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細見谷渓畔林と十方山林道

日本産イワナ属の分類(ゴギをめぐって)

イワナ(ゴギを含む)は分類学上、サケ科サケ亜科イワナ属(Salvelinus)に分類されており、その分布の中心は、日本海からオホーツク海に至る地域と考えられます。

そして、日本産イワナ属の分類をめぐっては、二十世紀前半から様々な議論が展開されてきました。すなわち、各地に存在するゴギなどの個体群(地方型)を種として独立させるか、それとも亜種とみなすか、あるいは変異の範囲にすぎないと考えるかの問題です。

このページの目次です

ゴギ(日本産イワナ属)とは

ゴギは、イワナ属に分類される渓流魚です。その特徴として、大きな斑点、頭部の虫食い模様(頭にも白点があり)、体側に橙赤色の点を持つことなどがあげられます。

生息域は中国山地に端を発する河川の水源地帯であり、その自然分布域は、山陰では島根県の斐伊川水系から高津川水系まで、山陽では岡山県の吉井川水系、広島県の太田川水系から山口県の錦川水系までとされています。

ただし、田中幾太郎はその著書『いのちの森・西中国山地』pp.40-41で、西中国山地の瀬戸内側のゴギは、すべて島根県側から移入されたものであるとしています。(後述「氷河期の遺存種を大切に」参照)

佐藤月二(広島大学)による研究

中国山地のゴギについては、広島大学の佐藤月二先生や水岡繁登先生によって詳しい研究が行われています(参考文献等)。そのゴギは、広島県庄原市西城町において県天然記念物に指定(1951年)されています。

指定の理由は、佐藤月二p.30によれば、「ゴギが地質時代寒冷期の残存動物として、高山のほとんどない中国地方に分布することはめずらしく、世界的に見ても生物地理学上注目に値すること」によります。*庄原市:広島県東部(備北)

また同上p.6では、「(広島県西部の恐羅漢山、冠山を含む山塊にすむゴギは、イワナ属としては)現在知られる範囲においては本邦の最南分布地であるばかりでなく、世界的に見ても最南分布地にあたり、氷河残存動物としての意義はまことに深いものがある」としています。

細見谷(広島県廿日市市吉和)を含む地域のことです。ただし、イワナ分布範囲の緯度からすると、世界最南端は紀伊半島のキリクチ(ヤマトイワナ型)となります。*恐羅漢山:広島県北西部(安芸太田町)、広島・島根両県最高峰1346.4m

沼長トロ山で魚影を見た

2006年10月、私は沼長トロ山1014.4mに登りました。細見谷渓谷(細見谷川下流部)の南側にある山です。その山の東側の源流(沼ノ原)、標高約890m地点で、私は水流の中にはっきりと魚影を見ました。

体長(全長)20cmくらいでした。残念ながら、一瞬のうちにゴギかアマゴかなど区別する力は私にはありません。しかし、これが標高900m前後の山奥に氷河期の昔からすみ続けている魚かと思うと、これからもしっかり生きていってくれと思わず声を掛けたくなるのでした。

ゴギの好む水温は何度か?

田中幾太郎は、「西中国山地のゴギは、最低で350m、最高地点は1,100mに達し、生息域としては、500~900mが標準である」(西中国山地の分水嶺、1,000~1,300m)としています。

さらに続けて、「西中国山地のゴギは、ヤマメやアマゴ域との接点で混生することはあるものの、やはり、日本産サケ科の”イワナとヤマメのすみ分け”どおりに、谷の最上流域を占拠している。そこでは、最も大切な水温が、夏でも摂氏15度から18度と低く、20度を超えることはない」と記しています。(『いのちの森・西中国山地』pp.42-43)

佐藤月二p.13は、「ゴギ生息水域の水温は夏期といえども15℃以下の流水域で、冬期0~5度C内外のところである」としています。

山本聡は、イワナの成長速度条件としては、「水温が冬9℃くらいで、夏が18℃くらいのところが、水温条件としてはベストでしょう」(『イワナその生態と釣り』p.69)と述べています。山本は、大学卒業論文にイワナを選んだという研究者で、同書執筆当時は、長野県水産試験場に勤務していました。

中根と田上は、細見谷川に流入する伏流水および湧水の水温の測定結果を収載しています。その中で、「(対照として)本流川水の水温を水越峠から1000m付近、2100m付近、3000m付近、4000m付近で、それぞれ川の表面、川底、川岸、本・支流の中心部で測定したが、変動は僅かでほぼ8.0℃であった」としています。(『細見谷と十方山林道(2002年版)』pp.30-31)。*調査日:2002年10月30日

