2005年07月10日(日)、単独
環境保全調査検討委員会(第7回)を傍聴して
(HOTEL JAL CITY広島)
10:30~17:00
独立行政法人”緑資源機構”による「環境保全調査検討委員会」を<初めて>傍聴した。以下では、委員会を傍聴して思うところを述べてみたい。ただし、これはあくまでも感想であり、正確な傍聴記(議事録)ではないことをお断りしておきます。
この文章の目的として、「細見谷渓畔林と十方山林道」問題の存在を、最近始めて知ったというような方たちが、理解の手懸りを得られるような文章にしたい」、と考えて作成しています。
そのために、当日委員会で検討された内容そのものだけでなく、その背景を知る上で私なりに必要と考えた文章を追加しています。要するに、現時点での問題点について、自分自身の頭の中を整理するために書いた文章ということです。
・十方山林道の拡幅舗装化の是非について、科学的な検討を要望する
私の願いはこの一点につきます。以下の文章のなかで、この主旨に反する部分があればご指摘ください。どのようなことであれ、検討の上ただちに対応させていただきます。
---
委員会の正式名称は、<緑資源幹線林道大朝・鹿野線戸河内・吉和区間(二軒小屋・吉和西工事区間)環境保全調査検討委員会>という。 ここで工事とは、いわゆる<十方山林道、jipposan>(既設・未舗装)14.4kmを、拡幅舗装化(一部新設、一部舗装化のみ)する林道工事のことをいう。
地理的には、そのほとんどを広島県廿日市市吉和(はつかいち・し、よしわ)が占め、一部同県山県郡安芸太田町(旧戸河内町)地内となっている。
環境保全調査検討委員会は、動植物研究者5名で構成されている。そしてその目的は、緑資源機構によれば、「林道工事の実施に伴う影響の予測・評価及び保全措置を専門的、学術的な見地から検討する」ことにある。
なおここで検討の対象となるのは、林道が細見谷渓畔林を貫いて走る核心部分(7~8km)のみならず、その前後の渓畔林以外の部分も含まれることは当然である。
---
第一回目の委員会は、昨年(2004年)06月04日(金)に開かれ、座長に中村慎吾・比婆科学教育振興会事務局長を選んでいる。そして、事務局(緑資源機構側)の提出した環境保全調査報告書(案)について検討を開始した。
当初は、昨年8月末までに3回程度の委員会を開き、結論(2005年度工事着工のGOサイン)を出す予定であったようだ。しかし、環境委で異論が続出し、第2回目以降の開催は遅れ気味となった。結局、第3回目の委員会は、昨年末(2004年11月)に開催された。しかし、最終結論を出すまでには至らなかった。
この間、当初非公開であった委員会は、第2回から公開となっている。また、第3回委員会終了後、一般から意見書提出(提出期間2004年12月02日~12月22日)を求める措置が取られ、合計32件の意見書が提出された。
委員会は今年2005年に入ってからも開催を続け、今回の第7回を迎えた。この間に、意見聴取(6名から)も開催されている。委員の任期は今年7月末までとなっていたのだが、今日の委員会でも最終結論は出されなかった。そして、委員の任期は3度目の延長手続きがとられることになった。
実は最初、委員の任期は2004年10月末となっていた。それが、2005年3月末まで一度延期されたにもかかわらず結論を出すに至らなかった。そのため任期は7月末まで再延長されていた。したがって、今日7月10日(第7回)がいよいよ最後の委員会となり、何らかの結論が出されるのではないかとの懸念があったのだ。
委員会としては、機構側が現在提出しているデータだけでは<具体的事実や数値の裏づけが乏しく>、 委員会として「専門的、学術的な見地から検討する」ことはできない、ということのようだ。
しかしながら、それ以上に憂慮すべきは、委員会に提出された多岐にわたる課題について、検討委員5名だけで「専門的、学術的な見地から検討する」実力があるかどうかという点にある。
