クマ目撃情報多発(広島湾岸トレイル)

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広島湾岸トレイル沿いのクマ目撃情報

2016年(平成28)は、全国各地でクマの出没が相次ぎました。今年(2017年)春になり、その傾向はますます強くなっています。秋田では人食いクマが話題となり、広島県でのクマ目撃情報も里山のみならず市街地にまで及んでいます。

そうした里山や市街地は、私たちが愛する広島湾岸トレイル上の里山そのものであり、またそれよりも内側(瀬戸内海寄り)の市街地になります。

「クマと人との距離」は確実に近づきつつあるようです。

ヒトとクマが、適切な距離を保ちつつ暮らしてゆくにはどうしたらよいのでしょうか。クマ問題は、今や広島湾岸トレイルを歩く私たちにとっても、避けて通ることのできない重要な検討課題となってきました。

広島湾岸トレイルは、大都市隣接周回型のロングトレイル

ここで、広島湾岸トレイル(HWT)について簡単にご紹介します。

広島湾岸トレイルは、広島湾を取り囲む4市5町(広島市、呉市、江田島市、廿日市市、安芸郡海田町・府中町・坂町・熊野町及び山県郡北広島町)にまたがる里山・里海をつなぐロングトレイル(長距離を歩く旅コース)です。

広島湾岸トレイルは、世界でも類を見ない大都市隣接周回型のロングトレイルです。広島湾を周回するコース上では、要所要所で瀬戸の海に浮かぶ島々を眺めながら、トレイルの前後を見通すことができます。なお、陸路全長は約289.1kmになります。

広島湾岸トレイルは、「広島湾岸トレイルの開発、維持、管理、運営をすることでコース周辺市町の地域振興、観光振興、登山振興を図る」ことを目的としています。そして、目的遂行のために広島湾岸トレイル協議会を設置しています。

協議会メンバーには、各地域の山・環境団体が団体会員として参加しています。そのほか、こうした組織に所属しない個人を主に受け入れるため、広島湾岸トレイル倶楽部があります。そして、同倶楽部もまた団体会員の一員として活動しています。

つまり、HWT協議会は一般市民によるボランティアで成り立っている組織です。

HWT協議会発足一周年記念行事で広島市内の里山に入る

HWT協議会は、2016年4月5日(平成28)に設立されました。そして、今年2017年6月4日(日)、発足一周年記念行事として、TC1000「トレイルウォーク&クリーンアップ1,000人大会」(略称:TC1000、ティーシーセン)を実施して、コース上の全36会場(前日開催3会場を含む)で空き缶などのゴミ拾いを実施しました。

なお、6月4日は、広島県山の日(正式名称:ひろしま「山の日」、毎年6月の第一日曜日実施)に合わせたものです。

私はTC1000当日、広島湾岸トレイル倶楽部本隊の責任者として、広島市安佐北区の里山(螺山~茶臼山)に入りました。その螺山の登山道入口には、「2011年5月31日(平成23)、登山道上でツキノワグマ2頭(小グマ2頭、表記のママ)が登山者によって目撃された」という意味の注意書きがあります(安佐北区役所区政振興課・農林課)。

螺山では、クマは最近でも目撃されているようです。TC1000の一週間前(5月28日)、地元の方に話を聞きました。その方の言うには、少し離れた位置関係でクマとにらめっこになった。目をそらさずにいたらクマの方から去っていったそうです。なお、螺山の山中にクマ棚があるという話は以前聞いたことがあります。

最近の中国新聞記事でも、クマが連続で取り上げられている

中国新聞記事(2017年6月9日付け)は、「阿品台一帯クマ目撃相次ぐ、廿日市の団地 学校や公園付近も」と報じています。広島県西部にある海岸(瀬戸内海)近くのこの団地は、開かれて三十数年、一度もクマ情報などなかった地域です。

広島湾岸トレイル(極楽寺山~折敷畑山~船倉山)のラインよりも海側の話です。つまり、クマは湾岸トレイルの各里山を通って、西中国山地(広島・山口・島根県境尾根周辺)から侵入してくるものと思われます。広島湾岸トレイルを歩く場合にも、何らかのクマ対策を講じる必要がありそうです。

付け加えるならば、同紙6月4日付け記事では、広島市内の東区上温品でのクマ目撃情報を伝えています。

「2017年6月4日付け」、クマよけ鈴 過信は禁物、秋田県のクマ襲撃による死者(図)など
「2017年6月9日付け」、阿品台一帯クマ目撃相次ぐ、廿日市の団地 学校や公園付近も

