2008年08月03日

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弥山直登尾根コース(往復)
(出発帰着:宮島桟橋)

2008年08月03日(日)、単独

  • 今日の山行ルート図 ⇒ GPS軌跡(2008年08月03日)無し

このページの目次です

はじめに

芸北にも行きたいが、前日は、所属会の勉強会および納涼会。飲み会の翌日あまり負荷をかけるわけにはゆかない。最近気になっていた廿日市市宮島町(赤ペンキ事件)の登山道(弥山直登尾根コース)を歩いてみることにする。 以前に一度下ったことのある尾根である。

今日のコース&コースタイム

宮島桟橋9:25-取り付き地点9:45- 休憩9:51(尾根見下ろす339度)-平らな部分9:56(標高90m前後、尾根232度、東側尾根407mを174度に見る)-小コブ130m台(桟橋351度)、10:02-少々コブ10:03(東側尾根407mを170度に見る)-大鳥居を見る10:09(標高180m前後、大鳥居328度、博打尾145m(鈴ヶ峰西峰~東峰の間に入る)37度)-小コブ10:15(前方259mピーク206度、右奥に駒ヶ林226度)-大鳥居を見る10:18(標高230m前後、大鳥居337度)、花崗岩の登山道は崩れやすい、多少尾根から外れて稜線西側を行く-259m10:25、10:30、風少しとおる-(平坦なシダの道)-登りつく10:24(風とおる、再び平)-屋根状の岩10:35-(右前方に弥山~駒ヶ林)-休憩10:40、10:46-小さな岩場10:54(右手尾根を見る)-少々コブ10:56-二つの岩の間とおる、近くで休憩10:59、11:02-祠11:03-コブ(肩、標高400mくらい)11:07、11:10-小ピーク11:11-小ピーク11:15(標高430m台、弥山200度)-ロープウェイ山頂駅を見る11:19-(風とおる)-登りはじめ11:22(標高470m前後)、11:25-弥山山頂11:33、12:24- 右横奥、ロープウェイ駅12:31-小コブ12:33-倒木地帯12:35-肩12:36-肩12:37-(大岩の間をぬって下る、下る下る)-祠12:40-平らな部分12:42-(ややゆったり下る)-小岩展望12:43-(尾根西側を行く)-樹間に大鳥居12:51(346度)-肩12:56(立ち枯れ多し)-(下る下る)-前方に海13:00(対岸の山々を見る、前方に平らな"まさ土"の道が延びる)-(わずかに下る、大鳥居333度)-尾根54度13:05-(前方となりの尾根145mをめざして下る)-休憩13:10(右向こうにロープウェイ、ほんの短い距離見える)-(登山道が崩れるのを防ぐのに使ってある木材は年期が入っている-取り付き地点13:19、13:25-宮島桟橋13:42

注:方位角は、〈磁北〉からの角度を示す

宮島桟橋~取り付き
 行き20分、帰り17分
尾根往復
 登り1時間48分、下り55分
総合計(弥山山頂51分を除く、帰りの取り付き6分を加える)
 3時間26分

神様のお導きか(会いたかった人に声をかけられる)

宮島で船を降りようとすると、〇〇さん、と後ろから呼びかけられた。振り向くと、山支度をした男性が立っている。〇〇ですと言われて、やっと分かった。昨年夏の還暦記念同期会(高校時代)で初めて実際にお会いした方である。

学生時代は、クラス編成、クラブ活動その他ご一緒する機会はなく、お互いに全く知らない間柄であった。それが、近年お互いのホームページを通じてメール交換をするようになっていた。昨夏の同期会では、事前に特に連絡を取り合うことはなかったが、きっとお会いできるものと期待して出かけた。

そして、そこで同行山行をお約束し、その後自著も進呈させていただいた。ところが、私の左ひざ関節の状態が思わしくなくなり、なんとか快復したものの同行するまでの自信が持てなくて、声をかけずじまいになっていたのだった。今日改めて芸北での同行山行をお約束して一旦別れる。

実は、今日JR山陽本線でボケーとしており、宮島口の一駅手前の阿品で、間違えて発車直前にあわてて飛び降りてしまった。そのため一列車遅らすことになった。たぶんそのために、連絡船も一つ乗り過ごすことになったはずである。

昨年、左ひざが完全にいかれてしまったのは、2007年11月18日宮島であった。2008年03月08日鈴ヶ峰で復帰後、芸北にも通えるまでになり、最近は恐羅漢山~旧羅漢山の向こう側(旧匹見町)ばかりを探索していた。それが今日たまたま宮島に来て彼に会うことができたのは、神様か何かのお導きであろう。

尾根を登る(玉取祭の太鼓の音を聞く)

