広島湾岸トレイル
倉橋島(音戸町)・・・古観音山、瀬戸島山
そのほか、倉橋島火山(倉橋町)を含む

最終更新日:2017-04-29 (土) 15:55:45
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二万五千分1地形図・倉橋島(倉橋火山408m)
地理院地図(電子国土Web)、リンク無し

広島湾岸トレイル(倉橋島(音戸町))

江田島 ⇔【倉橋島(音戸町)】⇔ 灰ヶ峰 ←(該当山域の前後、リンクあり)

  • 2016年05月07日(土)、瀬戸ルート(呉・第4回)
    音戸大橋~古観音山~瀬戸島山~早瀬大橋
    (出発:音戸市民センターバス停(JR呉駅―呉線)、帰着:流田バス停(JR呉駅))

はじめに(倉橋島)

倉橋島火山(くらはしじまひやま)408m(広島県、呉市倉橋町)

山頂の岩頭に立てば気分そう快、360度の展望が利く
「ひろしま百山」より

古観音山(音戸町)246m、瀬戸島山(音戸町)339m、

2008/09/24中国新聞記事
「記者手帳」呉支社、Y記者
倉橋島の飲食店で漁業者から聞いた話
「子どものころ(火山に)よく登った。松山のお城も見えた」

2003年12月21日」山行記の一部(倉橋島の歴史)

下山後、海岸付近を散策する。倉橋島は、古来長門島と呼ばれ、瀬戸内海の要衝であった。松原の続く桂浜で詠んだとされる遣新羅使の歌8首が万葉集巻十五に載せられている (広島県史跡万葉集遺跡長門島松原)。近くには、初の西洋式ドック跡(県重要遺跡)もある。

浜辺の東側に「長門の造船歴史館」があり、朱塗りの遣唐使船(実物大、船の長さ25m、マスト高17m)が展示されている。倉橋島の船大工(棟梁5人)によって「海と島の博覧会(海島博)1989年」に合わせて復元されたものである。また「倉橋歴史民俗資料館」には、海底から引き上げられたナウマンゾウやニホンムカシジカの化石なども展示されている。

後日書換:倉橋町立歴史民俗資料館から改称、呉市編入のため

リンク集(倉橋島)

私の踏み跡(倉橋島)

  • 2016年05月07日(土)、広島湾岸トレイル体験登山(瀬戸ルート)呉・第4回
    音戸大橋~古観音山~瀬戸島山~早瀬大橋
    (出発:音戸市民センターバス停(JR呉駅―呉線)、帰着:流田バス停(JR呉駅))

カシミール展望図(倉橋島)

後火山052:倉橋島火山から見た場合、後火山にかくれる方角を確認する
http://www.akimasa21.net/hyakuzan/album/usirohiyama052.jpg
2003年12月21日山行記の一部として

野呂山(膳棚山、弘法寺山)や瀬戸の島々、すなわち下蒲刈島(大平山)、上蒲刈島(七国見山)、大崎上島、豊島、大崎下島、そして大三島(鷲ヶ頭山)などが見える。

倉橋島火山000:音戸町の稜線の向こうに、太田川沿いの山々
http://www.akimasa21.net/hyakuzan/album/kura_hiyama000.jpg
2003年12月21日山行記の一部として

左手前に、音戸町の稜線(331.2m三角点、339.5m三角点)が走る。その向こうに、太田川左岸の牛田山、松笠山、二ヶ城山、そして、太田川右岸の武田山、権現山~阿武山がある。

それらの手前には、高尾山~呉娑々宇山~藤ヶ丸山が入り、一番手前は、天狗岩、天狗城山、小松尾山~絵下山や明神山である。

今日何とか確認できたのは、天狗岩(339.5m三角点のほぼ真上)、天狗城山、呉娑々宇山、絵下山、白木山あたりである。

倉橋島火山026:後火山の左奥に、鉾取山、灰ヶ峰など
http://www.akimasa21.net/hyakuzan/album/kura_hiyama026.jpg
2003年12月21日山行記の一部として

後火山から北へ流れる稜線(432.3m三角点、362mピーク)の奥をみる。362mピークの後には、金ヶ燈篭山~城山~洞所山~原山~鉾取山が入る。そのさらに後には、(呉娑々宇山)~長者山があり、高鉢山へと続く。

それらの右手には、灰ヶ峰が大きい。手前の三津峰山~休山は、音戸町稜線が音戸の瀬戸(362mピークの向こう側)をはさんで北東に延びた位置にある。

今日しっかりと確認できたのは、鉾取山、灰ヶ峰だけである。

倉橋島火山079:後火山の右奥に、大崎下島や四国の山々
http://www.akimasa21.net/hyakuzan/album/kura_hiyama079.jpg
2003年12月21日山行記の一部として