とにかく出合い頭の衝突を避けることが大切

1)クマよけ鈴に頼ることなく、複数人で声を出しながら行動する

ヒトとクマがお互いに余裕のある距離で出合った場合、事故になる確率は低いと考えられます。出合い頭の衝突が一番怖いとされています。だから、私がかつて西中国山地によく入っていた頃は、必ずクマ鈴を鳴らすようにしていたものです。

先ほどの螺山の例でも、「クマは物音に気づくと自分から逃げていきますので、山にお出かけになる場合は、鈴・笛・ラジオ等の音を出しながら歩かれるよう、ご配慮ください(原文のママ)」と呼び掛けています。

ところが、最近のクマはクマよけ鈴の音に反応しない(逃げてくれない)とも言われています。「山中に道路ができてクマが人工音を聞く機会が増えた」(中国新聞記事2017年6月4日付け)ことが原因との指摘もあります。もちろん、歩行停止中に鈴は鳴りません。また、沢音などで鈴が聞こえないこともあるでしょう。

秋田県自然保護課の担当者は、(やむを得ず)「山に入る場合は、鈴より人間の声が効果的なので、複数で入山して声を出してほしい」と呼び掛けています。(同6月4日付け記事)

クマよけ鈴だけに頼ることなく、できるだけ複数で入山して人の存在を示すことが、出合い頭の衝突を避けるための最も基本的な対策と言えそうです。

2)一人離れるときが危険(万一のときはクマの目を見てゆっくり後ずさり)

単独でのタケノコ採りやお花摘みで油断は禁物でしょう。

もし万一クマと遭遇したら、クマの目を見据えて、ゆっくり後ずさりするのがよいとされています。間違っても背中を見せて逃げてはいけません。クマ(四足)の方がヒト(二本足)よりも絶対的にスピードがあります。追いかけられたら勝負になりません。

クマはヒトを食べるか

秋田の人食いクマ(ツキノワグマ)が話題となっています。北海道のクマ(ヒグマ)はヒトを襲うことで知られていますが、ツキノワグマも常にヒトを襲うのでしょうか。

ツキノワグマは、決して草食動物ではありません。ブナの若葉や花芽あるいはドングリの実などだけを食べているわけではないのです。本来が雑食であり、動物の死体はごく普通に食べています。

また、最近クマが里に下りてくるのは、ヒトの食べ物の味が良くてそれを覚えたからとも言われています。実際、里で殺処分されたクマの栄養状態はかなり良いそうです。

山での暮らしに困って(山の食糧が乏しくて)里に下りてくるばかりではないようです。それにしても、生身のヒトの味が好みのクマばかり増えると大変なことになりますが・・・

ニホンツキノワグマに関して、私は幾つかの文章を書いています。『細見谷渓畔林と十方山林道』2017年Kindle版(初出:自費出版『細見谷渓畔林と十方山林道』2007年10月)

今、クマの生息域で何が起こっているのでしょうか。アマゾンKindle版を基にして、改めて考え直してみることにしましょう。

細見谷は生物多様性の宝庫

細見谷渓畔林とは

十方山・細見谷には細見谷川が流れています。そしてその流域には、西南日本随一と言われる細見谷渓畔林が発達しています。

細見谷渓畔林の高木層は、ブナ、イヌブナ、サワグルミ、トチノキ、ミズナラ、オヒョウ、ミズメ、ナツツバキ、ミズキ、コハウチワカエデ、ハリギリ、イタヤカエデなどの落葉広葉樹で形成されています。そして、それらの下には、亜高木層、低木層そして草本層に属する実に多くの種が存在しています。もちろん、それに伴って、渓畔林では多くの種類の動物たちが暮らしています。

細見谷渓畔林の特異性

河野
かわの
昭一
しょういち
・京都大学名誉教授と米澤
よねざわ
信道
のぶみち
・京都成安高校教諭は、2002年に相次いで初めて細見谷を訪れました。そしてそれ以来、「森と水と土を考える会」を中心とした一般市民と共に、細見谷の植物調査を開始しました。

そして、細見谷渓畔林を植物社会学的視点から群落調査した結果、「チュウゴクザサ-サワグルミ群集」(新称)として認識するに至った、として次のように述べています。(『細見谷と十方山林道(2002年版』p.20、以下、「」内全て引用)

