2013年06月30日

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多々良林道~岩船岳縦走路~岩船岳~御床山~御床浦~宮島植物実験所
(出発帰着:宮島桟橋)

2013年06月30日(日)、単独

今日の山行は、私なりの「宮島の歩き方」を考え直す良いきっかけとなった。
宮島の古い山道が、いくつか再整備されている。それらすべてが、宮島の自然保護・保全及び賢明な利用という観点から、適切に行われているものと信じたい。

  • 宮島の西海岸探索
    • 宮島植物実験所〜御床浦〜あての木浦・総集編(2014/12/03)
    • 西海岸線歩き(2013/06/23、5/23)
    • 西海岸沿いの山道(2013/05/23)
    • 西海岸沿いの山道探索過程
      (2009/05/04、4/29、4/11、2002/03/02)
  • これまでの岩船岳
    • 宮島南部の砲台跡 ⇒ 実際には「厳島聴測照射所跡」だということが判明(中国新聞記事、2011年1月12日付)、参照Web:いにしえのロマンの郷>>みやじま地区点描>>厳島聴測照射所跡/藤下憲明さん
    • あての木浦から取付き、砲台跡~御床山~岩船岳を乗り越す
      2009/05/04
    • 岩船岳往路下山、大川越から大川浦(西海岸)へ下る
      2009/03/14
    • 岩船岳~御床山の向こうの砲台跡探索
      2005/03/19(ついに、いわゆる砲台跡到達)
      2004/03/13、2003/06/07、2002/04/06、3/30、3/2(砲台跡未到達)
    • 岩船岳三角点(砲台跡は未到達、御床山から御床浦に下る)
      2002/03/02
    • 初めての岩船岳(ただし三角点手前の東峰まで)
      2001/10/20
    • 途中敗退
      2009/03/07、2001/02/25

はじめに

先週(2013/06/23)は、前回(初めての海岸歩き、2013/05/23)に引き続き、大潮の干潮時に宮島の西海岸がどのくらい歩けるか試してみた。

その時の予定では、御床山~御床浦の間の登山道がどうなっているかも知りたくて(2002/03/02に一度下山したことあり)、長男と一緒に宮島桟橋から岩船岳を乗り越えて御床山に至り、そこから御床浦に下るつもりでいた。

しかし、孫(小1男)が一緒に行きたいと言うので、当日は予定を変更して、海岸部だけを歩くことにした。

今日は、先週予定していたコース(岩船岳~御床山~御床浦)をそのまま一人で歩いてみた。

当初の予定では、体力温存のため、多々良まで海岸道路を行き、そこから多々良林道経由で岩船岳登山口(奥の院の手前)に至る。そしてそこから、右手に少し急登して、先峠で岩船岳縦走路に乗ることにしていた。先峠山402mの東面を巻いて行くコースである。

ところが、今日は、岩船岳登山口よりもさらに手前で、「(多々良林道から)先峠山402mの西面を巻いて岩船岳縦走路に至る」と思われる踏み跡が大きく口を開けているのに気付く。以前から気になっていたコースである。踏み込んでみることにする。

注意:標高その他、主として二万五千分1地形図(国土地理院)(厳島、平成18年8月1日発行 2刷)による

今日のコース&コースタイム

宮島桟橋9:58-大元公園10:17-多々良10:48、10:51-(多々良林道)-分岐11:11、11:14-先峠山・三つ丸子山分岐11:45-岩船岳縦走路(海軍省標石)11:57、12:02-陶晴賢碑分岐12:04-展望岩場12:15-351m横12:20-八畳岩12:31、12:42-青海苔浦分岐12:46-大川越(海軍省標石)12:48-振り返れば展望13:01、13:07-海軍省標石13:10-岩船岳東峰13:30、13:34-岩船岳13:43、13:59-御床山14:16、14:22-標識(250m台)14:35-145m横14:46-御床浦(海岸)15:03-(少し引き返す)-石垣手前左折15:05-大川15:59、16:10-大川越分岐16:13-大江川16:24-振り返れば岩船岳16:31-海岸分岐16:36-海岸分岐?16:45-宮島自然植物実験所17:11-多々良17:37-大元公園18:03、18:10-(途中休憩あり)-宮島桟橋18:36

