2013年05月23日

2013年05月23日(木)、単独

広島湾岸トレイル
宮島
あての木浦まで海岸沿いの山道を行き、西海岸の干潟を歩いて帰る
(出発帰着:宮島桟橋)

厳島神社の大鳥居

〈写真左〉厳島神社の大鳥居
(朝8時過ぎ、大潮のほぼ満潮の時刻)

最終更新日:2017-05-12 (金) 18:28:14
a:1339 昨日:0 今日:1

  • 広大自然植物実験所〜御床浦〜あての木浦(2014/11/23)
    この地域の決定版は、2014年11月23日山行記です。今日(2013/5/23)の山行記も含めて、下記各山行記中の不明瞭(不正確)な点を訂正しながらまとめています。コース概況(GPSルート図リンク)もあります。
  • 宮島の海岸線歩き、写真あり
    2013/06/23(大江浦周辺、下室浜~多々良潟、綱之浦~大鳥居)
  • 宮島自然植物実験所~あての木浦(下記の各山行記参照)
    過去に何度か山道の探索を繰り返している
    2009/05/04、4/29、4/11、2002/03/02

はじめに

宮島の海岸は、ほとんど護岸工事がされておらず、自然の砂浜、干潟あるいは岩場がそのまま残っている。大潮の干潮時ならば、そこを歩いて島を一周することができるという。

ところで、宮島島内には、全島を一周する道路はない。島内を走る海岸道路(自動車道)は、西海岸の宮島桟橋~多々良~室浜まで、そして東海岸の(宮島桟橋)~杉ノ浦、包ヶ浦から鷹ノ巣浦を経て青海苔浦までで、いずれもその先は行き止まりとなっている。(注:東海岸の大砂利から先では、一般車両の通行はできない)

この海岸道路は、明治期に、室浜砲台(跡)、鷹ノ巣砲台(跡)建設のため造られたということである。

参考:鷹ノ巣砲台(跡)探索まとめ
2013/05/05山行記

宮島の海岸歩きの醍醐味は、海岸道路のない青海苔浦~革篭崎(宮島最南端)の岩場と、革篭崎~室浜~(多々良)の砂浜(干潟)にある。

インターネット情報によれば、最初から最後まで砂浜等を歩いて全島一周したという記録はなさそうである。海岸道路や山道を組み合わせて、それぞれに工夫されている。

今日の私は、幸いにして、木・金・土の連続休暇(リフレッシュ休暇)が取れたため、前から気になっていた宮島の海岸歩きを実行した。初めての経験である。一人旅でもあり、今回は、岩場が続く東海岸はパスして、まずは砂浜歩きの西海岸のみを探索してみた。

  • 宮島における潮汐データ

宮島の潮位(2013年5月後半の一部)は以下のとおりである。この時期が、年間を通して、海岸歩きには一番条件が良さそうである。

5月23日(木)、大潮・干潮 14時14分(潮位、26㎝)
5月24日(金)、大潮・干潮 14時58分(潮位、3㎝)
5月25日(土)、大潮・干潮 15時42分(潮位、-13㎝)
5月26日(日)、大潮・干潮 16時26分(潮位、-18㎝)
5月27日(月)、中潮・干潮 17時11分(潮位、-13㎝)

5月23日の潮位

干潮1時59分(潮位98㎝)、満潮7時51分(同319㎝)
干潮14時14分(同26㎝)、満潮20時40分(同354㎝)

ただし、以上は広島港のデータ。「厳島港」の場合は、これより若干早まることが予想されるとのこと(社団法人宮島観光協会ホームページ参照)。

さて今日は、あての木浦まで山道を行き(12時ごろ到着予定)、それから海岸線を歩いて帰ることにしていた。ところが、例によって、しなくてもよい寄り道をしたため、精神的・肉体的な余裕を失ってしまった。

今日のコース

20130523MYJ_route.jpg
電子国土ロゴマーク

この背景地図等データは、国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものである。

今日のコースタイム

宮島桟橋8:02-大元公園8:23-多々良8:50-宮島植物実験所9:10-室浜砲台跡9:13、9:15-(ロスタイム7分)-大江浦9:50-大川浦(岩船岳取付き)10:01、10:08-御床浦(ロープ)10:34-農園跡地10:44-左折10:49-農園跡地10:51-良い道(御床山登山道)10:57-(途中苦戦)-良い道(標高30m台)11:14-良い道(御床山登山道)145m付近11:32-(引き返す)-良い道(標高30m台)11:46-御床浦海岸11:50、12:39-あての木浦分岐12:48-御床山取付き?(地形図黒破線)12:55-あての木浦13:42-(江ノ尻浦、長浦)-平根14:05-須屋浦神社14:17、14:26-下谷14:36-御床浦神社14:46-烏帽子岩14:49-大川浦15:01-大江浦15:11、15:25-休憩15:53、16:01-宮島植物実験所16:11-多々良16:34、16:37-大元公園17:03-休憩17:10、17:30-宮島桟橋17:45