「高木層にはサワグルミ、トチノキ、ミズナラが高頻度に出現し、ブナ、イヌブナ、イタヤカエデ、ハリギリ、オヒョウなどが中~低頻度で出現している。また、本群集の特徴の一つとして、オニツルウメモドキ、ツタウルシ、ゴトウヅル、イワガラミ、ヤマブドウなどの"つる"植物が高木層まで達し、日本固有の独特な温帯性落葉樹林の相観を示している。とりわけ、オニツルウメモドキは直径10~20cmになるものが測定され、また、ヤマブドウも10cmになるものが測定されるなど驚異的な太さのものが随所にみられた。この事実は、この地域の渓畔林が長年にわたって伐採されること無く、原生林状態を維持してきたことの証左である」。

「また、低頻度ながら、オシャグジデンダ、ミヤマノキシノブ、シノブなどの着生シダの生育が観察されたことは、森林の極めて高い安定状態と空中湿度の高さを示すものとして特筆される。高木層は30~35mに達し、林床はかなり薄暗く、湿潤である。また、下低木層には、チュウゴクザサが最高頻度で出現し、林床の大半を埋め尽くす最高被度を示す。また、被度はやや低いがハイイヌガヤも高頻度で出現する。草本類の発達は、そのためやや貧弱であり、「ジュウモンジシダ-サワグルミ群集」に見られるようなシダ植物が優占する状態は見られない」。

「このように下低木層にチュウゴクザサや常緑低木のハイイヌガヤが優占するため草本層の繁茂率がやや低いのが本群集の特徴である。とはいえ、わずかな隙間に、少なくない草本や、幼木が見られる。そのため、より高い位置の安定したブナ林に比べると、多くの種数を数えることができ、1コードラートあたり最少で15、最多で37種の構成種が確認された。合計10のコードラートでは、実に113種を数えることができ、本群集の種多様性は極めて高い。その点でも注目に値し、第一級の保全対象と言えよう」。


いのちの森・西中国山地

田中
たなか
幾太郎
いくたろう
(元・中学理科教師、1939年生)さんは、島根県益田市在住でツキノワグマ研究家でもあります。猟師だった祖父に連れられて幼少の頃より自然に親しみ、中学生時代以降は西中国山地の深山を歩き続けてきた人です。

『いのちの森・西中国山地』光陽出版社(1995年)では、そうした自身の実体験を元に、古老が語る昔の思い出話を織り交ぜて、“いのちの森”西中国山地再生への熱き思いを語っています。

同書に登場するのは、ヤマネ、モモンガ、ムササビ、カワウソ、ゴギ、ヤマメ、サケ、アユ、カマキリ、カジカ、ドンコ、モクズガニ、カエル、ウスバシロチョウ、シカ、クマタカ、オオカミ、ヘビ、そしてクマと多種多様です。

細見谷には、ツキノワグマをはじめ多くの動物たちが暮らしています。カゲロウなどの水生昆虫あるいは陸生貝類、小型サンショウウオやニホンヒキガエルなどの両生類、ほ乳類では、モグラ目やコウモリ目、ウサギ目(ノウサギ)、ネズミ目(モモンガ、ムササビ、ヤマネなど)、ネコ目(ツキノワグマ、キツネ、タヌキ、テン、イタチ、アナグマ)、ウシ目(イノシシ)というように多岐にわたります。空に舞うクマタカを見かけることもまれではありません。また最近では、オシドリ繁殖の可能性が示唆されています。生物多様性の宝庫と言われるゆえんです。

細見谷の王様・ニホンツキノワグマ

ニホンツキノワグマは独立した種である

小澤智生(名古屋大学理学部地球環境科学専攻教授)は、分子系統解析(DNA分析)と化石の記録を突き合わせることによって、「日本の動物相の起源や現在の生物相がどのように成り立ってきたのかということについて研究」しています。

小澤によれば、「ツキノワグマは西はイラン高原からカシミール、インドシナ、チベット、中国南部、台湾、中国東北部から沿海州、そして日本列島にいたる8つの地域集団(分類学的に8亜種)から構成され」るとしています。(以上、「」内引用)

その中で、日本産ツキノワグマ(ニホンツキノワグマ)と大陸産のそれでは、たてがみの様子や頭蓋の形状が異なっており、大陸産ツキノワグマは、ヒマラヤグマあるいはアジアクロクマとも呼ばれています。