  • 宮島桟橋(19分)大元公園(31分)多々良
     小計50分
  • 多々良(20分)分岐(31分)先峠山・三つ丸子山分岐(12分)岩船岳縦走路(海軍省標石)
     小計1時間03分
  • 縦走路(2分)陶晴賢碑分岐(16分)351m横(11分)八畳岩(6分)大川越
     小計46分(八畳岩11分を加える)
  • 大川越(13分)振り返れば展望(23分)岩船岳東峰(9分)岩船岳
     小計55分(展望6分、東峰4分を加える)
  • 岩船岳(17分)御床山(41分)御床浦(海岸)
     小計1時間04分(御床山6分を加える)
  • 御床浦(1時間10分)大川越分岐(58分)宮島植物実験所
     小計2時間08分
  • 宮島植物実験所(26分)多々良(26分)大元公園(26分)宮島桟橋
     小計1時間25分(大元公園7分を含む)
  • 宮島桟橋~多々良林道~岩船岳、3時間45分
     (多々良3分、分岐3分、縦走路分岐5分を加える)
  • 岩船岳~御床山~御床浦~宮島植物実験所~宮島桟橋、4時間37分
  • 総合計、8時間38分
     (岩船岳16分を加える)

多々良林道経由は省エネコース?

さて今日は、奥の院周辺部を通って、まずは岩船岳をめざすことにした。

厳島神社から、海岸道路(簡易自動車道)を南西に行く。多々良で左折して多々良林道(同じく簡易自動車道)に入り、奥の院に向けて登る。順調である。

そして、その後の予定では、奥の院手前にある岩船岳登山口を右折、先峠(先峠山402m東側)で岩船岳縦走路に乗り、岩船岳をめざすことにしていた。

それにしても、宮島桟橋から岩船岳はいかにも遠い。岩船岳の実際の取り付きとなる大川越まで距離があり、そこに至るまでにかなりの体力を消耗するからである。私の場合、岩船岳(東峰)の最後の登りでは、いつもきつい思いをしている。

まして今日は、そのさらに向こうの御床山まで行かなければならない。そこで、岩船岳の向こうまでできる限り体力を温存するため、多々良林道経由で行こうと考えたのである。

いわゆる砲台跡探索の思い出

宮島島内には、砲台跡(明治期)や聴測照射所跡(太平洋戦争期)がある

宮島島内には、砲台跡が二つある。室浜砲台跡(西海岸)と鷹巣砲台跡(東海岸)で、いずれも明治期のものである。それと実はもう一つ、宮島南西部の山中に遺構(太平洋戦争期)があり、それが砲台跡とされていた。

私はかつて、その砲台跡探索に、足かけ四年連続(2002年~5年)で数回通ったことがある。

この砲台跡(実は厳島聴測照射所跡)は、岩船岳(三角点466.6m)~御床山(標高364m)の向こうの尾根上(標高230mピーク~230m台)にあり、宮島桟橋からは実に遠かった。そこで、省エネのつもりでよく使ったのが、この多々良林道経由のコースである。

その当時、御床山~230m~あての木浦(宮島の最西南端部)は、かつての山火事の影響で羊歯がはびこり、通行が非常に困難となっていた。山火事の後で植林をしたと聞いたことがあるが、羊歯の勢いの方が勝っていたようである。

さて、後日インターネットで検索すると、私が山側から砲台跡に達した(2005/03/19)数か月後、海側の"あての木浦"から砲台跡に登ったという記録(2005年8月27日付)がある。参照Web:「宮島 御床山南西に砲台確認」/広島大学宮島自然植物実験所ホームページ(2013年7月1日再確認)

その一部を引用すると、「宮島の長浦・あてのき浦までボートでいき、藪こぎをしながら山頂へ向かいましたが、現地に着くのに3時間30分を要しました。全く道がないので、手探り状態でかなりきついコースでした」となっている。

ただし原文では、この3時間30分が、どこからどこまでで要した時間かは不明である。

それはさておき、私や藤下さん(このページのトップに記載)は、宮島桟橋から岩船岳を乗り越して御床山に至り、そこからさらに、いわゆる砲台跡の周辺まで下り、帰途登り返すという方法をとっていた。

この場合でも、御床山の少し先から下では、かつてあったと思われる踏み跡のほとんどが羊歯の中に消えており、砲台跡周辺までの往復には非常な体力を要したものである。

ところがその後(2009/05/04)、私は、宮島桟橋~室浜砲台跡から"あての木浦"まで海岸沿いの山道を行き、そこから、いわゆる砲台跡~御床山~岩船岳を乗り越して、宮島桟橋まで帰ってきたことがある。その時は、あての木浦~御床山では羊歯が刈ってあり、気持ち良く歩くことができた。

ここを再整備する計画に対しては、以前は許可が下りなかった、という話を聞いたことがある。そうした状況の中で、再整備が可能となった詳しい経緯については何も知らないままとなっている。

後日注:宮島太郎の会(2007年設立)において、「(会設立前の)2006年に宮島西部の海岸沿いの道あての木ルートを復旧整備」したとのことである。(出典:宮島太郎の会のPR資料)