日本産イワナ属の分類

日本産イワナ属の分類について、主として山本聡(現・長野県農政部)氏の見解を元に、私なりに頭の中を整理してみました。なお、山本氏からは、ご本人の著作『イワナその生態と釣り』つり人社(1991年)をご紹介いただきました。

日本産のイワナ属は、現在では、オショロコマS.malma(北海道のみ)と、イワナS.leucomaenis(北海道、本州)の二種のみとすることで落ち着いてきているそうです。

ミヤベイワナ(亜種)はオショロコマに含まれ、アメマス、ニッコウイワナ、ヤマトイワナ、ゴギの4型(地方型)を一つにまとめてイワナ(あるいはアメマス)としています。

イワナの日本における大まかな分布(すみ分け)は、アメマスは北海道から東北地方、関東地方の一部。ニッコウイワナは山梨県あるいは鳥取県以北。ヤマトイワナは中部地方、琵琶湖流入河川と紀伊半島の一部。ゴギは中国地方の一部です。

ミヤベイワナ(オショロコマの亜種)は、然別湖及びその流入河川に生息しており、北海道の天然記念物に指定されています。紀伊半島のキリクチは、ヤマトイワナ型の孤立個体群として絶滅の危機にあり、奈良県天然記念物に指定されています。キリクチは世界のイワナ属分布の最南端に当たります。そして、ゴギ(広島県天然記念物)は、日本における分布の最西端となります。

イワナは変異の程度が大きい種である

イワナの4つの地方型を、別種あるいは亜種とした文献もかつて存在しました。イワナの斑点の大きさや色の変異は、ほかの魚類に比べて著しいことがその大きな原因の一つであったと言えるでしょう。しかし現在では、これらは同一種内の変異にすぎないと考えられています。その中で、ゴギは他の地方型よりは変異の程度が大きいとされています。

魚種の分類を行なう上で、斑点といった外観の差はもちろん重要な要素です。それに加えて、解剖学的形質も重要なポイントとなります。イワナ属では、鰓(えら)の内側にあるトゲ状の器官である、鰓耙(さいは)と幽門垂(ゆうもんすい)の数がよく調べられています。

その結果をみると、オショロコマとイワナでは明瞭な違いが見られます。一方、イワナの地方型を北から南に並べると、鰓耙数、幽門垂数は連続的に数が減少しています。これらの結果から、イワナの地方型は、同一種内の地理的変異と考えるのが妥当とされているようです。(『イワナその生態と釣り』pp.23-24)

今西錦司の生態学的分類

今西錦司の生態学的分類(1967年)は注目に値するものでした。棲み分け理論を駆使してまとめたもので、日本産イワナ属を二種一亜種としました。すなわち、オショロコマを除く日本産イワナをすべてイワナ一種(ゴギ亜種を含む)としたもので、当時としては画期的な見解でした。

その後のヘモグロビン電気泳動法、酵素タンパク多型(アイソザイム)分析、あるいは骨学的分類は、大筋では皆ほぼ同様の結論を示しています。(『西中国山地』p.221)。

イワナ属魚類の棲み分けについて

イワナは、北海道、本州、朝鮮半島北部からカムチャッカ半島までの北太平洋アジア地域に分布しています。世界的にみれば、イワナ属魚類もサケ同様に降海型の生活史をもっており、成長過程で海に下り、成熟して川を遡上します。

しかし、日本産のイワナの中で降海型として知られるのは、アメマスの一部(北海道が圧倒的に多い)のみです。「(一生を川で過ごす)河川残留型には、アメマス型とニッコウイワナ型が、陸封型には、すべての型が見られます。ヤマトイワナ型とゴギ型では陸封型しか見られません」。(『イワナその生態と釣り』p.50)

オショロコマ(アイヌ語でオソル・コ・オマ、特殊な岩魚)の分布は、北海道から沿海州、オホーツク海、ベーリング海を経てアメリカ北西部まで拡がっており、降海型とされます。しかし、北海道のオショロコマは、知床半島の河川では降海型が見られるものの、その他ほとんどの河川で上流域に限られた分布となっており、河川残留型です。

イワナ属(サケ科)魚類は寒冷の地を好みます。過去の氷河期において気候が今よりも寒冷であった時期には、日本産のイワナ属も、海と河川を往復する降海型であったと推測されます。

ところが、氷河期の終焉に伴う気候の温暖化とともに、各地の河川上流域の冷涼な水系に取り残され陸封されてしまいました。そして、お互いに遺伝的な交流のない状態で長い年月の間に独自の変化を遂げ、その結果、地域間で外観上大きく異なる変異個体が存在することになったと考えられます。

