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魚切ダム方面~中国自然歩道~617m北東尾根~アルカディア・ビレッジ(2005/01/08)

Akimasa Net
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旧河内峠~中国自然歩道~617m峰(山頂部尾根縦走路)~牛池林道~さくらの里~アルカディア・ビレッジ
(出発:河内下原バス停、帰着:アルカディア・ビレッジ-送迎バスにてJR廿日市駅まで)

2005年01月08日(土)、単独

はじめに

今日の予定は次のとおりであった。旧河内峠を通る中国自然歩道を探索した後、陸軍省標石(617m、663m)を経て山頂部に至り、その後アルカディア・ビレッジへ下る。 極楽寺山山頂部までは、「広島市の山を歩く(上巻)」極楽寺No.3ルートの追っかけということになる。

途中で雪が降り始めたため山頂部はあきらめ、617m~送電鉄塔で尾根を越えてすぐにアルカディア・ビレッジをめざした。とはいうものの、牛池林道をそのまま下るのも面白くないので、さくらの里を経由して下った。これによって、極楽寺山中の主な山道はほぼ歩いたことになるだろう。

今日のコース&コースタイム

河内下原バス停10:38-沢11:02-旧河内峠11:06-沢11:17-荒れた河原11:24-堰堤11:31-中国自然歩道分岐11:54-617m取り付き12:00、12:07-急登終わり12:10-第一送電鉄塔12:12-コブ12:14-(せまい廊下)-コブ12:16-倒木抜ける12:19-分岐12:28-第二送電鉄塔そば12:30-617m下12:36-617m出発12:38-第三送電鉄塔12:39-分岐左へ12:40-人工林12:42-牛池林道12:49-さくらの里分岐右へ12:52-さくらの里先端部13:04-さくらの里東屋13:06、13:24-鉄塔13:27-いやらしい木段(16度)-アルカディア・ビレッジ0.5km13:34-手摺つき木段13:37-アルカディア・ビレッジ13:44

河内下原バス停(28分)旧河内峠(25分)大杉橋・荒谷林道(23分)中国自然歩道(6分)617m取り付き(29分)617m(11分)牛池林道(3分)さくらの里方面分岐(12分)さくらの里東端(2分)東屋(20分)アルカディア・ビレッジ
総合計3時間06分(途中休憩27分-昼食含む-を加える)

電車が遅れてバス(1時間1本)の乗り継ぎに間に合わなかった。家を出るのに手間取ったのと合わせて2時間近くのロスタイム。

河内下原バス停~旧河内峠

バスを降り、車道を湯来町の方へ少し上がって、左手下原橋を渡る。道標には、「←旧河内峠1.3km-窓ヶ山登山口1.7km→」とある。下河内運動広場入口を過ぎて山道に入る。中国自然歩道の大きな案内版が2枚ある。「矢口-極楽寺ルート」と「魚切ダム」だ。そして道標には、「←旧河内峠0.8km-窓ヶ山登山口2.2km→」 、さらに、”倒木の為通行困難、広島県”とも書き加えてある。

「広島市の山を歩く(上巻)」には倒木のことは書かれていない。この本は2年位前の実地踏査を基に書かれているという。そうするとこの倒木は、昨年の台風によるものだろう。どこまで行けるかわからないがゆっくり歩いてみることにする。

旧河内峠までは、左手に時々魚切ダム湖を見下ろしながら、山の斜面を登っていく。山道に入ってすぐに左手谷間に巻き道が崩落している。しばらくすると倒木地帯がありその下をくぐって進む。途中に幾度か気になる箇所があるにはあるが、概して再整備が進んでおり通行困難という程ではない。

旧河内峠~大杉橋(荒谷林道取り付き)

旧河内峠を過ぎると、山の中の沢筋をゆったりと下る。ササが少しかぶっている箇所があるが道に迷うほどのことはない。突然、尾の長いトリが飛び去っていった。もう一羽がその後を追いかけるように飛んでいく。いずれも薄茶色。

右手から沢が流れ込んでくるあたりの手前で、チェーンソーの音がする。音は二箇所から聞こえてくる。一人の人が左手斜面上で作業をしている。もう一人はわからない。作業のじゃまにならないようすばやく通り過ぎる。

一面荒れ果てた河原に出る。1999年の梅雨豪雨で右手の谷から土石流が流れ込んだものだという。今歩いてきた沢を振り返ると、角度316度。荒れた河原を適当に歩いて下り、堰堤に至る。(以上、初踏破)

ここの堰堤は、開放型堰堤というらしい。こげ茶色の太いパイプを前後左右に組み合わせて作ってある。土石流が発生した時、水は流すけれども、大きな岩石はここでしっかり食い止めようというものなのだろう。

荒谷林道~中国自然歩道

大杉橋手前で右側の石垣をよじ登って荒谷林道に上がる。中国自然歩道入口まで短いピッチで足を運ぶ。箱根駅伝の登りとどちらがきついのだろうか。分岐にあるベンチに雪が残っている。(参考:2004年12月18日このルートを逆に下っている)

617m取り付きから樹間に窓ヶ山を確認する(18度)。雪が少し舞ってくる。 先を急ぐ。第二鉄塔まで登ると、降雪が少し多くなり、またたく間に東郷山が見えなくなってしまった。617mピークで降雪がはげしくなり、山頂部への縦走をあきらめてアルカディア・ビレッジ直行へ予定を変更した。(参考:2004年12月23日山行記で、この617m北東尾根コースについて考察を加えている)

617m~牛池林道~さくらの里

617mから西側にわずかに行くと、同じく610m台のコブがあり、第三鉄塔が建っている。そこから大峯山~阿弥陀山を見る。窓ヶ山はほとんど雪雲に隠れている。

鉄塔から坂を下りきって人工林手前で傘を広げる。人工林の中では雪は真上から落ちてくる。さえぎる枝葉がそれだけ少ないということであろう。牛池林道に至り、右折してそのまま林道をアルカディア・ビレッジまで下るのも面白くない。さくらの里経由で行くことにする。(参考:ルートについて詳しくは2004年12月25日山行記)

さくらの里~アルカディア・ビレッジ

さくらの里の芝はほとんど白い雪で覆われている。東屋で昼食後、下りにかかる。アルカディア・ビレッジまでやたらと木段の急坂が続き、無理やりつくった遊歩道という感じがする。雪空で展望についてはよく分からなかった。(初踏破)

アルカディア・ビレッジで入浴後、送迎バスでJR廿日市駅へ出る。山の上は本格的な降雪、下界に下りると雪は降っていなかった。ただし、鈴ヶ峰、広島市内方面は雪雲のなかに霞んでいた。

参考山行記

広島湾岸トレイル・モデルコース

  • Akimasa Net(2016年02月06日)山行記
    観音コース~極楽寺山~平良コース途中~速谷コース
    (出発:中地上バス停(JR五日市駅―山陽本線)、帰着:速谷神社前バス停(広電廿日市市役所前(平良)―広島電鉄宮島線)
    注:速谷コースはその後放棄。

広島湾岸トレイルの周辺を歩く

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宮島SA付近~平良コース~極楽寺山~アルカディア・ビレッジ~倉重コース(2007/04/28)

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宮島SAコース敗退~(ヤブ漕ぎ)~平良コース~極楽寺山~国道433号(後畑峠)~陸軍省標石探索~アルカディア・ビレッジ~牛池林道~倉重コース
(出発:広電廿日市市役所前駅、帰着:広島市西区)

2007年04月28日(土)、単独

はじめに

先週は、芸北でちょっと苦労したので、今週は電車で行ける近場を歩くことにした。極楽寺山西にある陸軍省標石を探しに出かける。

今日のコース&コースタイムタイム

広電廿日市市役所前8:18-西広島バイパス8:33-山陽自動車道8:52-側道取り付き8:58-(引き返す)-側道取り付き9:06-宮島サービスエリア裏9:11-階段9:16-展望台9:35-平良コース9:36-残り20丁9:41-残り14丁10:03-20丁、後40分10:05-地蔵(26丁)10:12、10:15-三角点10:22-原コース分岐10:30-極楽寺10:43、10:53-極楽寺山11:00、11:08-国道433号11:34、11:38-送電鉄塔11:41、11:56-陸軍省標石48号12:14-国道433号12:28、12:35-アルカディア・ビレッジ12:47、12:57-牛池林道13:03-バラス道13:06-分岐13:31-倉重谷コース下山口13:32-左分岐あり13:47-小畠の一枚岩13:52-倉重登山口14:00-栄草原第一号古墳(佐伯運動公園)14:06、14:18-西広島バイパス(倉重川北)14:47-広電鈴峯女子大前北側15:23-帰着15:55

広電廿日市市役所前(45分)宮島サービスエリア(25分)平良コース(46分)三角点(8分)原コース分岐(13分)極楽寺
 小計2時間25分(側道探索8分加える)
 小計1時間50分(推定最短時間、全体で35分程度のロスタイムあり)
極楽寺(7分)極楽寺山(26分)国道433号(18分)陸軍省標石(14分)国道433号(12分)アルカディア・ビレッジ
 小計1時間54分
 (極楽寺山8分、国道433号7分、送電鉄塔15分、国道433号7分加える)
アルカディア・ビレッジ(6分)牛池林道(28分)倉重分岐(1分)倉重下山口(28分)倉重登山口
 小計1時間03分
倉重登山口(35分)西広島バイパス・倉重川北(36分)広電鈴峯女子大前北側(32分)帰着
 小計1時間43分(佐伯運動公園古墳散策12分加えず)
総合計7時間37分
 (極楽寺10分、アルカディア・ビレッジ散策10分、佐伯運動公園12分加える)

山陽自動車道の上り線側道に入る

極楽寺山・平良コースの登山口に至るには、廿日市駅から歩くよりも、さらに一つ西の広電廿日市市役所前(元の平良)の方が、ほんの少し近そうである。という訳で、平良で下りて北西の方向に歩き始める。

適当なところで北に向うべきを、そのまま、野貝原山を前方に見ながら山陽自動車道に至る。「極楽寺山百回登山」の極楽寺山登山コースの中に、山陽自動車道をくぐって右折、宮島サービスエリアを通り過ぎた辺りから左手の階段を上がれば、平良コースに合流するという記述があったのを思い出したので、あまり気にせずやり過ごしたのだ。

山陽自動車道をくぐって右折、高速道路の側道に入る。途中で左手に階段があり探索してみた。もしかして、267mを通って平良コースに合流する山道があるかと思ったが、階段を登り終えてしばらくすると、踏み跡はシダの中に消えてしまった。

宮島SAからヤブを漕ぐ

側道まで引き返し北東に向う。宮島サービスエリアの北側を通り過ぎ、さらに東へ進む。左手に階段がある。前方には、山陽自動車道を跨いでいる陸橋が見えているようだ。平良コースの陸橋で間違いないだろう。左手の階段を登り、その先の踏み跡をたどる。しばらくすると、小尾根上の踏み跡が消えた。周りはシダに小潅木、前にも後にも行けない。登山道はすぐその上にあることは間違いない。強引に押し登って、平良コースからほんの少し西へ入った所にある展望台へドンピシャリで登りつく。(推定標高190m台)

過去の私の記録を見れば、陸橋~展望台はほんの4~5分程度だ。その間で、宮島SAコースが合流しているはずである。今日はその位置より少し上に登りついたことになる。階段の途中で、右から小尾根を巻くように登る道があり、見落としたのだろうか。

家に帰ってから、改めて「極楽寺山百回登山」の登山コースを検討した。

宮島サービスエリア(SA)コース

「サービスエリア上り線の側道を、300mくらい広島方面へ行った突き当たりから107段の階段を上り、平良コースと出会う」となっている。今日登った階段の位置は、突き当りではなかった。それに、階段を登りきれば、すぐに平良コースなのだろうか。平良コースから見たとき、宮島サービスエリア(SA)コースの状態がどの様になっていたか、過日の記憶はない。

なお、同じ日の記録で、JR廿日市~展望まで44分、今日は、広電廿日市市役所前~展望が1時間17分であり、今日の方が距離が短いことを考慮すると、今日は35分程度のロスタイムと考えてよいであろう。

平良コース~極楽寺山693m

平良コースに合流して、しばらくは塹壕状態の割と勾配のきつくない登山道を行く。やがて、岩場をくぐりぬけながら、急登して三角点に至る。天気は晴れ、ただし、見通しはそれ程よくはない。その後、コースは平坦となり、極楽寺661mに達する。極楽寺山といった場合、この極楽寺のある場所 (極楽寺境内)を指して言っている場合が多いようだ。平良コースの、残り○○分も極楽寺を基準にしていると思われる。

極楽寺山693mに至る。左手前方の樹間に大峯山を認める。ここから大峯山を確認したのは初めてである。その右に、阿弥陀山が見えている。手前ピークの右に、東郷山も見えている。

極楽寺山693m~国道433号(後畑峠)~陸軍省標石探索

陸軍省標石を求めて、車道を下り国道433号にぶつかる。廿日市と湯来を結ぶ峠になっている所であり、そこを右に下ればアルカディア・ビレッジ(後畑)である。峠の道向こう右手に踏み跡が登っている。送電鉄塔の管理道であろう。その小道に取り付いてすぐ鉄塔に達する。

送電線左手に沿って、南西の方角に小尾根が延びている。国道433号の北側を七曲峠に向けて走る尾根である。目差す陸軍省標石は、見えている尾根の一番奥のピークにあるはずだ。

植林帯の中に踏み込む。590m台が小コブとなっており、その南面では、ノイバラ、小潅木、倒木が入り乱れて進めない。強引に進むと、トゲがささったり、ツルが足に絡まりつく。先週、脛に付いた擦り傷を押し付けられて、思わずうめき声をあげてしまう。

そこを抜けると、再び踏み跡のない様なある様な道が登っている。ピークかなと思った地点からさらに西へ行ったところに標石が立っていた。平らな山頂部(標高620m台)の西端であった。

国道433号まで引き返す

ここから先も踏み跡は見えない。何も無理をして突き進むほどのことはない。引き返すことにする。ここに至るまでに北側の谷を見下ろすと、日の光が差し込んでおり何だか通りやすそうに見えていた。先達の地図「廿日市市の山々(野貝原山~極楽寺山縦走)」によれば、谷に沿って送電鉄塔管理道と思われる道の記載がある。

標石からやや引き返し、植林帯の中を適当に谷へ向けて下る。谷は広く開けていた。そして、その上を走る送電線の向こう側、植林帯の中にきれいな道が付いている。そこを下って、再び国道433号に至る。先程取り付いた峠から、ほんの100m位北側に下った地点のはずである。

アルカディア・ビレッジまで下る

峠まで登り返し、廿日市側(南)に下っても変化はない。北に下って、アルカディア・ビレッジから牛池林道経由で、極楽寺山北尾根を乗り越して、五日市側に下ることにする。牛池林道上部(牛池周辺)は何度も通ったことがある。ただし、アルカディア・ビレッジから牛池林道に入ったことはまだ一度もない。

アルカディア・ビレッジ~牛池林道~縦走路(倉重下山口):

アルカディア・ビレッジを少し散策した後、地形図で当たりをつけて適当に歩き、牛池林道(地形図黒実線)に入る。林道に入るとすぐに砂利道となり、東の方角へ少しづつ登る。林道が南を向く辺りに、極楽寺山の北側尾根に登る道があるはず、と思いながら歩いていたら、見過ごしたようだ。やがて、右側に”さくらの里”に至る小道をみる。この辺りは一度しか通ったことがない。 その小道が意外と細いのでちょっと驚く。

さて、左折する道を見逃したからといって、あまり差し障りはない。分岐点はあと二つある。南に少しづつ登り、その次の分岐点である倉重下山口との接点を目差す。ここならば、わざわざ尾根を乗り越すことなく、下山口に達することができるので省エネになる。林道が大きく右にカーブする地点手前で、左側の分岐に気をつける。無事分岐を左折して林の中の踏み跡に入り、1分で倉重下山口に至る。この辺りには余計な標識はない。そこが良いところでもある。

倉重谷コースを下る

倉重谷コースで佐伯運動公園まで下り、またしても広島市西区までのんびりと歩いて帰った。

参考山行記

広島湾岸トレイル・モデルコース

  • Akimasa Net(2016年02月06日)山行記
    観音コース~極楽寺山~平良コース途中~速谷コース
    (出発:中地上バス停(JR五日市駅―山陽本線)、帰着:速谷神社前バス停(広電廿日市市役所前(平良)―広島電鉄宮島線)
    注:速谷コースはその後放棄。

広島湾岸トレイルの周辺を歩く

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2009年08月11日

Akimasa Net
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二軒小屋~十方山林道(祠まで)、往復
初の細見谷(下流部)渓谷遡行に備えて、上流部渓畔林でトレーニング
(出発帰着:二軒小屋)

2009年08月11日(火)、単独

はじめに

2009年08月11日(火)、単独
十方山林道往復:
二軒小屋~水越峠~下山橋~ワサビ田~カネヤン原~山の神:祠
(出発帰着:二軒小屋)

久しぶりの山行である。ここのところ、天候不順に加えてホームページの入れ替えなどに時間を取られ、全く山に行っていない。そこへ、細見谷渓谷(細見谷川下流部)探索の話が持ち上がった。

足腰を鍛え直しておかなければ、全コースを歩きとおすことはできないだろう。という訳で、まずは細見谷林道(十方山林道)を歩いて、細見谷川上流部の最近の様子を見てみることにした。

今日のコースタイム

二軒小屋(56分)水越峠(43分)下山橋(41分)ワサビ田(44分)祠
 小計3時間18分(下山橋10分、ワサビ田4分を加える)
祠(41分)ワサビ田(21分)下山橋(46分)水越峠(37分)二軒小屋
 小計2時間39分(ワサビ田6分、下山橋8分を加える)
総合計6時間26分(全ての時間、祠29分を加える)
(行き:ゆったり、帰り:ごく普通)

二軒小屋駐車場9:57-(十方山林道)-舗道終わり10:09-十方山登山口(シシガ谷コース)10:35、10:42-(ミヤマカラスアゲハ写真)-旧羅漢山取り付き(恐羅漢山に至る)10:46-水越峠10:53-9号橋11:02-下山橋11:36、11:46ワサビ田12:27、12:31山の神(祠)13:15、13:44-コンクリート壁(滝)13:55-カネヤン原13:59-ワサビ田14:25、14:31下山橋14:52、15:00-9号橋15:30、15:37-水越峠15:46-旧羅漢山取り付き(恐羅漢山に至る)15:52-十方山登山口(シシガ谷コース)15:53-二軒小屋駐車場16:23

先日の豪雨でまたまた道路崩落

二軒小屋までどうやって行こうか。内黒峠は崩落個所があり通行止めになっている。そこで、小板に回り大規模林道を行く。そこでもお決まりの崩落をみる。さらに、二軒小屋から十方山林道を歩き始めてすぐの所でも、法面から舗装道路の上に土砂が崩れ落ちている。この部分は金網で補強をしていたようであるが、その程度で崩落は止められない。今後とも永久に、あちこちで崩れ落ち続けることだろう。

十方山林道の舗装部分が切れる手前には、次のような警告が出ている。

この林道は、この先から国道186号線合流地点まで、路肩の崩壊の恐れや、崩壊箇所が多数あり大変危険なため通行を禁止します。安芸太田町、廿日市市、広島森林管理署

未舗装の部分も荒れている。近ごろ少し歩きやすくなったと思っていたが、がらがらの小石の間の砂が流されて、ゴロゴロしている。細見谷川側の崩落箇所(複数)が大きくなり、通行できるスペースは自動車一台分がやっとだったりする。また、崩落箇所の数が増えたようでもある。

祠では、一本の大きな枯れ木が根元から折れて、林道側へ崩れ落ちている。幸いなことに祠からはほんの少し離れた角度に落ちたため、祠に損傷はなかったようである。しかし、林道のカーブミラーと案内板が下敷きとなりめちゃめちゃに壊れている。

相当強い風雨だったのだろう。林道上のあちこちで、山側から枯れ木がずり落ちたりしている。四輪駆動車でも、今の十方山林道を走りとおすのは難儀なことだろう。もっとも、林業施業の予定が全くない十方山林道核心部(細見谷)では、自動車が入らなければならない必要性も全くない。

真夏の細見谷を行く

真夏の細見谷はさすがに暑い。曇り空で青空が少しのぞく程度だが、汗が落ちる。お茶をたっぷり持っていった。「海人の藻塩」も持った。

それにしても、何となくいつもの年より暑く感じる。細見谷は、北に連なる冷温帯落葉広葉樹林帯の最西南端にあたっている。地球温暖化の影響をもろに受けていることだろう。だからこそなおさら、人の手によってその消滅を手助けすることだけは避けなければならない。

動植物のことなど

くたびれたソバナその他、花はいくつか見たのだが、例によってウェイティングサークルに入っている。いつまでもこのままの状態ではいけない。そろそろ本格的に「細見谷の植物」について勉強を始めなければ。

堀啓子「十方山林道の植物」広島山稜会会報『峠』("たお"と読む)43号(2006年1月~12月)を一つ一つ調べれば何とかなるかも。
(山本明正著「細見谷渓畔林と十方山林道」P.144-152でも引用している)

林道沿いでは、オオハンゴンソウの小群落が点々と続いている。まさにオオハンゴンソウ通りといった感がある。大柄で黄色の目立つこの花はやはり十方山林道にはふさわしくない。こうした外来種の撲滅はどうのようにすればよいのであろうか。

ミヤマカラスアゲハの季節である。しかし、2~3頭が林道上の水たまりで給水するのは見たが、十数頭が乱舞する豪快な場面は見られなかった。

林道上には水たまりがいくつもある。水の中では小さなオタマジャクシが泳いでいる。どんなカエルになるのだろうか。その時までちゃんと水たまりがあればよいが。

ニホンヒキガエルが、ひょっこひょっこと目の前をしんどそうに跳ねていった。この大型ガエルは、いつもは踏みつけられそうになっても何の反応も示さずじっとしているのに、珍しい現象である。

楽しい山行のための体力維持方法

行きはゆっくり目、帰りはごく普通に歩いた。それでも少ししんどかった。久しぶりの山行で脚力が落ちているのは間違いない。たった2か月足らずのブランクだというのに、はっきりと自覚できる。

今後とも山行を楽しむためには、先日、「ためしてガッテン(NHK)」で紹介されていた『スローステップ運動』(踏み台昇降運動)などを検討してみる必要がありそうだ。

なんたって、山行は自分の足二本だけを頼りに山野を駆け巡り、そして無事我が家に帰り着くことを楽しむスポーツだから。

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平良、速谷、宮島SAそしてお菊古道の各コース(2008/11/23)

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ひろしま百山(私の踏み跡)>> 広島湾岸トレイル >> 極楽寺山トップページ

平良コース(途中まで登る)~速谷コース(下る)~宮島SAコース(登る)~(再び平良コース、下る)~お菊古道コース(下る)
(出発帰着:広電廿日市駅―JR廿日市駅)

2008年11月23日(日)、単独

はじめに

2週連続(土・日)で東京出張。先週は日帰りに変更となったが、翌日山には行けなかった。今週は、今日の日曜日早くに東京を発つことができた。それでも、お昼過ぎからでは山行は無理と考えていたのだが、寒波後の小春日和に誘われて出かける気になる。

この冬は、極楽寺山の山行ルート図を完成させたいと考えている。その第一弾として、今まで歩いたことのないマイナーな小ルートを確認するつもりで出かける。ほんとうは、極楽寺境内まで上がり、屋代~佐方コースを下ってから、各コースを検討するつもりだった。しかし、時間が押してきて、山頂部に至ることなく5~6合目から速谷コースを下った。

今日のコース&コースタイム

広電廿日市12:27-JR廿日市12:29-西向き12:30-JR線路12:34(道路右端に歩道部分がない)-大きな道路・十字路12:37、12:39-西広島バイパス下り側道12:44-お菊地蔵由来記12:46-平良第2号トンネル12:48-(狭い地道)-自動車道12:50-平良コース登山口(下平良小野地区)12:53-あと110分表示(標高70m前後)12:58-前方に空を見る13:02-お菊古道分岐13:03、13:04-7丁(標高100mくらい)13:05-平な道から再び塹壕-125.6m三角点横13:08-三角点-元に戻る13:11-少々コブ、平らな道、右に大茶臼山-平らなヤセ尾根、再び塹壕13:16-小コブ(標高140m台、右分岐道?あり)13:17-小コブ(標高150m前後、前方に鉄塔上部を見る、自動車道の走行音)-送電鉄塔13:23-山陽自動車道陸橋にかかる13:26-宮島SA分岐13:28-展望台入口13:31-展望台(灰ヶ峰を見る)-本道へ戻る13:34-塹壕、平坦を繰り返す、単独男性多し-平らな道で小コブあり(標高220m 台)13:38、その前後で右手海を見る、江田島、能美島-17丁(標高220m台)、大仏殿まで約2200m13:39-18丁13:41-19丁(右屈折)13:44-男女ペア46分-20丁(標高290mくらい、天明年間?、あと60分)13:49-速谷分岐(登り27度、下り136度、速谷220度、磁北から)13:54、14:01-小コブ(標高260m台)14:07-右手沢へ向かう(267m手前)14:09-沢まで下りる(標高230mくらい)、下り200度(磁北から)14:12-右岸へ14:14-すぐ左岸へ、その左からも水ちょろちょろ-合流14:16-橋(丸太3本)、右岸へ14:17-右手尾根に取り付く(標高210m台)14:18-展望開ける-採土場上部尾根14:25、14:27-尾根を下る、左手の沢筋に踏み跡あり、つぶれている、昔踏んだ?-速谷コース取り付き14:31-自動車道14:36-山陽自動車道14:46-小コブ14:48-ETC専用入口(6時~22時)-五日市31トンネル14:49-五日市30トンネル(山陽道登り口分岐14:53-左カーブ14:56-入口(SA西側)14:58-宮島SA15:00-車止め向こう、左谷で小鳥のさえずり-五日市29 トンネル15:04-階段下(宮島SAコース取り付き)15:08-ブロックを固めた階段-階段上(登りの右屈折点 、宮島SA分岐)15:11、15:12-陸橋15:13-送電鉄塔15:15-右手分岐あり?-左分岐あり15:29-お菊分岐15:29-右手尾根、左手谷、谷の向こうに極楽寺山-立石又兵衛像15:37、15:40-尾根を下る-超下る手前、車道の向こうに経小屋山15:42、15:43-西広島バイパス側道(お菊コース取り付き)15:45、15:46-平良第2号トンネル15:50-平良第3号トンネル15:51-(どうしてこんな近くに2本のトンネルがあるのか)-地道を行く-十字路15:58-JR廿日市16:06-広電廿日市16:08

  • 広電廿日市駅(2分)JR廿日市駅(19分)平良第2号トンネル(5分)平良コース登山口(10分)お菊古道分岐(19分)送電線鉄塔(5分)宮島SA分岐(26分)速谷分岐
    小計1時間27分(お菊分岐1分を加える)
  • 速谷分岐(11分)沢(13分)採土場上部尾根(4分)速谷コース登山口
    小計30分(尾根2分を加える)
  • 速谷コース登山口(15分)山陽自動車道(14分)宮島SA(8分)宮島SAコース登山口(3分)宮島SA分岐(平良コース)
    小計40分
  • 宮島SA分岐(3分)送電線鉄塔(14分)お菊古道分岐(16分)西広島バイパス(4分)平良第2号トンネル(1分)平良第3号トンネル(17分)広電廿日市駅
    小計56分(西広島バイパス1分を加える)
  • 総合計3時間41分(全ての時間を加える)
    (速谷分岐7分、宮島SA分岐1分を加える)

広電廿日市~西広島バイパス

広電廿日市から北向きにJR廿日市駅前まで行く。駅前で左折してしばらく西向きに行き、線路(JR山陽本線)を渡って、そのまま太い道(右手に山)を北西の方角に行く。

西広島バイパスにぶつかり、下り側道を南西に行く。お菊地蔵由来記を左手に見てすぐに、平良第2号トンネルでバイパスをくぐる。平良第3号トンネルのすぐ手前である。(地道をたどれば、ここまでの距離を少し短縮できるかも)

平良2号?平良コース登山口の案内表示があるのは平良3号トンネルではなかったか?だから今日は、平良3号トンネルをくぐって行く予定にしていた。その3号トンネルのこんなすぐそばに、2号トンネルがあるとは今まで全く気付いていなかった。

平良2号トンネルというのは、今日後で探索予定のお菊古道取り付きに至るトンネルのはずである(極楽寺山百回登山ルート図より)。そしてその位置は、廿日市駅方面から西広島バイパスにぶつかって、右手・広島寄りに少し行ったところにあると思い込んでいた。それが、左手・岩国寄りでしかも3号トンネルのすぐそばにあるとは。ルート図を完全に読み間違えていたようである。

何はともあれ、平良2号トンネルをくぐる。車は通れそうにないほど狭い地道を抜けると、すぐに平良3号トンネルをくぐって北西に向かう道に合流する。これら2本の道が合流するかどうかも分からず、全くの山勘で2号トンネルをくぐった結果である。それにしても、こんな近くにトンネルが2本も並行して造られているとは。

平良コース取り付き

すぐに平良コース登山口(下平良小野地区)があり、そこから山道(右折)に入る。これから先、塹壕のように掘れた部分と平坦な道の繰り返しが続いている。標高70m前後に「あと110分」表示がある。塹壕の上から心地よい風が吹いてきて、前方に空を見るようになると、お菊古道右分岐(標高90m台)は近い。

7丁(標高100mくらい)を過ぎて、平な道から再び塹壕になると、125.6m三角点横に達する。塹壕右手に 小さな標識があり、三角点が近くにあることを示している。前からあったものであろうか。今まで気付いたことはない。標識横の塹壕土手に踏み跡が付いており、三角点はそこを駆け上がってすぐのところにある。今まで気にはなっていたのだが、実際に確認するのは今日が初めてである。

山陽自動車道

やがて、送電鉄塔(標高160m台)の横を通り抜け、山陽自動車道の陸橋を渡り、左に自動車道の法面を少し登ると、前方から宮島SAコースが登ってくる。と、書いてはいるが、ほんとうはこの分岐を確認したことは今まで一度もない。

今日も宮島SAコースはどこから登ってくるのか、キョロキョロしながら結局は分からずじまいで、後刻、宮島SAから改めて登ってきて初めて気がついた次第。

宮島SA分岐:平良コースで山陽自動車道の陸橋を渡り、法面を登りきる地点(右屈折点)で前方に足を踏み出す。そこで法面の向こう側をのぞきこむと、急な階段(ブロック製)が登ってきている。これが宮島SAコースである。

宮島SA分岐から3分程度登ると、展望分岐(左折)があり、すぐ先の展望台からは灰ヶ峰方面も見える。展望台から本道へ戻り、相変わらず、塹壕、平坦を繰り返しながら登る。時刻は遅い。すでに皆さん下りモードである。単独中年男性が次々と下りてくる。団体さんが下りてくる。中年男女が下りてくる。

もしかして、「極楽寺山百回登山」管理人様にお会いするかもしれないと、すれ違いざま失礼ながらお顔をじっと観察しながら登る。後日のメールによると、当日は同じ山中ながら別の場所にいらっしゃったようである。

さて、標高220m台の平らな道に小コブがある。その前後で右手に海(江田島、能美島など)を見る。すぐに17丁があり、「大仏殿まで約2200m」とある。続いて、18丁、19丁と登る。20丁(標高290mくらい)には、天明年間?と 彫りこまれている。そして、「あと60分」表示がある。

速谷コースを下る

標高340mくらいに速谷分岐があり、そのことを示す石柱が建っている。コンパスを取り出して登山道に合わせると、登り27度、下り136度でほぼ直角に曲がっている。今日は時間が押してきて、山頂部に至ることなくここから下ることにする。

速谷コースは、左手支尾根(南向き、220度)の踏み跡をたどって下る。踏み跡はやがて右に振られ、西南西の267mをめざして下る。裸地の踏み跡はあまりはっきりとしない。267m手前でさらに右に振って沢まで下りる。その地点の標高は230mくらいで、下流を見ると磁北から200度を向いている。

沢はかなり荒れている。ここ何回かの台風・豪雨で倒された木々がそのままになっている。一度草刈りをした(極楽寺山百回登山、2006年1月)ものの、3年足らずで再び繁ったようである。あまり利用されていないらしい。

沢沿いの踏み跡は、ほぼ右岸についている(一部左岸に渡る)。標高210m台で右手尾根に取り付き、トラバース気味に少し登ると尾根の上に達する。右手を覗き込むと、大きな採土場がある。そこから、お墓が点在する竹林を西向きに下ると、溜池に通じる舗装道路(地形図黒実線)に出る。速谷コース取り付き口である。取りつき口から道路上部(北側)を見上げると、左手に溜池の囲いらしきものが見える。

宮島SAコースを登る

速谷コース取り付き口から南へ少し下れば、右手から国道433号が下りてきて合流する。長野ループから南へ下った地点である。国道をさらに下ると、山陽自動車道にぶつかる。宮島SAへ至るには、広島方面上り車線の側道を北東に行く。宮島SA付近には、いつの間にかETC専用入口(6時~22時)ができている。そのため、側道を行き交う車の量が多く気が抜けない。

宮島SAの横を通り、側道をさらに北東に行く。突き当りから、左手の法面に付けられた階段を登れば平良コースに合流する。その位置は、平良コースの陸橋(山陽自動車道)を南から北に渡り、そこから、西向きに法面を上がった地点である(既述)。

お菊古道コースを下る

平良コースの陸橋(山陽自動車道)を北から南に渡り、125.6m三角点(気付かず通り過ぎる)を過ぎて下ると、やがてお菊古道コース(左斜め前分岐)がある。そちらに入ると、昔よく踏まれたのであろう、しっかりした道が続いている。

気持ちのよい山道が、右手尾根のやや下を通っている。左手には谷が開けている。小鳥のさえずりを聞き、時々極楽寺山(観音北コース三角点587,2m辺りか)を樹間に見る。

六丁、五丁、四丁はお菊古道にある。そして四丁には「立石・・・」と彫りこまれている。立石又兵衛のことであろうか。そのすぐ先に立石又兵衛像(標高 80m台)がある。

像を左手にみて尾根を下ると、西広島バイパス法面に達する。超急坂をロープの助けを借りて慎重に側道まで下る。側道を南西に行き、平良第2号トンネルをくぐってバイパスの南側に抜ける。

適当に地道を選んで、JR廿日市-広電廿日市に帰り着く。小春日和のなか、山中では多くのヒトとすれ違った。ゆったりとした時を過ごせて満足。翌日は雨となった。一回分得をした気分でもある。

なお、今日の東京からの帰り(新幹線)では、新大阪で乗り継いだ。途中の京都で大勢の人が下車していった。連休に加えて、紅葉の真っ盛りだったろうか。山行の帰りの広電も満員であった。宮島の紅葉だろう 。

そのほか

平良3号、トンネル表示が少しずれている(国土地理院地形図)

参考山行記

広島湾岸トレイル・モデルコース

  • Akimasa Net(2016年02月06日)山行記
    観音コース~極楽寺山~平良コース途中~速谷コース
    (出発:中地上バス停(JR五日市駅―山陽本線)、帰着:速谷神社前バス停(広電廿日市市役所前(平良)―広島電鉄宮島線)
    注:速谷コースはその後放棄。

広島湾岸トレイルの周辺を歩く

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平良コース~極楽寺山・牛池周辺探索~屋代・佐方コース(2008/11/29)

Akimasa Net
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平良コース~極楽寺山~牛池~牛池林道~663m峰(山頂部尾根縦走路)~極楽寺境内~仁王門下~屋代・佐方コース
(出発:広電廿日市駅、帰着:広電山陽女子大前駅)

2008年11月29日(土)、単独

はじめに

極楽寺山第2弾である。

今日の予定は次のとおりであった。平良コースで、前回(速谷分岐)より上をめざし、極楽寺~極楽寺山から牛池~牛池林道をアルカディア・ビレッジまで下る。そこから蛇の池~極楽寺まで登りなおし、屋代・佐方コースを下る、というものである。しかし、牛池で少し雨が落ちてくるようになる。予定を短縮して、663m(縦走路)経由で極楽寺に戻り、予定のコースを下った。

今日のコース&コースタイム

広電廿日市9:14-JR廿日市9:16、9:18-十字路9:25-平良第3号トンネル(西広島バイパス)9:31-平良第2号トンネルからの道合流9:32-平良コース登山口9:35-あと110分表示(標高70m前後)9:39-お菊古道、右分岐9:43-125.6m三角点9:46-小コブ120m台9:47-十丁9:49-塹壕、塹壕終わり-小コブ、右分岐あり(右手鉄塔コース、八ヶ迫池)9:51-左手に分岐9:54-小コブ9:55-送電鉄塔9:56、10:00-極楽寺橋(山陽自動車道)10:01-宮島SA分岐10:03-小コブ10:08-十八丁(標高230mくらい)10:10-十九丁(右屈折、標高260mくらい)10:13-磁北線表示の板10:16-廿丁(あと60分)10:17-左分岐(速谷コース)あり(標高340mくらい)10:21-右折10:25-残り十四丁10:26-樹間に海をみる-廿四丁(あと40分)10:28-小展望10:31-廿六丁、地蔵10:35-展望10:36-廿七丁10:39-岩場終わり10:40-518.4m三角点10:43-廿九丁10:46-三十丁(あと七丁)10:49-左分岐(原コース)あり(あと20分、標高580mくらい)10:51-右手前方樹間に山頂部10:57-大日如来像(標高590mくらい)10:58-三十?丁(右手に少々コブ)11:58分、三十五丁11:00-キャンプ場、左分岐11:02-仁王門下(標高610mくらい)、三十六丁11:02-極楽寺661m11:07、11:15-第二駐車場11:21、11:22-極楽寺山693m11:26、11:27-巻き道合流(左下:管理棟)11:30-小コブ(ベンチあり)11:33-左下:多目的広場11:34、11:35-魚切ダム方面入口11:37-行過ぎる-戻る11:38-牛池分岐(左へ下る)11:42-水音ちょろちょろ11:46-牛池11:49-(右側探索)-戻る11:50-牛池堰堤北西端11:54-(牛池林道に入る)-左分岐(水苔の池)あり12:00-右分岐(山頂部縦走路および観音北コース)に入る12:01-右分岐(山頂部縦走路)に入る、直進:観音北(三角点コース)12:03-コブ12:07-陸軍省標石、663m12:09、12:10-663m12:12-小コブ12:15-鞍部630m台12:17-少々コブ12:18-小コブ650m台(地形図表示)12:21-右分岐(牛池)あり12:23-登りつく12:25-少々コブ12:27-魚切ダム方面入口、分岐を左に行く(右分岐:蛇の池に下る)12:28-右分岐(多目的広場)あり12:29-鞍部、左前方木段は極楽寺山693mへの登り、右分岐(管理棟)あり12:31-極楽寺山ピークの横12:34-第二駐車場12:36-極楽寺展望東屋12:42、13:05-仁王門下13:09-急な階段(眼下にゴルフ場をみる)13:14、13:18-左手上に反射板(右下に東屋)13:23-右分岐あり13:26-右へ13:29-左分岐(尾根すじ)13:31-五日市町17.0km標石13:40-良い道13:43-沢(水流れる)13:46、13:48-ヒトに会う13:55-佐方分岐(標高250mくらい)13:58-地蔵13:59-佐方・五日市分岐14:01-涸れ沢14:03-少々尾根を行く14:07-右後に道が上がる?14:12-佐方橋(山陽自動車道)14:16-簡易舗装終わり14:18-鉄塔横14:23-右へ折り返す14:29-車道 (廿日市市消防本部鉄塔)14:31-西広島バイパスにぶつかる14:40、14:43-側道を北東方面へ探索-引き返す14:50-佐方2号トンネル(西広島バイパス)14:53、14:56-佐方川に沿って下る-広電山陽女子大前15:12