後火山の右奥に、大崎下島があり、その手前の上蒲刈島や豊島とちょうど重なり合っている。ただし、上蒲刈島の七国見山は、後火山から流れる稜線にわずかにさえぎられる位置となる。そして、倉橋島東端の稜線(124.6m三角点、272mピーク)の向こうに四国の山々をみる。

今日は、大崎下島のピークが頭を大きく出しているのを確認する。また四国の山々も途切れずに見えている。手前の小さな島々もはっきりしている。

倉橋島火山142:鹿老渡、鹿島の後に四国の山々が続く
http://www.akimasa21.net/hyakuzan/album/kura_hiyama142.jpg
2003年12月21日山行記の一部として

倉橋島火山の南南東の方角にある261.3m三角点の向こうに、鹿島大橋で結ばれている鹿老渡、鹿島などがあり、その後は四国の山々である。

ただし今日は、この画面上の四国の山々は石鎚山を含めて雲の中のようである。見えるのは、鹿老渡の後の小館場島、大館場島、さらにその後に横に細長く延びる中島までである。 鹿島の後には怒和島が横たわり、その後に、ほんとに小さな小市島、中島がはっきりと見える。

倉橋島火山205:柱島、周防大島など
http://www.akimasa21.net/hyakuzan/album/kura_hiyama205.jpg
2003年12月21日山行記の一部として

画面真下、横島手前が同島中心街の入り江である。そこから西へ延びる稜線の先端部(211.5m三角点)の沖合いに柱島がある。横島、柱島の後には、周防大島(鯛峰~大見山~佐連山~白木山~嵩岳~嘉納山~文殊山)が延びている。

柱島から周防大島先端部の大見山にかけて、小さな島が点々と続いているのがはっきりと見える。後の平群島(長深山、深山)もはっきりと見える。情島右奥に片島(大峰手前)が頭を出すので、情島を双耳峰のように見せている。また鯛峰の右奥に大水無瀬島が三角形の頭を出している。

なお、横島最奥の、大峰、石神山は佐多岬半島である。ただし今日は確認できない。柱島の右最奥には九州の山が見えるというが、こちらも今日は全く見えない。

倉橋島火山268:倉橋島最高峰(岳浦山)の向こうを見る
2003年12月21日山行記の一部として

岳浦山右手奥にうっすらと山並みが続くが同定はできない。山肌を削り取られた大黒神島ははっきりと分かる。大黒神島の右奥は大竹の山々であるがはっきりとはしない。

倉橋島火山308:東能美島(陀峯山)の向こうに、県西部の山々を見る
http://www.akimasa21.net/hyakuzan/album/kura_hiyama308.jpg

2003年12月21日山行記の一部として

323.6m三角点(山肌が大部分削り取られている)の後は、大竹方面の山々である。行者山~傘山の向こうに、瓦小屋山~三倉岳、その右隣に河平連山(0号峰)である。

陀峯山の後には、宮島が入る。向かって左から、岩船岳、351mピーク、502mピーク、そして弥山である。それらの後に左から右へ、経小屋山、下勝成山~上勝成山、大野権現山~おむすび岩が続く。

一番後ろに、羅漢山、鬼ヶ城山そして吉和冠山である。

最低鞍部の向こうに大きく盛り上がっている山が見える。羅漢山の位置である。ただし宮島の各部分もはっきりしなくてかすんでいる。

倉橋島火山327:西能美島(宇根山)の向こうに、さらに県西部の山々
http://www.akimasa21.net/hyakuzan/album/kura_hiyama327.jpg
2003年12月21日山行記の一部として

宇根山の向こうに、山陽道沿線の山々、船倉山、野貝原山、極楽寺山、そして窓ヶ山と続く。宇根山の左奥に大峯山、窓ヶ山の奥に東郷山があり、真ん中一番奥は十方山である。ただし今日は、宇根山の向こうはまったくかすんでしまっている。

倉橋島火山345:早瀬大橋の向こうに、鈴ヶ峰~大茶臼山~武田山縦走路を見る
http://www.akimasa21.net/hyakuzan/album/kura_hiyama345.jpg
2003年12月21日山行記の一部として

画面下の早瀬大橋(音戸~東能美)の向こうに、江田島(263.0m三角点、クマン岳~古鷹山)が大きい。その後に、似島(203.1m三角点、安芸小富士)が頭をのぞかせている。さらに後には、鈴ヶ峰~鬼ヶ城山~柚木城山~大茶臼山~丸山~火山~武田山縦走路がある。ただし今日はまるで見えない。 見えているのは安芸小富士の頭くらいまでである。

この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図
25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用した。
(承認番号 平14総使、第485号)。なお、方位は真北から。

参考(カシミール展望図)
倉橋島火山の元ファイル:hyakuzan/view/hiyama_view.htm