2001年09月16日

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経小屋山西尾根、敗退
西国街道散策、残念さんなど
(出発:JR玖波駅、帰着:JR大野浦駅)

2001年09月16日(日)、単独

はじめに

2001年09月16日(日)、単独
経小屋山西尾根、敗退
西国街道散策、残念さんなど

JR玖波-経小屋山西尾根敗退-残念さん等見学-JR大野浦

8月26日にこの山の中腹(標高460mくらい)の車道から下りるべきコース(ひろしま百山紹介)を取り違えた。後日車でその下山口を確認に行くがわからず。それならばいっそのこと一番下から登り返してみようというので狙っていたコース。秋晴れの良い天気の朝を迎え見通しも非常によさそうである。ルンルン気分で出かけるがあえなく敗退。

JR玖波8:25-登山口8:43-216mピーク9:10-敗退地点9:30?
ここまでは順調であったがしばらく行くと、先日(8月26日)のコースと同じくこちらも”ここから先は行ってはダメよ”状態。ここまでに男女4人組を追い抜いていたので待ってみる。

追いついてきた彼らに聞くと、この辺の山域にはよく来ているようだが、このコースは初めてらしい。彼らが引き返して来なければついていこうかと色気を出して待つ。15分くらい経っても引き返してくる気配がなかったので、ブッシュの中に突っ込んでみるがやはり無理。

ガイドブックには”尾根筋は眺めのよい下り、どんどん下ろう(車道・玖波下山口から健脚向け参考コースタイム約2時間)”とある。行くべき尾根筋は下から見えており、ここのブッシュを乗り切れば後は岩場の連続のようだ。今日の天気なら眺めは最高だ。ほんとうにもったいない。しかし、時間はまだ1時間30分くらいかかるだろう。結局ここで30分程度格闘したことになるだろうか。力量を考えて敗退とする。

引き返し地点10:20-玖波霊園10:55-(車道)-JR大野浦12:25
元来た道を戻るのもつまらないので、一駅広島寄りを目指して下山道途中で左折する。霊園からは山陽自動車道(広島岩国道路)にほぼ平行して走る車道(標高50~100mくらい?)を行く。朝には秋風が心地よかったとはいえさすがにまだ夏の太陽である。

正面になかなか形の良い山が見える。あの方角に山があっただろうかとしばらく行くと、それは海の向こうの宮島・岩船岳であった。岩船岳は宮島(厳島)の主峰弥山からずっと南東の方角にある。宮島桟橋から頂上直下まで海岸線を歩ければそれだけ登りやすくなるのだが、その道は大潮の干潮時しか現れず、しかも岩だらけらしい。したがって、岩船岳に登るには弥山の山頂近くまで登ってそこから縦走をする形となる。そして帰りも同じ道を戻ってこなければいけない。本年2月25日に途中までいったが日没時間を考えて敗退した。日の長い季節であまり暑くないころ再挑戦をしたいと考えている山である。

その宮島の西側の海面には、ずっと向こうまで島影が途切れることなく連なっており美しい。周防大島(山口県)を中心とした島々であろう。ひょっとして佐田岬半島(愛媛県)も見えているのだろうか。

今歩いている道は旧・西国街道沿いの道で、すこし海岸線から上がったところにある。ここに”残念さん”という長州征伐戦争ゆかりの地がある。山陽自動車道に大きな看板がでており、いつも気になっていたところである。今日そこへ初めて寄ってみた。

幕府軍の軍使として長州軍に単騎向かっていた兵士を、長州軍があやまって狙撃してしまった。その軍使の名前は、丹後宮津藩士・依田伴蔵といい、”残念”といって絶命したという。

また、その近くに、吉田松陰腰かけの岩というのもある。たまにはウォーキングもいいものだ。