工事は、平成20年度(2008年)以降は、道県(北海道及び該当県)に事業が移管され、事業を継続すべきかどうかについては、道県ごとの判断に委ねられることになったのです。つまり「緑資源幹線林道事業については、独立行政法人の事業としては廃止し、地方公共団体の判断により必要な区間について補助事業により実施する」ことになりました。

そのため国は、幹線林道の整備に限った補助制度として、新たに「山のみち地域づくり交付金」を創設しました。つまり従来どおり、全体のほぼ7割を国から補助する仕組みを残しました。

広島県では、緑資源機構廃止(2008年3月末)以降、事業を継続すべきかどうかの判断について、先送りを続けていました。当然、工事は中断されたままの状態になりました。

当時の広島県知事は藤田雄山さん(2015年死去、享年66歳)でした。その後の県知事選挙(2009年11月)の結果、湯崎英彦新知事が誕生しました。そしてついに、2012年(平成24)1月19日、広島県は県議会において、「緑資源」幹線林道(戸河内―吉和区間)の建設を断念したことを明らかにしました。つまり、十方山林道(細見谷林道)の大規模林道化工事は中止と決定しました。

中止決定の理由は、区間の国有林の割合が約8割と高く、県の林業施策との関連性が低いと判断したためです。ここでは、経済的な理由が挙げられているのみです。生物多様性の宝庫である細見谷渓畔林には何ら言及されてはいません。

細見谷渓畔林と十方山林道を今後いかに有効活用するか、まだ具体的な計画は何もありません。今後に残された課題です。

書籍版(2007年10月)「はじめに」より

(カッコ内平仮名はルビ、用字用語は原文のママ)

広島県廿日市市(はつかいち~し)吉和(よしわ)の最奥にある細見谷(ほそみだに)を流れる細見谷川両岸には、細見谷渓畔林(けいはんりん)という渓流沿いの美しい水辺林が発達しています。本書は、その十方山(じっぽうさん)・細見谷に魅せられ、多くの人たちとの交流の中で過ごした4年間に一区切りをつけるため、自分史としてまとめたものです。

私が、この細見谷に初めて足を踏み入れたのは2002年夏のことです。その当時すでに、渓畔林を貫いて走る十方山林道を拡幅舗装化する工事(つまり細見谷大規模林道工事)計画が進められていました。その一方で、計画に反対の立場から、一般市民および専門家による細見谷の本格的学術調査が、ちょうど開始された時期でもあります。

私の細見谷初体験は、こうした調査の中心人物の一人であった故・原哲之(はら・のりゆき、農学修士)さんのお誘いを受けて実現したものです。原さんは、私の参加した小型サンショウウオの調査をはじめ、動植物あるいは地質などに関する調査資料をまとめて、『細見谷と十方山林道』(2002年版)を完成させました。この書籍は、細見谷における初めての本格的学術調査記録として、専門家からも非常に高い評価を受けています。

原さんとは、お互いのホームページを通じた付き合いで、この時が初対面でした。そして私は、この時から各種現地観察会や講演会に数多く参加してきました。そこで見たり聞いたりしたことを、自分なりに考えてまとめる作業を繰り返してきました。

私が、原さんの所属していた「森と水と土を考える会」に入会したのは、原さんが2005年春に病気で亡くなった(享年41歳)後のことです。そしてその年の暮れには、ちょっとしたきっかけから大量の資料を預けられて、「2002年版刊行後の活動記録」をWeb上で作成する役目を引き受けることになりました。そしてついには、そのWebデータを基にして、私が編集者となり『細見谷と十方山林道』(2006年版)を出版することになったのです。

もちろん、自ら調査の先頭に立ち、その上で基本文献を渉猟してまとめあげた原さんと、既存の資料を読みやすく並べて簡単な説明文を付けただけの私とでは、仕事の質・量ともに雲泥の差があることは申すまでもありません。

『細見谷と十方山林道』(2006年版)出版後の8月に、平成18年度期中評価委員会(林野庁)の結論が出されました。大朝・鹿野線のうち、二軒小屋・吉和西工事区間(つまり細見谷大規模林道工事)について内容を確認すると、工事区間のそれぞれ両端にあたる〈吉和側と二軒小屋側の拡幅部分〉については、「環境保全に配慮しつつ工事を進めることとする」となっています。一方で、工事区間の中央部にあたる〈渓畔林部分および新設部分〉については、「引き続き環境調査等を実施して環境保全策を検討」となっています。

細見谷大規模林道工事は、2006年11月21日、吉和側、二軒小屋側の両端から着手されました。細見谷は今、一つの大きな節目を迎えたといってよいでしょう。21世紀は環境の世紀、細見谷を全山落葉広葉樹で覆われた昔の深い深い森に還してやろうではありませんか。チャンスは今しかありません。

2007年(平成19)春 著者記す

追記(書籍版、2007年5月31日より)

細見谷大規模林道工事は、工事主体である独立行政法人「緑資源機構」(農林水産省所管)による「緑資源」幹線林道事業として実施されているものである。その「緑資源機構」に関して、天下り、官製談合、そして多額の政治献金疑惑など、問題点が次々と指摘されている。

そうした中で、政府の規制改革会議(議長、草刈隆郎日本郵船会長)が30日取りまとめた第1次答申には、「緑資源機構」の主要事業である林道整備、農用地整備の廃止が盛り込まれた。

そして、安倍晋三首相は同日夕、この答申を踏まえて、緑資源機構を事実上解体する方向で検討する意向を表明した。

林野庁:農林水産省の外局。三公社五現業の現業であり、左記8組織の中で、現在でも唯一、国家公務員としての地位を維持している。

注:このページは、電子書籍『細見谷渓畔林と十方山林道』アマゾンKindle版(2017年3月6日)の一部です。

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細見谷渓畔林と十方山林道

細見谷渓畔林とは

細見谷渓畔林とは

本書の舞台である細見谷(ほそみだに)は、広島県廿日市市(はつかいち~し)吉和(よしわ)の最奥にあります。広島・山口・島根三県境から北東へ約10km前後の位置で、広島・島根県境尾根(五里山~京ツカ山~焼杉山~恐羅漢山)と広島県側の十方山南西尾根の狭間になります。

細見谷には細見谷川が流れています。そしてその渓流沿いには美しい水辺林が発達しており、これを細見谷渓畔林と言います。この細見谷渓畔林は、21世紀になってから、生物多様性の宝庫として注目を集めるようになってきました。今日の西南日本では他に例をみない規模の渓畔林であり、ブナ帯の自然林として生態学的に非常に特異な資源とされています。

渓畔林(そして河畔林)とは何か、〈EICネット:環境情報案内・交流サイト〉は次のように説明しています。

「河川周辺の森林のうち、上流の狭い谷底や斜面にあるものを「渓畔林」、下流の氾濫原(洪水時に氾濫水に覆われる土地)にあるものを「河畔林」という。渓畔林にはケヤキやサワグルミ、シオジ、トチノキ、河畔林にはヤナギ類やハルニレなどが生育する。(中略)」

「渓畔林や河畔林は生態学的に重要な機能を持つ。具体的には、1)水面を覆って日射を遮断するため、水温が低く維持され、低温を好む魚類が生息できるようになる、2)葉や昆虫が河川に落ち、水生昆虫や魚類の餌となる、3)倒木が河川の中の生物の生息環境を豊かにする、4)森林伐採や洪水で発生した土砂が河川に流れ込むのを防ぐ ― など(多面的な効果を有する)」。(以上、「」内引用)

細見谷渓畔林(上流部)、そして細見谷渓谷(下流部)

細見谷川の源流は十方山の西側にあります。細見谷川は、十方山南西尾根の北西側を流れ下り、祠(ほこら、山の神)附近で左折して「細見谷渓谷」(十方山の南西側)に流れ込みます。そこを過ぎてさらに左折、吉和川に合流して立岩貯水池(十方山の南東側)に至ります。

細見谷の源流は、このようにして十方山を反時計回りに半周した後、山県郡安芸太田町(旧・戸河内町)に入り、太田川本流となって瀬戸内海(広島市)に注いでいます。つまり、細見谷川は広島市の水がめである太田川の源流の一つです。

祠(ほこら)附近までの細見谷〈上部〉は、広島県内に多く見られる北東―南西系の断層に沿って発達した谷の一つです。〈下部〉の「細見谷渓谷」は、それと交差する西北西―東南東系の断層によって成り立っています。

細見谷〈上部〉の標高は、細見谷川の流れに沿って約990~710mくらいで、その両側の山頂部は、標高約1,000~1,300m前後です。かつては、その標高差300~400mの両側斜面全体が「冷温帯落葉広葉樹」(ブナなど)で覆われた”それはそれは深い森だった”ということです。

しかし、戦後の拡大造林によって、山頂部までスギ・ヒノキといった針葉樹で置き換えられてしまいました。そのため、今でも自然林(渓畔林)が残るのは、細見谷川沿いに長さ約5km前後で、幅は100~200mくらいしかありません。

これに対して、細見谷〈下部〉の「細見谷渓谷」は、渓畔林こそ発達はしていませんが、拡大造林による皆伐をかろうじて免れることができました。そのため、人々を寄せ付けないほど厳しく変化に富んだ渓谷美を今でも誇っており、関根幸次他編『日本百名谷』白山書房(1983年)にも選ばれています。

細見谷渓谷について、桑原良敏『西中国山地』p.110は次のように述べています。

「(細見谷渓谷は)断層線に直交する方向に貫入曲流したV字状の渓谷で、両岸から本流へ流入する小谷の落ち口付近には必ずと言ってよいほど滝があり、侵食の激しいことを物語っている。また本流の両岸は岩壁となっており、二万五千分の一図の毛虫記号の多さにも驚かされる」。

つまり、細見谷渓畔林のある細見谷上部を含む〈北東―南西系の断層〉に対して、細見谷渓谷(西北西―東南東系の断層)が直交する形で貫いているのです。そのため、両岸は切り立っています。渓畔林が発達する環境ではないようです。

ちなみに、中国地方で『日本百名谷』に選ばれているのは、細見谷以外では伯耆大山(甲川)のみです。

ヒトとクマのすみ分け

西中国山地のブナは、ほぼ標高800mより上に生育しており、そこはかつてクマ(ツキノワグマ)の楽園でした。西中国山地では、標高800mを境にして、それより上の深山にすむツキノワグマと、それより下の里山で暮らす人々がすみ分ける生活が長く続いていたのです。

西中国山地国定公園

広島・山口・島根三県境付近(吉和冠山~寂地山)は、西中国山地の中心部にあたり、太田川の源流域の一つとなっています。そして、三県境付近から広島・島根県境尾根を中心として、西中国山地国定公園(面積約285平方km)に指定(1969年、昭和44)されています。

この国定公園について、生物多様性情報システムホームページ(生物多様性センター、環境省自然環境局)は、次のように説明しています。

「西中国山地国定公園:中国山地の西部の冠山山地と、その周辺にある渓谷群を含む公園です。冠山山地は阿佐山(1,218m)、臥竜山(1,223m)、恐羅漢山(1,346m)、冠山(1,339m)、寂地山(1,337m)などの山々で、いずれも隆起準平原の特徴を現し、山頂部はゆるやかですが、山腹面は急斜面をなし、そこに幾つもの美しい渓谷を介在させています」。筆者注:冠山=吉和冠山

このページは、電子書籍『細見谷渓畔林と十方山林道』アマゾンKindle版(2017年3月6日)の一部です。

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細見谷渓畔林と十方山林道

林野行政今昔、細見谷渓畔林はこうして残った

細見谷渓畔林は、本書脱稿時点で(2007年春)かろうじてその姿を留めており、西日本随一のブナ帯自然林として評価されています。その背景には、一般市民の働き掛けに加えて、広島県当局の保護要請や広島大学関係者の伐採反対意見があったとされています。1970年代前半のことです。(十方山林道―Wikipediaより)

細見谷のほとんど全ては細見谷国有林が占めています。細見谷では、1950年代に建設された十方山林道を使って、細見谷国有林の大規模な伐採が継続的に行われました。その結果、1970年代前半には細見谷は荒れ果てた状態になってしまいました。そこで、各方面から各種の要望が広島営林署(林野庁)に出され、当局はそれを受け入れたのです。

十方山林道の建設

十方山林道の吉和側にある押ヶ峠(標高約890m)には、”恐羅漢細見峡「自然休養林」”と書かれた大阪営林局広島営林署(林野庁)の朽ちかけた木製の標識が立っています。道路を挟んで反対側には、林道開設記念の石柱があり、その裏を見ると、〈昭和廿六年四月着工、昭和廿八年十一月竣工〉となっています。そして、その隣には、〈昭和三十四年度竣功〉と書かれた木柱も建っています。