  • 広電廿日市駅(2分)JR廿日市駅(17分)平良コース登山口(21分)送電線鉄塔(21分)速谷コース分岐(30分)原コース分岐(16分)極楽寺
    小計1時間53分(JR廿日市駅2分、送電線鉄塔4分を加える)
  • 極楽寺(6分)第二駐車場(4分)極楽寺山(10分)魚切ダム方面入口(5分)牛池分岐(12分)牛池堰堤北西端
    小計39分(第二駐車場1分、極楽寺山1分を加える)
  • 牛池堰堤北西端(6分)水苔の池分岐(1分)極楽寺山山頂部縦走路分岐(2分)観音北コース分岐(6分)陸軍省標石(2分)663m(9分)650m台ピーク(2分)牛池分岐(5分)魚切ダム方面入口(8分)第二駐車場(6分)極楽寺
    小計48分(陸軍省標石1分を加える)
  • 極楽寺(18分)反射板(23分)沢(10分)佐方分岐(18分)山陽自動車道(15分)車道、廿日市市消防本部鉄塔(9分)西広島バイパス(3分)佐方2号トンネル(16分)広電山陽女子大前駅
    小計2時間07分(沢2分、西広島バイパス付近探索10分、佐方トンネル3分を加える)
  • 総合計5時間58分(全ての時間を含む)
    (極楽寺8分、極楽寺23分を加える)

平良コースを登る

JR廿日市の駅前から、大野権現山や野貝原山を見る。その野貝原山をほぼ正面に見ながら、今日は地道を通って北西に行き西広島バイパスにぶつかる。平良第3号トンネルで西広島バイパスをくぐり、バイパスの北側に出る。そこからなおも北西に少し登り、右手の登山口から民家の横を抜けて山道に入る。

なお、平良第3号トンネルの入口には道しるべがあり、「瀬戸内海国立公園、極楽寺山登山口、これより北200M右山道を上る、頂上まで徒歩120分」とある。

山道に入ってからも道しるべがあり、「あと110分」、「あと60分」、「あと40分」、「あと20分」という表示が続いている。その付け方から推測すると、トンネル入口の道標でいう頂上とは、極楽寺山山頂693mのことではなく、極楽寺境内661mを指しているものと思われる。

それはともかく、登山口から地形図にも表現されている塹壕のなかを行く。塹壕を登りついてやや平になるところで、右後からお菊古道が合流してくる。再び塹壕の中に入ると、125.6m三角点の位置を示す小さな標識が、右手土手に取り付けられている。三角点は、塹壕を右手に駆け上がり、さらに数歩踏み込んだところにある。

再び塹壕を抜けると、平らな道が続き、小コブ120m台を越えてほんのわずかに下る。小コブの向こうの平らな部分に十丁がある。その後も、塹壕~開けた平坦な部分の繰り返しである。

標高140m台にも小コブがある。右手に小道が整備されており、道標杭「鉄塔コース、八ヶ迫池」が打ち込まれている。先週は気が付かなかった(小道には気付いていた)もので、ほんの最近作業をされたのかもしれない。

地形図を改めて取り出してみると、なるほど登山道東側を送電線が走っており、池の記号もある。その池に向けて、下流から取り付き道路?(地形図黒実線)が途中まで延びている。この池が八ヶ迫池であろう。

送電鉄塔(山陽自動車道手前)~極楽寺661m:

やがて送電鉄塔(標高160m台)に達する。小休止をして下着を一枚減らして汗をふいているところに、一人の中年男性が現われ追い抜いていった。今日のペースは決して遅いとは思わなかったのだが、その後再びお姿を拝見することはなかった。

極楽寺橋(山陽自動車道)を越え、今日は展望台(推定標高190m台)をパスする。18、19、20丁とみて順調に行き、速谷分岐(標高340mくらい)に達する。今日はここをやり過ごして上をめざす。標高440m~490mくらいで岩場が続き、その間を次々とすり抜けて登る。岩場の途中で、地蔵を過ぎたところに展望のよい地点(標高460mくらい)がある。

岩場を通り過ぎるとやや平らになり、518.4m三角点がある。しかし、展望はない。とはいっても、ここまで来れば山頂部まで標高差は150mもない。瀬戸内海国立公園の原生林を楽しみながら、ゆったりとした道を行くことができる。

原分岐(標高580mくらい)を左に分けて、道は613mを右からゆったりと巻いてゆく。巻き終わると、向こうの尾根に大日如来像(標高590mくらい)があり、仁王門下(標高610mくらい)まで、これまたゆったりと歩くことができる。

今日は、このわずかに起伏のあるコースを使って、県工の陸上部がトレーニング中であった。613m付近から仁王門下まで、予定はダッシュ5本で残りあと1本とのこと。静かな森の中で、生徒たちの激しい息遣いと、監督の気合が響き渡っていた。

仁王門下から、最初と最後に石段を登れば極楽寺境内(標高661m)である。展望はあまり良くない。直ちに牛池に向かう。

極楽寺山693m~魚切ダム方面入口~縦走路に入る

極楽寺境内を抜けて、奥の院下から第二駐車場に至る。そこから右手木段を登ると、極楽寺山山頂693mである。山頂には東屋があるのだけれども、もともと展望はあまり良くない。今日は先を急いで、向こう側(北向き)の木段を下る。

木段を下り終わった鞍部で、左手後方から駐車場からのトラバース道が合流してくる。同時に左下に管理棟分岐を分けて北向きに行く。小コブ(標高670mくらい)を過ぎて、左に多目的広場分岐を分け、なおも北に行く。

少し盛り上がった地点(標高680mくらい)があり、道がわずかに左に振れて下る。そこが魚切ダム方面入口であり標識はなにも無い。右折して極楽寺山頂部縦走路に入る。(今日、670m台コブに気象観測装置を見なかった。以前確かにあったはず)

縦走路から直接牛池に下る~牛池林道

縦走路に入ってしばらくは平坦な踏み跡があり、やがて超急下るようになる。その下り途中、標高650mくらいの地点(その先の標高640m台鞍部手前)で左に踏み跡がある。最近整備された牛池へのコースである。そこに踏み込み、落ち葉の堆積した踏み跡に目を凝らしながら下る。

取り付きは、地形図黒点線のやや東側と思われる。しかし、踏み跡の方がより北向きに付いているので、両者はすぐにクロスして、実際には地形図黒点線の西側を下るようになる。

足元から水が染み出るようになった地点で、谷の左岸に移動する。水音がチョロチョロと聞こえてくるようになるころ、さらにその隣の谷の左岸に移動する。地形図ではほとんど分からない起伏ではある。

池の南西端近くまで下りたところで右手を探した。しかし、倒木にさえぎられて、池の東側から南側に延びてきているかもしれない地形図黒点線上の踏み跡は、今日も見つけることはできなかった。あきらめて、今までの山行で分かっている池の西側の踏み跡をたどって、池の北側に回りこみ、そこから牛池林道に入った。

参考:牛池の東側は、2007年03月21日に探索したことがある。そのときは、なんとか池の南側に多少踏み込むことができただけであった。そしてそこから、南側の極楽寺山頂部縦走路に向けて強引に駆け上がった。地形図黒点線のわずかに東側と思われる。登りついた地点は、陸軍省標石663m手前(南南西)にある650m台ピークの南西側であった。

当日は、さらにそこから極楽寺山に至る途中で、今日のルートが整備されているのを初めて知り、後刻今日と同様に上からも下っている。しかし、その時も池の東西から延びる踏み跡の南側での接点を見つけることはできなかった。

牛池林道~663m(縦走路)~極楽寺661mに戻る

牛池の北東端が牛池林道の終端部になっている。林道は、そこから北向きに山頂部縦走路の西側を行き、その後、西に折れて下り、後畑(アルカディア・ビレッジ近く)に至る。

今日は牛池林道を通ってアルカディア・ビレッジまで下り、そこから逆に、さくらの里~蛇の池を通って極楽寺展望台まで登り返す(反時計回り)ことを考えていた。

しかし、牛池北側で雨が落ちてきて、予定していたコースをあきらめた。そして、牛池から牛池林道に入ってすぐに右折、山頂部縦走路を南向きに帰ってくる(時計回り)コースを選んだ。

もちろん、今日実際に歩いたコースの方が距離は短い。しかし、歩く距離を短くするためだけならば、いっそのことアルカディア・ビレッジまで下って、そのまま送迎バスに乗ってもよかったのだが、それではあまりにも面白くない。

牛池林道に入って北東の方角に行き、すぐに水苔の池に至る分岐を左に分けて進むと、林道が北(左)に振られる地点がある。そこに右分岐(極楽寺山頂部縦走路および観音北コース)があり踏み込む。土塁の上を行くと、もう一度分岐(直進と右折)があり、右の極楽寺山頂部縦走路に入る。ここで直進は、観音北(三角点)コースである。

後日注:観音北分岐は、土塁上にあるのではなく、縦走路を土塁からほんのわずか南に登った地点にある(2008年12月6日)。したがって、牛池林道から観音北分岐に入るには、まず、牛池林道から東向きに縦走路に入り土塁を通って右折する。そして、「土塁から南向きにほんの少し登った地点」で左折することになる。

さて、土塁のところで右折してすぐに660m台ピーク(陸軍省標石)がある。南向きに663mを越え、鞍部630m台~小コブ650m台(地形図表示)を南西に行く。このコースにはシロモジが多く、登山道にも特徴のある葉っぱがたくさん落ちている。

小コブ650m台の先で、小さな鞍部を越えて登る途中に、先ほど下った牛池への分岐が右手にある。なおも南西の方角に登り、平坦部を行くと魚切ダム方面入口分岐に帰り着く。

魚切ダム方面入口分岐を左に行く。すぐ右に多目的広場分岐を分けて進むと、極楽寺山693m北面の木段下に至る。今回は木段を登らず、右手前方に延びるトラバース道(右下に管理棟分岐を分ける)を行く。山頂の真横まで少し登ると、左手山頂に向けて踏み跡が付いている。そこからトラバース道はゆるやかに下り、第二駐車場に至る。

そこから極楽寺展望東屋まで移動して昼食とする。

屋代コースを下る

極楽寺境内661mから屋代コースを下るには、まず最初に、661mから平良コース(南向き尾根)で仁王門下(標高620mくらい)まで下る。仁王門下によい道がついており、平良コースはそれを右へ行く。

屋代コースは、仁王門下から左(東側)へ下っていく。下る途中で、極楽寺から373mに延びる南東尾根にいったん乗る。その地点には、極楽寺山のふもとからもよく見える反射板(標高540mくらい)がある。

その反射板の前後の登山道は、かなりの間で階段が続いている。なぜならば、近年の台風や豪雨で、登山道が激しく痛めつめられてしまったためである。それらを修復するために、登山道は階段と擬似手摺(コンクリート製)で固められてしまっている。

特に、極楽寺展望台東屋の直下から、南東尾根(極楽寺~373m)南側の沢筋を一気に駆け下った土石流はすさまじかった。このため、仁王門下から反射板までの途中で沢を越える地点には、長い急な階段が取り付けられている。

その階段の標高は580m~600mくらいで、眼下にはゴルフ場がみえている。そして、その正面向こうに安芸小富士(似島)をみることができる。(2003年05月17日に屋代コースを下から登ったときには、まだ工事中であった)

山道はその後、尾根南側の沢に向けて下る。沢まで下る(標高360~370mくらい)と、昔ながらの落ち着いた道が右岸を下っている。途中で、登ってくる一人の男性とすれ違った。これが今日下りで出会った唯一のヒトである。

途中で佐方コースに入り、広電山陽女子大前まで歩く

しばらくして分岐があり、右手佐方コースへ入る。少し下った地蔵のところでは、左手の屋代コースと結ぶ踏み跡がある。そのすぐ下にも、佐方・五日市分岐というのがある。少し古い時代の佐方・屋代コース分岐と思われるが、ヤブに覆われており、屋代方面に通り抜けるのは困難なようだ。

小鳥の鳴き声を左手に聞きながら涸れ沢に至る。スギ植林帯に入り、掘割りを右手にゆったりとした尾根上の部分を行く。全体的には、右手にもう少し大きな尾根があるようだ。

やがて簡易舗装道となり、佐方橋で山陽自動車道を渡って再び山道に入る。最初は右手に谷をみていたが、いつの間にか尾根の上を歩いている。右に折り返し、左手に谷をみて竹林の中を下り、車道に降り立つ。廿日市市消防本部の高い鉄塔が立っている。

道なりに南へ下り西広島バイパスにぶつかる。そこから屋代コースに行くことができるかどうか確かめるために、側道を北東の方角に少し踏み込んでみた。しかし、側道はそのまま自動車道に入り込んでいた。自動車道の側を歩くこともできそうに見えた。しかし、怖くて引き返す。

側道を南西に引き返し、そのままさらに少し下る。佐方2号トンネルで西広島バイパスをくぐり南側に出る。道なりに南東へ行き、佐方川の左岸に沿って広電山陽女子大前まで下る。

そのほか

613m付近のトラバース道は、標高何メートル地点を通っているか
仁王門下の正確な位置は
693m付近の道の付き方は
今日、670m台コブに気象観測装置を見なかった。以前確かにあったはず

参考山行記

広島湾岸トレイル・モデルコース

  • Akimasa Net(2016年02月06日)山行記
    観音コース~極楽寺山~平良コース途中~速谷コース
    (出発:中地上バス停(JR五日市駅―山陽本線)、帰着:速谷神社前バス停(広電廿日市市役所前(平良)―広島電鉄宮島線)
    注:速谷コースはその後放棄。

広島湾岸トレイルの周辺を歩く

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観音北コース~663m峰~極楽寺境内~仁王門下~屋代コース(2008/12/06)

Akimasa Net
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観音北(三角点)コース~663m峰(縦走路)~極楽寺境内~仁王門下~屋代コース
(出発:広電楽々園駅、帰着:広電山陽女子大前駅)

2008年12月06日(土)、単独

はじめに

極楽寺山第3弾である。今日は予定どおりのコースを歩くことができた。まず、観音北(三角点)コースで、山頂部縦走路に上がる。そして、663m(縦走路)~魚切ダム方面入口を経て極楽寺に至る。その後、仁王門の横を通り抜け屋代コースを下った。

家を出るときから雪がちらつく。登山口までの坂道を登りはじめて山頂部をみると雪で白くなっている。この雪(わずか数センチ)がくせものであった。踏み跡が分からない。足が滑る。手がかじかんで水筒の蓋を開けることもできない。それでも予定どおりのコースをこなして平地部まで下る。

なお、観音北コース取り付きは、標高320mくらいの堰堤であった。今まで考えていた堰堤の一つ上である。したがって、そこから東向きに取り付く沢は、今まで考えていた沢の一つ北側のものである。つまり、「極楽寺山百回登山」のルート図とほぼ同じである。

今日のコースタイム

広電楽々園9:36-広電を渡る9:38-JRを渡る9:39-五観橋9:43-渡って右折9:44-東観音台団地9:51-三宅バス停9:53-広島工大上バス停9:57-西広島バイパスを渡る(鉄道模型のある橋)9:59-ゴルフ場角10:01-田代氏(右折あり)、鈴ヶ峰をみる10:04-ゴルフ場入口バス停10:07-日本アライアンス神学校10:14-山陽自動車道(五日市23号トンネル)10:25-(ヤブ漕ぎ)-車道10:38-観音登山口10:39、出発10:46-簡易舗装切れる10:51-開放堰堤横10:59-(上部探索)-堰堤横に戻る11:06-尾根に乗る(左下に谷をみる)11:12-尾根続く(右下に谷をみる)11:15-尾根(掘れた道、分かりやすい)11:16-巻き道(右上尾根のすぐ下)11:18-左谷下へ踏み跡11:19-400m台鞍部上部11:20-西側の尾根に乗る、幅広の尾根-左横に極楽寺山-尾根右手展望(北風が入る)11:26-平坦部(前後尾根道狭い)11:28-左展望、極楽寺山など11:31、11:41-左折11:43-ゆったり-ピーク11:45-下ってゆったり-登り11:46-ゆったりせまい尾根11:48-登り11:49-登る登る11:51-三角点586.7m11:58-山頂部コブ12:00、風当たる冷たい-急下る、せまい尾根-鞍部12:02-580m台コブ12:03極楽寺山をみる-急下る12:05-少々コブ二つ-せまい尾根-小コブ12:06-登り、道の悪い急斜面12:11-590m台ピーク(展望あり)12:16、12:18-急下る-鞍部12:20-600m台ピーク12:23-鞍部、狭い尾根、登る-610m台ピーク12:27(右下みえるはず)-観音北分岐(山頂部縦走路)12:28-縦走路を土塁まで下り、ふたたび観音北分岐へ戻る12:29-630m台コブ12:34-陸軍省標石12:35-630m台ピーク12:38-急下る-小コブ12:41-鞍部12:42-小コブ12:43-登り、滑る-650m台コブ12:47-右・牛池分岐-魚切ダム方面入口12:54-極楽寺山分岐12:58-(トラバース道)-ピーク下13:01-第二駐車場13:03-極楽寺661m13:10、13:17-仁王門下13:22-探索-仁王門下13:28、13:45-四○○M13:54-反射板13:56-六○○M14:01-八○○M14:08-沢14:16-佐方分岐(標高290mくらい)14:26-ベンチ(能美島などをみる)14:29-舗装道14:35-休憩場(屋代コース登山口)14:36、14:45-山陽自動車道(貴船原横断橋)15:46-竜神釜14:49-ゴルフ場角15:02、15:05-西広島バイパス(屋代第1号トンネル)15:14-広電山陽女子大前15:41

  • 広電楽々園(21分)広島工大上バス停、西広島バイパス手前(4分)ゴルフ場角(24分)山陽自動車道(14分)観音コース登山口
    小計1時間03分
  • 観音コース登山口(13分)観音北コース取り付き堰堤(14分)400m台鞍部の少し上(11分)左展望(17分)三角点586.7m(18分)590m台ピーク(10分)観音北分岐
    小計1時間35分
    (堰堤探索7分を除く、左展望10分、590m台ピーク2分を加える)
  • 観音北分岐(6分)陸軍省標石(19分)魚切ダム方面入口(16分)極楽寺661m
    小計41分
  • 極楽寺661m(5分)仁王門下(11分)反射板(20分)沢(10分)佐方分岐(10分)屋代コース登山口(17分)ゴルフ場角
    小計1時間22分
    (仁王門下探索休憩23分を除く、屋代コース登山口9分を加える)
  • ゴルフ場角(9分)西広島バイパス(27分)広電山陽女子大前
    小計36分
  • 総合計6時間05分(全ての時間を含む)
    観音コース登山口7分、堰堤探索7分、観音北分岐・土塁往復1分、極楽寺661m7分、仁王門下探索休憩23分、ゴルフ場角3分

左展望、極楽寺山などをみる11:31
253度、260度、275度、290度、321度(極楽寺山の山並)
164度宇根山?
古鷹山、能美島、大黒神島

広電楽々園~観音コース登山口まで

広電楽々園から線路沿いに西へ行き、三筋川を渡る。その三筋川沿いを北にさかのぼり、広電、JRの各線路を越えて行く。五観橋西詰の次の角で左折、北西の方角に広島工業大学北側を登る。その後登山口まで、概ね北西の方角に登ることになる。

西広島バイパスを渡る手前に「広島工大上バス停」がある。バス停から少し登り、西広島バイパスの屋代トンネル東側出口付近を陸橋で越える。陸橋を渡る左手前横には、”〇〇の鉄道モケイ”という大きな看板を掲げた古い建物があり、その脇には電車の実物が置いてある。この建物は、西広島バイパス下り車線を走行中の車からもはっきり見ることができる。

西広島バイパスを渡り、ゴルフ場の角で左分岐を分けて直進する。ゴルフ場の北側を登り、ゴルフ場クラブハウス入口を通り過ぎると、すぐに「ゴルフ場入口バス停」があり右折する。病院、学校をやり過ごして左折、バス通りに入り、「観音台入口バス停」の前を通って登り、山陽自動車道「五日市トンネル」西側出口付近に至る。

注:ゴルフ場角を左折すると、ゴルフ場南側を登って、屋代コース(仁王門の下、平良コース36丁に登りつく)登山口に至る。

山陽自動車道をくぐり、なおも簡易舗装の地道(地形図黒実線)を行くと、道路左手に観音コース登山口(標高250mくらい)がある。そこには、「極楽寺登山口、頂上まで1時間、造幣局登山(部?)」というりっぱな標識がある。山頂まで「これより1.2km」(標識あり)である。

なお、今日は上記の説明どおりに「ゴルフ場入口バス停」で右折していない。地道をそのまま真っ直ぐ登っていった。山陽自動車道まで、極楽寺山山腹にある反射板を前方に見据えて高度を稼ぐ。山頂部が雪で白くなっているのが分かる。雪を踏む覚悟を決める。

山陽自動車道の下は、道なりに行って狭くて暗いトンネル(五日市23トンネル)をくぐった。トンネルを抜けて山道(セメント道)に入る。その先で道はなくなり、雑木のなかを強引に突き抜けて原っぱにでる。道路の向こうに建物が見えているが、前に進めない。なんとかススキをかきわけて道路にたどり着く。ここは素直に「観音台入口バス停」前の車道を行くべきであろう。

観音北(三角点)コース、取り付き

観音北(三角点)コースは、沢をはさんで観音コース(西側)と逆の尾根(東側)を登っている。取り付き地点は、観音コース登山口(標高250mくらい)を左に分けて、簡易道(地形図黒実線)を北北西の方角にさらに登った地点(標高320mくらい)である。右手に堰堤が見えるところで沢に踏み込み、堰堤の少し上流で左岸に渡る。

この堰堤は、開放型堰堤といって、太いパイプを組み合わせて作ってあり、土石流が発生した時、水は流すけれども、大きな岩石はここでしっかり食い止める構造になっている。

ところで、以前の山行記(2004年12月12日)では、「(ここには)堰堤がいくつかあり、そのうちのどれが取り付きかさっぱり分からない。背丈以上あるヨシの繁った左岸河原を行きつ戻りつしながら、取り付きをさがす」としている。

今日現地を見ると、雑草が繁ったためなのか、堰堤は一つしか分からなかった。それが、今日の取り付きの目標となる開放型堰堤である。ところが、今日はこれを普通の堰堤と見間違えてしまい、開放型堰堤を探してさらに奥まで踏み込んだ。

やがて、道は荒れてきて沢に向けて踏み跡がある。何の目的かよく分からない人工物があり、沢に沿って踏み跡があるようでもあり、なさそうでもあり。

この時、石を踏み外して滑り、したたかに向こう脛を打ちつけた。後で気が付くと、ズボンまで血が染みとおっていた。以前はこんな所まで踏み込んだ覚えはない。引き返す。件の堰堤を見れば、真中がパイプ製になっている。この堰堤で間違いない。真横からみると、普通よく見かける堰堤の形をしているので気付かなかったのだ。

取り付き~三角点586.7m

堰堤記号(標高約320mくらい)の少し上流で左岸に渡り、右手の尾根に取り付く。左手下に谷を見ながら、尾根を右にして東向きに登る。以前の山行記(2004年12月12日)にある「取り付いてすぐに沢をのぞくと、崩落箇所があるように見えた」という部分は、雪がうっすらとついておりよくは分からない。

登山道そのものは、雪をかぶってはいても踏み跡は分かる。倒木はあるものの通行に困難というほどのことはない。いったん少し尾根に乗り、再び右に尾根をみてトラバース気味に登る。

400m台鞍部のやや北側に登りつく。右手後ろを見ると、鞍部の向こうに420m台ピークがある。左に振って北へ登る。左手の谷向こうに樹間越しに見えるのは極楽寺山辺りであろう。510m台ピークの先の鞍部から右下に町並みが見えているようである。河内南の団地であろうか。

植林帯を登る。雪が付き踏み跡が分かりづらい。じっと目を凝らして前方を眺めると、踏み跡が浮かび上がってくる。それでも分からなくなることもある。

北~西へ振りながら三角点586.7mに達する。三角点のピークは、もともと展望のないすすきの台地になっている。以前よりも繁っただろうか。かなり通りにくくなっている。しかしながら、極楽寺山百回登山(登山ルート地図)「藪化、通行困難(2008年10月)」というほどではなかった。

ところで、三角点のあるのは、580m台東端である。しかし、西端部の方が少し標高が高いようにも感じる。

三角点586.7m~観音北分岐(縦走路)

三角点から西端ピークを通り越して急下り、登るともう一つ580m台ピークがある(以前、そこから663mピークを267度にみている)。その580m台ピークを急下り、小コブを二つ通り過ぎ、右手から尾根が合流してくると、590m台ピークである。ピークを北から巻いて登山道は延びている。ピークに踏み跡があり駆け上ってみる。宮島、極楽寺山などをみる。

590m台ピーク北側を巻いて急下り、登ると600m台ピークである。今日の尾根登りでは、ここの590m台ピーク~600m台ピーク辺りが意外と通りにくく感じた。三角点付近よりも神経を使った。雪道の上り下りが続き、少し疲れがたまってきたせいもあるだろう。

西へ少し下ると、左から登山道(山頂部縦走路、極楽寺山~魚切ダム方面縦走路)が合流してくる。雪であたり一面が白くなっており、思わず進むべき方向を見失いそうな錯覚に陥る。現在位置を確認しておく必要があるだろう。

そこで、縦走路に合流した地点(観音北分岐)から右へわずかに下る。土塁が左折方向、つまり牛池林道に向けて延びているのを確認して、再び分岐点に戻る。観音北分岐は、土塁上にあるのではなく、縦走路を土塁からほんのわずか南に登った地点にあることを再確認する。

観音北分岐(縦走路)~663m(縦走路)~極楽寺661m

観音北分岐から、山頂部縦走路を南向きに極楽寺山の方へ行く。すぐ先の陸軍省標石660m台までがなかなか這い上がれない。かなり疲れてきたようだ。

663mピークを越え、鞍部630m台~小コブ650m台(地形図表示)を南西に行く。登り坂で雪に足を取られて何度もずり落ちる。体力を消耗する。足元をみると雪道に靴の跡がついている。先行者がいるようだ。

小コブ650m台から、小さな鞍部を越えて登る途中に、右手牛池分岐がある。なおも南西の方角に登り、最後に平坦部を行くと魚切ダム方面入口分岐(自然探勝路)である。自然探勝路を左に行き、すぐに多目的広場分岐を右に分けて進むと、極楽寺山693m北面の木段下に至る。

その木段を登らず、右手前方に延びるトラバース道(右下に管理棟分岐を分ける)を行く。山頂の真横まで少し登ると、左手山頂に向けて踏み跡が付いている。そこから、トラバース道はゆるやかに下り第二駐車場に至る。そしてさらに、極楽寺展望東屋まで移動する。

極楽寺661m~仁王門下

極楽寺展望東屋661mで昼食にするつもりだったが寒い。仁王門下まで下りてみることにする。途中の階段を登って来る中年男性一人あり。なお、仁王門の周りはロープで囲ってある。冬期の間、アイゼンを付けた登山者に仁王門をくぐってもらいたくないためだという。なるほど門の真下にはきれいな石が敷いてあり、それを傷つけないようにとの配慮である。

仁王門下まで下ってから、右手の平良コースに踏み込んで、南方面を少しだけ探索する。理由は、電子国土ルート図作成のためである。山頂部登山道が尾根の南側をややトラバースぎみに付いているというイメージがあったので、それを確認したかったのである。

屋代コースを下る

屋代コースの下り(佐方コース分岐まで)については、山行記2008年11月29日付けを参照のこと。

仁王門前後の石段には雪が付いている。そこから下も雪が付いているとなれば、階段の多い屋代コースを下ることはできない。そのときは平良コースを下ることにしよう。仁王門下で昼食後、いつでも引き返す心の準備をしながら、屋代コースを慎重に下りる。

屋代コースは南斜面であり、もともと雪は少なかったようである。順調に下る。山頂部には、(あと山頂まで)四〇〇M、六〇〇M、八〇〇Mを示す真新しい石柱(道標)が設置されていた。先週はなかったはずのものである。

途中、元気の良い男性が一人駆け上がってきた。さらに、女性の二人組が続く。沢までの急坂を無事に下りきり、こんどは、その沢の右岸沿い(沢は見えない)をゆったりと下る。そして、登山口まで下りきる少し手前で左岸に渡る。

登山口では、中国自然歩道の案内地図(矢口・極楽寺ルート)がきれいに書き換えられていた(2008年11月付け)。この辺りを気合を入れて整備し直しているようである。

さて登山口からは、すぐ下にちらっと見えている山陽自動車道を貴船原横断橋で渡り、ゴルフ場の南側に沿ってゴルフ場角(西広島バイパス北側)まで下った。これで今日は、”ゴルフ場北側~三角点586.7m~極楽寺山頂部~仁王門下~ゴルフ場南側”を反時計回りに回って元の位置に戻ってきたことになる。

そこからの帰り道は、今日の朝登ってきたコースを逆に下ればよいだけである。しかし、今日は同じ道を下ることはせずに、ゴルフ場角から少し引き返し、もう一つ南側の屋代、佐方の団地群を抜けて、広電山陽女子大前まで下った。

なお、ゴルフ場角すぐ近くにある79.2m三角点は、ゴルフ場内のグリーンそばにあるらしいが、金網越しにのぞいた限りではよく分からなかった。

電停に帰り着くころ、かじかんだ手もやっと元に戻り、雪がこびり付いて凍りついたズボンの裾も融けて元どおりになった。天気は回復し晴れ間がのぞく。後から登った人は、さぞかし展望を楽しむことができただろう。

参考山行記

広島湾岸トレイル・モデルコース

  • Akimasa Net(2016年02月06日)山行記
    観音コース~極楽寺山~平良コース途中~速谷コース
    (出発:中地上バス停(JR五日市駅―山陽本線)、帰着:速谷神社前バス停(広電廿日市市役所前(平良)―広島電鉄宮島線)
    注:速谷コースはその後放棄。

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617m北東尾根~さくらの里~極楽寺山~観音コース(2008/12/20)

Akimasa Net
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中国自然歩道~617m北東尾根~617m峰(縦走路)~牛池林道~さくらの里~極楽寺山~観音コース
(出発帰着:広島市植物公園)

2008年12月20日(土)、単独

はじめに

極楽寺の仁王門下近くの道標(平良コース、キャンプ場分岐)には、広島市植物公園の地名が入っている。今時、極楽寺から植物公園に回る人などいないと思われるが、極楽寺(仁王門下)~屋代コース~植物公園~荒谷林道は、中国自然歩道「矢口・極楽寺ルート」の一部となっているのである。

極楽寺山第4弾は、広島市植物公園を出発帰着として、中国自然歩道を含むコースを考えてみた。(往路で荒谷林道までの中国自然歩道を行く。ただし、復路の観音コースは中国自然歩道ではない)

まず、植物公園から佐伯運動公園を経て倉重登山口に至る。そして、そこから直接山へ登ることなく、中国自然歩道を通って617m北東尾根取り付き(荒谷林道合流点手前)まで、尾根縦走路の東側斜面を北向きに行く。

次に、尾根に取り付いて617m(縦走路)を越え、尾根反対側の牛池林道を通りアルカディア・ビレッジまで下る。さらに、アルカディア・ビレッジから「さくらの里」経由で極楽寺山頂部まで登り返し、観音コースを下り植物公園まで帰るコースである。

ただし、今日は時間が押してきたため、アルカディア・ビレッジをあきらめ、牛池林道を逆にさかのぼって極楽寺山頂部まで登り、観音コースを下ることにした。

牛池林道まで下りて左手に少し登ると、伐採後の木材積み出し作業中で前に進めない。右横をみると、皆伐で「さくらの里」までのルートは全くわからない。ここから引き返すのも面白くないので、なんとか「さくらの里」まで歩きとおし、後は予定どおりのコースを下った。

極楽寺山百回登山(登山ルート地図)によれば、この区域は「2008年11月現在、植林伐採通行止め」となっている。無理をして通るべきコースではない。

今日のコース&コースタイム

広島市植物公園9:33-佐伯運動公園分岐9:37-窓ヶ山をみる9:51-山陽道陸橋9:52、9:54-佐伯運動公園9:57-古墳10:03-上の駐車場10:06、10:13-中国自然歩道案内板、火葬場-倉重登山口10:16-小さな沢、水なし10:20-オオルリ沢10:23(崩落跡あり)-支尾根越える10:27-涸沢10:28-中国電力管理道あり-右分岐(下河内)10:30-小さな沢、水あり10:34-小尾根、右から回りこむ10:36-小沢10:38-沢、水少々10:41-沢沿いに左へ行く(水音)10:45-風の沢渡る10:48-尾根突端10:53-少し登る、右から巻く、下る-小沢10:54-617m北東尾根取り付き10:56(振り返ると太陽、168度、樹間高井山の上にある)、取り付き216度-出発11:03-急登一段落11:07-太陽正面11:08-第一鉄塔11:10、11:12-小コブ11:13-小コブ11:15-肩11:26-巻き道-第二鉄塔を右下(330度)にみる11:27-やや平11:30-少々コブ11:31-最後の登り-ピーク巻く11:34-617m11:35、11:37-第三鉄塔11:39、11:45-分岐左へ11:46-谷底を下る、右に小さな沢、水音-2トン車は入りそうな作業道-牛池林道11:57-作業中12:00(右折)-自然林12:10-左分岐あり(鉄塔管理道?)12:14-さくらの里12:19-アルカディア・ビレッジ分岐12:20-極楽寺分岐12:26-登りつく、平-少々コブ12:29-分岐ピーク12:30(蛇の池0.2km、管理棟0.4km、さくらの里0.4km)-分岐あり12:31(展望広場0.8km、管理棟0.4km、蛇の池0.1km)-木段登り-小コブ12:33-下り-平ら、ほんの少し登り12:36-少々コブ12:36-下る-分岐12:38(展望広場0.4km、管理棟0.8km、蛇の池0.1km)-木段登る-少々コブ12:40-ややまた登る-魚切ダム方面分岐12:41-下る-分岐、すぐに少々コブ12:42(展望広場0.2km、蛇の池0.3km、多目的広場0.2km)-少し下る、下る-鞍部12:45(展望広場0.1km、蛇の池0.4km、管理棟0.4km)右前方にトラバース道-極楽寺山693m12:50、13:20-第二駐車場13:23-モミ森林-平良コース分岐13:30(左:広島市植物公園、右:廿日市市・原、来た道:キャンプ場)-仁王門下13:31-極楽寺661m13:35、13:41-観音コース下山口13:42-あと0.2km13:48-十一丁13:49-十丁13:49-九丁13:52-尾根右手13:53-あと0.4km13:54-展望ベンチ13:55-落ち着いた尾根13:57-登るご老体14:00-あと0.6km14:01-やせ尾根、尾根を左手にする、右手前に海-左手向こうの尾根をみる14:05-五丁?14:07-あと0.8km14:08-二丁14:18-右手沢沿い14:19-観音登山口14:21-山陽自動車道14:26-一つ休観音(病院前)-観音台入口バス停14:35-五日市高校前バス停14:45-運動公園分岐14:58-広島市植物公園15:02

  • 広島市植物公園(24分)佐伯運動公園(19分)倉重登山口
    小計43分
  • 倉重登山口(40分)617m北東尾根取り付き(32分)617m
    小計1時間19分(尾根取り付き7分を加える)
  • 617m(2分)第三鉄塔(12分)牛池林道(3分)さくらの里分岐(19分)さくらの里・アルカディア・ビレッジ分岐
    小計43分(第三鉄塔6分を加える)
  • アルカディア・ビレッジ分岐(6分)自然探勝路(24分)極楽寺山693m
    小計30分
  • 極楽寺山693m(3分)第二駐車場(7分)平良コース(5分)極楽寺661m
    小計15分
  • 極楽寺661m(1分)観音コース下山口(13分)展望ベンチ(26分)観音コース登山口
    小計40分
  • 登山口(14分)観音台入口バス停(10分)五日市高校前バス停(17分)植物公園
    小計41分
  • 総合計5時間29分(全ての時間を含む)
    (617m2分、極楽寺山30分、極楽寺6分を加える)

広島市植物公園~佐伯運動公園~倉重登山口

広島市植物公園駐車場から、車道を南に少し下り、右折して植物公園の西側を北向きに登る。山陽自動車道の五日市トンネル北東側出口付近を陸橋で渡ると佐伯運動公園である。広い駐車場がある。