氷河期の遺存種を大切に

田中幾太郎は、「ゴギは、同じサケ科のヤマメと同じようにもともと日本海に注ぐ水系だけの魚であり、自然分布が中国山地の島根県側に限られ、言ってみれば“島根のゴギ”なのである」と断言しています。(『いのちの森・西中国山地』p.40)

そして、瀬戸内側の太田川(広島県)や錦川(山口県)の谷のゴギは、島根県の高津川水系の各川から、戦前移入されたという具体的事実を紹介した上で、「現在、西中国山地の瀬戸内海側にすんでいるゴギは、そのすべての谷で、まちがいなく島根県側からの人為的な移入の経過をたどってきたことを、土地の古老たちは証言している」とも書いています。(同上p.41)

日本産イワナ属は、世界のイワナ属の中で最も南に分布しています。そしてそれらの地方型は、かつての氷河期時代の日本を反映した鑑として、生物地理学的に興味深い対象です。安易な放流(移入)のため、地域ごとの分布や遺伝的な系統に混乱を来すことは防ぎたいものです。

標本が大切である

標本は種の同定には欠かせません。日本産イワナ属の分類をめぐる議論の発端となったのは、アメリカの有名な魚類学者ヨルダン(Jordan)が島根県浜田付近で入手したゴギ(Salvelinus leucomaenis imbrius Jordan and McGregor,1925)であり、彼が原記載に使った標本は、カーネギー博物館の所蔵標本番号7797番でした。

後に日本の学者が標本を確認するためスタンフォード大学分類学教室を訪ねたところ、標本はシカゴの自然博物館に移されており確認の機会を逸したということです。(『西中国山地』pp.220-223)

注:このページは、電子書籍『細見谷渓畔林と十方山林道』アマゾンKindle版(2017年3月6日)の一部です。


「日本産イワナ属の分類(ゴギをめぐって)」への4件の返信

管理人さま 
ご対応を有り難うございます。
ゴギとヤマメの交雑種は、他の釣人も採取しているようで、ゴマメ、ゴマゴやカワサバなどと呼称しているようです。採取できる河川も限られており、混生域のみで採取が可能となります。
以前より野生ゴギの飼育を継続しており、河川により体型が異なることも判って来ました。この点から、ゴギとヤマメの交雑種と思われる魚は、ヤマメのように細く、ゴギのような模様が有ります。また、近々、再度採取し写真を確認したいと思いますので宜しくお願いいたします。

平峰茂様
お問合せの件、当Web管理人として下記ご回答申し上げます。ご参考にしていただければ幸いです。

「ゴギとアマゴのあいの子」(いわゆる交雑種とでも言うのでしょうか)の件について、適切な名称があるかどうか調べてみました。その結果、特に該当する言葉は見つかりませんでした。

なお、ゴギとアマゴの交雑種が、既に種として認められているといった事実は確認できませんでした。

本ページでも紹介している田中幾太郎さん(1939年生まれ)は、島根県益田市在住の元中学校理科教諭です。幼少の頃より祖父に連れられて西中国山地を歩き回った田中さんは、その後の経験を踏まえて以下のように述べています。

「西中国山地のゴギは、ヤマメやアマゴ域との接点で混生することはあるものの・・・」きちんとすみ分けをしている(要約)。(本ページ既出)

私は田中幾太郎さんとは直接何度かお話する機会がありましたが、「ゴギとアマゴのあいの子」が存在するということは全く聞いたことがありません。

土地の古老の言葉などの中に、該当するものがあるかどうかまでは分かりません。しかしながら、桑原良敏著『西中国山地』でも何ら言及されていないと思います。

日本産イワナ属の分類をめぐって、これまで様々な説が登場してきました。その背景として、サケ科魚類では「変異の幅が大きい」、つまり模様や色彩などの外部形態の変化が大きいということが挙げられます。

最終的な確認のため、標本を各都道府県の水産試験場にご持参されて、遺伝学的な調査を受けてみてはどうでしょうか。そうすれば、交雑種→新種?、あるいはゴギの個体のバリエーションの範囲内に過ぎないかなど、はっきりするのではないでしょうか。

ちなみに、広島県の水産試験場は、広島県立総合技術研究所 水産海洋技術センターという名称になります。

平峰茂 様
お問合せをいただきありがとうございます。
この記事はジャーナルとして書いております。
私自身は魚類の専門家ではございません。
そこで、心当たりがあり問い合わせています。
いましばらくお待ちください。

長年ゴギの生息場所を調査していますが、今回ゴギとアマゴのあいの子が見つかりました。このような個体名は何と呼ぶのでしょうか?

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