2014年11月23日

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ひろしま百山(私の踏み跡) >> 宮島弥山・岩船岳

広島大学宮島自然植物実験所~御床浦~あての木浦、往復
(出発帰着:広島大学宮島自然植物実験所)

2014年11月23日(日)、宮島太郎の会・ボランティア(6回目)

  • 今日の山行ルート図 ⇒ GPS軌跡(2014年11月23日)
  • 植物実験所~あての木浦、陸路コース再確認
    あての木浦から南側(革篭崎方面)の山側ルート探索
    須屋浦ルート(新発見)の確認及び海岸ルート探索

宮島最西南端部の既設歩道の再整備状況について、その都度まとめています。トピックスもからめた内容になっていますので、時系列でご覧いただければ幸いです。(2013年秋~2014年秋)

はじめに

宮島を一周する車道は存在しない。宮島桟橋から時計回りに東海岸を行く車道は、途中で鷹ノ巣砲台跡をかすめて大砂利から青海苔浦に至る。ただし一般車両は大砂利で通行止めとなる。桟橋から西海岸を行く車道は、多々良から広島大学植物実験所に至り、そこで行き止まりとなる。なお同実験所の敷地内には室浜砲台跡がある。注:広大植物実験所(広島大学大学院理学研究科附属宮島自然植物実験所)。

宮島太郎の会(山本拓志・代表)では、宮島最西南端部にかつて存在したはずの既設歩道の探索と再整備を行っている。そこを歩くことができるようになれば、陸路で宮島七浦巡りも可能となる。潮加減と相談しながら海岸歩きと組み合わせれば、バリエーションは広がり、より楽しい山旅(海旅)になるだろう。

七浦神社(1.杉の浦神社、2.鷹の巣浦神社、3.腰細浦神社、4.青海苔浦神社、5.山白浜神社、6.須屋浦神社、7.御床浦神社)。七浦神社のほかにも次のような神社がある(長浜神社、包ヶ浦神社、父養崎神社、大元神社)。参照『宮島の自然 ― 地形・地質編』宮島町教育委員会編(1994年),p.123.

宮島太郎の会では、2014年春までに青海苔浦~養父崎浦~山白浦~革篭崎のルート整備を完了した。また、革篭崎~あての木浦も、あての木近くで検討を要する箇所はあるものの通行可能となっている。これによって、すでに確認済みの、あての木浦~御床浦~大川浦~大江浦~広大植物実験所を含めて、宮島島内を一周することが可能となっている。ただしこの場合でも、須屋浦神社には下谷から海岸歩きでしか行くことはできなかった。

この秋(2014年11月)、同会では須屋浦ルートの存在を確認したという。これも以前から各種の地図でその存在が示唆されていたルートで、あての木浦~(下谷)~御床浦ルートよりもさらに西側のコースである。今日は帰路でこのルートを歩くことになった。山道を行くだけでほんとうに七浦巡りができるのだろうか。期待に胸が膨らむ。

いずれにしても、宮島太郎の会の現在の目標は、2014年度中(2015年3月末)ですべての整備を完了することにある。今後もボランティアで参加する機会が何度かあるだろう。

今日の行動

2014年6月以降、梅雨、熱中症回避、広島大雨土砂災害などで一時中断していた宮島一周の修理清掃ボランティア活動が11月から再開された。今日の作業予定は、あての木浦から南側(革篭崎方面)で、汽水湖をかすめずに少し山側に入ったルートを探索することである。 今日は、山本代表との二人旅である。あての木浦までの行き帰りで多くのことを学んだ。

大潮の干潮の時は、あての木浦から広大まで海岸を歩くことができる。今日は、往路ではほとんど陸路を歩いた。帰路は、あての木浦から下谷までは、適宜山道(須屋浦ルートを含む)を歩き、下谷から先はほとんど海岸を歩いて帰った。

宮島西海岸の車道を行く

広大植物実験所まで西海岸の車道を行く

宮島桟橋から、西海岸沿いに自動車通行可能な簡易舗装道が延びている。道路は、宮島水族館(みやじマリン)、大元公園さらに多々良を経て、終端部の広島大学植物実験所に至る。その先は行き止まりである。宮島桟橋〜広大は、車で15〜20分、徒歩では最も早くて1時間程度、普通は1時間15分くらいである。

