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細見谷渓畔林と十方山林道

細見谷林道問題(学者・一般市民の活動と意見、そして関係当局の動き)

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「細見谷と十方山林道」(2002年版)出版

細見谷渓畔林が、他に類を見ないほどの生物多様性の宝庫である、と改めて認識され始めたのはつい最近のことです。細見谷における植物、そして動物や地質に関する本格的な学術調査は、その多くが環境NGO(専門家と市民団体による共同の学術調査)によって、ほとんど21世紀になってから開始されています。

学術調査記録『細見谷と十方山林道』(2002年版)は、2002年12月に出版されました。広島県十方山・細見谷(渓畔林―水辺林)の小型サンショウウオや植物あるいは昆虫などの生物及び地質に関する調査について報告したものです。

なおこの書籍は、細見谷における初めての本格的な学術調査記録として、専門家からも非常に高い評価を受けています。

調査はその後も引き続き行われ、2006年春には、続編『細見谷と十方山林道』(2006年版、副題:2002年版刊行後の活動記録)を出しています。

しかし、まだ完全な調査記録は出来上がってはいません。植物に限ってみても、細見谷のみならず広島県初記録、あるいは新種として検討すべき種(しゅ)が次々と発見されています。2006年に入ってからも、調査のたびに細見谷初記録の種が増え続けています。

さらに、動物に関する調査も精力的に続けられています。しかし、彼らの生活史(そしてお互いの間の関係)はまだまだ分からないことだらけです。ほんとうに”林道工事の影響は軽微”なのかどうか、結論を出すにはまだまだデータ不足と言えます。

市民側の様々な意見

細見谷渓畔林は生物多様性の宝庫

河野昭一・京都大学名誉教授は、2002年に初めて細見谷を訪れ、細見谷渓畔林に対して、”生物多様性の宝庫”として非常に高い評価を下しました。その後、河野先生の研究グループの一員として、米澤信道・京都成安高校教諭がしばしば現地入りして調査を行ってきました。

日本生態学会は、2003年総会において「細見谷は、西中国山地に残るよく保全された渓畔林として全国的にも貴重である。(中略)国レベルでの第一級の保全対象とされるべき」との見解を示しました。その上で、「細見谷渓畔林(西中国山地国定公園)を縦貫する大規模林道事業の中止及び同渓畔林の保全措置を求める要望書」をまとめて、環境大臣その他に提出しています。

野外博物館(フィールドミュージアム)構想

金井塚務・広島フィールドミュージアム会長は、細見谷渓畔林の利用法として、野外博物館の設置を提案しています。エコツアーの開催によって参加者に自然認識を深めてもらうことができる、そのためのガイド養成など地場産業として雇用の創生を図ることがでできる、などの利点を上げています。アクセス道路としては、今ある林道で十分としています。

野生生物の聖域を作ろう

中根周歩・広島大学教授は、森林生態学の立場から、ツキノワグマなど野生生物の聖域を作ることによって、野生生物との共生モデルとすることを提案しています。そのために、現存の人工林に対しては、強間伐に限定した施業を行い、針広混交林化、さらには自然林への転換を計るべしとしています。

地盤が脆弱化している

古川耕三・崇徳高校教諭、宮本隆實・広島大学助教授の両名は、地質学の立場から、「現林道に新設、拡幅、舗装を行わず、地滑りなどの危険箇所に安全対策を施して利用することが、道路の安定性の確保及びコスト面から考えて最善である」としています。

行政の誠実な対応を求める

それにしても行政の誠実な対応が求められます。

故・原哲之(農学修士)によれば、過去に西中国山地でも、専門家による「特定植物群落調査」が行われています。その際に広島県は、特定植物群落の最終的な選定(範囲)において、大規模林道の予定ルートに当たる細見谷渓畔林や三段峡の一部を除外しています。

つまり、専門家による調査結果を無視したのです。こうした行為に対して、日本生態学会(2003年総会)は、前述の要望書の中で厳しく批判しています。

立場の違いを越えて、真摯な議論をしよう

原戸祥次郎・森と水と土を考える会会長は、専門家が集めたデータを中心に据えて、専門家、行政、そして一般市民が一同に会し、納得のゆくまで大規模林道化のメリット・デメリットについてディスカッションする場を作るべきであると主張しています。

