2009年09月13日

Akimasa Net
ひろしま百山(私の踏み跡) >> 船倉山広島湾岸トレイル

広島湾岸トレイル
大野鉱山跡探索(高見川ルート)
林道高見線(高見川ルート)から入山、570m台から途中で往路下山
(出発帰着:JR前空駅―山陽本線)

2009年09月13日(日)、単独

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〈写真〉旧大野鉱山の選鉱所跡、9時40分

はじめに

往路途中で、今回初めて旧・大野鉱山の選鉱場跡などに踏み込み探索する。少し疲れて船倉山まで届かず、途中の570m台から往路下山する。

以下、大野鉱山跡の各施設を中心に、翌週の山行(2009年09月19日(土))も含めてまとめた。

参考資料

  • いにしえのロマンの郷 廿日市/おおの地区点描/藤下憲明さん
    大野鉱山
  • いにしえのロマンの郷 廿日市/廿日市の近代化遺産/藤下憲明さん
    近代戦争制限区域標石/呉要塞区域標石など
  • 藤下憲明「近代戦争制限区域標石について(上)」
    広島県文化財ニュース、第168号(2001年3月)P.1-6
  • 藤下憲明「近代戦争制限区域標石について(下)」
    広島県文化財ニュース、第170号(2001年8月)P.1-11
  • 廿日市の山々/Naさん
    船倉山~烏帽子岩山
  • 大野鉱山/文理一男著、平成17年(2005年)12月20日
    平成18年(2006年)2月26日一部改訂(はつかいち市民図書館蔵)
    P.34あとがき、P.35奥付
    平成18年(2006年)3月31日一部改訂(広島県立図書館蔵)
    p.37欠、p.38奥付ダブり、p.37には「あとがき」があると思われる
    平成18年(2006年)12月10日再改訂(はつかいち市民図書館蔵)
    p.49あとがき、p.50奥付
    以上、改訂内容は主として鉱石写真(資料提供者)の増加による
  • 西広島タイムス
    2008年(平成20年)4月11日,1011号
    選鉱場跡へルート開く 新登山道の観察会27日に 旧大野鉱山で
    2006年(平成18年)2月17日,906号
    大野鉱山調査し小冊子に 「郷土史料に」と文理さん
  • 中国地方地学事典

今日のコース&コースタイム

JR前空8:17-新幹線高架下8:33-三区集会所8:37-高見橋8:38-広島岩国道路高架下8:44-高見林道入口8:49-分岐林道(左)あり8:52-砂防ダム8:58-地蔵堂、陸軍省標石9:03-地蔵橋を渡る9:04-イノシシぬた場9:07-林道終端部9:10-橋を渡る9:10-選鉱所跡分岐(右)9:14-平場到着9:28(300度にピーク)-探索9:36~9:41-林道まで戻る9:50-沢を渡る(二筋、左岸から右岸へ)9:52-ダム10:01--左手から小さな水流あり10:06-ダム10:07-船倉山・鉱山分岐(右へ)10:10-出会い10:13-ガレ場、小石積み10:28-上部に達する、よい道あり10:31-尾根に乗る10:44-第1鉄塔10:45、10:55-(引き返す)-尾根分岐10:55-第2鉄塔11:00-第3鉄塔分岐11:10-第3鉄塔11:12、11:23-分岐11:25-559m11:44-570m台手前分岐(右へ)12:02-570m台12:06-(北側探索など)-570m台引き返す12:17-分岐12:19-少し下る12:21、12:23-(引き返す)-分岐12:24-559m12:36、13:25-少々コブ13:27-第3鉄塔分岐13:34-第2鉄塔13:40-尾根分岐(前方に第1鉄塔、右折下る13:44-(日があたる、急な下り、中年男性一人すれ違う)-小さな沢渡る(左岸から右岸へ)13:53、13:58-(渡ったところの小道で、風が吹き上げる、気持ち良い)-(下る)-(本流の音が右手から聞こえる、つまり左岸を下っている、左手にも水流、つまり中尾根を下っている、最後は岩尾根)-本流を渡る(左岸から右岸へ)14:04-分岐(左下へ)14:05-小さな沢、右手から14:07-(なめらを流れ下る)-沢2筋下る14:12、14:13-選鉱所跡分岐14:14-沢渡る(橋あり)左岸から右岸へ-すぐに林道終端部14:17-(沢の右岸を下る)-沢渡る(橋あり)右岸から左岸へ14:22-すぐに祠あり-ダム14:25-林道入口14:31、14:40-広島岩国道路高架下14:43-高見橋14:46、14:48-高見橋の前後から宮島の駒ヶ林大断壁を正面にみながら下る-新幹線高架下14:55-JR前空15:08