そうしたことも踏まえて、小澤は、ニホンツキノワグマを亜種ではなく独立した種にすべきとの考えを示しています。

日本国内のツキノワグマ分布

全国のツキノワグマの分布状況をみると、東北から関東・中部そして近畿の山地にかけて、ほぼ連続した分布域が認められます。分布の中心は、東北地方の岩手、山形、秋田3県と中部地方の長野、岐阜両県になります。

近畿地方の比良山地や丹波山地など日本海側に面した山地における分布域は、兵庫、岡山、鳥取の県境付近まで広がっています。そして、そこが東北地方からの連続分布域の西限となっています。

本州ではそのほか、紀伊山地と西中国山地に隔離された孤立分布域が存在します。四国の地域個体群は、現在では剣山(つるぎさん)山系(徳島・高知県境)だけに分布域が縮小しています。その推定生息頭数は十数頭から数十頭であり、繁殖は確認されているものの、このままでは絶滅の可能性が高いと考えられています。また、九州ではすでに絶滅したとされています。

上記の地域個体群は、いずれも環境省レッドデータブックの「絶滅のおそれのある地域個体群」に指定され、狩猟は禁止されています。

なお、ツキノワグマの場合、絶滅を回避できる個体数(最少存続可能個体数MVP:minimum viable population)は100頭以上とされています。

西中国山地のツキノワグマ

『吉和村誌・第1集』p.112には、「クマについては、中国山地では、1959年、14頭が確認され、内備北山地3頭、芸北山地6頭、石見山地5頭」と書かれています。

注:備北びほく(広島県東部(備後国)の北部)
芸北げいほく(広島県西部(安芸国)の北部)
石見いわみ(島根県西部)

ここで確認の意味は、目撃したのみなのか捕獲数を表わすのかはっきりしませんが、いずれにしても昭和30年代半ばには、クマが山里に出ることは少なく、したがって、一般住民がクマと接触する機会は非常に少なかったものと思われます。

しかしながら、西中国山地のツキノワグマ個体群は、近年生息域を拡大しつつあります。そして今では、里山に居ついたかと思われるようなクマ(平成クマ、田中幾太郎さん命名)まで現われるようになり、それに伴って、クマ捕獲数(駆除数)は増大しています。広島・島根・山口3県について、その数値を年度別にまとめると次のようになります(中国新聞各種記事より)。

2002年度:捕獲139頭(駆除129)
2003年度:捕獲47頭(駆除36)
2004年度:捕獲260頭(駆除233)
2005年度:捕獲32頭(駆除17)
2006年度:捕獲249(駆除205)

西中国山地におけるツキノワグマ生息状況に関する新しい調査結果が、西中国山地ツキノワグマ保護管理対策協議会(広島・島根・山口3県)から公表されています。(2006年6月6日付け「中国新聞」地域ニュース)

それによると、2004年と2005年の調査において、推定生息数300~740頭(1998年~1999年、推定480±200頭)、生息エリア約7千平方km(同、約5千平方km)、最高密度地域では3.4平方km/頭(同、3.2平方km/頭)となっています。6年前と比べて、個体数は微増、生息エリアは約1.4倍に拡散しています。

なお、ここでいう西中国山地とは、広島・島根・山口3県境付近を中心として、西は山口市の西部から、東の広島・島根・鳥取県境に至る地域を含んでいます。そして、新たな生息域に下松市が加わり、周南市や大田市などでエリアの拡大が目立った、としています。

クマの大出没と大量捕殺

2004年度、2006年度は、全国的にクマが大出没して社会問題化した年でした。その後、2010年にもピークがあります。

全国の捕獲数は、2004年度2,546頭、2006年度5,185頭で、ほぼ9割が捕殺されています。そのほかの年度の捕獲数はおおよそ1,100~1,600頭/年で、いずれの年もほぼ9割が捕殺されています。(環境省データより)

なお、全国の推定生息頭数は、1万~1万5千頭とされているようです。通常年度では、推定生息頭数の約一割を捕獲していることになります。

さて、広島・島根・山口3県では、2004年度は260頭が捕獲され、放獣27頭を除いて233頭が駆除(殺処分232頭、動物園1頭)されています。2005年はクマの出没は少なく、駆除数も3県で17頭が確認されたのみでした。