桑原良敏『西中国山地』p.116を読むと、「吉和村の八郎橋よりヤマダチ谷を経て細見谷へ入る十方林道は、昭和二十六年に完成し五里山側の一部を伐採したがそのまま放置され、荒れるにまかされていた。昭和三十年前半に修復され、以後細見谷国有林の大規模な伐採が行われている」と書かれています。

以上を併せ読むと、十方山林道は、1953年(昭和28)完成、1959年(昭和34)再整備されたもののようです(昭和26年完成は間違いでしょう)。なお峠には、「水源かん養保安林」の範囲を示した立て看板があります。それを見ると、押ヶ峠から東側つまり細見谷川沿いは、上流の渓畔林部分及び下流の渓谷部分共に、水源かん養保安林の範囲には含まれていません。

ただし、昭和35年11月1日(1960)付け「官報」農林省告示第千八十二号で、広島県佐伯郡吉和村字十方山所在の森林(国有林)が水源かん養保安林に指定されています。

下山林道の建設

下山林道は、十方山林道沿いの下山橋(標高880m前後)から、十方山南西尾根に向かって南向きに登っています(地理院地図、黒実線)。この下山林道は、十方山南西尾根の鞍部(標高約1,090m地点)を乗り越えて瀬戸谷に入り、少し下った所にある十方山雨量観測局のすぐ先で、二つに分岐しています。

分岐の一つは、十方山〈南西尾根〉の東南面を北東に向い、十方山〈南尾根〉近くに至ります(地理院地図よりもさらに延びている)。もう一つの分岐は、同じく南西尾根の東南面を反対方向の南西に向い、黒ダキ山1,084.8m手前に至ります(地理院地図に記載無し)。

黒ダキ山に向かう林道は、黒ダキ山北西の最低鞍部を乗り越して、立野キャンプ場から細見谷渓谷沿いに延びる下山林道(地理院地図、黒破線)とつなぐ計画だったようです。ところが、林道建設は途中で中止されました。

その結果、いずれ一つの下山林道として結ばれるはずであった林道が、二つに分断されて未完成のまま残されています。そこで、ただ単に下山林道と言った場合には、十方山林道(細見谷渓畔林)側の下山林道を指すのか、あるいは細見谷渓谷側の下山林道を指すのか分からず、多少の混乱を招いています。

桑原良敏『西中国山地』をみると、一旦は下山林道の完成を覚悟した時期があったようです。

すなわち、「細見谷のマゴクロウ谷落ち口より、十方山南西尾根の最低鞍部(細見谷側五月谷と瀬戸谷側中の谷)を越して、瀬戸谷水源部へ降りる林道の建設が進められている。谷はズタズタに切断され、早晩伐採の運命にあるのではないかと思われる」。(同上p.105)

さらに、「この濁り水は中の谷から出ていることがわかった。(中略)谷の水源部に近づくと濁水の原因が判明した。林道が十方山の南西尾根を横切っている地点より大崩壊が起こり、三〇〇メートル近く岩床が露出し、下部に倒木・岩塊・土砂が堆積していた。峠付近では林道工事のブルトーザー(ママ)が唸り、静かであったこの谷(筆者注:瀬戸谷)も、先が見えてきたようだ」と述べている。(同上p.106)

細見谷渓畔林はこうして残った

1970(昭和45)年代前半、細見谷上流部でわずかに残っていた原生林(渓畔林)は、かろうじて保全されることになりました。国や県そして一般市民がそれぞれの立場で努力した結果です。その時のいきさつについて、以下で「中国新聞」記事を参考にまとめてみましょう。

1972年6月17日付け「中国新聞」記事は、近く「広島県の自然を守る県民の会」が結成されることを報道しています。

発起人は6人で、「中国山地の自然林と渓谷を破壊から守り、”人間回復”の聖域を次代に伝えよう」と訴えていくとのことです。「昨年秋、西中国山地国定公園として名高い恐羅漢山、十方山付近を歩き、林道造成によって、荒れ放題になっている自然林を見て、驚き「何とかしなくては」と立ち上がった」ということです。

広島県でも同様の危機感を持っており、「あまりの景観破壊に県林務部もすでに昨年七月、大阪営林局に同地区を自然休養林に指定するよう要望していたが、現在まで音さたなし」のようです。

同記事によれば、「同地域はほとんど国有林。国が指定している伐採禁止区域は近畿以西では標高千三百m以上の地域であるため、恐羅漢山(1,346m)、十方山(1,331m)、冠山(1,339m)の頂上付近を除いて、自由に伐採できることになっている」。なお、「国の計画で大規模林道調査が進み、林道建設が来年度から着工の動きもある」としています。

1972年6月30日付け「中国新聞」記事は、上記守る会の代表が29日に広島営林署を訪れ、「十方山細見谷の原生林を伐採しないよう申し入れた」ことを伝えています。

同記事によれば、「十方山ろく一帯には約四千四百ヘクタール広葉樹原生林があったが、三十五年ごろから、広島営林署が伐採を始め、今では細見谷に約八百二十ヘクタール、下山一帯に約五百四十ヘクタールが原生林として形をとどめているにすぎない」としています。

1972年10月19日付け「中国新聞」記事は、広島営林署が伐採計画を変更して、十方山地域においては「当面四十九年(1974年=筆者注)まで伐採を保留、今後もできる限り”オノ”を入れない方針」を決定したことを伝えています。

そして、すでに伐採の始まっている地区でも、保護樹林帯を従来の二十メートルから四十メートルに拡大するなど、「自然保護に前向きで取り組む姿勢を見せている」と書いています。

同記事では、西中国山地(恐羅漢山、十方山、吉和冠山など)の大半が国有林(3,741ha)となっているが、自然林のまま残っているのは約半分の1,809haとしてしています。

そして、伐採反対をとなえる市民は、「数年前に比べて変わりようがひどすぎる」と訴えています。なお、広島県も「細見谷地区の伐採が始まった直後「県下でも数少ない自然林で、学術的にも貴重な細見谷の伐採を中止してほしい」と大阪営林局に申し入れていた」ということです。

このころ、細見谷川下流部(細見谷渓谷)沿いでも皆伐計画があり、反対運動の結果、立野キャンプ場から延びる下山林道は途中で建設中止、県も協力して自然休養林として保全されました。これらの成果は、一般市民の働きかけと共に、鈴木兵二教授(広島大学理学部生物学科植物分類生態学研究室)らの強い反対があったためとされています。

国有天然林を環境省へ移管する請願

2006年12月5日付け「朝日新聞」記事によると、学者や自然保護運動家らが5日、「日本の天然林を救う全国連絡会議」を立ち上げ、運動を始めるということです。同会議の代表世話人は、国際自然保護連合委員の河野昭一・京都大学名誉教授(植物生態学)です。

同記事の中で、東北森林管理局青森事務所の「台風で倒れた木を片付けた。立ち木は切っていない」(写真付き)との説明に対して、「積雪の中に立つ木を切った跡では」との疑惑があるようです。

また、北海道の国有林の天然林乱伐に対して、「決められた地域を越えて伐採した」と林野庁も認めています。あるいは、天然秋田スギの違法伐採では、東北森林管理局が委託していた業者が書類送検されました。

等々、林野庁でも「森林すべては把握しきれない」と自らの管理限界について述べています。(以上、「」内引用)

国有林野事業は、1998年に抜本的な改革(国有林野事業の改革のための特別措置法)を行っています。3兆8千億円の累積赤字のうち、2兆8千億円を一般会計などで補填するなどして、「林産物の供給に重点を置いたものから公益的機能の維持増進を旨とするものへと転換する」(同法第五条の一部抜粋)という方針を決定したはずでした。しかし、その実態は上記新聞記事のとおりです。

河野先生からの直近のメールによれば、「国有天然林を環境省へ移管し保全する改革に関する請願書」の署名活動が開始されています。「貴重な天然林の伐採を止めよう。国有林内の天然林の管理は、林野庁ではなく、すべて環境省に移管して保護・保全すべき」という主張です。なお、国有林内の手付かずの天然林は、今やわずか278万haしか残っていないそうです。

請願および署名呼びかけ人には、青木淳一、五十嵐敬喜、池沢夏樹、石弘之、梅原猛、加藤幸子、吉良竜夫、佐高信、C.W.ニコル、野田知佑、吉川宗男(敬称略、順不同)といった方々のお名前があります。さらに、大規模林道問題全国ネットワークの方々、広島県の市民団体の方々、その他の方々のお名前があります。私も、メールに添付の請願書用紙を打ち出して署名するつもりです。

注:このページは、電子書籍『細見谷渓畔林と十方山林道』アマゾンKindle版(2017年3月6日)の一部です。

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細見谷渓畔林と十方山林道

細見谷林道問題(学者・一般市民の活動と意見、そして関係当局の動き)

「細見谷と十方山林道」(2002年版)出版

細見谷渓畔林が、他に類を見ないほどの生物多様性の宝庫である、と改めて認識され始めたのはつい最近のことです。細見谷における植物、そして動物や地質に関する本格的な学術調査は、その多くが環境NGO(専門家と市民団体による共同の学術調査)によって、ほとんど21世紀になってから開始されています。

学術調査記録『細見谷と十方山林道』(2002年版)は、2002年12月に出版されました。広島県十方山・細見谷(渓畔林―水辺林)の小型サンショウウオや植物あるいは昆虫などの生物及び地質に関する調査について報告したものです。

なおこの書籍は、細見谷における初めての本格的な学術調査記録として、専門家からも非常に高い評価を受けています。

調査はその後も引き続き行われ、2006年春には、続編『細見谷と十方山林道』(2006年版、副題:2002年版刊行後の活動記録)を出しています。

しかし、まだ完全な調査記録は出来上がってはいません。植物に限ってみても、細見谷のみならず広島県初記録、あるいは新種として検討すべき種(しゅ)が次々と発見されています。2006年に入ってからも、調査のたびに細見谷初記録の種が増え続けています。

さらに、動物に関する調査も精力的に続けられています。しかし、彼らの生活史(そしてお互いの間の関係)はまだまだ分からないことだらけです。ほんとうに”林道工事の影響は軽微”なのかどうか、結論を出すにはまだまだデータ不足と言えます。

市民側の様々な意見

細見谷渓畔林は生物多様性の宝庫

河野昭一・京都大学名誉教授は、2002年に初めて細見谷を訪れ、細見谷渓畔林に対して、”生物多様性の宝庫”として非常に高い評価を下しました。その後、河野先生の研究グループの一員として、米澤信道・京都成安高校教諭がしばしば現地入りして調査を行ってきました。

日本生態学会は、2003年総会において「細見谷は、西中国山地に残るよく保全された渓畔林として全国的にも貴重である。(中略)国レベルでの第一級の保全対象とされるべき」との見解を示しました。その上で、「細見谷渓畔林(西中国山地国定公園)を縦貫する大規模林道事業の中止及び同渓畔林の保全措置を求める要望書」をまとめて、環境大臣その他に提出しています。

野外博物館(フィールドミュージアム)構想

金井塚務・広島フィールドミュージアム会長は、細見谷渓畔林の利用法として、野外博物館の設置を提案しています。エコツアーの開催によって参加者に自然認識を深めてもらうことができる、そのためのガイド養成など地場産業として雇用の創生を図ることがでできる、などの利点を上げています。アクセス道路としては、今ある林道で十分としています。

野生生物の聖域を作ろう

中根周歩・広島大学教授は、森林生態学の立場から、ツキノワグマなど野生生物の聖域を作ることによって、野生生物との共生モデルとすることを提案しています。そのために、現存の人工林に対しては、強間伐に限定した施業を行い、針広混交林化、さらには自然林への転換を計るべしとしています。

地盤が脆弱化している

古川耕三・崇徳高校教諭、宮本隆實・広島大学助教授の両名は、地質学の立場から、「現林道に新設、拡幅、舗装を行わず、地滑りなどの危険箇所に安全対策を施して利用することが、道路の安定性の確保及びコスト面から考えて最善である」としています。

行政の誠実な対応を求める

それにしても行政の誠実な対応が求められます。

故・原哲之(農学修士)によれば、過去に西中国山地でも、専門家による「特定植物群落調査」が行われています。その際に広島県は、特定植物群落の最終的な選定(範囲)において、大規模林道の予定ルートに当たる細見谷渓畔林や三段峡の一部を除外しています。