  • 宮島桟橋(21分)大元公園(27分)多々良(20分)植物実験所
     小計1時間08分
  • 植物実験所(3分)室浜砲台跡(35分)大江浦(11分)大川浦
     小計51分(砲台跡2分を加える、砲台跡の先のロスタイム7分を含む)
  • 大川浦(49分)良い道(1分くらい)御床浦海岸
     小計50分
  • 御床浦海岸(9分)あての木浦分岐(7分)地形図上の御床山取付き(47分)あての木浦
     小計1時間03分
  • あての木浦(23分)平根(12分)須屋浦神社(20分)御床浦神社(15分)大川浦(10分)大江浦
     小計1時間29分(須屋浦神社9分を加える)
  • 大江浦(46分)植物実験所
     小計46分
  • 植物実験所(23分)多々良(26分)大元公園(22分)宮島桟橋
     小計1時間34分(多々良3分、大鳥居近く20分を加える)
  • 宮島桟橋~あての木浦、3時間59分(大川浦7分を加える)
  • あての木浦~宮島桟橋、4時間03分(大江浦14分を加える)

その他:良い道(御床山登山道)ロスタイム52分、御床浦海岸昼食49分あり

厳島神社を左から回り込む

センダン

〈写真右〉厳島神社のセンダンの花
(平日朝の静かな雰囲気がただよう)

海岸道路を南西に行く

宮島水族館(みやじマリン)、大元公園、多々良を経て、広島大学植物実験所(広島大学大学院理学研究科附属宮島自然植物実験所)に至る。ここまで自動車通行可能な簡易舗装道が続いている。

実験所の少し先に室浜砲台跡がある。

室浜砲台跡

〈写真右〉室浜砲台跡
(現在では、植物実験所の所有となっている)

砲台跡から先は、完全な山道となる。

〈写真下〉大江浦手前から見る岩船岳(左奥)

岩船岳

(海岸線に沿って、大江浦、大川浦、御床浦、須屋浦を見る。潮はまだ引いていないようである)

大江浦の先で、小さな峠を二つ乗り越すと、大川浦(分岐)である。

大川浦~御床浦

大川浦分岐は、地形図どおり、海岸線の山道と大川越(岩船岳のふもと)に至る山道(共に黒破線)の接点にある。

大川浦からは、疎林の中の踏み跡を追って行く。分かりにくい箇所も多く、気合が入る。

まず、分岐からすぐに疎林の中に突っ込み、沢を渡ってしばらく行く。そこで、右手下の方に踏み跡があるが、行き止まりである。正解は、左手斜面に向けて、少しよじ登る。途中に小さな岩(だんご岩と言うらしい)があり、その右手を登る。

斜面を少し登り、少し右手に行くと、再び海岸線の見える良い道となる。

そして再度、地形図黒破線よりも上を行き、急下った後、‎ロープを使って、砂浜近くまで下りる箇所がある。御床浦(の一番奥まった場所)である。

御床浦の海岸近くを行く

ロープを伝って下りた海岸近くから、疎林の中を西向きに行く。やがて沢を渡り、なおも行く。その後、かつての農園跡地が続いて出てくる。

  • 中国新聞記事(2013年5月31日付)、後日注
    NPO法人「自然環境ネットワークSAREN」が、瀬戸内海の歩みを次世代に残す活動として、船舶や暮らしの記録写真を収集している。それらの写真の中に、「戦後間もなく宮島沿岸を開拓した人たちや農作物の運搬船とみられる写真もある」という。この辺りのことであろうか。

最初の農地フェンスにぶつかる。その位置は、御床神社の東南東の地点(標高20m弱)である。

農地跡に沿って行く

〈写真右〉農地跡を左手にして行く
(フェンスを左手にして、西南西に標高20m台を乗り越す)

御床神社の南に向けて切れ込む小谷の標高10mくらいの地点に出る。左折して、小谷に沿い南南東にしばらく行く。再び、農地フェンスにぶつかる。

農地フェンス

〈写真右〉農地跡を左手にして行く
(フェンスを左手にして、南西に標高31mの小尾根を乗り越す)

標高31mを過ぎたあたりに、長い石垣やきれいな道路がある。

長い石組み

〈写真右〉長い石垣
(石垣に沿って、画面左から右に行く)

すぐ先には、きれいな道路がある。

りっぱな道路

〈写真右〉きれいな道路を横切る
(道路の両側には、りっぱな石組みの側溝がある)

