2007年02月24日

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2007年02月24日(土)、単独
行者岩ルート~大峯山~大峯山登山口
(出発帰着、大峯ランド別荘地横の駐車場)

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はじめに

2007年02月24日(土)、単独
行者岩ルート~大峯山~大峯山登山口
(出発帰着、大峯ランド別荘地横の駐車場)

ここのところ2回連続で大峯山に登った。そうした中で、山で乾杯!(我らが初級中年登山隊)2006年03月26日山行記の追記に、宇部小野田勤労者山岳会「やまびこ」/"行者岩を求めて大峯山~西大峯山"という山行記を見つける。

下記の「大峯山概念図」出典は、
山田廸孝著「広島百山」さくら印刷出版(1994年)P.247

大峯山山頂部東側には懸崖があり、大峯山の姿形を美しく整えている。行者岩(まわり縁)は、その懸崖の構成要素の一つである。山頂平坦部には東西にきれいな踏み跡があり、西端の山頂から東端の行者岩上部までは簡単に歩くことができる。

今日は、その行者岩まで下から直登しようという訳である。参考書籍は山田廸孝著「広島百山」だというので、さっそく広島県立図書館から借りてきて準備をした(インターネット「日本の古本屋」 ではヒットせず)。残念ながら、先週は土日とも雨模様で山行を中止した。今日の天気は上々、まず雨の降る心配はないだろう。安心して冒険ができる陽気である。

私は今日は尾根筋を登った。最初は、ゴロウ谷右岸(西側)尾根、上部でトラバースして左岸尾根に移り、その尾根を追って山頂部を目差した。無事、行者岩(まわり縁)を発見して大満足。ただし、岩のまわりを回ってはいない。次回のお楽しみとしておこう。

なお、ゴロウ谷右岸尾根は、大峯山南尾根の標高約1000m付近から派生している尾根である。桑原良敏「西中国山地」大峯山概念図P.145では、この尾根は表示されていない。

山田廸孝「広島百山」は、行者岩コースを沢登りコースとして紹介している。そして、その大峯山概念図を見ると、山道(細線)が上記尾根(私が最初に取り付いた尾根)の西側、つまりゴロウ谷と尾根一つはさんで反対側の谷を登るようになっている。そして、上部でこの尾根を乗り越えて、東の尾根(私が頂上部まで登った尾根)に乗り移っている。

本文をみると、尾根を乗り越したり、尾根を乗り換えたりするといった記述はない。あくまでも沢登りとして書かれている。「やまびこ」のパーティも、この点でややとまどいを見せているようである。最初から通してゴロウ谷を登るルートかもしれない。だとすれば、ルート表示(細線)が間違っていることになる。

今日のコースタイム:
駐車場(5分)中国自然歩道表示板(12分)尾根(51分)トラバース(3分)岩海(41分)行者岩下(12分)行者岩
 小計2時間12分(表示板分岐2分、無駄な往復6分加える)
行者岩~風穴~大峯山散策
 小計9分
大峯山(4分)展望岩(13分)ベンチ(10分)登山口(4分)駐車場
 小計31分
総合計2時間52分(行者岩1時間18分、大峯山14分除く)

駐車場9:21-表示板分岐9:26、9:28-沢9:39-林道終点9:42-(引き返す)-尾根9:46-踏み跡9:49-ホタノコヤ9:53-岩10:02-踏み跡10:11-左に振る320度10:12-ちょっと休む10:14-やや平10:18-(急登)-急登やや落ち着く10:29、10:35-トラバース10:37-岩海10:40-中尾根状態10:48-大岩10:51-小さなホタノコヤ10:57-大岩11:02-行者岩発見11:19-行者岩下11:21-行者岩11:33、12:51-風穴その他-大峯山13:00、13:14-西大峯分岐13:15-展望岩場13:18-右植林帯13:22-保健保安林表示13:25-頂上まで30分13:28-五合目13:30-ベンチ13:31-右植林帯13:34-二合目13:39-取り付き口13:41-駐車場13:45

駐車場から車道を元来た方向に少し引き返す。右前方に野貝原山を見ながら下り、中国自然歩道ルート説明版の所に至る。別の道標には、楢原3.5km、万古渓6.5kmとある。地形図黒実線に沿って北に向う。この道は、かつて平谷へ抜ける中国自然歩道として整備されたもののようである。

「広島百山」の大峯山概念図には、そのさらに下の中地というところから山道(細線)が延びているように描いてある。そして、本文では「登山口の別荘団地手前に中地というところがある。周辺の自然歩道を説明する大きな表示板がある。そこから平谷へ抜ける自然歩道へ入る」となっている。少なくとも今日私が確認した限りでは、表示板は下川上から北に延びる地形図黒実線の起点にある。

さて、私はというと、表示板から北に入って道なりにしばらく行き、地形図細線で表示されている中国自然歩道(木馬道)を右に見送り、さらに上に進む。ところが、黒実線の表示が切れるあたりで、横に広く青いビニールがかけられており進入禁止。堰堤工事のようである。ここから沢(ゴロウ谷)に入るつもりでいたが、 これではどうすることもできない。