先峠山402m西面の踏み跡を行く

ところで今日は、多々良林道の岩船岳登山口(標高230m前後)よりもさらに手前で、右手にきれいな山道が口を開けているのを確認する。以前、ここの踏み跡には少しだけ踏み込んだことがあるように思うが、よくは覚えていない。注:二万五千分1地形図117m付近

はっきりしているのは、今日のような幅広のきれいな道ではなく、踏み跡があるかないかといった状態だったことである。

それはともかく、おそらくこれが「(多々良林道から)先峠山402mの西面を巻いて、岩船岳縦走路に至る」踏み跡であろう。もしそうならば、その途中には、先峠山・三つ丸子山分岐があるはずである。

私が岩船岳方面に通い始めた2001年ころから、「岩船岳縦走路(海軍省標石)~先峠山402m~多々良林道」を行く踏み跡があるらしいことに気付いており、気になっていた。

そして昨年、先峠山402m~三ツ丸子山367mを通った時(2012/04/29、4/1)、先峠山西面の鞍部付近で、きれいな幅広の山道が左手の岩船岳縦走路の方から延びてきており、そこを横切った。右手の多々良林道方面に下る踏み跡(変則的な十字路になっている)は、少し荒れているようにも見えたが、通ることはできそうである。

これこそ、岩船岳縦走路~多々良林道を結ぶ踏み跡であろう。そしてそれは、先峠山402mの山頂部を通るのではなく、先峠山の西面を巻いているのだということを確信した。長年気になっていたコースである。できるだけ早くここに踏み込んで、確かめてみようとチャンスをうかがっていた。

だから今日は行くしかない。多々良林道から南向きに踏み込む。まずは、小さな沢沿いを行く。その小さな沢でも、石組みの小さな堰がいくつか造られている。宮島では至る所で人の手が加えられて、環境が保持されている。

さて、途中で踏み跡があやしくなるものの、予想どおり先峠山・三つ丸子山分岐を横切って、岩船岳縦走路(海軍省標石、標高270mくらい)に至る。縦走路のすぐ先(岩船岳方面)には、陶晴賢碑分岐(青海苔浦分岐)がある。

体力的にもショートカットになるのかどうか、きちんと所要時間等を比較したわけではない。しかし、少なくともここに、多々良~青海苔浦の良い道が昔から存在していたことは間違いない。

大川越手前でも、古い山道の入り口が解放されている

岩船岳縦走路に入って、順調に前に進む。陶晴賢碑(青海苔浦)分岐を超え、岩船岳手前のピークである351mに向けて登る。途中の展望岩場では、樹木が茂っておりほとんど展望はない。夏場の展望は期待できないのかもしれない。

351mの東面を巻き、八畳岩を通り過ぎて下り、さらに大川越手前まで下る。そこには、青海苔浦方面下山口が大きく口を開けている。二万五千分1地形図の黒破線であり、以前から、ここにほんとうに下山口があるのかどうか、気になっていた箇所である。今日初めて実際にそのコース入り口を確認する。

後日注:宮島太郎の会では「(ここの)復旧整備を初回は2007年12月~2008年1月に、2回目を2012年の3月~7月」に行ったということである。(出典:宮島太郎の会のPR資料)

岩船岳の登りはきつい

大川越(今日二本目の海軍省標石あり)から、"振り返れば展望"、さらには今日三本目の海軍省標石を越えて登る。最後の標石から東峰までの緩急を繰り返す登りがきつい。

少し疲れる。やっとの思いで岩船岳東峰に達する。大岩の上で、岩船岳方面から下山してくる20人前後のパーティーをやり過ごす。

「大元コースはヤブか?」「いやそんなことはない」といった会話が聞こえる。これから、先峠~岩船岳登山口(多々良林道)~前峠を経て、大元川左岸コースを下るのだろうか。登りは、どのコースを通ったのだろうか。

さて私は、岩船岳東峰から岩船岳三角点をめざす。三角点に達し、そこから南向きに展望の良い岩場に移動して、少し休む。

岩船岳~御床山から御床浦(海岸)へ下る

岩船岳から御床山に下る。途中で尾根を外さなければ問題ない。大岩が続く辺りでは、大岩を左手、谷を右手にして行く。最後に急下ると御床山である。

御床山を通り過ぎて、同じ尾根を南西に少し下ると、宮島最西南端の海岸(可部島など)を見下ろす展望が開ける。そこからは、230mピークのこちら側にある砲台跡(実は厳島聴測照射所跡)の施設の一部を見ることができる。

今日は、そこからの展望を楽しむことはせず、直ちに、御床山から御床浦に向けて下る。
御床山から、支尾根を北西に向けて下る。急坂ではあるが、下草が刈ってあり、よく整備された踏み跡を迷うことなく下る。