  • JR前空駅(32分)林道入口(21分)林道終端部(4分)選鉱所跡分岐(23分)出会い(31分)送電鉄塔管理道尾根、第1鉄塔分岐(5分)第2鉄塔(10分)第3鉄塔分岐(19分)559m(22分)570m(途中の選鉱所跡探索分は別途記載)
    小計2時間47分
  • 570m(14分)559m(19分)尾根分岐(20分)出会い(13分)林道終端部(14分)林道入口(28分)JR前空駅
    小計1時間57分(林道入口9分を加える、559m休憩49分は加えず)
  • 総合計4時間44分(ただし、その他探索分などを除く)

その他、探索分など(総計1時間18分):
選鉱所跡探索36分(登り14分、休憩及び探索など13分、下り9分)
第1鉄塔往復11分(行き帰り各1分弱、そのほか休憩)
第3鉄塔往復15分(下り2分、休憩11分、登り2分)
570m台付近11分(休憩及び北側探索)
570m台手前分岐から、570m台西側探索5分

そのほか、559m休憩49分あり

宮島から船倉山をみる

安芸の宮島から対岸を見ると、正面に幕を張ったような山容を持つ山が見える。一見、ロケットのような形をした(一部省略)の入った白い建物の上に見えるピーク、これが船倉山である。

「ひろしま百山」p.146

船倉山の下の白い建物は、宮島からほんとうによく見える。そして目立つ。「あれは何だろう?」多くの観光客が不思議がり尋ねあっている光景をよく目にする。

林道高見線入口をめざして北西に行く

さて船倉山への出発点は、「ひろしま百山」中国新聞社(1998年)ではJR宮島口(山陽本線)としている。しかし、2000年(平成12年)3月11日には宮島口の一つ西にJR前空駅が開業している。林道高見線入口(高見川ルート登山口)まで行くには、JR前空駅から歩く方がほんの少し早いだろう。

今日はJR前空駅で下車する。プラットホームから階段を上がり、北側に出ると眼前に高台の前空団地が広がっている。

ここから登山口に至るには、地形図をみると、団地東側下の地道(車道)を北西に道なりに行くとよさそうである。

最初に地形図をみたとき、団地内に通り抜けできる道がありそうなので、それを行ってみようかなと迷いながら歩き始めた。しかし、実際に現地を歩いてみると、団地内で少し登りになっており、それを嫌って途中から下の道へ降りた。

自動車道を北西の方角に行くと、新幹線高架手前で左手からおりてくる団地からの道を吸収する。高架下をくぐって行くと、すぐ先の三区集会所の広場(右手)ではゲートボールの真っ最中である。

高見橋で永慶寺川を渡ると、すぐに、その支流である高見川の左岸を行くようになる。ただし家並みが続いており川岸を見ることはできない。広島岩国道路高架下をくぐってなおも行くと、左手に堰堤があり、そこが高見川ルート登山口となっている。(参考:永慶寺川水系 高見川)

林道高見線に入り、高見川に沿ってなおも北西に行く

登山口(標高50m台)から、そのまま簡易舗装の林道に入り、終端部までゆったりと登る。林道は高見川に沿って造られており、地形図にしっかりと記載されている。

まず、林道入口から高見川左岸を行く。川音が大きい。砂防ダム(標高約100m)を左にみてしばらく行くと、地蔵橋(標高約110m)で左岸から右岸に渡る。橋を渡る手前に、地蔵堂と旧陸軍省標石がある。