元来た道を引き返す。沢(ゴロウ谷)を渡り返した辺りまで下り、適当に右(西側)の尾根を駆け上がる。ヒノキの植林帯である。そのまま上を目差す。やがて、広い尾根やや右手に踏み跡を見つける。アセビとマツの林をしばらく登るとホタノコヤ(石積の炭焼き跡)があり、その先で左手のゆるい沢に入って、それから少し右に振って尾根に乗る。雑木の林である。

ここで左手の沢に入ったのは、山田著「広島百山」の記述に惑わされたためだ。今日の私はゴロウ谷に入ることは出来なかった。したがって、沢登りコースをとっている「広島百山」の山行記は、この時点では何ら参考とはならないはずだったのだ。

「広島百山」で紹介されているのは、あくまでも沢登りコースである。取り付きの部分を読むと、「(自然歩道に入り)しばらく行ったあと道標のある平谷道を右に見送り、山道を行く。その道は左の沢に沿っているが、だんだんと双方の高さが違ってくるので、高度差があまりひらかないうちに左の沢へ入る。沢登りである」と書かれている。

「広島百山」概念図における山道(細線)の起点をよく見ると、ゴロウ谷下流部にあたっている。そこから沢に入れば、地形図で見る限り、確かに左側の沢が本流である。「広島百山」は、最初からゴロウ谷に入り、そのまま同じ沢を登っているのではないだろうか。その場合、繰り返すことになるが、山道(細線)表示が間違っていることになる。なお、沢の状態について、「広島百山」は「水は少ない。初めのうちはクズなどがからんでいるが、登るにつれてよくなる」としている。

「やまびこ」のパーティは、ホームページに掲載されたGPS軌跡によると、地形図黒実線を北に入り、すぐに車道を右に見送ってそのままさらに北上して山道に入り、しばらく沢を登った後で、右手尾根に取り付いている。沢への取り付きは、「広島百山」概念図とは異なっており、それよりもさらに手前でゴロウ谷右岸尾根のさらに西側に入っている。そしてその後で、右手の尾根(私と同じ尾根)に乗っている。ここで「広島百山」の記述通りに左側の沢を目差したのでは、大峯山南尾根にぶつかってしまう。西に振られすぎである。

さて、私はというと、尾根上に岩場があり、そこからやや右に振る。すぐに小コブあり、28度を向く。そして左へ振って356度。少しづつ左に振れている。順調に尾根を登っているようだ。右の深い谷から水音が聞こえてくる。スギ植林帯の尾根は、歩きやすいけれども急斜面できつい。

ちょっと休憩10:14で、井手谷山210度、その右奥は三倉岳?235度。推定標高700mとすると、井手谷山206度でなければならない。一応、コンパスの誤差は約4度までとされているので誤差範囲とは言える。ただし、今日私が持っているコンパスはミラー付きなので、その誤差範囲は約1~2度以内と考えるべきだろう。そうすると、少し測定精度が甘いかもしれない。もちろん推定標高が間違っている可能性もある(高度計は持っていないので)。

やや平10:18で、推定標高720m位だろうか。左右には相変わらず深い谷を見る。すぐに急登322度。急登やや落ち着く10:29、推定標高780mで振り返ると、左奥に野貝原119度、そのさらに左下に集落113度が見える。 ここで休憩後出発してすぐに右下から水音がする。源流部まで到達したのだろうか。

「広島百山」は次のように述べている。「上部でちょっとスギの造林があるがそれはわずかで、そこを出ると突然目の前に大きな岩が立ちはだかる。十メートルもあろうか。それを乗り越えてがれ場を行くと、続いて三メートルほどの岩。がれ場は急になるが、三十メートルほど登ると十五メートルほどの垂直に近い岩があらわれる。階段状に割れているのでその真中を登る。その上のがれ場を五十メートルも登ると谷沢の終点である。見上げると行者岩がのしかかるように張り出している。終点から右の草つきに入り、その行者岩をめざして登る」。

さて私は、ゴロウ谷右岸(西側)尾根から右へトラバースして、谷上部に至り「広島百山」のルートをさがした。トラバース開始後、しばらくして前方の沢に岩海が現われる。そこを通り過ぎ、ゆるやかな尾根状の部分を上がりながら、岩海の上部へ回りこむ。そしてこの後は、尾根上(ほぼ335度前後)を上に向い、無事行者岩を発見する。ただしそこに至るには、あくまでも尾根状の部分を登ったのであり、「谷沢の終点」からではなかった。したがって、大岩が次々と現われる部分も、「広島百山」のルートと同じかどうかは定かでない。

私の最後の詰めをみてみよう。右前方に大岩10:51あり、右から大岩の上方に回りこむ。さらに、小岩の間をジグザグに這い上がる。自然林の中で気持はよいが、急登りである。再び大岩あり。最後は、斜面に浮かび上がる"けもの道"をジグザグに急登、右前方にそれらしき壁を持った大岩を発見する。行者岩だろうか。心ははやるが進むべきルートが分からない。

