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細見谷渓畔林と十方山林道

十方山・細見谷の現地観察会(エコツーリズム)

エコツーリズム(現地観察会)は、自然を破壊することなく、自然の価値を見出すことのできる行為であり、自然の賢明な利用方法の一つとして非常に有用と考えられる。

私は、2003年5月4日(平成15)、十方山・細見谷で現地観察会に参加した。主催は「廿日市・自然を考える会」(代表・高木恭代さん)で、講師は広島フィールドミュージアム会長・金井塚務さん、副会長・杉島洋さんである。

この時は、「細見谷をラムサール条約登録地に(連続学習会・第2回)」参加者を優先するというので、4月26日の学習会終了後直ちに参加申込みを行い、金井塚会長から希望日の割り振り(5月4日、5日、6日)や当日集合時間及び注意事項の説明を受ける。弁当持参、長袖長ズボン長靴着用。なお5月5日はNHKの取材があり、翌6日夕方に放映された。

以下、次回の勉強会のための参考資料として求められ提出したレポートである。書籍収載に当たって、小見出しの追加と句読点の見直しなどを行った。さらに電子書籍化の準備のため、本ページでは用字用語の見直しを行った。ただし、ほんの一部手をつけていない箇所もある。

このページの目次です

湿地がささえる細見谷渓畔林の豊かな自然

ラムサール条約では、ただ単に湿地を保全するということだけではなく、その賢明な利用(wise use)が求められている。すなわち、生態系の自然特性を変化させない方法で、人間のために湿地を持続的に利用することが求められる。

細見谷渓畔林の豊かな自然は、多様な生物がお互いにかかわり合いながら長年月にわたって築き上げてきたものである。食物連鎖と置き換えてもよいそれらの関係、何が何をいつどのように食べているのかは実はまだあまりはっきりしていない。豊かな自然を守るためには基礎的なデータが必要である。

この森を動物がどのように利用しているのかは、これから何年にもわたって(あるいは何世代にもわたって)観察を続けることで初めて分かってくることである。このような大きなタイムスパンでの定点観測こそ、フィールドミュージアム(野外博物館)の目的の一つである。これは大学の研究室ではできないことである(金井塚会長談)。

エコツーリズム

そのようなフィールドミュージアムが指導する現地観察会(エコツーリズム)は、自然を破壊することなく価値を見出すことのできる行為であり、賢明な利用の一つの方法として非常に有用である。

当日は連休中とあってかなりの車が現地へ入っていた。キャンピングカーで泊まり掛けの人もいるほどである。オーバーユース状態といってよい。こうしたいわゆるアウトドア派のように自然の中でただ単に過ごすだけではなく、観察会は豊かな自然の営みを肌で実感することのできる上質の香り漂うレクリエーションといえよう。

適切な指導者と適切な人数の参加者がいることによって、より多くの目で自然を観察することができる。それだけ発見も多くなる。そのような参加者は、フィールドミュージアム運営のよき理解者(サポーター)として双方に利益をもたらす存在となるだろう。もちろん「細見谷をラムサール条約登録地に」運動では、ともに手を携えて歩む仲間でありたい。

次回の勉強会は6月予定、そして観察会は夏と秋、条件さえ許せば冬も考えていただけるとのことである。実に楽しい。

クマのすむ森へ向う

9時30分吉和集合、配車後直ちに十方山林道に入り現地に向かう。11時前に現地到着(十方山林道の吉和西入り口から9km地点)。細見谷川左岸に流れ込む小さな清流に沿って少し登り、隣の少し大きな沢を下るコースで約2時間の観察。昼食後、十方山林道を下山橋(11km地点)まで移動して、下山林道で1時間少々の観察、3時くらいに現地を出発、4時過ぎに吉和にて解散。

国道488号から十方山林道に入り、最高点を超えたあたりで十方山を望む地点がある。山頂近くまで人工林(針葉樹)で覆われている様子がよく分かる。細見谷渓畔林は、実は細見谷川に沿って幅100mくらいしか残っていないのである。

針葉樹の生産性は低い。もし植林前の環境(広葉樹林帯)では細見谷川に豊富な栄養素が流れ込み、サケ類(動物性たんぱく質)が豊富でそれをクマが食べていたとすれば、生息可能なクマの個体数は今よりも多かったはずだ。そのような環境が破壊されたことによって、しかたなく町へ出て行かざるを得ないクマが増えたとも考えられる。

細見谷の王様、ツキノワグマ

観察会第1ポイントで細見谷川の左岸に渡る。本流に流れ込む清流の水温は常に一定で10度Cくらい、街中の冬の水道水くらいの温度である。ここでハコネサンショウウオと再会した。餌となるえび類、カワゲラの幼生?も同時に見つける。このサンショウウオもまた別の生物に食べられる。こうした食物連鎖の頂点にいるのがこの森ではクマである。

ブナやホオノキの木肌に残るクマの爪あと

細見谷の王様はクマである。今日もクマの痕跡をたくさん見た。現地に着いて車を降りるとブナの大木がある。そこにはクマの爪痕が付いている。幅8cm、それほど大型のクマではないという。クマは木登りがうまい。ブナの花芽を食べるために登ったのであろう。

山に入ると、ホオノキの大木がある。白い肌が美しい。そこにクマがかじって樹脂を吸った跡が付いている。両手でしっかりと樹木を抱え込んで座り込み、かじったものと考えられる。爪痕が付いている。かじり跡は新しいものやそれがすでに修復されたものが2か所、薬として食べているのであろうか。