広大植物実験所から御床浦まで

広大植物実験所7:57-室浜砲台跡7:59-岩船岳を望む8:29-大江浦分岐8:35、8:37-大江川8:38-峠8:43、8:53-大川浦分岐9:02-ダンゴ岩9:10-海岸線探索(往復)9:21、9:27-御床浦手前の崖9:35-御床浦9:36

広大植物実験所から御床浦までは、基本的には海岸線に沿って付けられた山道を行く。

広大植物実験所から、そのまま前に進んで敷地内の歩道を歩き、室浜砲台跡に至る。

室浜砲台跡

〈写真〉室浜砲台跡、2013年5月23日
(現在では、植物実験所の所有となっている)

砲台跡から先は完全な山道となる。砲台跡を正面に見て左折し、102mピーク(標高はいずれも地理院地図による)の方角に登る。標高50m付近で右折して既設歩道に入る。同102mピークの西側で地理院地図の黒破線に乗り、そこからほぼ黒破線に沿う形で御床浦まで南下する。標高が50mを超えることはほとんどない。

大江川手前に絶好のビューポイントあり

大江川手前に絶好のビューポイントがある。左手奥に岩船岳、右手前方に瀬戸内の海、干潮の時には牡蠣ヒビの列が並ぶ。絵になる光景である。

岩船岳

〈写真〉大江浦手前から見る岩船岳(左奥)、2013年5月23日
(海岸線に沿って、大江浦、大川浦、御床浦、下谷浦、須屋浦を見る)

しばらく進んで大江浦分岐まで下る。(大江浦分岐の正確な位置は、地理院地図よりはほんの少し北側である)。参考:大江浦分岐では、そこから東向きに黒破線が延びている。黒破線の先を右手によじ登ると岩船岳縦走路に乗ることができる。

大江川~大川(小さな峠を二つ越えて行く)

大江浦分岐は大江川のすぐ手前にある。そこから大江川を左岸に渡り、川沿いに少し下る。黒破線よりも手前(東寄り)で左折し、小さな峠道を登る。標高20m台の峠から、左手奥に岩船岳を見る。その先でもう一つの小さな峠を越えて下れば、大川浦分岐である。(大川浦分岐の正確な位置は、地理院地図よりもやや南側である)。

参考:大川浦分岐から南東の方角に黒破線が上がっている。牛馬道である。その昔、牛馬が荷駄を運んだ道なのであろう。牛馬道は、大川越え(岩船岳縦走路)を乗り越し、青海苔浦上部(標高70mくらい)まで下っている。そこから青海苔川沿いの道に合流して下れば、東海岸の青海苔浦に出る。

大川の先で「ダンゴ岩」に向けてよじ登る

大川浦分岐から疎林の中に入り、大川を渡る。少し左手の方へ斜面をよじ登る箇所がある。さらにしばらく行くと、きれいな踏み跡が右手前方に延びている。黒破線(標高20m台)のやや上側である。以前はそこにしっかりとした道が付いていたものと思われる。しかしながら、現在ではその先は繁っており前には進めない。

左手斜面を見上げると大岩があり、「ダンゴ岩」という名前が付けられている。その岩を左に見て、標高50mくらいまでよじ登る。そこから右手に少し巻きながら黒破線の位置までゆったりと下り、再び海を見ながら岬の先端を回り込むと御床浦は近い。

ダンゴ岩

〈写真〉ダンゴ岩、9時10分
(ダンゴ岩を左手にして急斜面を登る)

御床浦手前の崖を下る

御床浦に入る手前には崖があり、そこを急下らなければならない。そこには以前からロープがあった。しかしその場所は、今では繁っておりロープは使えない。その隣に新たな踏み跡ができておりそこを下る。今日は崖の回避方法として、崖の少し手前から海岸に下りて、海岸線を歩いてみようと考えた。海岸まで下りて確かめると、潮が満ちており歩けそうにない。やむなく登り返して山道を進み、崖を下る。

崖を下って御床浦に入る。御床浦の東端で、ちょうど黒破線(標高10mくらい)の位置である。浜のすぐそばなので、海岸歩きのエスケープ地点として利用できそうである。また、陸路で下谷方面から御床浦を通り抜ける場合には、この浜近くの崖を登る以外ないので、だだっ広い御床浦で道迷いした場合でも、この一点を目指せば分かりやすいだろう。