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〈写真〉地蔵堂と旧陸軍省標石、9時03分
(地蔵橋を渡る手前右手に地蔵堂があり、その左脇に旧陸軍省標石がある)

標石の文字はつぶれており「陸軍省」の部分しか読めない。藤下憲明「広島県文化財ニュース」によれば「広島湾要塞第三地帯標石(第5号)」である。

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〈写真〉旧陸軍省標石、9時32分

後で資料を見直してみると、明治32年6月建立だという。広島市およびその近郊でよく見かける標石は、昭和15年建立のものが多いのではないだろうか。そうした標石よりも古いものであるとするならば、それらよりも字がつぶれていると感じたのも無理はないか。

なお、藤下憲明の記述に

(この)標石が一部で大野鉱山と関連付けられているようであるが、この標石は別の目的で設置されたものであり詳細はこちらを参照してみて下さい。

いにしえのロマンの郷 廿日市/藤下憲明さん

とある。

改めて、Webおよび「広島県文化財ニュース」で確認すると、こうした標石は、近代戦争制限区域標石として設置されたものである。そして、地蔵橋横の標石の場合は、「大野瀬戸に設置された室浜砲台(Web作者注、船倉山対岸の宮島北西海岸)からの距離2250間(4095m)の区域線上に建立されたものである」という。

それに関して、「大野鉱山」の中に次のような気になる記述がある。

高見川林道の途中に軍の監視所があったことを示す石碑が今も残っており、その頃の事情を物語っています。

文理一男「大野鉱山」p.002

西広島タイムスWEB(上記2件)でも、これを踏襲する記事を載せている。

それに対して、藤下憲明は「これは旧大野鉱山の軍監視所があったことを示す石碑ではなく、旧陸軍省の標石そのものである」と言いたいのであろう。旧大野鉱山が盛んに掘られたのは太平洋戦争中のことのようであり、この標石は明治期のものである。

私としては、こうした石碑に関する資料をまとめて論文として発表している藤下憲明の見解を支持したい。

さて、地蔵橋を過ぎるとやや勾配がきつくなる。捨てコンの道は少し荒れている。林道の左脇にイノシシのヌタ場を見ながら、林道終端部(標高150m台)に至る。ここの終端部まで車が入れそうである。

林道終端部から、そのまま高見川に沿って登る(途中に選鉱所跡分岐あり)

林道終端部の横の橋で、高見川右岸から左岸へ渡る。地肌の出た道はすぐに車の通れない状態となる。しかし、ヒトが通るのに何の問題もない。しばらくして、右手に「選鉱所跡」分岐の道しるべ(標高170m前後)を見る。

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〈写真〉「選鉱所跡」分岐の道しるべ、9時14分

大野鉱山跡(選鉱場跡など)を見学

選鉱場跡は、旧・大野鉱山の施設跡の一部である。施設跡の多くは高見川左岸にあり、375mピーク(送電鉄塔あり)南斜面から西斜面にかけて散乱している。

大野鉱山のおおまかな施設は鉱石を採掘する坑道、鉱石塊を粉砕して有用鉱物を分離取り出す選鉱場、鉱物の集積場、作業関連施設、従業員宿舎などでこれらの跡とみられる遺構が山中に分散して残されている。

いにしえのロマンの郷 廿日市/藤下憲明さん

(大野鉱山は)第二次世界大戦中の1941~1944年、軍の管理下でタングステンや銅などを採掘していたようだが、鉱石の含有率が低く廃鉱となったらしい。「大野鉱山」(文理一男著/2006年)には、鉱山の歴史や採取した標本の写真などが記載されている。

廿日市の山々/Naさん

林道沿いの標高170m前後から、旧大野鉱山の選鉱場跡(標高250mくらい)までの尾根道が「おおの自然を愛する会」の皆さんのご苦労によって新たに切り開かれた(2008年3月)という。(西広島タイムスWEB)