しかしながら、この4年間(2002~2005年度)の駆除数415頭という数値は、推定生息頭数の中央値である520頭に近いものとなっています。

2006年度は、捕獲249(駆除205)でした。したがって、この3年間(2004~2006年度)の駆除数は455頭となります。これまた推定生息頭数にせまる数値となっています。

推定生息頭数とは、限られた条件のなかで割り出されたものであり、一応の目安として取り扱われるべき数値であるとはいうものの、3~4年間で生息頭数に近い数のクマを捕り尽くしたとすれば、やはり大変な数であることは間違いありません。

ちなみに、広島・島根・山口3県における除去頭数の上限目安値は、年間52頭(推定生息頭数中央値の1割)とされています。計算上は、推定生息頭数520頭と同数のクマを10年間で獲るということになります。

参考までに、ツキノワグマが繁殖可能となる年齢については、「一九八三年に秋田県が出した報告書によると、雌は三歳で繁殖可能なものもいるが、ふつうは四歳で初産となる。また雄でも三歳から可能になり始め、一般には四歳から繁殖能力を有する」のだそうです。(『山でクマと会う方法』pp.111-112)

細見谷渓畔林のツキノワグマ

細見谷渓畔林では、大量捕殺の年(2004年)に越冬したクマが複数確認されています。そして、2005年9月にはクマの当歳仔が定点観測カメラによって捉えられました。繁殖の確実な証拠であり、同渓畔林の豊かさを示したものと言えるでしょう。

とはいうものの、細見谷においても大量捕殺のダメージは大きく、クマの痕跡は大幅に減少し、定点カメラが捉えるのは小型の若い個体ばかりだそうです。

それでもなおかつ、「比較的生産性が豊かな細見谷渓畔林は、西中国山地のツキノワグマ個体群の保全にとってきわめて重要な位置にあり、同渓畔林の多様性保全は西中国山地に生息する個体群復活のキーポイントとなる」としています。(『細見谷と十方山林道(2006年版)』金井塚務p.21)

細見谷をクマの聖域にしよう

落葉広葉樹の森の生産性が低下している

クマは、西中国山地(広島・島根・山口県境尾根及びその周辺地域)にある十方山・細見谷の王様です。細見谷ではニホンツキノワグマが食物連鎖の頂点にいます。ツキノワグマの現状と将来について、金井塚務は2006年には既に次のように述べています。

「西中国山地のツキノワグマの生息域は年々拡大の傾向を示し、現在もその傾向は続いている。これは個体数の増大を反映したものではなく、生息密度の低下に伴う分散で、本来の生息域の環境悪化が原因と考えられる。こうした傾向が続くと、繁殖の出会いの機会が減少し、個体群は衰退の一途をたどることになる」。(『自然保護』2006年11/12月号(No.494)pp.40-42)

西中国山地では、おおむね標高800mくらいを境に、それより標高の高い深山で暮らすツキノワグマと、それより下で暮らす人々とのすみ分けができていました。それが近年になって、クマの生息域は急速に拡大してきているようです。

クマの生息域拡大の原因について、豊原源太郎は、金井塚同様の見解を示しています。

「(クマ生息域拡大の)主な原因は、個体数の増加にあるのではなく、むしろかつてあったような生産性豊かな落葉広葉樹林(渓流も含む)の減少と生産性の低下が急速に進行したことによる」と考えられます。(『細見谷と十方山林道(2006年版)』豊原源太郎p.28)

落葉広葉樹の豊かな森とその恵み

広島フィールドミュージアム(金井塚務会長)では、2002年10月の予備調査(翌月本格調査開始)以来、細見谷に週1回のペースで通い、ツキノワグマをはじめとする哺乳類の調査活動を継続しています。

そうした中で、クマの季節ごと食餌メニューについて書かれた文章があるので紹介してみましょう。同ミュージアム副会長の杉島洋さんが、中国新聞「日曜エッセー」欄に、「クマのすめる森づくり」と題して書いた文章の一部です。(中国新聞2008年2月10日付け)

「クマの食餌メニューは多彩だ。春、ブナの新芽。五月、オタカラコウ、シシウドといった野草。六月、ササの若芽。カラマツの樹皮をはぎ、樹液をなめる。夏にかけ、サクラの実を求めて木に登り、倒木をひっくり返してアリやその卵を食べる。樹洞にスズメバチ、ミツバチの巣を探す。秋、クリやドングリの枝を折り取りながら、実をむさぼり、サルナシなどツル植物の実りも大量に食する」。(以上、「」内引用)