御床浦を行く

御床浦9:36-最初の農園跡9:45-古い道標あり(左折)9:49-門扉(右折)9:51-御床山既設歩道(左折)9:57-長浦(江ノ尻浦)方面分岐(右折)10:02

御床浦から"あての木浦"にかけては、戦後入植した開拓農地が続いている。ただし、かなり以前から、そこに住む人はいなくなっている。そうした農園跡や廃屋の間をぬって、ポイントごとに右左折を繰り返して行く。

最初の農園跡にぶつかる

御床浦に降り立つと、ほぼ黒破線の位置である。そこから西向きに、黒破線のやや南側の疎林の中を行く。やがて沢を渡り、なおも行くと、左手に最初の農園跡を見る。その位置は、御床浦神社の南東方向(標高20mくらい)である。

最初の農園跡

〈写真〉最初の農園跡、9時45分
(農園跡にぶつかり、フェンスに沿って前に進む)

御床浦神社のほぼ南側で左折する

農園跡のフェンス沿いに、標高20m台の小さな丘を越え、西向きにさらに行くと再び黒破線(標高10m台)に乗る。その位置は、御床浦神社のほぼ南側である。御床浦神社の南側に、西から切れ込んだ小さな谷筋にあたる。そこに古い道標があり左折する。なおここから先、下谷までは黒破線は参考にならない(終始黒破線よりも山側を行く)。

古い道標

〈写真〉古い道標で左折、9時49時分
(御床浦神社のほぼ南側で左折する)

門扉にぶつかり右折する

古い道標を左折して、標高20mの等高線に沿う形で南南東に少し行く。すぐに門扉にぶつかる。

門扉

〈写真〉門扉にぶつかる、9時51分
(門扉にぶつかり右折する)

門扉にぶつかり右折、31mピークを通って南南西に行く。31mピークを過ぎたあたりで、左手に石積みの壁が続いており、海岸の方向から良い道が上がってきている。道路の両側には、りっぱな石組みの側溝がある

長い石組み

〈写真〉長い石垣、9時56分
(石垣に沿って、画面左から右に行く。きれいな道路があり横切る。)

御床山に向けて良い道があり左折する

31mピークを乗り越して良い道を横切ると、一つ南の小谷(沢)に出て、御床山既設歩道(標高20m付近)にぶつかる。この既設歩道は、地理院地図に表示はない。しかし、御床山(標高364m)から中腹の145mピーク【北】側を通り、北西に流れる小谷に沿って御床浦の海岸(31mピークの西側)まで良い道が付いている。

御床山既設歩道

〈写真〉御床山既設歩道にぶつかる、2013年5月23日
(左折して既設歩道をさかのぼる)

地理院地図に記載の黒破線は、御床山中腹の145mピーク【南】側から下谷浦(御床浦と須屋浦の間)まで表示されている。ただし、この黒破線の先をたどって御床山に登ることができるかどうかは不明である。御床山へ通じる良い道は、先ほど述べたように、この黒破線の北にある。

長浦(江ノ尻浦)方面に向けて右折する

長浦(江ノ尻浦)方面分岐点は、御床山既設歩道を南東の方角に標高30m台まで少し登った所にある。そこには、御床山に向かって左手に農園跡がある。そこを右折して、下谷から長浦(江ノ尻浦)方面を目指す。

長浦(江ノ尻浦)方面

〈写真〉長浦(江ノ尻浦)方面分岐、10時08分
(御床山既設歩道から長浦を目指す)

参考:私は以前に何度もこの地点を通ったことがある。そしてその度に道迷いを起こしていた。その理由の多くが、この分岐点よりも海側で既設歩道の南側に踏み込み、疎林の中の岩だらけの踏み跡と格闘したのが原因である。ここは素直に、歩きやすい既設歩道に入って少しさかのぼり、標高30m台地点(分岐点)に至るのが正解である。

なお帰途は、この既設歩道に入って石垣が切れるあたりまで下り、そこから北北東に踏み込んで、31mピークを越えて行けばよい。

下谷を通り抜ける

長浦(江ノ尻浦)方面分岐10:10-大きなポリタンク10:19-切り通し10:22-下谷浦分岐(下谷川右岸)、須屋浦ルート取り付き確認(往復)10:24、10:28-右折10:31-(廃屋通過、芝状態)-ダム湖(10:42、10:46)-須屋浦ルート分岐(10:54、10:56)-新しい農園10:57

