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渓畔林部分(計画延長4.6km)
・原則として既設林道の拡幅はしない(車道幅員3.0m)
・原則として大径木は伐採しない
二軒小屋から水越峠(標高約990m)を越えて少し下ります。さらにコンクリート橋を三つ(9号橋、8号橋そして7号橋)越えてしばらく行くと、スギがポツポツと生えている地点があり、いよいよ渓畔林部分に入って行きます。
渓畔林の範囲は、7号橋のやや下流(標高940m前後)から、6号橋(トリゴエ谷、標高770m前後)下流のカネヤン原(上ノ谷、標高754m表示)あたりまでとされています。渓畔林部分の長さ約5km前後に対して、その間の標高差は200m程度に過ぎず、ゆったりと歩ける勾配になっています。
細見谷の渓谷植生(特定植物群落)
「緑資源」幹線林道戸河内・吉和区間(大朝・鹿野線)は、もともと西中国山地の自然豊かな地域を貫いて走る林道です。したがって、自然環境保全基礎調査(通称「緑の国勢調査」)の対象となるような地域が含まれることは避けられません。
実際に確認してみると、「特定植物群落」として、「三段峡の渓谷植生」(城根・二軒小屋工事区間)と「細見谷の渓谷植生」(二軒小屋・吉和西工事区間)の二か所が選定されています。いずれも選定基準=A自然林、つまり最高のランクです。
「細見谷の渓谷植生」(特定植物群落)の始点は、9号橋付近(標高960m)となっています。そしてその範囲には、そこから十方山林道沿いに少し下ったところの細見谷「渓畔林」部分と、そのさらに先で、細見谷川がほぼ直角に曲がって流れる細見谷「渓谷」部分の両方が含まれています。
ところが、その位置図(生育地図)を確認すると、「渓畔林」部分が削除されてしまっていることが分かりました。つまり、大規模林道の予定ルートに当たる細見谷渓畔林を含む地域が、群落の指定範囲から除外されているのです。(三段峡でも同様のことが行われています)
日本生態学会では、こうした広島県による専門家の調査結果を無視したやり方に対して、遺憾の意を表明しています。(「「細見谷の渓谷植生」調査と人材育成」参照)
舗装するだけで林道脇の植生は破壊される
渓畔林に入ると、林道両側から高木層の枝葉が覆いかぶさり、林道上で日の光を浴びることはほとんどありません。そして、未舗装林道沿いの草地や林縁には数多くの植物が生育しています。1953年(昭和28年)完成の十方山林道は、今ではほぼ完全に自然の一部として溶け込んでいます。
林道沿いの植生について考える
ここで、「渓畔林部分(車道幅員3m)は舗装のみで拡幅せず」となっている点について、もう少し考えてみましょう。
河野昭一・京大名誉教授(植物学)は、十方山林道における植物相及び細見谷渓畔林の植物群落調査の結果について、次のように述べています。
「確認した植物の多くが、林道沿い(道端)の草地や林縁にも生育し、渓畔林のマント・ソデ群落の重要な構成要素となっている。従って、林道工事が進められるならば、これらの貴重な植物群落と希少種の生育地とが直接的に破壊されることは明らかである」。(『細見谷と十方山林道(2002年版)』河野・米澤p.11)
そこに掲載されている写真の説明文は、「極めて多様性に富み、貴重種も確認された十方山林道の道端の植生:特に夏季は大半の部分でA~B間(林道両端の生育地の間=筆者注)が3m以下になり、拡幅の有無に関わらず舗装だけで植生は確実に破壊される」となっています。
ここで、私にとって疑問点が一つあります。
それは、十方山林道そのものは、約50年前に新設された林道である、という事実から生じる問題です。林道がない状態、すなわち50年以上前の渓畔林には、「林道沿いの植生」というものは存在しなかったはずだからです。十方山林道における「林道沿いの植生」の位置付けについては、今後の勉強課題としておきたいと思います。
水生昆虫のことなど
いずれにせよ、林道の舗装工事は、植物に限らず水生昆虫、陸生貝類、両生類・は虫類など、林道脇の湿地で暮らす生物たちにとっても大打撃となるでしょう。
水生昆虫といえば、『細見谷と十方山林道(2006年版)』編集時のことを思い出します。
編集も大詰めを迎えた2006年4月(平成18)になって、細見谷におけるカワゲラ目とトビケラ目のデータを竹門康弘助教授(京都大学防災研究所水資源環境研究センター)からご提供いただきました。このような生の調査データを扱わせていただいていいのだろうかと感激しながら、Excel(表計算ソフト)を使って編集用にまとめることができたことに感謝しています。