つまり、専門家による調査結果を無視したのです。こうした行為に対して、日本生態学会(2003年総会)は、前述の要望書の中で厳しく批判しています。

立場の違いを越えて、真摯な議論をしよう

原戸祥次郎・森と水と土を考える会会長は、専門家が集めたデータを中心に据えて、専門家、行政、そして一般市民が一同に会し、納得のゆくまで大規模林道化のメリット・デメリットについてディスカッションする場を作るべきであると主張しています。

各委員会は調査不足を指摘している

環境保全調査検討委員会(緑資源機構)

「環境保全調査検討委員会」は、細見谷大規模林道工事の是非をめぐる検討のため、緑資源機構(農林水産省所管)によって2004年春に設置された委員会です。

広島県内で数度にわたって検討が重ねられた結果、第9回委員会(2005年11月28日)をもって、緑資源機構の環境保全調査報告書(案)は承認されました。これによって、十方山林道(細見谷林道)の拡幅舗装化工事着手に事実上のゴーサインが出たことになる。

しかしながら、委員会は全会一致で結審したわけではありません。座長を含む委員5名のうち2名が付帯意見を提出して、「細見谷の自然を正しく評価するためには、まだまだ調査データが不足している」と主張したのです。

なお、同委員会における検討の経緯の概要及び報告書の概要は、緑資源機構のプレスリリース(平成17年12月27日付)で閲覧可能(同機構ホームページ内)です。

期中評価委員会(林野庁)

「期中評価委員会」は、緑資源幹線林道事業の事業評価の一環として、林野庁(農林水産省の外局の一つ)が実施しているものです。

前記の「環境保全調査検討委員会」が、細見谷林道問題そのものを対象としているのに対して、「期中評価委員会」は、幹線林道事業全般について、路線ごとに事業の途中経過を評価しようとするものです。

大朝・鹿野線(細見谷林道を含む路線名)は、平成18年度(2006年)の対象路線の一つに選ばれ、委員会は第4回委員会(2006年8月18日)で結審しました。議事概要及び「委員会の意見(別添資料)」は、林野庁ホームページ(2006年8月21日付け)で閲覧することができます。

大朝・鹿野線(細見谷渓畔林を含む)の項を読むと、路線全体としては「事業を継続することが適当と考える」としながらも、渓畔林部分及び新設部分については、「地元の学識経験者等の意見を聴取しつつ引き続き環境調査等を実施して環境保全策を検討した後、改めて当該部分の取り扱いを緑資源幹線林道事業期中評価委員会において審議する」と述べるなど、厳しい条件を付したものとなっています。

地元廿日市市の動き

「緑資源」幹線林道は、完成部分をその都度地元自治体に管理移管していくことになります。

十方山林道(計画延長13.2km)の場合には、二軒小屋から水越峠まで(約3km)は、広島県山県郡安芸太田町(旧・戸河内町)に属し、水越峠から渓畔林部分を含めて吉和西まで(約10km)は、広島県廿日市市(旧・佐伯郡吉和村)に属しています。

したがって、十方山林道の大部分は、完成後は廿日市市が管理することになります。その廿日市市当局の説明によると、緑資源幹線林道計画は「旧・吉和村」からの引き継ぎ事項であり、その早期完成は住民の意思であるとしているものの、市当局自らが何らかの判断を示したことは今まで一度もありません。

そして、緑資源機構のうたい文句である〈環境保全に配慮しつつ工事を進める〉という文言を繰り返すのみです。

なお、2003年3月1日(平成15)、広島県佐伯郡吉和村は、同県廿日市市と合併して廿日市市吉和となりました。つまりこの時から、廿日市市は大規模林道問題の当事者となったのです。

住民投票条例制定に関する直接請求の署名活動

2006年8月18日(平成18)、「廿日市市における細見谷林道工事の是非を問う住民投票条例制定」について審議するための臨時市議会(廿日市市)が開かれました。

これは、住民投票条例制定に関する直接請求の署名活動において、有効署名数が有権者数の約8.3%(必要署名数は有権者数の2.0%)に達したことを受けて開かれたものです。

残念ながら議題は当議会で否決されたため、住民投票条例は制定されませんでした。つまり住民投票は行われないことになりました。しかし、署名活動期間わずか1か月で、これだけ大量の署名が集まったという事実を無視することはできません。

なお、臨時市議会の当日は、奇しくも上記の期中評価委員会の結審日に当たっていました。

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細見谷は、広島県廿日市市吉和にある

安芸国佐伯郡の変遷

本書の舞台である細見谷は、広島県廿日市市(はつかいち~し)吉和(旧・佐伯郡吉和村)にあります。吉和(よしわ)地区は、広島県北西部の山あいにあって、山口・島根両県と境を接しています。

ところで、古代の佐伯郡(さえきぐん)の範囲は、「東は広島の中心部を流れる太田川から、西は県境(筆者注=山口県境)の小瀬川にいたる」かなり広いものでした。(『廿日市町史・通史編(上)』p.285)

佐伯郡が成立した時期ははっきりしませんが、かなり古くからあった郡のようです。「佐伯郡の郡名は藤原宮出土木簡に「安芸国佐伯郡雑腊二斗」としてはじめて見える」(同上書p.285)。その時期については、「木簡作成の上限は大宝元年(701)ということになる」そうです。(同上書p.286)

広島県廿日市市は、安芸国佐伯郡の郡役所が置かれていた廿日市を中心として、瀬戸内沿岸部(広島県西部)で発展してきた市域です。廿日市市は、旧・佐伯郡廿日市町からの市制移行(1988年、昭和63年4月1日)によって誕生し、広島市西隣りのベッドタウンとして発展しています。

廿日市という名前の初出としては、室町時代の享徳3年(1454年)ごろの資料が知られています。その名前の由来は、毎月廿日(はつか)の日に市(いち)が立ったことによるとされているものの、詳細については不明な点も多いようです。

廿日市は、毛利元就の奇襲「厳島合戦」でも有名な対岸の厳島(宮島)と深い関係があり、中世には、厳島神社の神主家の居城(桜尾城)があった所でもあります。古くから木材加工業が発達しており、現在の形をした「けん玉」発祥の地として知られています。

廿日市は、昔の西国街道(江戸時代の山陽道)沿いにあって、古くから栄えていたことは間違いありません。1889年(明治22)の市制町村制施行当時、すでに佐伯郡廿日市町として、同郡内の厳島町(現在の廿日市市宮島町)と並んで町政を敷いています。(当時の佐伯郡2町39村)

細見谷のある旧・佐伯郡吉和村は、2003年(平成15年)3月1日、廿日市市に編入合併(吸収合併)され廿日市市吉和となりました。この合併によって、廿日市市は大規模林道問題の当事者となったのです。

その他、同じ佐伯郡内の佐伯(さいき)町との合併(吉和村と同じく、2003年3月1日)、さらには大野町及び宮島町との合併(共に2005年11月3日)によって、廿日市市の市域は大いに広がりました。そして、これら平成の大合併を経て佐伯郡は消滅しその長い歴史を閉じました。

中世の安芸国佐伯郡は、現在の市町名でいうと、大竹市、廿日市市、広島市佐伯区、及び広島市西区の一部、江田島市の一部となっています。

廿日市市が隣接する自治体は、北から時計回りに、広島県山県郡安芸太田町(北)、広島市(北東~東)、広島県江田島市(南東)、広島県大竹市(南~南西)、山口県岩国市(西)及び島根県益田市(北西)となります。

なお、佐伯郡は、中世の一時期には佐東郡と佐西郡に分かれていました。それが、1664年(寛文4)、佐西郡が佐伯郡と改称されて佐伯郡の名前が復活しました。佐東郡の地はその後紆余曲折を経て、広島市の政令指定都市移行(1980年4月1日)に伴い広島市安佐南区となりました。つまり、古代の安芸国佐伯郡には、現在の広島市安佐南区も含まれることになります。

吉和地区を取り巻く道路環境

吉和地区には、一般国道と高速道路、そして県道の3本の舗装道路が既に存在しています。これに加えて、「既存・未舗装」の十方山林道(細見谷林道)を、4本目の道路として拡幅舗装化する意義があるかどうかが問われています。

なぜならば、十方山林道(細見谷林道)は、生物多様性の宝庫である細見谷渓畔林を貫いて造られており、そこを拡幅舗装化することによる環境への影響が懸念されるからです。

1)国道186号(島根県江津市~広島県大竹市)
2)中国縦貫自動車道(1983年開通)
3)広島県道296号(吉和戸河内線)
4)十方山林道(二軒小屋~吉和西)

吉和集落の中心は標高約600mの盆地にあり、街中を国道186号(島根県江津市~広島県大竹市)が走っています。並行して中国縦貫自動車道(1983年開通)があり、吉和インターから隣町の戸河内インター(広島県山県郡安芸太田町)に通じています。

吉和集落の最奥に十方山があります。その位置は、立岩山~市間山の向こう側で、広島・〈島根〉県境尾根のこちら側です。そして、十方山に沿って、2本の道路が既に開通しています。広島県道296号(十方山南側)と十方山林道(十方山北側)です。

広島県道296号(吉和戸河内線)は、立岩貯水池の横から戸河内に通じる道路で、総延長約21.5kmのうち、異常気象時通行規制区間18.3km及び冬期閉鎖区間(12月15日~翌年3月15日)6.7kmを含んでいます。つまり、県道296号は、冬期雪に閉ざされる可能性があることを示しています。

そして、十方山林道は、吉和地区の最奥(広島・島根県境尾根のこちら側)にあり、冬期完全に雪で閉ざされてしまいます。

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西中国山地は豪雪地帯

西中国山地と坊がつる讃歌

廣島高師「山男の歌」は、「坊がつる讃歌」(歌:芹洋子)の元歌として知られています。

「山男の歌」では、1番(序節)と6番(終節)の間の2番から5番まで、広島の山の四季(春・夏・秋・冬)を順番に歌い込んでいます。そして、「坊がつる讃歌」1番として、「山男の歌」2番(春、残雪の頃)がほぼ原形のまま採用されています。注:廣島高師=広島高等師範学校

「西中国山地は本州の西南端であり、標高も低いので、雪は積もらないだろうと思っている人は意外と多い。それは認識不足であって」(『西中国山地』p.216)、三八豪雪時(1963年冬)の積雪量は、西中国山地の平野部でも約2m近くあり、山頂部では350cm以上、中には5m以上を記録した山域がありました。

廿日市市吉和集落の中心は、吉和盆地(標高約550m~650m)にあり、市垣内四等三角点(廿日市市吉和支所隣)の標高は593.4mです。集落の北側には、西中国山地(山頂部の標高約1000m~1300m前後)が連なり、世界有数の豪雪地帯である日本海側気候の要素を有する地域となっています。

豪雪地帯対策特別措置法(1962年、昭和37年制定)によれば、広島県では、中国山地沿いの全地域が豪雪地帯に指定されており、その中で、廿日市市(旧吉和村のみ指定)は全国の最西端地域となっています。

『吉和村誌』(全2巻)第一集によれば、吉和小学校では、1963年(昭和38)の豪雪(いわゆるサンパチ豪雪)により校舎2階が使用不能となった(同上p.836)こと、あるいは、吉和中学校でも、1959年(昭和34)積雪のため臨時休校(同上p.839)、1963年(昭和38)豪雪のため臨時休校(同上p.839)の記事がみえます。

また、1963年(昭和38年)1月31日の積雪量は1m97cm(同上p.46)に達し、除雪作業がはかどらず、2月4日に21日ぶりにバスが開通した(同上p.50)とあります。そして、2月15日には、災害救助法の適用(同上p.857)を受けています。

『吉和村誌(第一集)』p.6は、「(吉和地域の)年平均気温は沿岸の広島域に比べて五度前後低いが、問題は最低気温にあって、沿岸部が零度前後であっても零下二十度を記録する事もある。従って、降雪量も多く、冬は根雪になって、山では四、五月まで消えない年も少なくない」と述べています。

実際、大雪だった2006年(平成18)の5月連休中に、私自身が、十方山林道最高点の水越峠(標高990m台)付近一帯で約30cmの残雪を経験しています。

西中国山地と三八(さんぱち)豪雪

気象庁ホームページによれば、「昭和38年1月豪雪」の項で、「12月末から2月初めまでの約1か月にわたり北陸地方を中心に東北地方から九州にかけての広い範囲で降雪が持続した。冬型の気圧配置が続く中、前線や小低気圧が日本海で発生して通過したため、平野部での降雪が多くなった。最深積雪は福井で213cm、富山186cm、金沢181cm、伏木(富山県高岡市)225cm、長岡(新潟県長岡市)318cmを観測した」と述べています。