ドングリなどの堅果類やサルナシなどの液果類の他に、アリやハチなども食べており、一年を通してみると、実に多彩な食餌メニューとなっていることが分かります。生息環境が多彩である(生物多様性が高い)ほど、クマにとって暮らしやすい環境だと言えるでしょう。

落葉広葉樹の豊かな森は、クマの楽園

環境庁の成果物の一つである「動物分布調査報告書[哺乳類](昭和56年/全国版その2)」をみると、「地方別のツキノワグマの分布は,一見して,本州,四国および九州における落葉広葉樹林の水平的分布とよく一致したものになっている」として、次のように述べています。

「地方別にみると1kmメッシュ総区画数に占めるブナ帯区画数およびツキノワグマ生息区画数の割合は同一傾向を示し,ブナ帯区画率の順と生息区画率のそれとは同一となっている。このことは両者の間に正の相関関係が成立することを示唆するものである。(中略)これにより,概して東日本で濃く西日本で薄いツキノワグマの分布のパターンが植生から説明することができる」。(以上、「」内引用)

ツキノワグマが相対的に少ないとされる西日本の中で、西中国山地には、田中幾太郎さんがいつも語るように、猟師すら近づかないほどの深い深い森があり、その豊かな森ではツキノワグマが人知れず暮らしていたのです。

そのようなブナを始めとする落葉広葉樹の森は、林道開通とチェーンソーや架線(ケーブル)の導入であっという間に伐採されてしまいました。そして、その後の拡大造林で植えられたスギ・ヒノキは、林業環境の激変の中で、手付かずの状態のまま荒れるに任されています。(『細見谷と十方山林道(2002年版)』田中幾太郎pp.49-52)

落葉広葉樹の豊かな森は、豊かな水源ともなる

クマが安心して生息できる落葉広葉樹の豊かな森は、豊かな水源ともなります。ヒトの生存にとっても欠かせないものです。

しかしながら、細見谷渓畔林は、細見谷川の両側に100~200m幅くらいしか残っていません。山頂部にかけて標高差300~400mの両側斜面は、スギを主とする人工林となっており、今や何の手入れもされず放置されています。

しかし、打つ手はまだあります。そこはほとんど国有林であり、水源かん養保安林に指定されています。

中根周歩なかねかねあき(広島大学教授)は、次のように述べています。

「水源涵養機能の強化ということからすると、速やかにもとの自然林・落葉広葉樹林に戻すべきです。自然林に戻すには、当面強間伐して針広混交林にしてしまえば、あとは何をする必要もありません。間伐は可能な場所では伐り倒しにすれば、コスト面でも有利です」。(『細見谷と十方山林道(2002年版)』中根周歩p.59)。

細見谷は、太田川源流域の一つでもあります。その太田川を主な水源とする広島の水道水はうまい、と他県の人によく言われます。細見谷渓畔林のような豊かな森の水は、太田川の水質を高めるのに役立っています。

また、広島特産カキの養殖もこのような水源なくしては成り立たちません。山が荒れれば川や海が荒れます。川や海を育てるには、豊かな森づくりから始める必要があります。

ツキノワグマは魚食するか

金井塚務は、ロクロ沢(細見谷川支流)で、ツキノワグマが魚食する証拠を発見(2004年11月)しています。対象となったのは、ゴギ(サケ科イワナ属イワナの地方型)です。ツキノワグマが魚食することの意義について、金井塚は次のように説明しています。

「西中国山地でのツキノワグマの魚食に関しては、これまでもクマ猟を生業としていた猟師たちの間で知られた行動であったという(田中幾太郎1995)。ツキノワグマがサケ科渓流魚を常食として冬眠に備えるということになれば、知床半島のヒグマ同様、細見谷渓畔林での高密度での生息が可能になる」。(『細見谷と十方山林道(2006年版)』金井塚務p.21)

細見谷を元の全山落葉広葉樹で覆われた深い森に返すことができれば、ゴギをはじめとする渓流魚の数も元どおりに増えるかもしれません。そしてそのとき、クマがサケ科の渓流魚(動物性たんぱく質)を食べるとするならば、より多くのクマが細見谷で暮らしていくことができるでしょう。もちろん、わざわざ里山へ出ていく必要はなくなります。

金井塚は、動物質の捕食習性に関して、次のようにも述べています。

「2004年の秋のような極端な凶作時には、タヌキやイノシシ・ノウサギといったほ乳類を狩ったりあるいは死体を食べたりということもあることが伺える。こうした動物質の捕食習性に関しては今後、解明すべき大きな課題である」。(同上p.21)

細見谷をクマの聖域に!!