道しるべ「選鉱所跡」分岐から右手に踏み込み、高見川左岸の375mから南へ流れ落ちる尾根を北向きに登る。小石が散乱している。所々で石組みを見る。やがてシダの小道を行く。そして地面を平にならしたような場所に達する。その一段上にも同じような場所がある。その上には踏み跡が見つからない。

地面をならした下の段の沢側(西側)に一段低く平らな場所がある。コンクリートで固めた大きな箱のようなものの天井部分である。コンクリートの箱は、この上に1~2段、この下に1段と階段状に積み上げられている。箱の前面には、横一列に小さな穴が開けられている。

ここが選鉱場であろう。特に標識は何もない。

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〈写真〉旧大野鉱山の選鉱所跡、9時40分

藤下憲明は、「選鉱場概略配置図・断面図」を示しながら、次のように説明している。

選鉱場は下流側の砂防堰堤がある左岸の急斜面上にコンクリートと石積みで段状の平坦地を7段設けており、上の段から順次鉱石塊を粉砕機で破砕して物理的方法で分離された有用鉱物である精鉱が、最下段(6)の下に設けられた2槽の集積槽(7)に集められたものとみられる。

いにしえのロマンの郷 廿日市/藤下憲明さん

なおここで「下流側の砂防堰堤」とは、私がすぐ下に記している高見川の砂防堰堤(標高220mくらい)を指すものと思われる。

林道まで戻り、右岸に渡って登る

「選鉱所」分岐まで下って戻り、林道を右折して登る。すぐに、二筋の沢で高見川を左岸から右岸に渡る。したがってここから先は、高見川をはさんで、選鉱場跡など(左岸)の対岸を登るかたちとなる。

しばらくすると沢に砂防ダム(標高220mくらい)がある。対岸上部(標高250mくらい)に、私が先ほど登った選鉱場跡のコンクリート壁が見えるかなと思ったがよくは分からない。(ここの堰堤の真横の位置にあるはずである)

少し登って樹間から川床を見下ろすと、ナメラ状の岩の上を滑り落ちる水流が見える。すぐ上に2番目の砂防ダム(標高240mくらい)がある。続けて分岐があり、右手に行って河原に下りる。

出会い中尾根を登る

河原(標高250mくらい)に下りると、高見川本流に対して、右谷支流が流れ込む出会いとなっており、小滝がある。

川床の岩盤がむき出しとなっており、筋状の模様が入っている。これが節理というものであろうか。岩盤の色はやや赤褐色である。

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〈写真〉高見川、10時13分
(右谷支流に小さな滝をみる)

本流を右岸から左岸に渡り、右谷支流を渡り返して、中尾根状態になった岩尾根を急登する。そしてその後、よく踏まれたよい道をゆったりとしたジグで登る。その途中には、石組の平坦部らしき地形がある。

なお、出会いあるいはその上部から、振り返ると岩船岳(宮島)がよく見えるようになる。そして左手前方上部には、これから通る559m(高見山)の岩峰が荒々しい。

坑道口を見る

やがて、先ほどの右谷支流の上流部(標高300mくらい)に達する。そしてこの付近で、翌週(2009年9月19日)初めて坑道口を発見する。

私の初期の2回山行(2001年06月02日、2001年06月10日)では、坑道口について全く関心を示していない。今日初めて坑道口を探したのだが、見逃してしまったのである。なお、「ひろしま百山」船倉山p.146では、この坑道口のことを「風穴」としている。

この沢には8頁の写真にあるように今でも厚さ20センチにわたる石英脈が走っています。(当該写真オプション:坑道側を流れる沢に見られる石英脈(厚さは約20cm)。当時こうした脈が陸側に向かって何本も走っておりそのうち特に鉱物の濃集しているものが採掘されていった)

文理一男「大野鉱山」pp.2-3,8

坑道口の一つは、右谷支流上部を右岸から左岸に渡る手前(標高300mくらい)にある。ここの徒渉地点で沢を渡ることなく、右岸沿いにそのまま数メートル上流部へ踏み込んだ地点左側である。