同ホームページ添付の「期間降雪量(センチ)」を示した全国地図(最大500cm以上まで段階的に表示)を見ると、西中国山地は、瀬戸内海地域と同じく降雪量”なし”、あるいはその一つ上の段階の”100cm以下”となっています。しかし実際には、吉和集落(標高約600m)においても積雪量1m97cmを記録しており、3週間もバス便が不通になったたのです。

三八豪雪について、『西中国山地』p.216をみると、「最多積雪日である昭和三十八年二月五日の中国地方全域の積雪図を作って見た。『水文気象』に記録されている中国地方の一九二観測地点の積雪量をプロットして画いたものである。広島を始め瀬戸内海沿岸部は積雪がないのに、西中国山地の恐羅漢山、苅尾山頂は五メートル以上の積雪量があった」と述べています。

広島県廿日市市では、直線距離にして25kmくらいしか離れていない地域同士が、一方は豪雪地帯(西中国山地)、他方は無雪地帯(瀬戸内沿岸)というように隣り合わせに存在しているのです。

三八豪雪の頃、私は広島市西部(旧・佐伯郡五日市町)の瀬戸内沿岸部に住んでいました。そしてそこでは、毎朝起きるとうっすらと雪が積もっており(2~3cm以下)、日が差すとすぐ消えてなくなるといった日が、何日か続いた年があったように記憶しています。

一方、新潟市郊外の平野部出身の妻は、昭和38年の冬には毎日自宅の二階から出入りしていたと言っています。

西中国山地のスキー場

『戸河内町史(地理編)』p.286は、「天然の降雪で概ね2~3カ月滑走期間のあるスキー場が立地している地域としては、ここが南限であるといえよう(正確には「積雪南西限地域」というべき)」として、広島県最高峰の恐羅漢山(標高1346.4m)に広島で初めてスキー場ができたのは、昭和初期の頃で、1967年(昭和42)には、この地域に初めてリフト(チェア式)を伴う近代的スキー場が登場したことなどを紹介しています。

恐羅漢山は、吉和地区(廿日市市)の北方(安芸太田町)にあたっています。そして、吉和地区にも本格的スキー場が二つあります。女鹿平山1082.5mと、”もみのき森林公園”(小室井山1072.2m南面)のスキー場です。

四国・九州のスキー場をみると、石鎚(愛媛県)、剣(徳島県)、そして九重(大分県)などでも冬期2~3か月間リフトが運営されています。しかし、その数は地域ごとに1~2か所に限られています。これに対して、西中国山地では、広島県側にざっと数えて10か所以上のスキー場が集中して存在しています。吉和地区のスキー場が、その西中国山地最西南端のものであることは間違いありません。

西中国山地の人口動態(吉和地区の場合)

広島県廿日市市吉和小学校ホームページによれば、「人口の動きは,昭和25年の2,673人をピークとして昭和30年ごろから,国の高度経済成長とあいまって,人口の減少が目立ち始め,昭和38年の豪雪以降離村がますます激しくなり,「過疎化現象」が進み,平成15年2月未現在世帯数403世帯,人口842人である」。(2006年12月閲覧)

ただし、『吉和村誌(第一集)』p.821の”吉和村の人口推移”によれば、1945年(昭和20)に3,101人という最大人口が記録されています。いずれにしても戦後一貫して人口は減少しています。

吉和小学校ホームページ及び『吉和村誌(第一集)』p.836によれば、平成18年度(2006年度)児童数30名に対して、過去最大の児童数は383名(昭和34年度、1959年度)となっています。いわゆる団塊の世代一期生が小学校6年生の時ということになります。(参考:1960年の吉和村人口、2,377人)

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広島県廿日市市(細見谷など)の植生

東アジアの植生は三つに分けられる

東アジアの植生分布は、長江(揚子江)流域を基点として、三つに大別できます。すなわち、常緑広葉樹林帯(長江流域を含んでその南側)、落葉広葉樹林帯(北側)、及び乾燥地帯(西側)の三つです。(佐々木高明『日本文化の基層を探る』p.53)

常緑広葉樹林帯は、ネパール・ヒマラヤの中腹から長江(揚子江)流域を経て西南日本に至る帯状の地域で、イネの運ばれて来た〈南からの道〉です。これに対して、落葉広葉樹林帯は、日本海を取り囲む地域で、東日本の縄文文化を支えた〈北からの道〉です。

つまり、東アジアの植生を二分する南北森林帯の境界線が、日本の本州を東西に分けていることになります。

照葉樹林帯(南からの道)

東アジアの常緑広葉樹林帯(暖温帯)のことを、特に〈照葉樹林帯〉と称しています。この地域が、アラカシで代表されるような照葉樹林(常緑のカシ類のほか、シイ、タブ、クス、ツバキなどのように葉の表面に光沢のある常緑樹)でおおわれているからであり、モンスーンの影響を受けて豊かな森林を形成しています。

佐々木高明は、照葉樹林帯の範囲について「ネパール・ヒマラヤでは高度一五〇〇メートルから二五〇〇メートルあたりにみられますが、そこからブータンやアッサムの山地、ミャンマー(ビルマ)北部を中心とする東南アジア北部の山地、さらに中国の雲南・貴州の高地をへて江南の山地に至り、海を越えて朝鮮半島南端部から西日本一帯をおおって本州の中部にまで達しています」(同上p.18)と述べています。

この照葉樹林帯を通って、古くから日本列島にはいくつもの農耕文化がもたらされました。イモ類の半栽培や水さらしの技術(縄文前期)、雑穀・根栽型の焼畑および陸稲、そして水田稲作(縄文晩期後半)です。

そして、これらと共に一連の文化要素がセットでもたらされました。その結果、照葉樹林帯にはモチの文化など共通する特有の文化要素が存在することになり、それらを照葉樹林文化と称しています。

ナラ林帯(北からの道)

佐々木高明は、日本文化の形成を考える時、照葉樹林文化という南からの文化に加えて、北からの文化にも注目すべきとして、ナラ林文化という仮説の枠組みを提示しています。

ナラ林文化の領域は、長江や淮河より北側の落葉広葉樹林帯にあります。『日本文化の基層を探る』p.53の図「東アジアの植生とナラ林文化・照葉樹林文化の領域」によれば、その範囲は、環日本海地域(朝鮮半島中・北部、中国東北部、ロシア沿海州、アムール川下流域、サハリン、北海道、東北日本)に加えて、華北一帯と読み取れます。

佐々木高明は、長江や淮河より北側の森林は、「主としてコナラ亜属(Quercus)の落葉広葉樹で構成されていますので、ナラ林帯とよぶことができますが、このナラ林帯はさらに二つに分けて考えるのがよいと思います」(同上p.54)と述べています。

すなわち、「淮河から遼東半島に至る、いわゆる華北一帯を占めているのがリョウトウナラ林」であり、「ハルビンと瀋陽をつなぐ線より東側は、(中略)モンゴリナラの分布域」となっている点に注意を促している。さらには、「沿海州からアムールの下流域までを含めて、広い意味のナラ林帯と考えておきたい」(同上p.54-55)としています。

廿日市市には照葉樹林帯とナラ林帯の二つがある

廿日市市の市域は、平成の大合併後、海抜ゼロメートル地帯の瀬戸内海から標高1,300m台の西中国山地まで広がりました。そして、山向こうの隣町匹見町(旧・島根県美濃郡)は、ここも同様に合併して島根県益田市となりました。つまり、瀬戸内海に浮かぶ宮島を擁する廿日市市が、日本海に面した益田市と、”西”中国山地で隣り合わせに並ぶことになったのです。

ところで前述のとおり、東アジアの植生を二分する南北森林帯(照葉樹林帯とナラ林帯)の境界線が、日本の本州を東西に分けています。

北に連なるナラ林帯は、細かく見ると、広島・山口・島根3県境尾根を中心とする西中国山地まで延びてきています。そしてそこが、落葉広葉樹林帯の本州西端部にあたっています。廿日市市吉和にある十方山・細見谷渓畔林は、その代表例であり「冷温帯落葉広葉樹林」で覆われた美しい水辺林となっています。

また、瀬戸内沿岸部は、南に連なる照葉樹林帯の領域となっています。その中でも特に廿日市市宮島町「厳島(宮島)」は、約6000年前に本土と分離して島となったため(「宮島の自然 地形・地質編」p.9)、照葉樹林帯の特徴をより良く残しているとされています。国指定の天然記念物「弥山原始林」(1929年指定)はその代表例です。

廿日市市役所(瀬戸内海)~益田市役所(日本海)の間は、直線距離にして約60kmくらいです。そして、廿日市市内の宮島~西中国山地間は直線距離約35kmくらいでしょう。たったこれだけの区間の同一市内に、東アジアの植生を南北に二分する森林帯が両方とも手付かずで残っているのです。

平成の大合併によって誕生した新生・廿日市市が得た財産は非常に大きいと考えられます。両者とも、廿日市市の宝として、将来にわたって大切にしてゆきたいものです。

ユネスコ世界文化遺産「厳島神社」

廿日市市宮島町(広島県)は、ユネスコ世界文化遺産「厳島神社」のある町であり、その町域は、厳島(宮島)という一つの島(周囲約30㎞)とその周辺海域に限られています。

世界文化遺産「厳島神社」の構成資産には、本社本殿を中心とする厳島神社の建造物群に加えて、大鳥居のある前面の海、及び背後の弥山(みせん)原始林が含まれています(厳島全島の約14%)。

そして、それらを除く厳島全島が、緩衝地帯(バッファーゾーン)とされています。また、前面の海にも少しばかりの緩衝地帯が設けられています。もちろん、これらすべての地域は廿日市市宮島町に属しています。

弥山原始林(国指定の天然記念物、1929年指定)

弥山原始林は、「暖温帯常緑広葉樹林」(照葉樹林)で成り立っています。ただし、一般的な照葉樹林とはかなり趣が異なります。

例えば、南方系のミミズバイと針葉樹のモミが、同所で海岸部に見られることは、宮島以外ではまずお目にかかることのできない特異な現象とされています。ミミズバイは、広島などでは海岸沿いの暖かい場所にごくまれに見られます。これに対して、モミは本来、海抜500m前後の急傾斜地に見られる植物です。

ところで、世界文化遺産「厳島神社」の構成資産の範囲は、弥山原始林を含んで海岸部から弥山山頂部まで及んでいます。そこで、宮島弥山の登山道三本(紅葉谷コース、大聖院コース、そして大元コース)を登る場合、そのほとんど全ての範囲で、世界文化遺産「厳島神社」の中を行くことになります。

なお、本節「廿日市市の植生」については、シンポジウム「廿日市の宝―細見谷」(2003年8月16日)の中の、金井塚務「概説、暖温帯・瀬戸内から冷温帯・本州最西端のブナ帯へ ―世界的にも珍しいこの地域の特徴―」により初めて認識しました。

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21世紀は環境の世紀(環境問題でノーベル平和賞)

2007年10月12日(平成19)、ノルウェーのノーベル賞委員会は、2007年度ノーベル平和賞を米アル・ゴア前副大統領(59歳)と国連「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」に授与すると発表しました。IPCCとゴア前副大統領の業績は以下のとおりです。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)

国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書第1作業部会報告書(自然科学的根拠)」が、2007年2月1日(平成19)パリで受諾されました。その概要は、経済産業省ホームページ>>その他関連情報>>報道発表(2月2日公表)で確認することができます。

報告書は、まず第一に「気候システムに温暖化が起こっていると断定するとともに、人為起源の温室効果ガスの増加が温暖化の原因とほぼ断定」しています。つまり、地球温暖化の原因は、人類の活動による温室効果ガス増加による可能性が大であり、その確率は9割以上であると結論付けています。

これは、第3次(前回)評価報告書の結論である「可能性が高い」という表現よりも、さらに踏み込んだものであり、限りなく断定に近い表現になったと言えるでしょう。人類は、今後の地球環境を守ることができるのでしょうか。地球環境問題は、今や待ったなしの段階まで来ています。

映画「不都合な真実」オスカー受賞

ハリウッドで開かれた第79回米アカデミー賞授賞式(2007年2月25日)で、「不都合な真実(An Inconvenient Truth)」(デイビス・グッゲンハイム監督)が、長編ドキュメンタリー賞など2部門でオスカーを受賞しました。この映画は、米アル・ゴア前副大統領自らが、世界各地で地球温暖化防止を訴えてきた講演会の様子などを基に作られたドキュメンタリー映画で、全世界で反響を呼んでいます。

ところで、アル・ゴア氏の大邸宅では、ノーベル賞受賞後、急遽省エネルギー対策をとっています。米国を先頭とするエネルギーの大量消費社会こそ、地球温暖化の最大の要因です。全地球人による〈待ったなしの対策〉が求められています。