御床山既設歩道の長浦(江ノ尻浦)方面分岐から、南西向きに行き下谷川にぶつかる(下谷浦分岐)。川にぶつかり左折して右岸を行く。しばらくして、須屋山の東側の谷間を、須屋川に沿って南~南西に下り長浦(江ノ尻浦)に至る。

地理院地図の黒破線を横切る

長浦(江ノ尻浦)方面分岐から、標高40m台の小さな丘の東側を南西向きに行く。やがて、その丘の南側で前方に小さな尾根(標高20m台)を見る。

斜面

〈写真〉小さな尾根(標高20m台)手前、2013年5月23日
(南向きに一旦小さな谷まで下り、そこから標高20m台の小さな尾根斜面を駆け上がる)

小さな尾根を越えると、左手(御床山の方向)から右手(海岸の方向)に向けて、踏み跡が下ってきており、ぶつかる。地形図黒破線の標高20m台地点であり、そこに大きなポリタンクがある。

この黒破線は、御床山中腹の145mピーク【南】側から、下谷浦(御床浦と須屋浦の間)まで記載されている。ただし、そこがきちんと歩けるかどうかは不明である。

斜面

〈写真右〉大きなポリタンク、2013年5月23日
(ポリタンクのそばを通り抜け、右折して(黒破線上を)海側にほんの少し行き、すぐに左折してさらに南下する)

切り通しを経て下谷川に至る

良い道を横切って南向きに行く。すぐ西に向きを変えて、標高20m台の切り通しを行く。切り通しはぬかるんでおり、立派なヌタ場ができあがっている。ここ数年、イノシシが宮島全島を荒らしまくっている。

切り通し

〈写真〉切り通し、10時22分
(切り通しには大きなヌタ場がある)

下谷川の河口に、須屋浦ルートの取り付き口がある

ヌタ場の先に下谷川(下谷浦分岐)があり、その右手向こうに海を見る。そのまま川を渡ると左岸に須屋浦ルート(新発見)の取り付き(下谷浦側)がある。そこから須屋浦神社手前の海岸まで、山道を行くことができるという。今日は帰路で、須屋浦神社の向こう側(長浦側)から、ルートを確認しながら帰ってくることにする。そこで、一旦取り付き地点を確認して引き返す。

話を元に戻すと、切り通しを越えて下谷川にぶつかり(下谷浦分岐)、左折して下谷川の右岸を南東方向に行く。良い道が御床山364mの方角に延びている。適度な所で右折して、須屋山東側の谷間に入り、長浦に向けて南下する。右折せずそのまままっすぐ進んだ場合、その先がどうなっているのかは不明である。

廃屋のそばを通り抜ける

長浦に向けて右折してすぐに廃屋のそばを通る。左手前方に一段駆け上がると、シカが草をきれいに食べつくして芝状態になっている。そのまま左手前方に通り抜ける。

廃屋

〈写真右〉廃屋、2013年5月23日
(シカの仕業だろう。芝生のようにきれいである)

須屋川沿いにダム湖出現

廃屋の先で、下谷川を右岸から左岸に渡る。そのまま少し登って標高40m台を越えると、長浦(江ノ尻浦)に向けて下る黒破線に乗る。その先(須屋山の南東、標高20m台)の地点にダム湖が出現しており前に進めない。進行方向の左手斜面に、新たな踏み跡が付けられておりそれに従う。ダム湖下流部から須屋山方向を見ると、崖が30mくらいの範囲で崩落しているのが分かる。広島大雨土砂災害(2014/08/20)時のものである。

須屋川の河口付近に、須屋浦ルートの取り付き口がある

ダム湖からそのままさらに下り、黒破線から離れてその西側を行く。標高20mくらいの地点で左折して東向きに行く。ここを左折せず、やや右手前方に行き、岬の突端を巻いて北西向きに行くのが新発見の須屋浦ルート(江ノ尻浦側の取り付き)である。帰路で通ることにする。

長浦(江の尻浦)からあての木浦へ

須屋浦ルート分岐10:56-新しい農園(海岸探索、10:57~11:00)-江の尻浦(海岸歩き、11:08~11:12)-あての木浦11:24

新しい農園を見る

須屋浦ルート分岐で左折すると、すぐ左手に真新しい門扉ができている。古い住人が再び農園に手を入れ始めたのであろう。門扉から海岸(長浦)に向けてきれいな道ができている。以前からあったものが雑木に隠れていたのを整備したものと思われる。