標高31mを乗り越すと、一つ南の小谷(沢)に出る。御床神社の南、標高20mくらいの地点である。そこに良い道が付いており、ぶつかる。

なお、この良い道まで石垣が続いている。そこで、帰途はこの石垣を目印に、良い道から北北東に踏み込み、31mを越えて行けばよい。

良い道

〈写真右〉この良い道に出る

御床山に向けて良い道あり

御床山(標高364m)中腹の145mの北から、北西に流れる小谷に沿って、御床浦の海岸まで良い道が付いている

海岸まで続くこの良い道を、標高20m付近で南向きに横切って、疎林の中に入る。そしてそのまま、左手前方に向けて行く。やがて、深い沢にぶつかる。そしてそこから、下谷(海岸)の東側にある標高40m台ピークの東~南側を巻いて行く。

ただし、ここの沢辺りで、いつも現在位置が分からなくなり苦労させられる。今回も、この辺りを突破するため悪戦苦闘している間に、再び先程の良い道の標高30m台くらいの地点に出てしまった。

この山道には、前回(2009/04/29)も一度迷い込んだことがある。その時は、堰堤付近(標高110mくらい)までしか行けなかったように思うが、その時よりもさらに上まで整備されているようである。これならば、御床山まで登ることができるかもしれない。

実は、十年ちょっと前に(2002/03/02)、御床山から御床浦に下りたことがある。その時通ったのがこの道なのか、あるいは、その一本南の谷(地形図黒破線)を下ったのか、よく覚えていない。

後日確認(2013/06/30):御床山~御床浦には、下草を刈ったきれいな山道が付いている。それが、この良い道である。地形図記載(黒破線)の山道は消失したものと思われる。

御床山

〈写真右〉145m付近から御床山を見る

今日は、145m付近までそのまま良い道を登り、そこから御床山を見て引き返した。写真左は、岩船岳であろう。なお、この道の上部では左岸を登って行く。

御床浦で仕切り直し(昼食)

御床浦をうまく突破できず、精神的にもまいってしまった。良い道をそのまま真っ直ぐ海岸まで下り、昼食にする。

御床浦

〈写真右〉御床浦もかなり潮が引いている
(画面中央、須屋山(標高80m台)の緑の右に、須屋浦の浜辺を見る)

左手前方を何となく見ていると、須屋浦海岸に向けて、8人くらいのパーティが進んでいるのが見えた。しばらくしてその歩みが止まった。須屋浦神社あたりで昼食らしい。

再びパーティが動き出したのを見て、後を追おうかとも考えた。しかし、今日の私に"あての木浦"を越えてその先まで行き、東海岸の岩場を突破して、島内を一周するだけの知識も時間もない。(あての木浦~東海岸~宮島桟橋、約8時間くらいか)

あての木浦から山道を引き返すにしても、今日の体たらくでは無事御床浦まで帰ってくることができるかどうか、自信がない。(あての木浦~山道~宮島桟橋、約4時間くらい)

[check]結局は、最初の予定どおり、あての木浦まで山道を探りながら行き、海岸線の砂浜を歩いて帰ることにした。

御床浦から、南向きに"あての木浦"まで下る

御床浦の海岸近くを通り抜け、長浦~江ノ尻浦~あての木浦に向けて南下する。

[check]御床浦から長浦に向けて抜け出るポイント(分岐)は、先程通った標高31mピークのほぼ真南の標高30m付近にある。下谷(海岸)の東側にある標高40m台ピークのさらに東側である。

ここに至るには、1)良い道の標高20mくらいの地点で、南向きに疎林に入り、沢の右岸を南東に行くか、2)良い道を標高30m台の地点まで登り、右折して西向きに少し下るか、どちらかの方法を取ることになる。いずれにしても、はっきりしない踏み跡を追って行くことになる。

後日注:2014年11月23日山行記
海岸から御床山に向けて延びる良い道の標高30m台地点に分かりやすい分岐あり。

ところで、今日の午後、この分岐点にこんな標識を見つけた。

あての木浦分岐

〈写真右〉あての木浦分岐
(標高30m付近に分岐がある)

分岐から、疎林の中を南西に行く。標高40m台ピークの南東側(標高20m台)のほぼ平坦な踏み跡である。すぐに、りっぱな石垣がある。

石垣の間を行く

〈写真右〉きれいな石垣の間を、南西に行く

なおも行く。やがて、標高40m台ピークの南側(標高20mくらいの地点)で、前方に小さな尾根(標高20m台)を見る。

斜面

〈写真右〉小さな尾根(標高20m台)手前
(南向きに一旦小さな谷まで下り、そこから標高20m台の小さな尾根斜面を駆け上がる)