Point of No Return

山本良一編『気候変動 +2℃』p.58,p.128によれば、「工業化以前と比較して気温上昇が2℃を超えると、地球規模で気候リスクが急激に増大するという研究」があります。その時点のことを「引き返すことのできなくなる時点=ポイント・オブ・ノーリターン」と呼んでおり、WHOでは2028年にはそうした事態に直面すると想定しています。

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生命の誕生と生物多様性

宇宙が誕生したのは、今から百数十億年前のビッグバンによるとされています。銀河系の誕生(天の川銀河系、120億年前)、そして太陽系の誕生(約46億年前)から地球上における生命誕生(約40億年前)まで、いくつもの重大な出来事が起こりました。そして、その後も続いた様々な環境変化を乗り越えて、生物は現在まで途切れることなく命をつないできています。

生命の誕生から現在まで、生物は幾度か絶滅の危機に遭遇しました。しかし、すべての生物が完全に死滅することはありませんでした。そのたびに生き残った生物が次の新しい時代を作り上げていきました。海中での有機化合物の合成から、生命の誕生・発達、そして陸上への進出というように、生物の進化とは、生息域の拡大を伴う種の分化(多様化)と言ってもよいでしょう。

生物多様性とは

生物多様性とは、”EICネット:環境情報案内・交流サイト”によれば、「もとは一つの細胞から出発したといわれる生物が進化し、今日では様々な姿・形、生活様式をみせている。このような生物の間にみられる変異性を総合的に指す概念であり、現在の生物がみせる空間的な広がりや変化のみならず、生命の進化・絶滅という時間軸上のダイナミックな変化を包含する幅広い概念」としています。

遺伝子の多様性(細見谷のブナ集団の場合)

生物多様性は、「遺伝子」、「種」、そして「生態系」の三つのレベルで考えられています。「遺伝子」レベルの多様性とは、同一「種」内における遺伝子の多様性のことであり、環境の変化に対する適応からさらには種の分化まで、生物進化の原動力となっています。

河野昭一先生の講演(2005年10月2日)で、「遺伝子」レベルの生物多様性について少し理解を深めることができました。

ブナは風媒花だそうです。同一個体に雄花、雌花を持っているが、開花時期が少しずれる仕組みになっており、自家受粉はしません。それでは、ブナの花粉はどれくらいの範囲に飛散するかといえば、ほとんどは親木から約30m、最も遠くてせいぜい70~80mだということです。

したがって、ブナ集団がこの程度の幅をもって分断されると、隣の集団と遺伝子の交換をすることが難しくなります。

河野先生たちは、各地の大小ブナ集団について、一本一本の木ごとに遺伝子解析を行なっています。その結果からは、ブナ集団が分断されて集団サイズが小さくなると、遺伝子の組み合わせが単純化して、遺伝子の多様性が急激に失われていくことを確かめています。そしてそれは、やがて絶滅につながることを意味します。

細見谷渓畔林の場合、見た目にはまだ何とか全体が一つの集団としてまとまっており、遺伝子の多様性はかろうじて保たれているだろうということです。そのことを実際に確かめるため、細見谷渓畔林でブナの遺伝子解析調査が計画されたものの、種々の事情で今は保留になっているとのこと、残念なことです。

種及び生態系の多様性

「種」レベルの多様性とは、「種」の総数そのものを対象としたもので、一般的に理解しやすいでしょう。

ここで種(species)とは、『広辞苑』(第五版1998年)から引用すると、「生物分類の基本単位。互いに同類と認識しあう個体の集合であり、形態・生態などの諸特徴の共通性や分布域、相互に生殖が可能であることや遺伝子組成などによって、他種と区別しうるもの。生物種。(以下略)」となります。

これまで地球上で記録された生物数は約180万種とされています。そして、昆虫、下等植物、微生物の解明が進めば、その数はさらに増えて、3千万から1億種にもなるだろうとも言われています。

これらの種は、単独で生息しているわけではありません。ある一定の環境ごと、すなわち気候条件を中心として地形や地質などの環境ごとに適応した多様な生物が、互いに共生しあう関係にあります。あるいは、環境の異なる生態系ごとにすみ分けをしています。「生態系」レベルの多様性とは、様々な生物の相互作用から構成される様々な生態系が存在することを言います。

「生物多様性は生命の豊かさを包括的に表した広い概念で、その保全は、食料や薬品などの生物資源のみならず、人間が生存していく上で不可欠の生存基盤(ライフサポートシステム)としても重要である」(同上、EICネット)。

人類の誕生と生物多様性

「”日本人はるかな旅”展」(国立科学博物館ホームページ内)は、人類の進化について次のように述べています。

「私たち世界中の現代人は、ホモ・サピエンス(Homo sapiens、新人)という一つの種に分類されます。新人は、10万年前ごろにアフリカで誕生し、6万年ほど前からユーラシア大陸に広がり始めたと考えられています。新人は、旧人に比べるとはるかに進歩した技術を持ち、急速に分布範囲を広げ、世界中へ拡散して各地の現代人の祖先となりました。つまり、世界中のどの現代人集団も、ほんの数万年前までは同じ集団の仲間だったのです」。

新人(現代人)の誕生は、地球と生物の長い進化の歴史からすれば、ほんのわずか前の出来事にすぎません。しかしながら、その人類の経済活動の影響を受けて、極めて短期間のうちに多くの動植物がすでに絶滅したり、絶滅の危機に瀕するようになっています。

生物界に最後に登場したヒトの生命は、数え切れないほどの生物たちの相互作用の上に成り立っていることを忘れてはならならないでしょう。地球規模での環境破壊の進行による絶滅種の増加、すなわち生物多様性の低下は、今やヒトそのものの生存を脅かすまでになっていると言えます。

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細見谷は生物多様性の宝庫

十方山・細見谷には細見谷川が流れています。そしてその流域には、西南日本随一と言われる細見谷渓畔林が発達しています。

細見谷渓畔林の高木層は、ブナ、イヌブナ、サワグルミ、トチノキ、ミズナラ、オヒョウ、ミズメ、ナツツバキ、ミズキ、コハウチワカエデ、ハリギリ、イタヤカエデなどの落葉広葉樹で形成されています。そして、それらの下には、亜高木層、低木層そして草本層に属する実に多くの種が存在しています。もちろん、それに伴って、渓畔林では多くの種類の動物たちが暮らしています。

細見谷渓畔林の特異性

河野昭一と米澤信道は、2002年に初めて細見谷を訪れました。そして以来、「森と水と土を考える会」を中心とした一般市民とともに、細見谷の植物調査を開始しました。

細見谷渓畔林を植物社会学的視点から群落調査した結果、「チュウゴクザサ-サワグルミ群集」(新称)として認識するに至った、として次のように述べています。『細見谷と十方山林道』(2002年)p.20(以下、「」内すべて引用)

「高木層にはサワグルミ、トチノキ、ミズナラが高頻度に出現し、ブナ、イヌブナ、イタヤカエデ、ハリギリ、オヒョウなどが中~低頻度で出現している。また、本群集の特徴の一つとして、オニツルウメモドキ、ツタウルシ、ゴトウヅル、イワガラミ、ヤマブドウなどの”つる”植物が高木層まで達し、日本固有の独特な温帯性落葉樹林の相観を示している。とりわけ、オニツルウメモドキは直径10~20cmになるものが測定され、また、ヤマブドウも10cmになるものが測定されるなど驚異的な太さのものが随所にみられた。この事実は、この地域の渓畔林が長年にわたって伐採されること無く、原生林状態を維持してきたことの証左である」。

「また、低頻度ながら、オシャグジデンダ、ミヤマノキシノブ、シノブなどの着生シダの生育が観察されたことは、森林の極めて高い安定状態と空中湿度の高さを示すものとして特筆される。高木層は30~35mに達し、林床はかなり薄暗く、湿潤である。また、下低木層には、チュウゴクザサが最高頻度で出現し、林床の大半を埋め尽くす最高被度を示す。また、被度はやや低いがハイイヌガヤも高頻度で出現する。草本類の発達は、そのためやや貧弱であり、「ジュウモンジシダ-サワグルミ群集」に見られるようなシダ植物が優占する状態は見られない」。

「このように下低木層にチュウゴクザサや常緑低木のハイイヌガヤが優占するため草本層の繁茂率がやや低いのが本群集の特徴である。とはいえ、わずかな隙間に、少なくない草本や、幼木が見られる。そのため、より高い位置の安定したブナ林に比べると、多くの種数を数えることができ、1コードラートあたり最少で15、最多で37種の構成種が確認された。合計10のコードラートでは、実に113種を数えることができ、本群集の種多様性は極めて高い。その点でも注目に値し、第一級の保全対象と言えよう」。

高木層の入れ子構造

河野昭一先生のお話を初めて聞いたのは、2003年8月16日(平成15)のシンポジウムにおいてだった。その内容は〈細見谷の生物多様性は尋常ではなく、観察ポイント(面積100㎡)をずらすごとに高木層の優占種が入れ替わる「入れ子構造」になっている点に最大の特徴がある〉というものでした。

通常であれば、渓畔林を三つの部分(氾濫原、段丘(テラス)そして斜面)に分けた場合、サワグルミは氾濫原に最も多く斜面ではほとんど生育しない。トチノキはその逆で、斜面に最も多く氾濫原ではほとんど生育しないと言います。その程度の大まかなすみ分けになるという意味なのでしょう。

『細見谷と十方山林道』(2002年)の巻頭言(河野昭一、p.1)には次のように書かれています。

「(細見谷)渓畔林高木層は、サワグルミ・トチノキが優占する林分面積は圧倒的に広いが、トチノキ、トチノキ-ミズナラ、サワグルミ-ミズキ-オヒョウ、ミズメ-コハウチワカエデ-ハリギリ-イヌブナ、イヌブナ-サワグルミ-ミズナラ、ブナ-ミズナラ、イタヤカエデ-イヌブナ-ミズナラ-トチノキ、ミズナラーサワグルミ、サワグルミ-ナツツバキ-ミズキ-ミズナラ-ミズメなど、多様な樹種が高木層をさまざまな割合で優占し、極めて多様性に富んだ林相を示す」。

ここでは、観察ポイントごとの優占種(複数の場合が多い)を、”-”ハイフォンで連ねて示している。極めて多様性に富んだ林相とは、このような優占種が、いくつもの細かい入れ子状態になって存在している、ということを意味しています。そしてその元データは、細見谷渓畔林の組成表1~5(同上pp.22-26)であることが初めて理解できました。

巨樹の存在と樹齢の多様性

米澤信道は、河野昭一先生と一緒に細見谷の調査に加わっています。

上記講演会では、カツラの大木、直径10cmもあるヤマブドウ、スギラン、ヤブデマリ、サルメンエビネ、カラスシキミ、コケイラン、オオマルバノテンニンソウ、ツチアケビ、ヤマシャクヤクなどの名前を挙げて、細見谷の特異性について語りました。

また後日の講演会では、細見谷渓畔林の巨樹に驚いたエピソードとして、イヌブナと思ったらイヌシデだった(葉で確認)という話を紹介しています。

金井塚務は、講演会(2004年3月6日)で、細見谷渓畔林の生物多様性に関して、樹齢の多様性という観点から話をしました。

細見谷にはびっくりするような大木が数多く存在する。それらは繁殖力は劣ってきているであろうが、樹木に開いた穴(樹洞-ウロ)は動物たちに格好の居住スペースを与えている。今、巨樹の分布と「ウロ」の分布の研究を進めているということです。

細見谷渓畔林では、種の多様性とともに年代別の多様性(老木と若木が入り混じっている)にも見るべき点がある、という従来からの主張を発展させたものです。

いのちの森・西中国山地

田中幾太郎(元・中学理科教師、1939年生)は、島根県益田市在住でツキノワグマ研究家でもあります。猟師だった祖父に連れられて幼少の頃より自然に親しみ、中学生時代以降は西中国山地の深山を歩き続けてきた人です。

『いのちの森・西中国山地』光陽出版社(1995年)では、そうした自身の実体験をもとに、古老が語る昔の思い出話を織り交ぜて、”いのちの森”西中国山地再生への熱き思いを語っています。

同書に登場するのは、ヤマネ、モモンガ、ムササビ、カワウソ、ゴギ、ヤマメ、サケ、アユ、カマキリ、カジカ、ドンコ、モクズガ二、カエル、ウスバシロチョウ、シカ、クマタカ、オオカミ、ヘビ、そしてクマと多種多様です。

