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2002年03月30日

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岩船岳~御床山(砲台跡まで届かず)
(出発帰着:宮島桟橋)

2002年03月30日(土)、単独

コウヤミズキ

〈写真〉コウヤミズキ

  • 宮島南部の砲台跡 ⇒ 実際には「厳島聴測照射所」だということが判明
    (中国新聞記事、2011年1月12日付)
  • あての木浦から取付き、砲台跡~御床山~岩船岳を乗り越す(2009/05/04)
  • ついに砲台跡到達(2005/03/19)
  • 岩船岳~御床山の向こうの砲台跡探索
    (2004/03/13、2003/06/07、2002/04/06、3/30、3/2)

このページの目次です

はじめに

宮島桟橋~厳島神社~大元公園~多々良~岩船岳登山口(多々良林道)~先峠(岩船岳縦走路)~351m~大川越~岩船岳~御床山~砲台跡手前~岩船岳登山口(多々良林道)まで往路下山~前峠~大元谷左岸コース~大元公園~厳島神社~宮島桟橋
(出発帰着:宮島桟橋)

前回2002年03月02日は、二つの目標を掲げて失敗した。すなわち、岩船岳の向こうの稜線を下って海岸線まで達する、そして海岸線が歩けるかどうか探索する、というものだった。今回は、とにかく海岸線まで行けるかどうかを検証する、その後は来た道を引き返す、ということで再度挑戦をする。

御床山の向こうにあるらしい砲台跡を見てみたいという強い願望で突っ込んでみたが、やはり道は羊歯の中に消えてしまった。もう少し具体的な情報を入手してからもう一度挑戦することにしよう。時期はあまり草木の茂らない秋から冬にかけて(見通しが良い)ということになるであろう。ともかく、宮島深南部の探索は無期延期である。

今日のコース&コースタイム

宮島桟橋7:22-多々良8:17-登山口8:49、8:56-岩船岳方面稜線上9:07-展望岩9:30、9:41-八畳岩9:57-振りかえると展望、今来た道10:13-岩船岳東峰10:34-岩船岳三角点10:44-御床山11:01-敗退地点11:07 、12:49-御床山12:54-岩船岳13:15-八畳岩13:50、14:05-展望岩14:19-青海苔乗越14:38、14:40-林道14:48、14:54-大元公園方面、稜線上15:05- 大元公園登山口15:33-海岸通15:43-宮島桟橋15:57

宮島桟橋(55分)多々良(50分)岩船岳方面稜線上(1時間37分)岩船岳
 小計3時間22分
御床山よりさらに先を往復、岩船岳から 行23分、帰26分
 小計49分
岩船岳(1時間23分)岩船岳方面稜線上(55分)大元公園(24分)桟橋
 小計2時間42分
合計6時間53分(大休止1時間42分を含まず)

宮島に向かう

昨日の雨があがり快晴である。吐く息は白く空気の透明度はかなりよい。

JR新井口でホームから見ると、下り線路の向こう(西)に経小屋山のピークがある。少し南には今日の目的地である宮島が国道2号線の向こうに見えている。

五日市駅手前の八幡川では、右手に窓ヶ山、少し振りかえると鈴ヶ峰。廿日市駅手前で、極楽寺山の全容を見る。駅を出てすぐに、極楽寺山から野貝原山。宮内串戸では、船倉山も視野に入ってくる。阿品駅では、正面に船倉山、右手野貝原山。ここからは、船倉山中腹にある白い大きな建物は見えない。

宮島桟橋で出港を待つ船の中からは、向山、火山の間に山が見える。位置からすると可部冠山などである。鈴ヶ峰の向こうに大茶臼山、その右肩には白木山か。牛田山の後ろは高鉢山になるのかな。右隣には呉娑々宇山。安芸小富士(似島)の左右には、金ヶ燈篭山と絵下山。もう少し右にいくと灰ヶ峰である。

船は定刻に鏡のような海面を静かに動き始めた。宮島桟橋に着くと、窓ケ山のキレットがちょうど極楽寺山の稜線上(右肩)にある。

宮島のサクラは今が満開である。市内と比べると5日程度遅いだろうか。ヤマザクラ、シダレザクラも混じっている。アセビ、ヤブツバキも多い。多々良までの道では、コバノミツバツツジが3~4輪咲いていた。黄色の花が房のように垂れ下がっている木もあったが、なんていう木であろうか。エゴノキも白い風鈴をたくさんつけている。(後日記、エゴノキ?アセビ?)