今年の「玉取祭」(厳島神社)が本日行われるという。連絡船の中のアナウンスで知った。玉取祭のクライマックスである宝珠(ほうじゅ)争奪戦は、厳島神社本社と大鳥居の間の海中で行われる。つまり、玉取祭の時には、潮が満ちていなければならない。社団法人・宮島観光協会ホームページによれば、「現在は8月の正午前後が満潮時に当たる日曜日に行われています」という。

私たちの乗った船は、JR西日本・宮島連絡船"弥山丸(みせんまる)"(鉄道連絡船) である。宮島に近づくと、すでに朱の大鳥居は海中に浮かんでいる。連絡船は、今日も大鳥居大接近運行サービスを行ってくれた。

さて、彼も四宮コースを登るという。同年輩とお見受けする方二人とご一緒である。私と相前後しながら、大鳥居横を通って紅葉谷に向かう。海中を見ると、 4本のヤグラが組まれ、すでに宝珠台(ここに玉取祭の宝珠を結びつける)もその真中に吊り下げられているようである。

私が先に尾根に取り付いた。追いつかれてはお先に失礼を繰り返し山頂に先着する。尾根途中で海から響いてくる太鼓の音を聞いた(10時過ぎ)。玉取祭を盛り上げるためのものだったのだろう。後で調べてみると、大潮10:43(ただし、広島港のデータ) に対して、祭りの予定は、祭典10:30~、奪戦戦11:00ころ~となっている。

暑い。尾根は半日陰といった感じである。時々紅葉谷から吹き込む風が当たり、ほっとする場面もあるが、長くは続かない。登山の環境ではない。汗だくになりながら山頂に着く。展望台2階のベンチに一人分のスペースが空いており、そこに座り込む。屋根(屋上)があり日は当らない。冷たい風が通り寒いくらいである。

昼食後、屋上にて展望を楽しむ。少し霞む天気ではあるが、吉和冠山などがはっきりと見える。ひとしきり展望を楽しんだ後、予定どおり往路下山とする。彼のグループも2階に陣取っている。芸北での再開を約して別れる。不思議な因縁に包まれた日であった。人生長くなるとたまにはこんな楽しい事もあるのだろう。

弥山展望記

注:方位角は、〈真北〉からの角度を示す

西北西の方角、眼下に駒ヶ林(290度)の一枚岩を見る。そのほぼ真後ろ(わずか左奥)には、羅漢山がある。吉和冠山は、手前稜線が盛り上がりを見せる大野権現山(313度)のわずかに右奥である。 吉和冠山の左に寂地山が続く。

羅漢山~吉和冠山のほぼ中間点わずか吉和冠山よりに、すこし尖がった鬼ヶ城山(302度)がある。鬼ヶ城山の左前、一番手前の稜線の向こうに、下勝成山~上勝成山がある。鬼ヶ城山の後ろにも山並を認める。すなわち、左奥は小五郎山、容谷山、右奥は安蔵寺山、右谷山である。

一番手前の稜線の右端、船倉山(白い建物の右上)のほぼ真後ろ(わずか右奥)に、大峯山(328度)がある。 宮島口桟橋の向こうに、野貝原山(336度)がある。

野貝原山の左右奥の山並は、大峯山~阿弥陀山稜線のものであろう。大峯山・・・野貝原山の最奥に、十方山(三角点・・・1328m・・・論所~奥三ツ倉~前三ツ倉)が入るはずだが、今日は見えていないようである(十方山の位置は、野貝原山よりも高い位置にある)。なお、十方山の手前には、小室井山があるが、これも、今日は見えていないようである。

広電阿品(あじな)近くのマンション群(海岸沿い)の右奥に、極楽寺山(359度)がある。 極楽寺山の左奥に、東郷山(357度)が大きい。それらの左、七曲峠の一番奥に、天上山(353度)が頭を出す。その左手前には、679.5mピーク(七曲峠の北)、右手前には、819.2mピーク(東郷山の南西尾根)がある。

極楽寺山の右裾奥に、窓ヶ山~向山が入る。それらの右手前、海岸部には、廿日市木材港が大きい。その右奥に、鈴ヶ峰西~鈴ヶ峰の双耳峰を見る。眼下の宮島町杉ノ浦の向こう側、はつかいち大橋の右側奥にあたる。

鈴ヶ峰西~鈴ヶ峰の間、ずっと奥に堂床山が大きい。鈴ヶ峰西の左に、荒谷山があり、その後ろに海見山が大きい。鈴ヶ峰~大茶臼山~武田山は、鈴ヶ峰右奥に連なる。

-今回は一応ここまで-

弥山直登尾根の赤ペンキ事件を考える

四宮コース(弥山直登尾根)の赤ペンキは、
ただの落書きにすぎない!
りっぱな犯罪行為である!

詳しくは、「宮島を歩く」本文参照。

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『孫と歩く~ユネスコ世界文化遺産の島・厳島~』

宮島のトピックス満載です。
なお、初版刊行後も加筆修正を繰り返しています。