細見谷には、ツキノワグマをはじめ多くの動物たちが暮らしています。カゲロウなどの水生昆虫あるいは陸生貝類、小型サンショウウオやニホンヒキガエルなどの両生類、ほ乳類では、モグラ目やコウモリ目、ウサギ目(ノウサギ)、ネズミ目(モモンガ、ムササビ、ヤマネなど)、ネコ目(ツキノワグマ、キツネ、タヌキ、テン、イタチ、アナグマ)、ウシ目(イノシシ)というように多岐にわたります。空に舞うクマタカを見かけることもまれではありません。また最近では、オシドリ繁殖の可能性が示唆されています。生物多様性の宝庫と言われるゆえんです。

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細見谷大規模林道工事とは

細見谷大規模林道工事とは、十方山・細見谷にある「既存」(未舗装)の十方山林道(細見谷林道)を、「緑資源」幹線林道事業(旧・大規模林業圏開発林道事業)に組み込んで、拡幅舗装化(一部舗装化のみ、一部新設)しようとするものです。

“十方山林道の大規模林道化工事”[二軒小屋(戸河内側)~吉和西(吉和側)間]のことであり、工事区間の正式名称は、「緑資源」幹線林道大朝・鹿野線戸河内~吉和区間(二軒小屋・吉和西”工事”区間)と言います。(計画延長13.2km)

注:本稿は、山本明正著『細見谷渓畔林と十方山林道』自費出版(2007年)を電子書籍化する準備のために加筆修正しているものです。したがって、その背景は2007年当時のままとなっています。

全国7つの林業圏域と大規模林道

1973年(昭和48)、森林開発公団(後の「緑資源」機構、2007年度末で廃止)は、林業の振興等を目的として全国に7つの林業圏域を設定しました。

すなわち、北海道山地(北海道)、北上山地(青森県・岩手県)、最上・会津山地(山形県・福島県)、飛騨山地(富山県・岐阜県)、中国山地(中国5県)、四国西南山地(愛媛県・高知県)、及び祖母・椎葉・五木山地(大分県・宮崎県・熊本県)の7つです。(下図:緑資源機構ホームページより、省略)

大規模林道(後の緑資源幹線林道)とは、これらの林業圏域において、林道網の中核として位置付けられた大規模な林道のことを言います。こうした大規模林道は、全国に32路線(29路線、3支線)あります。

中国山地と大朝・鹿野線

全国7つの林業圏域の一つである「中国山地」の幹線林道には、山陰ルート(鳥取県、島根県、山口県)と山陽ルート(岡山県美作市~広島県北部~山口県下関市)の二つのルートがあります。

「大朝・鹿野線」は、「山陽ルート」の一部であり、全国32路線の中の一つです。

広島県北西部に位置する北広島町(旧芸北町)、安芸太田町(旧戸河内町)、廿日市市(旧吉和村)から山口県北部の岩国市(旧錦町、旧美和町、旧本郷村)、周南市(旧鹿野町)の各市町を貫く計画となっています。

戸河内・吉和〈区間〉について

戸河内・吉和〈区間〉は、「大朝・鹿野線」をいくつかに分けた区間の中の一つです。

広島県北部の山県郡安芸太田町内の国道191号と接する地点、すなわち小板(城根・じょうね)を起点として、二軒小屋から林道十方山線に入り、吉和地域内で国道488号と接する地点(吉和西)を終点とする計画延長24.3㎞の区間です。

戸河内・吉和〈区間〉は、さらに二つの〈工事〉区間に分かれます。城根・二軒小屋工事区間(計画延長11.1 km)と二軒小屋・吉和西工事区間(計画延長13.2km)です。

城根・二軒小屋工事区間は、国道191号線の安芸太田町(旧・戸河内町)小板城根から、三段峡(餅の木)を経て二軒小屋までの工事区間です。1990年9月(平成2)着工、2004年12月(平成16)既に完成しています。

二軒小屋・吉和西〈工事〉区間について

二軒小屋・吉和西工事区間は、二軒小屋から林道十方山線に入り、吉和地域内で国道488号と接する地点(吉和西)を終点とする工事区間です。つまり、既設の十方山林道を拡幅舗装化する工事区間のことです。一部直線的な道路を新設するため、計画延長は従来よりも少し短くなっています。

工事区間のより細かい区分(4区分)については、以下のとおりです。

1)拡幅部分:3.8㎞
二軒小屋~水越峠の先
全幅員5.0m(車道幅員4.0m)
舗装幅を5mとし、既設林道を極力利用する線形とする。

2)渓畔林部分:4.6㎞
細見谷川沿い、水越峠の先~下山橋~ワサビ田~カネヤン原
現道を利用(車道幅員3.0m)
渓畔林部分の林道は、舗装幅を3mとして既設林道の拡幅は行わず、林道沿いの大径木を伐採することはない。(なお、ごく一部未舗装のままで敷砂利とする)

3)新設部分:1.1㎞
七曲り部分を避けてショートカット、カネヤン原~2号橋
全幅員4.0m(道路幅員3.0m)
舗装幅を5mから4mに見直し、路線の線形を検討し、大径木の保全等に留意する。

4)拡幅部分:3.7㎞
2号橋~押ヶ峠~吉和西
全幅員4.0m(道路幅員3.0m)
舗装幅を5mから4mに見直し、既設林道を極力利用する線形とし、森林の改変を最小限にとどめる。

二軒小屋・吉和西工事区間は、2006年11月(平成18)に着手されたばかりです。つまり、戸河内・吉和〈区間〉には、すでに完成した城根・二軒小屋〈工事区間〉と、未完成の二軒小屋・吉和西〈工事区間〉の二つの〈工事区間〉があることになります。

そしてこの場合、現在着手中の〈工事区間〉を含む戸河内・吉和〈区間〉は、未完成の〈区間〉として取り扱われます。なぜならば、工事の最小単位は、〈工事区間〉ごとではなく〈区間〉ごととされているからです。

注:このページは、電子書籍『細見谷渓畔林と十方山林道』アマゾンKindle版(2017年3月6日)の一部です。

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細見谷渓畔林と十方山林道

十方山林道(細見谷林道)とは

十方山林道(細見谷林道)とは

十方山林道(全長約14.4km)は、恐羅漢山(広島・島根両県最高峰)の麓(ふもと)の二軒小屋(広島県山県郡安芸太田町横川)と、国道488号(広島県廿日市市吉和)を結ぶ林道(幅員3~4m)です。既に50年以上も前の1953年(昭和28)に完成しており、未舗装ながら4トントラック走行可能で、十方山・細見谷の林業に大きく貢献するものでした。

なお十方山林道は、最近では細見谷林道と呼ばれることの方が多くなっています。十方山林道は、中間部分では細見谷川上流部の右岸沿いに造られており、生物多様性の宝庫として注目されている細見谷渓畔林を貫いて走っています。つまり、細見谷を通っていますので、細見谷林道の方が分かりやすいということはできそうです。

渓畔林部分を行く

十方山林道の基点は、二軒小屋(にけんごや、標高約800m)です。そこから、南西方向の水越峠(標高約990m)を目指して、横川川(よこごう~がわ)の左岸に沿って登ります。その間、距離約3kmに対して、標高差は200m以下です。

水越峠を越えてしばらく下ると、細見谷川(源流部)と接するようになります。そして、そのまま細見谷川の右岸沿いに下ると、林道はやがて細見谷渓畔林の中を行くようになります。

そこから「祠」(山の神)の少し手前辺り(標高約730m)まで、渓畔林の中を緩やかに下って行きます。渓畔林部分の長さ約5km前後に対して、その間の標高差は200m程度に過ぎず、ゆったりと歩ける勾配になっています。

七曲部分を行く

十方山林道は、「祠」(山の神)附近(標高約740m)で、左折する細見谷川と別れてなおも南西方向を目指します。曲がりくねりながら、一旦高度を稼いで2号橋(820m台)まで登り、その後、平坦部を行き押ヶ峠(標高約890m)に至ります。注:十方山林道は、「祠」手前で細見谷川のすぐ側から離れて、わずかに登り勾配となります。

通称「七曲」と呼ばれるこの地域は、細見谷上流部の北東―南西系の断層に対して、西北西―東南東系の断層が交差する位置に当たっています。その結果、「七曲」部分及びその周辺地域では、地盤が著しい「ゆるみ」状態に達しており、もろくなっています。

七曲部分の林道は、短い距離の間に約80mの高度差があるため、作業車輌の能力を考えて、できる限り勾配が少なくなるように曲がりくねって造られています。そのルートは、専門家によれば、地盤のもろい部分をうまく避けたものになっているということです。

押ヶ峠を越えた十方山林道は、そこから国道488号(主川沿い)へ向って緩やかに下ります。その国道との接点が、十方山林道最終地点の吉和西(標高約840m)です。

なお、ここでいう押ヶ峠は、立岩貯水池沿いの十方山南東面にある押ヶ垰断層(国指定の天然記念物)とは別の場所のことです。

細見谷大規模林道工事とは

細見谷大規模林道工事(細見谷林道工事)は、従来から「十方山林道の大規模林道化」工事と称されていたもので、独立行政法人「緑資源機構」(農林水産省所管)を工事主体とする「緑資源」幹線林道事業の一環として進められてきました。

具体的には、既存〈未舗装〉の十方山林道(細見谷林道)を、「緑資源」幹線林道事業に組み込んで、拡幅舗装化しようとする工事計画です。

その中で、渓畔林部分については、生物多様性の宝庫であることを考慮して、拡幅は行わず舗装化のみとするよう既に計画が変更されています。また、七曲部分では、既存の林道をそのまま使うのではなく、新たに直線的な道路を建設することになっています。

この工事によって、細見谷渓畔林の生物多様性はどの様な影響を受けるのでしようか。また、地盤がもろいとされる七曲付近で、拡幅及び一部新設される道路の安全性は確保できるのでしようか。

幹線林道事業の概要

緑資源幹線林道事業(戸河内・吉和区間)に関して、廿日市市当局の説明(同市ホームページ)をみると、次のような箇所があります。

「この区間(戸河内・吉和区間=筆者注)は太田川上流地域の森林の整備・保全を推進するための基幹となる林道であり、また、ワサビ栽培等地場産業の振興などを通じて、地域の活性化に貢献することが期待されています」。

「この林道計画は、合併により、旧吉和村から森林資源の適切な利用と森林整備の促進、林業の振興、生活環境の向上、地域間の交流の活性化に資するために必要な骨格的林道であるという強い意思を継承したもの(です)」。(以上、「」内引用)

なおここで、戸河内・吉和〈区間〉とは、緑資源幹線林道の一つの「大朝・鹿野線」をいくつかに分けた区間の一つです。そしてこの区間は、さらに二つの〈工事〉区間に細分化されます。城根・二軒小屋工事区間(計画延長11.1km)と二軒小屋・吉和西工事区間(計画延長13.2km)です。

前者は、国道191号から恐羅漢山の麓の二軒小屋に至る工事区間で、2004年12月(平成16年)、既に完成しています。そして後者が、細見谷大規模林道問題の対象となっている工事区間です。

林道工事の影響はほんとうに軽微なのか

私は、この細見谷渓畔林を通る幹線林道の整備計画には反対です。なぜならば、林道工事が環境に与える影響は決して軽微なものではなく、再び取り戻すことのできない貴重な自然を失ってしまう危険性が高いことを危惧するからです。

細見谷の自然は、まだまだその全容が解明されたわけではありません。基礎となるデータなくして、”林道工事の影響は軽微”と軽々しく結論付けることはできないと考えます。

費用対効果(B/C)はどうなっているのか

十方山林道部分(二軒小屋・吉和西工事区間)の規格は、通常の大規模林道(幅員7m、二車線)より幅員を狭くするよう変更されています。しかし、たとえそれがどのような規格になろうとも、林道である限り完成後は地元に移管され、地元で維持管理をしてゆかなければならないことに変わりはありません。

この工事には、そもそも公益性があるのでしょうか。費用対効果(B/C)について、確かな数値に基づく議論をすべき時にきています。大規模林道化によってもたらされる利益と、林道建設及び完成後の維持にかかるコストとのバランスを考える必要があります。財政逼迫の折、無駄な費用をかける余裕はどこにもありません。

幹線林道建設の意義はすでに失われている

細見谷大規模林道工事の是非をめぐる検討のため、「環境保全調査検討委員会」が、緑資源機構(農林水産省所管)によって2004年春に設置されました。

同調査報告書によると、渓畔林部分については、〈現在の車道幅員3mを維持し原則として拡幅はしない〉となっています。これでは、おそらく大型バスの乗り入れは不可能でしょう。車道幅員3mを維持する限り、レクリエーション等の地域振興など、当初の目的を果たすことは難しくなるでしょう。つまり、細見谷大規模林道の整備計画そのものは、この時点ですでに一部破綻していると言えます。