2002/04/06確認
黄色い花は「コウヤミズキ」であった。

岩船岳縦走路を歩く

岩船岳縦走路に入ると、昨日の雨で羊歯がぬれている。太もものあたりまでびしょ濡れになってしまった。道は急坂になるとすべる。帰りの下りは大丈夫だろうか。少し心配である。しかし、案ずることはなかった。羊歯はほとんど乾いており、道も少し気をつければ大丈夫だった。

展望岩:(行き)

小黒神島の向こうに東能美島、大黒神島の左後ろに見えるのは岳浦山(倉橋島)か。倉橋島の山々は東能美島の向こうに見え隠れしながら続いているようである。阿多田島の真後に甲島。さらにその向こうに島影が見えている。大黒神島と阿多田島の間には柱島。その手前に重なるようにして手島がある。

八畳岩:(帰り)

ここからの山座同定はなかなかむつかしい。経小屋山、傘山までは問題ない。行者山などは傘山の懐に入ってしまってはっきりしない。経小屋山の右後方に形のいい山がある。大峯山かと思えばそうではないようだ。大峯山は大野権現山よりもさらに右になるはずだ。

その大野権現山がまたすんなりとは決まらない。大野権現山から右に連なるおむすび岩を双眼鏡で確認した、と思ったまではよいが、その角度は野貝原山方向になってしまう。途中で追い抜いた人達と再びいっしょになって20万地図を広げて喧喧諤諤、結論はでなかった。今度来るときの楽しみにしておこう。

2002/04/14記
2002年04月06日(土)に再訪した時、磁北に対する角度(概略)を図っておいた。経小屋山300度、大野権現山330度、おむすび岩(667mピーク)334度等である。それを基に二万五千地図を並べて検討した。経小屋山および大野権現山と双眼鏡で確認したおむすび岩はやはり間違いない。野貝原山方向としたのは地図の正置を間違えてしまったためであろう。

富士山型の形の良い山は、上勝成山から北北東約1.4kmのところにある円錐形(地図で見る限り)の山ではないだろうか。そして、大峯山はやはり大野権現の右肩の位置になる。ただし、4月6日にもこの位置に山は見えたが、いつも遠くから見ている富士山型の大峯山とは違っているようにも思える。今後の検討課題としておこう。

敗退地点

御床山の向こう、標高約300mくらいの稜線上である。傘山の右肩に羅漢山。経小屋山の右肩に吉和冠山を望む。大黒神島の後に山並が続く。岳浦山(倉橋島)は大黒神島の左肩あたりのはずなのだが、はたして見えている島影のなかにあるのだろうか。

その他

阿多田島の左端ピークのわずかに右側に柱島、右端ピークのわずかに右側に甲島がある。そして、それらの島々のさらに向こうにも島が連なっている。

帰りの岩船岳登山口(多々良林道上)で一人の登山者に追いつかれた。その人は林道をそのまま下るという。私は大元公園方面へ向けて再び山道に入った。桟橋手前まで来るとその人が少し前を歩いている。歩くスピードはほぼ同じくらいだ。

下山の場合、林道コースも山越え大元公園コースもあまり変わらない(1時間強)のかもしれない。それにしても多々良林道経由で桟橋まで1時間強というのはやはり早いと思うのだが。

大元公園のサクラが満開で大変きれい。

2002/04/07記
大元公園のサクラの花が妙に白っぽかったのが印象に残っている。いろんな人に聞くと年によって白からピンクまで微妙に色合いが違うらしい。私は多少ピンクがかった方が好きだ。

今日も帰りは鳥居の前を横切って渡った。(行きは少し潮があった。無理すれば歩けるかなという感じ)

2002年03月30日(土)潮汐表(広島港基準)-大潮
満潮10時48分、潮位362cm、23時11分、潮位369cm
干潮4時40分、潮位-2cm、16時59分、潮位-4cm

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『孫と歩く~ユネスコ世界文化遺産の島・厳島~』

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なお、初版刊行後も加筆修正を繰り返しています。