そして最も重要なことがある。それは、たとえ自分の専門分野に関することであっても、はじめから”林道工事着工ありき”の偏った立場から検討するならば、科学的な結論を導き出すことなどできない、ということだ。
---
西中国山地の最深部に位置する十方山・細見谷およびその周辺部では、今まであまり学術的な調査が行われてこなかったのは事実のようだ。しかし今、生物多様性に富んだ自然豊かな地域として注目を浴びており、各方面の調査が進むにつれて、その評価はますます高まっている。
こうした中で、最近、自然保護団体等一般市民による調査報告書が発刊された。「細見谷と十方山林道」(2002年)という小冊子(A4版82ページ)である。目次(三部構成)を見ると、”第一部 2002年細見谷学術調査報告書”となっており、広島県十方山・細見谷(渓畔林-水辺林)の小型サンショウウオや植物あるいは昆虫などの生物および地質に関する調査について報告をしている。
機構側が自前の科学的基礎データを持ち合わせていないのであれば、このような一般市民とも情報を共有することは必須の措置と考えられる。今日第7回委員会における機構側の最後の発言は、「情報を共有することもやぶさかではない」という意味だったのだろうか。それとも、「一般市民との連携を行うつもりはない」という方に力点があったのだろうか。後日議事録に記載があれば確認してみたい。
さて、検討委員5名で力不足の分野については、その都度、専門家を参考人として招聘して議論を深める必要があるだろう。 そうでなければ、再々度任期を延長して検討を繰り返したとしても、科学的な結論は得られるはずもない。それはただ単に工事着工に向けた儀式にすぎないものとなるだろう。
---
今日の委員会の前半部では、小型サンショウウオ類についての議題が続いた。小型サンショウウオには、私なりの思い入れがある。私が十方山林道へ足を踏み入れるきっかけとなったのが、2002年08月10日(土)の小型サンショウウオ観察会だったからだ。
観察会の成果は、小冊子「細見谷と十方山林道」(2002年)の一部としてまとめられている。そしてこの小冊子の編集責任者である原哲之さん(H.Noriyuki、農学修士、2005年04月06日死去)が私を細見谷に誘ってくださったのだった。
この時まで、サンショウウオといえば、オオサンショウウオの写真しか見たことはなかった。西中国山地に小型サンショウウオというものがいて、十方山林道沿いの清流にある小石をちょっとはぐれば、すぐに見つかる存在だなどとは全く知らなかった。このような状態こそ、十方山林道沿いの豊かな自然を象徴している。
西中国山地の特徴として、3種類の小型サンショウウオ(ブチサンショウウオ、ヒダサンショウウオ、ハコネサンショウウオ)の幼生が混生している点があげられる。十方山林道の舗装化は 、彼らの生態に対してどのような影響を与えるのであろうか。
機構側の提出した冠山(吉和冠山のことであろう)における観察データによれば、ハコネサンショウウオの産卵場所は、標高1050~1200m付近で、山から滲み出す湧水地帯(水温6~8度)にあるという。ならば、細見谷のハコネサンショウウオも、本来の生息場所とされる細見谷川本流(十方山林道付近、標高800m程度)から 、産卵場所までさかのぼる時期があると考えるのが自然だ。
十方山林道は、渓畔林部分では細見谷川右岸に沿って付けられている。そして、細見谷川右岸には、五里山系(京ツカ山~焼杉山)から数多くの谷(沢)が落ち込んでいる。これらの谷(沢)をさかのぼって産卵場所をめざすのだろう。もちろん、左岸に流れ込む十方山の谷(沢)でも同様の現象がみられるはずだ。
しかしながら、機構側では、細見谷のハコネサンショウウオの産卵場所は特定できていないという。また、林道を横断して移動するという事実も確認できていないらしい。既存の林道の影響評価もできない状態で、それを舗装化した場合の影響について議論するなどナンセンスだ。