ところで、既存の十方山林道沿いに民家は一軒もありません。そして当地では、その林道と並行して、その他に高速道路(中国縦貫自動車道)と国道186号そして広島県道296号の3本の道路が既に走っています。つまり、全部で4本の道路があるのです。

また、同地は豪雪地帯であり、一番北にある十方山林道は、冬場完全に雪で閉ざされてしまいます。その上、大規模林道完成後、夜間は夜行性動物保護のため通行止めにするのだということです。

夜行性動物として、主にツキノワグマやニホンヒキガエルが挙げられています。これら動物が完全に夜行性かどうかはさておき、毎朝夕のゲート開閉の方法及びそれらにかかる費用など、検討すべき課題は多そうです。

いずれにせよ、このように24時間365日利用することのできない道路では、何のための整備計画か分かりません。

道路を造るための妥協ならば何でもするのか

「環境保全調査検討委員会」では、座長を含む委員5名のうち2名が異論を述べています。そのうちの一人であった波田善夫・岡山理科大学教授は、最終委員会で別途意見書を読み上げました。

波田教授はその中で、「緑資源公団の姿勢は、「計画を放棄すること」以外のほとんどは委員会の意見に対応」した、として一定の評価を下しています。『細見谷と十方山林道』(2006年版)波田善夫p.8

しかしながら、それに続けて「高いレベルの自然に対して対応した結果、当該林道の一般的利用はほとんど望めない状況へと変質してしまった。近年の財政状況を考慮するならば、中止すべき公共事業の筆頭であろう」(同上p.8)とも述べています。

注:中国新聞記事「岡山理科大 波田副学長に聞く」(2007年8月26日付け)、『20周年記念誌』p.286収載記事は、同趣旨の内容のインタビュー記事となっています。

緑資源機構の方針としては、「とにかく道路を造りたい。そのための妥協ならば何でもする」ということでしょうか。しかし、その結果、対向車同士が離合できないような道路規格となっています。細見谷大規模林道工事は、計画段階ですでにその意義を失ってしまったといえるでしょう。

民有地部分における林道整備のやり方

吉和に山林を所有する安田孝さん(林業家)は、合理的な計画経営を山林事業に取り入れている方です。雑誌『環・太田川』No.59,pp.4-6のインタビュー記事では、安田さんの山林事業について次のように紹介しています。

「(路網の整備によって)切った木を引きずり出す必要がなく、その場で枝を落とし、丸太に切ってすぐ2t車に積み込む作業が可能になった。・・・(新型重機を導入して)伐採も他の山の管理作業も全部一人でこなしている」。

安田さんの山林事業を支えているのは、大型重機の採用とそれを運び入れることのできる林道、及びその林道から網の目のように張り巡らされた作業道などの整備です。

十方山林道が、吉和側の国道488号とつながる部分の拡幅予定区間(計画延長3.7km)周辺では、民有林において植林事業が行われています。この林道を拡幅することによって、どのような林業が行われようとしているのでしょうか。実りある成果を期待したいものです。

渓畔林部分の林道は今のままで十分

細見谷の渓畔林部分よりも上部(標高差300~400m)は、そのほとんどが戦後の拡大造林によって、スギ・ヒノキといった針葉樹に置き換わっています。そして現在では、これら人工林はほとんど手入れがなされないまま、木材としての商品価値は全くないに等しいものとなっています。

標高800mより上のブナ帯が、スギ植林に適したものであったかどうかはさておいて、戦後の経済環境の変化は林業にとってあまりにも大きすぎたと言えます。なお、この付近一帯は国有林がほとんどを占めています。そして、国による大きな施業・施策は何ら計画されていません。

私は、細見谷をクマの聖域(サンクチュアリ)に、という意見に賛成です。細見谷の林業整備施策としては、サンクチュアリの設置ということも踏まえて、針広混交林転換事業が提案されています。商品価値のなくなった人工林を強間伐することによって、少しずつ本来の落葉広葉樹林に置き換えてゆこうとするものです。

このとき、間伐材を無理に林道まで引きずり出すのではなく、伐り置き(伐採したまま放置)や巻き枯らし(樹皮の下にある形成層を遮断して立ち木のまま枯らす)という省力的方法をとることも考えられます。

既存の十方山林道を補修整備しながら使用することによって、そうした目的を果たすことは十分可能と考えられます。渓畔林部分については、何も高い税金を使って新たに大きな道路を造る必要はありません。

自然は子孫からの預かりもの

細見谷渓畔林は、西中国山地の山懐(やまふところ)に奇跡的に残された廿日市市吉和の宝です。それは、50年前の林野関係者が残してくれたものです。アメリカン・ネイティブの古いことわざの中に「自然とは、祖先からの授かりものではなく、子孫からの預かりもの」というのがあるそうです。

21世紀は環境の世紀、次世代への確実な資産の継承こそ現代人の務めというものでしょう。税金はそのためにこそ有効活用したいものです。

細見谷を再び落葉広葉樹の深い森に返してやろうではありませんか。そうすれば、クマをはじめ多くの動物たちが暮らす楽園となります。大人から子どもまで楽しめる自然観察の場となります。現在ある十方山林道は未舗装のまま残しましょう。一般車両を通行止めにして部分補修しながら使用することで、十分にこれらの目的を達することができます。

“特別保護地区”指定を求める

大規模林道工事中止に向けた第一歩として、細見谷渓畔林一帯を、現在の第2種特別地域から「西中国山地国定公園特別保護地区」に格上げするよう、広島県知事の英断を望むものです。

注:このページは、電子書籍『細見谷渓畔林と十方山林道』アマゾンKindle版(2017年3月6日)の一部です。

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独立行政法人「緑資源機構」とは

大規模林道工事は、幾度かの組織変遷の末、現在では独立行政法人「緑資源機構」による〈緑資源幹線林道〉事業として実施されています。緑資源機構の沿革について、森林開発公団関連部分を同機構ホームページから引用すると以下のとおりです。

注:本稿は、山本明正著『細見谷渓畔林と十方山林道』自費出版(2007年)を電子書籍化する準備のために加筆修正しているものです。したがって、その背景は2007年当時のままとなっています。

「緑資源機構」沿革

昭和31年、森林開発公団設立、熊野・剣山地域林道事業
昭和34年、関連林道事業
昭和36年、水源林造成事業
昭和40年、特定森林地域開発林道事業(スーパー林道)
昭和48年、大規模林業圏開発林道事業
昭和63年、特定森林総合利用基盤整備事業
平成11年、農用地整備公団の業務を承継

緑資源機構の変遷

森林開発公団(1956年、昭和31年)- 公団(特殊法人)設立
緑資源公団(1999年、平成11年)- 名称変更
独立行政法人緑資源機構(2003年、平成15年)- 独立行政法人化

ここで“大規模林道とは何か”について、私なりにまとめてみました。参考資料は、「大規模林道はいらない」(藤原信pp.9-27)です。

1956年7月16日(昭和31)
森林開発公団設立(同年4月27日公団法公布)
事業期間、1956年12月10日~1963年1月17日

公団設立の主たる目的は、「熊野川流域(奈良・三重・和歌山の三県)と剣山周辺地域(徳島県)において、増大する木材需要に対処するため、手付かずに残されている奥地未開発林を開発するための林道を開設すること」でした。

このように、本来公団設立の主目的は、限定された地域における林道事業を行うことにあり、事業終了(1963年)とともに公団は解体されるべき運命にありました。ところが公団では、初期の事業が終わるまでに、下記のように、関連林道事業、水源林造成事業の二つを新たな所管事項として加えています。

1959年3月(昭和34)
“関連林道事業”を公団の所管事項とする(公団法改正)

関連林道とは、「国有林と民有林が相接していて、豊富な森林資源を有しながら、その経営形態の相違などから開発が遅れている奥地未開発林において、国有林野事業の民有林協力という観点から、国有林野事業の一環として開設された林道」(『森林開発公団三十年史』1984年)のことを言います。

1961年(昭和36)
“水源林造成事業”を公団の所管事項とする(公団法改正)

水源林造成事業とは、「ダム上流域などの水源地域にある保安林のうち、水源かん養機能(雨水を貯える働き)などが低下している土地を対象に急速かつ計画的に造林を行うことによって、森林の水源かん養機能等森林の持つ公益的機能を高度に発揮させる事業」(緑資源機構ホームページより)です。これによって、公団は林道事業のほかに造林事業も実施することになったのです。

スーパー林道は林道か?

1965年(昭和40)
“特定森林地域開発林道事業”を公団の所管事項とする(公団法改正)

いわゆる「スーパー林道」のことです。幅員4.6m、〈未舗装〉ながら「峰越し・多目的」林道として開設されました。開設対象地域は、「地勢等の地理的条件が極めて悪く、かつ、豊富な森林資源の開発が十分に行われていない」奥地森林地帯でした。1990年(平成2)完成、全国23路線、総延長1,179km、総事業費1,018億円。

スーパー林道は、自然公園内の山岳地帯を通過する路線が多く、自然保護や林道の安全性の観点から多くの問題を残しています。

例えば、南アルプススーパー林道(長野県~山梨県)は、南アルプス国立公園を貫いて開設されています。最高点は、南アルプスの仙丈ヶ岳3032.7m~甲斐駒ヶ岳2965.6m間にある北沢峠2030m台であり、そこが長野・山梨両県の県境となっています。

県境山岳部では一般車両は通行止めとなっており、両県側から小型バスが北沢峠まで運行されています。現在では、北沢峠付近の国立公園第一種指定地域のところだけ土のまま残され、その他は舗装されています。観光開発と自然保護との綱引きの中で決められた妥協策ということです。

スーパー林道は林道なのでしょうか。

「ルポ・東北の山と森」(石川徹也p.23)は、「山梨県も南ア林道の維持管理費は年間約2500万円で、1982年時のように台風災害がひどい年は、1000万円単位で補修費が上乗せされる。南ア林道は有料道路ではないので、すべて県費で賄っている。観光道路の代わりに、莫大な借金と維持管理費が地元住民に残されたのが現状だ」としています。

大規模林道はさらに大型の規格

1973年(昭和48)
“大規模林業圏開発林道事業”を公団所管とする(公団法の改正なし)

大規模林業圏開発林道事業とは、「低位利用の広葉樹林が広域にわたって存在し、かつ、林野率が極めて高い地域において、林道網の中枢となるべき大規模林道の開発を実施するもの」(『日本林業年鑑』)で、全国に七つの林業圏域を設定しています。当初計画では、7林業圏域で計32路線(29路線・3支線)、計画延長2267.3km、総事業費9550億円となっています。

このようにして、公団ではスーパー林道に加えて、さらに大規模林業圏開発林道事業を所管することになりました。いわゆる「大規模林道」とは、この全国7林業圏域における林道網の中枢として位置付けられた大規模な林道のことを言います。

「大規模林道」の規格は、幅員7m(道路幅員5.5m)二車線〈舗装〉で、「スーパー林道」(未舗装)のそれよりもさらに大型となっています。その理由の一つとして、「林道沿線に森林レクリエーション等の場がある場合には、時期的に交通量が多くなり、大型バス等の乗り入れも多くなる」ことが上げられています。こうした「山岳ハイウェイ」構想は、まさにバブル期のリゾート開発となんら変わるところがありません。

大規模林道は林道として役に立つのか?