運動公園を右手にして北西になおも登る。運動公園上の駐車場近くには、中国自然歩道「矢口・極楽寺ルート」案内図があり、ここでもきれいに修復されていた。(2008年12月6日山行記の屋代コースを下る、参照)

もう少し登ると火葬場がある。入口付近から、建物を隠すため板張りの真っ直ぐな壁が延びている。倉重登山口はその板壁の先にある。

中国自然歩道~617m北東尾根取り付き

倉重コースは、登山口から山に向かっている。今日は、そちらへは行かず、登山口右手の中国自然歩道に踏み込む。中国自然歩道は、最初こそ多少草が被っているが、その先には快適な踏み跡が続いている。幾度となく当地をおそった台風などの爪あとはほどんど残っていない。

まず最初は、谷に向かって下る。勾配が落ち着いてくると、谷を右手にしながら、沢を越え尾根を巻いて少しづつ登って行く。GPSを使ってみたが軌跡が乱れる場面が多くあった。きれいに取れている箇所で、明らかに地形図黒点線からずれていると思われる箇所もある。

しかしながら、右分岐(下河内)が一つあるものの一本道である。迷う心配はない。ただし現在位置を把握するのはなかなか難しい。比較的大きな沢の名前を書いた「道しるべ」が3つあり、現在位置を把握する材料として役立つ。なお、この道標は以前には見たことがないものである。

  • オオルリ沢:280mピーク支尾根手前の沢
  • 涸沢:280mピーク支尾根を越えてすぐの沢
  • 風の沢:388mそばの沢

風の沢を越えると、すぐにこのコース最高点に達する。そして、右前方の樹間の向こうにかすかに山並をみるようになると、617m北東尾根取り付き(標高390mくらい )はもうすぐである。

参考:中国自然歩道は、そこから尾根を巻いて左に鋭角に曲がって下り、荒谷林道に至る。さらに、その先の魚切ダム方面に行くには、まず、荒谷林道を下り大杉橋(荒谷川)から中国自然歩道に入る。そして、旧河内峠を越えて、魚切ダム上部を通り河内下原バス停に至る。(ここで歩く荒谷林道部分は、中国自然歩道に組み入れられているのだろう)

617m北東尾根を登る

この尾根の登り下りについては、2001年05月04日(金)、2004年12月18日(土)、2005年01月08日(土)を参照。

中国自然歩道から、左手の617m北東尾根に取り付き南西に登る。急登である。ここでは、尾根右手の送電鉄塔がよいアクセントとなる。

尾根に取り付き、すぐに太陽を真正面に受けて登るようになる。標高440mくらいに第一鉄塔があり、鉄塔基盤の石垣沿いに手前を左手に巻いて行く。

鉄塔の真横まで登って振り返ると、右手小尾根(磁北から88度)の上の雑木が刈り取ってある。上から下ってきた場合、そこへ向けてまっすぐ下ると後で苦労するだろう。ここを下る場合には、尾根の方角を確認することが大切である。

さて、標高560m台で、コースは右から巻き気味に登るようになる。すぐに第二鉄塔を右下(磁北から330度)にみる。上から下ってくる場合には、いったん鉄塔の方に近づいて下る位置関係になる。

なお、地形図をみると、ここでは登山道と鉄塔との標高差約20mくらいになるが、実際には送電鉄塔の位置は標高560mくらいで、標高差10mくらいではないかと思われる。ただし、そうなるとここで送電線がほんの少し屈折していることになるのだが、実際どうなっているかは分からない(地形図では直線)。

617mピークの北側に登りつき、縦走路に合流する。左手のわずかな高みが617mピークであり、そこまでほんの少し登って陸軍省標石を確認する。その向こう、縦走路南側の踏み跡は意外と狭いように感じる。

617mから牛池林道まで下る

617mから縦走路を西に行くと第三鉄塔がある。大峯山や阿弥陀山がみえる絶好のビューポイントである。先着の男女ペアがあり、彼女もここの場所が好きだという。今日は白河まで行くといって先に腰をあげ、さらに西へ向けて稜線上を下って行った。

すぐ後を追っていくと、私が牛池林道に下りるために、稜線を外れて左下に下っていく地点で、稜線上のかすかな踏み跡に向けて、右前方に苦もなく突っ込んで行かれたようだ。さすがこの辺りを歩きなれていらっしゃるようである。ここでは、明瞭な踏み跡は左下に向いて付いているのである。

さて私は、送電線の走る谷を右手から左手に移動して、その向こうの植林帯に入り込んだ。極楽寺山百回登山(登山ルート地図)では、この谷は「藪化、通行やや困難(2008年3月)」としており心配したが、特に何の問題もなかった。

牛池林道から「さくらの里」に向けて踏み込む

牛池林道に飛び出して、来た方角を振り返ると、植林帯の入口はほとんど分からない。以前にも牛池林道を歩いていて、ここを通り過ごしてしまったことがある。

それはともかく、林道を左へ少し登ると、伐採後の材木を運搬するための作業中である。トラックが林道中央に止まっており前に進めそうにはない。幸い右手に見える踏み跡は、さくらの里に至る道のようである。

一応踏み込んでみると、前方がすべて伐採されており、切り倒した雑木などが地面一杯に敷かれている。行くべき道はまったく分からない。右手に少し登って目を凝らすと、左手下手が通れそうにもみえる。足をくじかないように慎重に木の上を歩いて移動する。

左手の沢左岸まで下ると、元の槇道跡が残っており、そこを南西にさかのぼる。しばらくすると、まだ伐採されていない箇所になり歩きやすくなる。

注意:ただし、極楽寺山百回登山も、「2008年11月現在、植林伐採・通行止め」としている。安易に踏み込むべきコースではない。

槇道を行けば、やがて663.4m三角点南側の「さくらの里」に至る。

「さくらの里」~自然探勝路~極楽寺山693m

「さくらの里」広場の南端にアルカディア・ビレッジ分岐がある。そこから、舗装道(地形図黒実線)をさらに南西の方角に登る。そのまま地形図どおり行けば 林道極楽寺線入口ゲートに達する。

その手前、坂を登りきった小さな峠に「極楽寺山」分岐(標高660m台)があり、左手の未舗装木段を登る。その先は、蛇の池と牛池の間を行く尾根道となっており、落ち葉を踏んで気持ちよく歩くことができる。この道のことを、各種ガイドでは「自然探勝路」といっている。

蛇の池の北側から東側に回り込むこの尾根は、ゆるやかなアップダウンを繰り返しながら、やがて魚切ダム方面入口を経て極楽寺山693mに至る。途中にはいくつかの道標があり、それぞれの場所から右手の蛇の池へ下りることができる。また、それぞれの道標ごとに展望広場(極楽寺山693m山頂)までの距離が示されている。

極楽寺山693m(展望広場)には東屋もあるものの、展望はそれほど開けてはいない。大峯山~阿弥陀山を見ることができる程度である。東郷山も見えるとされるが、樹木に阻まれるようである。

今日は、阿弥陀山の8~10度左に山影を見る。十方山~前三つ倉あたりであろう。そのさらに左は湯来冠山か。いずれの山頂部も、雪があるかどうかまではよく分からない。なお、大峯山の方角に山頂から踏み跡が付いており、山頂部西側につけられたトラバース道の最高地点に至ることができる。

極楽寺山693m~第二駐車場~平良コース~仁王門~極楽寺661m

極楽寺山693mから向こうの木段を下りて第二駐車場に至る。今日は、ここから左手の舗装道をたどって極楽寺661mまで行くことをせず、舗装道の西側下に回りこんで、谷間のモミ大木を鑑賞しながら、いったん平良コースに出た。

平良コースに合流して左をみれば、すぐに仁王門下である。仁王門の横をすり抜けて極楽寺661mに上がる。

極楽寺661m展望

極楽寺661mからの展望を少し楽しむ。小春日和、すこし霞む天気が憎らしい。絵下山の右奥に灰ヶ峰が大きく、両者間の奥に膳棚山(野呂山)も見える。灰ヶ峰と似島(安芸小富士)の間にうっすらと見えているのは、上蒲刈島(七国見山)であろうか。能美島の左奥に倉橋火山が尖がり、両者の間にも島影が見える。中島であろうか。能美島の右手前、絵の島、大奈佐美島のずっと奥に見えているのは、津和地島などであろう。大黒神島の右手前、小黒神島の奥は、柱島、小柱島などであろう。そして、宮島の向こうには周防大島が延びている。

観音コースを下る

観音コース下山口は、阿弥陀堂の裏にある。特に標識はなにもない。最初は幅広の道をジグで急下る。箒をかけて落ち葉を取り除いてあるのだろうか。山頂部では、道の真中に落ち葉はない。

コース上には、(山頂まで)あと○kmを表わす道標がたっている。登山口には「これより1.2km」があり、その他の道標は、山頂部の「あと0.2km」から200mごとに0.8kmまで確認できた。1.0kmは消失したのか見つからなかった。また、昔の石柱があり、山頂下の十一丁から、十丁、九丁とあり、途中は分からず、五丁?そして最後に二丁を発見した。

登山道途中では深い塹壕状態の箇所もあり、昔から地元の人によってよく踏まれた道のようである。取り付き地点までの交通の便は決して良いとはいえず、現在ではあまり利用されているとは思われないのだが。それにしては登山道の状態は非常によい。

と、そのようなことを考えながら下っていると、下から長い竹製の杖を両手に持ったご老体が登ってこられた。今日もこの広い極楽寺山頂部のあちこちで何人ものヒトに出会った。人それぞれの山がある。

観音コース登山口~植物公園

広電楽々園~観音コース登山口までは、2008年12月6日山行記参照。

観音コース登山口から舗装道を南東に下る。山陽自動車道の下をくぐり、病院前の「一つ休観音」を経て観音台入口バス停に至る。ここから、2008年12月6日山行記のコースを前方に分けて左折、概ね北東の方角に行く。大通りを右左折して五日市高校前バス停を通り、植物公園駐車場に帰り着く。植物公園手前では、今日通った佐伯運動公園方面への道を左に分けて直進する。

小春日和のなか、ゆったりと静かに歩き回ることができて満足。

参考山行記

広島湾岸トレイル・モデルコース

  • Akimasa Net(2016年02月06日)山行記
    観音コース~極楽寺山~平良コース途中~速谷コース
    (出発:中地上バス停(JR五日市駅―山陽本線)、帰着:速谷神社前バス停(広電廿日市市役所前(平良)―広島電鉄宮島線)
    注:速谷コースはその後放棄。

広島湾岸トレイルの周辺を歩く

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倉重コース~牛池林道探索~617m峰~小畠2コース(2008/12/29)

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 広島湾岸トレイル >> 極楽寺山トップページ

倉重コース~牛池林道探索~617m峰(縦走路)~小畠2コース(参考・小畠99コース)
(出発帰着:佐伯運動公園(広島市佐伯区))

2008年12月29日(月)、単独

はじめに

注釈(2019/05/06)

  • 倉重コース:従来から、倉重谷コースとしていたコース名を改めることにする。
  • 小畠コース:従来から、倉重尾根コースとしていたコース名を改めることにする。
    (さらに、小畠1,2,3に細分化する)
  • 小畠99コース:従来から、倉重”新”谷コースとしていたコース名を改めることにする。
  • それぞれのコースを区別しやすくするためである。

  • 極楽寺山の北側尾根縦走路:極楽寺山から北向きに、663m峰(旧陸軍省標石有り)~倉重下山口~(小畠99下山口~小畠下山口・途中から小畠1,2,3に別れて下る)~617m峰(旧陸軍省標石有り)~大杉集落まで尾根筋を歩くことができる。なお、617m峰のことを小畠山(小畑山)と称するようである。
  • 中国自然歩道:倉重登山口から縦走路尾根の東面を北向きに行く。
  • 牛池林道:縦走路尾根の西側に並行している。
  • 倉重コース:佐伯運動公園上の倉重登山口からごく大まかには西向きに登り、極楽寺山の北側尾根縦走路(倉重下山口)に乗る。尾根を左手(南向き)に行くと、663m峰(旧陸軍省標石有り)を越えて極楽寺山に達する。
  • 小畠コース:617m峰のやや南側(縦走路)から、縦走路尾根の東面を下る(途中から、小畠1,2,3に別れて下る)。送電線鉄塔管理道や槇道などが複雑に絡み合いながら分岐している。最後は、倉重コースあるいは中国自然歩道に合流する。
  • 小畠99コース:倉重下山口の北側(縦走路)から、縦走路尾根の東面を下る。超急坂である。倉重コース途中で合流する。お薦めできない。

なお、各ページ本文の書換えは完璧ではない。

倉重登山口からは、山に向かって倉重登山道(倉重コース)が登っている。登山道途中には、右に分岐して各枝尾根を登るコース(小畠2、小畠1、そして小畠99コース)がある。

なお、倉重登山口の右横には、中国自然歩道(2008年12月20日山行記)の入口がある。

今日は、極楽寺山第5弾として、倉重コースを上がり、縦走路の向こうの牛池林道と縦走路との位置関係を確認しながら、617m峰(陸軍省標石、縦走路)まで行って引き返し、途中から小畠コース(小畠2コース)を下った。

予定では、小畠99コースも歩いてみるつもりだったが、実行しなかった。

なお、”小畠山の一枚岩”標識=小畠2コース取り付きに至る左折点のはずだが、今日の山行記では二つのポイントは異なっている。(2019/05/06追記)

注:広島市植物公園から佐伯運動公園を経て倉重登山口に至るまでは、2008年12月20日山行記参照。

今日のコース&コースタイム

佐伯運動公園上10:27-倉重登山口10:31-左下、沢へ分岐あり10:33-中尾根状態10:37-少々コブ(右分岐あり)10:42-小畠山の一枚岩標識10:43-右分岐あり(右岸に渡る)10:44、10:47-右に屈折10:53-少し登る-小さな沢、右岸へ10:57-尾根に乗る11:04-尾根右手トラバース11:08-尾根左手トラバース11:11-尾根横切って左へ11:12-再び尾根右手トラバース-右屈折11:14-山頂部縦走路 (倉重下山口)11:18、11:19-牛池林道(倉重下山口取り付き11:20-観音北(三角点)コース下山口取り付き11:27-右分岐、縦走路に入る11:31)-左に小コブ11:32-倉重下山口11:37-送電鉄塔11:40、11:47-少々コブ11:49-左下、伐採11:50-少々コブ11:51-少々コブ、右分岐あり(倉重”新”谷コース、標高590m台)11:53、11:55-小コブ(標高590m台)11:57-小コブ(標高600mくらい)11:58-急下る手前(標高600mくらい)12:01-(下って登る)-右分岐あり(倉重尾根コース、標高600mくらい)12:05-標高610m台ピーク12:05-急下る手前12:07-陸軍省標石617m12:10、12:29-登りつく12:32-610m台ピーク12:33-左分岐(倉重尾根コース、標高600mくらい)12:34-狭い廊下12:41-道迷い(12:44~引き返す12:51~元の地点12:54)-狭い廊下13:06-送電鉄塔管理道13:08、13:10-小畠山の一枚岩標識(沢近く)13:12、13:13-送電鉄塔管理道分岐(倉重谷・尾根コース分岐)13:14-倉重登山口13:22-佐伯運動公園上13:24

  • 佐伯運動公園上(4分)倉重登山口(12分)小畠山の一枚岩標識(1分)小さな橋を渡る(20分)尾根に乗る(14分)山頂部縦走路(倉重下山口)
    小計51分
  • 山頂部縦走路(倉重下山口)(1分)牛池林道(7分)観音北コース下山口取り付き(4分)引き返して右分岐、縦走路に入る(6分)山頂部縦走路(倉重下山口)
    小計18分
  • 倉重下山口(3分)送電線鉄塔(6分)小畠99コース分岐(10分)小畠コース分岐(5分)陸軍省標石617m峰
    小計33分(送電鉄塔7分、小畠99コース分岐2分を加える)
  • 陸軍省標石617m峰(5分)小畠コース分岐⇒小畠2を下る(24分)送電鉄塔管理道(1分)倉重コースに合流(8分)倉重登山口(2分)佐伯運動公園上
    小計40分(送電線鉄塔管理道2分を加える、道迷い10分、ロスタイム3分は除き最後に加える)
  • 総合計2時間57分(全ての時間を含む)
    (山頂部縦走路(倉重下山口)1分、617m19分、道迷い10分、送電鉄塔管理道2分、ロスタイム3分を加える)

倉重コースを登る

佐伯運動公園上の駐車場から、広島市五日市火葬場を覆い隠す板壁の道を通り抜け倉重登山口に至る。ここから中国自然歩道は右手に行く(2008年12月20日山行記)。今日は、登山口から真っすぐ草むらの踏み跡を追ってゆき、左手に沢音を聞きながら倉重川左岸を登る。

道はやがて中尾根状態となり、右手にもほんの小さな谷が続いている。地形図黒点線よりは北側(沢から少し離れている)を登っているようである。

小畠2コース取り付き

標高330m~40mくらいで、右斜め後に、きれいな鉄塔管理道(小畠2コース取り付きに至る)を分けて少し行き、沢近く(”小畠山の一枚岩”標識)までほんの少し急下る。

沢には石組みの古い堰堤が見える。左手下流部を見ると倒木が折り重なっている。ここでは、元の沢沿いの道が使えなくなったため、沢岸の少し上部(今来た道)へ登山道を付け替えたのかもしれない。

そこからすぐのところで、右手から小さな沢が流れ落ちている。沢の両岸は古い石組みでできており、左岸上流部に踏み跡がある。古い木橋で、その小さな沢の右岸に渡り、その向こうの大きな沢の左岸を行く。地形図黒点線のやや北側である。

小畠99コース取り付き

右左に小さく振れながら行くと、もう一つ小さな沢が右から流れ落ちている。そこに右分岐(小畠99コース、標高400mくらい)がある。その小さな沢を右岸に渡り、小さな尾根を乗り越えると、左手向こうに大きな谷をみるようになる。

大きなジグで右手の尾根(標高470mくらい)に乗る。樹間北側に町並みが見えるようだが、どの辺りを見ているかは全く分からない。その後も大きなジグを繰り返す。尾根上を真っ直ぐ登ることなく、左右に尾根をみながらトラバースぎみに登る。最後は、右手に尾根、左手に深い谷をみながら山頂部縦走路(560m台鞍部、倉重下山口)に至る。

何度か通ったことのあるコースだが、尾根部分とその下の沢部分の記憶は全くなかった。ひょっとして、古い踏み跡復活かなと思ったほどである。

倉重下山口から、牛池林道を探索して縦走路に入り、倉重下山口まで戻る

ところで、山頂部縦走路を魚切ダム方面に行く場合、途中で、必ず一旦牛池林道に出なければならない。つまり、極楽寺山693m~魚切ダム方面入口~陸軍省標石663m(縦走路)~「牛池林道の一部」~陸軍省標石617m(縦走路)~(魚切ダム方面)である。

もう少し詳しくみると、次のようになる。すなわち、極楽寺山693mから北向きに下り、自然探勝路を少し行って魚切ダム方面入口を右折する。陸軍省標石 663mを登り、さらに北向きに下る。観音北(三角点)コースを右に分けてすぐ610m台鞍部の土塁を左に行くと、牛池林道に出る。ここは、林道に出る以外にルートはない。その地点を、牛池林道の「観音北(三角点)コース下山口取り付き」と名付けておこう。

牛池林道(山頂部縦走路の一部として)を歩く

今日は、その辺りの位置関係を確認するため、牛池林道を北から南へ「観音北コース下山口取り付き」まで行って引き返し、倉重下山口(560m台鞍部)まで戻った。

まず、山頂部縦走路(倉重下山口)から牛池林道に出る。林道を左にさかのぼり牛池方面に向かうと、左後ろに縦走路入口(小さな尾根突端)がある。そこに入れば、先程の倉重下山口に帰り着くことができる。

今日は、そこからもう少し牛池方面まで行き、「観音北(三角点)コース下山口取り付き」を確認してから引き返すことにする。

「観音北(三角点)コース下山口取り付き」から牛池林道を引き返し、ほんの小さなコブを越えて少し下る。林道が左へカーブして下る手前、右前方に小さな尾根突端(先程の縦走路入口)があり、踏み跡(縦走路)に取り付く。牛池林道のここの部分が、必ず山頂部縦走路として使われる(ここ以外にルートはない)部分である。

踏み跡(山頂部縦走路)に入る

山頂部縦走路の踏み跡に入ると、右下には深い谷があり植林帯となっている。左に小コブをみて、右からトラバース気味に行く。やがて急下り、左手下に林道が見え隠れするようになると、倉重下山口(560m台鞍部)は近い。

もちろん、途中で山道に入らず林道をそのまま下り、先ほど通ったのと同一のコースを逆向きに行っても倉重下山口に至ることはできる。なお、牛池林道の「倉重下山口取り付き」は、林道が大きく左(北西)へカーブする地点にある。

倉重下山口~陸軍省標石617m峰まで行く

倉重下山口から陸軍省標石617m峰まで、なおも北向きに行く。

倉重下山口から、山頂部縦走路を北向きに少し登ると送電鉄塔があり、右手に展望が開ける。ただし、今日は霞んでおりよくは分からない。その先の標高580m台に小さなコブが並んでおり、それらも越えてゆく。途中で左手下が伐採されており牛池林道まで見下ろすことができる。

小畠99コース下山口

標高590m台にも小さなコブがある。右分岐があり、150度で急下っている。小畠99谷コースである。2004年12月25日山行記では、「小畠99コースはとにかく急下る。かなりしんどい。それでも送電鉄塔あたりからは少し落ち着いてくる」としている。急下るコースで少々危険を感じる。あまりお薦めではない。

さて、590m~600m台にも小コブがある。そして、600m台から少し下って登ると、右分岐(標高600mくらい)がある。小畠コース(あとで下る)である。今日はさらに先の610m台を越えて下り、もう一登りして617m峰の陸軍省標石を確認した。

縦走路は、617m峰から左手前方へ延びていく。また、ピークをほんのわずかに下った所で右折すれば、617m北東尾根コースに至る。(2008年12月20日山行記参照)

小畠2コースを下る

小畠コースは、過去に二度(2004年12月23日、25日)登ったことがある。尾根の下辺りで、道がはっきりせずちょっと苦労した経験がある。今日はそれを上から下った。そして今日も迷った。一般道として扱うのはためらわれるコースである。

さて、小畠コースの下山口は先ほどやり過ごしている。下山口に至るには、617m峰から南向きに縦走路を少し引き返さなければならない。

すなわち、617m峰から少し下り、隣の610m台を越えて600mくらいの地点に至る。そこが小畠コース下山口(左分岐)であり、支尾根上158度(磁北から)に踏み跡が下っている。

最初から小潅木がうるさい。踏み跡がよく分からない。勘を頼りに下っていると、別の方向から少しよい道が現われたりする。そうこうしながら、標高550m~70mくらいでせまい尾根を通り抜けて下る。

その後でまた分からなくなった。標高540mくらいから40m程度ほぼ真南に下ったが、どうもおかしい。道がない。引き返す。ほんの少し東側に移り、南南東に下る。ここからは踏み跡を追ってゆくことができる。(注:小畠1を下りかけて、小畠1,2の分岐点まで登り返し、改めて小畠2を下っている。2019/05/06)

無事、小畠2コースの取付きまで下る。左右によい道(送電鉄塔管理道)が付いており、そこを右折して下る。ここで、無意識に「小畠山の一枚岩標識(沢近く)」まで下ってしまった。少し引き返し、先ほど下ってきた管理道を左前方に分けて右折し、行くべき道(倉重コース)を倉重登山口まで下る。

小畠2コースの取り付きは、倉重登山口から倉重コースを登り、「小畠山の一枚岩」標識より少し手前で、右横の送電鉄塔管理道に入って少し登った左手にある。そして管理道は、小畠2コースを左に分けて、なおもその向こうまでよい道が続いている。

なにはともあれ、無事に出発地点に帰りつくことができた。京都一泊旅行の翌日である。超軽めのコース設定であったが、小春日和のなかを楽しむことができて満足。山中では誰一人お見かけしなかった。

参考山行記

広島湾岸トレイル・モデルコース

  • Akimasa Net(2016年02月06日)山行記
    観音コース~極楽寺山~平良コース途中~速谷コース
    (出発:中地上バス停(JR五日市駅―山陽本線)、帰着:速谷神社前バス停(広電廿日市市役所前(平良)―広島電鉄宮島線)
    注:速谷コースはその後放棄。

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アルカディア・ビレッジ~極楽寺山、往復(2009/01/03)

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 広島湾岸トレイル >> 極楽寺山トップページ

アルカディア・ビレッジ~極楽寺山、往復
自然探勝路、探索(林道極楽寺線よりも海側部分)
(出発帰着:アルカディア・ビレッジ)

2009年01月03日(月)、単独

はじめに

アルカディア・ビレッジ~(さくらの里)~自然探勝路(林道極楽寺線よりも海側部分)~極楽寺山頂部(661m、669m)~自然探勝路(蛇の池の東~北側)~(さくらの里)~アルカディア・ビレッジ

極楽寺山連続第6弾には、アルカディア・ビレッジからの往復コースを選んだ。さくらの里からアルカディア・ビレッジへは一度下りたことがあるけれども、ほとんどコースを覚えていない。 蛇の池周辺の自然探勝路が、自動車道南側(海側)にもありそうなので、そこも一緒に歩くつもりで出かける。極楽寺山山頂部はこれでほとんどすべて歩いたことになる(魚切ダム方面縦走 、再確認を除く)。

今日は再び雪を踏んで歩くことになった。実は昨日、山支度をして自宅を飛び出した。ところが雨で道路が濡れている。極楽寺山頂部を正面に見るころ、再びわずかに降り始めた。そして、山頂部はどんよりとした雲にすっぽりと覆われている。雲のない低地部分にも白いものが見える。山頂部では、雪がまだ降っているのかもしれない。引き返すことにする。

昨日は、箱根駅伝1区で、早稲田大学がトップでタスキを渡すのをみて出かけた。家に帰ってから、5区山登りで東洋大学が驚異的な追い上げをみせて、早稲田大学をかわして往路初優勝する様子をみることができた。

さて今日は、家から南側をみると天気はよさそうである。箱根駅伝では、早稲田大学、東洋大学の一騎打ちが続いている。駅伝に後ろ髪を引かれる思いで出掛ける。

行く先は昨日からアルカディア・ビレッジに決めている。現地まで極楽寺山の南側から登るか北側からにするか迷った。結局北側から行くことにして五日市からさかのぼる。

アルカディア・ビレッジ方面に左折した辺りからだったか、道路に雪が付いている。しまった、無理かもしれない。と思ったが行けるところまで行くつもりで登ると、何とか轍の跡を追えばほとんど雪を踏むことのない状態で、無事アルカディア・ビレッジへ登りつく。

今日のコース&コースタイム

アルカディア・ビレッジ(標高450mくらい)11:00-ベンチ分岐(来た道:ホタル鑑賞水路、右下:冒険広場、行く手:極楽寺山)11:06-小コブ(階段登りきる、標高530mくらい)11:12、11:13-下って太陽正面、左折して右手尾根トラバース-右折11:15-尾根上の木段-11:19~21右左折して再び尾根-11:22木段とぎれる-少々コブ(標高600m 台)11:24-小コブ(標高610m台)11:25-正面左手に663.4mピーク-送電鉄塔11:27、11:31-展望所(標高610m台)11:31、11:36-663.4mを右から巻く-さくらの里西端部11:40、11:41-さくらの里中央道路(標高630mくらい)11:42、11:44-小さな峠(左右に分岐、共に木段あり)11:50、(左分岐へ入る11:51-送電鉄塔11:52-道路に戻る)11:54-林道極楽寺線入口ゲート11:57、11:59-林道極楽寺線-探勝歩道右分岐12:02、12:04-左折12:05-右折12:06-木橋(沢を左岸から右岸へ)12:09-三差路12:11-(右折して左向きに尾根に乗る-展望所12:14、12:44-三差路に戻る)12:46-すぐに木橋を渡る(右岸から左岸へ)12:46-下る-巣丸の滝分岐あり12:51-左折して登る(第一駐車場方面)-天然製生凍豆腐の跡(第一、第二駐車場分岐)12:55、12:58-木段下13:06-展望休憩所(第二駐車場の上)13:08、13:11-第二駐車場(修行大師像、極楽寺山頂693m下)13:14-極楽寺661m13:19、13:49-極楽寺山693m13:55、14:06-合流、左下に分岐あり14:09-小コブ、すぐに左分岐あり-魚切ダム方面入口、右分岐あり14:16-暗部少し手前、左分岐あり14:16-左カーブ登り-小コブ1417-少し下る、やや登る-少々コブ14:19-ほんの少し右へ、ほんの少し下って木段を登る、繰り返し-コブ14:22-木段を下る-鞍部、左分岐あり14:24-木段を登る小コブ14:25-下る-簡易舗装道(右折)14:27-さくらの里(左折)14:32-展望所14:37-分岐左折下る14:50-アルカディア・ビレッジ14:56

  • アルカディア・ビレッジ(31分)展望所(6分)さくらの里(6分)小さな峠、右左折あり(3分)林道極楽寺線入口ゲート
    小計53分(展望所5分、さくらの里2分を加える、送電鉄塔探索4分を除く)
  • 林道極楽寺線入口ゲート(3分)自然探勝路、右分岐入る(7分)三差路(5分)巣丸の滝分岐(4分)凍豆腐の跡分岐(16分)第二駐車場(5分)極楽寺661m
    小計50分(探勝路分岐2分、三差路~展望所往復5分、凍豆腐跡3分を加える)
    (展望所休憩30分を除く)
  • 極楽寺661m(6分)極楽寺山693m(26分)さくらの里(24分)アルカディア・ビレッジ
    小計1時間07分(極楽寺山693m11分を加える)
  • 総合計2時間56分
    (送電鉄塔探索4分、林道極楽寺線入口ゲート2分を加える)
    (展望所休憩30分、極楽寺661m展望30分を除く)

アルカディア・ビレッジ~さくらの里を登る

アルカディア・ビレッジから極楽寺山山頂部に登るには、「さくらの里」を経由して行くことになる。その「さくらの里」までは、「さくらの里」北側の663.4m三角点からアルカディア・ビレッジに流れ落ちる小さな尾根上を登る。途中で、多少右左折してトラバース道を行くこともあるが、基本的には尾根上を行く(木段多し)。

取り付き地点は、もちろんアルカディア・ビレッジであるけれども、細かくは2つのコースがある。第一は、建物の正面玄関を背にして左手駐車場脇から、「ホタル鑑賞水路」を通ってゆくコース、第二は、正面やや右手上の多目的広場から登ってゆくコースである。二つのコースはすぐ上の尾根上で一緒になり、さくらの里を目指して登る。

途中で、送電鉄塔があり、その上が展望所になっている。東郷山、窓ヶ山~向山をみる。それらの後には、雪山も見えているのだが、カシミール3Dが動かず、きちんと同定できない。パソコンが古くなって、メモリ不足の状態になっているのだろう。 将来の検討に備えて、手帳の山並スケッチをしっかりと残しておかなければいけないな。

展望所を越えると、663.4m三角点を右から巻いて行く。コルを越え、「さくらの里」を左下に見下ろしながら、簡易舗装道に入り三差路まで下る。

三差路の左(北東方向)は、「さくらの里」の中を貫く散策道である。なお、その先は行き止まりではあるけれども、槇道が付いており、植林地帯を通って牛池林道に出ることができる。とはいうものの、現在でも植林作業が行われている地域である。安易に踏み込むべきコースではない。

参考:2008年12月20日山行記

さくらの里~林道極楽寺線に至る

三差路を右(南西方向)に取り、舗装道をゆるやかに登ると小さな峠になっており、その先は今度はすこし下りとなる。この峠を横切って左右に分岐があり、それぞれ木段が登っている。

峠の右手(西向き)は、送電鉄塔管理道で鉄塔の先は行き止まりである。左手(東向き)は、蛇の池~牛池の間の小尾根を通って、極楽寺山693mに至る自然探勝路である(今日の帰り道では、ここを逆方向に歩くことになる)。参考:2008年12月20日山行記

さて、峠から舗装道を緩やかに下ると、林道極楽寺線(極楽寺方面自動車道)入口ゲートに至る。

自然探勝路(林道よりも海側部分)を行く

林道極楽寺線に入りわずか左(極楽寺山方面)へ行くと、自然探勝路があり右折して谷を下る。途中で木橋があり、左岸から右岸に渡る。尾根を右手にして下ると三差路があり、右折して展望東屋(標高510m台)に登りつく。

海側に展望があり、それ以外でも、蛇の池の向こう側(自然探勝路、690m・・・極楽寺山693m)が見えているようである。

大黒神島、宮島(弥山、駒ヶ林、岩船岳)から船倉山~大野権現山、野貝原山が大きい。わずかに霞んで見えるが、見通しはかなり良い。大黒神島と宮島の間には柱島と思われる島が見えており、そのはるか上に山並がある。

岩船岳の上に、周防大島(嵩岳~嘉納山~文殊山)が見えているが、そのさらに上に山並がある。四国が見えていることは間違いない。船倉山の左奥には、経小屋山が重なっている。極楽寺661mからの展望が楽しみである。

三差路まで引き返し、右手すぐの木橋で沢を右岸から左岸に渡り、沢沿いを南向きにさらに下る。沢音が聞こえてくるころ、正面に巣丸の滝分岐を分け、左折して東向きの谷に入る。左手に尾根があり、右手に沢音が大きい。地形図を見ると、こちらの谷の方が大きくなっている。

なお、最近GPSを少し使っている。とはいっても、現場では何の役にも立てていない。GPS軌跡を帰宅後に確認するといったいいかげんな使い方をしているからである。そのなかで、ここの三差路の下流部では、GPSの軌跡が地形図谷底(沢筋)右岸を下っている(実際は左岸を下っている)のを発見した。谷底の樹林帯では軌跡にこれくらいの狂いは生ずることがあるのかもしれない。

それはともかく、しばらく東向きに登り、天然製生凍豆腐の跡分岐で右折して、木橋で沢を渡る。尾根に取り付き急な木段を登る。一段ごとの段差が大きく、雪を踏んで登るのは少し神経を使う。

登りついて平坦な尾根に乗り、南東の方角にある展望東屋(標高660m台)を目差す。展望所からは海側に展望が少しある。ただし、樹木に阻まれるため、それ程のものではない。

第二駐車場~極楽寺661m、展望を楽しむ

第二駐車場(修行大師像、極楽寺山頂693m下)まで下り、極楽寺山693mに登ることなく、すぐに極楽寺661m(極楽寺本堂の南側展望東屋)に向かう。はたして展望や、如何に。

四国までまだ見えている。少しじっくり観察しようかな、と思っていると、石鎚山、黒森山、笹ヶ峰など四国の山々の名前が聞こえる。東屋で地面に地図を広げて、ベテランさんが解説をしている声である。

地図は、20万分1地形図を10数枚張り合わせて作ったすぐれものである。地図上には、ポイントとなる山名と見通し線が縦横に引かれている。これは楽しいだろうな。四国まで実際に足を延ばして楽しんでいらっしゃるようである。

さて、宮島左奥の一番上の山並は、佐田岬半島でいいかと聞くと、佐田岬半島は宮島の右奥になるはずだから、ここからは見えない(宮島の右奥は、手前樹木に隠れている)という。二人でストックを当てて確認したので、その場は一応納得したのだが。家に帰ってから確認すると・・・

極楽寺山(カシミール展望図)Akimasa.Netには、次のようにまとめている。(いつも、せっかくの展望図を携行しない悪い癖が裏目に出てしまった)

2003年05月17日山行記の一部として:
宮島の左奥に大黒神島、小黒神島がある。それらのずっと後に、佐田岬半島(壷神山~出石山812m~銅が鳴766.8m三角点~大峰~石神山)や宇和島の山々(高月山、三本杭、鬼ヶ城山)が見えるという。そして、その手前に、周防大島(鯛峰~大見山~佐連山~白木山~嵩岳~嘉納山~文殊山~飯の山)があり、宮島の後を走っている。ただし、岩船岳より西は立ち木に阻まれるようである。(霞む天気でよく確認できない)

今日見た山を確認すると、以下のとおりになる。

灰ヶ峰の右懐奥、豊島
休山~三峰山の上に山並、四国の山々
古鷹山のはるか上に山並、左奥の石鎚山も当然見えているはず
倉橋火山の右奥、中島、
倉橋、能美島の上に山並、四国の山々
小黒神島の奥に、柱島など、
柱島のわずか奥には、周防大島が延びてきている
左奥の鯛峰までは同定できない、しかし、それより奥にも山並
大黒神島の右奥は、やはり佐田岬半島(壷神山)
その右(柱島の奥)は、宇和島の山々(高月山、三本杭、鬼ヶ城山)か
大水無瀬島(三角錐)、その後にも山並、完全に佐田岬半島(出石山812m~銅が鳴766.8m三角点)である
弥山~駒ヶ林の上にも山並?、完全に佐田岬半島(大峰~石神山である
松山はどこ?