各委員会は調査不足を指摘している

環境保全調査検討委員会(緑資源機構)

「環境保全調査検討委員会」は、細見谷大規模林道工事の是非をめぐる検討のため、緑資源機構(農林水産省所管)によって2004年春に設置された委員会です。

広島県内で数度にわたって検討が重ねられた結果、第9回委員会(2005年11月28日)をもって、緑資源機構の環境保全調査報告書(案)は承認されました。これによって、十方山林道(細見谷林道)の拡幅舗装化工事着手に事実上のゴーサインが出たことになる。

しかしながら、委員会は全会一致で結審したわけではありません。座長を含む委員5名のうち2名が付帯意見を提出して、「細見谷の自然を正しく評価するためには、まだまだ調査データが不足している」と主張したのです。

なお、同委員会における検討の経緯の概要及び報告書の概要は、緑資源機構のプレスリリース(平成17年12月27日付)で閲覧可能(同機構ホームページ内)です。

期中評価委員会(林野庁)

「期中評価委員会」は、緑資源幹線林道事業の事業評価の一環として、林野庁(農林水産省の外局の一つ)が実施しているものです。

前記の「環境保全調査検討委員会」が、細見谷林道問題そのものを対象としているのに対して、「期中評価委員会」は、幹線林道事業全般について、路線ごとに事業の途中経過を評価しようとするものです。

大朝・鹿野線(細見谷林道を含む路線名)は、平成18年度(2006年)の対象路線の一つに選ばれ、委員会は第4回委員会(2006年8月18日)で結審しました。議事概要及び「委員会の意見(別添資料)」は、林野庁ホームページ(2006年8月21日付け)で閲覧することができます。

大朝・鹿野線(細見谷渓畔林を含む)の項を読むと、路線全体としては「事業を継続することが適当と考える」としながらも、渓畔林部分及び新設部分については、「地元の学識経験者等の意見を聴取しつつ引き続き環境調査等を実施して環境保全策を検討した後、改めて当該部分の取り扱いを緑資源幹線林道事業期中評価委員会において審議する」と述べるなど、厳しい条件を付したものとなっています。

地元廿日市市の動き

「緑資源」幹線林道は、完成部分をその都度地元自治体に管理移管していくことになります。

十方山林道(計画延長13.2km)の場合には、二軒小屋から水越峠まで(約3km)は、広島県山県郡安芸太田町(旧・戸河内町)に属し、水越峠から渓畔林部分を含めて吉和西まで(約10km)は、広島県廿日市市(旧・佐伯郡吉和村)に属しています。

したがって、十方山林道の大部分は、完成後は廿日市市が管理することになります。その廿日市市当局の説明によると、緑資源幹線林道計画は「旧・吉和村」からの引き継ぎ事項であり、その早期完成は住民の意思であるとしているものの、市当局自らが何らかの判断を示したことは今まで一度もありません。

そして、緑資源機構のうたい文句である〈環境保全に配慮しつつ工事を進める〉という文言を繰り返すのみです。

なお、2003年3月1日(平成15)、広島県佐伯郡吉和村は、同県廿日市市と合併して廿日市市吉和となりました。つまりこの時から、廿日市市は大規模林道問題の当事者となったのです。

住民投票条例制定に関する直接請求の署名活動

2006年8月18日(平成18)、「廿日市市における細見谷林道工事の是非を問う住民投票条例制定」について審議するための臨時市議会(廿日市市)が開かれました。

これは、住民投票条例制定に関する直接請求の署名活動において、有効署名数が有権者数の約8.3%(必要署名数は有権者数の2.0%)に達したことを受けて開かれたものです。

残念ながら議題は当議会で否決されたため、住民投票条例は制定されませんでした。つまり住民投票は行われないことになりました。しかし、署名活動期間わずか1か月で、これだけ大量の署名が集まったという事実を無視することはできません。

なお、臨時市議会の当日は、奇しくも上記の期中評価委員会の結審日に当たっていました。

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