「やまびこ」のパーティは、標高950m付近まで尾根上を行き、そこから右へトラバースして行者岩を発見している。その山行記には、「沢の詰め付近は庭石大の石が堆積し、その間を灌木が埋めていて、歩くのにさっきまでの急傾斜以上に難儀」したとある。

また、この山岳会パーティは、トラバース手前で次のように考察している。「(「広島百山の」)概念図の尾根を横切り東方向に向かう道を探すが見つからない。右の尾根はまだはっきりその形をとどめている。おそらく尾根からトラバース気味に道が付くとすれば沢の切れ込みが浅くなるあたりだろうと想像すれば、もう少し上だろう。それにしてもこの急傾斜はキツイ」。ここは、すでに述べたように、「広島百山」大峯山概念図の行者岩コース(点線表記)に疑問符がつくところである。

西村さん夫婦(山毛欅の森の詩)も、ここのところ大峯山によく通われている。 夫婦登山400回目(2006年04月08日)には、"初の大峯山行者岩ルート"を選んでいる。参考書籍は、やはり『広島百山』(山田廸孝著)のようである。

山行記「山便りふうふう第121号」によると、「その麓で「ここは大峯の登山口じゃあないんよ」と声を掛けられたが、「いや、今日は行者岩を目掛けて登るんです」と答えると、親切に入山口を教えて貰った。里山的な雰囲気の漂う山道を上へ上へ向けて急登した。大岩を越えると更に急登となって待望の行者岩が上空に見え、左に廻って三角点の所に出た」となっている。

この山行記だけでは、ゴロウ谷(沢コース)か、あるいはその左右の尾根を登ったのかは不明である。しかし、「里山的な雰囲気の漂う山道を上へ上へ向けて急登した」という辺りを読むと、最初からゴロウ谷右岸(西側)か左岸(東側)の尾根を登ったと思われる。後は、そのいずれが「里山の雰囲気の漂う山道」と言えるかどうかで決まってくる。私の登った山道の雰囲気はどうかな?ちょっと判断に迷うところである。

参考までに、「リュックかついで-広島の山歩き-」大峯山(上)P.166-168には、「南東のゴロウ谷をつめる場合は、谷の上部で左岸の尾根へ出ると登りやすい。(東の平谷から登るコースと同じく)ササのない樹林帯だが、縁のタキに向ってぐんぐん高度を上げることが出来る」とある。ここで、"左岸の尾根"とは、私が推定標高780m~800mで右にトラバースして乗り移った尾根のことであろう。

さて私は、行者岩の下部を左から回り込んでみる。かなり大きな岩が次々と左に散らばっており、容易には上に進めない。左へ左へと、何とか回り込もうと移動する。そのうち、うっかりと眼鏡を小枝に引っ掛けて落としてしまった。さあ大変だ。眼鏡が転がり落ちて行く先を目と耳で必死に追いかける。裸眼ではほとんど見えないのだ。二十メートル位は落下したように感じた。眼鏡を踏みつけないよう慎重に手探りをしながら下って、割りと簡単に見つけることができてほっとする。

行者岩西側は低いササ原となっていた。そこを駆け上がると、きれいな踏み跡がある。大峯山頂部から東へ行く小道で、行者岩の上部、そして風穴へ通じている。踏み跡を右に少し行き、さらに右にそれて簡単に行者岩の頂上に達する。 (行者岩-まわり縁はどこをどのように廻るのだろうか、次回挑戦することにしよう)

行者岩の前方は、切り立った断崖絶壁となっている。見ると、右奥わずか上方284度のすぐ先に大峯山山頂部大岩があり、やがて、男性二人がそこに立つのが見えた。そして、その下の八畳岩で、彼らも含めて4~5人のパーティが休息しているのが見える。(井手谷山203度~207度、野貝原山143度、上勝成山 218度、井手谷山から+11~12度、正解は、井手谷山200度位のはず)

さて私は、行者岩で休憩後、一旦北東の風穴まで下って引き返し、その後休憩小屋などを散策して、最後に山頂大岩の上に立つ。今年の異常気象で雪はまったく消え去っている。それでも渡る風はそれなりに冷たい。少し手がかじかんできた。山頂北側では霜柱を踏む。北大峯左奥の女鹿平山に白い筋が2本入っている。スキー場は運営できているのだろうか。ずっと右奥の十方山山頂部に白いものはほとんど見られない。

山頂からは久しぶりに走って下った。ベンチより下では、乾いた落ち葉が滑る。慎重に下る。駐車場には、男女4人のパーティ。山頂大岩にいた人たちであろう。

参考資料:
山田廸孝「広島百山-随想的山旅案内記-」さくら印刷出版(1994年)
「リュックかついで-広島の山歩き-」中国新聞社(1980年)
桑原良敏「西中国山地」溪水社(1982年)