極楽寺661mから極楽寺山693m、自然探勝路~さくらの里~アルカディア・ビレッジ

極楽寺661mから第二駐車場まで引き返し、極楽寺山693mのトラバース道を使って山頂に立つ。極楽寺山の西斜面をトラバース道が通っており、その途中でちょっとした峠になっている地点から山頂に向かった。

ここでまたGPSである。極楽寺山693mの位置が、GPS軌跡と地形図とでどうしても合わないのである。どういうことかというと、極楽寺山山頂を南北に走る登山道が693mピークの上を走ってくれないのである。

実際の登山道は、ピークを通っているはずである。それにもかかわらず、GPS軌跡は、ピークのわずかながら西側で、地形図ではちょうど690m等高線を表わす位置を走っている。そのGPS軌跡は、日を変えて何回か取得したものが全てほとんど同じである。山頂部広場(東屋)の東側にもう少し高いピークがあっただろうか。いずれにしても、今後の課題である。

阿弥陀山の左奥に、雪の十方山~前三つ倉を見る。大峯山の右下は、北大峯山であろう。すると、その真後ろの吉和冠山は見えていないのか。

ここからの展望は簡単にすませて、極楽寺山693m北側の木段を下る。そして、自然探勝路を通って蛇の池~牛池の間の小尾根を行き、林道極楽寺線から「さくらの里」に至る簡易舗装道に降り立った。これで、今日は自然探勝路を反時計回りで一周したといってよいだろう。

後は、簡易舗装道を右折して「さくらの里」に至り、左折して山に入る。そして、雪の付いた急な木段を慎重に下り、最後に左手に回りこんで(登りは右手から来た)アルカディア・ビレッジに帰り着いた。

最大約15cmの雪を踏みしめ、ゆったりとした歩きを楽しむことができて満足。

参考山行記

広島湾岸トレイル・モデルコース

  • Akimasa Net(2016年02月06日)山行記
    観音コース~極楽寺山~平良コース途中~速谷コース
    (出発:中地上バス停(JR五日市駅―山陽本線)、帰着:速谷神社前バス停(広電廿日市市役所前(平良)―広島電鉄宮島線)
    注:速谷コースはその後放棄。

広島湾岸トレイルの周辺を歩く

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2009年06月20日

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏跡)>> 十方山トップページ

1)横川越(ボーギのキビレ)、敗退
2)十方山(シシガ谷コース)~内黒峠縦走路~藤本新道
十方山林道から広島・島根県境尾根をめざして敗退、帰り道で十方山へ登る
(出発帰着:二軒小屋)

2009年06月20日(土)、単独

はじめに

私は以前から、広島・島根県境越えの「十方山林道(マゴクロウ谷)~ボーギのキビレ(横川越)~広見林道(オオアカ谷)」間にかつて存在したという往還に興味を持っていた。

ここを通ることができれば、広見林道に入るのに車で狭い488号を通る必要はなく、広島県側から歩いて入ることができる。恐羅漢山・・・広見山~半四郎山登山など、バリエーションが広がろうというものである。

最近になって、本気でこの峠越えをやってみようかなという気にはなったのだが、しばらくの間決心がつかず、今日まで延び延びにしていた。

旅する巨人・宮本常一、雪の細見谷を行く

旅する巨人・宮本常一が、昭和14年(1939年)11月30日、雪の中を細見谷から広見谷に抜けている。その時通ったのが、安芸・石見国境のボーギのキビレ(横川越)である。

旅する巨人・宮本常一(団塊の世代一代記)「Akimasa Net」
(本ページ最下段からリンクあり)

細見谷を通る十方山林道が完成したのは、1953年(昭和28)であり1959年(昭和34)に再整備されている。その場所に、戦前からしっかりとした踏み跡のあったことが、宮本常一の紀行文でわかる。

紀行文は、「村里を行く」三国書房(1943年)として、その他数編といっしょにまとめて出版されている。現在では、未来社版の宮本常一著作集25「村里を行く」(1977年)で読むことができる。

ボーギのキビレ越え(このページ)は、そのうちの「土と共に」( P.141-231)の一項である「雪の峠」(P.210-212)が該当している。桑原良敏は、その"雪の峠"について、以下のような書き出しに続けてその大部分を引用している。

宮本常一氏は、昭和十四年十一月三十日に横川二軒小屋より水越峠とこの県境の峠を越えて広見へ抜けている。氏の著書「村里を行く」に次のように書かれている。・・・・・(宮本常一著作集25未来社版より)

桑原良敏「西中国山地」(1997年復刊版)溪水社P.079

この峠については、益田市在住のクマ研究家である田中幾太郎さん(元中学校の理科教師)が高校1年生の時(昭和29、1954年)、博物学の先生に連れられて初めて細見谷に入ったルートとして、何回も興味深いお話を聞いている。

宮本常一が通った細見谷については、おぼろげの知識しかなかったのだが、今回改めて"雪の峠"を読み返してみよう。

今日のコースタイム

二軒小屋(1時間16分)下山橋(1分)横川越取り付き
 小計1時間26分(下山橋9分を加える)
横川越取り付き~敗退地点
 登り1時間02分、下り40分
横川越取り付き(3分)下山橋(42分)シシガ谷登山口
 小計45分
シシガ谷登山口(1時間08分)十方山
 小計1時間08分
十方山(32分)那須分岐(23分)丸子頭三角点(18分)藤本新道分岐
 小計1時間18分(那須分岐4分、丸子頭1分を加える)
藤本新道分岐(22分)車道(10分)二軒小屋
 小計32分
総合計7時間56分(すべての時間、横川越取り付き3分、下山橋昼食29分、シシガ谷登山口6分、十方山22分、藤本新道分岐5分をすべて加える)

二軒小屋駐車場8:59-(十方山林道)-舗道終わり9:09-十方山登山口(シシガ谷コース)9:32-旧羅漢山取り付き(恐羅漢山に至る)9:34-水越峠9:40-9号橋9:49-下山橋10:15、10:24-横川越取り付き10:25-10:28-撤退11:30-十方山林道12:10-下山橋12:13、12:42-9号橋13:07-水越峠13:17-シシガ谷登山口13:24、13:30-水場13:47-少々コブ14:33-十方山14:38、15:00-奥三ツ倉15:18-那須分岐(前三ツ倉)15:32、15:36-展望15:44-丸子頭分岐15:57-丸子頭三角点15:59、16:00-丸子頭分岐16:01-1152m16:12-藤本新道分岐16:18、16:23-小コブ16:36、16:38-車道(県道252号・恐羅漢公園線)16:45-二軒小屋駐車場16:55

二軒小屋にて

二軒小屋駐車場に私が車を止めると、それに続いて中年男性が一人、私の横に車で入ってきた。手にしているのは「広島の山へ行こう!」(南々社)だろうか。どちらまで? 恐羅漢山です。というので、そこの道を牛小屋高原まで行けば、そこから登れますよ、とお教えする。すぐに車で登って行かれた。

横川越え取りつき口

二軒小屋から、十方山林道を順調に歩いて下山橋(標高870m台)に至る。下山橋から、林道(細見谷川右岸沿い)をさらにほんのすこし南向きに下ると、右手の広島・島根県境尾根から水流が落ちている。マゴクロウ谷である。ここが県境越えの取り付きとなる。

宮本常一は雪の中を苦労しながら進んでいる。

横川の谷は東北から西南へくい込んでいる。(一部略)
横川から奥、古屋敷、二軒小屋などをすぎて行く。(一部略)
雪は次第に深くなった。(一部略)
村をはずれると雪が急に深くなった。(一部略)
雪の中に杖をたててみると一尺ばかりはある。(一部略)

二軒小屋のはずれから峠の頂上までは十〇町ばかり、それが峠というほどの坂ではなくて平坦に近い谷間の道なのだから、雪がなければ無造作に越えられるのである。

今朝ほどからどうしてもこの峠をこえてみたいと思ったのは峠の名にひかれたからで、傍示峠というのがその名である。傍示というのは境のことで、関西一円に今も未だ用いられている。そしてこれを地名とするところも多い。この傍示は山県郡と佐伯郡の境を指しているものであろう。(一部略)

ようやくにして峠の上に立った。そこからしばらく下り、また登るのである。あたりは栃、楢、欅などの密林で、道は僅かに足をふみたてるほどのものである。雪はもう二尺もあった。

宮本常一著作集25未来社版P.210-211

ここで傍示峠とは水越峠のことであり、氏の思い違いであろう。

桑原は、広島・島根県境の峠のことを「横川の人が〈ボーギのキビレ〉と呼んでいる」のを聞いて、広島県の山県郡と佐伯郡の境の峠(水越峠)のことを「〈傍示峠〉と一般化したのであろう」としている。

ホーシ、ボーシ、ボーギ、ボージは国境や村境の呼称・・・
キビレ、クビレが鞍部、峠を意味する・・・

一般に国境の標示には木柱が使われていた。村人はこれを榜示木とか榜木(ボーギ)と呼んでいた。榜木峠、棒木峠という名の峠はかなりある。

桑原良敏「西中国山地」P.80

さて、マゴクロウ谷右岸に沿って踏み込むと、古びた木製の小さな標識がある。表面には「横川越え?-恐羅漢山、登山口」と書かれているようである。字の部分が浮き上がっており、趣のある「道しるべ」である。

その昔、横川越え(ボーギのキビレ)に登り着くと、向こう側の広見林道に下る道に加えて、県境尾根を恐羅漢山まで行くルートがあったのだろうか。現在ではこの付近の県境尾根は、ササやぶのため夏季はほとんど通行困難とされており、積雪期に山スキーを楽しむ人たちが入るくらいのようである。

マゴクロウ谷を登り、峠手前で敗退

横川越えの昔の道は踏み跡すら全く分からない。ササやぶを漕ぎながら少しづつ登る。見上げる谷の上に空は見えているものの、なかなか近づかない。登っていても全然面白くない。

シビレを切らし、キビレの標高1020m台に対して標高980m付近、高度差あと40~50mの地点で撤退とする。それでも、林道から高度差110mくらい(全体の2/3以上)は登っていたはずである。

第二の峠は杖を二本にして両手に持ってのぼってみた。それでもころげた。元来、一人がやっと歩けるほどの細道で、それがすっかり雪に埋もれた急坂であり、未だ誰も通っていない。地図の上で見ればわずかな距離だけれども峠から次の峠まで二時間もかかったであろう。

宮本常一著作集25未来社版P.211

この第二の峠がボーギのキビレ(横川越え)である。今日の私は、水越峠からボーギのキビレ取り付きまで45分(ただし手前の下山橋で休憩9分あり)。取り付きからキビレまでの登り2/3以上で1時間05分である。

さて今日の私は、峠に至ることなく十方山林道近くまで下る(戻る)。そこから林道に合流するためには、沢の右岸を行かなければならない。ところが、最後に勢いあまってそのまま沢の中を下ってしまった。

前方を見ると、コンクリートで固めた立派なトンネルがある。沢の水を細見谷川まで落とすためのもので、十方山林道の下をくりぬいて造ってある。大人が立って歩くのに十分な大きさがあり、底部の岩盤はむきだしのまま残っている。その岩場ですべらないように気をつけながら、トンネルをくぐり細見谷川まで下る。

河原を左手にほんの少しさかのぼり、下山橋手前で昼食をとる。

シシガ谷を登る

十方山林道を引き返す

昼食後、十方山林道をシシガ谷登山口まで引き返す。途中、渓畔林を過ぎてスギがぽつぽつ出てくるあたりで、中年の男女1組が細見谷川に向かって並んで座っている。

十方山林道はどこですか?と聞かれた。ここはもう十方山林道に入ってます。せっかくなら、もう少し行けばもっとすばらしい所がありますよ、と答えた。

シシガ谷コースに取りつく

シシガ谷コースで十方山へ登る。はじめのうちは傾斜も緩やかで順調に登る。登るにつれて勾配がきつくなる。とたんにあえぎ始める。その辺りでは、いつもだと登山道はぬかるみ状態になっているはずである。

しかしながら、何だか地面が乾いているように感じる。あまりぬかるみに足を取られることなく急斜面を登りきる。ところが、最後の緩斜面で足が前に出ない。足もとのアカモノに励まされながら山頂に着く。

内黒峠縦走路を行く

山頂にはだれもいない。展望写真をさっと撮ってから内黒峠縦走路に入る。丸子頭の向こうから、藤本新道~二軒小屋へ下るつもりでゆったりと行く。

丸子頭三角点に向けてササが刈ってあった

丸子頭に着くとササが刈ってある。三角点まで刈ってあるようだ。行ってみることにする。従来から、丸子頭付近では縦走路は三角点から少し離れており、今までここの三角点を確認したことはない。

以前に1~2度探したことはある。しかし探しきれなかった。今日踏み込んでみると、三角点までは思ったよりも距離があった。以前の探索は全く甘かったようである。

ところで、西中国山地国定公園の中で、こうした小灌木を刈り取る行為はどのような取扱いになっているのであろうか。私としては、幻の三角点であり続けるのも一興かと思うのだが。

丸子頭の道しるべの一部に疑問あり

縦走路まで帰りつくと、白いテープが木に巻きつけてあるのが目に入った。そこには、矢印と地名が書いてある。

今来た方向:丸子頭(間違いない)、丸子頭を背にして、縦走路右手:前三ツ倉(十方山手前の那須登山道分岐のことだろう、間違いない)。

問題は、左手:藤十郎である。藤十郎は、那須登山道分岐から那須方面(左手)に下る途中にある。だからこの道しるべは間違っている。丸子頭分岐で左手(北向き)といえば、今日下山予定にしている藤本新道分岐を経て内黒峠である。

恐羅漢山・十方山周辺では、恐羅漢山スノーボーダー7人遭難事件を受けて、道標網が張り巡らされている。その上さらに、このような混乱を招く"道しるべ"はいたずら書きと何ら変わることはない。もちろん大変有害でもある。

宮島では、道標を統一性のあるものに付け替えるため、具体的な検討を始めたようである。安全で楽しい山行のために、どのような道標をどこにどれくらいの数設置すればよいのか、真剣に検討すべき時期にきているようである。

藤本新道を下り、二軒小屋に帰り着く

それはさておき、この後いっそのこと内黒峠まで行って、県道を二軒小屋に下ってもよいかなと一瞬考えた。ここの縦走路では、内黒峠側の方が自然林が美しいと感じていたからである。しかし、時間不足と判断して実行しなかった。

今日は、目的の横川越えは果たせなかったものの、十方山およびその周辺を気ままに歩き回り楽しめて満足。

未記載:縦走路途中に恐羅漢山などを遠望できる地点あり(写真)

十方山周辺の道標

  • 獅子ヶ谷登山口(十方山林道)
    十方山頂1時間20分、水越登山口すぐ、二軒小屋駐車場55分
  • 水越峠登山口(十方山林道)
    恐羅漢山頂1時間45分、細見谷方面(矢印のみ)、獅子ヶ谷すぐ
  • 十方山頂
    内黒峠3時間20分、獅子ヶ谷登山口60分、瀬戸の滝2時間
  • 奥三ツ倉、標高1322m(内黒峠縦走路)
  • 那須分れ(内黒峠縦走路)
    那須集落1時間30分、内黒峠2時間45分、十方山頂40分
  • 丸子頭、標高1236m(内黒峠縦走路そば)
  • 藤本新道分れ(内黒峠縦走路)
    内黒峠1時間10分、二軒小屋登山口50分、十方山頂2時間10分
  • 藤本新道登山口(県道252号・恐羅漢公園線)
    内黒峠方面(矢印のみ)、十方山頂3時間10分、二軒小屋駐車場10分

草花

ウツギ、コアジサイ、ツルアジサイ?、ショウキラン、アカモノ、ササユリとは違う、ガクアジサイ?、ギンリョウソウ、ホオノキ

2009年11月15日、ついに「ボーギのキビレ」到達

  • 2009年11月15日(日)、グループ
    十方山林道~マゴクロウ谷~ボーギのキビレ(横川越)、往復
    (出発帰着:二軒小屋)
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2009年05月04日

Akimasa Net
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宮島自然植物実験所~あての木浦~砲台跡~岩船岳~岩船岳縦走路~多々良林道
(出発帰着:宮島桟橋)

2009年05月04日(月)、単独

230mピークの遺物

〈写真〉230mピークの遺物
(機銃の台座?)

  • 今日の山行ルート図 ⇒ GPS軌跡(2009年05月04日)
  • 宮島最西南端部の海岸から砲台跡に登り、岩船岳縦走路から多々良林道を下る
    GPS軌跡は、あての木浦からの帰路分のみ

  • 宮島自然植物実験所〜御床浦〜あての木浦(2014/11/23)
    広大~あての木浦の決定版は、2014年11月23日山行記です。今日(2009/05/04)の山行記も含めて、下記各山行記中の不明瞭(不正確)な点を訂正しながらまとめています。コース概況(GPSルート図リンク)もあります。
  • 宮島の西海岸歩き、写真あり(2013/06/23、5/23)
  • 西海岸沿いの山道探索まとめ、写真あり(2013/05/23)
  • 西海岸沿いの山道探索経過
    (2009/05/04、4/29、4/11、2002/03/02)
  • 宮島南部の砲台跡⇒実際には「厳島聴測照射所」だということが判明
    (中国新聞記事、2011年1月12日付)
  • ついに砲台跡到達(2005/03/19)

はじめに

大元公園~多々良~宮島自然植物実験所~室浜砲台跡~大川浦~御床浦~長浦~あての木浦~砲台跡230m~御床山~岩船岳~大川越~351m~岩船岳縦走路・先峠~岩船岳登山口(多々良林道)~多々良~大元公園(出発帰着:宮島桟橋)

今年二回の山行(2009/04/11、4/29)に引き続き、宮島の西海岸部を歩いて、可部島がすぐ目の前に見える宮島最西南端の"あての木浦"まで行った。

目的は、その海岸から尾根に取りつき、230mピーク(二万五千分1地形図表記)付近にある砲台跡まで登ることである。

前二回の山行では、あての木浦までは達したものの、そこから山に取付く気力・体力がなく、あえなく来た道を引き帰した。

今日は、無事目的を達成した後、そのまま尾根伝いに岩船岳を乗り越して帰ってきた。

今日のコース&コースタイム:

宮島桟橋7:24-大元公園7:42-多々良8:07-宮島自然植物実験所8:27-室浜砲台跡8:30、8:35-涸れ沢8:48-沢手前9:07、9:09-沢9:10-峠9:16-峠9:21-大川浦分岐9:24、9:32-川9:34-大岩9:37-道しるべ(大川浦、御床浦)9:42-小さな沢9:47-ロープ9:55-御床浦9:56-巨大敷地ネット(簡単な門扉)10:05-御床浦(御床浦神社近く)10:09-門扉10:12-よい道と交わる(石積み)10:16-大きな沢10:22-(しばらく上流部へ、右折)-石積みの中(出口右手に瓦散乱)10:30-鞍部(40m台南側)10:33-(左手の尾根を越える)-御床山取りつき10:39-庭園風廃屋10:51-右下かすかに海11:09-あての木浦11:25、11:35-右分岐11:55-正面に230m台350度12:06-休憩、ジャケツイバラ12:11、12:13(GPSを片付ける)-大岩12:16-大岩の上12:18-平坦部(GPS再セット)12:19-砲台跡(230m表示)12:25、12:26-廃屋(兵舎跡?)230m台南西側12:30-展望岩場(標高250m台)12:43、12:52-展望大岩(標高310mくらい)13:01、14:01-御床山14:09-岩船岳14:33、14:40-岩船岳東峰14:48-海軍省標石15:03-振り返れば展望15:06-大川越15:16、15:24-八畳岩15:34-351m15:47-展望岩場15:51、15:57-陶晴賢碑分岐16:05-クロバイ16:13-高安ヶ原分岐(新設)16:25、16:28-先峠16:29、16:36-岩船岳登山口(多々良林道)16:44-多々良17:08、17:12-大元公園17:38-宮島桟橋17:58

宮島桟橋(43分)多々良(20分)宮島植物実験所(57分)大川浦分岐(37分)御床浦神社近くの沢(30分)御床山分岐(46分)あての木浦
 小計4時間01分(大川浦分岐8分を含む)
あての木浦(50分)砲台跡(43分)御床山(24分)岩船岳
 小計2時間10分
 (ただし、これは推定時間。御床山手前の展望大岩での大休止
 1時間のうちの12分と、 砲台跡1分のみを加えた時間である)
岩船岳(36分)大川越(23分)351m(42分)先峠
 小計1時間49分
先峠(8分)岩船岳登山口(24分)多々良(26分)大元公園(20分)宮島桟橋
 小計1時間22分

あての木浦~宮島桟橋
 小計5時間35分
 (ただし、これらは推定時間、
 御床山手前の大休止1時間のうち12分のみを加える)
砲台跡~宮島桟橋
 小計4時間44分
岩船岳~宮島桟橋
 小計3時間18分(先峠7分を加える)

総行動時間
 総計10時間34分(大休止1時間、その他もすべて含む)

過去の砲台跡探索

私は、宮島南部の山中にある砲台跡探索のため、尾根伝いに岩船岳~御床山を経て、その先からさらに南に向けて何度か下ったことがある。

そして、2005年03月19日ついに砲台跡に到達した。足かけ四年で5回くらい挑戦した結果である。

しかし、実は前回は、廃屋(兵舎跡?)は見たのだけれども、インターネットで公開されていた高射砲の台座跡を見ていないようで気になっていた。

海岸部(御床浦~あての木浦)~砲台跡の情報を得る

もう一度現地に行って確かめてみたい。しかしながら、岩船岳~御床山から、その砲台跡まで下って確認後、御床山~岩船岳を登り返して帰ってくるのはいかにもきつい。

特に、御床山の先から砲台跡までは羊歯に覆われており、踏み跡すらはっきりしない厳しいコースである。

ところが、今年2009年になって宮島の山中でお会いした複数の方々から、「海岸部(御床浦~あての木浦)~砲台跡を無理なく歩くことができる」という情報を得ることができた。

私は数年前(2002/03/02)、岩船岳(三角点)に初めて登った。そして、その先の御床山から海岸部(御床浦)に下り、宮島植物実験所を経て宮島桟橋に帰り着いた。

その時に、御床浦~宮島植物実験所の間には、しっかりとした踏み跡があることを確認している。それと同時に、御床浦から下谷浦~長浦~あての木浦方面についても少し探ってみたが、よくは分からなかった。

それが今回の情報によると、御床浦から向こうの海岸部(御床浦~長浦~あての木浦)を歩くことができるようである。

さらに、海岸部(あての木浦)から砲台跡までのルートが、再び開かれたのも確実である。

この付近の情報は、これまでほとんど得ることができなかった。その中で唯一、あての木浦から砲台跡まで2時間もかかったというものがあった(後日再確認、あての木浦~砲台跡を3時間半かかったという)。そこを1時間くらいで登ることができそうである。

もしそうならば、宮島最南端部まで海岸部を行くことによって体力を温存し、そこから砲台跡に取付くというのも一手であろう。

そう考えて今年4月に2回挑戦をした。しかし、いずれの場合も、海岸部の"あての木浦"に到達した時点で、精神的・肉体的に疲れ切っており、そこから山(砲台跡)に取りつくことなく引き返した。

そして3度目の今日、あての木浦から230mピークまで登り、高射砲の台座跡がそこにあるのを確認した。

室浜砲台跡から御床浦を経て"あての木浦"へ:

涸れ沢8:48
樹林帯の中
海岸部終わり、すぐに海をみる、コシダの道が続く
経小屋山、右横から後へ

沢手前9:07、9:09
沢に沿ってよい道(地形図黒破線)がある
238度くらいでその道にぶつかる
沢沿いの道(右手324度で海に向かう、左手114度で山に向かう)
その道を左手に行って、すぐに沢の方へ右折
沢を渡り、沢に沿って右手に行き、すぐ左折して峠道を登る

大川浦分岐9:24
戦闘機?爆音(25分ころ)東側に聞こえる、南から北へ

川9:34
川を横切ってしばらくまっすぐ、大岩の右横を登る

御床浦の海岸部から御床山取りつきまでが、海岸沿いのコースで一番わかりにくい。まず、御床浦の海岸近くまでいったん下りて、もう一度海岸近く(御床浦神社近く)まで行くには、地形図黒破線(海岸部)のやや南側を行く。途中で、左手に巨大敷地を見る。

御床浦9:56、右手、海岸との間に沢音
沢渡る9:58
沢の左岸、岩場を右前方へ、よい道に70度くらいでぶつかる
よい道を右折10:01、314度を向く
巨大敷地ネット(簡単な門扉)10:05
小山にあがる10:05、ネットに沿って250度
小山ピーク10:06
急下って、沢10:09、海近し

御床浦神社近くの海岸から御床山取りつき(地形図黒破線との交点)までは、巨大敷地を左手にして行く。地形図黒破線(海岸部)よりも東側を南下しながら、海岸近くの40m台ピークと山側の鞍部をぬって行く。

沢を横切ってよい道を行く
道しるべ10:11、左折して145度で行く(左折手前では314度の方角)
門扉10:12、竹製の塀にそって小山を登り、今度は急下る
よい道と交わる10:16
左手山側には石積みの壁があり、右手海側に320度で道が延びる
道の脇は石組で固めてある
出発10:17、左手石垣のやや下をゆったり下る
踏み跡横切る10:20、幅広の踏み跡が海に向かっている
175度で岩場を行く
大きな沢10:22
右岸の岩場をややさかのぼる
左岸に渡る10:23
ちいさな中尾根状態のところを左(上流の方)へあがる
涸れ沢10:28、石積みがあるところで横切る(右折)
ここを上に行ってはいけない。石がゴロゴロした所を通り踏み跡を追って行くと、御床山登山道(地形図黒破線)の1本北側の沢に入り込む(2009/04/29)

石積みの中10:30、228度で行く、出口右手に廃屋(瓦が散乱して残る)
さらに右折、林の中をやや下って行く
鞍部(40m台南側)10:33、水が流れる
左手の山の斜面を登る、222度
尾根10:36、200度で横切る、下る、左手に巨大敷地
御床山取りつき10:39、巨大な丸いポリタンク(水色)

以下も覚書風に記しておく

掘割を過ぎて左折、158度
庭園風廃屋10:51
沢渡る10:53、横切る、少し登る、左手193度で行く、ゆったり下る
源頭10:56、右岸を下る、208度
左折して沢渡る11:06
左手の小さな沢を横切る11:07、88度で行く
右折11:09、150度で行く、右下、樹林の間にかすかに海をみる
左手に山、海側をトラバース
尾根ピーク11:11
沢渡る11:13
尾根11:14、可部島をみる
沢11:16、17、18、涸れ沢19
長浦11:21、正面308度に山
ピーク11:25を下って、あての木浦11:25

あての木浦から砲台跡(230mピーク)をめざす

長浦から南へ小さな峠を越えて海岸部に下りると、そこが"あての木浦"である。

左手から前方にかけて、宮島を南西に貫く尾根の最南端部である「岩船岳466.6m~御床山364m~230m~241m~革篭埼25m」が延びている。そのうち、実際に見えているのは、山頂近くに大岩のある左奥の230m(砲台跡)山頂部から、ほぼ正面にある241mである。

今日は、右手海岸の方へは行かず、すぐに左折して山に向かった。230m~241mの間の鞍部から流れ落ちる沢の右岸を行く。ほぼ地形図黒破線のとおりと考えてよい。シダが刈ってあり歩きやすい。 感謝!!

標高110mくらいの地点から尾根に向かって北向きに急登する。標高差20~30mくらい登った地点で、良い道は右分岐して少し下っている。正面前方にも踏み跡らしきものが上がっている。どちらか迷ったが、新しく手をつけたと思われる方へそのまま追って行くことにする。

分岐を右に取り、東向きに少し下って登ると、230m~241m間の鞍部140m台付近に達する。ここでルートは左に振れて、北向きに尾根を登っている。地形図黒破線の東側の尾根である。ここを登れば230mピークで間違いない。

途中、標高190m~210mくらいは、シダが刈ってなくて少し苦労をする。最後に大岩の間をよじ登り、平坦部に這い上がれば230mは近い。大岩を越えると再び歩きやすい踏み跡となり、230mピーク(地形図表示)に高射砲の台座跡があった。初めて見るものである。

尾根伝い(岩船岳経由)で帰ることにする

さて、ここまで登ると、問題は帰りをどうするかである。つまり、もう一度海岸まで下りて海岸部を歩くか、それとも御床山~岩船岳を登って岩船岳縦走路を行くか、ということになる。

海岸部も決して平たんな箇所ばかりではない。それに間違いやすいコースでもある。これに対して、岩船岳まで砲台跡から約1時間、さらに岩船岳から宮島桟橋まで3時間強とするならば、岩船岳縦走路を帰っても時間的にはあまり変わりないかも。そう考えて山道を行くことにした。

御床山手前の展望大岩まで登れば安心

230mピークから御床山364mは北東の方角である。まずは230m台に向けて少し下って登る。

230m台の東側に廃墟(兵舎跡?)がある。前回はここまでしか来ていない。その後も水槽?などの廃墟跡を見ながら、標高250m台の展望岩場まで、尾根をはずすことなく灌木をぬって登る。おおまかには、地形図黒破線のとおりと考えてよい。

標高250m台からも、そのまま北東の方角に行くので、地形図黒破線から離れてその南側を行くことになる。以前よりも踏み跡ははっきりしており歩きやすい。

私は、尾根伝いに岩船岳~御床山を経て砲台跡まで、数回もトライしては失敗を繰り返したことがある。そのころは、御床山の先にかつてあったはずの踏み跡(数十年前の山火事で消失)は、羊歯の中に埋もれており、まともに歩ける状態ではなかった。

それを思うと、何と歩きやすい道になったことだろう。海岸部から砲台跡を経て御床山手前まで、再整備されたのであろう。感謝!!

さて、登るほどに、かつての山火事のため大木はなくなり、展望が開けてくる。標高310mくらいの大岩で大休止1時間。その上は、御床山まで歩きやすい道を10分足らずの位置である。

展望大岩から、米軍岩国基地の航空ショー(リハーサル)を見る

大岩から、230m~241m尾根の間に可部島を見下ろしながら休む。今日は終日曇、ほんの一瞬薄日が差したものの、大岩の木の下に入れば微風が気持ち良い。上半身裸になって服を乾かす。

時々爆音が聞こえているような・・・。前方を見ると、241mの左奥に米軍岩国基地の滑走路がある。その上空では、白煙を噴きながら数機の編隊飛行が繰り返し行われているように見える。

水平飛行に加えて、宙返りなどいろいろな曲芸飛行をしているようである。すると、突然数機(4機だったと思う)の編隊が阿多田島のこちら側で、高度は現在位置の310mよりも低い位置を横切って行った。

米軍岩国基地の航空ショーである。帰宅してインターネットで調べてみた。米軍岩国基地を一般開放する日米親善デーはあす5日(毎年恒例)である。今日4日は、呼び物の航空ショーのフルリハーサルが行われていた、ということのようである。米空軍のF16戦闘機や、航空自衛隊のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」が参加しているという。

米軍岩国基地では、在日米軍再編の一環として厚木基地からの空母艦載機部隊移転が計画されている。ユネスコ世界文化遺産「厳島神社」(宮島)の騒音問題とも無関係ではない。

御床山~岩船岳を経て、大川越まで下り、岩船岳縦走路を行く

御床山から岩船岳までは、尾根のやや北側を行く。少しわかりにくい箇所もあるが、かつて幾度か通ったコースであり問題はない。岩船岳と岩船岳東峰の間のピークもやや北側を行く。

岩船岳から乾いた落ち葉の上を滑りながら、大川越まで下る。

大川越から、岩船岳縦走路を先峠まで行く。さらにそこから、多々良林道に下り、海岸道路を経て宮島桟橋に帰り着いた。

大川越の道しるべ

大川越に道標がある。岩船岳まで(登り、40分)、大川浦まで(下り、40分)となっている。さらに、大川浦(40分)広大宮島自然植物園(15分)多々良潟(35分)大元公園・宮島フェリー乗り場方面、とある。大川越から宮島桟橋まで2時間10分だから、かなりの健脚である。

私の場合だと、海岸部をどんなに急いでも、大川越~宮島桟橋は2時間30分くらいかかるはずである。そして、大川越からそのまま山道を行っても(ただし、多々良林道経由)時間的にはほぼ同じくらいである。

上記の道標では、海岸部で詳しい所要時間を示しているのに対して、山側(縦走路)は奥の院を経て弥山に至るとしているだけで時間の記入はない。白地に黒の同じ形式の道標は、宮島自然植物実験所の周辺に設置されている。したがって、実験所を中心とした所要時間を示したものなのだろう。

話は戻るが、御床山にも別の形式の道標があって、御床浦へ下る踏み跡(良い道だった記憶がある)を指し示している。同じ形式の道標は、大川浦と御床浦の間や御床山北側の沢の中にある。いずれも時間表示はない。

過去のデータをみると、御床山から御床浦まで、下り40分くらいだろう。そして、御床浦~大川浦も40分くらいで、合わせて1時間20分である。これに対して、御床山~岩船岳~大川越から大川浦に下った場合は、大川浦まで早ければ1時間30くらいで下ることができる。どちらもあまり時間的には変わりない。

海岸部では、御床浦、大川浦、室浜砲台跡手前など迷いやすい箇所がいくつもある。また、アップダウンもある。したがって、岩船岳を縦走する場合には、安易に海岸部に下りることなく、行き帰りとも尾根伝いに行く方が、安全性は高いと考えられる(時間的な差はあまりない)。

高安ヶ原分岐に「新しい道標」をみる

岩船岳縦走路上の先峠、つまり「縦走路から岩船岳登山口(多々良林道)に下る分岐」、の手前(南側)に高安ヶ原分岐という新しい道しるべ(手書き)を見つけた。この道標によれば、分岐を東海岸側へ下ると青海苔であり、青海苔の手前を右折すると原に至る、という。初めて見るものである。また、原という地名は今まで一度も聞いたことがない。

道標の横をのぞきこむと、昔から踏まれたような幅広の良い道が下っているように見える。国土地理院の地形図では、先峠からすぐに黒破線が東海岸へ向けて下っているが、今までその道を見たことはなかった。

青海苔浦に下る道とは、縦走路を351mの方にもう少し行った陶晴賢碑分岐から下る道のことであると信じていたのだが、この先峠近くから下る黒破線(地形図)の道がかつて存在したのかもしれない。

同じような形式の道標は、上記の陶晴賢碑分岐近くにもあり、これまた古い道が多々良など西海岸に向けて下っているようである。

世界文化遺産の島「宮島」の自然を守るために、これら道標については、どのように考えるべきなのだろうか。

ユネスコ世界文化遺産「厳島神社」は、社殿を中心とする厳島神社に加えて、前面の海および背後の弥山原始林(天然記念物)が世界文化遺産として登録されている。そして、それらの区域(厳島全島の14%)を除く島全体がバッファーゾーン(緩衝地帯)とされている。

むやみに踏み跡を歩きまわるのは避けたいところではある。

疲れ果てる

今日の山行は、いかんせんハードすぎた。

海岸部を4時間歩いて山に取りついた時点で、あまり余力は残っていなかったようだ。海・山のどちらを回って帰るにしても、日帰りでは少々無謀なプランであった。

帰り道で弥山に登る(出発前にちょっとだけ頭をよぎった)には、時間的にも体力的にも全く余裕はなかった。岩船岳登山口(多々良林道)から前峠を乗り越して、大元谷左岸コースで大元公園におりる気力もない。結局は、林道をそのまま多々良まで下り、海岸通りで大元公園入口を経て宮島桟橋に何とか帰り着いた。

超満員の宮島連絡船

朝二番の連絡船で宮島に渡った。桟橋近くの駐車場では車の列が長く延びている。連絡船を待つ人たちの列も尋常ではない。連絡船は超満員、船内では座ることはもちろん、外に出てデッキに寄り掛かることもできず、船倉とデッキの間に立ち続けた。正味10分だから苦にはならないけれども。

帰りも同じく超満員だった。何せ大願寺から宮島桟橋まで、人人の列で満足なスピードでは歩けない。左右に人を避けながら行こうにも、前もつっかえている。これらの人たちが一度に乗船するのだから大変である。(行き帰りとも、大鳥居前は潮が満ちていて渡れず)

それはともかく、宮島(廿日市市)が元気なのは良いことである。今日も長い距離を歩きとおせて大満足。宮島に感謝しつつ、「適度な入島税なら払っても良いな」と思う。

宮島本発売(アマゾンKindle版)2018年1月17日刊

『孫と歩く~ユネスコ世界文化遺産の島・厳島~』

宮島のトピックス満載です。
なお、初版刊行後も加筆修正を繰り返しています。

カテゴリー
未分類

2009年04月29日

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 広島湾岸トレイル >> 宮島弥山・岩船岳トップページ

宮島自然植物実験所~長浦~あての木浦(往復)
(出発帰着:宮島桟橋)

2009年04月29日(水)、単独

  • 今日の山行ルート図 ⇒ GPS軌跡(2009年04月29日)
  • 宮島最南端部まで、再び西海岸沿いの山道を行く
    今回も道迷いをおこしたりトラブル続き

  • 宮島自然植物実験所〜御床浦〜あての木浦(2014/11/23)
    この地域の決定版は、2014年11月23日山行記です。今日(2013/04/29)の山行記も含めて、下記各山行記中の不明瞭(不正確)な点を訂正しながらまとめています。コース概況(GPSルート図リンク)もあります。
  • 宮島の西海岸のまとめ、写真あり(2013/06/23、5/23)
  • 西海岸沿いの山道まとめ、写真あり(2013/05/23)
  • 西海岸沿いの山道探索(下記の各山行記参照)
    2009/05/04、4/29、4/11、2002/03/02

はじめに

大元公園~多々良~宮島自然植物実験所~室浜砲台跡~大川浦~御床浦~長浦~あての木浦、往復(出発帰着:宮島桟橋)

今年2009年04月11日(土)と同じコースである。前回は少し苦労をした。気力体力ともに回復したのでもう一度挑戦する気になる。もちろん、あての木浦から砲台跡に取りつき、御床山~岩船岳をめざすつもりであった。しかし、今日も何かと不都合だらけで不首尾に終わる。再々挑戦あるのみ。

今日のコース&コースタイム

宮島桟橋7:57-大元公園8:10-多々良林道8:40-宮島自然植物実験所9:00-川渡る9:35-大川浦分岐9:48、9:55-ルート探索10:01、10:10-(左手山側に登り)-右から巻く10:12-道しるべ(大川浦、御床浦)10:13-小さな沢10:23-ロープ10:25-御床浦10:25-沢10:27-巨大敷地10:32-御床浦( 御床浦神社近く、沢)10:35-道しるべ(御床山・下谷浦-100m右折、御床浦)10:36ー巨大敷地、門扉10:37(道しるべ、御床浦、下谷浦・御床山-ブルーのテント小屋)-よい道を横切る10:42-海岸部へむけてよい道10:45-勢いのある沢10:47-沢渡る10:50-涸れ沢(分岐)10:52-(沢の左岸をさかのぼる)-堰11:12、11:16-(引き返す)-分岐11:36-石垣の間~廃屋11:38-御床山分岐11:42-庭園風廃屋11:47-道迷い(起点11:48-御床山取りつき11:56、12:02-元の位置まで戻る12:08)-沢渡る12:19-あての木浦12:40

