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細見谷渓畔林と十方山林道

十方山林道(細見谷林道)とは

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十方山林道(細見谷林道)とは

十方山林道(全長約14.4km)は、恐羅漢山(広島・島根両県最高峰)の麓(ふもと)の二軒小屋(広島県山県郡安芸太田町横川)と、国道488号(広島県廿日市市吉和)を結ぶ林道(幅員3~4m)です。既に50年以上も前の1953年(昭和28)に完成しており、未舗装ながら4トントラック走行可能で、十方山・細見谷の林業に大きく貢献するものでした。

なお十方山林道は、最近では細見谷林道と呼ばれることの方が多くなっています。十方山林道は、中間部分では細見谷川上流部の右岸沿いに造られており、生物多様性の宝庫として注目されている細見谷渓畔林を貫いて走っています。つまり、細見谷を通っていますので、細見谷林道の方が分かりやすいということはできそうです。

渓畔林部分を行く

十方山林道の基点は、二軒小屋(にけんごや、標高約800m)です。そこから、南西方向の水越峠(標高約990m)を目指して、横川川(よこごう~がわ)の左岸に沿って登ります。その間、距離約3kmに対して、標高差は200m以下です。

水越峠を越えてしばらく下ると、細見谷川(源流部)と接するようになります。そして、そのまま細見谷川の右岸沿いに下ると、林道はやがて細見谷渓畔林の中を行くようになります。

そこから「祠」(山の神)の少し手前辺り(標高約730m)まで、渓畔林の中を緩やかに下って行きます。渓畔林部分の長さ約5km前後に対して、その間の標高差は200m程度に過ぎず、ゆったりと歩ける勾配になっています。

七曲部分を行く

十方山林道は、「祠」(山の神)附近(標高約740m)で、左折する細見谷川と別れてなおも南西方向を目指します。曲がりくねりながら、一旦高度を稼いで2号橋(820m台)まで登り、その後、平坦部を行き押ヶ峠(標高約890m)に至ります。注:十方山林道は、「祠」手前で細見谷川のすぐ側から離れて、わずかに登り勾配となります。

通称「七曲」と呼ばれるこの地域は、細見谷上流部の北東―南西系の断層に対して、西北西―東南東系の断層が交差する位置に当たっています。その結果、「七曲」部分及びその周辺地域では、地盤が著しい「ゆるみ」状態に達しており、もろくなっています。

七曲部分の林道は、短い距離の間に約80mの高度差があるため、作業車輌の能力を考えて、できる限り勾配が少なくなるように曲がりくねって造られています。そのルートは、専門家によれば、地盤のもろい部分をうまく避けたものになっているということです。

押ヶ峠を越えた十方山林道は、そこから国道488号(主川沿い)へ向って緩やかに下ります。その国道との接点が、十方山林道最終地点の吉和西(標高約840m)です。

なお、ここでいう押ヶ峠は、立岩貯水池沿いの十方山南東面にある押ヶ垰断層(国指定の天然記念物)とは別の場所のことです。

細見谷大規模林道工事とは

細見谷大規模林道工事(細見谷林道工事)は、従来から「十方山林道の大規模林道化」工事と称されていたもので、独立行政法人「緑資源機構」(農林水産省所管)を工事主体とする「緑資源」幹線林道事業の一環として進められてきました。

具体的には、既存〈未舗装〉の十方山林道(細見谷林道)を、「緑資源」幹線林道事業に組み込んで、拡幅舗装化しようとする工事計画です。

その中で、渓畔林部分については、生物多様性の宝庫であることを考慮して、拡幅は行わず舗装化のみとするよう既に計画が変更されています。また、七曲部分では、既存の林道をそのまま使うのではなく、新たに直線的な道路を建設することになっています。

この工事によって、細見谷渓畔林の生物多様性はどの様な影響を受けるのでしようか。また、地盤がもろいとされる七曲付近で、拡幅及び一部新設される道路の安全性は確保できるのでしようか。

幹線林道事業の概要

緑資源幹線林道事業(戸河内・吉和区間)に関して、廿日市市当局の説明(同市ホームページ)をみると、次のような箇所があります。

「この区間(戸河内・吉和区間=筆者注)は太田川上流地域の森林の整備・保全を推進するための基幹となる林道であり、また、ワサビ栽培等地場産業の振興などを通じて、地域の活性化に貢献することが期待されています」。