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〈写真〉坑道口の一つ、2009/09/19撮影
(右谷支流上部を右岸から左岸に渡る手前(標高300mくらい))

そして、その近くにもう一つ坑道口がある(藤下憲明)というが分からなかった。もう少しそのまま上流まで踏み込んだ地点なのかも知れない。文理一男「大野鉱山」p.3によれば、「この坑口の上部にも鉱山跡と見られる4つの洞窟が残っているのが確認できます」とある。

私が確認したもう一つの坑道口には、大野鉱山本鉱跡の標識がある。その場所は、徒渉地点で右谷支流上部を左岸に渡り、ズリ石を利用して造った小さなジグの道をひとまず登りきった地点(標高310m~20m)右側である。

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〈写真〉二つ目の坑道口、2009/09/19撮影
(右谷左岸上部、標高310m~20m地点)

「大野鉱山」に掲載されている古写真には坑道からのレールとトロッコがみられ掘り出された鉱石塊はトロッコで高見川左岸に設けられた選鉱場に運ばれていたようである。坑道口から少し下がった左岸にはトロッコ道の跡が見られるが、しばらく進むと崩壊でルートが全くわからなくなっている。

いにしえのロマンの郷 廿日市/藤下憲明さん

掘り出した鉱石塊は、トロッコを使って先ほど私が見た選鉱場までおろしたというのだが、そのトロッコ道については、私には全く分からなかった。

高見川左岸尾根(375m~559m~570m台)に登りつく

石積みの小さなジグの後、ゆったりとしたジグで尾根に登りつく。右手1分足らずの所に送電線鉄塔(標高375m、第1鉄塔としておく)があり、海側(宮島など)の展望がよい。往復してくる。

尾根分岐から船倉山に至るには、尾根上を北向きに高見山(559m)~570m台と追って行く。

高見山までに送電線鉄塔をさらに2本みる。第2鉄塔はその横(標高410m台)を通りぬけ、第3鉄塔分岐(標高470m前後)は左折して登る。第3鉄塔分岐手前辺りで右はるか下に白い建物を見る。

第3鉄塔分岐で左折して尾根を登る前に、分岐を右向き(北東)に急下り第3鉄塔まで探索してくる。(片道2分程度)

第3鉄塔分岐まで戻ってから西向きに登り、559mの平坦部に登りつくと西側のながめがよい。そのまましばらく平坦部を行くと、559mピークからはほぼ360度の展望が得られる。

559mから船倉山はまだ遠い。ここから船倉山に至るには、ほぼ北側にある570m台を越えてさらに北東へ行く。

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〈写真〉559m峰からの展望、2009/09/19撮影
(左手の大きなピーク(570m台)の右奥に船倉山(545.9m)を見る。それらの真ん中奥は、極楽寺山である。
船倉山の山腹に真砂土のジグ道がはっきりと見えている。また、右肩には送電鉄塔も見える。先ほど歩いてきた送電線が北東に延びた先のものである。)

570m台から引き返し、往路下山

570m台から向こうを見ると、急下っている。船倉山も近づいた気がしない。今日はここまでとあきらめて引き返し、559mでゆったりと展望図を描くことにする。(展望図は、「2009年09月19日」山行記でまとめる)

なお、570m台から船倉山方面少し探索、570m台手前分岐まで戻り、570m台西側少し探索。

秋とはいえ直射日光が当たると痛い。少々体力を消耗して途中リタイアしてしまった。そして坑道口探索の課題も残った。次週も通ってみよう。ということで、今日の山行記は、次週の山行「2009年09月19日」も含めて完成させた。

参考山行記

広島湾岸トレイル・モデルコース

  • Akimasa Net(2016年03月26日)山行記
    めだかの館~船倉山~高見山~高見川沿い
    (出発:半目藪バス停(JR宮内串戸駅―山陽本線)、帰着:宮島口桟橋(JR宮島口駅―山陽本線))

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