あての木浦13:12-長浦13:20-沢13:22-沢13:24-沢横切る13:24木の下くぐる-沢左岸を少しさかのぼる13:27-左折、沢を渡って右折、沢を離れて登る-峠13:30左手海をみおろす-沢渡る(左→右)13:32-横切る、沢右岸を少し登る-沢横切る13:35-右岸さかのぼる、幅広の気持ちのよい道が続く-なだらかピーク13:45-急坂を右に回り込んで沢渡る-沢13:46-庭園風廃屋13:48-左折13:49-よい道をゆるやかに下る- 前方に踏み跡消える、右折13:51-掘れた道13:52-御床山分岐13:54-右手に水色ネットをみて登る-ピーク13:57-急下る-右手石垣13:58-小さな沢を横切って登る-枯れた落ち葉の上を滑りながら登る (急登)-小コブ14:00-ここを登るのは間違い、急登る手前右に入る14:03-石組みの間を入る14:04-続いて石組み、左折、右折して石組みをまたぐ-やや右手14:05~06-石組みを踏んで行く、左へ行って小さな沢を渡る、正面に巨大かこみあり、巨大敷地跡を上から抜けてしまった(来た道よりも上部を通過)-石門下14:14-海に向かって石組みのよい道を下る-横切る、登る-竹垣を右手にしてさらに登る14:15~16-ピーク14:16-下る-左手よい道をゆったり下る14:18-右折して下る14:18-小さな沢を渡る14:19海岸近し-横切って登る-小尾根14:22-横切って下る14:25-なだらかな小山、小さな石をぬって行く-右手に沢を横切って行く14:26-御床浦14:27-小さな沢を渡って左折14:42-道しるべ(大川浦、御床浦)14:47-川渡る14:55-大川浦分岐14:57-ピーク15:01-ピーク15:05-休憩15:11、15:21-砲台跡15:45、15:49-宮島自然植物実験所15:51-多々良16:11-大元公園16:35-宮島桟橋16:51

宮島桟橋(43分)多々良(20分)宮島植物実験所(48分)大川浦分岐(40分)御床浦神社近くの沢(30分)御床山分岐(38分)あての木浦
 小計3時間39分(大川浦分岐7分を含む)
 (その他、御床山探索44分、ワンデリング20分あり)
あての木浦(42分)御床山分岐(33分)御床浦(30分)大川浦分岐(54分)宮島植物実験所(20分)多々良(40分)宮島桟橋
 小計3時間39分
総合計8時間22分
 (御床山探索44分、ワンデリング20分を加える、あての木浦32分を除く)

大川浦~御床浦

大川浦分岐からやぶの中に入り、川を渡って左手山の斜面に取りつく。右下にかつての踏み跡(木馬道?)らしきものがあり迷う。その踏み跡よりは上まで登り、右から海側を巻いて踏み跡らしき箇所の上を行く。

海を見下ろしながらしばらく行くと、小さな沢がありその先でロープを伝って急下る個所がある。御床浦の海岸はもうすぐそこである。

海岸部から再び樹林帯に入ると巨大敷地にぶつかるので、それを左手にして行く。踏み跡を確かめながら行くと、小さな沢で御床浦神社(地形図表示あり)がある海岸のすぐそばに出る。すぐに道しるべがあって左折する。よい踏み跡を東南東に行くと、再び巨大敷地にぶつかり、正面には門扉がある。

御床山取りつき

竹製の囲いを左手にして登りそして下ると、海岸の方からよい道が南東に延びている。脇を石積みで固めたりっぱな道路である。そこを横切って行くと、勢いのある沢に出る。その位置は、国土地理院二万五千分1地形図でいうと、40m台小ピークの北側で、御床山中腹の145m近くから海岸部へ向けて表示されている黒破線の一つ北側の沢になる。

その沢沿い左岸によい道があり、145m北側の堰堤(標高110mくらいか)まで踏み込んでみた。途中道しるべ(御床山、御床浦)があったので、145m付近で地形図黒破線(途中で切れている)の延長線上に乗って、 御床山山頂に至ることができるのであろう。

堰堤から引き返して、分岐途中でやや早めに左の山側に踏み込み少し苦労をする。山側から沢まで引き返して下り、沢沿いにもう少し下った地点で左折する。そして、40m台ピークを右手にしながら鞍部を南向きに行く。

途中で、りっぱな石組みの間を通りぬけた所に廃屋(瓦が散乱)がある。出口にもりっぱな石組みがある。ここからさらに巨大敷地を左手にして行くと、よい道と交わる。ここが御床山取りつき(地形図黒破線)のようである。右手の海側から左手の山側に向けてきれいな踏み跡が延びている。

ワンデリング

御床山取りつきから、右手海側にほんの少し行ってすぐに左折する。踏み跡を追って行くと掘割がある。標高20m台のところを東西に掘り下げたものである。そこを通り抜けると、左手南南東に向けて、川(地形図表示あり)の東側を行く。

途中に分岐があり、右前方南側の40m台コルに向けて右折する。すぐに庭園風の廃屋をすり抜ける。そのまま行けば、川を越え、40m台コルで地形図黒破線と接するはずである。

ところが、沢付近でルートをみつけるためキョロキョロしている間に、反対方向を向いてしまっていた。そしてそのまま元来た道を引き返してしまった。さすがに途中で気づいたのだが、結局、御床山取りつきまで戻り、仕切り直しとなる。

ここで不思議なことが一つある。今回のケースでは、ワンデリングとはいうものの、一本道を往き来している。それにもかかわらず、道迷いで引き返す途中で、庭園風廃屋を見ていないのである。精神状態がおかしいのであろうか、実に奇妙、気味が悪い。

それはともかく、40m台コルを越え、山あいの道を地形図黒破線に沿ってゆったりと長浦近くまで下り、南向きに一山越えると、あての木浦である。

今日もまたちょっと寄り道をしすぎた。昼食後そのまま引き返す。近々再々挑戦予定。なお、今日の帰り道でも、行きと全く同じコースをたどることはできていない(きちんとした文章にはしていない、今日のコースタイム詳細を参照)。

その他

クロバイの花が満開。ウリハダカエデも花序を下げる。雄花雌花の区別は分からない。その他、ヒサカキの花か、クロキも花をつけているか・・・・・。 終日晴天、絶好の天気だったのだが。

宮島本発売(アマゾンKindle版)2018年1月17日刊

『孫と歩く~ユネスコ世界文化遺産の島・厳島~』

宮島のトピックス満載です。
なお、初版刊行後も加筆修正を繰り返しています。

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2008年10月04日

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 広島湾岸トレイル >> 宮島弥山・岩船岳トップページ

大聖院コース~弥山~奥の院~岩船岳登山口(多々良林道)~先峠(岩船岳縦走路)~502m~奥の院に戻る~岩船岳登山口(多々良林道)本日二度目~大元谷左岸コース
(出発帰着:宮島桟橋)

2008年10月04日(土)、単独

  • 今日の山行ルート図 ⇒ GPS軌跡(2008年10月04日)
  • 土石流のため長らく不通になっていた大聖院コース(庭園風に再生)を登る
    奥の院に回り、502m付近の状態を確認する
    GPS軌跡欠落(先峠~502m~奥の院(2回目)以降)

はじめに

大聖院~大聖院コース~仁王門跡~弥山~(少し引き返す)~仁王門跡手前分岐~御山神社下~奥の院・仁王門跡コース~多々良林道終端部~奥の院~多々良林道~岩船岳登山口(多々良林道)~先峠(岩船岳縦走路)~502m~奥の院に戻る~多々良林道~岩船岳登山口(多々良林道)~前峠~大元谷左岸コース~大元公園
(出発帰着:宮島桟橋)

「大聖院ルート(2008年10月)1日復旧」という中国新聞記事(9月27日付)をみて行ってみたくなる。大聖院コースは、3年前の台風14号(2005年9月)による土石流で不通になっていた。それが「(下流部の)護岸は崩落した自然石などを使って庭園風に再生」しているという(写真あり)。実際にどのような庭園風に仕上がっているのかに興味を持つ。

大聖院コースで弥山に登り、少し引き返して奥の院へ下る。奥の院から多々良林道を少し下り、岩船岳登山口から岩船岳縦走路(稜線)に登りつく。そこから、岩船岳とは逆方向の502mを乗り越えて、再び奥の院へ下る。奥の院から、再び多々良林道経由で岩船岳登山口(今日二度目)まで下る。そしてそこから、今度は岩船岳とは反対方向に登り、前峠を越えて、大元川左岸を下る(右岸には大元公園コースがある)。

今日のコース&コースタイム

宮島桟橋8:44-筋違橋(すじかいばし)8:56-大聖院9:01-2号堰堤9:11-白糸の滝分岐9:18-(白糸の滝往復2分)-白糸の滝分岐9:21-四丁9:25-ベンチ(左折)9:26-ベンチ(右折)9:28-六丁9:33-東屋9:34、9:37-七丁9:39-広場ベンチ9:41-(少し平)-登って平9:44-祠9:45-(少し登る)-平、対岸に崩落跡9:47-十丁9:48-(平らな巻き道、右手尾根)-渡渉、渡渉前の右奥に大岩、陰に祠9:50-十一丁9:54-対岸に大岸壁(尾根に乗っている)9:57-土石流発生地点をみる(ナメラ岩の上を水流が行く)10:01-土石流、流れ落ちる(大鳥居8度)10:05、10:06-1号堰堤10:07、10:11-(左岸から右岸へ?)-すでに右岸10:12-沢渡る(右岸から左岸へ)、古い道が下っている(左岸)10:15-(階段なくなる)-仁王門跡横(十字路)10:23、10:25-(すぐに十八丁、仁王門跡)-十六丁?10:28-十九丁10:29-奥の院分岐10:32-弥山めぐり、二十一丁10:36-大日堂10:38-大岩10:43-弥山山頂10:43、10:53-(すぐに、二十四丁)-二十二丁10:57-弥山本堂10:59-弥山めぐり分岐11:00-奥の院分岐 (御山神社分岐)11:02-御山神社分岐11:04-分岐左へ(右上は、仁王門跡横に至る)11:13-林道11:17-左分岐(奥の院に通じる)あり11:20、11:22(探索)-多々良林道11:24-左分岐(11:20分岐に通じる)あり11:27-奥の院11:28、11:39-(多々良林道を下る)-岩船岳登山口11:56-沢渡る11:59-岩船岳縦走路(稜線)12:08、12:36-(途中、やや右から巻く)-稜線上(両側がみえる、右:岩船岳が遠い、倒木あるものの、樹間にすきまあり)-450m台12:49-鞍部12:51-少々コブ12:55-502m12:58、13:03-(支尾根上)-正面に海13:07-(コシダの踏み跡、急下る)-(正面に宇根山、130度-東能美島)-左に振る13:10(正面ピーク、76度)-(左へ振る、004度 )時間不明-(沢底(右岸)を下る、前方をシカが横切る)-奥の院13:24-(多々良林道を下る)-岩船岳登山口13:43-前峠13:57、14:01-(倒木などあるが下るほどに良くなる、一貫して左岸を下る)-堰堤14:25- 大元公園コース分岐14:32-大元公園上部14:35-自動車道14:38-宮島桟橋14:57

注:方位角は、〈磁北〉からの角度を示す。デジカメの時計ずれている?

宮島桟橋(17分)大聖院(10分)2号堰堤(7分)白糸の滝分岐(46分)1号堰堤(12分)仁王門跡横(11分)大日堂下(7分)弥山
 小計1時間59分・・・観察のため、ゆったり
 (白糸の滝往復他3分、1号堰堤4分、仁王門跡横2分を加える)
弥山(6分)弥山本堂(1分)大日堂下(2分)奥の院分岐(11分)よい道(9分)多々良林道(4分)奥の院
 小計35分(途中探索2分を加える)
奥の院(17分)岩船岳登山口(12分)岩船岳縦走路(22分)502m(21分)奥の院(周回)
 小計1時間45分
 (502m5分を加える、さらに、岩船岳縦走路休憩28分を加える)
奥の院(19分)岩船岳登山口(14分)前峠(31分)大元公園コース分岐(6分)車道(19分)宮島桟橋
 小計1時間33分(前峠4分を加える)
総合計6時間13分
 (弥山10分、奥の院11分を加える)

公式ルート、非公式ルート

弥山登山道の公式ルートは3本しかない。紅葉谷コース、大聖院コース、大元公園コースである。いずれも谷コースであり、階段等の整備がされている。

今年2008年7月に赤ペンキ事件で問題になった四宮コース(弥山直登尾根)は、2008年7月26日付け中国新聞記事によれば、「県が整備する「公式」ルートではなく、廿日市市教委などは「極力立ち入らないでほしい」との立場だ」としている。その理由は「手つかずの自然を後世に残すため」だという。

同様に考えると、多宝塔コース(駒ヶ林直登尾根)も登山禁止なのだろうか。その他、かや谷(博打尾)コース、岩船岳縦走路はどうであろうか。関係者の見解と納得のいく説明を聞きたいものである。

なお、「広島県の山(新・分県登山ガイド33)」山と溪谷社(2003年11月)P.100-101の弥山は、四宮コース~大元公園コースを紹介している。そして、その改訂版(2008年8月)P.100-101では、紅葉谷コース~大聖院コースを紹介している。 ここで、大聖院コースについては「台風の災害で新しく修復されたきれいな庭園風の谷間の道だ」として、復旧後の再開通(10月1日)を先取りした記述となっている。

また、2003年版では、その他、大聖院コースと(多宝塔コース)もルート図(黒点線のみ)には記載されている。2008年版のルート図(同様に黒点線のみ)には、(多宝塔コース)、大元谷コース( Web作者注:大元公園コース)とともに、(紅葉谷西尾根コース)も記載されている。ここで、紅葉谷西尾根コースとは四宮コースのことである。しかし、四宮の名前は使われていない。

大聖院コース(公式ルート)

宮島桟橋から厳島神社の横を通り抜け大聖院をめざす。 大聖院の左横から白糸川右岸に入ると、手摺付きの新しい遊歩道が川沿いに上がっている。河床は、水の勢いを弱めるため階段状に作ってある。そして、崩落した自然石などがうまく配置してある。

また、コンクリート製の護岸や堰堤(2つある)の表面にも、同様に崩落した自然石などが使われている。全体的に和風庭園の趣があり、渓流の景観に配慮した作りになっていることがよくわかる。

枕崎台風(1945年)の後に作った紅葉谷公園と同様の考え方であろう。地元の材料を活かしきるという思想である。台風などのたびに、厳島神社では板切れ1枚失くさないための努力が繰り返されている。もちろん、それら自体がご神体ということもあるだろうけれども。

さて、白糸川右岸沿いの遊歩道を上がり、2号堰堤(標高50m前後)を過ぎて、左岸に渡る(標高70m前後)と白糸の滝分岐がある。白糸の滝見学地点まで往復2分程度の距離である。

そこから、左岸尾根上をジグで登って行く。ここはほとんど元の道のままのようである。やがて大崩落地帯が近づき、その下には1号堰堤(標高350m前後)がある。

右岸に渡り、左岸に渡り返すと、右下に元の道が下っているようである。しばらく登ると、仁王門跡の横(十字路)に着く。左折して弥山に向かう。大日堂へのきつい石段を登り山頂に達した。

弥山山頂には思いのほか人影が少ない。その中で、登山者の多くは大聖院コースを相前後しながら登った人たちのようにも思えた。皆さん、ルートが再開して興味を持たれたのであろう。登山道途中では、土木のプロとお見受けする方々の姿もあった。

弥山~奥の院

弥山山頂からの展望はかすんでいる。早々に下山の支度をする。久しぶりに奥の院に行ってみることにする。まず、弥山本堂に向けて下り、そこから仁王門跡方面に向かう。途中には、先ほど通った大日堂が右手石段の上にある。

弥山から奥の院に行くには、仁王門跡を左折して南へ下るのが普通であろう。今回は、その手前にある「奥の院分岐(御山神社分岐)」から左へ踏み込む。急な踏み跡が下っている。途中で御山神社を左に分けて下ると、幅広の道に出る。奥の院~仁王門跡登山道である。

そこを左折して下ると、多々良林道(簡易舗装の自動車道)にぶつかる。林道を左折して少し上がると奥の院である。なお、多々良林道に出る手前左に踏み跡があり、奥の院まで続いているようである。

疑問:奥の院の位置(地形図記号あり)は、地形図(標高330m)の地点で正しいのだろうか。もしかすると標高340m前後かもしれない。この辺りは平坦なので距離はかなり離れることになる。奥の院近くの多々良林道(地形図黒点線)も 少しずれているかもしれない。(ちょっとだけGPSを使ってみた。岩船岳縦走路以降は電池切れ)

奥の院~岩船岳登山口~岩船岳縦走路~502m~奥の院

(周回、反時計回り)

弥山から岩船岳まで縦走するのに、一例として、奥の院~502m経由のコースが紹介されている。「ひろしま百山」中国新聞社(1998年)P.142

「奥の院からは谷を詰めて行く。暗い木立の中を抜けると、明るい尾根に出る。右に尾根道を進み急坂を登りきると、502メートルピークに着く。樹林帯の中で見通しは利かない。右に道をとり、急な道を下って行く。1997年7月、山岳連盟の遊歩道整備事業できれいに刈り払いされて歩きやすくなっている。20分足らずで岩船岳への分岐に着く。左へ行けば岩船岳への稜線・・・ ・・」

今日実際に通ってみた(ひろしま百山とは逆回り)感じでは、通常の登山コースとして使うには、少ししんどい状況だと思われる。(以下、今日の山行記)

奥の院~502mは、ずいぶん前に2度ほど通ったことがある。2001年02月25日、弥山から奥の院に至り、谷を詰めて登って、502mから岩船岳途中まで行った。2001年10月20日、岩船岳(東峰)からの帰りに、502m経由で奥の院まで下って弥山まで登り返した。

今このコースはどうなっているのであろうか。もう一度通ってみたくなり、奥の院近くから南の谷をのぞきこむ。薄暗い木立の中に倒木らしきものが道をふさいでいるようだ。 ここを登るのはちょっと難しいか。

奥の院から、一旦多々良林道で岩船岳登山口まで下る。そこから、岩船岳縦走路(稜線上)~502m経由で奥の院上部に至り、谷を下って奥の院まで帰ることを考えた。地形図に黒点線で示されているコースを、反時計回りになぞることになる。

  • 後日注:
    502mピーク前後の状況については、後日(2009年03月20日山行記)修正あり

奥の院(標高330m~340mくらい)から多々良林道をゆったりと下り、岩船岳登山口(標高230m前後)に至る。そこから稜線(岩船岳縦走路 、標高340m台)まで快調なペースで登る。ほぼ地形図黒点線のとおりと思われる。なお、稜線上のプラスティックの道標は、字が消えてほとんど読めない。
(後日注:その後再びマジック書きされたようだ)

稜線上で簡単な昼食をとる。その後、岩船岳方面とは反対方向へ、450m台~502mをめざす。 尾根を追って登る。450m台手前で少し南面を巻いているようだ。全般的に道はあまり良くない。コシダの踏み跡を登り下りする箇所も多い。その他、尾根上の樹林帯では、樹木を間引いてヒトが通れるだけの間隔を空けてある箇所もある。そこでは、おおむね歩きやすい。

502mからは、最高点やや手前を左へ入り(残念ながら角度をみていない)、尾根上を下る。海が見えてくるようになるころ、宇根山(東能美島)を正面にみる。その時もコンパスを出さなかった。後で調べてみると約130度くらい(磁北から)の位置になる。

その後、やや左へ振って弥山右のかや谷ピークを向く(72度)。502mからの登山道は、地形図黒点線(約90度-東向き)よりは、やや南に膨らんで下っているものと思われる。なお、以前に下ったとき、海とともに大砂利の集落を見たように記憶していた(記録にはない)ので、それが見えなくて少しあせってしまった。

502mからの下りでは、下るほどに足元の状態が悪くなり、とうとう最後にはヤブの中(推定標高400m台)で踏み跡すらなくなってしまった。左手方向をさぐると谷が下りている。北向きである。まちがいないだろう。歩きやすいが薄暗い木立の中を一気に奥の院(標高330m~340mくらい)まで下る。谷の右岸を下った。地形図黒点線よりは、ほんのわずかに東側と思われる。

奥の院~岩船岳登山口~大元川左岸~大元公園

ふたたび奥の院に帰り着くと、朗々とした読経の声が響き渡っている。声の主は一人のようである。その声を聞きながら、再度多々良林道に入り岩船岳登山口まで下る。

ここから今度は右手の沢を渡り、前峠山423mと490mの鞍部をめざして、北向きに登る。途中で小尾根を外して、少し東側の窪みに入り込み、コシダの中で苦戦する。足元に水溜りがありズボンをぬらす。 (後日注:あくまでも小尾根の上を行くのがよい。なお、この付近のGPS軌跡について、2009年03月20日山行記で少し考察を加える)

尾根筋の鞍部(標高320m台)に至る。ここでは、そのまま向こう側の谷に下ることはせず、一旦左へ少し行って右折、谷の左岸をひたすら下る。最初は倒木が多く疲れる。下るほどに道はよくなるので我慢して下る。 (後日注:尾根筋の鞍部、すなわち前峠付近について、2009年03月20日山行記で少し考察を加える)

堰堤を過ぎると、右手から大元公園コースが合流してくる。この大元公園上部の分岐点の木に、ビニールで覆われた紙製の「道しるべ」がある。

「道しるべ」は、下流から上流を見る方向に取り付けてあり、それを見ると、大元公園コース(右岸を行く)には、「弥山登山道」(左矢印)の表示がある。しかし、直進(左岸を行く、岩船岳コース)は、「この先行き止まり」という表示になっている。

岩船岳方面は、どのような扱い(公式ルート、非公式ルート)になっているのであろうか。気になるところである。きちんとした説明がほしい。

きて、その後はすぐに大元公園に至り、後は車道を宮島桟橋まで歩くだけである。水族館前からヒトが多く、まっすぐには歩けない。宮島は今日も大盛況である。

今日は、完全にマイナーなルートになってしまったようなコースを歩き回った。世界遺産の島・宮島(世界文化遺産 厳島神社)において、「手つかずの自然を後世に残すため」何が必要で何が足りないのか、考えさせられる一日となった。

宮島本発売(アマゾンKindle版)2018年1月17日刊

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なお、初版刊行後も加筆修正を繰り返しています。

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2007年11月18日

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包ヶ浦自然歩道(博打尾)~かや谷コース~弥山~駒ヶ林~駒ヶ林尾根
(出発帰着:宮島桟橋)

2007年11月18日(日)、Si、Tuさん

当山行で左ひざ関節を痛め、その後加療休養を余儀なくされる。

はじめに

紅葉谷~博打尾~ロープウェイかや谷駅~弥山駒ヶ林尾根~多宝塔
(出発帰着:宮島桟橋)

Siさん、3回目の同行である。例によって、高級車でお出迎えを受ける。今回新たに加わったTuさんの車を私の駐車場に置き、3人で出発する。

今回は、いよいよ十方山と意気込んでいたのだが、少し冷え込むかもしれないというので、行き先を2日くらい前に宮島に変更する。宮島口桟橋では、高級車お断りの駐車場があり、右手に少し入り込んだ場所で駐車場を見つける。

さて、今日の北国は大分冷え込んだようである。また、広島市の隣の東広島市でも雨が降ったりして、天気が変わりやすかったようだ。

宮島でも気温は少し低めだったかもしれない。しかし、山頂で浴びる紫外線は温かく感じた。小春日和の中、大勢の観光客(紅葉)や登山者とも山中ではほとんど行き交うことなく、マイナーコースで存分に自然を楽しむことができて満足。

今日のコース&コースタイム

宮島桟橋8:16-かや谷コース登山口8:42-ベンチ8:57-ベンチ(ピーク)9:02-包ヶ浦分岐9:06-稜線9:23-302m9:32-ピーク9:43-410m台9:47-ロープウェイかやたに駅9:55-ピーク岩場420m台10:02-ロープウェイししいわ駅10:14-不消霊火堂10:30-弥山10:47、11:06-不消霊火堂11:12-仁王門跡11:21-大元コース分岐11:27-駒ヶ林11:33、12:35-最後の岩場(祠?)12:49-多宝塔13:30、13:41-宮島桟橋13:55

宮島桟橋(26分)取り付き口(24分)包ヶ浦分岐(26分)302m(23分)かや谷駅(19分)獅子岩駅(33分)弥山
 小計2時間31分
弥山(27分)駒ヶ林(55分)多宝塔(14分)宮島桟橋
 小計1時間47分(多宝塔付近11分加える)
総合計4時間37分
 (弥山19分加える、駒ヶ林1時間02分除く)

紅葉真っ盛りの宮島を歩く

朝8時から船は人で一杯である。紅葉の季節、観光客が多い。帰船時にも、続々と団体さんが宮島に渡るのとすれ違った。宮島が元気になるならば、それはそれで喜ばしいことである。

宮島自然植物実験所の向井誠二技術専門職員によれば、16日の段階で、「岩惣前の橋から紅葉谷全般に紅葉が見頃・・・今日から4-5日間は見頃」とあり、朱塗りの橋が入った写真が掲載されている。ちょうどいい時期に来たものである。

ゆっくり歩いて登山口に向う。宮島の紅葉は赤(もみじ)が多く、ときにまじる黄色(イチョウなど)が美しく映える。三段峡よりもきれいかもしれない(彼の地では 、どちらかというと黄色を主にして赤が入るようだが、今年は赤が少ないという)。

岩惣前を通り過ぎ、右手朱塗りの橋を渡るべきを直進してしまい、趣のある家屋を右にしてせまい山道を行く。しかし、すぐに行き止まりとなり引き返す。橋を渡り、紅葉谷ロープウェイ駅方面に行く。

かや谷コースの取りつきは、紅葉谷(ロープウェイ駅)手前で左の車道に入り、やや行ったところの橋を渡って右側にある。そこから、毛利元就奇襲の地である「博打尾」(ばくちお)を通り、包ヶ浦に抜ける遊歩道を正面に分けて右手山道に入る。

このコースは、ばくち尾コースとも言われている。ある新聞記者さんは、このコースは通ってはいけない(難しいから)ときつく言い渡されたそうである。それだけ自然の残るコースであり、私のお気に入りのコースとなっている。

尾根まで登りつくと東側の海が見える。Siさんは船を持っており釣りなどを楽しんでいる。だから、眼下に見える島々はすべて頭に入っている。Tuさんも釣りをするようだ。二人して釣り談義に花を咲かせながら山頂部に至る。

弥山山頂からの展望

山頂部に至る頃には、船上でみた黒い怪しげな雲も消えて、やや霞むものの良い天気となる。しばし展望を楽しむ。今回は、十方山周辺部と海側の展望をややくわしく見てみた。

弥山から南南西の方角、すぐ下に駒ヶ林 (山頂に大きな一枚岩あり)を見下ろす。その左上奥、海に面した一列の山並みの後に羅漢山が大きく、山頂にレーダードームを認める。

駒ヶ林の右裾下には、対岸の大野の町をみる。そこから右へほぼ同じ高さの山並があり、右懐に白い建物をみる。大野権現山~船倉山である。大野権現山(山並左手の一番高い山)の真後ろやや右に吉和冠山の懸崖を見る。

羅漢山と吉和冠山のほぼ中間点の尖がりは鬼ヶ城山。鬼ヶ城山の左奥に小五郎山、右奥に安蔵寺山、右谷山をみる。

海岸部に目を戻すと、船倉山(白い大きな建物のやや右上)のほぼ真後ろに、形のよい山がある。大峯山である。大峯山の左に、西大峯が連なり、その左奥の少し高い山は、板敷山である。

大峯山から右へ、藤ヶ瀬山883mを経て阿弥陀山へ山並が連なる。ただし、その途中は、手前の野貝原山山頂部(三角点~アンテナ群)にさえぎられて見えない。大峯山の右裾奥に、もみのき森林公園南の981mが頭を出し、そのさらに右に小室井山1072.2m(もみのき森林公園北)がわずかに頭を出す。

981m(もみのき森林公園南)の右裾から右へ、最奥にある十方山(南西尾根1210m台付近~十方山1318.9m・・・1328m・・・論所~奥三ツ倉~前三ツ倉)が覆いかぶさる。そして、十方山瀬戸滝南尾根(1250m台~1150m台)が、その懐にある。

したがって、一番手前にある野貝原山の左裾奥に、大峯山の右裾を認めて、さらにその後に山並があれば、それが十方山ということになる。なお、十方山山頂の位置は、小室井山のわずかに右奥となる。

今日は、十方山の位置に山並を認めることはできた。しかし、それが十方山そのものなのか、それとも大峯山右裾なのかについて、はっきりと確認することはできなかった。また、小室井山も同定できていない。

大野権現山~船倉山の右には、野貝原山山頂部の二つのなだらかなピーク(三角点~704mアンテナ群)がある。野貝山三角点のすぐ右奥(アンテナ群よりは左)に、湯来冠山をみる。野貝原山の右に極楽寺山が続く。

極楽寺山の左奥に、東郷山があり、東郷山の右裾は極楽寺山を覆いつくす。それらの左に、極楽寺山山系の679.5m(アルカディア・ビレッジ西側)と東郷山系の819.2m(東郷山南西)があり、その間に天上山をみる。

極楽寺山の右奥にみえる窓ヶ山の右奥に、窓・東峰の右肩698.4mをみる。その右に向山がある。

駒ヶ林からの展望

弥山から駒ヶ林へ移動して食事とする。駒ヶ林へ着いた時には、単独者2名程度だったものが、しばらくすると、山頂部の一枚岩がヒトで埋め尽くされ、通路さえなくなってしまった。 弥山の展望台にもヒトが鈴なりとなっている。

ただし、見通しがもっとよくなり楽しめた。海側をみると、大黒神島の右奥に多くの島々を認める。その後を、周防大島が右から左に覆いつくしている。

大黒神島の右奥に、柱島がある。戦艦「大和」の泊地だったところである。柱島の沖では、戦艦「陸奥」が謎の大爆発を起こして沈没している。その位置は、柱島の右手前にある端島の右奥である。

柱島のやや右懐には、手前から保高島、手島が折り重なる。柱島の左奥に、鯛峰(周防大島)がある。大島は、さらに左へ向けて、最先端部の68.3m~40.1mまで延びている。

鯛峰のすぐ左奥には、片島が大きく頭を出している。その位置は、柱島の左裾奥になる。ただし、今日は片島と大島の区別はつかない。そして、柱島の左横手前に、小柱島がある。

小柱島の左横後ろに、情島がある。その左後ろに、由利島の174mピークが大きく、右後に由利島の三角点102.9mをみる。一見すると、由利島の二つのピークを別の島と間違えそうである。

それらの右横に、諸島115m、そして、津和地島68.7m(大黒神島の後ろ)が並んでいる。

駒ヶ林で、年配の男性がシルバコンパスを手に山座同定をしている。方位一覧表 (おそらく数値入り)を用意してきているようである。うれしくなってしまう。

駒ヶ林の尾根を下る

昼食後、駒ヶ林~多宝塔の尾根を下る。ふもとの大願寺境内で猿回しを少し見学して桟橋に向う。観光客が行き交いまっすぐには歩けない。船も満杯でピストン輸送をしている。宮島がにぎわうのは嬉しいものである。

下山中、左足が少し辛くかばうような歩き方になった。そして、翌日、左脚の関節付近を見てびっくりした。腫れ上がって右関節部と形が異なって見える。歩くと痛い。Siさんの紹介で専門医を受診することになった。ただし、外来日の関係で来週の火曜日(11月27日)と決定する。その前に、関節液を106cc抜き取る。少し楽になる。

もしかすると、長期休養が必要かもしれない。

宮島本発売(アマゾンKindle版)2018年1月17日刊

『孫と歩く~ユネスコ世界文化遺産の島・厳島~』

宮島のトピックス満載です。
なお、初版刊行後も加筆修正を繰り返しています。

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2004年11月21日

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 広島湾岸トレイル >> 宮島弥山・岩船岳トップページ

駒ヶ林尾根~駒ヶ林~弥山~弥山直登尾根
(出発帰着:宮島桟橋)

2004年11月21日(日)、単独

JR船上から見る弥山、駒ヶ林

〈写真〉:帰りのJR船上から、弥山(左)~駒ヶ林(右)を振り返る
(それぞれのピークから、左下に尾根が延びる)

大聖院コース(谷間)の両側尾根を上り下りしてみた

はじめに

多宝塔~駒ヶ林尾根~駒ヶ林~仁王門~大日堂~弥山~弥山直登尾根~紅葉谷
(出発帰着:宮島桟橋)

大聖院コース(谷間)の両側尾根を上り下りしてみた。どちらもマイナーなコースとされているらしい。確かに取り付き口には何ら標識はない。しかし、駒が林への尾根、弥山からの尾根ともしっかりした道がついている。自然な道に何の細工もしていなくて気持ちが良い。

今日のコース&コースタイム

宮島桟橋9:20-登山口9:42-コブ9:50-(アセビ)-展望9:56-コブ10:06-コブ10:08-コブ展望10:11-展望10:14-展望10:18-小岩の間を行く10:25、コブ前方に駒が林-朝日観音堂10:29-岩屋大師10:32-弥山に人影、話し声10:42-能美島見える10:49-一枚岩、ヒノキへし折られている10:50-駒ヶ林10:54、11:21-分岐11:23-仁王門11:28-木倒れる、鳥居壊れる11:33-水掛地蔵11:33-大日堂11:38-干満岩11:41-弥山11:43、13:20-コブ13:31-岩13:32-(急下る)-祠13:34-岩場13:36-展望大鳥居13:42-展望13:50-右に振る13:54-(紅葉谷人声)-茶屋前14:04 (紅葉谷散策)14:19-桟橋14:34

駒ヶ林登り1時間34分(桟橋から)
駒が林~弥山22分
弥山下り59分(桟橋まで、紅葉谷散策15分を除く)
総合計3時間10分
(紅葉谷散策15分を加える、駒が林展望27分、弥山1時間37分を除く)

多宝塔から駒ヶ林尾根を登る

潮が引いており、大鳥居の横を通って向こう側に渡る。水族館・大元公園に至る道に面して宝物館があり、その南隣は土産物屋となっている。その右側(南側)に急な石段があり、標識には「あせび歩道、多宝塔」とある。ここまで来るのに少し迷って数分のロスタイムが生じた。

石段をシカが数頭ゆっくりと下りてくる。ちょっと怖い。目を合わさないようにしてやり過ごす。多宝塔(二重の塔)の奥に東屋があり、その左手から山道に取り付く。シカがいるんじゃないかな。風化した花崗岩の上にシカの足跡がたくさんついており1本の太い線となっている。しかし、幸いその後はシカと遭遇しなかった。

登山道には靴跡もはっきりと付いている。しっかりした自然道だ。時々振り返ると朱の大鳥居や黒瓦屋根の家並みが美しく、瀬戸の海の向こうに山並が映える。山道に取り付いてすぐのところでは、多宝塔と大鳥居を前景にした美しい景色が広がっているということだ。残念ながら見逃したか?このコースをゆったりと下るのも一興だろう。

登るにつれて見える山は、周りの尾根との関係で異なってくる。経小屋山、大野権現山、白木山、呉娑々宇山、絵下山などである。登山道は少し羊歯に覆われる箇所がある。しかし、迷うこともあるまい。小岩の間をすり抜けたり、朝日観音堂や岩屋大師の側を通って、最後に一枚岩の上を無事通過すれば頂上は近い。思ったよりも楽に登ることができた。

駒ヶ林~弥山

紅葉の季節、絶好の行楽日和 となった。駒ヶ林には10人前後の一団があり、すでに食事中。その後も向こう側から次々と人が登ってくる。こちら側からは、お先に失礼した5人くらいのパーティも到着。食事をどうしようか考えたが、弥山に向かうことにする。

駒ヶ林~弥山で交通渋滞を経験する。団体さんと次々にすれ違う。もちろん登山姿でない人たちも多い。弥山山頂および展望台の2階3階とも、お弁当を広げる登山者行楽客で足の踏み場がない状態となる。駒ヶ林にも多くの人が見えている。 今日の宮島は、登山者だけで数百人単位だろう。紅葉谷から桟橋まではさらに人が多くて、自分のペースで歩くためには、しょっちゅう右や左に蛇行しなければならなかった。

朝出かけるときは白い息を吐く。弥山山頂展望台で少し北風があるものの、南側に座って背に日を浴びれば暖かい。結局今日も防寒具着用なし。見通しはやや霞むものの上々の部類、展望図の細かいところを修正することができそうだ。大満足。(順次詳細図と入れ替え中)

弥山直登尾根を下る

大展望を楽しんだ後下りにかかる。展望台右手(東側)から尾根に向けて細い踏み跡がある。すぐに荒れた急坂をジグザグに下るようになる。しかし、道は見えている。落ち着いて行けばそれ程危険ということもない。ほとんど展望のない道を転がり落ちると、紅葉谷の"お休み処"の真横に出る。そばには大きなツガの木がある。

後に続いて幾人かが同じルートで下りてきているようだ。 階段のない道は下山に使うのに最適だ。紅葉谷を散策して桟橋に向かう。

宮島本発売(アマゾンKindle版)2018年1月17日刊

『孫と歩く~ユネスコ世界文化遺産の島・厳島~』

宮島のトピックス満載です。
なお、初版刊行後も加筆修正を繰り返しています。

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2003年04月27日

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包ヶ浦自然歩道(博打尾)~かや谷コース~弥山~駒ヶ林~大元公園コース
(出発帰着:宮島桟橋)