---
検討委員会は、昼休憩を約1時間とるため(再開予定午後1時20分)一旦中断した。休憩前に、一委員から要望が出された。午後の検討委員会を公開する前に、クマタカの問題を非公開で検討したい。ついては、約20分くらい時間をいただきたいというのだ。これを受けて、非公開の検討委員会が、午後1時から20分位の予定で開かれることになった。
クマタカの営巣地が、デリケートな場所に一箇所、その他に一箇所見つかっている。そのため非公開での検討が必要と判断したという。そして検討の結果、(工事の影響を)回避する方法があり問題なし、という結論になったというのだ。
クマタカの問題は、はたしてほんとうに、20分程度の検討で結論の出せるような<軽い>問題なのだろうか。”はじめに開発ありき”で誤った判断をしている可能性はないのだろうか。そもそも、非公開にしている理由は何なんだろう。分からない事だらけだ。
---
西中国山地には、ツキノワグマが生息している。しかし、その数はけっして多いとはいえず、480頭程度(最小280頭~最大680頭)と推定されている。その大きな要因として、クマの生息環境である豊かな落葉広葉樹の森を伐採して、どんどん人工林(針葉樹林)化してしまったことがあげられるだろう。
山の中で十分なエサが得られず、また十分な行動範囲も確保されず、クマの個体群は孤立・分散化してしまっている。人里まで降りてくるクマも増えており、有害獣として駆除される例が後を絶たない。このままの状態が続けば、絶滅の恐れがあると懸念されている。
クマが安心して生息していける環境を整えてやる必要がある。クマの聖域(サンクチュアリ)という考え方もあるようだ。西中国山地の最深部に位置する細見谷こそ、クマのサンクチュアリとして最もふさわしい地域と考えられる。
<(細見谷は)ツキノワグマ個体群保全の要となる貴重な地域である。まさにツキノワグマにとってはここが最後のよりどころなのだ。(環境NGO・広島フィールドミュージアムHPより)>
傍聴席に、その「広島フィールドミュージアム」金井塚務(K.Tutomu)会長の姿があった。彼ならば、ツキノワグマに関する”GISを使用したGAP分析”などよりはるかに詳しいデータ、しかも細見谷そのものに関する足で稼いだデータを持っているはずだ。なにしろここ数年は、ほぼ毎週のように細見谷に入り、環境調査をしているのだから。
細見谷のツキノワグマが(その地で)冬眠しているかどうか不明(機構側)、といった低い認識レベルでは、科学的な議論を深めることはできない。そこで金井塚さんに聞けば、 冬眠地点として現在確認されているのは、例えば○○谷(細見谷の支谷の一つ)のあの辺りの大木のウロなど、合計何箇所といった答えが即座に返ってくるであろう。
クマが安心して生息できる落葉広葉樹の豊かな森は、豊かな水源ともなる。ヒトの生存にとっても欠かせないものだ。細見谷(標高800m位)の上部で植林事業を行って得られる利益(あるいは損失)とのバランスはどうなるのか。細見谷に関する豊富な観察データを持つ科学者を加えた真剣な討論を期待したい。
第6回検討委員会傍聴人有志によって、「ツキノワグマについての公開要望書」(2005年06月04日付)が提出されている。その中で、要望2として「金井塚務先生を、ツキノワグマの問題の参考人として、次回検討委員会に招聘されるよう要望します。」としている。しかし、今日第7回委員会ではこの要望は実現していない。
金井塚務先生は、西中国山地のツキノワグマ研究の第一人者であり、広島県野生生物保護対策検討委員・哺乳類分科会チーフ、広島県レッドデータブック見直し検討委員会委員(哺乳類)、広島県クマレンジャー(知識アドバイザー)、広島県第二次RDB検討委員会委員(哺乳類)、ツキノワグマ保護管理計画策定事業検討委員などを歴任、現在は西中国山地ツキノワグマ生息状況調査検討会委員、西中国山地ツキノワグマ保護管理対策協議会委員などを務めている。(上記”ツキノワグマについての公開要望書”より)
