2002年03月09日

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2002年03月09日(土)、単独
熊野の山々:
石獄山(かけさん)、天狗平(墓地)~萩原(砂防堰堤)
(出発帰着、熊野町民会館)

はじめに

2002年03月09日(土)、単独
石獄山(かけさん)、天狗平(墓地)~萩原(砂防堰堤)
出発帰着、熊野町民会館(標高220mくらい)

通勤途中に南東の方角を眺めると、金ヶ燈篭山の右裾に一つの山が頭を出している。位置は、ちょうど海田越えの延長線上にあたる。先日踏破した三石山(~観音山)とは明らかに違う山だ。今まで気がつかなかったのだろうか。実地に確かめてみたくなった。

石獄山(かけさん)、珍しい読み方にも興味を覚え、この山とねらいを定めて今日もまた"こういち"、mjobinお二人のレポートを持って飛び出す。結局、実際歩いたのはmjobinさんのコースと同じになった。

熊野町民会館10:00-案内板10:10-登山口(墓場)10:18
登山口10:18-支尾根分岐10:23-主尾根10:32-ピーク10:46-ピーク10:56-展望岩場11:00-一枚岩11:04
一枚岩11:16-呉地ダム分岐11:20-石獄山頂上11:28
展望岩往復(片道2~3分)
石獄山頂上11:51-石獄観音11:53-参道入口12:07-車道(堰堤下)12:11-案内板12:17-熊野町民会館12:26

熊野町民会館の門(北東側)を出て右(南)へ折れ、熊野町立中央保育園の前を通って登山口をめざす。途中で道が左右に分岐している。中央の溝をまたいで右側の道を上って行く。しばらく行くと「石獄山」の案内板がある。石か何かで叩きつけられたのかボコボコにされているのが痛々しい。

案内板を真っ直ぐにいっても、案内板のちょっと手前を左折しても、どちらも登山口に至る。今日はまず真っ直ぐに行く。そして、頂上から石獄山観音霊場身代わり大師参道を下って、熊野東中学校裏からここに帰ってくることにする。反時計回りのコースである。

石獄山山頂までは、今日のコースの場合、とにかく最初から最後まで稜線上の道を行くことが肝要である。山道に入って5分で、行く先がトラバースする格好になっている個所がある。稜線上の道が左手についているのでそちらを登る。分岐には荷造り用の白テープがあるにはあるが、そのすぐ先には大きな倒木が見えており、こっちが頂上ですよと誘うにはやや心もとない。

道は少し荒れ気味である。倒木の横をすり抜けたり、くぐったり、またいだりしながら進む。昼前の太陽をやや右前あるいは真正面から受けながら登る。登るにつれて、振りかえると木立の間に熊野の町並みやその向こうの山が見え隠れしている。

展望岩からは、左に灰ヶ峰、中央には三石山の向こうに絵下山が見える。今日は絶好の晴天ではあるが残念ながら春霞がかかっている。さらにその向こうに見えるとされる瀬戸の島々、火山(倉橋島)、陀峯山(能美島)、古鷹山(江田島)などがはっきりしないのは残念だ。

一枚岩から海田越えを望む。双眼鏡でのぞくと、ちょうど一番低くなったところに黄金山がはまり込んでいる。これで間違いない。広島市街地から見えているもう一つの熊野の山は石獄山である。

呉地ダム分岐からは北方向へ少し下る格好になる。もう一度登って石獄観音からの道と合流すると、ここが山頂らしい。稜線上のちょっとした広場にしかすぎず、展望も三角点もないがプレートが2~3枚かかっている。

頂上北側の展望岩から鉾取山系を望む。北から順番に、鉾取山、原山、591mピーク、洞所山、(新峠)、(古峠)、城山、(赤穂峠)、金ヶ燈篭山の全ての山の特徴、峠の位置がしっかりと確認できる。591mピークにある反射版が白く光っている。洞所山の左肩、新峠と古峠の間に呉娑々宇山がわずかにのぞいている。そしてその山並が新峠、古峠間の山並のほんの少し上側に平行して続いているのがわかる。小田山もみえるというが確認はしていない。

下のほうから犬の泣き声が聞こえてくる。ここは里山である。もう春だ。途中で見た木々も芽を膨らませている。松ぼっくりを小さくしたような実(去年のもので黒く枯れている)のそばで緑のみずみずしい新しいのが出ている。

下山道参道は石が多いが、その石に苔がついて趣がある。

出発前の熊野町民会館では、山支度をした中年男女が三々五々会館内に吸い込まれていた。山行の大会でもあるんだろうか。途中、山で会うかなと考えたりしたが、結局今日も山中では誰一人会うことはなかった。