キツツキのドラミングが聞こえる。縄張りを主張しているのだ。おそらくアカゲラであろう(杉島副会長)。

クマはブナの花芽をたべる

そろそろ昼食にしようかというとき、参加者が大きなクマのふんを発見する。繊維質の中にブナの花芽が幾つか残っている。クマは確かにブナの花芽を食べるということが分かる。実はこの事実は最近分かったことで、別の観察会でやはり一般参加者が見つけたのだという。

後日注:この件は、マタギや古くからのクマ研究家にとっては、周知の事実だったようだ。(「落葉広葉樹林の代表-ブナの森」参照)

クマ冬眠用の樹洞

昼食後、十方山林道を上流へ移動する。下山橋から下山林道をちょっと入った所に、ミズナラの大木が根元から折れて倒れている。直径約200cm、1年に1cmづつ成長するとすれば樹齢200年くらいになる。中は空洞になっている。クマの冬眠用として最適の場所のようだ。上部が開いているがかえってこれくらいがちょうどよくて、クマは完全に閉ざされた穴の中で冬眠するというものでもないようだ。(後日注:樹齢100年?)

クマは、出産するメスは別として、全てが冬眠するとは限らない。餌があれば食い続けるという。もし細見谷川にサケ類が豊富な環境を取り戻しそれをクマが食べるとすれば、サケ類がいなくなるまで食べ続け、食べ尽くせば満腹になって冬眠するだろう。

クマの大好物、サルナシの実

林道から山の中に入るとカツラの大木が1本ある。さらに行くとサルナシの太いつるが2本あって隣の大木に上の方でからんでいる。からまれた大木の根元にクマの足跡がついている。キウイフルーツよりも、はるかにうまいといわれるサルナシの実を食べるためクマが登ったと考えられる。近くにはヤマフジの大木(右巻き)。

針葉樹林でのクマの皮剥ぎ

上部へ移動するとすぐ人工林(針葉樹)に突き当たる。1本のスギがクマの皮剥ぎの被害にあっている。クマの爪痕があり樹脂を吸い取っているもののようだ。植えてから20~30年物が被害に遭いやすいというが、もともとクマは針葉樹には興味がなかったはずなのだが。

それにしてもここの人工林はすごく荒れている。枝打ちを全くしていなくて節だらけだから、まるで商品価値はないだろう。切り倒して広葉樹が生えてくるようにする方が得策である。

杉林の中に下草(中国笹)が生えていない一角がある。杉が密集して日光が当たらないのだ。地面を掘り返すとすぐに硬い地盤に当たる。杉の葉はなかなか腐らないから土壌成分が不足しているのだ。広葉樹と針葉樹の豊かさの違いがはっきりと分かる。

そのほかの観察事項

イノシシのしがみ跡や馬耕

さて時間を巻き戻してみる。この辺りの林床には中国笹が多い。竹の子のシーズンである。今日最初の発見は、イノシシのしがみ跡(笹をチューインガムのようにかんだ後吐き出したもの)である。付近を透かしてよく見ると獣道が付いているのもわかる。

しばらく行くと、イノシシの馬耕があった。竹の子(中国笹)を食べた跡やしがみ跡が散乱している。そばにはりっぱなふんも落ちている。紫の小さな草花の株が2~3個あり美しい。林道はイノシシを呼び寄せるともいう。カケスの鳴き声が聞こえる(杉島副会長)。

ノウサギの痕跡

竹の子はノウサギも食べる。しかし、切り口がイノシシの場合とはまるで違う。犬歯で斜めにすぱっと切った跡はナイフのように鋭い。小さな古いふんも見つかったようだ。

タヌキやアズマモグラ
午後から、タヌキのためふんを見つける。まわりにアズマモグラの穴がある。このふんを狙っている可能性があるという。ふんもリサイクルされるもののようだ。

トチノキ

第1ポイントで細見谷川を渡ってしばらくは平坦だが、その上部は少しきつい斜面になる。その斜面にトチノキの群落がある。そこまでは行かなかったが、下の小川にトチの実がたくさん落ちている。ほとんどは中身を食べられてしまって実は残っていないが、それでも2~3個芽を出しているものを見つける。午前中、帰りのコース上にトチノキの古木がある。トチノキの木肌はボロボロしているが、大木では樹皮が大きく割れてはがれ落ちた跡がウロコ状になる。

サワグルミなど

サワグルミの幼木が多数生育している空間がある。大きな木がなくて空が明るい。時々起こるかく乱によって大木が倒れ、その付近一帯が空白状態(ギャップ)になったものと考えられる。そうした場所に真っ先に生えてくるのが、サワグルミでありヤシャブシあるいはミズメ(よぐそみねばり、サロメチールの匂いがする)であるという。豊かな森では、生物の多様性とともに、年代(樹齢など)の多様性もまた重要な要素となる。

おわりに

晴天、気温は高めで少し汗をかく。若葉が出きっていないので、日が差して今が一番暑い時期だという。また、冬芽がなく葉がないので樹木の鑑定が難しいと言いつつ、講師には丁寧な解説を受ける。大満足の一日であった。

注:このページは、電子書籍『細見谷渓畔林と十方山林道』アマゾンKindle版(2017年3月6日)の一部です。

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