2003年04月27日(日)、単独

常夜燈

〈写真〉常夜燈の向こうに厳島神社の大鳥居を見る

久しぶりの山行でのんびりと歩く

はじめに

宮島桟橋~厳島神社~紅葉谷公園~博打尾~包ヶ浦分岐~302m~榧谷駅(かやだに)~獅子岩駅~紅葉谷分岐~弥山本堂(求聞持堂)~弥山~弥山巡り(大日堂など)~仁王門跡分岐~大元公園分岐~駒ヶ林往復~大元公園分岐~大元公園~厳島神社~宮島桟橋(出発帰着:宮島桟橋)

>妻の体調不良、年度末決算、新年度組織改革、引越し、法事(遠方)とイベントが重なり多忙を極め、やっと前日の十方山林道関連の勉強会から”家外”活動を再開することができた。とは言いつつ今日は出かける予定にはしていなかったのだが、久しぶりの休日晴天につられて家を飛び出す。

今日のコース&コースタイム

宮島桟橋8:23-ロープウェイもみじだに駅8:53-第1ベンチ9:03、9:10-第3ベンチ9:28、43-包ヶ浦分岐9:45-302mピーク9:56、10:00-小ピーク10:06-小ピーク10:15-410m台ピーク10:21-ロープウェイかやたに駅10:28-ロープウェイししいわ駅10:40、10:43-弥山頂上11:05、11:50-駒ヶ林12:15、13:01-大元公園海岸通13:57-宮島桟橋14:17

宮島桟橋(30分)紅葉谷駅(1時間03分)302m(40分)獅子岩駅(22分)弥山
 小計2時間42分(休憩を含む)
弥山(25分)駒ヶ林(56分)大元公園(20分)宮島桟橋
 小計1時間41分
総合計4時間23分(弥山45分、駒ヶ林46分の休憩を全て除く)

博打尾~かや谷を行く

久しぶりの山歩きである。ゆっくり行くことを心がける。海に浮かぶ朱の鳥居(最近新しく塗り替えたようだ)を右手に見て登山口を目差す。少し盛りを過ぎたコバノミツバツツジが歓迎してくれる。山道に入ってすぐに地面でカエルの鳴き声がする。クークック、クークック。3匹くらいいるらしい。

第一ベンチから経小屋山、船倉山などを望む。少し登ったところから、北北東、杉ノ浦方面へ延びる支尾根を探検してみる。所々で鹿が道端に立ってこちらをうかがっている。3頭をやり過ごして進み前方を見ると今度は1頭が道の真中に立っている。怖くなって引き返す。先ほどの鹿たちは茂みの中に隠れてくれたようで安心する。ロスタイムは10分程度か。

第2ベンチをやり過ごして第3ベンチにて行く手を見上げれば、ロープウェイの左手に302mピーク、右手に弥山、駒ヶ林がある。海側(北側)では呉娑々宇山~経小屋山が望める。

302mピークからは、倉橋島~(北側)~経小屋山が望める。登るにつれて東側の海のみが見えるようになる。410m台ピークにたどり着けば、かやたに駅~ししいわ駅を行き交うロープウェイを見ることができるようになる。

弥山展望

頂上では360度の展望を楽しむ。

窓ヶ山のキレットから向山にかけてはっきりと稜線を認める。その後にも山々が連なっているようであるが霞んでよくはわからない。おそらく、三ッ石山~安佐山~畳山~熊城山~櫛山~桶佐毛山~椎谷山~牛ヶ首山であろう。その他、大丸峯(芸北)、笹ヶ丸山(安佐北)が重なっているという。

向山の右奥に大きな山塊が見える。おそらく龍頭山のはずである。さらに右には牛頭山もあるはずだがはっきりしない。これらの手前に安佐北の山々があるはずだがこれまたはっきりしない。

鈴ヶ峰~鬼ヶ城山~柚木城山~大茶臼山~丸山~火山~武田山縦走路が折り重なる。大茶臼山のマイクロウェーブをかろうじて認める。それらの後に、堂床山~(可部冠山)~備前坊山が見えているようである。可部冠山そのものは、堂床山から右手前に延びる稜線の陰にかくれる。

これらの向かって左手に荒谷山、右手に宗箇山、権現山~阿武山がある。その他の山々は安佐北あるいはさらに少し後方の山である。

なお、太田川左岸後方に比婆の山々が見えるという。山頂部分の見える範囲が大きそうなので条件がよければ確実に同定できそうである。

白木山の右手前に、二ヶ城山、松笠山、牛田山が重なり合うが境目ははっきりしない。これらの山の後ろに、木ノ宗山や神ノ倉山があるというがわからない。一番手前の仏舎利塔が白く光っているのは分かる。

高鉢山、鷹ノ巣山、呉娑々宇山系も一塊になって見える。藤ヶ丸山~呉娑々宇山~(高尾山)~茶臼山~岩滝山の位置関係はこのようになる。後には、金明山、硫黄山あるいは、高城山~蓮華寺山が入る。手前の黄金山は分かるが日浦山は分からない。

鉾取山~原山~洞所山~城山~金ヶ燈篭山の位置関係はこのようになる。左奥の曽場ヶ城山は分からないが、右奥の小田山は分かる。手前の島々を目安にするとよいだろう。

絵下山~小の岳~小松尾山~中天狗~天狗城山の稜線を見る。後ろに、三石山~観音山が入るが区別はできない。

大奈佐美島の向こうに、江田島(島の右側に古鷹山)、灰ヶ峰、野呂山(膳棚山)が重なる。灰ヶ峰から延びる稜線(休山~三津峰山)は、古鷹山の右奥になる。そのさらに奥には、七国見山そして剣山が見えるという。

能美島(砲台山、宇根山)の右奥に倉橋島(火山、陀峯山、岳浦山)を見る。その後ろは、石鎚山などの四国の山々である。

大黒神島~阿多田島(甲島右手前)にたくさんの島影を認める。大黒神島右奥の柱島もよく分かる。その後ろには、鯛峰~大見島~187.4m~155.7m~135.4m~佐連山~白木山と大島のピークが連なる。

高月山、三本杭は宇和島、大峰は佐田岬の山である。

駒ヶ林で昼食後、大元公園に向けて下る

宮島山頂では、観光客、登山者ともに外国人の方が多いくらいだ。様々な言語が飛び交う。それはそれで楽しいのだが何せ人が多すぎる。予定通り駒ヶ林に移動して食事とする。するとここでも鹿が近づいてきた。宮島全島で相当に繁殖しているのではないだろうか。

弥山~駒ヶ林~大元公園は石の階段が多い。少し疲れるけれどもそれなりに趣きはある。帰りは鳥居の外側まで潮が引いており歩いて渡る。

潮汐表(広島湾)4月27日
満潮:7時33分潮位302cm、19時47分潮位276cm
干潮:1時07分潮位94cm、13時48分潮位98cm

宮島本発売(アマゾンKindle版)2018年1月17日刊

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2001年05月26日

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包ヶ浦自然歩道(博打尾)~かや谷コース~弥山~大聖院コース
(出発帰着:宮島桟橋)

2001年05月26日(土)、EIKO

はじめに

宮島桟橋~厳島神社~紅葉谷公園~博打尾~包ヶ浦分岐~302m~榧谷駅(かやだに)~獅子岩駅~紅葉谷分岐~弥山本堂(求聞持堂)~弥山~仁王門~彌山原始林~大聖院~厳島神社~宮島桟橋
(出発帰着:宮島桟橋)

今日のコースタイム&コースタイム

宮島桟橋10:30-紅葉谷・かや谷コース-弥山13:50(3時間20分)
注:単独時(2月25日)と同じコース、この時は頂上まで2時間05分
弥山14:30-大聖院コース-宮島桟橋16:25(1時間55分)
合計5時間15分

-山行記不明?-

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2002年03月02日

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岩船岳~御床山~御床浦~宮島自然植物実験所
(出発帰着:宮島桟橋)

2002年03月02日(土)、単独

大江浦にて岩船岳を見る

〈写真〉大江浦にて岩船岳を振り返る
(画面中央左の一番奥が岩船岳、右手海岸には牡蠣ひびの列)

多々良林道経由で岩船岳(初登頂)
岩船岳~御床山から、御床浦に下山して海岸沿いの山道を帰る

  • 宮島自然植物実験所〜御床浦〜あての木浦(2014/11/23)
    広大~御床浦の決定版は、2014年11月23日山行記です。今日(2002/03/02)の山行記も含めて、その他山行記中の不明瞭(不正確)な点を訂正しながらまとめています。コース概況(GPSルート図リンク)もあります。
  • 宮島西海岸の山道&海岸コース(2013/06/23、5/23)
  • 宮島南部の砲台跡 ⇒ 実際には「厳島聴測照射所」だということが判明
    (中国新聞記事、2011年1月12日付)
  • あての木浦から取付き、砲台跡~御床山~岩船岳を乗り越す(2009/05/04)
  • 西海岸沿いの山道探索
    (2009/05/04、4/29、4/11、2002/03/02)
  • ついに砲台跡到達(2005/03/19)
  • 岩船岳~御床山の向こうの砲台跡探索
    (2004/03/13、2003/06/07、2002/04/06、3/30、3/2)

はじめに

宮島桟橋~厳島神社~大元公園~多々良~岩船岳登山口(多々良林道)~先峠(岩船岳縦走路)~351m~大川越~岩船岳~御床山~御床浦~大川浦~室浜砲台跡~広島大学植物園~多々良~大元公園~厳島神社~宮島桟橋
(出発帰着:宮島桟橋)

今日は、以下のように考えて宮島桟橋から出発した。
"大潮の干潮の時に歩ける海岸の道"をさぐるべく、岩船岳のさらに向こうの稜線を下れるだけ下ってみよう。ただし下った分だけ登り返しがきつくなるので見極めが大切だ。

なお、帰りは、大川越えから下って海岸線を探索してみようと考えていたが、御床山から直接御床浦へ下った。

コースガイド等の情報が全くないコースに踏みこむので、早め早めの対応が必要だ。体力の消耗を考え、2001年10月20日(土)に引き続いて、今日も多々良林道から入る。また、特別な昼食タイムはとらないことにする。

今日のコース&コースタイム

宮島桟橋8:10-多々良林道入口8:58-岩船岳方面登山口9:34- 岩船岳縦走路(先峠山402mの東)9:52 -海軍省標石10:07-青海苔浦分れ10:10-展望岩10:18、10:25-351mピーク、海軍省標石10:30-10:41八畳岩-大川越え分岐10:52-振り返ると展望、今きた道11:02- 海軍省標石11:07-東峰(頂上手前大岩)11:23-岩船岳11:35-御床山11:54、12:08-砲台跡方面12:13-御床山12:20-御床浦海岸12:55-下谷浦方面をさぐる -御床浦13:15-大川浦合流13:58-(大江浦)-室浜砲台跡15:10-広島大学植物実験所15:18-多々良林道入口15:36-宮島桟橋16:20(デジカメ時刻誤差あり)

宮島桟橋(48分)多々良(54分)岩船岳方面稜線上(1時間)大川越え分岐(43分)岩船岳
 小計3時間25分(御床山まで、さらに19分)
御床山-御床浦
 1時間21分の時間を使う(実際の下山には35分)
御床浦(43分)大川浦(1時間20分)広島大学植物実験所(18分)多々良(44分)宮島桟橋
 小計3時間05分
総合計8時間10分

2004年03月14日訂正
陸軍省標石→海軍省標石

多々良林道から岩船岳縦走路へ

多々良林道(舗装された車道)入口から岩船岳登山口までは30分以上ある。途中15分くらい行ったところで右に分岐する道があるが、しばらく行くと羊歯の中に消えてしまった。

さて、正規の登山口(岩船岳登山口)から稜線上まで12~15分の急登である。

岩船岳縦走路を行く

稜線上からしばらくは402mピーク(先峠山というらしい)を巻いていく快適な道である。やがて、351mピークのそのまた向こうに岩船岳が見えてくる。ほんとうに先は長い。ゆっくり行こう。(なお、青海苔浦への分岐は二万五千分1地図とは違っている)。

続いて、351mピークに向けて登りに入る。ピーク手前に展望のよい岩場があるので休んで行こう。能美島、小黒神島、阿多田島などが見える。

351mピークを越えると、何回かアップダウンを繰り返しながら大川越え分岐まで下って行く。途中の八畳岩では、経小屋山方面への展望が開ける。双眼鏡で昨夏披露困憊しながら下った鳴川タンクの尾根筋をたどる。ウグイスが鳴いている。

大川越え分岐から海軍省標石あたりまで、15分間の急登。登り始めて10分くらいの所で一息つくと、振りかえれば今来た道を展望することができる。

急登が終わってからもまだまだ先がある。岩船岳三角点手前の東峰大岩まであと一つも二つもがんばらないと疲れた体が持ちあがらない。東峰大岩からは大竹市街、阿多田島がかすんで見える。

東峰から先の山頂(三角点)をめざす

東峰大岩でこの前会ったご夫婦が、この少し先(15分くらい)に展望の良いところがあるといっていたのを思い出し、さらに前に進むことにする。

とその時、ふと見ると、東峰大岩の脇に「"岩船岳"、御床山方面」という小さな標識がぶら下がっている。とすると、ここは"岩船岳"山頂ではない?

東峰大岩から、その先を急ぐ。急坂を下ったり登ったりして、別のピークに達する。ここが正真正銘、"岩船岳"頂上である。三角点が確かにある。前回は頂上を踏まずに、(東峰大岩を岩船岳山頂と勘違いをして)往路下山、そのまま弥山に向ったことに初めて気がつく。

なお、東峰から岩船岳三角点まで至るには、一旦かなりの急坂を下って行く。地図上ではそれがうまく表されていないように感じる。実際のコースと地図上のそれでは多少ずれているのかもしれない。(mjobinさんの岩船岳レポート、GPS軌跡参照)

岩船岳の先、御床山から御床浦へ下る(御床浦の南を探索)

岩船岳頂上に御床山まで25分と書いた標識がある。今日は海岸までの道をさぐりに来たのだ。行く以外にない。御床山に着くと、今度は砲台跡という標識がある。さらにその先まで行ってみることにする。

5分くらい下ると、可部島が見える展望のよい広場に出る。そこから海岸まで続く稜線が手に取るように見下ろせる。全山緑で覆われておりほんとうに美しい。その先にも道はありそうだが羊歯が邪魔をしてよく分からない。砲台跡というのもどこだか分らなかったが、今日はここで引き返すことにする。

御床山に帰り着く。山頂の標識(御床浦方面)を確認する。白板に黒々と御床浦と書いてあり赤の矢印もていねいだ。木間をのぞくと赤テープがゆれて誘っている。下ってみよう(大川越えを下るという予定を変更する)。ここで直に海岸線に下ることができれば、あとは楽勝と考えたのだ。よく整備された小道を下る。

海岸部に出ると、下谷浦方面という標識があった。これが御床浦から南へ行く道だろうか。左手(南向き)に、胸まである羊歯を掻き分けて進んでみた。しかし、その道はやがて断崖の中に消えてしまった。御床浦より南の道は不明としておこう。

御床浦~大川浦~宮島植物実験所まで、必死で踏み跡を追って行く

御床浦から大川浦にかけて、そしてさらにその先と続く"海岸沿い"の道はなかなかに厳しい。ここまでの登山道のどこよりも道は分かりにくい。エスケープに最適なんて考えはすぐに吹っ飛んでしまう。

羊歯の中を時には腰までかき分けて進む。木のまばらな個所では道がどっちを向いているのかわからない。赤テープ、青・白テープを頼りに慎重に進む。神経を使う。道は"海岸沿い"とはいえ常に海が見える位置にはない。また決して平坦でもない。標高50mくらいまでの間で上り下りを何回となく繰り返す。

実際の道は地図上の破線よりもジグザグに付いており、そのために1回毎の高低差が地図で読み取るよりも大きいのではないだろうか。(mjobinさんの岩船岳レポート、GPS軌跡参照)

それはともかく、ここまでの"海岸沿い"の道はとにかくタフな道であった。弥山にもう一つ登ったくらいの消耗度がある。

絶好のビューポイントなど

大川浦から30分くらいの所で振りかえると、岩船岳が見える個所がある。大江浦というらしい。湾内の"牡蠣ひび"をバックに写真を撮ることが出来る絶好のビューポイントである。すこし沖合いにはカキ筏も浮かんでいる。

15:00ころ、大野瀬戸を通過(北東の方角になる)する小型ヨット(24フィート位か?)を発見する。ジブ帆走(前帆だけでの帆走)をしている。時々セールがシバー(ばたつく)する。風は真北から吹いているようでジブ帆ではきついだろう。それでも前に進んでいる。多分エンジンも回しているのだろうが、結局ジブも巻き取ってしまった。船(ヨットやモーターボートあるいはカヤックなど)があれば宮島をもっと楽しめるだろうな。

おわりに

室浜砲台跡で、宮島桟橋まであと6.5kmとある。広島大学実験所からは簡易舗装道路になる。

大元公園では、梅(大元神社に向かって右に紅梅、左に白梅)が満開であった。その他、至る所にヤブツバキの赤い花。

今日は、海軍省標石を三本(1本は今日初めて確認)見た。砲台跡二つ(一つは実際に見学)の存在を確認した。宮島は軍都・広島の西の砦だったのである。

行きも帰りも宮島大鳥居の海岸を渡る。特に帰りには大鳥居の外側(厳島神社域外)まで潮が引いておりかなりの人が潮干狩りをしていた。潮干狩りは、できるだけ潮がよく引く大潮の干潮前後2時間が最適だそうである。

2002年03月02日(土)潮汐表(広島港基準)-中潮
満潮11時54分(1回のみ)、潮位359cm
干潮5時40分、潮位-13cm、18時03分、潮位+18cm

厳島神社が海に浮かんで見えるのは、潮位が250cm以上です。
大鳥居まで歩いていけるのは、潮位100cm以下です。
潮干狩に適しているのは、潮位40cm以下です。
干潮の前1時間30分から後30分位まで掘ることができます。

宮島本発売(アマゾンKindle版)2018年1月17日刊

『孫と歩く~ユネスコ世界文化遺産の島・厳島~』

宮島のトピックス満載です。
なお、初版刊行後も加筆修正を繰り返しています。

カテゴリー
未分類

2002年03月30日

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 広島湾岸トレイル >> 宮島弥山・岩船岳トップページ

岩船岳~御床山(砲台跡まで届かず)
(出発帰着:宮島桟橋)

2002年03月30日(土)、単独

コウヤミズキ

〈写真〉コウヤミズキ

  • 宮島南部の砲台跡 ⇒ 実際には「厳島聴測照射所」だということが判明
    (中国新聞記事、2011年1月12日付)
  • あての木浦から取付き、砲台跡~御床山~岩船岳を乗り越す(2009/05/04)
  • ついに砲台跡到達(2005/03/19)
  • 岩船岳~御床山の向こうの砲台跡探索
    (2004/03/13、2003/06/07、2002/04/06、3/30、3/2)

はじめに

宮島桟橋~厳島神社~大元公園~多々良~岩船岳登山口(多々良林道)~先峠(岩船岳縦走路)~351m~大川越~岩船岳~御床山~砲台跡手前~岩船岳登山口(多々良林道)まで往路下山~前峠~大元谷左岸コース~大元公園~厳島神社~宮島桟橋
(出発帰着:宮島桟橋)

前回2002年03月02日は、二つの目標を掲げて失敗した。すなわち、岩船岳の向こうの稜線を下って海岸線まで達する、そして海岸線が歩けるかどうか探索する、というものだった。今回は、とにかく海岸線まで行けるかどうかを検証する、その後は来た道を引き返す、ということで再度挑戦をする。

御床山の向こうにあるらしい砲台跡を見てみたいという強い願望で突っ込んでみたが、やはり道は羊歯の中に消えてしまった。もう少し具体的な情報を入手してからもう一度挑戦することにしよう。時期はあまり草木の茂らない秋から冬にかけて(見通しが良い)ということになるであろう。ともかく、宮島深南部の探索は無期延期である。

今日のコース&コースタイム

宮島桟橋7:22-多々良8:17-登山口8:49、8:56-岩船岳方面稜線上9:07-展望岩9:30、9:41-八畳岩9:57-振りかえると展望、今来た道10:13-岩船岳東峰10:34-岩船岳三角点10:44-御床山11:01-敗退地点11:07 、12:49-御床山12:54-岩船岳13:15-八畳岩13:50、14:05-展望岩14:19-青海苔乗越14:38、14:40-林道14:48、14:54-大元公園方面、稜線上15:05- 大元公園登山口15:33-海岸通15:43-宮島桟橋15:57

宮島桟橋(55分)多々良(50分)岩船岳方面稜線上(1時間37分)岩船岳
 小計3時間22分
御床山よりさらに先を往復、岩船岳から 行23分、帰26分
 小計49分
岩船岳(1時間23分)岩船岳方面稜線上(55分)大元公園(24分)桟橋
 小計2時間42分
合計6時間53分(大休止1時間42分を含まず)

宮島に向かう

昨日の雨があがり快晴である。吐く息は白く空気の透明度はかなりよい。

JR新井口でホームから見ると、下り線路の向こう(西)に経小屋山のピークがある。少し南には今日の目的地である宮島が国道2号線の向こうに見えている。

五日市駅手前の八幡川では、右手に窓ヶ山、少し振りかえると鈴ヶ峰。廿日市駅手前で、極楽寺山の全容を見る。駅を出てすぐに、極楽寺山から野貝原山。宮内串戸では、船倉山も視野に入ってくる。阿品駅では、正面に船倉山、右手野貝原山。ここからは、船倉山中腹にある白い大きな建物は見えない。

宮島桟橋で出港を待つ船の中からは、向山、火山の間に山が見える。位置からすると可部冠山などである。鈴ヶ峰の向こうに大茶臼山、その右肩には白木山か。牛田山の後ろは高鉢山になるのかな。右隣には呉娑々宇山。安芸小富士(似島)の左右には、金ヶ燈篭山と絵下山。もう少し右にいくと灰ヶ峰である。

船は定刻に鏡のような海面を静かに動き始めた。宮島桟橋に着くと、窓ケ山のキレットがちょうど極楽寺山の稜線上(右肩)にある。

宮島のサクラは今が満開である。市内と比べると5日程度遅いだろうか。ヤマザクラ、シダレザクラも混じっている。アセビ、ヤブツバキも多い。多々良までの道では、コバノミツバツツジが3~4輪咲いていた。黄色の花が房のように垂れ下がっている木もあったが、なんていう木であろうか。エゴノキも白い風鈴をたくさんつけている。(後日記、エゴノキ?アセビ?)

2002/04/06確認
黄色い花は「コウヤミズキ」であった。

岩船岳縦走路を歩く

岩船岳縦走路に入ると、昨日の雨で羊歯がぬれている。太もものあたりまでびしょ濡れになってしまった。道は急坂になるとすべる。帰りの下りは大丈夫だろうか。少し心配である。しかし、案ずることはなかった。羊歯はほとんど乾いており、道も少し気をつければ大丈夫だった。

展望岩:(行き)

小黒神島の向こうに東能美島、大黒神島の左後ろに見えるのは岳浦山(倉橋島)か。倉橋島の山々は東能美島の向こうに見え隠れしながら続いているようである。阿多田島の真後に甲島。さらにその向こうに島影が見えている。大黒神島と阿多田島の間には柱島。その手前に重なるようにして手島がある。

八畳岩:(帰り)

ここからの山座同定はなかなかむつかしい。経小屋山、傘山までは問題ない。行者山などは傘山の懐に入ってしまってはっきりしない。経小屋山の右後方に形のいい山がある。大峯山かと思えばそうではないようだ。大峯山は大野権現山よりもさらに右になるはずだ。

その大野権現山がまたすんなりとは決まらない。大野権現山から右に連なるおむすび岩を双眼鏡で確認した、と思ったまではよいが、その角度は野貝原山方向になってしまう。途中で追い抜いた人達と再びいっしょになって20万地図を広げて喧喧諤諤、結論はでなかった。今度来るときの楽しみにしておこう。

2002/04/14記
2002年04月06日(土)に再訪した時、磁北に対する角度(概略)を図っておいた。経小屋山300度、大野権現山330度、おむすび岩(667mピーク)334度等である。それを基に二万五千地図を並べて検討した。経小屋山および大野権現山と双眼鏡で確認したおむすび岩はやはり間違いない。野貝原山方向としたのは地図の正置を間違えてしまったためであろう。

富士山型の形の良い山は、上勝成山から北北東約1.4kmのところにある円錐形(地図で見る限り)の山ではないだろうか。そして、大峯山はやはり大野権現の右肩の位置になる。ただし、4月6日にもこの位置に山は見えたが、いつも遠くから見ている富士山型の大峯山とは違っているようにも思える。今後の検討課題としておこう。

敗退地点

御床山の向こう、標高約300mくらいの稜線上である。傘山の右肩に羅漢山。経小屋山の右肩に吉和冠山を望む。大黒神島の後に山並が続く。岳浦山(倉橋島)は大黒神島の左肩あたりのはずなのだが、はたして見えている島影のなかにあるのだろうか。

その他

阿多田島の左端ピークのわずかに右側に柱島、右端ピークのわずかに右側に甲島がある。そして、それらの島々のさらに向こうにも島が連なっている。

帰りの岩船岳登山口(多々良林道上)で一人の登山者に追いつかれた。その人は林道をそのまま下るという。私は大元公園方面へ向けて再び山道に入った。桟橋手前まで来るとその人が少し前を歩いている。歩くスピードはほぼ同じくらいだ。

下山の場合、林道コースも山越え大元公園コースもあまり変わらない(1時間強)のかもしれない。それにしても多々良林道経由で桟橋まで1時間強というのはやはり早いと思うのだが。

大元公園のサクラが満開で大変きれい。

2002/04/07記
大元公園のサクラの花が妙に白っぽかったのが印象に残っている。いろんな人に聞くと年によって白からピンクまで微妙に色合いが違うらしい。私は多少ピンクがかった方が好きだ。

今日も帰りは鳥居の前を横切って渡った。(行きは少し潮があった。無理すれば歩けるかなという感じ)

2002年03月30日(土)潮汐表(広島港基準)-大潮
満潮10時48分、潮位362cm、23時11分、潮位369cm
干潮4時40分、潮位-2cm、16時59分、潮位-4cm

宮島本発売(アマゾンKindle版)2018年1月17日刊

『孫と歩く~ユネスコ世界文化遺産の島・厳島~』

宮島のトピックス満載です。
なお、初版刊行後も加筆修正を繰り返しています。

カテゴリー
未分類

2002年04月06日

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 広島湾岸トレイル >> 宮島弥山・岩船岳トップページ

岩船岳~御床山(砲台跡まで届かず)
(出発帰着:宮島桟橋)

2002年04月06日(土)、単独

可部島

〈写真〉御床山の先から可部島を見る
(可部島の右手前、230mの右懐に砲台跡)

行き帰りとも多々良林道経由
雨天敗退後、帰りに海岸通りで植物観察

  • 宮島南部の砲台跡 ⇒ 実際には「厳島聴測照射所」だということが判明
    (中国新聞記事、2011年1月12日付)
  • あての木浦から取付き、砲台跡~御床山~岩船岳を乗り越す(2009/05/04)
  • ついに砲台跡到達(2005/03/19)
  • 岩船岳~御床山の向こうの砲台跡探索< (2004/03/13、2003/06/07、2002/04/06、3/30、3/2)

はじめに

宮島桟橋~厳島神社~大元公園~多々良~岩船岳登山口(多々良林道)~先峠(岩船岳縦走路)~351m~大川越~岩船岳~御床山~砲台跡手前~往路下山、完全に同一行程
(出発帰着:宮島桟橋)

御床山の向こう、230mピークにある砲台跡を見てみたいという強い願望を抑えきれず、先週の探索以降に得たいくつかの情報を元に再度挑戦をする。今回は、目標まで300m足らずと思われる樹林帯の中まで達するが雨がぱらつき始め撤退する。

ただし、そのまま進んで、この樹林帯を一人で突破できたかといえば自信はない。同行者を得るなどの条件が揃うまで砲台跡探索はやはり保留にしておこう。

今日のコース&コースタイム

宮島桟橋7:18-多々良7:58-岩船岳登山口8:24、8:29-稜線上(青海苔乗越)8:40-展望岩9:03、9:12-八畳岩9:26、9:32-大川越え9:37-振り返れば展望9:52、9:54-岩船岳東峰10:10-岩船岳10:19 -御床山10:37-先週敗退地点10:40-今回敗退地点11:15-先週敗退地点11:50、12:08-岩船岳12:33-岩船岳東峰12:40-大川越え13:09、13:23-八畳岩13:30-展望岩13:47-青海苔分岐13:55-青海苔乗越14:10-多々良林道(岩船岳登山口)14:21-多々良14:40-大元公園15:50-桟橋16:07

宮島桟橋(40分)多々良(42分)岩船岳方面稜線上(1時間39分)岩船岳
 小計3時間01分
御床山よりさらに先を往復、岩船岳から 行56分、帰1時間18分
 小計2時間14分
岩船岳(1時間37分)岩船岳方面稜線・先峠(30分)多々良
 小計2時間07分
多々良(1時間10分)大元公園(17分)桟橋
 小計1時間27分
合計8時間49分

多々良林道から岩船岳縦走路へ

天気予報は午後から雨である。出来るだけ早目に目標地点に達したい。しかし、あまり行きすぎて降られると帰りがやっかいだ。空とにらめっこの山行となった。

JR新井口で宮島は見えている。東の空は朝焼けだ。宮島口桟橋でも東から北にかけて山並が意外とよく見えている。なんとかなるかもしれない。

多々良林道で早くも道の前方が点々と黒くなってきた。雨だ。しかし、メガネにかかる程のことはない。このまま進もう。もし傘が必要になれば引き返すことにする。そのうち空が明るくなって薄日がさすまでになる。岩船岳を過ぎ御床山までどんどん進む。

御床山の向こうから砲台跡手前まで、雨天敗退

さて、御床山から赤テープにしたがって南西に進むと、すぐに可部島を見下ろす裸地に達する。そこからさらに少し下の裸地、さらにその下の裸地と、羊歯に隠れた道を真っ直ぐに下る。真っ直ぐに進めなくなった所が先週の敗退地点である。標高約300m。

ここから目標物を確認できる。左手前方に241mピーク、正面の可部島をはさんで、右手前方に目標地点の230mピーク。

230mピークの右下、稜線よりやや下側に、茶色の細長い四角形の建物らしきものが見える。

ここから左(東)に羊歯の中の道を行く。次の到達地点は焼け木が数本立っている所(左前方)である。そして、そこからその下に見えている大岩をめざす。稜線のやや東側を行く感じである。大岩で標高約260m。

大岩までは色が抜けきった赤テープがある。しかし、そこから先は何もない。羊歯の中に分け入り、大岩を東から巻いて少し下り、その後ほとんど等高線と平行に西へ進む感じで樹林帯に入る。

樹林帯までの羊歯の間に小さな木が生えている。おそらく植林されたものであろうが、悲しいかな羊歯の勢いの方が強い。木の背丈にせまるくらい羊歯が生えている。なかには枯れてしまった木もある。この位置だと下草を刈り込むために毎年人が入るという訳にもいかないだろう。自然の状態では山火事の跡は100年、200年後はどのようになるのであろうか。

樹林帯まで来ると、目標地点手前の小ピークが前面に立ちはだかる感じになる。木々はよく茂っており進みにくい。ここで再び雨がぱらついてきた。撤退を決意する。目標地点まで300m以内には迫っているはずだがしかたない。この後どのようなルートを取ればよいのかまったく見当がついていないのだから。標高約240m。

先週敗退地点まで引き返し、目標物までのルートをもう一度頭の中に叩き込む。空が明るくなってきた。ここで食事をしてゆっくりできそうだ。目標物を目の前に見ながら食事をするのも辛いがしかたない。準備を始めるとまた雨がぱらついてきた。やはり即撤退だ。出来るだけ早く岩船岳を下っておこう。食事は八畳岩まで戻ってからだ。

雨に中を宮島桟橋まで帰る

雨の程度は傘をさす程のこともなくどんどん進む。大川越え直前まで下ってほっと一安心したところで雨足がちょっと強くなる。ここから先の急坂(下り)は、展望岩の先で数分程度と青海苔乗越からの下り10分少々だけである。大川越えで食事をしておくことにする。木の下に入って座るとほとんど雨はかからない。

再び傘をさして351mピークをめざす。傘はあまり大きくない折りたたみのもので、傘を閉じなければ進めない という個所はほとんどない。時々ちょっと右左に傾けるだけでよい。ただし、羊歯やその他の草木で下半身はひざまで濡れる。青海苔乗越手前の羊歯では、両脚の太ももから上半身も左肩(山側)までびしょ濡れになってしまった。

青海苔乗越から多々良林道までの急坂も傘をさして下った。道はまだ乾いている。森の木々の保水力の一端を見る思いがする。雨は、海岸通りで一旦ほとんど降り止んだ(この間、植物観察)が、大元公園から先で本降りとなった。

山では誰にも会わなかった(先週は快晴で4組、7~8名の人に会った)。動物たちには出会った。大川越え(行き)あたりでお尻の白い毛が目立つ大きなシカに会った。よけてくれないかなと一瞬立ち止まったら、むこうが気づいて走って逃げて行ってくれた。ウヅラの形をした鳥がいた。その他、姿は見えないが林の中でごそごそ音がして怖くなることが何度かあった。音といえば、ウグイスの鳴き声は至るところで聞けた。こちらは怖くない。疲れがとれる鳴き声である。

宮島にはがんばってほしい

宮島口からボート専用列車の一つ後の電車で帰った。最近、競艇人口が大幅に減っているという。うろおぼえだが、そのために宮島町の(宮島競艇による)蓄えが、一時は100億円もあったのに今は一千万円を切る程度になったと聞いたことがある。

先週は快晴で観光客が多かった。今週は雨にもかかわらずかなりの人出であった。世界遺産の維持には相当のお金がかかるという。広域合併先の選択等も含めて関係機関にはがんばってほしいものである。

青海苔乗越までの急登道(行き)でドングリを2個と葉っぱを1枚拾っておいた。どちらもそこら中一面に落ちていたものである。帰ってから「どんぐりの図鑑」で娘と孫に調べさせると、ドングリは「こなら」で、葉っぱは「アラカシ」だという。次回行くときには木の特徴を調べておいて現地で観察してみよう。

2002年04月06日(土)潮汐表(広島港基準)-小潮
満潮:5時35分、潮位265cm、17時06分、潮位204cm
干潮:12時14分、潮位+170cm、23時48分、潮位+110cm

宮島本発売(アマゾンKindle版)2018年1月17日刊

『孫と歩く~ユネスコ世界文化遺産の島・厳島~』

宮島のトピックス満載です。
なお、初版刊行後も加筆修正を繰り返しています。

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未分類

2004年03月13日

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 広島湾岸トレイル >> 宮島弥山・岩船岳トップページ

岩船岳~御床山~砲台跡(手前敗退)
(出発帰着:宮島桟橋)

2004年03月13日(土)、単独

ヤブツバキ

〈写真〉ヤブツバキの季節である

行き帰りとも多々良林道経由、気力体力の限界を感じる

  • 宮島南部の砲台跡⇒実際には「厳島聴測照射所」だということが判明
    (中国新聞記事、2011年1月12日付)
  • あての木浦から取付き、砲台跡~御床山~岩船岳を乗り越す(2009/05/04)
  • ついに砲台跡到達(2005/03/19)
  • 岩船岳~御床山の向こうの砲台跡探索
    (2004/03/13、2003/06/07、2002/04/06、3/30、3/2)

はじめに

宮島桟橋~厳島神社~大元公園~多々良~岩船岳登山口(多々良林道)~先峠(岩船岳縦走路)~351m~大川越~岩船岳~御床山~砲台跡手前~往路下山、完全に同一行程
(出発帰着:宮島桟橋)

終日快晴、日も長くなり6時位までは活動できる。絶好の条件の中で砲台跡をめざして突き進む。しかし、最終的には気力体力の限界を感じて撤退する。

今日のコース&コースタイム

宮島桟橋7:17-多々良8:03-(多々良林道)-岩船岳登山口8:28-稜線上8:40-沢8:53-鞍部、海軍省標石8:58-青海苔分岐(陶晴賢碑分岐)9:01-(急登)-展望岩場9:10、9:15-小ピーク9:16-小ピーク9:18-351m、海軍省標石9:19-(急坂)-小ピーク9:21-小ピーク9:23-(急坂)-岩場9:24-(急坂)-小ピーク9:28-八畳岩9:30、9:38-小ピーク9:39-(急坂)-小ピーク9:42-大川越え9:42-小ピーク9:45-(急坂)-振り返れば展望9:52-海軍省標石9:58-小ピーク9:59-小ピーク10:02-小ピーク10:04-小ピーク10:07-岩船岳東峰10:15-岩場ピーク10:23-岩船岳10:26、10:28-小ピーク10:46-御床山10:48-撤退地点11:25、11:48-休憩(昼食)12:05、12:25-御床山12:37、12:42-岩船岳13:06-岩船岳東峰13:20-海軍省標石13:35-展望13:38-大川越え13:47-八畳岩13:55-351m、海軍省標石14:15-展望岩場14:19、14:24-青海苔分岐(陶晴賢碑分岐)14:31-鞍部、海軍省標石14:33-稜線上分岐14:47、14:54-岩船岳登山口15:02-(多々良林道)-多々良15:29-大元公園15:57-宮島桟橋16:17

宮島桟橋(46分)多々良(37分)岩船岳方面稜線・先峠(30分)展望岩場(27分)大川越(44分)岩船岳
 小計3時間09分(休憩を含む)
御床山よりさらに先を往復、岩船岳から、行き59分、帰り1時間18分
 小計2時間40分(休憩を含む)
岩船岳(1時間41分)前峠・岩船岳縦走路(35分)多々良(28分)大元公園(20分)宮島桟橋
 小計3時間11分(休憩を含む)
総合計9時間00分

多々良林道経由で往復する

今日も予定は多々良林道経由だ。潮が引いており大鳥居のそばを通って西を目指す。林道に入り犬がまとわりついてくる。首輪をつけている。昨年秋にみかん園が廃業したようだがそのとき置いていかれたのだろうか。