江ノ尻浦の汽水湖を見学する

門扉の前を通り過ぎて沢を渡り、南向きにあての木浦をめざす。今日は、途中で山道から海岸(江ノ尻浦)に出て、汽水湖の山側(東側)を歩く。注:この辺りの浜は、長浦ではなく江ノ尻浦と名付けられている。

江ノ浦の汽水湖

〈写真〉江ノ尻浦の汽水湖、11時17分
(ちゃんと海水が入ってくれているだろうか)

汽水湖南端で再び山道に合流すると、ここにもヌタ場がある。小さな峠を越えて、あての木浦に至る。右折すれば、海岸の浜辺はすぐそこにある。左折すれば、あての木桜のそばを通り、いわゆる砲台跡(太平洋戦争末期の厳島聴測照射所跡)から御床山を経て岩船岳に至る。

あての木浦にて

あての木浦周辺部探索

あての木浦から南側の革篭崎方面のルートはほぼ確定している。通行可能である。ただし、あての木浦周辺部で、海岸寄りの汽水湖をかすめずに少し山側に入ったルートがあればそれを採用したい。山本代表の考えである。

あての木浦で昼食後、廃屋の間をぬってルートを探索したものの、思わしい結果とはならなかった。翌日は強力メンバーが二人参加するとのことで、そちらに任せて、今日は帰路で須屋浦ルート(私は初)を確認しつつ帰ることにする。

親戚が御床浦の農園の関係者

作業を切り上げて、あての木浦の浜に出る。そこで、親戚が御床浦に農園を持っており、その親戚は現在も島外から通っているという方と出会う。

小さなヨットが海岸にあったので尋ねると、そのヨットで海を渡ってきたという。メインセール(ジブセールはない)に、aqu@museと書いてあったと思うので、アクアミューズ141セーリングカヌーだろう。2.5人乗りということであった。黒神島や子黒神島にも渡ることがあるという。宮島を楽しむには最適の大きさだという。カートップで一人で積み下ろしができるらしい。

その方の話では、数年前は、サルの大群があての木浦を取り囲むようにして、威嚇の声をあげることがあり怖かったという。ここ数年、日本モンキーセンター(愛知県犬山市)の責任で、宮島全島に広がってしまったサルを捕獲しているはずだが、全頭捕獲は難しいだろう。私も何回かサルを見たことがある。

その方の話では、新月の夜、シカの大集団が浜辺を疾走するのを何回か見たことがあるという。浜辺を行くので足音が全く聞こえず、それは神秘的な光景だという。

須屋浦ルートを初めて通る

あての木浦12:57-江ノ尻浦13:04-新しい農園13:16-須屋浦ルート取り付き13:17-長浦13:40-(浜歩き)-山に入る13:48-浜に出る14:03-須屋浦神社(14:07、14:16)-下谷川左岸14:43-須屋浦ルート取り付き14:45

あての木浦から(下谷)~御床浦に至る右折分岐点(須屋川を渡った地点)で、やや左手を直進して岬を回り、海岸沿いの山道を行く。長浦で海岸に出て平根(宮島最西端)の手前まで浜を歩き、北向きに山を越えると須屋浦神社に至る。その後、再び山道を西向きに行くと下谷である。ただし、もしかすると須屋浦神社の東側の海岸は、大潮のときは海岸線を歩くことができないかもしれない。

あての木浦~江ノ尻浦~長浦~須屋浦~下谷浦

あての木浦から、行きと同様に、40m台小ピークの東側の小さな峠を越えて行く。峠を越えた所から、往路と同様に山道をはずれて、汽水湖のそばを通り浜を歩く。小さな崖手前で山道に入り、須屋川を渡って須屋浦ルート取り付き口に至る。

取り付き口からきれいな踏み跡が続いている。道なりに進み、長浦の長い砂浜の東寄りで、浜に下りて砂浜を歩く。42mピーク手前で再び山道に入り、42mピークの東側の鞍部を北向きに越えて行く。

長浦から再び山道へ

〈写真〉長浦から再び山道へ、13時48分
(42mピーク東面の小さな峠を越えて行く)