「この林道計画は、合併により、旧吉和村から森林資源の適切な利用と森林整備の促進、林業の振興、生活環境の向上、地域間の交流の活性化に資するために必要な骨格的林道であるという強い意思を継承したもの(です)」。(以上、「」内引用)

なおここで、戸河内・吉和〈区間〉とは、緑資源幹線林道の一つの「大朝・鹿野線」をいくつかに分けた区間の一つです。そしてこの区間は、さらに二つの〈工事〉区間に細分化されます。城根・二軒小屋工事区間(計画延長11.1km)と二軒小屋・吉和西工事区間(計画延長13.2km)です。

前者は、国道191号から恐羅漢山の麓の二軒小屋に至る工事区間で、2004年12月(平成16年)、既に完成しています。そして後者が、細見谷大規模林道問題の対象となっている工事区間です。

林道工事の影響はほんとうに軽微なのか

私は、この細見谷渓畔林を通る幹線林道の整備計画には反対です。なぜならば、林道工事が環境に与える影響は決して軽微なものではなく、再び取り戻すことのできない貴重な自然を失ってしまう危険性が高いことを危惧するからです。

細見谷の自然は、まだまだその全容が解明されたわけではありません。基礎となるデータなくして、”林道工事の影響は軽微”と軽々しく結論付けることはできないと考えます。

費用対効果(B/C)はどうなっているのか

十方山林道部分(二軒小屋・吉和西工事区間)の規格は、通常の大規模林道(幅員7m、二車線)より幅員を狭くするよう変更されています。しかし、たとえそれがどのような規格になろうとも、林道である限り完成後は地元に移管され、地元で維持管理をしてゆかなければならないことに変わりはありません。

この工事には、そもそも公益性があるのでしょうか。費用対効果(B/C)について、確かな数値に基づく議論をすべき時にきています。大規模林道化によってもたらされる利益と、林道建設及び完成後の維持にかかるコストとのバランスを考える必要があります。財政逼迫の折、無駄な費用をかける余裕はどこにもありません。

幹線林道建設の意義はすでに失われている

細見谷大規模林道工事の是非をめぐる検討のため、「環境保全調査検討委員会」が、緑資源機構(農林水産省所管)によって2004年春に設置されました。

同調査報告書によると、渓畔林部分については、〈現在の車道幅員3mを維持し原則として拡幅はしない〉となっています。これでは、おそらく大型バスの乗り入れは不可能でしょう。車道幅員3mを維持する限り、レクリエーション等の地域振興など、当初の目的を果たすことは難しくなるでしょう。つまり、細見谷大規模林道の整備計画そのものは、この時点ですでに一部破綻していると言えます。

ところで、既存の十方山林道沿いに民家は一軒もありません。そして当地では、その林道と並行して、その他に高速道路(中国縦貫自動車道)と国道186号そして広島県道296号の3本の道路が既に走っています。つまり、全部で4本の道路があるのです。

また、同地は豪雪地帯であり、一番北にある十方山林道は、冬場完全に雪で閉ざされてしまいます。その上、大規模林道完成後、夜間は夜行性動物保護のため通行止めにするのだということです。

夜行性動物として、主にツキノワグマやニホンヒキガエルが挙げられています。これら動物が完全に夜行性かどうかはさておき、毎朝夕のゲート開閉の方法及びそれらにかかる費用など、検討すべき課題は多そうです。

いずれにせよ、このように24時間365日利用することのできない道路では、何のための整備計画か分かりません。

道路を造るための妥協ならば何でもするのか

「環境保全調査検討委員会」では、座長を含む委員5名のうち2名が異論を述べています。そのうちの一人であった波田善夫・岡山理科大学教授は、最終委員会で別途意見書を読み上げました。

波田教授はその中で、「緑資源公団の姿勢は、「計画を放棄すること」以外のほとんどは委員会の意見に対応」した、として一定の評価を下しています。『細見谷と十方山林道』(2006年版)波田善夫p.8

しかしながら、それに続けて「高いレベルの自然に対して対応した結果、当該林道の一般的利用はほとんど望めない状況へと変質してしまった。近年の財政状況を考慮するならば、中止すべき公共事業の筆頭であろう」(同上p.8)とも述べています。

