2005年01月22日

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2005年01月22日(土)、単独
嘉納山:
文殊山~嘉納山~嵩山登山口、往復
登山後、宮本常一展など周防大島を回る
(出発帰着、文殊堂下)

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はじめに

2005年01月22日(土)、単独
文殊山~嘉納山~嵩山登山口、往復
(出発帰着、文殊堂下)

嘉納山(周防大島)は鈴ヶ峰(広島県西区)から見える山である。というよりは、広島県西部の主な山からほんとうによく見える山である。どんな山なんだろうか。一度訪ねてみたい。という訳で以前から気になっていた山まで遠出をすることにした。

冬型の天気が緩み過ごしやすい一日であった。しかし、地平線は霞んで遠くまで見通すことはできなかった。それでも登山後に行ったソフト解析と合わせて、すばらしい展望の地であることがよくわかり満足する。超展望の日にもう一度登って見たい山である。(展望記はカシミール展望図:完成済み)

今日のコースタイム

文殊堂下(6分)文殊堂(25分)文殊山(36分)嘉納山
 小計1時間18分(文殊山休憩11分を加える)
嘉納山(35分)林道(4分)嵩山登山口(47分)嘉納山
 小計1時間32分(嵩山登山口休憩6分を加える)
嘉納山(26分)文殊山(16分)文殊堂(2分)文殊堂下
 小計46分(文殊山休憩2分を加える)
 総合計3時間46分
 (最初の嘉納山休憩10分を加える、2度目の嘉納山展望49分を除く)
 
文殊堂下9:33-文殊堂9:39-文殊山10:04、10:15- 林道10:19-小ピーク巻く10:23-650m台手前(文殊山0.8km、嘉納山1.2km)10:29-ベンチ(小鞍部、嘉納山0.8km)10:36-鞍部10:42-三角点10:48-嘉納山山頂10:51、11:01- 四境の役三ツ石古戦場11:04-海上保安庁電波塔11:09-石造り東屋11:14-630m台(70度)11:17-嵩山歩道終点1.0km11:21-鞍部帯11:31-林道(嘉納山歩道終点)11:36-嵩山登山口11:40、11:46-林道(嘉納山歩道終点)11:48- 小ピーク(嵩山歩道終点300m)11:53-小ピーク11:55-途中ピーク11:58-(急登り終わり)-嵩山歩道終点1.0km12:09-620m台(12:10~12:15)-石造り東屋12:19-林道12:24-嘉納山山頂12:33-13:25-文殊山13:51、13: 53-文殊堂14:09-文殊堂下14:11(復路では少し走った)

文殊堂下から歩く

文殊堂下から歩く。文殊堂を経て文殊山山頂に至るまで、コンクリート製の擬似木段が続く。かなりの急登りである。霜柱が立っており先人の足跡が残る。山頂下で雪を見る。

山頂には以前は東屋があったのだろうか。土台だけが残っている。そして三方を示した絵図が3枚あり、ちょうどそこに描かれた範囲(近距離)まで見通すことができる(遠くは霞んであまり良く見えない)。

文殊堂~嘉納山

山頂で男性二人組に追いつかれる。お先に失礼して嘉納山(距離2.0km)を目差す。文殊山から嘉納山を見ると、その手前の650m台ピークが大きい。かなりしんどいのかなと思ったが、途中の各ピークを巻くように登山道がついており、最後の登りもそれほどきつくは感じなかった。

嘉納山までの行程をもう少し詳しく振り返ってみよう。まず緩い下りのササ原を過ぎて、林道を横切り植林帯に入る。650m台の北北東面を巻いて行くと、一旦尾根に出る。稜線上には土塁跡があり、それは外敵侵入防止のため築かれたもので、嘉納山まで続いているという。

次は630m台の南を巻いて行く。右側には手入れが悪くて横枝がいっぱい出たヒノキ林。650m台手前から北東面を巻く。やがて前方に嘉納山が見えてくるようになる。

尾根に出て稜線上を振り返り、ここにも土塁跡が残っているだろうかと観察していると、人の足音がする。男性二人組みに追いつかれたかなと思って待っていると、一人の若者が後からスタスタとやってきて、滑るように前方へ遠ざかっていった。

嘉納山から嵩山登山口往復

嘉納山の山頂平坦部に至り、三角点を過ぎて山頂部に到着。360度の展望である。霞む天気が恨めしい。源明山まで行くか、嵩山方面を探索するか。アップダウンはありそうだが嵩山方面に行ってみることにする。広島側から見たとき、嘉納山の左にいつもコブのようにみえる独立峰があり、目立つので気になっていたのだ。

嵩山登山口(距離2.1km)までは基本的に下る。四境の役三ツ石古戦場、後に第二次世界大戦時に陸軍高射砲陣地が設置された場所を通り過ぎて、海上保安庁電波塔群に至る。小ピークを越えた辺りからひたすら下る。その分帰りはきつい。

嵩山登山口で考えた。今日の通過タイムは表示されたものより早くなっており、かなり楽に行動できている。表示では嵩山山頂まで後50分とあるから、登り下り昼食時間を入れて1時間30分で行ってこれないことはない。しかし、今日は宮本常一展見学を予定している。余裕を持って下山したい。という訳でここから引き返すことにする。復路では少し走ってみた。(カシミール展望図、完成済み)

周防大島を回る

宮本常一展(周防大島文化交流センター)見学

登山後に、宮本常一展示室(周防大島文化交流センター内)を見学した。

宮本常一(1907年~1981年)は、周防大島町(旧東和町)出身の民俗学者であり、新潟県山古志村を訪れて"村おこし"を指導したことがあるという。

その山古志村は、今回の新潟県中越地震(2004年10月23日)で壊滅的な打撃を受け、村民全員が山を下りて避難生活を余儀なくされている。そうした山古志村の紹介と支援のコーナーが、宮本常一展示室の中に設けられたと、新聞か何かで読んでいたので今日訪れてみようと思ったのだ。

陸奥記念館

ついでに、「陸奥記念館」まで足を延ばした。戦艦「陸奥」は、周防大島東端沖にある柱島泊地に停泊中、1943年(昭和18)6月8日正午過ぎ、三番砲塔下の弾火薬庫の大爆発によって約2分後に轟沈した。

星野哲郎歌碑

途中の海岸沿いには、「星野哲郎歌碑」(「なみだ船」)もあるようだ。
なみだ船:
作詞・星野哲郎(旧東和町出身)、作曲・船村徹、歌・北島三郎。

今日もゆったりと落ち着いた時間を過ごせて満足。