途中で、左手に地形図黒破線の踏み跡があるかどうか、確かめながら下る。しかし、かつてあったかもしれない御床山登山道を確認することはできなかった。

二万五千分1地形図に記載の御床山登山道:
下谷(御床浦と須屋浦の間)から、御床山中腹の145mの南側まで記載されている黒破線

今日下ったのは、「御床山中腹の145mの北側から、北西に流れる小谷に沿って、御床浦の海岸まで続く」良い道(2013/05/23などで探索)である。初めての御床山(2002/03/02)から下山したのもこのコースであろう。御床山から一本道で御床浦(海岸)に至る。

御床浦で、またしても苦労する

御床浦には、かつての農園跡地が点在しており、踏み跡が錯綜している。

そうした中を通り抜け、"あての木浦"方面に向かう分岐点では、その位置関係にいつも苦労をさせられている。そして、その反対側、御床浦から宮島植物実験所に向かう山道に入るのもまた楽ではない。

今日も、あと一息で御床浦を抜け出るという所で、山道が羊歯で完全に覆われており、道迷いをしてしまった。つい最近(2013/05/23)通ったばかりだというのに全く不甲斐ないことである。

考えてみれば、初めて御床山から下山した時(2002/03/02)、初めての御床浦をよくも通り抜けて帰ってこれたものだと、今さらながら感心してしまう。

宮島桟橋は遠かった

御床浦から宮島植物実験所まで、海沿いの山道を行く。アップダウンがかなりあり、疲れた身にはしんどい山道である。

私の2002/03/02山行記(初めての御床浦~宮島自然植物実験所)には、次のような記述がある。「"海岸沿い"の道はとにかくタフな道であった。弥山にもう一つ登ったくらいの消耗度がある」。

今日は途中で、大潮の干潮時に通ることのできる水際のコースから、この山道に登りつく箇所を一つ確認しておいた。エスケープルートとしてメル友がくれた情報である。

宮島植物実験所から海岸道路(自動車道)に入る。

途中で、一台のバイクにまたがった若い男女とすれ違う。しばらくして戻ってきて、この先は行き止まりですかと聞かれた。宮島を一周する道路があると思って、ここまでやって来たらしい。一周することはできないと答えると、そのまま帰って行った。

多々良を経て宮島桟橋をめざす。午後6時を回り、宮島水族館(みやじマリン)は既に閉館、街中のお店もほぼすべて閉まっている。

厳島神社の横に、以前何度か焼き牡蠣で缶ビールを飲んだことのあるお店がある。そこのお店もすでに店じまいをしている。隣りの自動販売機で缶コーヒーを買い、そこのベンチで休む。

外国人観光客など、まばらな人影をぬって歩く。日の入りにはもう少し間があるだろうか、太陽は雲の中である。ゆったりとした時間が流れる中を宮島桟橋まで歩く。

宮島地区パークボランティアの会

「瀬戸内海国立公園宮島地区パークボランティアの会」は、宮島を中心とした瀬戸内海国立公園内を活動範囲として、環境省と連携しながら国立公園の保護と適正な利用に寄与する活動を行っている団体である(会員数約50名)。ホームページ参照:中国四国地方環境事務所>自然環境の保全整備>パークボランティア>宮島地区(2013年7月21日確認)

私も過去二度ほど、同会公募の植物観察会に参加させていただいたことがある。

  • 2006年05月07日(日)、大元公園~宮島自然植物実験所~下室浜海岸
  • 2005年04月24日(日)、包ヶ浦自然歩道(博打尾)~包ヶ浦公園

いずれの場合も、親切ていねいな説明、対応で楽しい一日を過ごさせていただいた思い出がある。

さて、その広報誌「みせん」第52号(平成25年6月1日発行)p.7、「岩船岳清掃登山(2013年4月20日)」の中には、宮島山中に不自然に作られた山道の姿をみるなどとした、次のような記述がある。(2013年7月21日確認)

それは、これまでの弥山やこの度の岩船岳登山で散見した、むやみに折られたり、切られたりした木の枝や、不自然に作られた山道の姿であり、もし、これらが自然保護や保全の観点からではなく、他の目的で行われたものであれば、宮島のかけがいのない宝である原始林が今まさに人間に侵犯されている現状そのものです。

「みせん」第52号(平成25年6月1日発行)p.7

GPS(Holux M-241)のデータが、メモリオーバーで記録できなくなってしまった(20日分以上のデータ有り)。内部メモリが一杯になった場合、「(古いデータを消去して)上書き」にしておけばよかったものを、「(メモリが一杯になったら)記録終了」の設定にしていたためである。

宮島本発売(アマゾンKindle版)2018年1月17日刊

『孫と歩く~ユネスコ世界文化遺産の島・厳島~』

宮島のトピックス満載です。
なお、過去の記録を基にして書き改めています。
したがって、事実関係そのほか全ての点において
本書の内容が優先いたします。