後になり先になりしながらついてくる。時々小便をしては後足で砂をかけている。縄張りを主張しているのだろう。登山口で立ち止まるとこの犬もそのまま動かずにいる。山までついてこられたらいやだなと思ったが、山道までは追ってこなかった。林道にそったあたりがテリトリーらしい。少しほっとする。

岩船岳縦走路から岩船岳~御床山を越えてゆく

稜線上に出る。山道全体を通して標識が増えているようだ。稜線上の標識では、稜線上~岩船岳1.5時間~2時間、往復3.5時間。大川越えにあった標識では、大川越え~岩船岳40分その他となっている。全般に健脚向きである。 標識は、351mピーク手前の鞍部にもあった。そこから先峠を通って多々良林道に至る荒れた古い道があるという。

順調に足を延ばしたが、岩船岳東峰手前の登りの繰り返しはこたえる。先はまだ長い。足をできるだけ休めながら、岩船岳を越えて御床山の向こうを目差す。御床山から軽いブッシュ気味の道を行くと前方に展望が開ける。

砲台跡に向けて下る(敗退)

さらに少し下って、可部島の右手前に見える230mピークを見下ろせば、懐に砲台跡がはっきりと分かる。

左から回り込む感じで尾根が走っており所々に岩がむき出しになっている。その岩伝いに一気に下る。最初のうちこそ羊歯の中に踏み跡がうっすらと確認できる。しかしその後は胸まである羊歯の中をブッシュブッシュで押し進む。

少し早めに樹林帯に入ったようだ。小ピークの方角には谷がある。登り返す。しばらくその場に立ってあたりを見渡した。西に向かって樹林帯に入れば前回の敗退地点ではなかろうか。

砲台跡は見えない。小ピークの向こう側のはずだ。ところがここからかなり遠く感じる。気力体力の限界だ。帰りのことを考えて撤退とする。そして、帰りのルートがはっきり分かる地点まで登って、羊歯に覆われた山道に座り込んで昼食をとる。

その後で、再び砲台跡の見える地点まで登って確認した。砲台跡は、松の木が5~6本生えているピークの手前だ。それは230mピークではなく、その手前の230m〈台〉ピーク懐のようだ。今日の撤退地点正面にみた小ピークこそ230m〈台〉ピークであり、砲台跡まで後ほんのわずかの距離だったろう。残念だがしかたない。

(砲台跡があるのは、あくまでも230mピークの右懐である。したがって、今日の山行記の記述(砲台跡は230m〈台〉懐にあり)は間違っている。2005年03月19日(土)山行記をぜひ参照のこと)

帰り路では足にきた

かなり足にきている。帰りの行程では登り下りの位置を頭に入れて体力の配分を考える。351mピークを下りきった鞍部から、稜線上の大元公園下山口までのだらだらとした登りさえつらくなってきた。

多々良林道まで下りきってほっとする。そこから大元公園に向けて再び山道に入る気にはならなかった。結局、行き帰りとも多々良林道経由となってしまった。再び砲台跡をめざす日はもうこないかもしれない。

山にはヤブツバキが咲き、落花が山道を点々と染める。その他ではアセビの白い花が目立つ。人はまったくいない。帰りの大川越えで標識を確認する男性二人組と出会っただけ。 多々良林道入口にアセビの大木が満開。

宮島本発売(アマゾンKindle版)2018年1月17日刊

『孫と歩く~ユネスコ世界文化遺産の島・厳島~』

宮島のトピックス満載です。
なお、初版刊行後も加筆修正を繰り返しています。

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2005年03月19日

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 広島湾岸トレイル >> 宮島弥山・岩船岳トップページ

岩船岳~御床山~砲台跡(ついに到達)
(出発帰着:宮島桟橋)

2005年03月19日(土)、単独

シキミ

〈写真〉満開のシキミ

大元谷左岸コースから取付き、目的を達成する
帰路は大川越から下山、海岸道路を宮島桟橋まで

  • 宮島の西海岸のまとめ、写真あり(2013/06/23、5/23)
  • 西海岸沿いの山道まとめ、写真あり(2013/05/23)
  • 宮島南部の砲台跡⇒実際には「厳島聴測照射所」だということが判明
    (中国新聞記事、2011年1月12日付)
    参照Web:いにしえのロマンの郷>>みやじま地区点描>>厳島聴測照射所跡/藤下憲明さん
  • あての木浦から取付き、砲台跡~御床山~岩船岳を乗り越す(2009/05/04)
  • 西海岸沿いの山道探索
    (2009/05/04、4/29、4/11、2002/03/02)
  • ついに砲台跡到達(2005/03/19)
  • 岩船岳~御床山の向こうの砲台跡探索
    (2004/03/13、2003/06/07、2002/04/06、3/30、3/2)

はじめに

大元公園~大元川左岸コース~前峠~岩船岳登山口(多々良林道)~先峠(岩船岳縦走路)~351m~大川越~岩船岳~御床山~砲台跡230m台付近~大川越まで往路下山~大川浦分岐(海岸近く)~室浜砲台跡分岐、宮島植物実験所分岐~(海岸道路)~多々良~大元公園
(出発帰着:宮島桟橋)

ついに宮島最南端の砲台跡に達する。附近には、旧日本軍のものと思われる遺構が点在していた。しかし、これが砲台跡だと、はっきり確認できるような建造物は見つけられなかった。

2002年の春に、御床山の先から初めて砲台跡を見下ろしてから、何回トライしたことだろう。距離的な問題に加えて、砲台跡に至る道が消失してしまっており、体力的には非常に厳しいものがあった。

(御床山の先で)砲台跡を見下ろす地点から、標高差110~120mの間に道はない。ブッシュの中に突っ込めば突っ込むほど、その分必ず登り返さなければいけないと思うと、いやでも緊張感が高まる。ここでバテテしまっては帰路が危なくなる。

日のあるうちに行って帰ってくるには、日照時間が延びてきて寒さが和らぎ、草木がまだ繁っていない春先が一番いいだろう。秋~冬を考えたこともあったが、とても太陽の出ている間に往復できる距離ではない。

今日は降水確率ゼロ、雨の心配はまずない。朝一番の連絡船に乗るために、電車の時間を合わせて家を出る。

参考:中国新聞2005年02月26日付け記事
沼隈町と鞆の境に高射砲陣地跡

今日のコース&コースタイム

宮島桟橋6:39-大元公園6:56-右上分岐あり7:11-右上沢上段へ7:14-右上分岐あり7:19-対岸に一枚岩7:34-尾根7:43-前峠7:44、7:50-多々良林道8:00-岩船岳縦走路8:11-水場8:18-海軍省標石(右分岐あり)8:24-(270m台)-青海苔分岐(陶晴賢碑分岐)8:27-登る8:33-展望岩場8:38、8:40-340m台8:42-コブ8:43-351m8:44-コブ8:46-コブ8:47-コブ8:49-岩8:50-コブ8:53-鞍部8:54-300m台8:55-八畳岩8:57、9:05-コブ9:06-左分岐あり(青海苔浦)-コブ9:10-大川越(海軍省標石)9:11-コブ9:13-240m台9:15-コブ9:17-振り返れば展望9:22-海軍省標石9:27-コブ9:32-コブ9:35-東峰9:42、9:48-岩場ピーク9:54-岩船岳9:57-大岩10:00-大岩群10:05-コブ10:15-御床山10:18-展望地10:20-大岩10:36-230m台10:48-水槽?10:52-砲台跡11:19、11:35-水槽?11:42-230m台11:49-登り口11:57-大岩12:03-展望地(昼食)12:26、13:30-御床山13:33-コブ13:36-大岩群13:45-コブ13:54-岩船岳13:55-東峰14:02-海軍省標石14:13-展望地点14:16-大川越14:25、14:27-沢渡る14:47-沢渡る14:55- 大川浦分岐14:57-ピーク15:00-鞍部15:03-ピーク15:05-入り江15:07-振り返ると岩船岳15:15-林の中15:31-左手分岐室浜砲台跡( 広島大学植物園)15:38-沢渡る15:44-車道15:51-広大植物園門扉15:52-多々良16:08-大元公園16:33-宮島桟橋16:48

宮島桟橋(17分)大元公園(48分)前峠(10分)多々良林道(岩船岳登山口)(11分)岩船岳縦走路(先峠)
 小計1時間32分(前峠6分を加える)
先峠(27分)展望岩場(31分)大川越(46分)岩船岳
 小計1時間46分(展望岩場2分を加える)
岩船岳(21分)御床山(2分)展望地(28分)230m台(11分)砲台跡
 小計1時間22分(砲台跡探索のための時間を20分として加える)
砲台跡(14分)230m台(37分)展望地(3分)御床山(22分)岩船岳
 小計1時間16分< 岩船岳(30分)大川越(30分)大川浦分岐(海岸近く)  小計1時間02分(大川越2分を加える) 大川浦分岐(41分)宮島植物実験所周辺(30分)多々良(25分)大元公園(15分)桟橋  小計1時間51分 宮島桟橋~大元谷左岸コース~岩船岳、3時間18分 岩船岳~大川越~大川浦~宮島桟橋、2時間53分 岩船岳~砲台跡往復、2時間38分 総合計8時間49分 (砲台跡16分、昼食タイム1時間04分を除く) ほんとうは、昼食タイムはできるだけ少なくして、帰りの時間を確保したかった。しかし、体力の温存を考えてゆっくり休んだ。したがって、これらの時間はほとんどすべて行動のために必要な時間と考えるのが妥当だろう。今日の実質的な総行動時間は、約10時間としておこう。

大元公園から大元谷左岸コースを行く

宮島桟橋から大元公園をめざす。海に少し潮があり、商店街をまわって行く。お店はまだ開いていない。犬を散歩させる人、掃除をする人など、静かな朝だ。

大元公園から大元川左岸の山道に入り、そのまま沢を左手に見下ろして詰めていく。途中の右分岐は、前峠山423mへのものであろう。ウグイスが「ホーホケキョ」と鳴く。

尾根に着く。右分岐があり、これも前峠山423mへのものであろう。この尾根上を左折して、ほんのちょっとしたコブを越えると、すぐ鞍部に至る。道はそのまま前方のピーク(駒ヶ林のとなり)に向けて延びている。しかし、地図で見る限り、その先は岩壁のようだからどこまで行けるのかは分からない。ガガガガガーという音。キツツキの仲間だろうか。

鞍部を右折して下ると、やがて前方に先峠山402mが見えてくるようになる。最後は沢音に向かって急下る。沢を渡って簡易舗装道(多々良林道)に上がると、道路反対側に岩船岳登山口がある。

岩船岳登山口(多々良林道)~岩船岳縦走路(先峠)~御床山

岩船岳登山口から急登して岩船岳縦走路(先峠)に上がる。息を整えながら、そのまま先峠山402mの南東面をゆったりと下っていく。やがて前方に縦走路上の351m、そしてその向こうに岩船岳が見えてくる。縦走路上に海軍省標石があり、そこの右分岐は、先峠山402m経由多々良林道への古い道だという。

やがて登りにかかり、展望岩場につく。今日の見通しはあまり良くない。小黒神島の左後に能美島、その右奥がうっすらと見える程度。なおも351mに向けて登り、その東面を巻いて下っていく。八畳岩から経小屋山~大野権現山を見る。

大川越にも標石が一本ある。今まで気がつかなかったのだろうか。"振り返れば展望"を過ぎて、ロープがある。あまり太いロープではない。少し切れかかっている。結び目が解けかかっている。せっかくの好意だけれども、使う時には自己責任だ。

そこを登りきると、さらにもう一本の海軍省標石があり、急登は一段落する。しかし、安心はできない。その後のゆるい登りとゆったりの繰り返し(3回くらい)は、疲れた足にはかなりこたえる。二万五千分1地形図が、厳島から阿多田島へと移る地点で、水平移動距離はかなりある。

東峰から岩船岳を見る。その左奥には可部島が見えている。岩船岳を通り越して先に進む。大岩で右手に下り、大岩群の右裾を巻いてゆく。基本的には、御床山へつながる尾根をはずさないようにすれば、何の問題もない。

御床山の先から砲台跡を見下ろす

御床山を通り越してさらに前に進む。羊歯の小道をぬって少し下り、砲台跡(建物)が見える地点に至る。御床山から下り2分(帰りの登り3分くらい)の所だ。おそらく標高約340~350mくらいの地点だろう。以下参考まで。

水平距離で、1時間(60分)に4㎞歩くとすると、1分で66.7m、2万五千分1地形図で2.7mmとなる。少し見栄を張って、1時間6㎞とすると、1分100m(4mm)となる。また、登山では、1時間300mの標高差を登る能力が、一般的には求められている。1分で5mとなる。

さて、まず全体の位置関係を確認する。可部島の左手に、革篭崎(宮島最南端)手前の241mピーク、右手に長浦手前の230mピークをみる。

砲台跡は、230mピークやや右手前にしっかりと見えている。そして、その手前には、230mピークよりもやや高い230m<台>ピークがあるはずだ。しかし、上から見下ろす角度のためか、二つのピークをはっきりと区別することができない。

砲台跡までさらに下る

今日も飛び石伝いに下ることにする。まず最初の目標は、241mのほんのわずか左(角度として)に見えている岩だ。そこからさらに下の岩まで、ほぼ241mの方角を目差して下る。

適度な岩場で、もう一度砲台跡の位置を頭にたたきこんで、右に振る。230m台~230mピークに至る小さな尾根に乗るためである。樹林帯を通って230m台に至る。ここのピークが、砲台跡を見ることのできる最後の地点となる。

砲台跡周辺の廃墟

やがて、水槽跡?やセメントで作った四角な建造物など、旧日本軍のものと思われる遺構が現われてくる。しかし、砲台跡は見つからない。山の上から見えるのだから、樹木の中に埋もれているわけはない。ところが周りを見渡すと、かなり高い樹木で覆われている。

現在位置の向こうの高みは、はたして230mピークなんだろうか。確認しなければならないだろう。先に進むと砲台跡が現われた。砲台跡手前が少しコブになっていて分からなかったのだろう。ただし、このころは帰りの時間のこともあり、かなりあせってきていたので、地形上の細かな点については自信がない。

砲台跡(建物)は、縦240~250㎝(かなり曖昧)×3、横240~250㎝(かなり曖昧)×2の部屋を、縦に二つくっつけた構造をしている。天井があり、人が立って歩くには十分な高さだ。この屋根(平べったい)に落ち葉などが積もって、山の上から見ると茶色に見えるのだろう。

レンガで造った壁をセメントで固めている。あまり厚くはない。壁には四角い窓がたくさん開いている。しかし、床に台座跡らしきものはない。兵士の宿泊所ではないだろうか。

230mピークと思われる辺りも少し探索したが、例えば室浜砲台跡のような砲台跡を見つけることはできなかった。むしろ、手前にあったセメント造りの四角な建造物の方が、頑丈な作りからして砲台跡にはふさわしいかもしれない。しかし、上から覗いた限りでは、これも水槽のようにしか見えなかったのだが。

展望地点まで帰りつく

いずれにしても、帰りを急ぐ。樹林帯はもちろんのこと、そこから上もはっきりした道はついていない。そうした中で、膝から太腿まである羊歯を押し分けて登り返すのは、非常に体力を消耗する。最後には足が上がらなくなる。

展望地点まで帰り着いて、ほんとうにほっとする。下る前は近くに見えた砲台跡が、かなり遠く見える。右手にはトゲで引っかいて血が流れた跡が10本近くついてしまった。家に帰ってズボンを脱ぐと、太腿にも5か所くらい血がにじんでいた。

岩船岳~大川越~大川浦分岐(海岸近く)

さて帰り道、東峰から10分くらい下った地点(海軍省標石のやや上)で、女性二人組が登ってくるのとすれ違う。今の時間に登りで大丈夫だろうか。他人事ながら心配になる。"振り返れば展望"地点まで下ってリュックを降ろすと、パッキンがゆるんで水筒の頭がはみ出している。他人のことを心配している場合ではない。気合を入れなおす。

帰りも往路を行き、行き帰りのタイムを比べてみたかった。しかし、日没時間がちょっとだけ気になる。ならば例によって、多々良林道経由の下山か。それではあまり面白くない。早めに自動車道に出るならば、大川浦に下って、広島大学植物園を目差すのもよかろう、というので大川越から下山することにした。

大川越からは、ゆったりとした下りだ。倒木などありやや荒れ気味だが、人工的な細工はほとんどされていない。

大川浦分岐(海岸近く)~宮島自然植物実験所

海岸近くになって、多々良分岐の標識があり、右折する。そこから、電燈線に沿ってピークを二つ越えると小さな入り江に出る。うっかり左折すると、シカの足跡しか付いていない。入り江を渡り、見当をつけて海岸線から無事山道に合流する。

再び羊歯の中の道を登る。振り返ると、海岸には海苔ヒビ、その向こうの手前ピーク左肩に岩船岳が姿を見せている。絵になる光景である。この海岸線コースでは、その他、広大植物園や道路上の植物観察(名札あり)などを楽しむことができる。

ただし、アップダウンが激しく、特に室浜砲台跡までがキツイ。10m、20m、時には30m程度の高低差の登り下りを、室浜砲台跡まで10回前後繰り返すことになる。

エスケープルートとしては適さない。岩船岳からの帰りで一番楽なコースは、やはり多々良林道経由だろう。大川越から351mピークまでの登りをこなせれば、後は何とかなる。

さて、室浜砲台跡手前の林の中で、オス鹿に出会った。山道の真中に立ってこちらを見ている。大きな角を持っている。怖そうだ。早く向こうへ行ってほしいな、と思うのだが動かない。こちらも動けない。時間だけが過ぎる。

そのうち、ゆっくりとこちらに向かってきた。どおしよう。目を合わせちゃいけなかったのかな。それとも、目をそらせちゃいけないんだったっけ。どっちだろう。背中を見せて逃げちゃいけないんだよね。ゆっくりと茂みの中に後ずさりをすると、シカは目の前を悠然と向こうの方に歩いていった。

舗装道路沿いは、アセビのオンパレード。満開のシキミが1本。コウヤミズキの蕾の先が、なんとなく黄色く膨らんで見える。山道では、ヤブツバキの赤い花が最初から最後まで道案内をしてくれる。

その他

宮島桟橋からの乗り継ぎがよくて、家路につく我が背中を、夕陽が射して暖めてくれた。行きの山道で脱いだ防寒具を再び着ることはなかった。>

追記(1)2006年2月20日(月)

私に続いて同年夏(2005/08/27)、宮島自然植物実験所の関係者が、海側からこの砲台に達している。「宮島の長浦・あてのき浦までボートでいき、藪こぎをしながら山頂へ向かいましたが、現地に着くのに3時間30分を要しました。全く道がないので、手探り状態でかなりきついコースでした」という。

参照Web:宮島御床山南西に砲台確認>>/広島大学大学院理学研究科附属宮島自然植物実験所(デジタル館)

それほどのブッシュということであれば、実験所から多々良~岩船岳経由の方がむしろ楽かもしれない。(実験所~大川浦~大川越も考えられるが、上記のように、この海岸線は思いのほかアップダウンが激しくてタフなコースだ)

それはともかく、彼らは230m峰に高射砲台座跡を発見している。私は見ていない。やはり兵舎跡のすぐ向こうの高みが230mピークで、そこにあるようだ。逆に、彼らは兵舎跡までで引き返したと思われる。それより御床山側にある頑丈なコンクリートでできた四角の大きな水槽?は、写真のリストの中にはないようだ。 (Web管理人注:砲座の形が、下記・藤下さんの写真とは異なっているようだ)

追記(2)2006年3月17日(金)、3月19日増補

藤下憲明さんから、現地探訪に成功した(2006/03/11)旨メールをいただいた。藤下さんは、近代戦争制限区域標石(陸海軍省標石)を研究している方である。そして、この砲台跡については私よりも早くから注目していた。

しかし、体力的にきつくて自分自身で現地まで行くのは無理だということだった。そこで、私が行きたいならば、宮島自然植物実験所の技官の方(おそらく上記Webの作者)が情報をもっているようだから、聞いてみてはどうかとアドバイスをいただいたりしていた。

この度は、ご自身で朝一番の連絡船に乗り、バイクにまたがって多々良林道を岩船岳登山口まで行ったという。体力温存のためには賢明な判断といえよう。それにしても、御床山からの往復では相当に体力を消耗したようだ。執念の伝わってくる山行である。

彼は230m峰で高角砲の台座跡を確認し、兵舎跡と思われる建物の測量図を作成している。また、「御床山南西高角砲台陣地跡配置図」として、点在する各遺構の位置を地図上にプロットしている。 ただし、これには断り書きが付いている。”遺構配置は砲座からの並びの概略を示したもので地形図とは一致していません”

私が見た限りでは、兵舎跡などの遺構があるのは、230m台~230m峰間の狭い範囲である。つまり、台座跡のある230m峰に近い位置の尾根上に集中して存在している。藤下さんもそのことは承知しており、(わかりやすい配置図にする為に、少し御床山の方へ広がった書き方になった)と言っているのだろう。

なお砲座の写真をみると、上記・植物実験所HPのものとは異なっているようだ。複数個の台座があるのかもしれない。もう一度現地に行って自分の眼で確かめてみたい。その日はいつかきっと来る。今はそう信じておとなしく養生することにしよう。

参考:陸海軍省標石2001年10月20日
近代戦争制限区域標石について(上)(下)藤下憲明
広島県文化財ニュース168号、170号(2001年3月、8月)
広島県文化財協会

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2005年04月24日

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植物観察会(パークボランティアの会)
(出発帰着:宮島桟橋)

2005年04月24日(土)、単独

リンドウ

〈写真〉フデリンドウ

包ヶ浦自然歩道(博打尾)~包ヶ浦を歩く

はじめに

宮島の植物観察会
宮島桟橋~博打尾尾根~包ヶ浦自然歩道~包ヶ浦公園~旧道~宮島桟橋
(出発帰着:宮島桟橋)

主催:瀬戸内海国立公園宮島地区パークボランティアの会
集合:午前9時30分、宮島桟橋待合室2階

中国新聞の参加募集記事に応募する。予定30名に対して倍以上の66名が参加したようだ。9時半過ぎからパークボランティア活動の趣旨、今日の予定等について、今日の責任者(副会長)、会長および環境省自然保護官の話があり、体操の後、各リーダーの元に6班に班分けして出発する。宮島桟橋に戻ってきたのは、3時35分ごろであった。

パークボランティアの会とは

パークボランティアとは、全国各地の国立公園において、環境省の活動に協力する立場の民間人として、各地区の自然保護事務所(環境省自然環境局の出先機関)に登録されている人たちだ。

瀬戸内海国立公園宮島地区は、山陽四国地区自然保護事務所(岡山市)に属しており、このような実施地区が全国に36地区あるという。なお、 宮島地区パークボランティアの会事務局は、広島自然保護官事務所内(広島市中区)にある。そして、宮島桟橋待合室二階には、環境省広島自然保護官詰所がある。

パークボランティア活動の大きな柱として、自然観察会等における解説があり、それと合わせて、樹木名を書いたプレートの管理等も行っている。 また、宮島地区パークボランティアの会として、江戸後期「厳島図会」にあるような、みごとな満開の桜を現代の宮島に蘇らせようと、最近活動を開始している。

その内容は、活動の主体となっている住民団体に協力して、島内全てのサクラ(約1,500本)を一本ずつチェックする、というものである。データ (サクラの種別、幹の直径および生育度)は広島大学付属宮島自然植物実験所で分析するとのこと。中国新聞2005年4月15日(金) 付け記事参照

今年度(2005年度)の予定:
10月16日、歴史散策(街中)
11月23日、もみじ(街中)
2月5日、歴史(鷹ノ巣砲台跡)

宮島桟橋前広場~モミヂ歩道~包ヶ浦自然歩道~包ヶ浦

桟橋前広場のクロマツ。雌花がすーっと伸びて先端が赤く3つに分かれている。この雌花は、基部にある雄花が大量の花粉を出し切った後に伸びてくるのだという。自家受粉を避けるためだ。アカマツの雌花は赤、クロマツの雌花は白、など、マツ一つとっても奥は深い。

枝垂桜に花が残る。エドヒガンの変種。荒々しい幹を持つ。

以下同様にして、後日読んだ本の内容も参考にしながらまとめてみた。

ロープウェイ入口に向かって歩く。イロハモミジが花をつけている。初めて見た。イロハモミジ:縁に不整の鋭鋸歯かやや重鋸歯
オオモミジ:鋸歯は細かく左右がそろう

モミヂ歩道に入る。

ヒメヤマツツジ:夏葉が越冬して残る。雄しべ5本
コバノミツバツツジ:葉に先立って、枝先に1~3個の花をつける。雄しべ10本
ヒメイタビ、ミツデウラボシ(裏に星)、マメヅタ、崖っぷちの観察も楽しい
アオテンナンショウ(帰り道で、ナンゴクウラシマソウ)
「花のアルバム-広島の自生植物-」には、(宮島・弥山登山道沿いで)ナンゴクウラシマソウと思われるものがアオテンナンショウと混生している、とある。

シロダモ:若葉が小さな傘を閉じた格好で伸びている。表面が黄褐色の絹毛でおおわれており美しい。
ミミズバイ:花芽が着いている。南方系で標高300m以下
サカキカズラの羽毛を見つける。中に種子がたくさん入っている
オガタマノキ:一円玉の表側(年号の入っている方が裏)のデザイン?
というのはどうもほんとうではないらしい

ナワシログミ:実が熟している(開花は昨秋)
ミヤマガマズミ:白い花(花冠は径6~8cm、先が五つに裂ける)
葉の表面に毛はほとんどなく「つるっと」している
ウリハダカエデ:薄緑色の花(総状花序5~10cm)が垂れ下がっている
カナメモチ:
コシダ:茎はサルのオヤツ。北限は福島県
いわき市小浜のコシダ-ウラジロ群落は、県の天然記念物指定

シャシャンボ:和製ブルーベリー、葉先は鋭くとがる
葉裏主脈の所々に小さな突起あり
ヒサカキ:葉先は鈍い
カンコノキにテイカカズラが巻きつく
スノキ:花をみる
クロキ:新枝に稜あり
カナメモチ:ノコギリ葉

ホウロクイチゴ:葉裏にトゲあり、シカ食べない
フデリンドウ:春にリンドウをみるのは初めて
シハイスミレ:葉裏が紫
ソヨゴ:葉の縁が波打つ
サルトリイバラ:淡黄緑色の花(散形花序、雌雄別株)
クロバイ:花咲き始め(総状花序)、白い花はまだ開いていない
イズセンリョウ:
ヒメハギ:登山道上で踏みつけられてかわいそうなくらい小さい
ネズ:
ネジキ:去年の実が残る

博打尾で一旦休憩
紅葉饅頭をいただきながら、毛利元就奇襲の顛末について、歴史講義あり
私家本「厳島合戦」300円
そばには、ミサゴ(タカの仲間、羽を広げると1m80㎝)観察中のグループ。そういえば、中国新聞か何かで、台風で痛めつけられたミサゴが再び巣作りを始めたという記事を見たような。

ガマズミ?、クロバイ、トキワガキ、アオダモの白い花が満開、風がありデジカメでうまく撮れないのが悔しい。ニガイチゴ、ヤマモモ(オス、メスの花)、イタビカズラ

昼食予定地点の包ヶ浦自然公園に着く。
昼食後、「シカを救うのはわたしたち」、「宮島のハイノキ科植物」と題する紙芝居2題。宮島のサルに人間が餌をやらない活動を開始して10年余り、ロープウェイ終着駅そばでもサルをみることはなくなった。シカも野生に帰すのが正しい処置であろう。ただし急激に方針を変更するわけにも行かない。

パンフレット裏表紙のシカの絵、「森の中でこんなりっぱなシカが見られたらいいね!」。2005年03月19日(土)に、大きな角を生やした雄シカに出会ったんだな。室浜砲台跡のちょっと先の森の中だ。怖かったけどきれいな目をしていた。

包ヶ浦~管理センター前~(旧道)~宮島桟橋

解散予定地点の管理センター前に向けて移動を開始する。
ヤマモガシ:
カンザブロウノキ:花芽がでている。葉が裏へ巻く
イヌガヤ:花が満開
クスノキ:古い葉は紅葉して落葉する。今いっせいに新葉と置き換わっている
アラカシ:花
キランソウ:茎は直立せず、四方に広がって地面をはう
カンコノキ:トゲあり

解散式の後も、三々五々、各リーダーを中心に宮島桟橋まで旧道を歩く。
ヤマフジ(左巻き)、シロダモ、カギカズラ、イヌザンショウ(トゲずれる)、ザイフリボク(白い花)、カンコノキ(木の上の方ではトゲがなくなる)、イヌビワ(実)、ナンゴクウラシマソウなどなど。

包ヶ浦自然歩道は、(宮島桟橋、海抜0mから)紅葉谷入口(標高約40m)~最高点(標高215.8m)を経て、再び海抜0mの包ヶ浦に至る。ほとんど坂らしい坂もなく植物観察に最適である。快晴の楽しい一日を過ごすことができた。

宮島本発売(アマゾンKindle版)2018年1月17日刊

『孫と歩く~ユネスコ世界文化遺産の島・厳島~』

宮島のトピックス満載です。
なお、初版刊行後も加筆修正を繰り返しています。

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2006年01月08日

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駒ヶ林尾根コース~駒ヶ林~弥山~かや谷コース
(出発帰着:宮島桟橋)

2006年01月08日(日)、単独

駒ヶ林にも雪が残り、岩場で少し苦労する

はじめに

多宝塔~駒ヶ林尾根~駒ヶ林~仁王門跡~大日堂~弥山~弥山本堂~紅葉谷分岐~獅子岩駅~かや谷駅~博打尾~紅葉谷
(出発帰着:宮島桟橋)

今シーズンは、日本海側を中心に各地で記録的な大雪となっている。本格的なスキー場がある県としては日本最西端の広島県内も例外ではない。

西中国山地から庄原にかけて、ものすごい降雪量となっている。広島市内の白木山ですら、昨年暮れに山頂部では30~50cmくらいの雪が残っていた。その上に年明けの寒波でまた降り積もっているはずだ。

寒波が少し緩んだ連休を利用して、宮島に渡ってみることにした。今年の初登山だ。もちろん雪はないだろうと想定してのことである。しかし、岩場に雪がついており少してこずる。

今日のコース&コースタイム

宮島桟橋9:26-大鳥居横9:33-登山口9:38- 二重塔9:41-雪をみる9:53-小ピーク(樹間に大鳥居)10:00-小ピーク10:05、10:07-展望10:12-大岩(右巻く)10:16-大岩ピーク10:18-小さな渡り廊下10:19-大岩(左巻く)10:21-左下・崩落箇所を見る10:23-摩尼大師・岩屋大師堂10:25-大岩稜線10:27-小ピーク(左巻く)10:31-大岩の壁(左巻く)10:32-岩場(雪)10:40-(数分休む)-駒ヶ林10:48、10:55- 仁王門11:04-御山神社、奥の院分岐11:11-水掛地蔵11:13-弥山巡り分岐・左11:15-大日堂11:17-舟岩11:20-弥山11:23、12:37- 弥山本堂12:44-紅葉谷コース分岐12:52-獅子岩ロープウェイ駅12:57-かや谷ロープウェイ駅13:08-ピーク(包ヶ浦をみる)13:16-尾根両側をみる13:19-302m13:29-(左に振る)-大鳥居(左前方307度)13:31-包ヶ浦分岐(標高180m台)13:39-第3ベンチ13:43-第2ベンチ(厳島合戦要図)13:43-第1ベンチ13:48-登山口(紅葉谷横)13:58-宮島桟橋14:15

宮島桟橋(12分)登山口(38分)最初の大岩(32分)駒ヶ林
 小計1時間22分
駒ヶ林(9分)仁王門(19分)弥山
 小計28分
弥山(20分)獅子岩ロープウェイ駅(32分)302m(29分)紅葉谷横登山口(17分)宮島桟橋
 小計1時間38分

総合計3時間35分(駒ヶ林7分を加える、昼食タイム1時間14分を除く)

多宝塔から駒ヶ林尾根に取りつく

連絡船は超満員だ。山支度の人たちが多くを占めている。桟橋に着くと、大グループが点呼をとっている。登山口で体操をしているグループや、登山道でも10人くらいの一団を追い抜いた。駒ヶ林山頂部で新年会の準備をしている人たちがいるなど、今日の山での人出は数百人単位の規模だろう。

大鳥居まで潮が引いている。厳島神社の前を横切って一直線に対岸をめざす。向こう側の護岸の石段を上がって左折、大願寺(地形図にお寺のマークあり)境内を通り抜けると車道に出る。車道を渡り、多宝塔(高塔のマーク)のある小丘(標高24m)に向けて石段を登る。

多宝塔の丘から尾根筋を駒ヶ林まで直登する。行程の半ばで大きな岩が現われる。その後は次々と現われる大岩を、右から巻いたり左から巻いたりしながら上を目差す。最後に大きな岩の上を這い上がれば山頂は真近だ。

ところがこの岩にうっすらと雪が残っている。少し前に自分を追い抜いていった人を後から見ていると、ほんの少し滑ったが危なげなく登っていった。自分でも試みるが滑ってうまくいかない。ちょっと休んでいると、次に来た人も何とか上がっていった。でも自分にはできそうにないな。引き返すか。

すると岩の陰で食事をしていたおば様グループから、こっちを通ると簡単だ、とアドバイスが入る。なるほど岩の東側が通りやすくなっているようだ。お蔭様でむざむざと引き返すことなく山頂に立つことができた。

駒ヶ林から弥山へ移動する

芸北方面の展望はあまりよくなさそうだ。それでも360度の展望を楽しむとすれば、やはり弥山の方だ。弥山に移動する。途中で完全に雪を踏む箇所があり、石段では特に気をつけて行動する。

弥山に着いて、展望台階段を一番上まで駆け上がる。雪が付いており坐ることはできない。その分あまり人が上がってこなくて、存分に展望を楽しむことができた。ここでもやはり芸北方面の雪山ははっきりしない。しかし、海側は雲の間から陽光が海を照らし、遠くの小さな島々までシルエットを映し出してくれる。(カシミール展望図再作成)

かや谷(博打尾)コースを下る

下山コースは、予定通り”かや谷(博打尾)コース”とした。途中で雲間から太陽がのぞいて、暖かい光を背中に注いでくれた。瀬戸の海を左右に見ながら、これぞ狙っていた陽だまりハイキングと悦に入ったが、それもほんの一瞬にすぎなかった。

かなりの急坂を包ヶ浦自然歩道まで下る。博打尾手前のベンチでハーモニカを吹いている男性一人、哀愁漂うメロディがせつない。このコースは、山頂部から下るにつれて左手に少しづつ振られてゆく。最後は、駒ヶ林の尾根、弥山の尾根、紅葉谷(ロープウェー)を左手前方に見ながら下り、紅葉谷を経て桟橋まで帰る。

朝出かけるときには、北側の空は快晴で真っ青に晴れ上がっていた。しかし、結局は終日曇り空、ただし風がない分過ごしやすく、手が一日中冷たかった割には穏やかな天気で、満足のゆく新年初歩きとなった。

その他

なお、大聖院コースは崩落のため通行止め。崩落箇所は駒ヶ林の登りで確認できる。そして、帰りのJRからもはっきり見ることができた。その他、かや谷コース途中にも崩落箇所があった。自然は生き物だ。また、弥山七不思議の一つに数えられる"不消霊火堂"は全焼して基礎からやり直しだ。せめて人的災害だけでも防ぎたいものである。

後日訂正:
焼失したのは、(正)不消霊火堂、(誤)弥山本堂(求聞持堂)。
「山で乾杯!(我らが初級中年登山隊)」様からメールによるご指摘あり。

宮島本発売(アマゾンKindle版)2018年1月17日刊

『孫と歩く~ユネスコ世界文化遺産の島・厳島~』

宮島のトピックス満載です。
なお、初版刊行後も加筆修正を繰り返しています。

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2009年03月07日

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 広島湾岸トレイル >> 宮島弥山・岩船岳トップページ

大元谷左岸コース~岩船岳登山口(多々良林道)~岩船岳縦走路(八畳岩から引き返す)~岩船岳登山口(多々良林道)~多々良林道
(出発帰着:宮島桟橋)

2009年03月07日(土)、単独

  • 今日の山行ルート図 ⇒ GPS軌跡(2009年03月07日)無し
  • 久しぶりの山行で岩船岳に届かず、八畳岩(大川越手前)から引き返す

はじめに

大元公園~大元谷左岸コース~前峠~岩船岳登山口(多々良林道)~先峠(岩船岳縦走路)~351m~岩船岳縦走路途中まで(八畳岩)~(引き返す)~先峠(岩船岳縦走路)~岩船岳登山口(多々良林道)~多々良林道~海岸道路(多々良~大元公園)
(出発帰着:宮島桟橋)

久しぶりに外に飛び出す。「安芸国佐伯郡の山々」として、今年も十方山には何回か通うことになるだろう。それ以外では、今年は、まず宮島の登山ルートを地形図に落とし込んでみたいと考えている。ちなみに、今までに、鈴ヶ峰、極楽寺山をほぼ完成させている。宮島同様、いずれも江戸時代佐伯郡の地である。

久しぶりの山行でどこまで歩けるか。成り行きまかせで出かけるが、GPSに電池が入っていないことに気がついた。昨晩遅くに帰ってきて、乾電池を充電器にセットしておいたのをそのままにして出かけてしまった。(単4の乾電池くらい宮島でも売っているだろうに、何の躊躇もせず諦めている)

そんなこんなで、結局はあんまりがんばらず途中から引き返すことにした。それでも実際に現地を歩くと、いろいろな場面に出くわすので面白い。世界遺産の島「厳島」とどのように接するべきなのか、考えさせられる一日となった。