ヒトとクマの接触事故を防ぐために、人里に近づくクマに関するクマ警報を発することは、確かに大切なことです。カキもぎ隊の活動のように、クマを人里に近づけない工夫も必要でしょう。

しかしながら、最も大切なことは、クマが人里に近づかなくても暮らしてゆける環境を整えてやることです。というよりも、そうした環境を取り戻してやることが大切となります。

古老たちが口々に語っているように、細見谷には昔、といってもほんの数十年前までは、ブナをはじめ全山落葉広葉樹で覆われた深い森があったのです(『広島のブナ林』pp.114-121)。クマが生き延びていくためには、そうした環境が不可欠です。そして、そのような環境はヒトの生存にとっても必須のものです。

落葉広葉樹林の代表 ― ブナの森

落葉広葉樹の豊かな森(ブナの森)は、クマの楽園ともなります。動物分布調査報告書(環境庁)でも、落葉広葉樹林とツキノワグマのそれぞれの分布密度には正の相関関係があるとしています。そして、クマの年明けはブナとの関わりから始まります。

クマの大好物、ブナの若葉と花芽

クマがブナの花芽を好むことは、白神山地の猟師にとって常識でした。「土地の猟師が「花芽」と呼ぶ、淡緑色の新芽の部分がクマの好物だ。木によじ登って、その枝先の花芽を引き寄せて食べる。(中略)クマは朝方と夕方の、日に二回、ブナの木に登って花芽を食べるといわれている」。(『白神山地 恵みの森へ』pp.9-10)

秋田県阿仁町のマタギの話によると、クマは冬眠の穴から出てくると、まずブナの新芽をいっぱい食べるそうです。青くなる前の新芽で、「うぶ毛をいっぱいつけている、一枚葉か二枚葉の時の新芽」です。(『マタギを生業にした人たち』p.147)

「ブナの若葉と花は、クマにはその年初めてのごちそうだ。(中略)秋田県をはじめとする各県のクマの胃内容物やフンの分析調査を見ると、四月下旬は圧倒的にブナの若葉が多い。ブナはミズナラなどより芽吹きが早く、葉が柔らかく量も多いので、この時期はクマの大切な食料となる。(中略)ブナの若葉は花と同時に開くので、クマは若葉だけでなく、花もいっしょに食べているものと思われる」。(『山でクマに会う方法』pp.94-96)

ブナ属植物の分布域

日本のブナ属植物

『週間・日本の樹木』(全30巻)学習研究社(2004年)は、“ブナ”(創刊号、第1回配本)から始まっています。そして、創刊号(ブナ)の特集は「世界遺産白神山地」です。実は現在の地球上で、まとまったブナの森があるのは日本をおいてほかにありません。白神山地は、世界で唯一“ブナ林”をテーマとした世界遺産として貴重な存在となっています。

河野昭一・京大名誉教授は、「ヨーロッパブナ、中国内陸部の主要なブナ、アメリカブナの美林は、伐採によってその大半が失われてしまったので、大規模伐採があったとはいえ、かろうじてブナの森の原生林のイメージが保存されているのは、日本のブナ林だけである」と述べています。(『細見谷と十方山林道(2002年版)』河野昭一p.67)

日本のブナ属植物には、ブナとイヌブナの2種があり、ともに日本固有種となっています。

ブナ(Fagus crenata)は、北限の北海道南部の平地(渡島
おしま
半島の黒松内低地)から南限の鹿児島県の山地(高隈
たかくま
山)まで、ほぼ全国的に広く分布しています。

これに対して、イヌブナ(Fagus japonica)は、岩手県以南の主に太平洋側を中心として、本州、四国そして九州の宮崎県まで分布しています。イヌブナは、岐阜県から中国地方にかけては日本海側まで分布しますが、石川県以北の日本海側には分布しません。