注:中国新聞記事「岡山理科大 波田副学長に聞く」(2007年8月26日付け)、『20周年記念誌』p.286収載記事は、同趣旨の内容のインタビュー記事となっています。

緑資源機構の方針としては、「とにかく道路を造りたい。そのための妥協ならば何でもする」ということでしょうか。しかし、その結果、対向車同士が離合できないような道路規格となっています。細見谷大規模林道工事は、計画段階ですでにその意義を失ってしまったといえるでしょう。

民有地部分における林道整備のやり方

吉和に山林を所有する安田孝さん(林業家)は、合理的な計画経営を山林事業に取り入れている方です。雑誌『環・太田川』No.59,pp.4-6のインタビュー記事では、安田さんの山林事業について次のように紹介しています。

「(路網の整備によって)切った木を引きずり出す必要がなく、その場で枝を落とし、丸太に切ってすぐ2t車に積み込む作業が可能になった。・・・(新型重機を導入して)伐採も他の山の管理作業も全部一人でこなしている」。

安田さんの山林事業を支えているのは、大型重機の採用とそれを運び入れることのできる林道、及びその林道から網の目のように張り巡らされた作業道などの整備です。

十方山林道が、吉和側の国道488号とつながる部分の拡幅予定区間(計画延長3.7km)周辺では、民有林において植林事業が行われています。この林道を拡幅することによって、どのような林業が行われようとしているのでしょうか。実りある成果を期待したいものです。

渓畔林部分の林道は今のままで十分

細見谷の渓畔林部分よりも上部(標高差300~400m)は、そのほとんどが戦後の拡大造林によって、スギ・ヒノキといった針葉樹に置き換わっています。そして現在では、これら人工林はほとんど手入れがなされないまま、木材としての商品価値は全くないに等しいものとなっています。

標高800mより上のブナ帯が、スギ植林に適したものであったかどうかはさておいて、戦後の経済環境の変化は林業にとってあまりにも大きすぎたと言えます。なお、この付近一帯は国有林がほとんどを占めています。そして、国による大きな施業・施策は何ら計画されていません。

私は、細見谷をクマの聖域(サンクチュアリ)に、という意見に賛成です。細見谷の林業整備施策としては、サンクチュアリの設置ということも踏まえて、針広混交林転換事業が提案されています。商品価値のなくなった人工林を強間伐することによって、少しずつ本来の落葉広葉樹林に置き換えてゆこうとするものです。

このとき、間伐材を無理に林道まで引きずり出すのではなく、伐り置き(伐採したまま放置)や巻き枯らし(樹皮の下にある形成層を遮断して立ち木のまま枯らす)という省力的方法をとることも考えられます。

既存の十方山林道を補修整備しながら使用することによって、そうした目的を果たすことは十分可能と考えられます。渓畔林部分については、何も高い税金を使って新たに大きな道路を造る必要はありません。

自然は子孫からの預かりもの

細見谷渓畔林は、西中国山地の山懐(やまふところ)に奇跡的に残された廿日市市吉和の宝です。それは、50年前の林野関係者が残してくれたものです。アメリカン・ネイティブの古いことわざの中に「自然とは、祖先からの授かりものではなく、子孫からの預かりもの」というのがあるそうです。

21世紀は環境の世紀、次世代への確実な資産の継承こそ現代人の務めというものでしょう。税金はそのためにこそ有効活用したいものです。

細見谷を再び落葉広葉樹の深い森に返してやろうではありませんか。そうすれば、クマをはじめ多くの動物たちが暮らす楽園となります。大人から子どもまで楽しめる自然観察の場となります。現在ある十方山林道は未舗装のまま残しましょう。一般車両を通行止めにして部分補修しながら使用することで、十分にこれらの目的を達することができます。

“特別保護地区”指定を求める

大規模林道工事中止に向けた第一歩として、細見谷渓畔林一帯を、現在の第2種特別地域から「西中国山地国定公園特別保護地区」に格上げするよう、広島県知事の英断を望むものです。

注:このページは、電子書籍『細見谷渓畔林と十方山林道』アマゾンKindle版(2017年3月6日)の一部です。

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