最近になって、研究成果の一つとして、竹門助教授から調査依頼を受けた井上栄壮(信州大・繊維学部)氏による「水性昆虫の生息状況からみた細見谷の特徴とその貴重性」と題する研究発表(2007年3月20日)が行われました(第54回日本生態学会松山大会)。
細見谷の水生昆虫相の特徴として、種構成の特異性及び種多様性の高さが挙げられるそうです。この水生昆虫こそ、細見谷渓畔林の生物多様性を根底から支えているといってよいでしょう。
両氏の専門であるユスリカ科の調査結果については、現在学術誌への投稿を検討中とのこと、今後の論文掲載が楽しみです。
林道下の伏流水は命水
十方山林道上には、晴れの日でもいつも水たまりができています。細見谷川(渓畔林)に向けて、両側の山からたえず水が流れ落ちているためです。梅雨時ともなれば、雨上がりの日でも林道上を川のように勢いよく水が流れています。
夏になると、林道上のあちこちの水たまりで、十数頭のミヤマカラスアゲハがそろって吸水活動をしているのを見ることができます。
山側から流れ落ちる水は、林道下を伏流水として通り抜けています。あるいは、林道上を流れる水は、それらの水みちを断ち切られたものが、あふれ出しているのかもしれません。
いずれにせよ、「十方山林道の水越峠の下流4km以内の渓畔林において、その渓畔林沿いの林道下には山地斜面からの伏流水がいたるところで流入し、林道下50cm以浅を通過して渓畔林に豊かな伏流水を供給していることが判明」しています。(『細見谷と十方山林道(2002年版)』中根・田上p.31)
十方山林道の舗装化工事では、大がかりな地盤の掘削はしないことになっているそうです。しかし、それでも35~40cm程度は掘り下げて路盤作りをしなければいけないようです(後述)。そうすると、地下の水みちを完全に遮断してしまう可能性が出てきます。
林道の地盤支持力は極めて弱い
十方山林道の「路床支持力(CRB)はおおむね2」ということが、第5回検討委員会で話題に上っていたようです。
路床支持力とは、地盤の強さのことで、最も軟弱な0から非常に強固な12までの段階で表します。十方山林道の2は、非常に脆弱な地盤ということを意味しています。そうした場所に道路を作るには、まず第一に、しっかりとした路盤作りから始めなければなりません。
それにもかかわらず、「機構の説明では、透水性を確保するために、大がかりな地盤の掘削はせず、25センチの下部路盤の上に10センチの厚さに砕石を敷き、その上に5センチほどの透水性舗装を施すだけ」だけだといいます。(「細見谷に大規模林道はいらない」2006年8月10日付け)
このような路盤の上に作られる透水性舗装道路の耐久性は確保できるのでしょうか。さらに、透水性舗装道路が車道に適用された例はあるのでしょうか。車が頻繁に通っても大丈夫なのでしょうか。
多孔質の構造をした道路は、繰り返される高速洗浄や冬場の凍結にどこまで耐えられるのでしょうか。透水性舗装道路の耐久性に関して、あまりにも多くの疑問点が残っています。
細見谷林道工事(二軒小屋~吉和西工事区間)の大部分は、廿日市市内で行われます。つまり、完成後の大規模林道の大半は廿日市市に移管されることにななります。透水性舗装道路の維持管理費はどのくらいの額になるのでしょうか。その他、もろもろの経費・手段等も含めて、廿日市市当局の説明には「環境保全措置」に対する透明性が求められています。
待避所設置は林道拡幅と同じこと
何度も繰り返すことになりますが、〈渓畔林部分(車道幅員3m)は舗装のみで拡幅せず〉となっています。当然ながら、対向車同士の離合はできません。そこで、林道上に適度な間隔(約140mごと)で待避箇所を設けることになっています。これでは、林道を拡幅するのと同じではないでしょうか。大切な道路両端の植生や小動物のすみかは完全に破壊されてしまうことでしょう。
また、待避所を設けるために高木層が切り倒されるならば、日の光が直接地面にまで達するようになり、渓畔林内の温度が上昇することが懸念されます。加えて、多量の排気ガスの影響も心配です。しかしながら、これらの伐採によってどのような影響が出るかは、まだよく分かっていません。
十方山林道の要所
下山橋
十方山林道をさらに下ると、下山橋(標高880m前後)に至ります。そこから、下山林道が南に向って十方山〈南西〉尾根を登っています。この下山林道は、計画では下山橋(十方山林道)と立野キャンプ場(細見谷渓谷の下流部)を結ぶ予定だったようです。