尾根の向こうで、左手(御床山の方角)から踏み跡が下ってきており、ぶつかる。地形図黒破線の標高20m台地点である。

この黒破線は、御床山中腹の145mの南側から、下谷浦(御床浦と須屋浦の間)まで記載されている。

この踏み跡は、そのさらに上の御床山(標高364m)まで通じているのであろうか。前述のとおり、以前(2002/03/02)、御床山から下山した時通ったのが、この踏み跡なのか、あるいは先ほどの良い道なのか、はっきりしない。

後日確認(2013/06/30):地形図記載(黒破線)の山道は消失したものと思われる。御床山~御床浦には、下草を刈ったきれいな山道が付いている。それが、先ほどの良い道である。

踏み跡分岐

〈写真右〉御床山方面踏み跡(地形図記載)分岐
(御床山の方角を見る。左手から来て、右手のきれいな踏み跡にぶつかる)

きれいな踏み跡に入り、右折してほんの少し海岸よりに行く。そして、すぐに左折してさらに南下する。須屋山(標高80m台)東斜面の谷間を南~南西に行き、海岸近くに至るためである。

まずは、きれいな踏み跡から南へ少し行った地点で、一度西に向きを変える。そして、下谷浦に注ぐ小さな沢の東側にある小尾根(標高20m台)を行く。そこは、切り通しになっており、ヌタ場がいくつか連なっている。

ヌタ場

〈写真右〉切り通しのヌタ場

ヌタ場を抜け、左折して南東方向に行く。下谷に流れ込む沢の右岸(標高20mくらい)を少し離れてさかのぼる形になる。

良い道が先の方まで延びているので、そのまま行きたくなるが、途中で右折する。須屋山(標高80m台)東斜面の谷間を南向きに行くためである。ほぼほぼ標高20mくらいに沿って、南~南西に向きを変える形となる。

先程の分岐を右折してすぐに住居跡?がある。

住居跡?

〈写真右〉住居跡?
(シカの仕業だろう。芝生のようにきれいである。左手前方に一段駆け上がり、そのまま前に進む)

ここから先でも、小さな沢を渡る箇所で分かりにくいケースがいくつかある。慎重に長浦・江ノ尻浦近くまで下り、あての木浦まで行く。

あての木浦から海岸線を帰る

あての木浦の浜辺に出てみると、数本の靴跡が革篭崎の方に向かって付いている。件のパーティは、御床浦~あての木浦まで、無事海岸沿いを歩くことができたようである。

あての木浦

〈写真右〉あての木浦沖の可部島
(浜辺で、件のパーティーの姿を見ることはなかった)

私は、その靴跡を逆にたどって、時計回りに歩き始める。

あての木浦の北側

〈写真右〉あての木浦を回り込む
(江ノ尻浦、長浦、そして平根を見る)

砂浜は、歩くのが困難な程は柔らかくない。岩場もほとんど滑らず歩くことができる。

平根

〈写真右〉平根を行く
(宮島の最西端である)

宮島周辺は、広島カキの一大生産地である。

カキ養殖

〈写真右〉カキの養殖だな

厳島・七浦巡り(御島めぐり)・第六社

須屋浦神社

〈写真右〉須屋浦神社
(神社の横に、大きなヤマモモがあったりする)

厳島・七浦巡り(御島めぐり)・第七社

御床浦神社

〈写真右〉御床浦神社

御床浦神社を回り込むと、砂浜に烏帽子岩が鎮座している。宮島にある名前のついた岩の一つである。

烏帽子岩

〈写真右〉御床浦の烏帽子岩
(左奥に岩船岳を見る)

大江浦から山道を帰る

時間が押している。干潮が終わって上げ潮になったら、どこまで歩くことができるのだろうか。途中で潮が満ちて来て、逃げようとした時、山道までちゃんと這い上がることはできるだろうか。

そんなこんなを考えていると、気がせいて足早になってしかたがない。大江浦で海岸歩きを止めて山道を帰ることにした。

大江浦から先で、内侍岩~室浜~多々良まで歩くことができるのかどうか、確信が持てなかったことと、直射日光がきつく、かなり疲れを自覚したためである。

大江川で、お茶(ペットボトル500ml×2)がなくなり、その内の1本に水を詰めた。

帰りの山道は休み休み、やっとの思いで厳島神社の手前までたどり着いた。コーラを1本買って、磨き上げられた石のベンチにへたり込む。

厳島神社の大鳥居

〈写真右〉厳島神社の大鳥居
(満ち潮が、ざわざわと音をたてながら迫ってくる)

ベンチで休んでいる間に、完全に向こう岸まで渡ることができなくなった。神社に沿って右から大きく回り込み、宮島桟橋まで歩く。乗船前に、缶ジュースを1本買って飲み干す。このダメージは、少なくとも土曜日まで続いた。