大規模林道は、スーパー林道と同様に厳しい山岳地帯を通る道路であり、林道工事中や完成後に擁壁・路肩等の崩落が各地で起きています。地質や気象条件の厳しい場所での道路建設では、完成までの建設費のみならず完成後の継続的な補修に工事費がかさみ、そのたびに国民の大切な税金が投入され続けています。

本業の林業に関しては、藤原信・大規模林道問題全国ネットワーク代表委員が、次のようにするどく批判しています。(「大規模林道はいらない」p.19)

「(本事業で開発の対象となる地域、すなわち)これまで生産性の低い薪炭林として人工林化されなかった地域は、自然条件がスギやヒノキの人工林に適さないところが大部分で、このようなところに適地、適木、適施業という林学のルールを無視して拡大造林を進めても、不成績造林地を拡大生産することになり、林業的効果はほとんど期待できない」。

さらに、「(大規模林道は)地質や気候条件の厳しい場所に建設されるために工事中の事故も少なくない。また、自治体が負担する維持管理費が財政を圧迫している」。「細見谷と十方山林道(2002年版)」藤原信p.54

公団存続の目的は何か

以上、目的の不明確な事業が次々と公団によって所管され続けています。これらは、緑資源機構(旧・公団)の保身(延命)のためだけに行われる事業ではないのでしょうか。全体像について、きちんとした数値に基づく科学的な見解を示してもらいたいと考えます。

緑資源機構ホームページ(2007年5月閲覧)によれば、「(全国の7林業圏域において)現在計画されている延長2053kmのうち、63%に当たる1288kmが完成しています。完成した幹線林道は、地域振興の基盤として活用されてます」となっています。

しかしこのことは、事業開始三十余年にしていまだ計画の約6割しか完成していないことを示しているにすぎません。

参考までに、平成9年度(1997年)の進捗率は43.6%(総延長2256.3 km)でした。したがって、10年ごとの進捗率をおおよそ20%ずつとみることができます。つまり、完成まで(残り4割)さらに後20年を要することになります。

注:このページは、電子書籍『細見谷渓畔林と十方山林道』アマゾンKindle版(2017年3月6日)の一部です。

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大規模林道問題全国ネットワークの集い

1973年(昭和48)、森林開発公団(後の「緑資源」機構)は、林業の振興等を目的として全国に7つの林業圏域を設定しました。大規模林道(後の緑資源幹線林道)は、これらの林業圏域において、林道網の中核として位置付けられた林道のことです。大規模林道は、スーパー林道と同様に厳しい山岳地帯を通る道路であり、林道工事中や完成後に擁壁・路肩等の崩落が各地で起きています。

注:本稿は、山本明正著『細見谷渓畔林と十方山林道』自費出版(2007年)を電子書籍化する準備のために加筆修正しているものです。したがって、その背景は2007年当時のままとなっています。

大規模林道問題全国ネットワークの歩み

全国各地の大規模林道問題を考える地元諸団体が、全国的なネットワークを形成して活動を開始しました。それが大規模林道問題全国ネットワークです。

第1回大規模林道問題全国ネットワークの集いは、1993年6月26日~27日(平成5)に山形県長井市と白鷹町を会場にして開かれました。そして、1995年6月24日~25日(平成7)には、東京で全国大会(第3回)を開いています。

東京大会では、加藤彰紀・大規模林道問題全国ネットワーク事務局長を中心に準備が進められ、代表世話人には、大石武一・元環境庁長官などが名を連ねています。そして、1999年9月(平成11)には、大規模林道問題全国ネットワーク編『大規模林道はいらない』(緑風出版)を刊行しています。

2001年10月6日~7日(平成13)には、広島で第9回大会が開かれました。この時初めて、「森と水と土を考える会」が1990年5月(平成2)の結成以来訴え続けていた細見谷は、全国的なネットワークとつながりを持つようになったのです。

そして、広島大会の翌年から、植物に関しては、河野昭一・京大名誉教授を中心とした本格的調査が開始されました。金井塚務・広島フィールドミュージアム(当時、宮島自然史研究会)会長のツキノワグマをはじめとする哺乳類の調査も追って開始されています。

広島での2回目の大会(第14回大会)は、2006年6月10日~11日(平成18)に開かれ、全国から多くの方が参加しました。そして、細見谷現地観察会(10日)に続く夜の交流会では、私は何人かの方と名刺交換をして、その場で本書出版の意思を宣言しました。

翌日(11日)の集会では、『大規模林道はいらない』の共著者のほとんどの方やその他の方が登壇してお話をされました。また、藤原信・宇都宮大学名誉教授(1931年生)は、これを機に大規模林道問題全国ネットワーク代表委員を勇退することになりました。

葉山の自然を守る会(山形県)の場合

葉山の自然を守る会(原敬一代表)は、1986年3月(昭和61)の守る会結成以来12年にして、大規模林道・朝日~小国区間(真室川~小国線)の工事中止を勝ち取りました。そして、核心部分の白鷹工区(葉山)は廃止と決定しました。なお、第1回大規模林道問題全国ネットワークの集いは、山形県長井市と白鷹町で開かれました(1993年6月)。

同地の大規模林道建設予定地は、花崗岩が深層まで風化している地帯であり、真砂状の脆弱な地層は崩落しやすいとされています。1995年7月(平成7)には、大雨が原因で工事中の道路が約30mにわたって剥ぎ取られ、谷底に流出してしまいました。(下記写真:葉山の自然を守る会提供、略)

さらに、残工事を終了後廃止された区間で、集中豪雨による崩壊(2004年7月)があり、修復工事を行っています。建設中止によって全く利用価値のなくなった大規模林道が、自然破壊を誘発することによって、工事終了後も血税を必要とする状況が続いているのです。

なお、当地では2003年4月1日(平成15)に保護林の一つである森林生態系保護地域(朝日山地森林生態系保護地域69,954ha)が設定されました。フレデリック・ユーテック主任研究員(カーネギー自然史博物館)は、葉山ブナ林調査(河野昭一京大名誉教授)1996年にも参加しています。そして、「日本のブナ、特に山形、秋田の森は多様性があり、風格が全然違う」と述べています。葉山ブナ林は、クマタカ、イヌワシの舞う豊かな森でもあります。

1996年12月20日
大規模林道、朝日~小国区間を含む3区間で工事休止、林野庁公表

1997年11月28日
高橋和雄山形県知事が、高橋勲林野庁長官に要望書提出。

その内容は、白鷹工区は断念する(未開設部分の開発中止)。ただし、その代わりに、既設の黒鴨林道を代替ルートとして、あくまでも大規模林道を実現するために休止解除を求めたものでした。

1998年12月18日
大規模林道、朝日~小国区間、正式に中止となる(林野庁)

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環境保全調査検討委員会(細見谷林道の拡幅舗装化をめぐって)

環境保全調査検討委員会は、既設・未舗装の十方山林道(細見谷林道)を拡幅舗装化することの是非をめぐる検討のため、緑資源機構によって2004年春(平成16)に設置された委員会です。

同機構は、その目的を「林道工事の実施に伴う影響の予測・評価及び保全措置を専門的、学術的な見地から検討を行うため」としています。

ところが、同検討委員会の中村慎吾座長は、検討委員会や意見聴取の会の席上で、「この委員会では林道の是非についての審議は任されていない」、「林道建設を前提とした検討委員会である」などと発言したため、環境NGOから抗議を受けています。

もちろん林野庁の見解では、「環境保全は困難と検討委員会が結論を出せば計画は中止」とされています。

注:「環境保全調査検討委員会」に関する各種やりとりは、書籍「細見谷と十方山林道」(2006年版)の中で全般にわたって記載されています。煩雑になることを避けるため、以下では該当ページの表記を省略した場合があります。

工事着手のゴーサイン出る(ただし付帯意見付き)

環境保全調査検討委員会(第9回)は、2005年11月28日(平成17)に緑資源機構の報告書(案)を承認しました。しかしながら、環境保全調査検討委員会は全員一致で結審したわけではありません。座長を含む委員5名のうち2名が付帯意見を提出しているのです。

そのうちの一人である波田善夫・岡山理科大学教授は、最終検討委員会に臨んで、委員会の調査精度やモニタリングなどに関する見解を示した文書を、各委員及び事務局に配布し声明を出そうとしました。ところが、座長による発言の許可が得られなかったそうです。そこで、資料を回収した上でやむなく口頭で発言をしました。その文書は、「細見谷と十方山林道」(2006年)波田p.7に収載されています。

なお、結審後の意見書提出が認められ、同委員も新たな文書を提出しました。そして、同意見書は評価調書の閲覧の際にも付属資料として縦覧されました。ところが、他日ある人が閲覧しようとしたところ、付属資料のコピーは拒否されたということです。あくまでも正式文書ではないという解釈なのでしょうか。

さて、平成18年度期中評価委員会(林野庁、後述)が、2006年8月18日(平成18)に結審しました。これら二つの委員会の結論に基いて、2006年11月21日(平成18)、二軒小屋~吉和西工事区間の吉和側及び二軒小屋側の拡幅部分の工事が着手されました。こうして、細見谷大規模林道工事がいよいよ始まることになったのです。

検討委員会の経緯

第1回目の委員会は、2004年6月4日(平成16)に開かれ、座長に中村慎吾・比婆科学教育振興会事務局長を選んでいます。そして、事務局(緑資源機構側)の提出した環境保全調査報告書(素案)について検討を開始しました。

当初委員会は、2004年8月末までに3回程度開催して結論(2005年度工事着工のGOサイン)を出す予定だったようです。しかし、委員会で異論が続出し、第2回目以降の開催は遅れ気味となりました。そして、第9回検討委員会(最終回)2005年11月28日(平成17)に至って、ようやく緑資源機構の報告書(案)を承認しました。

さて、初回委員会は非公開でしたが、第2回以降公開となっています。

第3回検討委員会終了後、一般から意見書提出を求める措置が取られ、合計32件の意見書が提出されました(提出期間2004年12月2日~12月22日)。2005年2月5日(平成17)には、意見聴取会が開かれ、一般市民にも陳述の機会が与えられました。

これに対して市民の側から、意見書(32件)の公開や意見聴取会の議事録公開を求める要望、あるいは、中村慎吾座長の議事運営方法等に対して抗議がなされ、緑資源機構との間で数度のやり取りが行われました。

第4回検討委員会(2005年2月28日)傍聴者から、同委員会議題に意見聴取(2月5日開催)が入っていないことに疑問を呈する公開質問状が提出されました。この件に関して、機構側の回答を不服として合計3度のやり取りが行われました。

第6回検討委員会傍聴人有志によって、「ツキノワグマについての公開要望書」(2005年6月4日付け)が提出されています。しかしながら、最終回(第9回)まで、この要望書については聞き入れられませんでした。

環境NGOの活躍

「森と水と土を考える会」は、十方山林道問題に初期のころから一貫して取り組んでいます。その成果として、”渓畔林部分は拡幅しない”という方針を再確認させ、また環境保全調査検討委員会の設置に影響力を与えたと言えます。同会では現在でも、自前で植物関係を中心に現地調査を続け、緑資源機構に対して情報提供・質問・要望を繰り返し行っています。

2005年には、特に”林道新設部分”について調査を行いました。そこには豊富な樹種の巨樹が林立しており、林床では貴重種(絶滅危惧種)が数多く見られました。渓畔林部分同様、ここもまた植生豊かな地域であることが分かってきたのです。林道の新設によって、これらの植物が大きなダメージを受けることは確実と思われます。

また、植物以外の大きな問題点として、十方山林道の”地盤の脆弱さ”があげられています。それにもかかわらず、緑資源機構ではきちんとした地質調査は行っていません。そして、環境保全検討委員会に地質の専門家は一人も加わっていません。

宮本隆實・古川耕三の両名は、自らの調査結果「細見谷地域十方山林道周辺の地質」(日本地質学会発表及び林野庁提出済)を踏まえて、道路改変への評価を行い、また後日、検討委員会に地質の専門家を加えることなどの要望を行いました。

両名の出した結論は、「現林道に新設、拡幅、舗装を行わず、地滑りなどの危険箇所に安全対策を施して利用することが、道路の安定性の確保及びコスト面から考えて最善である」というものでした。しかし、機構側は、〈地表地質調査については、本委員会の検討対象とはしていません〉としか回答していません。

結局、地質の専門家は、だれ一人として環境保全検討委員会に加わることはありませんでした。

環境保全フォローアップ調査計画

2006年10月5日(平成18)に、緑資源幹線林道大朝・鹿野線戸河内・吉和区間(二軒小屋・吉和西工事区間)環境保全フォローアップ調査計画が公表されました(緑資源機構広島地方建設部発)。調査の目的は次のとおりだそうです。

「環境保全フォローアップ調査は、事業の実施が環境に及ぼす影響を十分把握し、環境保全調査において予測された事項の検証等を行うとともに、自然環境の保全のための措置の効果等を確認し、その結果を踏まえ、必要に応じて適切な措置を講ずることにより、事業の実施が環境に及ぼす影響を最小限に抑えることを目的とする」。

“環境保全フォローアップ調査”なるものは、第7回検討委員会(2005年7月10日)で提唱されました。工事を行いながら、それと並行して工事の施工中、施工後の環境への影響調査を行うという説明でした。

しかしながら、環境保全調査検討委員会(付帯意見)や期中評価委員会(後述)は、事前の調査不足を厳しく指摘しています。工事前の基礎となるデータが不足しているならば、工事が環境に与える影響を計ろうにも正しい評価ができるはずはありません。つまり、さらなる事前調査データの蓄積が求められていることに変わりはないのです。

注:このページは、電子書籍『細見谷渓畔林と十方山林道』アマゾンKindle版(2017年3月6日)の一部です。