しかしながら、工事は両端から進められたものの途中で廃止となりました。したがって、今現在の下山林道は、下山橋から延びる下山林道(今でも車走行可能)と、立野キャンプ場から細見谷〈渓谷〉左岸沿いを行く下山林道(廃道)の二つの部分に分かれて残っています。(「下山林道の建設」参照)
参考:私の山行記(3)
二軒小屋から十方山林道を下山橋まで行き、そこから下山林道に入り、十方山〈南西尾根〉をバーのキビレで乗り越して、セト谷に入ったことがあります。その時はその後で、今度は十方山〈南尾根〉(立岩貯水池のそばに登山口あり)に取り付き、そのまま十方山山頂~シシガ谷コース~十方山林道経由で二軒小屋まで帰り着きました。(次弟同行、2006年8月13日)
十方山林道から分岐する下山林道を登り、十方山南西尾根に乗って南西に行くと、黒ダキ山(1084.8m)に至る分岐があります。そこを左折して黒ダキ山を通り、細見谷渓谷沿いの下山林道に下り、立野キャンプ場に至ることができます。
私が初めて立野キャンプ場から黒ダキ山に登ったのは、インターネットで知り合ったIさんとの初めての同行登山でした。(2005年5月14日)
マゴクロウ谷など
下山橋から十方山林道をさらに少し下った地点(右手)にマゴクロウ谷がある。この谷を登れば、広島・島根県境尾根(横川越、ボーギのキビレ)です。
戦前の宮本常一は、二軒小屋から水越峠を越えて細見谷川沿いに下りました。そしてマゴクロウ谷を登り、県境尾根を乗り越して、広見谷(島根県側)に向けてオオアカ谷を下ったものと思われます。(前述)
もちろん、まだ十方山林道はできていない時代のことです。ただしその頃は、広島・島根両県の村人が管理するしっかりとした踏み跡があったはずです。
十方山林道をさらに下ると、6号橋(林道上の標高786mを西に回りこんだ地点)があり、その先右手にトリゴエ谷(標高770m前後)があります。トリゴエ谷を詰めると、京ツカ山1129.6m(広島・島根県境尾根)に登ることができるようです。山向こうの島根県側には、ジョシ谷やコアカ谷があります。
参考:私の山行記(4)
私には、インターネットで知り合った山友達が何人かいます。その中のお一人が主宰するグループに特別参加させていただき、広島・島根県境尾根を中心に数回ご一緒したことがあります。
その第一回目の山行(2008年4月12日)が、京ツカ山でした。島根県側の広見林道からコアカ谷を登り、県境尾根を西向きに少し行って、京ツカ山三等三角点(点名・中尾)を見つけることができました。多少コースは異なるものの、往路下山しました。
実はこの時の予定は、十方山林道~マゴクロウ谷~ボーギのキビレ(県境尾根)~京ツカ山でした。しかし、降雨後のマゴクロウ谷の水量を考えて回避したのです。
マゴクロウ谷を登るチャンスは1年半後に訪れました。同じグループで、十方山林道~マゴクロウ谷~ボーギのキビレ(県境尾根)を登ることができました(2009年11月15日、コースは多少異なるが往路下山)。同年6月20日、単独でマゴクロウ谷に取り付いて横川越(ボーギのキビレ)を目指し、あえなく途中敗退していただけにうれしい山行でした。
ワサビ田
十方山林道沿いには、ワサビ田がいくつかあります。いずれもここ数年のうちに再開されたものばかりで、まだ出荷量はほとんどない状態のようです。
林道上の標高824m地点の東側対岸にあるものは、オバコ谷の清流を利用したもので、さらに、もう二か所、こちらはいずれも林道右岸上部にあります。長者原下ノ谷(林道上の標高830m台)と、カネヤン原(標高754m表示)の少し上流にあるノブスマ谷(林道上の標高770m台)のものです。
これらワサビ田の面積はそれ程大きなものではありません。今後、産業として成り立つ規模に育てるとするならば、どの程度の栽培面積を必要とするのでしょうか。十方山林道沿いに、それだけ開墾できる場所があるのでしょうか。吉和地区全体における現在の収穫量と比較しながら、きちんとした数値が示されるべきと考えます。
カネヤン原
6号橋(トリゴエ谷、標高770m前後)からやや下ると、カネヤン原(上ノ谷、標高754m表示)です。
カネヤン原には営林署の作業小屋跡があり、外来種のオオハンゴンソウが辺り一面にはびこっています。これだけで、かつてこの辺りに人が住んでいたことが分かろうというものです。
カネヤン原は、新設道路の取り付き予定場所となっています。ところが、そこには落葉広葉樹の大木がたくさんあります。そして、動物たちの憩いの場となっていることが、最近の調査で分かってきました。(「七曲(新設部分)」参照)
注:このページは、電子書籍『細見谷渓畔林と十方山林道』アマゾンKindle版(2017年3月6日)の一部です。