ブナは、イヌブナよりもやや標高の高いところに分布するとされていますが、完全にすみ分けているのではなく、両者の分布域はかなりの部分で重複しています。

世界のブナ属植物の分布域は三つある

ブナは、北半球の落葉広葉樹の代表ともいうべき植物です。河野昭一は、北半球のブナ帯について、『細見谷と十方山林道(2002年版)』の中で次のように述べています。

「北半球のブナ帯には、3つの分布のセンターがある。その一つは、アメリカ東部の広大な落葉樹林帯が発達していた地域、二つ目は、日本から中国内陸部にかけての一帯、その南端は四川から雲南の山岳地帯、ベトナム北部の山岳地帯まで拡がっている。植物地理学的には、いわゆる「日華区系」に属する温帯系植物の分布域がこれに相当する。三つ目は、北西ヨーロッパの、かつて広大な落葉広葉樹林帯が発達して(ママ)地域である」。(同上、河野p.64)

「この3つのブナ帯は、第3紀起源の遺存的な暖温帯性植物の分布域としても極めてよく知られている。とりわけ、日本列島から中国内陸部へ拡がる、ブナを主体とする落葉樹林帯が分布する地域と、アメリカ大陸東部の氷河期に多くの温帯植物の避難場所(refugia)となったアパラチア山地を中心とする落葉樹林帯には、数多くの暖温帯、冷温帯の遺存種の分布の中心がある。・・・・・(樹木をはじめ)木本低木、草本植物で第3紀起源とみなされる植物には広い意味でブナ帯や隣接した植生帯に同居、または隋伴して分布するものが実に多い」。(同上、河野p.67)

映画「ロング・トレイル!」を見る

映画「ロング・トレイル!」(2015年米国)を、私は2016年8月に広島で見ました。

映画「ロング・トレイル」の舞台となっているのは、北米三大ロングトレイル(長距離自然歩道)の中の一つとして最も有名なアパラチアン・トレイル(AT:Appalachian Trail)です。ATは、アメリカ合衆国東部のアパラチア山脈に沿って、南北(北東/南西)に縦貫するロングトレイル(全長約3,500km)です。

ところで、映画の中のアパラチア山脈と西中国山地は雰囲気がよく似ているように感じられます。

清水文献(2014)を参考にしながら、両地域の植生について整理し直してみましょう。参考:清水善和「日本列島における森林の成立過程と植生帯のとらえ方:東アジアの視点から」,地域学研究(27),19-75,2014-03

北米(特に東海岸のアパラチア山脈)と東アジア(西中国山地を含む日本列島から中国内陸部にかけて)は、共に夏緑樹林帯(落葉広葉樹林帯)に属しています。そしてこの地域には、多くの植物で共通して出現する種のあることが知られています。つまり、飛び離れて分布(隔離分布)しているのです。(東亜―北米要素)

「化石の研究によれば、新生代の古第三紀は地球全体が温暖で、当時の北極をとりまく地域には温帯性の落葉広葉樹林(現在の夏緑樹林の元になる植物群)や針葉樹との混交林が成立していたとされ、これらの構成種を第三紀周北極要素という」。(同上、清水p.24)

「ところが、その後、地球は急激に寒冷化の方向に進み、この植物群は分布を南方へと移動させた。移動先は大きくみて、ヨーロッパ、東アジア、北米の3か所である」。(同上、清水p.24)

第四紀になると寒冷化が一層進みました。

ヨーロッパでは「アルプス山脈が東西に横たわっていて、南方に逃れようとする植物の障壁となったため(中略)温帯性植物の多くが絶滅した」。「現在のヨーロッパの植物相がたいへん貧弱なのはそのせいである」としています。(「」内引用、清水p.24)

「現在もブナ属、カエデ属、ニレ属、クルミ属などヨーロッパ、東アジア、北米の温帯域(夏緑樹林帯)に共通して出現する種がある一方、ヨーロッパでは化石でしか見つからず、現在は東アジアと北米(とくに海流の影響で気候のよく似た東海岸地域)に隔離分布する多くの種(東亜―北米要素という)が見られることとなった」。(同上、清水p.24)

それでもクマは拡散するか

最近クマが里に下りてくるのは、ヒトの食べ物の味が良くてそれを覚えたからとも言われています。実際、里で殺処分されたクマの栄養状態はかなり良いそうです。

豊かな森を取り戻すことはもちろん必須です。しかし、それでクマの出没を完全に防ぐことができるのかどうか、生態系全般の変化やクマの習性そのほかを総合的に調査・研究する必要がありそうです。