---
林道のすぐ側にオオウバユリの群落があり、舗装化工事によって消滅してしまう可能性があるそうだ。しかし、機構側の説明では、この群落に生息しているのは、ウバユリの変異型であり、オオウバユリ(別種)とは認めがたいという。各委員もそれで納得したのだろうか。
オオウバユリは、小冊子「細見谷と十方山林道」(2002年)に記載されている。同書P013の説明によれば、「広島県では標本に基づく初記録である。増補版「花のアルバム-広島(県)の自生植物-」(中国新聞社)に広島市安佐北区や芸北山地などの産地記述がある。高木哲雄(比婆科学128)には県東北部からの報告がある。広島県が南限と考えられ、分布上極めて重要。」としている。
米澤信道(京都成安高等学校教諭)は、2004年03月06日(土)”ひろしまの「生命(いのち)の森」・細見谷渓畔林、その未来を問う”の中で、細見谷のオオウバユリ(草丈2m40cm、花数27個)を紹介している。河野昭一京都大学名誉教授の調査グループとして同定の上、上記小冊子に記載された個体だろう。
「野草-見分けのポイント図鑑-」講談社(2003年)P186の説明によれば、ウバユリの産地は、本州(宮城、石川以西)、四国、九州であるのに対して、オオウバユリは北海道~中部地方の、ブナ帯以上の高山から寒冷地に分布、とある。また、両者の間には、草丈や花の数に違いがあり、オオウバユリは全体に大型で、花の数も多いという。
十方山・細見谷の渓畔林は、「冷温帯」(ブナ林)の中で本州最西端に奇跡的に残された自然林として高い評価を受けている。北からの道に連なる落葉広葉樹林の豊かな森だ。その南側には、南からの道に連なる照葉樹林帯(常緑広葉樹林帯)がある。西中国山地周辺部は、東アジアの植生を南北に2分するような異なった自然環境の接点となっている。
オオウバユリは、「広島県が南限と考えられ、分布上極めて重要」(上記・細見谷と十方山林道より)であり、学術的検討(種の同定)が必須であろう。このような課題を前にして、わくわくするような議論ができないのであれば、当委員会のメンバーはもはや(動植物)研究者とはいえない。
---
「廿日市・自然を考える会」、「森と水と土を考える会」、「広島フィールドミュージアム」の会員等は、その都度公開質問状を提出して、検討委員会の公明正大な運営および科学的な議論の深まりを求めている。機構および検討委員会の誠実な対応を望むものである。
「森と水と土を考える会」は、十方山林道問題に初期のころから一貫して取り組んでいる。そして、<(自前で)現地調査を続け、情報提供・質問・要望を繰り返している 。(けいこの花だよりHPより)>
今年もすでに数回、特に<林道新設部分>について、現地調査を行っているようだ。調査によって新たな問題点が浮かび上がってきたという。林道新設部分で渓畔林部分を大きく削り取る計画となっていることが分かってきたのだ。
そこには豊富な樹種の巨樹が林立しており、工事用杭番号や図面と照らし合わせてみると、伐られてしまうのではないかと思われるものがたくさんあるという。巨樹は残すという方針のはずだが、<林道新設部分>では地盤の脆弱さ、ばかりに目がいって、貴重種(絶滅危惧種)や巨樹の調査はほとんどなされていなかった。
これらの新たな調査結果も機構側に届けられている。検討委員会で、拙速に結論を出すことなく、慎重に検討をしていただきたい。
---
”21世紀は環境の世紀”である。自然は確実に痛んでいる。もしかすると回復不可能な段階まで進んでいるのかもしれない。将来を見据えて現状を確実に把握しておく必要がある。細見谷渓畔林(十方山林道)も例外ではない。 そのために時間をかけてかけすぎということはない。ここで一度壊した環境は、再び元に戻ることはないのだから。
サイエンスを理解できないジェネラリストなど百害あって一利なしだ。