峠を越えてから、今度は海岸沿いの山道をさらに北向きに行き、須屋浦神社のある谷の一つ手前で浜に下りる。

須屋浦神社手前の浜

〈写真右〉大きな砂州の付け根に下りる、14時03分
(特徴的な山肌をした箇所である)

左手前方に大きく張り出した砂州を越えて、須屋浦神社に至る。

須屋浦神社

〈写真右〉須屋浦神社
厳島・七浦巡り(御島めぐり)・第六社

須屋浦神社から少し浜を歩き、再び山道に入る。シダが繁る箇所があるものの、歩行は可能である。山道を下り下谷川左岸に至る。下谷川を少しさかのぼると、午前中に通った陸路にぶつかる。つまりそこが、須屋浦ルート(今来た道)の取り付き口となる。

下谷から海岸歩きを楽しむ

下谷川左岸14:43-須屋浦ルート取り付き14:45-御床浦神社(15:03、15:08)-烏帽子岩15:11-大川浦15:31-大江浦(15:40、15:49)-堰(16:01、16:11)-内侍岩16:15-内室浜16:25-広大植物実験所16:30

須屋浦ルートの取り付き口を確認するため、下谷川左岸を少しさかのぼる。取り付き口を確認して川を下り、海岸に出て広大まで歩く。途中の堰を越えることができず、小尾根を乗り越す。

下谷浦~大川浦~大江浦~下室浜

下谷川河口部

〈写真〉下谷川河口部、14時49分
(須屋浦ルート取り付き口を確認して、海岸に向かう)

下谷川河口部から北向きに行き、御床浦神社の西~南に切れ込む小谷を越える。神社前の岩台の下まで潮が満ちている。

御床浦神社

〈写真〉御床浦神社、15時04分
厳島・七浦巡り(御島めぐり)・第七社

御床浦神社を過ぎ、御床浦神社の一つ東側の小谷の左岸に、烏帽子岩がある。潮が引いており、烏帽子岩の全体が見えている。ここからは、三つ丸子山や岩船岳を見ることができる。

烏帽子岩

〈写真〉烏帽子岩、15時12分
(岩の左奥に三つ丸子を見る)

その先の御床浦東端の崖手前では、山道に入ることができるだろう。その先の崖を回った所にも、山道に上がる取り付きがある。(往路参照)

大川浦から大江浦を越えていく。大江川の少し上流部では山道に入ることができる。(往路参照)

大江川河口部

〈写真〉大江川、15時44分
(河口から少しさかのぼれば、山道に入ることができる)

今日は、273mピークの西北西にある堰を越えることができなかった。潮位が80㎝以下でないと通過できないのだという。堰の最先端部に立って向こう側を見ると、海の中に小石があり、そこを足場にして、向こうの壁に飛び着くことができるかもしれない。しかし今日は、体力的に無理と判断して、次の手段を考える。

この堰の最も安全な回避策は、そこから大江浦の方に少し引き返して、山道に入ることだという。エスケープルートがあるのだ。(参照:2014年12月21日山行記)

私は以前に、この堰で引っかかり、さらに大江浦まで引き返したことがある。そして、大江川の左岸を少しさかのぼり、右岸に渡って山道に入った。(参照:2013年06月23日山行記)

さて今日は、この堰の究極の回避方法を教えていただいた。堰のある小尾根を乗り越すのである。まずは、花崗岩が風化して真砂土状態になった小尾根に這い上がる。この時、そこにあるロープは信頼がおけないので、つかんではいけないと教えられた。

小尾根の上から、反対側に、今度はしっかりしたロープが設置してあり、それをつかんで中間地点まで下りる。そしてそこで、2本目のロープに持ち替えて浜まで下るのである。2本目のロープの周りは繁っており、ザックにからんでくるので、それを振りほどきながら下るのに、ちょっと苦労をした。

なお、この小尾根をそのまま登れば、山道に至るという。

越えることのできない堰

〈写真〉堰の最先端部に立って向こう側を見る、16時03分
(越えることのできない堰があった)

堰を越えて少し行くと、広大(室浜)手前の30m台ピークの南西の浜に内侍岩を見る。

内侍岩

〈写真〉内侍岩、16時15分

室浜川手前(左岸)に沿ってさかのぼり、室浜砲台跡近くを通って広大に帰り着く。