今日のコース&コースタイム

宮島桟橋8:43-大聖院9:00-水族館9:06-大元公園9:09-右分岐あり9:30-右から小さな沢9:35-前方にコルをみる9:38-小さな沢(左岸から右岸へ)9:40-倒木地帯9:44-小さな沢(左岸から右岸へ)9:54-稜線9:59、10:05-小コブ、すぐに鞍部(前峠)10:08-小尾根上、360度の景観10:14-多々良林道(岩船岳登山口)10:22、10:24-縦走路上(先峠)10:37、10:44-水場(沢)10:52-海軍省標石11:02-陶晴賢碑分岐11:05-展望岩場11:17、11:22-小コブ11:23-391mピーク11:25-八畳岩11:39、12:18-小コブ12:27-小コブ12:29-391m12:34-展望岩場12:38-陶晴賢碑分岐12:46-海軍省標石12:49-水場12:56-先峠13:05、13:09-多々良林道(岩船岳登山口)13:18-多々良13:47、13:55-大元公園14:26-宮島桟橋14:43

注:方位角は、〈磁北〉からの角度を示す

宮島桟橋(26分)大元公園(59分)前峠(14分)岩船岳登山口(13分)先峠、岩船岳縦走路
 小計1時間54分(岩船岳登山口2分を加える)
岩船岳縦走路、先峠(21分)陶晴賢碑分岐(12分)展望岩場(3分)391m(14分)八畳岩
 小計55分(展望岩場5分を加える)
八畳岩(16分)391m(31分)先峠(9分)岩船岳登山口
 小計1時間00分(先峠4分を加える)
岩船岳登山口(29分)多々良(31分)大元公園(17分)宮島桟橋
 小計1時間25分(多々良8分を加える)
総合計5時間21分
 (先峠7分を加える、八畳岩39分を除く)

連絡船の中から

連絡船の中から宮島の左端をみる。宮島最先端の聖崎の左に安芸小富士(似島)があり、同じく似島の203.1mは、聖埼の右側奥になる。似島の後ろに絵下山が連なり、安芸小富士の左奥に明神山、右奥に絵下山、そして、203.1mの右奥に烏帽子岩山をみる。烏帽子岩山の右奥には灰ヶ峰が大きい。それらの右手前には、宮島の山裾向こうに江田島の各ピークをみる。それらの内、見えているのはクマン岳(灰ヶ峰から約7度右)までだろうか。ソフト上は見えるとされる古鷹山(灰ヶ峰から約10度右)が見えるかどうか、少なくとも今日は確認できていない。

参考:約10度の角度とは、片手でVサインを作り、その手を前方に伸ばした時、人差し指と中指でできる角度。

大元公園から登る

宮島桟橋から、大聖院の前まで回り道をして大元公園に至る。途中の宮島水族館は、2011年8月(あと二年半)までリニューアル休館中である。その間動物たちは、全国各地の施設で預かってもらうため、それぞれ旅立っていった。

大元公園に入り大元川左岸に渡る。やがて、「宮島登山道(左矢印)、行き止まり(直進矢印)」の標識がある(この道しるべについては、参照:2008年10月04日山行記)。そのまま左岸を進む。一町、二町の石柱をみながらしっかりとした踏み跡をたどる。

途中で、小さな沢が左手からいくつか落ちてくる。ある時は、いったんその沢を少しさかのぼって行くこともあるが、すぐ元の大きな谷に戻りその左岸を行く。

稜線に登りつくまでには、倒木地帯がいくつかある。今日もそれを越えていくのはわずらわしいなと思いながらそこに至る。しかし、一番難儀をしそうな箇所では、倒木を切り落としたり、踏み越える倒木の上を削って、乗り越えやすくしてあったりと、いろいろ手を加えてある。切り口をみると、作業をしてからそんなに時間は経っていないようである。実際、前回(2008年10月04日)にはなかったことである。

誰が何のために作業をされたのだろうか。今日は、まずはありがたく通らせていただく。

このコースの入り口には、さきほど見たように、「前に進んでも行き止まりですよ」という意味の大きな標識がある。宮島登山道を公式ルート、非公式ルートに分けて考えるとすれば、非公式ルートに入るであろう。行政では非公式ルートには立ち入らないでほしいとしている。しかし、その根拠をきちんと示した上で、一般登山客に周知徹底する措置は何らとられていない。

多々良林道の前後

大元川上部の稜線に達すると、左右に踏み跡がある。右折して前峠山423mに至るものは、ほとんどシダの中に埋まっている。今日は、左折してしばらくゆったりと登り、ほんの小さなコブを越えて前峠(標高310m台)に至る。

踏み跡は、その先に延びているようであるが、ここで右折して多々良林道(岩船岳登山口230m前後)に向けて下る。(前峠付近について、2009年03月20日山行記で少し考察を加える)

多々良林道まで下る途中で小尾根を行く。前方が開けるようになると、先峠山402mが左前方にあり、そのさらに左やや奥の450m台との間に鞍部(先峠340m台、岩船岳縦走路)がみえる。今日はここから多々良林道まで一度下り、林道を横切ってその鞍部まで登りかえすことになる。

右前方には、大野瀬戸の向こうに経小屋山も見えている。多々良林道まで下りきると、簡易舗装道の向こう側に岩船岳登山口がある。道標には、(林道下り)桟橋、(林道上り)奥の院、(林道と交わって)高安が原を経て青海苔浦。

岩船岳登山口から再び登り斜面を行く。最初は水浸しになった緩やかな斜面を行く。やがて、斜面は急になりあえぎながら稜線上(先峠)に達する。なお、この稜線上の地点のことを青海苔浦乗越と称することもあるようだ。

岩船岳縦走路を行く

稜線上(岩船岳縦走路)にはきれいな踏み跡が付いている。左手を行けば、450m台~502mを経て奥の院に至る(2008年10月04日)。今日は右手に行き、351mピークを乗り越えて岩船岳をめざす。

先峠山の南東側斜面をゆったりと巻いて行く。やがて、前方の樹木の向こうに岩船岳の頭を見るようになる。すぐに、岩船岳の左に阿多田島、そして、岩船岳とその右手前の351mピーク(縦走路上)が折り重なる光景が目に飛び込んでくる。

阿多田島204.0mのすぐ左奥には甲島が見える。そして、それらの奥を周防大島が走っている。阿多田島の左ピーク99mのやや右奥に白木山、そして嵩山が、阿多田島の右ピーク100m台のほんのわずか左奥にあって、その右には嘉納山が続いている。なお、阿多田島204.0mのほんのわずか左奥に、大峰(佐多岬半島)も見える位置関係にあるというが、その手前の周防大島と区別して同定することはなかなかむつかしいだろう。

海軍省標石に分岐あり

水場としてホースが引いてある沢を渡る。再び稜線に乗って少し下ると海軍省標石がある。その側には、何やら道しるべが以前よりも増えたような・・・

先峠山・・・多々良林道に至る古い道がある、ということを言っているようである。以前から古い道があるという道しるべがあったように記憶している。なるほど右手に少し踏み込んでみると、右手前(北側)に向けて、先峠山の西斜面を行く形できれいな小道がついている。この道には今日初めて気がついた。

ふと見上げると、目の前に幅広の黄色いテープが巻きつけてある。裏返しになっているようだが、端をめくってみると「きけん立入禁止」と印刷されているのが読み取れる。だれかがいたずらに裏返して巻き付けなおしたのだろうか。帰りに行ってみたい衝動にもかられたが、やはり宮島では、むやみにコース外を歩き回ることは慎むべきだろう。

なお、もしかして、ここから大江浦(西側海岸部)に向けて下る道もあったのかもしれない。地形図では、海岸から途中まで黒破線が延びてきている。

陶晴賢碑(高安が原)分岐

標石から縦走路をそのまま行くと、すぐに陶晴賢碑(高安が原)分岐に至る。ここにも新しく手書きの道標が増えている。近年あまり顧みられることのなかった碑である。再び少しずつ注目され始めたのだろうか。(陶晴賢碑分岐の正確な位置については、参照:2009年03月20日山行記)

海軍省標石からこの分岐までほぼ平坦で、351mピークまでの鞍部(250m台)となっている。宮島の西海岸(多々良や大江浦)からこの乗越を抜け、高安が原(陶晴賢碑)を経て青海苔浦 (東海岸)へ下る古道があったとすれば、この地点こそ青海苔浦乗越と呼ぶにふさわしいであろう。

ここで地形図を改めて確認すると、青海苔浦に下る道(黒点線)は、縦走路上の先峠からそのまま下るようになっている。しかし、少なくとも現在そこに道があるとは思えない。青海苔浦に下るには、陶晴賢碑分岐(標高260m台)を東 ~南向きに下るのが正解である。

八畳岩で大休止(展望岩場を経て、351mピークを越えて行く)

鞍部のゆったりとした道を過ぎるとやがて急登りとなる。その途中に、展望岩場があり、能美島、小黒神島、阿多田島などを見る。 そこからは傾斜は少し緩やかとなり、351mピークのわずか東側を巻いて通り過ぎる。ピークから小コブを乗り越しながら下る。(参照:2009年03月14日山行記 )

八畳岩に至り小休止のつもりが大休止、今日はここまでとして引き返すことにする。対岸の経小屋山などを展望する。

経小屋山が大野瀬戸の向こうに大きい。その左裾奥に傘山がある。経小屋山の右は、傘山~経小屋山間(約13~14度)の倍くらいが見えている。大野権現山は手前の樹木に隠れて、見えるか見えないかの位置と思われる。したがってそのさらに右のおむすび岩は見えないだろう。

経小屋山の右裾奥に、河平連山があり、その右奥に横山908.3mがある。そのさらに右に容谷山、そして鬼ヶ城山(丸い頭、経小屋山から右約10度)が並んでいる。

宮島205mの向こう(傘山の左手)に、大竹の山々、小方行者山、忠四郎山、大鉢山、行者山などが見えているはずであるが、少しかすむ天気ではっきりしない。岩船岳の右裾、一番奥には、蓮華寺山、烏帽子岳、物見ヶ岳(平底の皿の形)、弥山など山口の山々が12度くらいの幅のなかに見えている。

樹間わずかに宇根山(東能美島)の鉄塔を見る。120度。

多々良林道を下り、サル、シカを見る

八畳岩から引き返し、再び351mを乗り越して、先峠から多々良林道(岩船岳登山口)まで下る。ここから再び山道に入る気になれず、多々良林道(簡易舗装道)を海岸(多々良)まで下ることにした。

途中で、一頭のサルが目の前を横切って行った(右手から左手へ)。銀白色でかなり体の大きなサルであった。宮島で野生のサルを見るのは初めてである。

海岸部に近付くと、2~3m幅くらいの道路両側を、高さ180cmくらいの金網が覆っており、そのトンネルの中を行く感じになる。果樹園を守るための金網と思われる。

その金網のトンネルの先に、シカが一頭立ち止ってこちらを見ている。角を生やしたやつである。どうしようかと一瞬考えたが、向こうの方へ歩いていったので、その後を追って歩いた。

ふっと、右の金網の中を見ると、角を生やしたやつがいる。この金網を乗り越えたのかと思ったがそうではなかった。道路上にまだ一頭残っている。そして金網の中をよく見ると、何頭かがしゃがみこんでいる。ウメか何かを植えた土地である。金網のどこかが破れているのだろう。

そういえば、桟橋に着いてシカをあまり見なかった。確か餌やり禁止になったのではなかったろうか。今まで桟橋周辺を徘徊していたシカで、野生に戻ることができるのはどのくらいいるのだろうか。シカの適正な頭数はどの程度なのだろうか。島の生活や植生保護との関係で、 宮島のシカ問題は深刻な検討課題となっている。

海岸道路に出た。広大宮島植物園(広島大学)の名札が樹木にかかっている。道路の真ん中に立ち、ぐるっと見渡しただけで、数種類の種名を読むことができる。ヌルデ、モッコク、エゴノキ、シリブカガシ、クマヤナギ、ヤマモモである。海抜ゼロメートル地帯、台風など大風が吹けば直接塩水をかぶる位置にある。

海岸道路を桟橋まで歩く

海岸通りを歩き、網之浦隧道、大元隧道を通って大元公園まで帰る。この近くまでの山側は広大宮島植物園の土地であり、樹木に名札がかけてある。この名札は、多々良から桟橋とは反対側にある広大植物園までずっと取り付けてある。宮島の照葉樹林が本土のそれとは異なる特異なものであり、しかもよく保存されていることを示している。植物好きにはたまらないコースであろう。

大元公園から水族館前を通って厳島神社手前に至る。大鳥居近くまで潮が引いており、歩いて渡る。(広島港の潮汐表から、7日干潮13:26、潮位140cm -若潮)。

その向こうの道路には人があふれている。真っ直ぐには歩けない。桟橋では、連絡船で次々と人が渡ってきている。宮島の観光客数はここのところ伸びているらしい。この勢いに乗じて、ますます魅力ある宮島になってほしい。入島税徴収がうまく行かなかったのはいかにも残念である。

宮島本発売(アマゾンKindle版)2018年1月17日刊

『孫と歩く~ユネスコ世界文化遺産の島・厳島~』

宮島のトピックス満載です。
なお、初版刊行後も加筆修正を繰り返しています。

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未分類

2009年03月14日

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前峠山~岩船岳登山口(多々良林道)~岩船岳(往路下山)~大川浦分岐~宮島植物実験所
(出発帰着:宮島桟橋)

2009年03月14日(土)、単独

  • 今日の山行ルート図 ⇒ GPS軌跡(2009年03月14日)
  • 行きは、前峠山を経て岩船岳縦走路へ
    帰りは、大川越から海岸部に下りて海岸沿いを行
    日本モンキーセンターの方々にお会いする
    GPS軌跡欠落(多々良~宮島桟橋)

はじめに

大元公園~前峠山~前峠~岩船岳登山口(多々良林道)~先峠(岩船岳縦走路) ~351m~大川越~岩船岳~大川越まで戻る~大川浦分岐~海岸部~宮島植物実験所~海岸道路(多々良まで)
(出発帰着:宮島桟橋)

先週は岩船岳(466.6m)をめざしたが、あまり足が動かず、先峠(標高340m台)から351mは越えたものの大川越(標高230m台)までは至らず、手前の八畳岩(標高300m台)から引き返した。

そこで今週も岩船岳である。今日は岩船岳からその先の御床山(標高364m)まで行き、そこから海岸部へ下りるつもりだった。しかし、出だしの大元公園から余分な山 (前峠山423m)に登ってしまい疲労困憊する。やっとたどりついた岩船岳からそのまま引き返し、大川越(標高230m台)から海岸部へ下る。

海岸部で、「宮島のサル」を研究している方々とごいっしょになった。週に1回くらいのペースで宮島に渡っていらっしゃるようである。宮島のコースその他について非常に詳しい。いろいろとお教えいただき大いに勉強になった。

「宮島のサル」目撃情報がほしいそうです
連絡先:日本モンキーセンター 加藤章 さん
kato@j-monkey.jp
(担当者変更あり、2013/05/13書き換え)

今日のコースタイム

宮島桟橋(18分)大元公園(1時間01分)前峠山(25分)前峠(12分)岩船岳登山口(13分)先峠、岩船岳縦走路
 小計2時間16分(前峠山5分、岩船岳登山口2分を加える)
岩船岳縦走路、先峠(15分)陶晴賢碑分岐(11分)展望岩場(5分)391m(12分)八畳岩(7分)大川越
 小計57分(陶晴賢碑分岐1分、展望岩場6分を加える)
大川越(10分)展望(28分)東峰(11分)岩船岳
 小計55分(展望6分を加える)
「宮島桟橋~岩船岳まで」4時間13分(先峠3分、大川越2分を加える)

岩船岳(10分)東峰(18分)展望(10分)大川越
 小計38分
大川越(35分)大川浦分岐(45分)宮島植物実験所(18分)多々良
 小計1時間58分(大川浦分岐5分、ロスタイム15分を加える)
「岩船岳~多々良まで」2時間39分(大川越3分を加える)
(宮島桟橋までは、さらに50分程度かかる)

総合計6時間52分(岩船岳54分を除く)

注:方位角は、〈磁北〉からの角度を示す

GPSに記憶させたトレース(通過時刻も含む)を引っ張り出したいのだけれども、この前パソコンを入れ替えたら、そのノートパソコンにはRS232C端子がついていない。普通 、ノートにはつかないか。そんなことは一度も考えず衝動買いしてしまった。元のデスクトップは、不調のせいかどうか分からないがデータ転送ができなくなっていた。何せ今年初めての作業なので、いつどこでどうしてダメになったのかさっぱりわからない。いずれにしても「いいよネット」 (GPS等通信販売店)で調べて対処しなければ・・・。

宮島桟橋8:30-大元公園8:48-分岐8:54-ちょっと平9:16-左折9:21 (標高250mくらい)-9:34展望(標高330mくらい、経小屋山~大鳥居)-小コブ9:42-前峠山(標高423m)9:49、9:54-平10:04-道迷い10:08 、10:10-大元左岸道合流10:17-鞍部(前峠)10:19-多々良林道(岩船岳登山口)10:31、10:33-縦走路上(先峠) 10:46、10:49-水場(沢)10:57-稜線に乗る11:00-海軍省標石11:02-陶晴賢碑分岐11:04、11:05-右分岐あり11:08-登る11:10-展望岩場11:16、11:22-小コブ11:23-391mピーク11: 27-小コブ11:28-小コブ11:31-コブ11:37-八畳岩(標高300m台コブ)11:39-大川越(標高240m前後)11:46 、11:48-展望11:58、12:04-小コブ12:15-小コブ12:19- 東峰(標高460m台)12:32-ピーク(標高460m台)12:38-岩船岳(標高466.6m)12:43、13:37-東峰13:47-海軍省標石14:01-展望14:05-コブ14:13-大川越14:15 、14:18-右岸→左岸14:40-右岸→左岸(もう1本)14:42-左岸→右岸(渡り返す)14:51-大川浦分岐14: 53、14:58-入り江15:08、15:11-ブドウ園跡付近探索(15:13、15:20)-右分岐ルート探索(15:40、15:48)-砲台分岐 (左へ)15:52-室浜砲台跡15:54-宮島植物実験所15:58- 多々良川16:15-多々良林道分岐手前16:16

前峠山に登る

今日も大元公園から山に入る。大元川左岸に渡り沢沿いをさかのぼる。ところが何だかおかしい。堰堤のそばを通ることなく、道は山のかなり上を行っている。

道を間違えたらしい。大元川左岸沿いのコースの右隣に入りこんだようだ。これは前峠山423m(大元谷左岸尾根)に登る道だろう。そう気づいたものの引き返す気にならず、初めてのコースを上へ上へと登る。

やがて大元谷左岸尾根に出る。尾根のやや下を巻き気味に行く箇所もあるが、しっかりとした踏み跡がついている。所々で振り返ると、主に大野瀬戸側の展望が開け、宮島大鳥居を見下ろすこともできる。

今日、本来通るつもりだった道は左手の谷底近くにある。そしてその谷の向こうには、駒ヶ林から北へ流れ落ちる尾根(大元谷右岸尾根)が見えている。そんなこんなを観察しながら、特に問題なく約420mを登りきる。

今日の第一通過点は、前峠(330m台)である。前峠山は、その途中右手に膨らんだ地点にあり、しかもすでに100mも登りすぎている。何はともあれ、ここから一旦前峠まで下りなければならない。

前峠山山頂には、左約90度の角度に曲がって踏み跡がある。痕跡としか言いようがないシダの小道に踏み込むと、すぐ急坂になり、一気にずり落ちる。

途中でルートが分からなくなった。正面の駒ヶ林がやや右手に見える。左に寄りすぎたようだ。元の位置まで引き返し、やや右手に踏み跡を見つけて下る。 (10:12、右前方、先峠山の右後ろに岩船岳)

傾斜がゆるやかになり、310m台鞍部付近で、左手に今日ほんとうは登ってきたかった大元川左岸コースを分け、ほんのしばらく緩やかに登ると、右手に多々良林道(岩船岳登山口)に下りる小路がある。

ここが前峠(標高330m台)である。今日とは逆に、前峠~前峠山を登るのはほんとうにしんどいだろう。 (前峠付近について、2009年03月20日山行記で少し考察を加える)

前峠山は宮島公式登山道3本には入っていない。非公式ルートということになる。はからずも通ってしまったが、以上簡単に記しておくこととする。

岩船岳縦走路を行く

多々良林道(岩船岳登山口)まで下って登り返し、先峠(岩船岳縦走路)に至る。そこから先峠山の東側斜面を巻きながら下り、やがて稜線上を行くようになる。なおも少し下ってほんの少し登ると、左手に陶晴賢碑分岐がある。 (陶晴賢碑分岐の正確な位置については、参照:2009年03月20日山行記)

そこから351mに向けて登る。急傾斜をよじ登ると展望岩がある。そこからは傾斜は少し緩やかとなり、351mは右手に見ながら通り過ぎ、下りにかかる。多少のコブはあるものの、展望の良い八畳岩 (標高300m台)を越え、大川越に至る。ここまでは、前峠山で疲れた足を休めながら順調であった(11:32、前方樹間わずかに岩船岳)。(参照:2009年03月07日山行記 )

岩船岳を登る

大川越から調子がおかしくなった。それでも「振り返れば展望」、海軍省標石までは何とかなっていた。しかし、その後はいけない。登ってはやや平坦という感じを繰り返すコースを、あえぎあえぎ、休み休みしながら行く。なかなか岩船岳手前の東峰が来ない。5回6回と同じことを繰り返し、やっと東峰にたどり着く。ここでギブアップと思いもしたが、岩船岳の方から人の声が聞こえてきて、行ってみる気になる。途中のコブを越えて岩船岳山頂に何とかたどり着く。

岩船岳にて

やや左手前方に岩場があり展望が良い。先客がいらした。男性3人組である。話によれば、宮島桟橋8時、岩船岳12時でちょうど4時間、しかも、前峠山コースである。さらに陶碑にも寄ってきたという。碑の往復には20分程度かかるのではないだろうか。すると、寄り道を除いて前峠山コース~岩船岳3時間40分くらいか。そして、帰りのコースは奥の院から弥山のようである。恐るべき健脚。

なお、いつの間にか手がかじかんでいる。白いものがちらつく中で気温はかなり低いようだ。それにしては汗をかく。ただし、水分摂取量はそれ程多くはない。

岩船岳からの展望

一番右、すぐ手前の山並みの向こうに、忠四郎山、大鉢山など。それらの左懐に小方行者山。それらの左奥一番高いのは、金峰山(みたけさん)789.9mか。小瀬川(岩国・大竹の境)河口の向こうの三角錐は、欽明路トンネル南東のピーク524.5m。小瀬川のこちら側は大竹の町、その奥に、蓮華山、烏帽子岳、物見ヶ岳が並ぶ。蓮華山の左奥、小瀬川の向こうに、虎ヶ岳~烏帽子岳~茶臼山がはっきりと見える。

手前241m(宮島)の向こう左奥に、高照寺山(鉄塔群)を見る。高照寺山の右奥にも山並みを認める。241mの真後ろには、条件さえよければ由布岳など大分の山々を見ることができるかもしれない。

岩国の錦川が2本に別れて海に流れ込み中州を作る。その最先端に米軍岩国基地の滑走路を見る。その向こうに銭壺山など。11:21~11:22に351m手前の展望岩場で雲の上に轟音、岩国基地の訓練飛行機か。宮島の動植物などに影響がでなければよいが。

阿多田島~岩国基地間の向こうに、周防大島の嵩山~嘉納山~文殊山。その周防大島は、阿多田島の左奥まで延びている。さらにその奥に、佐多岬半島が阿多田島の右奥まで延びているはずだが、今日はわからない。それらが手前の小島の数々と重なり、同定はなかなかむつかしい。柱島が、阿多田島の左端99mと猪子島の間の向こうに見える。甲島は、阿多田島の右端100m台のやや右奥である。

大黒神島の左奥に、東能美島があり、そのさらに奥は倉橋島である。倉橋島の岳浦山は大黒神島の左ピーク440mのほぼ真後ろ、そして、後火山~倉橋火山は、その左約10度の位置で、東能美島の向こうに頭をしっかりと出している。陀峯山(東能美島)は、そのすぐ左手前である。

これらの一番奥には四国の山々が高くはっきりと見える位置にあるが、実際に見る機会はなかなかないであろう。ちなみに、石鎚山は、後火山のほぼ真後ろにあたる。

参考:約10度の角度とは、片手でVサインを作り、その手を前方に伸ばした時、人差し指と中指でできる角度。

小黒神島の向こうには、西能美島が大きい。小黒神島の左奥で、西能美島がややへこんだ部分に、山並みが見えている。七国見山である。ひょっとするとそのすぐ左奥に大崎下島も見えるのかもしれない。それらの左、西能美島の平たい部分の向こうに休山。

西能美島の左裾奥を見る。烏帽子岩山など海岸部の山並みが最前列にある。その右奥に灰ヶ峰が尖がり、さらに右奥には膳棚山(野呂山)。灰ヶ峰と膳棚山の間、手前は江田島(古鷹山)。

東峰の左にも少し山並みが見えるが、かすむ天気ではっきりしない。

大川越~海岸部へ

今日一番最初に考えていた予定では、岩船岳から御床山(標高364m)まで行き、そのさらにちょっと先から砲台跡 (地形図標高230m表示付近)を見下ろして確認した後、御床山から海岸部に下りるつもりだった。しかし体力に自信が持てなくて、元来た道を引き返す。そして、大川越から海岸部へ下りた。

なお、御床山の向こうの砲台跡まで、海岸から道が付けられたという情報を後ほど得ることになる。ただし迷いやすいとも教えていただいた。

さて、大川越からすぐは急下るが、やがてゆったりとしたコースになり、川の右岸を行く。途中で2本の小さな川を右岸から左岸に渡り、後に左岸に渡り返す。海岸近くの平坦部に分岐点がある。 全体的に特別通行困難な箇所はない。

分岐点で立ち休憩をしていると、御床浦方面の林の中から、男性3人組が現れた。もちろん、岩船岳でお会いした方々ではない。その方たちに、岩船岳~御床山から海岸部に下りたのかと思って尋ねると、船で海岸 (あての木浦)に降ろしてもらったのだという。ずいぶん粋な遊び方があるものだと思ったのだが、その方たちは休まず植物実験所の方(宮島桟橋方向)に向かわれたので、その時はそのまま別れた。

海岸部を行く

宮島桟橋~岩船岳は健脚向けのコースである。もしも帰りでバテた場合、今日のように海岸部に下りればエスケープ道になるかと言えば、決してそうではない。海岸沿いの道は、幾度となく小さな峠を越えてゆく。これがかなりきつい。 それはともかく、岩船岳で仲間がバテて難儀したとは、時々聞く話である。

以前の山行で、(御床浦からの海岸沿いの道は)弥山にもう一度登るくらいタフなコースという意味のことを書いた記憶がある。岩船岳の帰りで一番楽をしようと思えば、351mをがまんして越えて多々良林道まで下り、そこから多々良経由で海岸通りを行くのがよい。

さて、分岐から北向きに行くと、電線がまっすぐ山の中に伸びており、その下によい道がついている。植物実験所(室浜砲台跡)まで幾度となくこのような小さな峠を越えて行かなければならない。なお、道に沿って電線が付けられているので目印になると、後で件の男性に教えていただいた。(15:01、振り返ると岩船岳)

途中で男性陣に追いつき、サルを見なかったかと尋ねられた。ちょうど1週間前に多々良林道を横切るところを見たと答える。日本モンキーセンター(愛知県犬山市)の方々だった。

すぐの入り江で右岸に渡り、東向きに踏み込んでみる。ブドウ園の跡だという巨大な金網の檻がまっすぐに続いている。その横に付けられた道がずっと向こうまで続いているようだ。東向きに延びる地形図黒点線だろうか。恥ずかしながら、コンパスを当てている時に、現在位置を取り違えていたようだ。

ブドウ園跡から引き返して右折、再び海岸沿いを行く。とはいっても道は海岸線よりもかなり高い位置についている。

植物実験所(室浜砲台跡)手前で、ピンクの道しるべがひらひらしている右の方に踏み込む。どうも山に向かっているようだ。分岐点の左前方に良い道が付いているのをチェックしてあったので、引き返して確認しようとしていると、再び男性陣にお会いした。

ピンクの道しるべが正しく、左に行く道は海岸に下りるという。干潮の時通れないことはないが、くるぶし辺りまで砂に埋まってしまうので歩きにくいとも。何度が通った道ではあるが、記憶は当てにならないものである。ピンクのひらひらを行くとすぐに左へ折れて、再び海岸沿いの道になった。

なお、ここまでの道々シダがきれいに刈ってあった。山の会の人たちがボランティアでつい最近作業をされたばかりだという。その前は膝までのシダで雨が降った後などびしょぬれになってしまったことがあるという。

室浜砲台跡から植物実験所前を通り、多々良から大元~宮島桟橋まで、簡易舗装の海岸通りを歩くつもりだった。しかし、多々良林道分岐手前まできたとき、男性陣がレンタカーで追いつき、声がかかって宮島桟橋まで同乗させていただいた。

「宮島のサル」研究がうまくいきますように。

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なお、初版刊行後も加筆修正を繰り返しています。

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2009年04月11日

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡)>> 広島湾岸トレイル >> 宮島弥山・岩船岳トップページ

宮島自然植物実験所~長浦~あての木浦(往復)
(出発帰着:宮島桟橋)

2009年04月11日(土)、単独

  • 今日の山行ルート図 ⇒ GPS軌跡(2009年04月11日)
  • 宮島最南端部まで西海岸沿いの山道を行く、御床浦から先は初めての経験である
    帰途、眼鏡を落としてさあ大変

  • 宮島自然植物実験所〜御床浦〜あての木浦(2014/11/23)
    この地域の決定版は、2014年11月23日山行記です。今日(2009/04/11)の山行記も含めて、下記各山行記中の不明瞭(不正確)な点を訂正しながらまとめています。コース概況(GPSルート図リンク)もあります。
  • 宮島の西海岸のまとめ、写真あり(2013/06/23、5/23)
  • 西海岸沿いの山道まとめ、写真あり(2013/05/23)
  • あての木浦から取付き、砲台跡~御床山~岩船岳を乗り越す(2009/05/04)
  • 西海岸沿いの山道探索
    (2009/05/04、4/29、4/11、2002/03/02)

はじめに

大元公園~多々良~宮島自然植物実験所~室浜砲台跡~大川浦~御床浦~長浦~あての木浦、往復(出発帰着:宮島桟橋)

宮島には砲台跡が二つある。室浜砲台跡(西海岸)と鷹ノ巣浦砲台跡(東海岸)である。宮島桟橋から左右へ延びるりっぱな海岸道路は、明治期にこれらの砲台のために作られたものである。宮島は、軍都広島(および呉軍港)の防衛線としての役割を期待されていたのである。

宮島の南部には、太平洋戦争中に高射砲陣地も作られている。岩船岳466.6m~御床山364mの尾根をさらに南西に下った230m台付近にある砲台跡がそれである。

私は、この砲台跡探索のため岩船岳~御床山には丸三年がかりで5回くらいかよったことがある。そして、2005年3月19日、ついに砲台跡に到達した。なお、この砲台跡については、旧宮島町でも把握していなかったという。

参考:
宮島南部の砲台跡⇒実際には「厳島聴測照射所」だということが判明
(中国新聞記事、2011年1月12日付)

さて、今日は海岸部(あての木浦)から、この砲台跡に取付いてみようと試みた。今年2009年になって、御床浦~あての木浦に踏み跡があること、そして、海岸部~砲台跡が再び開かれた(数十年前の大火以来)、という情報を得たからである。

とするならば、砲台跡までずっと尾根伝いに行くよりも、海岸部を行って、そこから少し登る方が楽だろうと考えたのである。

今日のコース&コースタイム

宮島桟橋8:01-大元公園8:19-多々良8:46-休憩8:51、8:57-宮島自然植物実験所9:13-岬をまわる(9:13、9:27、9:34、9:36、9:42・・・)-岩船岳をみる9:43-川渡る9:49-峠9:52-(ヒトに会う)-大川浦10:01、10:08-川10:37-沢10:47-沢の上10:53-巨大敷地にそってここまで来る-分岐?10:58-急な登り終わる11:03-分岐 (御床山分岐?、地形図黒破線と交わる)11:06-沢11:08-右分岐あり11:12-(直進したのち引き返す)-先ほどの分岐左折11:25-庭園風の廃屋11:30-小コブ11:32-沢の右岸沿いに下る11:36-ピーク、海のそば11:46-長浦の海岸11:55-あての木浦12:01、12:51-230m台探索12:53、13:03-長浦の海岸13:07 -(右折13:12・・・14:18)・・・・・庭園風の廃屋15:08-沢16:35-大川浦16:38、16:49-休憩17:22、17:27-左折 すると砲台跡を直進17:34-分岐左折17:37-分岐右折17:39-宮島自然植物実験所17:40-多々良18:00-大元公園18:23-宮島桟橋18:37

宮島桟橋(1時間12分)宮島植物実験所(48分)大川浦(1時間47分)あての木浦
 小計3時間47分(その他探索13分を含まず)
あての木浦(3時間37分)大川浦(51分)宮島植物実験所(57分)宮島桟橋
 小計5時間46分(230m台探索10分、大川浦11分を加える)
総行動時間9時間46分
 (行きのその他探索13分を含む、あての木浦50分を除く)

大川浦分岐手前でヒトに会う

大川浦分岐(宮島植物実験所の先)では、海岸部を行く踏み跡と、岩船岳縦走路上の大川越(標高240m前後)から、川に沿って北西に下ってくる踏み跡が接している。その位置は、両方の二万五千分1地形図黒破線が接するところのやや南側である。ただし、川の右岸からは北側に少し離れた地点である。

さて、宮島自然植物実験所から海岸部を南向きに行く場合には、大川浦分岐の手前にもう一本の川(別の黒破線の近く)があり、そのさらにすぐ手前の岬から、初めて岩船岳を望むことができる。

そして、これら2本の川の間には、標高30mくらいの小さな峠が二つある。峠と峠の間にもほんの小さな沢がある。

要するに、岩船岳を初めて見た後で川を渡り、峠を二つ越えると大川浦分岐である。そして、そこから大川越経由で岩船岳に登ることができる。大川浦分岐にも大川越にも道標がある。

今日は、この最初の峠で一人の男性に出会った。岩船岳から下りてくるにしては時間が早すぎるかなと思ってたずねると、岩船岳への取りつきがわからなくてさがしているという。

あれが岩船岳です、と答えると、手にしている二万五千の拡大コピーをみせてくれる。見るとピンクのカラーペンでルートを記している。今ここだから、もう少し先ですね、と答える。道標があったはずですが、とたずねると見ていないようである。いずれにしても、岩船岳に行くのならば、もう一度引き返す以外にない。私よりも先に勢いよく坂道を下って行かれた。

すぐ下の沢で追いつく。さっきはここまでしか来なかったようだ。大川浦分岐は峠をもう一つ越えなければならない。しかし、地形図をみて少し躊躇していらっしゃるようだ。お先に失礼して大川浦で少し休憩したが、追いついては来られなかった 。

御床浦を抜ける

大川浦分岐から南向きにやぶへ踏み込み、川を越えてゆく。ここから御床浦を抜けるまでがちょっと厳しい。GPS信号が「信号弱」となるような樹林帯と、海岸部(標高20mくらい)の開けた踏み跡が繰り返し続く。後で確認すると、GPS軌跡がみだれている。

御床浦を過ぎて、須屋浦手前の入り江の右岸をゆく。ここでは、少し内陸部に巨大な果樹園?跡があり、それに沿っていく。いずれにしても踏み跡を追ってゆくことになる。途中で、御床山に向かう踏み跡らしきものがある。ちょうど地形図黒破線と交わる位置である。

そしてさらに、長浦手前の峠から流れる川(地形図表示あり、そばに黒破線もあり)の右岸をゆく。しかし、川はみえない。そのまま進むと御床山の方角の沢沿いに行くことになる。長いパイプが設置してある。上流から水を引いてきているのだろうか。

ここまで行くと行き過ぎである。少し引き返し、標高30mくらいの地点で左折(御床浦からみると右折)して峠をめざす。まがってすぐに庭園風の廃屋がある。敷地内は芝を敷いたようにきれいである。その中に背の低いマツが幾本か植わっている。シカが地面の草を食べてしまったのだろう。

その後も踏み跡を追って、無事"あての木浦"に着く。左前方には可部島がある。40数年前に見た光景そのものである。浜には誰もいない。終日晴れ予報、快晴の天気の中で少し強めの海風をうけながら昼食。

砲台跡に向けて、ちょっとだけ踏み込んでみる

あての木浦に着いて昼食後、230m台~御床山の尾根に向けて踏み跡を少し探索してみた。取りつきはよい道である。しかし、上記情報提供者から「2時間かかった」という話は聞いたけれども、それが230m台付近まで2時間かかるのか、あるいは岩船岳466.6mまで2時間で行けたのか、はっきりしたことを確認しないままであった。

今日は、出発がそれほど早くもなく、あまり心に余裕がない。引き返すことにする。

帰途、眼鏡をなくす

長浦まで戻り、少し早めに右折して東向きに踏み込んでしまった。道がない。廃屋の踏み跡につられたらしい。少しあわててルートを探索している時、肩までのシダの中で足を取られて引っくり返った。

そして眼鏡を飛ばした・・・
さあ大変だ・・・
視力0.01で何もみえない。

メガネを見つけることができず、あきらめて前に踏み出す。地図とコンパスで前方の鞍部を見据えて、シダの中をもがく。やっとの思いで踏み跡を見つける。結局20分くらいの距離のところを約2時間かかったことになる。

しかし、踏み跡にたどり着いたからといって、そこから先もけっして楽ではない。何せ、行きの大川浦~御床浦では、GPS軌跡の信号が幾度となく「信号弱」になるような樹林帯である。眼鏡なしでは、目をこらしても踏み跡は浮かんでこない。

それでも、何とか明るいうちに大川浦まで帰りつき、さらに宮島自然植物実験所までを歩ききった。後は宮島桟橋まで舗装道を6.5kmくらい行くのみである。多少の起伏はあるもののパワーウォーキングでぶっ飛ばす。

天候と体調をみながら、今度こそ、あての木浦~砲台跡~御床山を歩いてみたいものである。その後は、御床山から御床浦に下りてもよし、岩船岳まで登って縦走路を帰ってもよしである。

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なお、初版刊行後も加筆修正を繰り返しています。